hanrei @Wiki H17. 5.20 さいたま地方裁判所 平成16年(わ)第654号,第798号,第937号 窃盗,道路交通法違反,傷害致死被告事件



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被告人を懲役9年に処する。
未決勾留日数中360日をその刑に算入する。


理 由
(第1の犯行に至る経緯)
 1 被告人は,平成9年ころ,Aと知り合って同棲を始め,平成10年に長男Bをもうけた後,Aが二男Cを妊娠したのを機に,平成11年5月に婚姻して,新聞販売店で働きながら家族を養っていた。しかし,給料等に不満を抱くなどして退職し,家族と共に,父親の住む後記Xハイムx号室に転がり込んで,その後は,職を転々としながら,経済的に苦しい生活を続けていた。
 2 そうした中,被告人は,自己の境遇やふがいなさへのいらだちを募らせて,仕事がない日などは,朝からアパートで酒を飲み,幼い子供の泣き声がうるさい,あやしても泣きやまないなどとして,あざができるまで平手でたたいたり,布団でくるんで圧迫したりする虐待を加えるようになった。被告人は,毎日のように子供に当たっていたほか,Aに対しても,ささいなことに文句を付けては口論となり,木刀を振りかざして脅迫したり,殴る蹴るの暴力を加えたりしたため,Aが子供たちを連れて実家に帰ることも数回に及んだ。しかし,その都度,被告人が,反省の態度を示して謝罪し,家族を呼び戻していたが,同居するとまた家族への暴力が始まるといったことの繰り返しであった。
 3 平成12年10月29日,Aは,三男Dと四男Eの双子を出産して,平成13年1月4日から,家族そろっての生活が始まったが,1週間も経つと,被告人は,飲酒しては,あやしても泣きやまない双子の顔を平手でたたいたり,首が据わっていない子供のわきの下を持って抱え上げ,前後に激しく揺さぶったり,座布団の上に放り投げたり,ベビーキャリー(乳児を入れて持ち運ぶためのかご)の中で押さえ付けたりするようになり,時には,双子の顔が赤くはれ上がることさえあった。
 4 同月29日,被告人は,仕事を休んで,自宅アパートの南側6畳和室で,昼間から酒を飲んだり居眠りしたりしていた。午後4時ころ,被告人が寝ていると,押入の上段で,ベビーキャリーに入れて寝かし付けられていたEがぐずり泣きを始めたため,被告人は,目を覚まして,「うるせえな」と言いながらも,Eにミルクを飲ませて泣きやませようと,Eが寝ていたベビーキャリーを押入の中から持ち上げて,父親の居室である隣の北側6畳和室に向かった。
(罪となるべき事実)
第1 被告人は,平成13年1月29日午後4時5分ころ,横浜市内のXハイムx号室の被告人方居室(当時)北側6畳和室において,四男E(当時生後3か月)が泣きやまないことにいらだち腹を立てて,Eに対し,その寝ていたベビーキャリーごと畳上に放り投げて落下させた上,その身体を両手で持ち上げ,数回,前後に激しく揺さぶって,その頭部を強打,動揺させるなどの暴行を加え,Eに脳挫傷,急性硬膜下血腫,くも膜下出血の傷害を負わせ,よって,同年3月21日午後8時3分ころ,同市内の病院において,Eを上記傷害により死亡させた。(平成16年4月28日付け追起訴状記載の公訴事実)
(第2の犯行に至る経緯)
 1 第1の犯行によりEが入院した後,被告人とAは,病院より虐待の疑いがあるとしてDの保護を要請されていた横浜市の児童相談所職員の勧めで,Dを施設に預けることになった。被告人は,Eの死後1か月ほどは,子供たちやAに対して暴力を加えることもなく,酒も控えていたが,その後再び,酒を飲んで数日間仕事を休んでは,妻子の顔を平手でたたくなどするようになった。
 2 平成13年9月,被告人一家は,埼玉県上尾市内の後記借家に転居したが,その後の平成14年3月16日,Aが長女Fを体重1070gの未熟児の状態で早産した。Fは,生来,心臓に障害があったため,2度の手術を受けた後,同年12月末に退院して,上尾の自宅で家族と生活するようになった。
