H17. 9.14 松山地方裁判所 平成16年(ワ)第369号 建物収去土地明渡等請求事件

判         決
主         文
1 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載7の建物部分を収去して同目録記載3及び5の各土地を明渡せ。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 主文第1項同旨
2 被告は,原告に対し,平成16年7月9日から前項の明渡済みまで月8万円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は,被告が,別紙物件目録記載6の建物を所有して原告所有に係る同目録記載3の土地を占有するとともに,原告所有に係る同目録記載5の土地を駐車場として使用し占有しているとして,原告が,被告に対し,所有権に基づき,同目録記載7の建物部分の収去と同目録記載3及び5の各土地の明渡しを,不法行為に基づき,不法行為の後である平成16年7月9日から上記両土地の明渡済みまでの賃料相当損害金の支払をそれぞれ求めている事案である。
1 前提事実(争いのない事実)
(1) 当事者
 被告は,Aの夫であった者であり,原告は,Aの母である。
(2) 原告所有地の分筆譲渡
 原告は,別紙物件目録記載1の土地(分筆前の松山市ab丁目c番d。以下「分筆前c番d」という。)を所有していたところ,平成2年2月19日に分筆前c番dを同目録記載2ないし4の各土地に分筆した上(以下,同目録記載2の土地を「c番d」と,同目録記載3の土地を「c番e」と,同目録記載4の土地を「c番f」という。),c番fを被告の父であるBに1400万円で売却し,同年6月14日付けで同月11日売買を原因とするBへの所有権移転登記がされた。
(3) 原告と被告との間の使用貸借契約
 原告は,被告との間で,c番eを宅地として,c番dのうち別紙物件目録記載5の土地を駐車場としてそれぞれ無償で使用させることを約し(以下,この使用貸借契約を「本件使用貸借契約」といい,c番eと同目録記載5の土地を併せて「本件使用借地」という。),これに基づき,被告に対し,本件使用借地を引き渡した。被告は,平成2年12月17日,c番e及びfを敷地として同目録記載6の建物(以下「本件建物」という。)を建築してc番eを使用するとともに,同目録記載5の土地を駐車場として利用している。
(4) 原告の解約の意思表示
 原告は,被告に対し,平成16年7月8日到達の訴状によって,原告と被告との間の信頼関係が破壊されたことを理由に本件使用貸借契約を解約する旨の意思表示をした。
2 争点
(1) 原告は,原告と被告との間の信頼関係が破壊されたことにより本件使用貸借契約を解約することができるか(争点1)。
(原告の主張)
ア 原告は,次女であるAとその子らの幸せを願って被告との間で本件使用貸借契約を締結し,被告に本件使用借地を無償で使用させていた。
イ しかるに,被告は,不貞行為をはたらいた上,Aらに対して暴言や暴行を繰り返して家庭を崩壊させ,Aにおいて提起した離婚等請求訴訟においても全面的に事実を否定して争い,上記訴訟で命じられた慰謝料の支払をしなかったばかりか,強制執行を免れるため,本件建物についてBを権利者とする所有権移転仮登記を行い,2人の子を抱えて生活に困窮しているAに上記仮登記の抹消登記手続等請求訴訟の提起を余儀なくさせた。
ウ 上記のような被告の行為によって,原告と被告との間の信頼関係は完全に破壊されたから,原告は,民法597条2項ただし書の類推適用により,本件使用貸借契約を解約することができるというべきである。
(被告の主張)
ア 本件使用貸借契約は,単に親子間の信頼関係のみに基づくものではなく,原告からの申出によりBがc番fを購入した際の条件とされていたものである。
イ 被告が不貞行為をはたらいたことはない上,Aは,被告が勤務先の保険会社の破綻によって心身共に疲弊していたときにも,被告に対する配慮に欠け,被告に協力しなかったのであり,このようなAの行動も家庭崩壊の一因である。また,慰謝料の支払が遅延したのは,被告の資力不足によるものであるし,本件建物につきされたBを権利者とする所有権移転仮登記についても,Bの被告に対する貸金債権を確保する等のために行われたものであり,強制執行を免れるために架空の債権を装ったものではない。
