H17.10.12 さいたま地方裁判所 平成13年(ワ)第857号 損害賠償請求事件

主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。


事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,各自金1億3111万1588円及びこれに対する平成9年6月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,中学校において被告Aの原告に対する暴行が原因で,原告が横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害を負ったとして,原告が,被告A及びその両親,行田市及び埼玉県に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき(民法709条,国家賠償法1条,同法3条),それぞれ逸失利益及び弁護士費用等合計1億3111万1588円の支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実のほか,後掲の証拠等により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和59年2月18日生まれで,平成9年6月当時,埼玉県行田市立B中学校(以下「本件中学」という。)2年4組に在学していた。
イ(ア) 被告A,同C,同D
a 被告Aは,昭和58年10月26日生まれで,原告と同級生であり,平成9年6月当時,本件中学2年4組に在学していた。
被告Cは被告Aの父であり,被告D(以下「被告D」という。)は被告Aの母である。
b なお,平成9年6月当時,被告Aは,13歳7か月であったところ,同人の責任能力(民法712条)の有無につき,原告から,被告Aについて,自己が他人に損害を加えた行為についての責任を弁識するに足るべき知能を具えていないことを示す具体的な事情についての主張はなく,かつ,本件全証拠によっても,それを窺わせるに足りる事情は認められない。
(イ) 被告行田市
a 被告行田市は,本件中学を設置・管理する者である。
平成9年6月当時の本件中学の校長はE(以下「本件校長」という。),第2学年の学年主任はF(以下「本件主任」という。),そして2年4組の学級担任はG(以下「本件担任」という。)であった。
b 平成9年6月当時,本件校長及び本件担任は,被告行田市の公権力の行使にあたる公務員であった(弁論の全趣旨)。
(ウ) 被告埼玉県
被告埼玉県は,本件中学の「費用を負担する者」(国家賠償法3条)に当たる(争いなし)。
(2) 原告は,被告らに対し,平成12年5月26日,後記のとおりの被告Aの暴行によって,横隔膜下膿瘍に起因する肝機能障害を生じたとして損害賠償の支払を求めたが,被告らがそれに応じないため,当時の浦和簡易裁判所へ民事調停を申立てた(同庁平成12年(ノ)第307号)が,同調停は不成立となった。
3 争点及び当事者の主張
   本件の争点は,(1)被告Aが,原告に対し,暴行を加えたか,(2)被告Aによる暴行と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間に相当因果関係があるか,(3)被告C及び同Dが被告Aに対する監督義務に違反したか,及び,当該義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間に相当因果関係があるか,(4)被告行田市が原告に対する学校生活における生命身体についての安全配慮義務に違反したか,及び,当該義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間に相当因果関係があるか,(5)原告に生じた損害の範囲及び額の5点であり,これらに関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点(1)(被告Aによる原告に対する暴行の存否)について
(原告の主張)
ア(ア)a 原告は,平成9年6月18日ないし19日ころ,6時限目の授業及び清掃時間等が終了して帰りの会が始まろうしたとき,2年4組の教室内に設置されてあるロッカーから鞄を取り出して,座席に戻ろうとした。
そのとき,被告Aは,胸を突き出すようにして,原告の前に立ちはだかって,席へ戻れないようにした。原告が,それを避けようとしたところ,被告Aは,わざと原告がよけた方向に向かってきたり,さらに原告の体を押したりした。
その状況を見ていた本件担任が,原告及び被告Aに対し,「被告A,原告,席に着け。」と着席を指示したため,原告はそれに従ったが,被告Aは自分の席の近くまで戻ったものの,席には着かず,ベランダ側の壁にもたれかかりながら床に座り込んでいた。
そのため,本件担任は,被告Aの手を取って,同人を着席させたが,同人は,「原告は太っていてうざいんだよ。」等と大声で原告に対する悪態をつき続けた。
b 被告Aは悪態をつくのを止めないし,本件担任もそれを止めようとしないため,原告は,自席から被告Aの座席までいって「うるせえよ。」と言って被告Aの机の脚を蹴って抗議をした。そして,すぐに自席に戻ろうとしたところ,被告Aは,原告に向かって,「げんこくー(※実際には原告の名字を叫んでいる。)」と叫びながら近づいてきて,原告を教室の教壇に向かって左の方にある柱のところまで押していき,原告の両肩をつかんで角の柱のところに押しつけ,さらに原告の体を引きつけた上で,その右脇腹あたりを,膝で蹴り上げた。
c この状況をすぐそばで見ていた本件担任が,被告Aを着席させようとしたが,同人は,本件担任の腕を振り払ってベランダに出ていき,帰りの会の最中は戻ってこなかった。
d 原告は,痛みから息が詰まるような状態となったが,席に戻り,帰りの会の間,机の上に伏して堪えていた。本件担任が,原告に対し,「大丈夫か。」と声を掛けてきたが,原告は,他の生徒の手前もあるので,「はい。」とのみ答えた。
e 帰りの会終了後,被告Aが荷物を取りに教室に戻ってきた際,同人は,机に伏せたままでいる原告に対し,「ごめん。」と繰り返し謝った。
(イ) 原告は,被告Aの乱暴な性格及び日頃の態度等から,同被告を恐れていたため,上記暴行を受けたことを告白できないでいた。