 ところが,被告人は,平成15年1月ころから,再び仕事を休んでは,昼間から自宅で酒を飲んで,妻子に以前と同様の暴力を振るったり,Fに対しても,泣くと「うるせえ」と怒鳴り付けるようになったが,それが次第にエスカレートして,腹立ち紛れに,Fの頭が前後にがくがくと動くほど体を激しく揺さぶり,抱いたFをベビーベッドの中に投げ入れ,あるいは,Fの額を指で弾いて,あざのような跡を残すこともあった。
 3 同年2月初めころ,Aは,遂にB,C,Dを連れて,家を逃げ出し,児童相談所に助けを求めて,外傷のあるFは保護入院となり,Aらも施設に保護された。その後,同年3月初旬に,Aたちは,児童相談所のあっせんで,同県富士見市内のアパートで暮らし始めたものの,被告人の説得により,1か月余り後,上尾市内の自宅に戻ることとなった。
 Aたちが戻った当初,被告人は,暴力を振るうこともなく,酒も控えて真面目に生活していたが,それも長続きはせず,同年6月初旬ころからは,またもや仕事に行かずに朝から酒を飲み,子供がうるさいといっては,以前と同じように虐待を加えるようになった。被告人は,酒を飲んでいるときに,子供たちが泣きやまなかったりすると,怒鳴り散らしたり,手当たり次第に物を投げ付けたり,Aや子供を平手で殴り付けたり,木刀を持ち出してAを脅し,足蹴にするなどしていた。また,Fがあやしても泣きやまないと,Fをベビーベッドに投げ込んだり,顔をつかんで左右に揺さぶることもあった。
 4 同月14日,被告人は,仕事を無断欠勤して,自分の生活状況に自己嫌悪といらだちを感じながら,朝から自宅で酒を飲んでいた。そのうち,Fがぐずり泣きを始めたが,Aが構わずにいたため,泣きやまないFに多少いらだちながらも,添い寝をし,背中を軽くたたいてあやし始めた。ところが,Fがかえって激しく泣き始めたため,被告人のいらだちは更に強まっていった。
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第2 平成15年6月14日午後2時ころ,埼玉県上尾市内の被告人方居宅(当時)6畳和室において,長女F(当時1歳3か月)が泣きやまないことにいらだち腹を立てて,Fの身体を両手で持ち上げ,多数回,前後に激しく揺さぶり,その頭部を強く動揺させた上,数回にわたり,独り座りできないFを布団の上に座らせて手を放し,Fを転倒させて,その頭部を布団や畳に打ち付けさせるなどの暴行を加え,Fに急性硬膜下血腫の傷害を負わせ,よって,同日午後7時34分ころ,同県岩槻市内の病院において,Fを上記傷害により死亡させた。(平成16年3月24日付け起訴状記載の公訴事実)
第3 平成16年1月31日午後1時ころから同日午後2時ころまでの間に,さいたま市内の路上において,同所に駐車中の株式会社G代表取締役H管理の普通乗用自動車1台(時価約50万円相当)を窃取した。(同年2月19日付け起訴状記載の公訴事実第1)
第4 公安委員会の運転免許を受けないで,かつ,酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,同年2月1日午後0時7分ころ,埼玉県秩父郡内の道路において,上記第3記載の普通乗用自動車を運転した。(同第2)
(証拠の標目)
 省  略
(事実認定の補足説明)
第1 判示第1の事実について
 弁護人は,判示第1の事実について,被告人が,Eが泣きやまないことなどに激高して,Eが寝ていたベビーキャリーを放り投げたり,身体を両手で持ち上げて,数回,前後に激しく揺さぶる暴行を加えたような事実を認めるに足りる証拠はないから,被告人は無罪である旨主張するので,以下,被告人による暴行の有無・態様,その動機,被告人の暴行とE死亡との因果関係の有無について検討する。
 1 証拠上明らかな事実経過及びこれに基づく推認事実
 (1) 関係各証拠によれば,事件前後の状況として,以下の事実が認められ,被告人も,これらの事実を自認するか,少なくとも否定していない。すなわち,