(2) 原告の本件請求が信義則に反し権利を濫用するものとして許されないか(争点2)。
(被告の主張)
ア 被告らは,被告の家族とB夫婦とが同居するための建物の敷地となる宅地を探していたところ,原告から分筆前c番dを購入するよう求められたことから,原告に対し,40坪の敷地が必要である旨を告げた。すると,原告は,Bに対し,分筆前c番dのうち40坪分を1400万円で購入してくれれば,同程度の面積の土地を無償で使用させることを申し出た。そこで,被告らは,原告の申出を承諾し,Bがc番fを購入するとともに,本件使用貸借契約を締結するに至ったのである。このように本件使用貸借契約は,単に親子間の信頼関係のみに基づくものではなく,原告からの申出に基づいてBがc番fを購入する際の条件として原告から提示されたものである。
イ 原告は,その肩書住所地に居宅兼店舗を所有して菓子等販売店を経営しており,c番dは現在まで農地として利用されていることからすれば,原告には,c番d及びeを宅地として使用する予定はなく,本件使用借地を使用する必要はない。
ウ 前記のとおり,被告とAとの婚姻関係の破綻については,Aにも責任があり,原告側にも本件使用貸借契約の解約事由を招来した原因がある。
エ 本件建物の建築費は約2131万円であり,本件建物のうち別紙物件目録記載7の部分を収去することになると,被告に多大な損害が生ずることになる。
オ 被告は,平成10年から平成11年にかけて勤務先の保険会社が破綻したため,収入が減少しており,年金生活者であるBからの経済的援助も期待することができないから,本件建物に居住して生活する必要がある。また,被告は,本件建物を事務所として保険代理店業を営んでいるから,本件建物を事務所として使用する必要があるとともに,顧客に対する信用を維持するためにも本件建物に居住する必要がある。
カ 以上の事情を総合すると,原告の本件請求は,信義則に反し権利を濫用するものであって,許されない。
(原告の主張)
ア 上記アの事実は,否認ないし争う。前記のとおり,本件使用貸借契約は,原告が次女であるAとその子らの幸せを願って被告との間で締結したものである。
イ 上記イの事実のうち,原告がその肩書住所地に居宅兼店舗を所有して菓子等販売店を経営していることは認め,原告にc番d及びeを宅地として使用する予定がなく,本件使用借地を使用する必要がないことは否認ないし争う。
ウ 上記ウの事実は,否認ないし争う。被告とAとの婚姻関係の破綻は,被告の不貞行為,暴行及び暴言によるものである。
エ 上記エ及びオの事実は,不知又は否認若しくは争う。
(3) 本件使用借地の相当賃料額(争点3)
(原告の主張)
 本件使用借地の相当賃料額は,月額8万円を下らない。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 事実経過
前提事実に証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1) 当事者等
原告は,被告の妻であったAの母であり,原告肩書住所地の店舗兼居宅で菓子等販売店を経営している。被告は,昭和58年4月11日,原告の次女であるAと婚姻し,両者の間には長男C及び次男D(以下,Cと併せて「Cら」という。)が生まれた。
(2) 本件使用貸借契約成立の経緯等
ア 被告とAは,婚姻後,当時の愛媛県温泉郡g町(現東温市)に居住していたところ,昭和63年ころから,被告の父であるBが中心となり,B夫婦との同居を予定した被告らの居宅の敷地となる土地を探していたが,適当な物件が見つからなかった。そこで,原告は,Aを通じて,Bに対し,自己の所有する分筆前c番dの一部を被告らの居宅の敷地として提供してもよい旨を伝えた。
イ Bは,原告からの提案を受け,分筆前c番d上に被告らの居宅を建築することとし,原告に対し,居宅の敷地として分筆前c番dのうちの40坪分の土地が必要である旨を告げた。原告は,Bに譲渡する40坪分の土地を具体的に決定するに当たり,将来的には自らも分筆前c番d上に居宅を建築する予定ではあったが,Aらの便宜を優先し,分筆前c番dのうち,道路への出入口に近い別紙土地図面1の青色部分をBに譲渡することとし,併せて別紙土地図面1の赤色部分も被告らの居宅の敷地として無償で使用させることとした。しかし,原告が,上記の意向をBに伝えたところ,Bから,建築予定の建物を建てるためには別紙土地図面1の青色部分及び赤色部分の範囲の土地では東西の長さが足りない旨を告げられた。そこで,原告は,やむなく,別紙土地図面2の青色部分(c番f)をBに譲渡することとし,これに併せて別紙土地図面2の赤色部分(c番e)を建築予定の建物の敷地として,別紙物件目録記載5の土地を駐車場としてそれぞれ無償で使用させることとした(本件使用貸借契約の成立)。