しかしながら,原告が深谷赤十字病院に1回目の入院をした平成9年7月8日から同月25日の間に,原告は,訪問を受けた本件主任から,原告の受傷の原因は被告Aの加害行為によるものであるのかという質問を受けたため,被告Aから暴行を受けたことを告白した。
(ウ)a 原告が被告Aから暴行を受けた疑いのあることは原告の深谷赤十字病院への入院によって本件中学の知るところとなった。被告Aと被告Dは,同年8月28日,原告の家を謝罪のために訪れた。
この際,被告Aは,2階の原告の部屋において,原告に対し,何度も「ごめんな。」と言って謝罪した。
b 被告Dは,同人が加入している保険を利用して,原告に賠償金を支払う趣旨の説明をした。
(エ) 被告Aは,本件訴訟に先立つ調停の席においては,原告に暴行を加えたことを認めていた。
イ 以上によれば,被告Aが,本件中学2年4組の教室において,平成9年6月18日ないし19日ころの帰りの会が始まるころ,原告の右脇腹を膝蹴りしたことは明らかであり,これは原告に対する不法行為(民法709条)を構成するものである。
(被告らの主張)
原告の主張を否認する。
ア 被告Aは,原告に対し,暴行を加えたことはない。
(ア) 原告は,被告Aが原告に対し暴行を加えた日時につき,本件訴訟を提起する以前の調停の段階においては,本件に関する災害報告書記載のとおり,平成9年6月4日と述べていたし,本件訴訟を提起した段階においても,「平成9年6月4日ころ」との主張をしておきながら,本件訴訟の途中からは,「平成9年6月18日ないし19日ころ」とその主張を変遷させたものである。
原告が主張するような重大な暴行が行われたのであれば,その発生日時については明確に記憶されていて然るべきところ,原告の記憶が上記のように曖昧であることは,そもそも被告Aの原告に対する暴行は存在しなかったことを表している。
(イ) 原告が平成9年6月当時から本件訴訟に至るまでに主張した負傷部位は,多々変遷しており,そのように負傷部位を明確に特定できないことからしても,そもそも被告Aの原告に対する暴行が存在しなかったことは明らかである。
(ウ) 原告が主張するような態様での暴行が行われたとすれば,目撃者が現れて然るべきところ,目撃者は一切存在しないし,原告がその現場にいたと主張する本件担任でさえ,そのような暴行を全く認識していないのであるから,そもそも被告Aの原告に対する暴行は存在しなかったものである。
(エ) 原告が被告Aから暴行を受けたと主張する当時において,原告が痛がったり,保健室へ行ったりしたことはなかった。
イ(ア) 被告Dは,平成9年8月28日に原告宅を被告Aとともに訪問し,謝罪をしたが,それは,本件中学の教師らから被告Aが原告を蹴り上げた旨を断定的な口調で伝えられたため,被告Dも真偽を十分に確かめないまま,被告Aが原告に対し暴行を加えたものと誤信したためである。事実関係を調べた結果,被告Aが原告を蹴り上げたことがあると確認したうえでした謝罪ではない。
(イ) その際,被告Dが,保険に入っているので保険金で賠償金を支払うというような趣旨の発言をしたことはない。
(ウ) 被告Aが原告の自室で原告と二人きりになったときに,同人に対し,謝罪したこともない。
(エ) 調停の席においても被告Aらは原告を蹴り上げた事実を認めていない。
(上記主張以外の被告A,同C及び同Dの主張)
ア 被告Aは,平成9年8月28日,本件担任及び本件主任から事情を聞かれた際,「原告と喧嘩をしていて体をぶつけたことがある。」等と話したことはない。
イ そもそも,本件担任及び本件主任は,被告Aを一方的に原告に暴行を加えた犯人と決めつけていたものであり,被告Aに原告に暴行を加えたことを認めさせるように誘導的に質問をしたうえ,そのような状況下においてパニック状態に陥った被告Aの「体が当たったかなぁ。」という旨の発言を捉え,それを不当に拡大解釈して,被告Aが原告に対し暴行を加えたことを認めたと述べているものである。
(2) 争点(2)(被告Aによる暴行と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との相当因果関係の有無)について
(原告の主張)
ア(ア) 原告は,平成9年7月,深谷赤十字病院において,横隔膜下膿瘍,肝機能障害,膿瘍後遺症と診断された。
同病院のH医師によれば,原告の肝機能障害の主原因は,横隔膜下膿瘍であり,その横隔膜下膿瘍の発生原因は,交通事故にあった程度の強い衝撃が外部から加えられたことによる内出血によるものと考えられるとしている。
(イ) 原告は,平成9年6月18日ないし19日ころ,被告Aから右脇腹付近に膝蹴りを加えられたものであり,この暴行以外に,原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害の発生原因は考えられない。
(ウ) 従って,被告Aによる原告に対する暴行と,原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間には,相当因果関係がある。
イ 原告が被告Aから暴行を受けたことに関する災害報告書(甲22)には,「ふざけあっていて」といった記載があるが,これは,本件校長等が「このように記載しなければ保険金を使用できない。」と述べたことから,当初の記載に変更が加えられたものであって,真実を記載したものではない。実際の暴行の程度は,非常に強度なものであった。
(被告らの主張)
ア 原告は,虫垂炎を発症したことから,平成7年3月9日,埼玉医療生活協同組合羽生総合病院(以下「羽生病院」という。)に入院し,同月12日の試験的開腹手術によって,穿孔性虫垂炎の穿孔部から内容物が漏出し,それに含まれる細菌によって広範に腹膜の感染が発生し,急性の細菌性腹膜炎(腹腔内膿瘍)が発症していると診断された。従って,開腹手術時,既に虫垂の穿孔が生じ,大きな腹膜下膿瘍が形成されていたことからすると,すでに広範の腹膜の細菌感染が生じていたことは明らかであり,当然その感染は横隔膜下にも及んでいたものである。
原告の横隔膜下膿瘍が平成9年7月ころから平成12年に至るまで増悪及び沈静化を繰り返していることからすれば,平成9年7月における横隔膜下膿瘍による入院は,平成7年3月12日の開腹手術後も存続していた横隔膜下の細菌感染による膿瘍の増悪によるものである可能性が高い。