 ア 被告人は,平成12年10月にDとEが誕生した当初こそ,欲しがっていた双子が誕生したことを喜んでいたものの,翌13年1月4日から,双子が一緒に生活し始めて1週間もすると,毎日のように泣く双子にいらだち,「うるせえな」などと言って,顔面を平手でたたいたり,身体を持ち上げて前後に揺さぶったり,布団でくるんで圧迫したりする虐待を加えるようになった。
 イ 同月29日,被告人は,仕事を休んで朝から自宅のアパートにおり,昼寝をしたり酒を飲んだりしていた。Aが,午後3時半ころ双子にミルクを与えた後,午後4時ころにベランダで洗濯物を取り込んだころは,被告人は寝ており,DとEは,兄弟に踏まれないように,押入の上段に置かれたベビーキャリーの中に入れられて,寝かされていた。
 ウ ところが,Eが,ミルクを飲んでも寝付かずに泣いていたため,被告人は,いらだった声で「うるせえな」と不機嫌そうに言いながら,Eを直接抱くか,ベビーキャリーごと持ち運ぶかのいずれかの方法で,隣の父親の部屋(北側6畳和室)に連れていった。
 すると,何秒もしないうちに,Eが,異常に甲高い大声で「ギャー」という叫び声を上げた。Aは,自分が口を出すと,被告人が怒って暴力を振るわれるかもしれないと思い,動けずにいたところ,被告人が,台所で5分間ほどかけてミルクを作り,哺乳瓶を持って父親の部屋の方に行くのが見えたので,何事もなかったものと思い,ひとまず安心した。ところが,Aが,被告人から呼ばれて行くと,Eは,座布団の上に寝かされたまま,目は半開きで焦点が合わず,ひっくひっくというように小刻みに痙攣し,力が抜けたようになっていて,顔色も青白く,呼吸もなくなっていた。Aが,Eの服の胸元がぬれているのに気付き,被告人にどうしたのかと尋ねると,被告人は,「ミルクをあげたら吐いたんだ」と答えた。そして,Eの右頬には,桜色のあざが
できており,Aは,被告人が泣きやまないEをたたいたのだと思った。
 なお,Aは,その3日前ころに,Eの右目の近くが赤くはれていたことに気付いて,被告人に何をしたのかと尋ねると,被告人は,「いくらあやしても泣きやまねえから,うるせえから殴った」などと言っていた。
 エ 被告人が,119番通報をして,Eは,同日午後4時40分ころ,救急車でI病院に搬送されたが,心肺停止状態に陥っており,同病院で心肺蘇生術を受けて,同日午後4時46分ころ,心拍が再開した。しかし,検査の結果,頭蓋内出血の所見が認められたために,同日,専門病院であるJ医療センター(以下「医療センター」という。)に転送された。
 Aは,医療センターで,担当医師に,被告人が暴力を振るったと言いたい気持ちはあったが,被告人から暴力を受けることを恐れて,「上の子供が乗っちゃったかもしれない」とうそを言った。しかし,医師から,「目の周りが赤くなっているけど,赤ちゃんをたたいたり落としたりしませんでしたか」と聞かれたので,「私はないけど,主人が何度かたたいたことがありました」と答えたものの,被告人には言わないでもらえるように頼んだ。
 担当医師は,Eの瞳孔が左右不同で,いずれも受傷後1週間以内程度の右頬部分,右顎,左頬部位から左頸部に至る出血斑及び右前頭葉頭頂部の頭皮下出血の外傷を負っている状態を認めて,親から虐待されたのではないかと疑い,後に病院に来た被告人にも,「頭をぶつけたとか,殴るとかしなかったか」,「あなた方の行為は虐待だ。これは殺人罪になりますよ。」などと言って問いただしたが,被告人は,「そんなことはしていません」と大声で否定していた。
 ところが,被告人は,ソシアルワーカーから,Eの目の周りが赤くなっていることについて尋ねられると,「電気スタンドが倒れて当たったかもしれないし,その熱で赤くなったかもしれない」などとあいまいな返事をし,さらに,病院に駆け付けた父親から原因を尋ねられると,「おれはよく分かんねえけど,子供が蹴っ飛ばしたんじゃないかと思う」と答えていた。その後,Aが,「また,たたいたんじゃないの」と被告人を問い詰めたが,被告人は,「おれは,何もしてねえよ」と否定した上,「余計なこと言うなよ」と言っていた。
 オ 搬送当日に行われた検査の結果,Eには,左前頭葉の急性硬膜下血腫と脳挫傷を伴ったくも膜下出血の同時発症や,大脳鎌後半に沿った大脳縦裂(半球間裂)の硬膜下血腫の発生が認められ,同月30日午後3時20分過ぎに行われた頭部MRI撮影の結果,出血が24時間以内に起きていたことが判明した。
