H17. 9.29 東京高等裁判所 平成16年(ネ)第168号 損害賠償等請求

          主 文
      1 本件控訴を棄却する。
      2 控訴人が当審において追加した請求を棄却する。
      3 控訴費用は控訴人の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人は,控訴人に対し,4億6799万7412円並びにうち原判決別紙保証金支払明細表の各支払金額欄記載の金員に対する同表内の対応する各支払期日欄記載の日の翌日から,原判決別紙減価償却費相当額等支払明細表の各支払金額欄記載の金員に対する同表内の対応する各支払期日欄記載の日の翌日から,各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人との間で締結していたPX商品(いわゆるカロリー食品)の製造委託契約(以下「本件契約」という。)に基づいて保証金及び新規設備の減価償却費相当額を支払い,かつ,機械を貸与していたところ,民事再生手続開始決定を受けた被控訴人が第三者に本件契約を含む菓子類の製造販売事業についての営業譲渡をしたことは本件契約上の譲渡禁止特約に違反するとして,本件契約の解除の意思表示をし,被控訴人に対し,本件契約の解除に基づく原状回復請求権に基づき保証金相当額及び減価償却費相当額の各返還並びにこれらに対する利息金の支払,貸与していた機械の返還又は代償請求を求めた事案である。
   原判決は,控訴人の請求に係る本件契約の解除に基づく原状回復請求権に基づく保証金相当額及び減価償却費相当額の各返還並びにこれらに対する利息金の支払請求に係る債権はいずれも民事再生法上の再生債権であり,本件訴えのうち上記各請求債権に係る部分は不適法であるとしてこれを却下し,機械の返還請求及び代償請求については理由がないとしてこれを棄却した。控訴人は,この判決を不服として控訴した。
 控訴人は,当審において,貸与していた機械の返還請求及び代償請求に係る訴えを取り下げ,被控訴人は同取下げに同意した。また,控訴人は,当審において,本件契約の解除原因に係る主張として,原審における本件契約上の譲渡禁止特約違反に加え,本件契約に基づく被控訴人のPX商品の製造及び供給債務の履行不能及び履行遅滞を主張し,もって,本件契約上の譲渡禁止特約違反を理由とする解除に基づく請求に係る訴えに,本件契約に基づく被控訴人のPX商品の製造及び供給債務の履行不能及び履行遅滞を理由とする解除に基づく請求に係る訴えを追加する訴えの追加的変更をした。
 2 争いのない事実等(末尾に証拠を挙げていない事実は,争いのない事実である。)は,原判決「事実及び理由」欄中の「第2 事案の概要」の1(原判決3頁8行目から7頁4行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決3頁10行目の「(以下「本件契約」という。)」を「(本件契約)」に改め,同5頁7行目から10行目までを削除し,同6頁15行目の「営業譲渡契約」の次に「(以下「本件営業譲渡契約」という。)」を加え,同行目の「本件契約上の地位」から同頁17行目までを「本件契約に基づいて被控訴人が控訴人に対して負担するPX商品を製造して供給する債務(以下「本件PX商品製造供給債務」という。)その他の本件契約上の権利及び義務の譲渡(以下「本件営業譲渡」という。)をした。」に改め,同7頁1行目から4行目までをいずれも削除する。)。
 3 本件訴えの適法性に関する当事者の主張
 (1) 控訴人の主張
   控訴人が本訴において請求する本件契約上の債務の履行不能ないし履行遅滞による解除による原状回復請求権に基づく保証金相当額及び減価償却費相当額の各返還並びにこれらに対する各利息金の支払請求債権は,民事再生法第49条第4項の共益債権又は同法第119条第2号若しくは同条第5号の共益債権となる。
  ア 本件契約においては,被控訴人によるPX商品の継続的製造供給と,新規設備の購入代金を控訴人が負担する方法としての保証金の交付及びその返還並びに減価償却費相当額の支払とは一体の合意を形成しており,これらは双務契約上の対価関係にある。
  イ 前記2で引用する争いのない事実等(5)に記載の控訴人による民事再生法第49条第2項に基づく催告により,本件契約は維持された。