(3) 原告・Aと被告・Bの関係等
ア 被告は,婚姻当初からAやCらに対し,しばしば暴力を振ったり,暴言を吐いたりしていた。また,被告は,婚姻当初から度々女性と電話で話をし,勤務先と自宅とが離れていることを理由として外泊することが多かった。そして,被告は,平成3年春ころ,Aに対して,交際していた女性と別れる旨を述べ,さらに,平成12年には,原告に対し,婚姻当初,交際していた女性が存在し,その女性のために多額の金員を費消した旨を告げた。
イ Aは,平成12年11月23日の深夜,飲酒して帰宅した被告が自宅の音響機器の音量を上げるのを制止しようとした際に被告から暴行を受け,さらに,Aに対する暴行を止めようとしたCも被告から暴行を受けた。そこで,Aは,同月24日,Cらとともに原告の家に身を寄せ,以後,被告と別居するようになった。しかし,原告の店舗兼居宅は,住居として利用可能な部屋が3部屋のみでいずれも狭かったため,原告に加え,Aと当時15歳のCと13歳のDが生活するには極めて不十分であり,原告が夜中まで1階店舗部分で過ごすことを余儀なくされるなど様々な不便を強いられた。そのため,Aは,平成14年1月,Dが高校受験を控えていたこともあり,マンションを賃借して転居した。
ウ 被告とAらとの別居後,被告がAらの生活費やCらの学費等を負担しなかったため,Aは,原告から経済的援助を受けて生活するほかなく,その額は,平成13年1月から平成15年1月までで約334万円,同年2月から平成16年10月までで約247万円に上った。そのため,原告は,被告とAらとの別居後,被告に対し,Aらの生活費等を負担するよう求めたが,その際,被告は,原告に対し,収入がないから払えないなどと言ったほか,本件建物を出て行ったCらに対して生活費等を支払う必要はないなどと述べた。
エ 原告及びAは,被告とAらとの別居後,被告の求めに応じてCらとともに本件建物を訪れることがあったが,その際,被告は,A及びCらをぶっ殺すなどと発言し,さらに,原告がCらのことをどのように考えているのかを尋ねた際には,交際中の女性がいるので子供はまた作るなどと発言したこともあった。
オ Aは,平成14年1月17日,被告を相手方として離婚等請求訴訟を提起し,平成15年1月28日,上記訴訟において,Aと被告とを離婚し,被告が,Aに対して200万円の慰謝料の支払を,Cらに対してそれぞれ月額7500円の養育費の支払を命ずる旨の判決がされ,この判決は控訴されることなく同年2月に確定した。
 この離婚等請求訴訟において,被告は,Aが第三者と共謀して被告の住民票を取得した上,被告名義を冒用して消費者金融から借入れをしたなどと主張したが,被告主張の借入れに係る申込書の筆跡がAのものとは認め難く,被告提出の筆跡に関する検査結果報告書も採用することができないとして,被告の上記主張は認められなかった。
カ 上記離婚等請求訴訟の確定判決にもかかわらず,被告が平成15年5月までCらに対する養育費の支払をせず,慰謝料200万円の支払もしなかったため,Aは,本件建物に対して強制執行すべく,その登記を確認したところ,本件建物につき平成14年10月29日付けでBを権利者とする所有権移転仮登記がされていた。そこで,Aは,平成15年7月4日,被告及びBに対し,上記仮登記の抹消登記手続等請求訴訟を提起し,平成16年4月16日,上記訴訟において,上記仮登記の抹消登記手続を命ずる旨の判決がされ,これは,控訴されることなく確定した。その後,被告は,同年5月6日,慰謝料200万円とこれに対する遅延損害金を併せた合計212万1274円を支払った。
キ 本件訴訟においても,Bは,前記離婚等請求訴訟で被告が主張した被告名義での借入れがAによって被告名義を冒用して行われた旨の陳述書を作成して,証人尋問において,同趣旨の証言をし,被告も,当事者尋問において,Aが被告名義を冒用して行ったものと考えている旨供述している。
2 争点1(原告は,原告と被告との間の信頼関係が破壊されたことにより本件使用貸借契約を解約することができるか。)について