 そして,2歳以下の乳児の場合,比較的軽度の頭部外傷,例えば,頭部への揺さぶりや,あまり硬くない物への後頭部の打撲によっても,急性硬膜下血腫が発症することがある。また,くも膜下出血の多くは,脳挫傷に合併することが多く,その原因としては,頭部への高度の衝撃が知られている。例えば,3か月児を座布団とバスタオルを敷いたベビーキャリーごと約53㎝の高さから放り投げた場合,頭部表皮に外傷が認められなくても,頭蓋骨の軟弱性と脳実質の未熟性を考えると,脳挫傷,くも膜下出血及び急性硬膜下血腫を発症させるには十分である。このように,脳への高度の衝撃の場合,脳挫傷,くも膜下出血及び急性硬膜下血腫は,連続する病態と考えられる。
 (2) 以上認定のとおり,被告人がEを父親の部屋に連れて行き,Eが「ギャー」という甲高い叫び声を上げた後に,寝付かれずに泣いていたEの様子が急変して,ミルクを吐き,痙攣を起こした挙げ句に,呼吸が停止するに至ったのであり,その原因としては,左前頭葉の急性硬膜下血腫と脳挫傷を伴ったくも膜下出血の同時発症や,大脳鎌後半に沿った大脳縦裂の硬膜下血腫の発生があり,このような病態は,脳への高度の衝撃に伴い連続して生じたものと考えられる。
 しかも,被告人は,事件前から,生後3か月足らずのEやDに対しても,顔面を平手でたたいたり,身体を持ち上げて前後に揺さぶったり,布団でくるんで圧迫したりする虐待を加えており,事件の3日前ころには,Eの右目付近が赤くはれるほど,その顔面を殴ったことを自認していた。
 さらに,被告人は,事件後,Eの容態に疑問を抱いた担当医師には,Eに暴行を加えたことを否定する一方,ソシアルワーカーや父親には,Eの容態急変や,Eの目の周りが赤くなった理由について,電気スタンドが倒れて当たったかもしれないとか,子供が蹴飛ばしたのではないかなどと,根拠なく場当たり的な説明をし,Aには,「余計なこと言うなよ」と言って,口止めしているのである。このように,被告人は,Eの容態の急変に関して,後ろめたさを感じていたことがうかがわれる。
 そうすると,Eが判示の傷害を負ったのは,被告人が,Eを父親の部屋に連れて行った際に,Eの脳に高度の衝撃を与えるような暴行を加えたためであることが,強くうかがわれるのである。
 (3) なお,弁護人は,Eには,内因性の血液凝固作用の異常があり,そのため,異常な出血となった可能性があって,Eの判示の傷害もこの内因性の異常に基づくものであった疑いが残る旨主張する。
 しかしながら,捜査報告書(甲23)によれば,医療センターにおいて,担当医師が,Eの頭蓋内から多量の出血があったため,血液凝固作用に異常がある可能性を疑い,凝固検査を実施した結果,血友病やビタミンK欠乏症といった内因性の要素が否定されたことが認められる。
 この点,弁護人は,入院後にEが多量の輸血を受けており,その輸血が凝固検査の測定数値に影響を及ぼした可能性があり,凝固検査の結果は信用できない旨主張するが,Eの凝固検査の測定数値は,事件当日である平成13年1月29日の輸血が完了した後も,30日,31日と次第に正常値に近づいていき,しかも,Eが死亡する8日前の同年3月13日まで,正常値に近い数値をおおむね保っているのであって(甲10,23参照),仮に輸血が凝固検査の測定数値に何らかの影響を与えたとしても,それは限られたものであったことが明らかである。
 したがって,Eに血液凝固作用に内因性の異常があったとは認められないから,この点に関する弁護人の上記主張は前提を欠くものである。
 2 被告人の捜査段階の供述の信用性
 (1) 被告人は,捜査段階において,以下のとおり,Eに暴行を加えたことを認める供述をしていた(乙17,19,21,24)。すなわち,
 ア 私は,事件のころ,仕事が休みのときは,暇つぶしに昼間から酒を飲む生活を繰り返しており,事件当日も,仕事が休みで,前日飲んだ酒の影響から,昼ころ,二日酔いの状態で目を覚まし,焼酎を割った物を2杯ほど飲んでから,もう一度昼寝を始めた。
