H17.10. 4 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第3474号 損害賠償請求事件

判示事項の要旨:
景観を楽しむため特徴のある列車(スーパービュー踊り子号)の展望室グリーン席について,乗客によっては快適性に問題の余地があっても,鉄道会社に債務不履行責任はないと判断した事例



平成17年10月4日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 
平成16年(ワ)第3474号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成17年7月26日
判決
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告は,原告に対し,50万円及びこれに対する平成16年1月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,原告から被告に対し,原告が伊豆急線・伊豆急下田駅から被告東海道線・横浜駅まで被告の「スーパービュー踊り子2号」グリーン車に乗車した際に提供された座席は,列車最後尾で後方を向いて回転せず,絶えず電車の進行方向の後方に走り去る光景を視野に置かなければならない等の種々の欠陥があったから,被告には原,被告間の運送契約上の債務不履行があると主張し,これに基づく損害賠償として,原告の精神的苦痛に対する慰謝料50万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実
(1) 原告は,第一東京弁護士会に所属する弁護士である(甲1)。
  被告は,旅客鉄道事業などを目的とする株式会社である。
(2) 原告は,平成16年の正月休暇を家族と南伊豆で過ごし,同年1月5日,家族より先に帰京するため,予約しておいた伊豆急下田駅9時55分発,JR東京駅行き「スーパービュー踊り子2号」(以下「本件列車」という。)のグリーン車に,普通運賃3190円に加えて,特急料金1550円,さらに特急グリーン料金として1750円の合計6490円を支払って乗車した(甲1,乙2,原告本人)。
(3) 本件列車は被告が所有し,下田駅から伊東駅までは伊豆急行株式会社(以下「伊豆急行」という。)が運行し,車掌も伊豆急行の職員が乗務するが,伊東駅から東京駅までは被告が運行し,伊東駅において車掌も被告の職員に交代する(甲1,弁論の全趣旨)。
(4) 原告が乗車した1号車1番D席(以下「本件座席」という。)は,本件列車の最後尾車両(以下「本件車両」という。)の中の最後部に位置する。本件車両は,伊豆方面行きの下り列車として使用される場合は先頭車両となるが,今回のように東京行きの上り列車の場合には最後尾の車両となる。
(5) 本件車両及び本件座席の客観的性状(甲5,乙1,乙5,乙6の1,乙8ないし11,乙13)
ア 「スーパービュー踊り子号」は,首都圏と伊豆方面を結び,主にリゾート地への行き帰りに利用されることを想定して,平成2年のゴールデンウィークから導入された列車であり,「車両に乗ったらそこは伊豆」をメインテーマとして,乗客に「ときめき」を抱かせるよう,大きな窓を用い,車体断面を大きくするなど,ダイナミックで大胆なデザインにより設計され,本格的なリゾート特急電車として開発された。本件列車は,10両編成であり,東京から伊豆方面に向かって先頭車が1号車となる。1・2号車はグリーン車,3号車から10号車が普通車の指定席となっており,1・2号車と10号車はダブルデッカー(2階建て車両),中間7両はハイデッカー(高床構造)として,車両の窓から高い見晴らしが望めるようになっている。
イ 本件座席を含む1号車の9席(1番A,B及びD,2番A,B及びD,3番A,B及びD)と10号車の一部の座席をひな壇状にして,広い運転席とそのガラス越しに前方を見晴らせる展望室を設けている。展望室席の窓は,旅客が景観を楽しめるよう,ひな壇状にそって一般席の窓よりもさらに大きい曲面ガラスを採用している。
ウ 本件座席は,リクライニングと回転機構がないが,これは,景観を楽しんでもらうという目的の下に座席をひな壇状にしたため,構造上座席を固定することになったためである。