 前記認定の本件使用貸借契約の経緯等に証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,Aらと被告らとの間の円満な婚姻ないし家族関係が維持・継続されることを前提として,専ら親族間の情誼に基づき,c番eを本件建物の敷地として,別紙物件目録記載5の土地を駐車場としてそれぞれ無償で使用させることを了承したことが認められる。しかるに,前記認定の本件訴訟に至るまでの経緯等に照らすと,Aらと被告らとの婚姻ないし家族関係は既に破綻しており,これを基礎とする原告と被告との信頼関係も完全に破壊されているといわざるを得ない。そうすると,本件使用貸借契約の前提となっていたAらないし原告と被告らとの婚姻ないし家族関係が既に破壊されている以上,原告は,民法597条2項ただし書の類推適用により本件使用貸借契約を解約することができるというべきである。そして,原告が,被告に対し,本件使用貸借契約を解約する旨の意思表示をしたことは前提事実のとおりである。
3 争点2(原告の本件請求が信義則に反し権利を濫用するものとして許されないか。)について
(1) 被告は,原告の本件請求が信義則に反し権利を濫用するものであると主張する。
(2) 確かに,被告は,現在本件建物に居住し,自らの保険代理店業務の事務所としても使用していること(略),上記業務による被告の収入はさほど多くないこと(略),本件建物の建築費が約2131万円であること(略)からすると,本件建物のうち,c番e上の部分を収去するときは,被告に少なからぬ不利益が生ずることは否定することができない。
 しかし,前記認定事実並びに証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,本件使用貸借契約は,Bが原告からc番fを購入する際の条件として締結されたものではなく,Aらと被告らとの円満な婚姻ないし家族関係が維持・継続されることを前提とし,専ら親族間の情誼に基づいて締結されたものであること,原告は,Cらの学費等のためにAらの生活が窮迫していることから,Aらに対する経済的援助を行うとともに,マンションの賃料支払の負担がなくなるようc番d及びe上にAらのための居宅を建築することも考えていることが認められる。とすれば,前記のとおり,Aらと被告らとの婚姻ないし家族関係が破綻し,Aらが本件建物に居住することがなくなった以上,原告が被告に対し上記のような考えに基づいて本件使用借地の明渡しを求めることが不当であるということはできない。また,Bが愛媛県八幡浜市に自宅を所有しており,被告はBから多額の経済的援助を受けて生活していること(略),被告が保険代理店業を営むに当たってその顧客の信用を維持するために本件建物に居住しなければならないとは考え難いことに照らすと,被告が本件建物に居住しなければならないとは認められない。さらに,Aと被告との婚姻関係の破綻についてAに責任があったことを認めるに足りる証拠はなく,かえって,前記認定事実によれば,両者の婚姻関係の破綻については,専ら又は主として被告に原因があったことが認められる。
(3) 以上の諸事情を総合すると,原告の本件請求が,信義則に反し権利を濫用するものということはできず,他に被告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
4 争点3(本件使用借地の相当賃料額)について
原告は,本件使用借地の相当賃料額が8万円であると主張するが,本件使用借地の相当賃料額を確定するに足りる的確な証拠はない。
5 結論
 以上のとおりであるから,原告の本件請求のうち,所有権に基づいて建物収去土地明渡しを求める部分は理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条,64条ただし書を適用し,主文のとおり判決する。なお,原告の本件請求のうち,別紙物件目録記載7の建物部分を収去して本件使用借地を明け渡すことを求める部分の仮執行宣言は,相当でないから,これを付さないこととする。
物件目録(略)
土地図面1及び同2(略)

    松山地方裁判所民事第2部

              裁 判 官   角  谷  昌  毅

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最終更新:2005年10月19日 10:31
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