 イ ところが,午後4時ころ,Eの泣き声で目が覚めた。私は,かなりいらいらしながらも,ミルクでも飲ませて泣きやませようと思って,Eを入れていたベビーキャリーを押入の中から取り出して,隣の父親の部屋に向かい,部屋に入りざま,Eが入ったベビーキャリーを五,六十㎝先の畳の上に放り投げて落とした。
 ウ その瞬間,Eが,それまでのぐずり泣きとは全く違う,今まで聞いたことのないような「ギャー」という大きな叫び声を上げたので,私は,「うるせえ。今,ミルク作ってやるから待ってろ。」と言いながら,Eの両わきをつかみ,上半身をベビーキャリーから少し出すように持ち上げて,まだ首の据わっていないEを,前後に10ないし20㎝程度,四,五回激しく揺さぶった。
 エ その後,私が,台所でミルクを作り,Eのところに戻ったとき,ベビーキャリーの中には,Eのミルク用のステンレスポットが置かれていた記憶がある。Eを抱え上げてミルクをあげようとしたが,Eは,哺乳瓶をくわえようともしなかった。そこで,私が,「なんで飲まねぇんだよ」と言いながら何度か軽く揺すったところ,Eが,口からだらだらとこぼれ出すように,前に飲んだミルクを吐いて,あっという間に身体から力が抜けて,ぐったりとなってしまった。私は,どうしたのかと思い動転して,Eを座布団の上に横たえ,Aを呼んだが,Eは,ぐったりしたまま薄目を開いた状態で焦点の合わない目をのぞかせ,ひっくひっくとしゃくり上げるように身体を引きつらせていた。Aがやって来て,どうしたのかと尋ねたので,とっさに「突然,ミ
ルクを吐いたんだ」などと答えた。
 オ 病院で,医師に,虐待をしなかったか,このまま死んでしまうと殺人罪だ,などと言われたが,「やっていません」と言い続けた。病院からアパートに帰ってから,Aが険しい顔で「Eに何かしたでしょう」と聞いてきたが,何もしてないと言い張った。その後,Aが自分の日ごろの暴力を他言するのを恐れ,「余計なことは絶対言うな」などと言って口止めをした。
 (2) 以上のような被告人の捜査段階の供述は,前記1の証拠上明らかな事実及びこれに基づく推認事実,とりわけ,被告人が,Eを父親の部屋に連れて行った後に,その脳に高度の衝撃を与えるような暴行を加えて,Eに,脳挫傷,くも膜下出血及び急性硬膜下血腫の傷害を負わせたとの事実とよく符合しており,また,前認定のように,Eが1度だけ甲高い叫び声を上げた原因や,被告人がEの容態の急変について関係者に場当たりな説明をしたり,Aに口止めした理由についても,よく説明し得るものである。
 もっとも,被告人の上記供述からは,Eの右頬にあった小出血斑(Aのいう「桜色のあざ」)の発症原因を説明することはできない。しかし,上記傷害は,担当医師の供述(甲17)によっても,事件の1週間以内に生じたとしか特定できないものであり,Aが供述するように,比較的新しいものであったとしても,事件当日の別機会の暴行により既に生じていたものを,Aが事件後に初めて気付いた可能性も否定できない。また仮に,上記傷害が事件の際に生じたものであっても,被告人が,自己の暴行を控え目に供述して,Eを殴打したことを供述していないためとも考えられるのである。したがって,上記傷害の存在は,必ずしも被告人の上記供述と矛盾するものとはいえない。
 加えて,被告人の上記供述は,具体的かつ詳細で,自然な流れに沿う合理的なものであり,上記小出血斑の発症原因の点を除いては,他にその信用性に疑問とすべき点は見当たらないのである。
 (3)ア これに対し,被告人は,公判段階において,その供述を翻し,以下のように供述している。すなわち,
 (ア) 事件当日の状況
 a 私は,Eの泣き声で眠りを妨げられて怒ったかもしれないが,そのこと自体よく覚えていない。Eを抱え上げて,ミルクを与えたのに飲まなかったころから,おぼろげに覚えているが,Eが寝ていたベビーキャリーを畳の上に放り投げて落下させたり,身体を持ち上げて揺さぶったり,Eが泣いたりしたことは覚えていない。 b Eは,具合が悪くなった瞬間,ミルクを飲まなくなり,私は,Aを呼んで119番通報をした。荒っぽく扱っていたこともあったから,もしかすると,自分がEを揺すったり殴ったりしたかもしれないという気持ちもあるが,記憶はない。