  ウ 控訴人による本件契約の解除は,被控訴人において本件契約を継続させることとした後に発生した事実を解除原因とするものであるから,控訴人の本件契約解除による原状回復請求としての保証金相当額返還請求権及び減価償却費相当額返還請求権は,いずれも民事再生法第49条第4項の共益債権というべきである。
  エ 仮にそうでないとしても,控訴人の本件契約解除による原状回復請求としての保証金相当額返還請求権及び減価償却費相当額返還請求権は,いずれも同法第119条第2号若しくは同条第5号の共益債権というべきである。
 (2) 被控訴人の主張
  ア 控訴人の被控訴人に対する保証金返還請求権について
 民事再生法第49条第4項は,双方未履行の双務契約において履行が選択された場合に,相手方の請求権を共益債権と定めているが,本件契約における被控訴人の保証金返還債務は,控訴人のいずれの債務とも対価関係はなく,被控訴人の一方的未履行の債務であり,民事再生法第49条第4項の趣旨に照らしても,控訴人の被控訴人に対する保証金返還債務は共益債権たり得ないのである。
  イ 控訴人の被控訴人に対する減価償却費相当額の返還請求権について
  (ア) 本件契約において控訴人が減価償却費相当額を負担することとした趣旨は,新規設備の取得費用,設置費用及びメンテナンス費用を控訴人が無償で負担するというものであり,控訴人の被控訴人に対する減価償却費相当額の支払義務は,控訴人が一方的に負担するものであり,片務契約である。
  (イ) 仮に,控訴人による本件契約の解除が認められるとしても,控訴人の被控訴人に対して支払った減価償却費相当額も,被控訴人の再生手続開始決定前に支払われたものであるから,契約解除の遡及効による原状回復請求権に基づく減価償却費相当額の返還請求権は再生債権というべきである。
  ウ 控訴人の本件契約解除による原状回復請求としての保証金相当額返還請求権及び減価償却費相当額返還請求権がいずれも同法第119条第2号若しくは同条第5号の共益債権となる旨の控訴人の主張は争う。
 4 控訴人の主張(請求原因事実)
 (1)ア 本件契約の締結
    控訴人と被控訴人とは,前記引用に係る原判決記載の争いのない事実等(1)のとおり,平成11年12月22日,控訴人を委託者,被控訴人を受託者として,PX商品(いわゆるカロリー食品)の製造委託契約(本件契約)を締結した。
  イ 減価償却費相当額の支払
    控訴人は,被控訴人に対し,前記引用に係る原判決記載の争いのない事実等(2)のアのとおり,本件契約に基づいて減価償却費相当額1億1849万7412円(これは,平成13年3月分から平成15年2月分までの減価償却費相当額1億1285万4688円及び消費税額564万2724円の合計額である。)を,原判決別紙減価償却費相当額等支払明細表のとおり,各期日に各支払金額を支払った。
  ウ 保証金の支払
    控訴人は,被控訴人に対し,前記引用に係る原判決記載の争いのない事実等(2)のイのとおり,本件契約に基づいて,保証金3億4950万円を原判決別紙保証金支払明細表のとおり,各支払期日に各支払金額を支払った。
 (2) 本件営業譲渡
    被控訴人は,平成15年4月16日,Aとの間で本件営業譲渡契約を締結し,本件PX商品製造供給債務その他の本件契約上の権利及び義務の譲渡(本件営業譲渡)をした。
 (3) 本件営業譲渡の効力
    しかしながら,本件営業譲渡は,控訴人の承諾を得たものではないから,控訴人との関係では効力を生じない。したがって,控訴人との関係では,被控訴人は,本件契約上の地位を有する。
 (4)ア 製造設備及び人員の移転
    被控訴人は,本件営業譲渡契約に基づき,菓子類の製造に関する設備及び人員をすべてAに移転した。
  イ 製造供給する債務の履行不能
    そのため,被控訴人が本件契約に基づいて控訴人が発注する製品を製造供給する債務を履行することは,不能となった。
 (5) 本件譲渡禁止特約違反
    被控訴人がAに対して上記のとおり本件営業譲渡をしたことは,本件譲渡禁止特約に違反する。
 (6) 履行不能を理由とする本件契約の解除の意思表示