イ 原告は,平成9年7月8日に深谷赤十字病院に入院する原因となった横隔膜下膿瘍が,肝臓に働いた外力によって肝臓の損傷が生じ,肝臓から漏出した細菌によって横隔膜下に感染が起こり,その細菌感染によって横隔膜下膿瘍が発症した旨主張するが,肝臓にこのような損傷が起きるほどに強い外力が作用した可能性は認められず,このような強い外力が働いたのであれば,原告は痛みを訴えるであろうところ,原告は本件事故当日とされる日に保健室へも病院へも行っていない。
ウ 従って,仮に被告Aによる原告に対する暴行が存在したとしても,当該暴行と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間に相当因果関係はない。
(3) 争点(3)(被告C及び同Dの監督義務違反の有無,及び,当該義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間の因果関係の有無)について
(原告の主張)
ア(ア) 被告C及び同Dの両名は,被告Aの親権者として,同人の生活活動全般について監護及び教育する義務(民法820条)を負っていたのであるから,被告Aにつき,家庭の内外において,他人に加害行為を為さないように監督する広範な一般的義務があった。
(イ) 被告Aは,本件中学第1学年から第2学年の1学期において既に,些細なことで激高したり,校舎の窓ガラスを割ったり,他の生徒を殴って骨折させたり,本件担任に刃向かって暴力をふるったりする粗暴な生徒であった。
被告C及び同Dは,被告Aのそのような粗暴性を本件中学からの報告や日頃の態度等から日常的に認識していたにもかかわらず,その状態を放置し,あるいは助長していた。その結果,原告が被告Aによって暴行を受けて,横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害を負わされるに至ったものである。
イ 被告Aによる原告に対する暴行が本件中学で行われたものであるとはいえ,被告C及び同Dは,被告Aの全生活関係につき監督すべき立場にあるので,監督義務違反に起因する不法行為責任(民法709条)を負う。
(被告C及び同Dの主張)
原告の主張につき否認する。
ア 平成9年6月ころまでの時点において,被告Aには,暴力癖等の問題行動は一切なく,また,被告C及び同Dにおいて,原告が主張するような被告Aの粗暴性を直接目撃したこともなければ,本件中学等から注意を受けたこともなかった。仮に,被告Aが原告に暴行を加えたことがあったとしても,そのことを予見することは不可能であった。
また,被告Aは,現在,勤め先から受ける給料の一部を毎月被告C及び同Dに渡す等の思いやりのある人間に育っていることからも,被告C及び同Dが,被告Aに対し,監督義務(民法820条)を果たしていたことは明らかである。
イ 当該暴行と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間に因果関係が認められない以上,仮に被告C及び同Dが監督義務を果たしていなかったとしても,当該義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間には因果関係がない。
ウ 従って,被告C及び同Dは,原告に対し,監督義務違反による損害賠償責任(民法709条)はない。
(4) 争点(4)(本件中学の安全配慮義務違反の有無,及び,当該義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間の相当因果関係の有無)について
(原告の主張)
ア 被告Aは,本件中学第1学年から第2学年の1学期において既に,些細なことで激高したり,校舎の窓ガラスを割ったり,他の生徒を殴って骨折させたり,本件担任に刃向かって暴力をふるったりする粗暴な生徒であった。
被告Aが粗暴な生徒であったことに加え,平成9年6月当時本件中学ではプロレスごっこが流行っており,また,帰りの会が,生徒が一日の授業が終了したことからくる開放感に浸っている状況下で開催されることからすれば,本件中学の教職員は,生徒同士がふざけ合って怪我をしたり,被告Aが他の生徒へ何らかの加害行為を及ぼすことがあるかもしれないことを予見できた。
イ(ア) 本件担任は,帰りの会の前の時間においては,生徒の動静,特に被告Aの動静に注意し,日頃から生徒を着席させる等して待機させたり,被告Aが粗暴な行為にでないように適切に指導等すべき義務があった。しかし,本件担任は,日頃から被告Aが問題とされるべき行為をしても,形式的な口頭での注意をするだけで,結果的にそのような行為を容認していた。
(イ) また,本件担任は,平成9年6月18日ないし19日ころ,被告Aから原告に暴行が加えられた際,被告Aを制止する等適切に対処すべきであったところ,その現場に居合わせながら,その暴行の発生を阻止しなかったものである。
ウ さらに,上記のような被告Aの日頃の粗暴性からすれば,学校管理者である本件校長は,個々の教師に対し,被告Aの粗暴性を発現させないようにし,また,生徒の安全を守るための対策を講じることを周知徹底させる義務があったのに,かかる義務を怠った。
エ 以上からすると,被告行田市の公権力の行使にあたる公務員である本件校長及び本件担任に安全配慮義務懈怠の過失があり,その結果本件事故が発生し,原告が障害を負うに至ったのであるから,被告行田市は国家賠償法1条1項に基づく責任を負う。
オ 被告埼玉県の責任
被告埼玉県は,国家賠償法3条にあるところの,本件中学の「費用を負担する者」にあたるので,被告行田市とともに国家賠償法上の責任を負う。
(被告行田市の主張)
原告の主張につき否認する。
ア 本件担任は,仮に被告Aが原告に暴行を加えたことがあったとしても,その場面に居合わせなかったのであり,その事態を具体的に予見することは不可能であった。
イ 本件校長においても,被告Aが原告に暴行を加えることを具体的に予見することは不可能であった。
ウ 被告Aの暴行と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間に因果関係が認められない以上,仮に本件担任及び本件校長が安全配慮義務を果たしていなかったとしても,当該義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間には因果関係がない。
エ 従って,被告行田市は,原告に対し,安全配慮義務違反の過失による損害賠償責任(国家賠償法1条)はない。
(被告埼玉県の主張)