 (イ) 取調べ状況
 a 私は,平成16年3月24日(以下,この2の項においては,「平成16年」の表記を省略する。)にFの事件で起訴されてから,Eの事件の取調べを受けるようになった。何をしたか覚えていないと言ったが,取調べ担当のK警部補(以下「K警察官」という。)から,調書を作り,裁判を受けることがEに対する償いの第一歩だと言われ,私も,Eの事件には何かしら自分が関係しているのではないかという気持ちがあったので,責任を取らなければいけないと思い,K警察官と話し合って,普段の行動などをもとに調書を作った。
 b Eの事件で逮捕された4月8日までの約2週間の取調べの中で,初めのうちは,K警察官から,Aの話では,私がベビーキャリーを持たずに父親の部屋に行ったことになっているので,ぶつかっても傷ができないような何か柔らかい物の上に放り投げたのではないか,柔らかい物といえば,父親は布団をしまっており,Aの記憶では,座布団1枚があったということだから,Eを座布団の上に投げたのではないかと言われ,そういう話になった。さらに,Eには,頭を揺さぶられた証拠が出ていると言われ,私がEを抱いて父親の部屋に移動する途中に揺さぶったことになった。
 c しかし,調書を作成する少し前ころになって,K警察官から,人形に傷の部分としてシールを貼った物とベビーキャリーを見せられ,Eの後頭部の傷とベビーキャリーのへりの模様が一致する,だから,ベビーキャリーに入れたまま投げていると言われ,私も,警察官がそう言うのであれば,そうなのだろうと思い,Eをベビーキャリーに入れたまま放り投げたという調書を作ることになった。
 d また,K警察官は,取調べの当初から,医師の診断によれば,頭に揺さぶった兆候がみられると言っており,取調べの中で,いろいろな可能性がつぶされていき,その結果,私の方から,想像で,ギャーと泣いたのであれば,Eの方に戻って揺さぶったのではないかと話した。回数は,揺さぶった際にEに言葉を投げかけているのではないかと想像して実演したら,K警察官から五,六回くらいだなと言われ,そのような調書になった。
 e 私が台所に行ってミルクを作ったことも,私の記憶にはないが,Aが供述しているとK警察官から聞いて,そういう調書になった。ベビーキャリー内にステンレスポットが置かれていたことは,おぼろげに記憶があるが,事件当時の記憶かどうかは分からない。
 f このように,私の調書は,K警察官が,Aの供述やEの解剖の所見等に基づき推測したことを問いかけ,私も,そうかもしれないと答えて,できていった。K警察官から,供述を押し付けられたり,無理に供述させられたことはないが,その内容は,私の記憶にないものである。再現実況見分は,調書のとおり再現するように言われ,そのとおりにした。検察官に対しても,K警察官と話し合ったストーリーどおりに供述した。
 イ そこで,以上のような被告人の公判供述の信用性について検討する。
 (ア)a 事件当時の状況に関する被告人の公判供述は,要するに,被告人には,Eの具合が悪くなってミルクを飲まなくなる前の状況についての記憶が全くなく,したがって,Eに暴行を加えた記憶もない,というものである。
 b しかし,Eの具合が悪くなって以降のことは,Eがミルクを飲まなくなり,Aを呼んで119番通報し,人工呼吸もしたなどと,かなり具体的な記憶があるというのに,その直前の状況について全く記憶がないというのは,いかにも不自然である。
 (イ)a また,取調べ状況に関する被告人の公判供述は,要するに,Eを北側6畳和室に連れていって暴行を加えた状況に関する供述調書は,K警察官からAの供述やEの診断結果等を聞かされ,これに迎合して,誘導されるままに作成されたものである,というものである。
 b しかし,このような弁解も,被告人やAの供述状況等に照らし,不可解なものである。すなわち,