    控訴人は,被控訴人に対し,平成16年7月26日に被控訴人に到達した同月23日付け準備書面で,民法第543条に基づき本件契約を解除する旨の意思表示をした。
 (7)ア 催告の上解除する旨の意思表示
    控訴人は,被控訴人に対し,平成16年7月26日に被控訴人に到達した同月23日付け準備書面で,予備的に,民法第541条により,上記準備書面到達後1か月以内に本件契約に基づく債務を履行する状況にないときは,本件契約を解除する旨の意思表示をした。
  イ 被控訴人の対応
    被控訴人は,平成16年8月26日までに,本件契約に基づく履行をなす準備をしなかった。
 (8) 本件譲渡禁止特約違反を理由とする解除の意思表示
    控訴人は,被控訴人に対し,平成17年6月20日に被控訴人に到達した同日付け準備書面で,本件譲渡禁止特約違反を理由として本件契約を解除する旨の意思表示をした。
 (9) よって,控訴人は,被控訴人に対し,本件契約上の被控訴人の債務の履行不能若しくは履行遅滞又は被控訴人の本件譲渡禁止特約違反を理由とする解除に基づく原状回復請求権の行使として,支払済みの保証金3億4950万円及び減価償却費相当額1億1849万7412円,以上合計4億6799万7412円並びに上記支払済みの保証金のうち原判決別紙保証金支払明細表の各支払金額欄記載の金員に対する同表内の対応する各支払期日欄記載の日の翌日から支払済みまで,及び上記支払済みの減価償却費相当額のうち原判決別紙減価償却費相当額等支払明細表の各支払金額欄記載の金員に対する同表内の対応する各支払期日欄記載の日の翌日から支払済みまで,いずれも商事法定利率年6分の割合による民法第545条第2項所定の受領の日以後の利息の支払を求める。
 5 被控訴人の主張(請求原因事実に対する認否)
 (1) 請求の原因(1)のアからウまでの事実はいずれも認める。
 (2) 同(2)の事実は認める。
 (3) 同(3)の主張は争う。
 (4) 同(4)のアの事実は認め,同(4)のイの主張は争う。
 (5) 同(5)の主張は争う。
 (6) 同(9)の主張は争う。
 6 被控訴人の主張(抗弁)
 (1) PX商品を製造供給する債務がAに移転することについての控訴人の黙示の承諾又は同意
  ア 控訴人は,民事再生法第42条に基づく営業等の譲渡についての裁判所の許可手続において,本件PX商品製造供給債務を含む本件契約上の権利義務が被控訴人からAに対する営業譲渡によってAに移転することについて,何らの異議を述べず,被控訴人とAとが本件営業譲渡契約を締結した後,本件PX商品製造供給債務がAに移転したことを前提として,Aとの間で,平成15年6月にはPX商品の製造供給を内容とするスポット取引を行い,さらに,同年8月1日に本件契約とおおむね同内容のPX商品製造委託契約を締結している。
  イ アによれば,控訴人は,被控訴人に対し,本件営業譲渡契約により本件PX商品製造供給債務がAに移転することを黙示に承諾し,あるいはこれに同意したものというべきであるから,控訴人が主張するような理由で本件契約を解除することはできない。
 (2) 信義則違反
    (1)のアによれば,控訴人が主張するような理由で本件契約を解除することは,信義則に反して許されない。
 7 控訴人の主張(抗弁に対する認否)
 (1) 被控訴人の抗弁(1)(本件営業譲渡についての控訴人の黙示の承諾又は同意)のアの事実は認め(ただし,民事再生法第42条に基づく営業等の譲渡についての裁判所の許可手続において,本件PX商品製造供給債務を含む本件契約上の権利義務が被控訴人からAに対する営業譲渡によってAに移転することになるという点は,明示されていなかった。),同イは争う。