被告埼玉県が,本件中学の「費用を負担する者」(国家賠償法3条)に該当することは認めるが,その余の原告の主張事実については否認する。
ア 平成9年6月当時,原告と被告Aとの間には特段のトラブルがなかったのであるから,本件中学において,被告Aが原告に対し暴行をすることを予見することは不可能であった。
イ 少なくとも,被告Aは,本件中学第2学年の1学期までは,原告が主張するような粗暴な行為に出たことはなく,他の生徒に暴行をするような危険な生徒ではなかったのであるから,本件中学において,被告Aが原告に対し暴行をすることを予見することは不可能であった。
ウ 仮に被告Aが原告に対し暴行を加えたことがあったとしても,本件担任は,被告Aが原告に対し暴行を加えたという現場に居合わせなかったものであり,事前にこのような暴行の発生を予見させるような状況がない中では,本件担任に何らの過失もなかった。
エ 被告Aの暴行と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間に因果関係が認められない以上,仮に本件担任及び本件校長が安全配慮義務を果たしていなかったとしても,当該義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間には因果関係がない。
オ 従って,被告埼玉県は,原告に対し,国家賠償法3条に基づく損害賠償責任はない。
(5) 争点(5)(原告に生じた損害の範囲及び額)について
(原告の主張)
ア 積極損害 合計金1504万7174円(原告が被告Aから暴行を受けた日から平成11年11月18日までに生じた損害の一部請求)
原告は,被告Aに暴行を受けたことにより,その暴行を受けた日から平成11年11月18日まで,少なくとも以下のとおり合計金1504万7174円の積極損害を被った。
(ア) 治療費      12万1274円
(イ) 入院付添費    49万8000円
(ウ) 入院雑費     10万7900円
(エ) 入通院慰謝料  132万円
(オ) 後遺症慰謝料 1300万円
(原告には,腹部臓器の機能に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができない後遺障害別等級5級3号に該当する後遺障害が残存した。)
イ 逸失利益 金1億0406万4414円
障害等級5級の労働能力喪失割合79パーセント,労働能力喪失期間を全稼働可能期間の49年(〔67歳-16歳〕-〔18歳-16歳〕=49年),平成12年の男子学歴計の平均年収569万6800円を元にして計算したものである。
(年収569万6800円)×0.79(労働能力喪失割合)×23.123(新ホフマン係数)=1億0406万4414円
ウ 弁護士費用 1200万円
本件と相当因果関係のある弁護士費用は1200万円である。
エ よって,原告は,①被告Aに対し,不法行為責任(民法709条)に基づき,②被告C及び同Dに対し,監督義務違反による不法行為責任(民法709条)に基づき,③被告行田市に対し,安全配慮義務違反の過失による国家賠償法1条の責任に基づき,④被告埼玉県に対し,国家賠償法3条の責任に基づき,それぞれ,治療費,入院付添費,入院雑費,入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料1504万7174円(原告が被告Aから暴行を受けた日から平成11年11月18日までに生じた損害の一部請求),逸失利益1億0406万4414円及び弁護士費用1200万円の合計1億3111万1588円及びこれに対する災害報告書(甲22)において原告が被告Aから暴行を受けた日として記載されている平成9年6月4日から支払済みまで民法所
定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの主張)
原告主張の損害額及びその範囲については争う。 
(上記主張以外の被告A,同C及び同Dの主張)
仮に,被告Aに原告に対する不法行為責任が認められるとしても,原告においても,被告Aの机を蹴るなど,被告Aの感情を高ぶらせる挑発行為が存したのであり,この挑発行為によって被告Aの行為が惹起されたのであるから,損害額につき,大幅な過失相殺がなされるべきである。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所が認定した事実
 前記前提事実に加え,証拠(甲9,甲10,甲11,甲13,甲14,甲21,甲22〔本件に関する災害報告書。ただし,このうち,原告の母親が書き入れて作成した部分を除く。〕,乙6,乙7,乙9,乙10,乙11,乙13,乙14,乙15,乙16,乙19,乙20,乙21,原告本人,被告A本人,被告D本人,証人本件担任,証人本件主任,証人I〔原告の母親〕,深谷赤十字病院のH医師に対する調査嘱託の結果,羽生病院のJ医師に対する調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる(ただし,診療録等の頁等,特に重要と思われる証拠については,各認定事実の後に掲記した。また,原告に関する詳細な診療経過については,別紙「診療経過表」参照のこと。)。
(1)ア 原告は,小学校5年生であった平成7年3月7日の夜ころから腹痛を感じていたが,嘔吐や下痢の症状が出たことから,同月9日羽生病院に入院した。
同月12日,羽生病院での試験開腹によって,原告は,穿孔性虫垂炎及び腹腔内膿瘍と診断され,虫垂切除術を施された(以下「本件虫垂炎手術」という。)(乙7・14頁)。
イ 本件虫垂炎手術後である同年3月20日における,原告のC反応性蛋白(以下「CRP」という。)の検査結果数値は,3.8㎎/dlを示した(乙7・45頁)。
CRPは炎症が発症すると血液中に増加する急性相反性物質のひとつで,病原微生物の侵入,循環障害などによる細胞や組織の傷害・壊死,手術や外傷,免疫反応傷害などで炎症が発症したとき血中に速やかにかつ鋭敏に増加するもので,その数値は赤沈と同じく疾患特異性は乏しいが,病気の活動性や重傷度をよく反映するとされており,CRPの検査結果の数値が1㎎/dl以上であると,細菌感染症が高頻度で起こるとされている。従って,CRPの検査結果数値からすると,原告の身体は細菌感染症が高頻度で起こる状態にあったと推測される。
ウ 本件虫垂炎手術当時,原告には横隔膜下膿瘍が認められず,また,その手術後においても横隔膜下膿瘍を強く疑うような症状はなかった(羽生病院のJ医師に対する調査嘱託の結果)。