エ 本件座席は,一般車両のグリーン席とほぼ同一のものが使用されており,普通車のシートに比べて全幅で260ミリメートル,座面の奥行きで50ミリメートル大きい。また,一般のグリーン車と同様に横3列の配置であり,横4列の普通車に比べるとその面では余裕があり,床にはカーペットが敷かれている。本件座席は,旅客から見てすぐ前方に運転室との間の隔壁があり,当該隔壁から本件座席の座面前端までの距離は約290ミリメートルである。これは一般車両のグリーン席のうち足下の空間が最も狭い2号車の最前列の座席における前方隔壁と座席座面前端までの距離675ミリメートルに比較して385ミリメートル短い。さらに,本件座席が一番前方にあるため,2列目以降の座席には存在する前席の下の空間が存在しない。そのほか,本件座席を構成するシート等の寸法及びグリーン車展望室及び一般室と普通車展望室及び一般室の座席の寸法等は,別紙座席寸法表のとおりである。本件座席は,ひな壇状になっている3列の最低部に位置し,物理的にほかの座席の旅客から見下ろされる位置にある。本件座席の背もたれは,床面から測定すれば1150ミリメートルの高さがあり,旅客の頭部までを覆う高さを有している。
オ 本件座席には,列車の形状による制約から,頭上に荷物棚が設置されていない。本件座席の後方2,3メートル付近には,手荷物を置くための幅約76センチメートルの共用の荷物置場が設置されている。本件座席の位置からは,この荷物置場に常時目を配ることは困難である。さらに,本件車両と2両目の連結部付近には,係員により施錠可能な荷物ロッカーが用意されているほか,スーツケース等の大きい荷物を保管するためのスペースがカウンター裏に存在する。
カ 本件座席の周囲には,景観に配慮して,通常のカーテンは設置されていない。しかし,本件座席側面の窓ガラスには,リンテック社製の「レフテル」という名称の高透明熱反射・断熱フィルムが貼られており,上記フィルムには可視光線の65ないし80パーセントを透過する透明性を維持しながら,太陽熱の25ないし50パーセントと紫外線の大部分が遮断される機能がある。
キ 本件車両は2階建ての構造になっており,階下には「サロン室」と呼ばれる空間が設けられている。そこには旅客が進行方向に対し横向きに座ることができる9名分のソファが設置されており,同サロン室の窓にはカーテンが備え付けられている。同サロン室は,グリーン車の乗客であれば自由に利用することができる。
2 本件における争点は,被告が原告に対して本件座席を提供して原告を運送したことが原告,被告間の運送契約(以下「本件契約」という。)の債務不履行(不完全履行)を構成するか否かである。争点についての当事者の主張は以下のとおりである。
(原告の主張)
(1) 本件座席には,以下のとおり種々の欠陥がある。
ア 本件座席は,観光目的で長距離を走る車両の中にあるのに,列車の最後尾にあり後方を向いていて,構造上座席を回転することができない。これは,乗客が列車の進行方向に向かって座るという現在の常識に反するものであり,本件座席の乗客は,3時間近い走行中,絶えず後方に走り去る光景を視野に置かなければならない。
イ 本件座席は,長時間乗車する間,ひな壇状の最低部にあって絶えず後方から見下ろされる状態にあり,しかも足を伸ばすことができない窮屈な席である。
ウ リゾート目的の利用者は必然的に手荷物が多いが,本件座席には利便上も防犯上も通常であれば頭上にあるべき手荷物を置く場所がない。このため,本件座席の乗客は,通路に自分の手荷物を置くことを強いられる結果となる。
エ 本件座席には海岸地帯を長時間走る車両の座席であるにもかかわらず,日差しを遮るカーテンがなく,直射日光を浴びるという環境にある。
(2) 本件車両の欠陥は,嗜好,年齢,体格,価値観の違いに関係なく,ごく常識的,平均的な乗客の要求に反するものである。
(3) 本件契約に基づき,被告は,旅客に対し,旅客の快適な旅行を実現すべき債務を負っていた。しかも,本件契約は,「グリーン料金」と称する特別料金を対価として成立したもので,特別料金の割合は全料金の26.9パーセントに達する。被告は,単に旅客を安全に輸送することにとどまらず,旅行の快適さを売り物にしているからこそ,かかる高率の特別料金の設定をしているのであり,本件車両の設備及び構造の欠陥は,被告のいうサービス次元の問題ではなく,契約の本旨にかかわる問題である。前記のとおり,本件座席は,特別料金を設定しながら通常車両にも劣る設備及び構造上の欠陥があり,また,これは,本件座席を含む1号車の9座席以外の本件車両のほかの座席にはない欠陥である。以上の点からみて,本件座席の提供は,本件契約の本旨に反する不完全履行にほかならない。
(4) 本件座席は,必要不可欠な設備を犠牲にして不要なものを設備し,その結果,利用者の不便,不愉快を顧みない誤った設計思想と独善性に基づくものであり,バブル経済がもたらした誤った豪華思考である。本件座席は,過去に苦情が絶えなかったのに,その問題が解消されておらず,乗客の体調によってはどんな重大結果を招来するか予断を許さない。小事故が看過された結果重大事故が発生することは過去の実例が示すところであって,被害者には小さな事故の原因と防止策を徹底的に追及する責任があり,また,被告には重大な社会的責任を有する会社として,誠実な対応が必要であり,それが本訴提起の意義である。