 (2) 被控訴人の抗弁(2)(信義則違反)の主張は争う。本件契約においては,控訴人が,被控訴人の菓子類の製造に関する新規設備の購入代金を,一時的には保証金として交付し,長期的には減価償却費相当額として支払うこととされたため,被控訴人が控訴人に保証金を返還しない限り,控訴人は上記代金を二重に負担することとなる。したがって,被控訴人によるPX商品の継続的製造及び供給と,新規設備の購入代金を控訴人が負担する方法としての保証金の交付及び返還並びに減価償却費相当額の支払とは,一体のものとしてとらえられるべきものである。被控訴人は,本件契約に基づく減価償却費相当額の支払を全額受けているから,被控訴人の上記設備については,実質的には控訴人がその費用を負担したものというべきである。しかるに,被控訴人は,本件営業譲渡により上記製造設備と人員とをすべてAに移転してその対価を全額被控訴人の資産に繰り入れていながら,本件営業譲渡により,本件契約に基づいて控訴人が発注するPX商品を製造して控訴人に供給する債務についてはその履行を不能としつつ,控訴人の被控訴人に対する保証金返還請求権は再生債権であると主張している。その結果,控訴人は,通常の取引における再生債権者に比して著しく不公平な立場に立たされている。そこで,控訴人は,本件営業譲渡契約に基づく本件契約上の地位の譲渡に同意せず,PX商品を製造して控訴人に供給する被控訴人の債務が履行不能となったことを理由に本件契約を解除した上で,本件請求をするに及んでいるのである。
第3 当裁判所の判断
 1 本件訴えの適法性について
   控訴人の本件請求は,控訴人が,再生手続開始の決定後もなお存続していた継続的な商品製造供給契約である本件契約につき再生手続開始後に解除事由(本件PX商品製造供給債務の履行不能,本件譲渡禁止特約違反)が生じたとして,これを理由に本件契約を解除したと主張し,本件契約の解除に基づく原状回復請求権の行使として,被控訴人に対して支払済みの保証金及び減価償却費相当額並びにこれらに対する民法第545条第2項所定の受領の日以後の利息の支払を求めるものである。すなわち,控訴人の本件請求に係る請求権は,再生手続開始後に発生した被控訴人の債務の履行不能等の事実とこれを理由とする解除の意思表示とを原因とし,当該原因に基づいて生じた原状回復請求権にほかならない。民事再生法第84条第1項は,「再生債務者に対し再生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権(中略)は,再生債権とする。」と規定しており,財産上の請求権が生じた原因が再生手続開始の時点より前か後かによって再生債権となるかどうかを区別しているのであって,財産上の請求権が契約の解除に基づく原状回復請求権である場合には解除事由となる債務不履行が再生手続開始前に生じているときに同項により再生債権となるものというべきである(上記の債務不履行は再生手続開始後に生じたが,契約解除に基づく原状回復請求の対象となる契約に基づく財産上の給付が再生手続開始前にされたときは,当該財産上の給付は,契約解除に基づく原状回復請求の発生の原因ではないから,この場合における原状回復請求権は再生債権とならないと解するのが相当である。)。そうすると,控訴人の本件請求に係る請求権は,再生手続開始後の原因に基づいて生じた請求権であって再生手続開始前の原因に基づいて生じた請求権ではないから,この点において,民事再生法第84条第1項が定める再生債権となる請求権の要件である「再生債務者に対し再生手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権」には該当せず,また,控訴人の本件請求は,前記のとおり,本件契約の解除に基づく原状回復請求権であり,その実質は不当利得返還請求権というべきものであって損害賠償及び違約金の請求権ということはできないから,同法第84条第2項第2号が定める再生債権となる請求権の要件である「再生手続開始後の不履行による損害賠償及び違約金の請求権」にも該当しないものというべきである(なお,被控訴人が,再生手続開始後に再生債務者として,同法第49条第1項に基づいて本件契約の解除をしなかった本件においては,控訴人の本件請求に係る請求権が同項に基づく解除により再生債権に該当するということができないことも明らかである。)。そうすると,控訴人の本件請求に係る請求権は,以上のいずれの観点からも再生債権には該当しないというべきであるから,民事再生法所定の手続によらなければこれを行使することができないというものではない(仮に控訴人の本件請求が本件契約に基づく保証金返還請求であるとすれば,本件契約に基づく約定の保証金返還請求権が再生債権に当たるかどうかの点等を判断する必要があるが,控訴人の本件請求は,上記のとおり,本件契約の解除に基づく原状回復請求であり,本件契約に基づく保証金返還請求ではないから,上記の点は当裁判所において判断すべき事項には当たらない。)。