エ(ア) 上記虫垂炎の原因については,原告及び同人の母親が,同級生の女子生徒に右下腹を蹴られたことが原因であると主張したので,原告の当時のクラス担任であったKは,原告の母親から入院の報告を受けた翌日ころ,その女子生徒ら関係者らを調査したが,女子生徒が原告を蹴ったという事実を確認することはできなかった。
(イ) その後,原告が中学2年生になった平成9年になって,上記K教諭と,原告の小学校6年生当時のクラス担任であったLを交えて,その女子生徒やその両親らと原告及び原告の両親らとの間で話し合いが持たれたが,その場においても,女子生徒が原告を平成7年において蹴った事実は確認することができず,結局,今後,この問題は持ち出さないという旨の念書を双方で取り交わして,決着した。
(2)ア 原告は,本件中学2年4組在学中の平成9年6月23日,右肩と右脇腹の痛みがひどく眠れなかったため,翌24日,M整形外科を受診した。
原告は,「2,3日前,学校から帰ってきてから徐々に右肩の痛みが発症しだした。翌日から右脇が痛くなった。それら痛みは部分的なものでズキンとするような痛みであった。」旨訴えたので,右肩につき2枚のX線写真が撮影されたが,特段の異常は発見されなかった(乙10・2頁)。
イ それにもかかわらず,その後も痛みが治まらないため,原告は,6月25日以降毎日のようにN内科医院に通院するようになった。
同医院のO医師は,肝臓周辺の感染,特に膿瘍の疑いがあると診断し,原告を7月8日深谷赤十字病院に紹介した(乙9・8頁)。
ウ 原告は,7月8日,深谷赤十字病院の小児外科を受診し,そのまま同院に入院(以下「本件第1入院」という。本件第1入院は,7月8日から同月25日の間までであった。)した。
エ 7月9日及び同月10日に深谷赤十字病院のP医師あるいはH医師から,原告の母親に対し,原告の状態につき説明が行われた。それによると,「9割方,横隔膜下膿瘍である疑いが強いが,なぜ膿瘍が出来たのかその原因はわからない。」ということであった。医師達は,「原告が転ぶなどして腹部をどこかにぶつけたりしたことはないか。」と原告の母親に尋ねたが,この時点では,「これより1か月以上も前に剣道部の部室で遊んでいた際,他人が振り回す竹刀を避けようとして椅子から落ちて頭を打って気を失った。」ということ以外,特段思い当たることはなかった(乙12・28ないし29頁)。
また,この時点で,原告は,自分の腹部付近に痣等の外傷があることを認識してはいなかったし,深谷赤十字病院の診療記録上も,原告の腹部につき痣等の外傷がある旨の記載はない。
オ(ア) 7月9日に,本件主任が原告を見舞った際,本件主任は,原告の状態につき,外傷性横隔膜下膿瘍という疑いがあることを深谷赤十字病院の医師から知らされたので,原告に対し,「何か腹部をぶつけたことにつき思い当たる節はないか。」と尋ねた。この問いかけに対し,原告は,「平成8年の12月ころにバスケットボール部の部活動の際に,腹部にバスケットボールが当たった。」ことや,「平成9年の春ころに剣道部の部室にいた際にこけて気絶した。」ことは話したが,この時点では,被告Aに関係する話は一切しなかった。
(イ) その話を受けて,本件担任及び本件主任は,バスケットボール部員や剣道部員に事情を聞くなどして事実関係の調査を行った。その結果,バスケットボールや剣道をしている最中において,原告が腹部を強打するような事情は何らなかったことが判明した。
カ(ア) 7月14日,原告は,CTスキャン等の検査の結果,右腹部横隔膜下膿瘍と診断され,さらに肝血腫あるいは肝腫瘍等肝機能障害の疑いが認められた(乙12・23頁)。
(イ)a 膿瘍とは,器官又は限定された間隙における膿の集まりで,通常は細菌感染によって起こるものである。そのうち,横隔膜下膿瘍とは,横隔膜より下で横行結腸より上にあると任意に定義されている横隔膜下腔に生じる膿瘍である。
横隔膜下膿瘍の大半は,手術,限局性の疾患又は外傷後の直接汚染から生じるが,虫垂炎等の遠隔の汚染部位から腹腔を通って感染が広がることによって起こることもある。
b 横隔膜下膿瘍の臨床症状としては,発熱がほとんど常に発症することが認められ,それだけが唯一の症状であることもあるが,食欲不振や体重減少もよく見られる。また,空咳,胸痛,呼吸困難,肩痛が生じることもある。腹部に関する患者の最も一般的な訴えは痛みであり,しばしば限局性の圧痛を伴うものである。
c 治療方法としては,超音波ないしCT誘導下経皮的ドレナージによる排膿,外科的ドレナージによる排膿並びに補助的に抗生物質の投与がある。
キ 7月14日以降,原告には保存的に経過観察が開始され,その結果が良好であったため,同月25日退院となった。
ク 本件担任は,7月9日以降,1学期の終了式までの間に,あるいは,2学期以降,原告が学校に復帰するようになってから,クラスにおいて,帰りの会の際,生徒達に対し,「原告が暴行を受けて入院するに至ったことにつき,誰か何か思い当たる節がないか。」といったことを尋ねたが,生徒達からは,何も情報が寄せられることはなかった。
(3)ア 平成9年7月31日,原告は,深谷赤十字病院の外来を受診したところ,右首,右肩及び右腹部に痛みを訴え,39度ないし40度くらいの熱を発したため,CTスキャンを行ったところ,横隔膜下膿瘍が再発したことが判明したため,そのまま入院(以下「本件第2入院」という。本件第2入院は,7月31日から8月30日の間までであった。)した。
イ 入院中は,抗生剤により膿瘍を抑制する治療が主に行われ,その後の経過観察の結果,膿瘍が本件第2入院当初よりも小さくなってきて,肝機能の方の改善もみられたため,8月30日に退院した(乙13・16頁,40頁)。
(4)ア 本件第2入院の最中である8月17日ころ,原告母は,知人であるQから,電話で,「原告を蹴ったのは被告Aしかいないと本件中学で子供たちがみんな話をしている。」旨の噂を聞いた。
そこで,原告の両親が,原告に対し,8月17日,原告に学校で何があったのかを問いただしたところ,詳細については明らかにしなかったものの,原告は,学校でいじめに遭っていた旨を両親に話し,翌18日,原告の両親はその旨を深谷赤十字病院のP医師に伝えた。
さらに原告の母親は,原告本人から詳しい話を聞き出すことができなかったものの,8月17日,本件主任に電話をして,「詳しくはわからないが,原告が被告Aに蹴られたというふうに言っている。」旨の報告をした。