(5) 原告は,楽しかった年末年始の旅行の最終段階において,一方的に与えられた本件座席において,疾走する列車の最後部の,日よけカーテンや手荷物置場がなく,足を伸ばすこともできない座席に後ろ向きに長時間座らされる肉体的苦痛と,そのことによって理由もなくほかの乗客と差別される精神的屈辱とを強いられた。原告は,本件座席に座らされたことにより,不快感,喪失感に悩まされ,当日は帰宅後も深夜まで目まいに似た不快感で眠れなかった。被告の不完全履行のため原告が受けた精神的損害は追完不可能であるから,本来の給付に替わる慰謝料として請求の趣旨どおりの損害賠償を求める。
(被告の主張)
(1) 本件契約において被告が原告に対して負担している債務は,「旅客を安全に目的地まで輸送する債務」であって,原告主張のような「旅客の快適な旅行を実現すべき債務」ではない。被告は,旅客が少しでも快適に旅行できるように車両や座席の改良等の努力をしているが,これは,あくまでも被告の旅客に対するサービスであって,契約上の債務ではない。
(2) 特別車両料金(いわゆる「グリーン料金」)を収受して被告が旅客に提供する債務の本旨とは,普通車両に比較して,旅客ひとり当たりの座席空間を広くとり,また,座席の材質を高めた設備を持った車両を提供することにある。本件列車のグリーン車展望室及び一般室と普通車展望室及び一般室の座席の寸法等を比較すると別紙座席寸法表のとおりとなり,グリーン車両の座席面は,展望室も一般室も,普通車両の展望室,一般室に比較して,ひとり当たりの座席空間を広く提供している。また,座席の生地,クッションも普通車に比較して良質なものを提供している。したがって,被告は,原告に対し,原告が支払ったグリーン料金に相当する債務の本旨に従った履行をしており,債務不履行はない。
(3) 本件車両は,伊豆方面へ向けて,あるいは伊豆方面からの列車であるため,旅客に窓から見える景色を楽しんでもらおうという,リゾート的雰囲気を重視したコンセプトのもとにデザインされた列車である。原告の指摘する本件座席の設備と構造は,上記コンセプトに基づくメリットの反面のデメリットに属するものや,構造上やむを得ない制約にすぎず,グリーン料金に相当する債務の本旨にかかわる問題ではない。
(4) 車両という限られた空間内で,また,旅客運送のために設定された限られた料金内で,様々な嗜好,年齢,体格,価値観等を持つすべての旅客を満足させるような快適な車両を作る債務を課するとするならば,被告にとっては,余りに過剰な負担というだけでなく,非常な困難を強いるものである。
(5) 原告は,車掌に苦情を述べたため,車掌は,2両目のグリーン車の空席へ移動することを原告に提案したが,原告は喫煙席であったため拒否している。また,本件座席は2階にあるが,1階のサロン室は,グリーン車の旅客ならだれでも使用できるフリースペースであり,横向きの長座席でカーテンもある。原告がほかの席に行くこともできたのに,本件座席に座り続けていたことは,原告が主張する本件座席の不快さの程度について信用性がないことを示している。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1,甲3ないし5,甲7ないし10,乙1ないし11,乙13,原告本人)及び弁論の全趣旨並びに前記の前提となる事実を総合すると,以下の事実が認められる(乙13号証のうち以下の認定に反する部分は採用しない。)。
 (1) 原告は,平成16年の正月休みに伊豆で家族とともに過ごすこととなり,本件列車と同型の「スーパービュー踊り子号」で伊豆に向かったが,そのときは,本件座席のようなひな壇状の座席ではなく,一般の座席であった。
(2) 本件座席の予約手続を行ったのは,原告の娘であり,原告が平成16年1月2日に本件座席の予約をとれたのは平成15年12月5日に本件座席を予約していた旅客がキャンセルをしたためであった。原告の娘が本件座席を予約した際,被告から本件座席が一般車両のグリーン席とは異なる特殊性を有することについての説明はなかった。そのため,原告は,本件座席を一般車両のグリーン席と異なるものとは想定していなかった。
(3) 原告は,本件座席に座ったため,走行中の景色が常時自分の後方から前方に向けて流れ去るという,特有の視覚を受けることによって,生理的な不快感を催し,当日の夜,寝るときまで船酔いのような感覚を覚えていた。