   したがって,本件訴えは適法である。
 2 本件契約の解除について
 (1) 控訴人の主張(請求原因事実)(1)のア(本件契約の締結)の事実,同(1)のイ(減価償却費相当額の支払)の事実,同(1)のウ(保証金の支払)の事実,同(2)(本件営業譲渡)の事実,同(4)のア(製造設備及び人員の移転)の事実は,いずれも当事者間に争いがなく,同(6)(履行不能を理由とする本件契約の解除の意思表示)の事実,同(7)のア(催告の上解除する旨の意思表示)の事実及び同(8)(本件譲渡禁止特約違反を理由とする解除の意思表示)の事実は,いずれも当裁判所に顕著である。
   弁論の全趣旨によれば,同(4)のイ(製造供給する債務の履行不能)の事実及び同(7)のイ(被控訴人の対応)の事実を認めることができる。
 (2) そこで,被控訴人の主張する抗弁について判断する。
  ア 抗弁(1)(本件営業譲渡についての控訴人の黙示の承諾又は同意)の事実について
   a 被控訴人の抗弁(1)(本件営業譲渡についての控訴人の黙示の承諾又は同意)のアのうち,控訴人が,被控訴人とAとが本件営業譲渡契約を締結した後,本件PX商品製造供給債務がAに移転したことを前提として,Aとの間で,平成15年6月にはPX商品の製造供給を内容とするスポット取引を行い,さらに,同年8月1日に本件契約とおおむね同内容のPX商品製造委託契約を締結した事実は当事者間に争いがなく,民事再生法第42条に基づく営業等の譲渡についての裁判所の許可手続において,控訴人が異議を述べた形跡も認め難い。
   b しかしながら,本件営業譲渡契約により本件PX商品製造供給債務がAに移転することについて控訴人がこれを承諾した旨の書面は証拠として提出されていないのみならず,控訴人は,本件営業譲渡後にAとの間で上記のPX商品製造委託契約を締結するに先立ち,被控訴人に対し,同年7月31日,本件営業譲渡が本件契約に違反することを理由として,契約違反状態を1か月以内に是正するように催告するとともに,1か月以内に是正されない場合は本件契約を解除する旨の意思表示をしているのであって,この事実に照らすと,上記aの事実を根拠に,控訴人が被控訴人に対して本件営業譲渡契約により本件PX商品製造供給債務がAに移転することを黙示に承諾したものということは困難であるといわざるを得ない。他に控訴人が被控訴人に対して本件営業譲渡契約により本件PX商品製造供給債務がAに移転することを承諾したことを認めるに足りる証拠はない。
   c したがって,被控訴人の抗弁(1)は採用することができない。
  イ 抗弁(2)(信義則違反)の事実について
 上記アのaによれば,控訴人は,民事再生法第42条に基づく営業等の譲渡についての裁判所の許可手続において,本件営業譲渡契約により本件PX商品製造供給債務がAに移転することについて意見を聴かれたが,異議を述べた形跡は認め難いところ,この手続が履践された上で本件営業譲渡について同条第1項に基づく裁判所の許可がされたのであり,当該許可がされたからこそ,被控訴人がAとの間で本件営業譲渡契約を締結して本件営業譲渡をすることが可能となり,かつ,本件営業譲渡が効力を有することとなったのであり,また,本件営業譲渡がされたからこそ,控訴人は,Aとの間で平成15年6月に本件契約を前提としたスポット取引を行い,さらに,同年8月1日にPX商品製造委託契約を締結することができたのであって,控訴人は,以上の経過によって,本件契約に基づく債務が履行されていたときと同様に,PX商品の供給を受けることが可能となり,これによりPX商品の販売を継続することができるという経済的利益を享受することができたというべきである。同条に基づく営業等の譲渡についての裁判所の許可手続において控訴人が異議を述べなければ,上記のような展開をたどることになることについては控訴人もこれを十分認識していたということができる。そして,被控訴人が上記のとおり本件営業譲渡をした目的には,控訴人がAとの間でPX商品製造委託契約を締結することを可能にすることも含んでいたのであり,また,被控訴人が本件営業譲渡をすれば,被控訴人がもはや本件PX商品製造供給債務を履行することができなくなることは明らかであったというべきである。