イ 平成9年8月26日,深谷赤十字病院のP医師が,原告,原告の母親,本件担任,本件主任に対し,問診を行った際,本件担任や本件主任とのやり取りの中で,原告は,「入院する1か月くらい前の6月初めころに,帰りの会がはじまる前に,教室で,友達とふざけていて右脇腹に足があたった。その相手方とは被告Aである。その当時はそれほど痛くなかったので,先生には話さなかった。」と答えた。
ウ そこで,同月28日,本件担任及び本件主任が,夏休み中ではあるが,部活動のため本件中学に来ていた被告Aから2回に分けて話を聞いた。
最初は,本件担任が一人で被告Aと相対し,20分ないし30分間に亘って,原告が,本件第1入院の原因として被告Aによる暴行を挙げていることを告げたうえで,その真偽につき質問したところ,被告Aは,「6月の初めころ,原告とけんかをして体当たりをしたことがある。膝が当たったかどうかはよくわからない。」と答えた。
さらに,本件主任が加わって,再度,真偽について確認をしたところ,被告Aは,その場においても,本件担任に述べたことと同様の答えをした。
エ なお,本件担任は,上記平成9年8月26日及び8月28日の,原告や被告Aを含め,当時のやり取りの内容につき,個人的に手帳に簡単なメモを取ったが,その手帳自体は既に処分してしまったものの,コピーは手元に残していたので,本件訴訟において,陳述書を作成するに当たっては,それを参照した。
(5)ア 平成9年12月24日付で,本件校長は,「原告が,平成9年6月4日午後3時(5時限目終了後),教室内で同じクラスの友人とふざけあっていたところ,友人の振り上げた足が被災生徒の右脇腹にあたってしまった。」という旨の災害報告書(以下「本件災害報告書」という。)を作成した(実際に記載をしたのは,本件校長ではなく,当時の本件中学の養護教員であり,また,証拠として提出されている本件災害報告書の写し〔甲22〕には,原告の母親が,もともと記載されている文章を棒線で消したり,枠外等に別途書き込みをした跡がある。)。
イ 本件災害報告書を作成する際,災害があった日付については,原告及び被告Aの双方が共に,明確な日時を記憶していなかったうえ,本件担任をはじめ目撃者が一人もいなかったため,「被告Aから暴行を受けたのは,春の遠足よりも後のことで,かつ,家庭訪問の期間が始まる前のことである。」とか,「帰りの会の前に暴行を受けたが,帰りの会のときには,本件担任が出席して帰りの会を行った。」という原告の記憶を手掛かりに,当時の本件担任の勤務状況と照らし合わせるなどし,消去法によって,日時を確定していったものである。
ウ 暴行の態様についても,原告の記憶及び供述を手掛かりとして,「ふざけあっていて足があたった。」旨が記載された。
エ 本件災害報告書については,被告行田市の学校教育課から本件中学に対し,「『外部からの衝撃が原因での疾病』という文言を加えるように書き直しを願う。」旨が要請されたことから,最終的にはその要請に沿って,本件災害報告書が作成された。
(6) 原告は,本件第2入院以降,外来で横隔膜下膿瘍の経過観察治療を続けていたが,授業中気分が悪くなり早退することが多かったり,外来においても入院を勧められるときがあるなど,状態が常に芳しいわけではなかった。そのような折り,原告は,脂肪肝と診断されて,平成10年4月13日から同月24日まで深谷赤十字病院に入院した(乙14)。
(7) 原告は,平成10年5月13日ころから,再び体調不良となったため,同月26日,深谷赤十字病院で抗生剤を内服処方して様子を見たが,発熱を繰り返すなどの症状を呈したため,平成10年6月4日から同月16日まで深谷赤十字病院に入院した(乙15・2頁)。
(8) 平成11年6月16日から平成12年2月20日の間に,行田市教育委員会の担当者と深谷赤十字病院のP医師との間で面談が持たれた。
この際,同医師は,原告の当時の現状として,「細菌が一つでも残っていると膿瘍が再発することがあるので,今度炎症を起こすことがあれば,原告の希望を聞いたうえで,膿瘍を手術によって除去する方法が良いかもしれない。」ということを提案するとともに,平成9年7月に原告が初めて横隔膜下膿瘍と診断されたことにつき,「最初の原因は外傷性以外は考えられない。」と述べる一方で,「完全に証明することはできないので,はっきりとは言えない。」と説明した(甲15〔行田市教育委員会担当官と深谷赤十字病院医師との面談記録〕)。
(9) 原告は,平成12年2月10日ころより,再び腹部が痛み出したため, 平成12年2月20日から同年3月18日まで,横隔膜下膿瘍の治療のため深谷赤十字病院に入院し,その入院中である3月3日に,切開ドレナージの手術を受けた(乙16・43頁)。
しかしながら,そのような施術によっても,結局,病巣の状態は明確に判明せず,平成13年3月30日ころのCT検査においては,肝機能障害の原因であった膿瘍の消失が認められたものの,肝機能障害だけは残る状態となった(甲17〔平成13年3月30日における原告代理人らと深谷赤十字病院H医師との面談記録〕)。
(10)ア 深谷赤十字病院のH医師は,平成14年6月ころ,当裁判所からの調査嘱託に応じて,「原告の肝機能障害の発生機序が外傷による肝挫傷が原因と思われること。」,「平成7年3月ころの本件虫垂炎手術による影響によって,平成9年6月なし7月ころにおいて横隔膜下膿瘍が発生する可能性は否定できないが,一般的とはいえないこと。」,「平成7年3月ころ原告が煩っていた虫垂炎が汎発性腹膜炎を併発したものであれば本件虫垂炎手術後,横隔膜下膿瘍が発生することも有り得ること。」を回答した。
イ また,羽生病院のJ医師は,平成14年6月ころ,当裁判所からの調査嘱託に応じて,「本件虫垂炎手術からかなりの時間が経過していることからすると,虫垂炎の既往が,原告の平成9年6月ないし7月ころに発生した横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害に影響している可能性は低い。」旨回答した。
2 争点(1)(被告Aによる原告に対する暴行の存否)に対する判断