(4) 原告が,本件列車に乗った当時は晴天であり,原告が本件座席に座った時から,原告は,本件座席からみて前方にある運転室のガラス張りの天井を通過してくる日光にさらされる状態となった。原告が車掌に対し,直射日光について何らかの配慮を求めると,車掌は,運転室の天井を覆うカーテンを閉め,これにより,運転室の天井を通過してくる日光により原告が感じていた不快感は弱まった。しかし,本件列車の進行方向が変化するにつれて,原告は,横方向から側面窓を通過してくる日光に悩むようになり,原告は,本件座席内で上半身を左右に傾けながら日差しを避けるようにして過ごした。
(5) 原告は,乗車してすぐ,頭上に荷物置場がないことに気付き,女性乗務員に荷物の置場を尋ねたところ,後方にあるとの回答であった。これに対し,原告が身近に置かなければ不用心である旨指摘すると,女性乗務員は,通路に置くよう指示した。そのため,原告は手荷物を本件座席左側の通路上に置いた。このときに女性乗務員からは,座席後方にある荷物置場や荷物ロッカー等についての具体的な説明はなかった。
(6) 原告は,本件座席の不都合について,伊豆急行所属の車掌に対して抗議した。車掌は,本件列車は満席であり,替わりの席はない旨答え,その際喫煙席であれば空席があることを付け加えたが,原告は喫煙席には移動しなかった。その後,交代した被告所属の車掌から原告に対し新たに空席となった席の案内はなく,また,原告の方から同車掌に対し新たな空席の発生の有無を尋ねることもなかった。
(7) 原告は,横浜駅で下車するまで本件座席に座り続けた。原告は,トイレに行くときに通過したためサロン室の存在については気付いていたが,これを乗務員の休憩室と誤解し,自ら利用することはなかった。
2 被告が原告に対して負担する債務の内容
(1) 鉄道における旅客運送契約は,大量の旅客を運送することを目的とする契約であり,これによって鉄道事業者が負う債務の基本は,旅客を安全に目的地まで運送する債務である。しかし,現在,路線及び列車の種類は多様化しており,旅客が列車を利用する目的も様々で,旅客は必ずしも安全な運送のみを求めて利用するだけとは限らない。ことに鉄道事業者が旅客から特別料金を徴収して特別車両を提供した場合には,旅客は,特別料金に見合う設備やサービスの提供を受けることを期待するのであり,このような場合の運送契約における鉄道事業者が負担すべき債務の内容は,旅客を安全に目的地まで輸送することに尽きるものではなく,一定の付加価値を有する設備及びサービスの提供により,旅客の快適性を確保することをも含むと解するのが相当である。ただし,旅客の快適性の確保といっても,旅客には,様々な年齢,趣味,嗜好を有する者がいて,これらの者をすべて主観的に満足させることは不可能に近いのであるから,列車の性質,運送区間,運送料金等の各運送契約の内容を勘案し,客観的にみて,一定の水準の設備,サービスが提供されているか否かにより,その適否が決せられるべきである。
(2) 証拠(乙3)及び弁論の全趣旨によれば,被告が定める「東日本旅客鉄道株式会社旅客営業規則」(以下「本件営業規則」という。)が存在し,これが被告と旅客との間の旅客運送契約について,その契約条件を定めた運送約款であること及び同規則が鉄道営業法3条1項に基づき,被告の各駅に備え付けて公告されていることが認められる。本件営業規則には,グリーン車である「特別車両」については,「旅客車のうち,特別な設備をした座席車」と定められているが,その「特別な設備」について具体的な記載はない(なお,証拠(乙4)によれば,被告の社内研修用の教材では,特別車両は,広く座り心地がよい座席や,場合によりドリンクサービス,雑誌の閲覧などのサービスを提供する車両である旨の一般的な説明がある。)。
(3) 前記第2,1(5)アのとおり,本件列車は,伊豆方面から東京方面へまたは東京方面から伊豆方面へ向けて運行され,リゾート地への行き帰りを主たる目的として利用されることが想定されているものである。さらに,本件列車の運行区間は,伊豆半島から東京駅までであり,旅客が日常的な通勤,通学等に使用することは余り想定されておらず,旅客の乗車時間も相対的に長時間に及ぶものであり,下田駅から横浜駅までの乗車時間は2時間を超える。本件車両はグリーン車であるから,前記第2,1(2)のとおり,乗客は,被告に対し,下田駅から横浜駅まで138.4キロメートルを運送する対価として,普通運賃に加えて,特急料金及び特急グリーン料金を支払っている。以上からすれば,被告は,上記料金を支払って本件車両に乗車した原告に対し,原告を安全に目的地まで運送する債務に加えて原告に対し特急料金及び特急グリーン料金に相応する設備及びサービスを提供し,快適性を確保する債務を負ったと解するのが相当である。