本件営業譲渡に関する控訴人の対応を見ても,控訴人は,まず,同条に基づく営業等の譲渡についての裁判所の許可手続において意見を聴かれた際,本件営業譲渡契約により本件PX商品製造供給債務がAに移転することについて特段異議を述べた形跡もなく,次に,上記のとおりAとの間で平成15年6月に本件契約を前提としたスポット取引を行い,次いで,同年8月1日にPX商品製造委託契約を締結しており,さらに,被控訴人に対し,同年7月31日,本件営業譲渡が本件契約に違反することを理由として,契約違反状態を1か月以内に是正するように催告するとともに,1か月以内に是正されない場合は本件契約を解除する旨の意思表示をしながら,自らが設定した上記の期間が経過する前であるにもかかわらず,同年8月1日にAとの間でPX商品製造委託契約を締結しているのであって,控訴人のこのような行動自体が,控訴人も本件営業譲渡がされる事態を受け入れ,Aとの間でPX商品の製造委託契約を締結することを前提に行動していたことを裏付けているのであって,関係者が控訴人は本件営業譲渡契約により本件PX商品製造供給債務がAに移転することを承諾したものと受け取ったことも,まことに無理からぬものがあるといわなければならない。
 以上を総合し,なおかつ,本件営業譲渡が,被控訴人に対する民事再生手続において裁判所が認可した再生計画の中心的内容であることをも考慮すると,本件営業譲渡がされてPX商品製造供給設備及び人員が被控訴人からAに移転したことをもって,これが本件契約の解除事由となると断定することも困難といわざるを得ないし,また,控訴人が,本件営業譲渡契約により本件PX商品製造供給債務がAに移転することを承諾していない旨主張し,これを理由に被控訴人には本件PX商品製造供給債務についての履行不能及び履行遅滞があり,あるいは本件譲渡禁止特約違反があると主張して,これを理由として本件契約を解除する旨の意思表示をすることは,信義則に反して許されないものというべきである。
  ウ そうすると,控訴人の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。
 3 まとめ
 以上によれば,控訴人の本件請求に係る請求権は再生債権には該当せず,民事再生法所定の手続によらなければこれを行使することができないというものではないから,本件訴えは適法である。しかるに,原審は,控訴人の本件請求に係る訴えが不適法であるとしてこれを却下しており,原審の上記判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。しかしながら,原審は,貸与していた機械の返還請求及び代償請求についてであるが,控訴人がした本件契約の解除の可否についても審理し,その結果,控訴人の請求は理由がなく棄却すべきものと判断しているところ,本件契約の解除の可否についての判断は本件請求の当否の判断の前提でもあるから,原審が上記のとおり審理し,判断したことは,実質的には本件請求の当否につき審理し,判断した意義を有するものというべきである。そうすると,本件については更に弁論をする必要がないから,本件を原審に差し戻すまでもなく本件請求の当否につき審理し,判断することができるものというべきところ,控訴人が当審において追加した請求を含めて本件請求に理由がないことは前記のとおりであり,本件請求を棄却すべきであるが,原審における本件契約上の譲渡禁止特約違反を理由とする解除に基づく請求については,被控訴人から控訴の提起も附帯控訴の提起もないから,いわゆる不利益変更禁止の原則により,本件控訴を棄却するにとどめるほかはない。
第4 結論
   よって,本件控訴は理由がないから,これを棄却し,控訴人が当審において追加した請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第21民事部
 (裁判長裁判官 浜野 惺  裁判官 高世 三郎  裁判官 長久保 尚善)

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最終更新:2005年10月14日 16:17
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