(1)ア 以上の認定事実によれば,原告が加害者として被告Aの名前を初めて出したのが,加害行為があったと思料される日から少なくとも1か月ほど経過した後のことではあるものの,本件担任や本件主任のみならず,深谷赤十字病院の医師といった全くの部外者の前でも被告Aの名前を口にしていること,被告Aも,本件担任及び本件主任からの質問を受け,多少の動揺があったものの,明確に原告への暴行を否定しないで,身体的な接触があったという点ではこれを認めていたこと,本件担任及び本件主任は,何回か原告及び被告Aと個別に話し合いの機会を持っていたが,その機会において,両者はともに,身体の接触があったという根本的な部分についてはその話を変遷させることがなかったのであり,これらの事実を総合すれば,平成9年6月こ
ろ,本件中学内において,被告Aが,原告に対し,本件担任がその場に居合わせない状況下で,その右脇腹付近になんらかの身体的接触(以下「本件身体的接触」という。)を加えたことが認められる。
イ もっとも,原告は被告Aから加害行為を受けた時期について,当初からそれを特定することができない程度の記憶しか持ち合わせておらず,本件災害報告書作成過程で本件身体的接触の日時が6月4日とされたのも,実際その日を原告ないし被告A,あるいは学校関係者等の誰かが明確に覚えていたからではなく,8月半ば以降に本件身体的接触の話が原告の口から明るみになったところで,遡って消去法により日を特定していく過程で便宜上決定されたものに過ぎないこと,被告Aから原告に対し本件身体的接触が行われた際,近くに他の生徒がいたと思われるにもかかわらず目撃していた者が一切出現していないこと,6月ころに本件身体的接触があってから1か月ないし2か月ほど経過した後に突然思い出されたように原告から被告Aによる本件
身体的接触の話がなされたこと,しかもその本件身体的接触の内容として原告が「ふざけていたときに足があたった。」程度のものである旨や「当初は痛みがなかったので先生にも言ってないし,病院に行こうとも思わなかった。」旨を述べていること等の事実を総合すれば,被告Aによる原告への本件身体的接触は,原告の記憶に鮮明に残るほどの強度なものではなかったものと推認できる。
(2)ア これに対し,被告Aは,「原告に対し暴行を加えたこともなく,そのことを本件担任及び本件主任に対し認めたこともない。」旨主張し,被告Aの本人尋問中には,「原告に対し暴行を加えた記憶は一切なかったものの,平成9年8月28日に突然,本件担任及び本件主任から呼び出され,(被告Aが)原告に暴行を加えた犯人であることを前提としたような誘導的かつ抽象的な質問が繰り返される中,パニック状態に陥って,答えに窮し,ほとんど返事をしない状況で,『(身体の接触が)あったのかなぁ。』との意見を発したことを持って,この発言を拡大解釈されて,犯人と決めつけられた。」との供述部分が認められる。
しかしながら,仮に本件担任及び本件主任が被告Aを原告に暴行を加えた犯人であるとのある種の決めつけのもとに,たとえ誘導的な質問を行ったとしても,「身体の接触があったのかなぁ。」という旨の肯定とも否定ともどちらとも採ることができない発言のみで,本件担任及び本件主任の両者が,被告Aが原告への身体的接触を認めたと判断したというのは不自然であり,また,被告Aが供述する上記発言を最大限に拡大解釈したとしても,その発言から,通常,被告Aが原告に対する身体的接触を認めたと判断することは有り得ず,本件担任及び本件主任が,被告Aが主張する上記発言からそのような判断をしたとは思われない。
イ また,被告Aは,本人尋問中で,「本件担任及び本件主任の質問内容が,たとえば『原告に6月のあたまころ膝蹴りをしたのか。』といった程度に具体的であれば明確に否定できたのに,質問が抽象的すぎて,パニック状態に陥ったままでは明確に否定することが不可能であった。」とも供述する。
しかしながら,その質問が被告Aよりも通常優位な立場にあると思われる教師から発せられたものであるうえに,その質問内容が抽象的であり,かつ,被告Aが未成年なうえに,極度に動揺した状態に陥っていたとしても,被告Aは,原告が入院したという話を聞かされたうえで,本件担任及び本件主任の2人からその旨の話がなされ,かつ,その件につき心当たりがないかと尋ねられていることは正確に理解していたのであり,中学校2年生の年齢であれば,通常,その事の重大性及びその場で明確に関与を否定をしなければ,その結果自分自身が暴行の犯人と疑われる可能性が決定的に高まることは容易に理解できたものであると考えられる。さらに,被告Aが主張するように,本件身体的接触があったとされる当時,被告Aは原告に全く興味がな
く,ほとんど話すらしたことがなく,身体的な接触もなかったと思われるような関係であったのであれば,上記のような質問の際の客観的な状況及び被告Aの主観的な状況を踏まえていたとしても,被告Aが,本件担任及び本件主任から質問された際に,その場で明確に原告との身体的な接触の有無につき回答することは,決して不可能なことではなかったということができる。
ウ さらに,上記認定事実のとおり,本件担任は,曖昧な記憶のみに基づいて被告Aの平成9年8月28日当時の言動内容を証言しているわけではなく,その当時書き記していたメモのコピーをもとに記憶を辿って陳述書を作成したり証言をしているのであるから,その証言内容は,より信用性の高いものであるといえる。
エ 従って,以上を総合すれば,この点に関する被告Aの供述は,俄に措信することができず,よって,本件身体的接触が存在せず,それは原告によって作出された虚偽の話であるという旨の被告Aの主張を採用することはできない。
(3) 一方,原告は,被告Aからの暴行が,本件担任や他のクラスメイトが多数見ているなかで行われた旨主張し,かつ,この主張に沿う供述を原告本人尋問において行っている。
しかしながら,前記認定のとおり,本件身体的接触後である平成9年8月28日に,本件担任が本件第2入院中である原告を深谷赤十字病院に見舞った際の同病院の医師が同席するもとでの会話の内容からすれば,本件担任は,明らかに暴行現場に居合わせなかったものであるし,本件身体的接触後,本件担任が,原告の名前をクラスの皆の前で挙げて,本件身体的接触について誰か知っている者がいないか尋ねた際,また,本件訴訟を通じて,原告及び被告Aのクラスメイトの中で,原告が被告Aから暴行を受けた現場を目撃したという者が誰一人として現れなかったことや,原告が主張するような被告Aの原告に対する暴行の具体的な状況は,原告自身から本件訴訟が提起される以前において全く明らかにされてこなかったこと等を総合して考えれば