3 被告による本件座席の提供が債務不履行を構成するか
(1) 前記第2,1(5)のとおり,本件座席については,①回転する機構を持たず,本件列車が東京方面に向かう場合,絶えず後ろ向きの状態となり,旅客は後方に走り去る景色を視野に置くこととなる,②ひな壇状となっている3列の座席の最低部に位置するため,ほかの上段2列の座席に座る乗客から見下ろされる状態にある,③旅客のすぐ前方には運転室との隔壁が存在し,旅客は足を伸ばすことができない,④頭上の手荷物置場が存在せず,旅客は後方に存在する荷物置場か女性従業員が管理するロッカーに自らの荷物を置くか,通路に荷物を置くかの選択を強いられる,⑤窓にはカーテンが備え付けられておらず,旅客は晴天であれば直射日光を浴びることを強いられるといった構造と設備になっており,これらの点は,一般的なグリーン席と比較して,快適性において問題とすべき余地があることが認められる。前記第2,1(5)アないしエのとおり,本件座席のこのような構造及び設備は,本件列車及び本件座席が,主として伊豆へのリゾート目的の旅行を念頭に,景観を楽しむことに特化して設計されたことの引き替えとして備えられたものであると認められるところ,被告においては,原告が本件列車を利用した当時,本件座席の予約や販売に当たり,これを説明していなかった。したがって,原告のように,景観を楽しむことを必ずしも重視していない乗客(原告がこのような乗客であることは原告の陳述書(甲7ないし9)及び供述並びに弁論の全趣旨により認められる。)が一般的なグリーン席の構造及び設備を想定しながら本件座席を予約した場合,ことに本件座席が最後尾の座席となる上り列車においては,その欠点が集中して顕在化する事態の発生もありうる。
(2) しかしながら,他方で,本件座席は,そのシートの大きさ,座席の左右の配列等の面においては,一般のグリーン車としての特色及び水準を維持している。荷物の置き場所や日照に対する問題点については,前記第2,1(5)オ及びカのとおり,その代替策ないし緩和策が一応は施されている。進行方向後ろ向きに座り,足を伸ばせないことによる生理的不快感については,階下のサロン室を自由に利用することが可能であり,また,一般的に,列車内における座席の変更がおよそ不可能というわけでもない。他の旅客から見下ろされるとしても,本件座席の背もたれによってほかの旅客の視線は大きく遮られる。
(3) 以上のとおり,本件座席は,旅客が景観の鑑賞を楽しむことに特化した結果,一般のグリーン席と比べてその快適性において問題とすべき余地がある。しかし,一方で,被告の債務の内容を客観的に示すべき約款の定めは,前記第3,2(2)のとおり,グリーン車(特別車両)の定義として,「特別な設備をした座席車」と定めるのみであることからみると,グリーン車における設備の内容については,提供者に裁量の余地が認められていると解するのが相当である。このことと,前記のとおり,本件車両及び本件座席には,通常のグリーン車に見られる特徴及び水準がなお満たされている部分もあること,本件座席の欠点を補う設備も一応は備えられていることを総合的に考慮し,さらに,原告が主張する不利益の内容や程度をも総合して検討すれば,本件座席はグリーン席として客観的に要求される快適性を欠くとまでは認めるに足りない。したがって,本件座席の設置及び提供が被告の原告に対する債務不履行を構成するとまで認めることはできない。
(4) なお,前記のとおり,本件座席は,一般のグリーン席とは相当に異なる特徴を備えていることからみて,被告が乗客に対し本件座席のグリーン券を販売するに当たっては,乗客にこのような特徴を十分に了知させ,乗客の希望と本件列車及び本件座席の特徴との合致が図られることが望ましい。この点については,弁論の全趣旨によれば,被告においても,本訴提起後,本件座席が回転しないことを時刻表に表記するなど一部改善措置をとったとのことである。
 4 以上によれば,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担については民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第48部

裁判長裁判官   水 野 邦 夫


裁判官   齊 木 利 夫


裁判官   早 山 眞一郎

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最終更新:2005年10月14日 16:17
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