,上記原告の供述を措信することはできず,従って,原告が主張するような態様及び状況下で原告と被告Aとの身体的接触が起こったと認めることはできない。
3 争点(2)(本件身体的接触と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との相当因果関係の有無)に対する判断
(1)ア 深谷赤十字病院の医師が,原告の横隔膜下膿瘍の原因を外傷性のものとするとの前提において,当初,その原因ではないかと原告が示唆していた平成8年12月ころにバスケットボールが腹部に当たったこと,及び,平成9年の春ころに剣道部の部室でひっくり返ったときに腹部を打ったかもしれないという出来事については,本件中学による調査の結果横隔膜下膿瘍を引き起こす要因が認められない態様であったことが判明したこと,原告の担当医師の一人である深谷赤十字病院のH医師が,原告の肝機能障害の主原因が横隔膜下膿瘍であり,横隔膜下膿瘍の発生原因は,横隔膜下に膿瘍だけでなく血腫もみられたことから,交通事故にあった程度の強い衝撃が外部から加えられたことにより,内出血を起こしたことにあり,一方,横隔膜下膿瘍と
虫垂炎手術との関係については,原告が虫垂炎の手術を受けたのが平成7年3月であることから,そのような数年前の手術の影響で横隔膜下膿瘍を起こしたことを完全に否定することまではできないものの,可能性としては低いと考えていること,本件虫垂炎手術に係わった羽生病院のJ医師もH医師と同様の考えを抱いていること,原告が,被告Aから,平成9年6月ころ,その右脇腹付近に本件身体的接触を加えられたことは既に認定したとおりである。
イ(ア) しかし,他方で,前述のとおり,被告Aの原告への本件身体的接触は,原告の記憶に鮮明に残るほどの強度なものではなかったのであり,少なくとも深谷赤十字病院の医師が言うような,交通事故にあった程度の強い衝撃のものではなかったことが推認できる。
そして,原告が,被告Aの粗暴性につき縷々主張するものの,その真偽のほどが如何様なものであったとしても,そのことで本件身体的接触の内容及び程度についての当裁判所の上記認定が左右されるものではない。
(イ) また,前記認定事実のとおり,原告には小学校5年生の時に発症した虫垂炎に端を発する腹腔内の細菌感染症が認められ,本件虫垂炎手術施術後も原告の身体につき細菌感染症が高頻度で起こりうる状態にあったものであり,深谷赤十字病院の医師としても,また,羽生病院の医師としても,本件身体的接触の数年前の出来事とはいえ,本件虫垂炎から本件身体的接触後の横隔膜下膿瘍へと病状が発展する可能性が一切無いとは断定できないのであり,外傷性の横隔膜下膿瘍という診断を一応下してはいるものの,原告自身,本件身体的接触当時,痣等の外傷が何らなかったことを認めているうえ,本件第1入院の診療記録上も,交通事故程度の強い衝撃を受けた事を示唆するような外傷が何ら記録されていないにもかかわらず,外傷性横隔膜下膿
瘍という診断が下されていること,最終的に深谷赤十字病院においても,横隔膜下膿瘍の原因がいったい何であるのか確固たる結論を出せずにいること,原告が本件第1入院及び本件第2入院をした後に至っても,その後交通事故にあった程度の強い衝撃を受けたような事情がないにもかかわらず,数回にわたり,横隔膜下膿瘍等が原因で入退院を繰り返していること等の事実を総合すると,原告の横隔膜下膿瘍並びにそれに基づく肝機能障害が被告Aの本件身体的接触以外の原因に端を発する可能性,特に,平成7年3月当時の本件虫垂炎手術の当時から細菌感染症に高頻度で陥りやすい状況となっていたことが原因の一端である可能性があることは払拭できない。
(2) 以上のとおり,被告Aが原告に本件身体的接触を行い,また深谷赤十字病院の医師により原告の横隔膜下膿瘍の原因が外傷性のものであるとの推測がなされており,平成7年3月ころの本件虫垂炎手術当時には未だ明確に横隔膜下膿瘍の症状が出ていなかったとはいえ,本件身体的接触の程度がそれほど強度のものでなく,他方で,細菌感染症に高頻度で陥りやすいという当時の原告の身体的状況を考慮すれば,被告Aの本件身体的接触から,原告の横隔膜下膿瘍が発症し,さらにそれが肝機能障害へと発展したと判断するには,なお合理的な疑いが残ると言わざるを得ない。
よって,被告Aの本件身体的接触から原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害が生じた高度の蓋然性があることまで推認することはできず,他に本件身体的接触と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害という結果との間に相当因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。
4 争点(3)(被告C及び同Dの監督義務違反の有無,及び,当該義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間の因果関係の有無)及び争点(4)(本件中学の安全配慮義務違反の有無,及び,当該義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間の相当因果関係の有無)について
上記のとおり,そもそも被告Aの加害行為によって原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害が生じたという因果関係が認められない以上,仮に被告C及び同Dに被告Aに対する親権者としての監督義務違反があったとしても,また,仮に本件中学に原告の生命身体に対する安全配慮義務違反があったとしても,それら義務違反と原告の横隔膜下膿瘍並びに肝機能障害との間に相当因果関係がないことは明らかであるから,それら義務の存否及び義務違反の有無について判断をする必要はない。
第4 結論
   以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。


     さいたま地方裁判所第2民事部


 裁判長裁判官   廣田民生


裁判官   中  山  幾次郎


裁判官   上田真史


【別紙省略】

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2005年10月25日 14:51
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。