 (a) 被告人がEをベビーキャリーごと放り投げたかどうかが取調べの1つの焦点とされていたところ,被告人自身,公判段階においても,取調べの当初から,具合の悪くなったEを抱き上げた際,何となくベビーキャリーがあったような話を自らしていたこと,ベビーキャリー内にステンレスポットが置かれていたことも,自分から取調官に供述したことを認めており,4月6日付けで,Eをベビーキャリーごと放り投げたことを明確に認めた調書が作成されているのである(乙34)。
 これに対し,Aは,3月21日付け検察官調書(甲89)において,被告人がEをベビーキャリーから抱き上げて連れていった旨明確に供述する一方,被告人がEをベビーキャリーごと連れていったことを明言したことはなく,4月5日付け(甲112)以降の供述調書においても,自分としては,被告人がEを抱いて台所に連れて行ったと思っていたが,被告人の両手の肘から下が見えない状態であったので,Eを直接抱いたのか,ベビーキャリーに入れたままであったのかは分からない旨供述しており(同月19日付け検察官調書(甲116)参照),ステンレスポットについては,全く供述していないのである。
 そして,被告人及びK警察官の供述によれば,被告人は,Aの上記のような供述に基づき,いったんはベビーキャリー及びステンレスポットの存在を否定する供述をしていたことがうかがえるところ,被告人は,上記のとおり,取調べの最終段階においては,それらの存在を具体的に供述しているのである。
 このような被告人やAの供述経過は,Eをベビーキャリーに入れて連れていったことについて,被告人から供述を始めたことをうかがわせるものである。
 (b) また,Eの頭部や顔面に対する暴行をうかがわせる体表上の外傷としては,右前頭葉頭頂部に細長い菱形状の皮下出血と,右頬に広がる小出血斑が認められるところ,その形状は,前者が細長い鈍体,後者が平らな鈍体による打撃でそれぞれ生じたことをうかがわせるものである。したがって,このような傷害の状況から,捜査官が,頭頂部は棒状のもので,右頬は平手でそれぞれ殴打されたと推測することはあっても,特段の予備知識もなしに,Eをベビーキャリーごと放り投げた際,その縁にEの頭頂部が当たったことまで推測して,この推測に基づき,被告人やAをあえて誘導するようなことは想定し難いところである。ちなみに,被告人の公判供述によっても,K警察官が被告人にEの遺体の写真を見せたのは,本件の取調べが終了する少し前で
あったというのである(なお,乙20参照)。
 しかも,取調官としては,前にみたとおり,Aが,Eの右頬にあった小出血斑について,被告人にたたかれたものと思う旨供述していたのであるから(4月5日付け警察官調書・甲112),この傷害の点も,被告人に当然確認していると考えられるが,被告人がこの傷害に見合うような暴行について全く供述していないことは,かえって,取調官が暴行内容について被告人を誘導していないことを裏付けるものである。
 (c) その他,被告人の捜査段階の供述経過をみても,①A供述と異なって,父親に手を上げたこと(乙23)は否定し,また,Aに対する暴行の有無やその原因(乙23),事件当時にEの右目付近にあったあざの原因(乙24)については,覚えていない旨述べていること,②ベビーキャリーの持ち上げ方について,3回も再現を繰り返して,その都度,高さが変更され,それがすべて記録されていること(乙17,甲123,乙19,125)など,取調官に迎合し,取調官から誘導されて供述したものとは考え難い点も少なからず散見されるのである。
 c そして,被告人を取り調べたK警察官は,その公判証言において,被告人を誘導して被告人の記憶にはない内容の調書を作成したことを明確に否定しているのである。
 (ウ) そうすると,事件当時の状況や取調べ状況に関する被告人の公判供述をそのまま信用することは困難である。
 (4)ア なお,弁護人は,被告人の捜査段階の供述について,①被告人がEをベビーキャリーごと放り投げて,激しく身体を揺さぶった直後に,Eのためにミルクを作って飲ませるという行動をとることには矛盾がある,②事件の直前まで,被告人はそれなりの冷静さを保っており,Eの泣き声も普通の大きさであったというのに,被告人が,部屋を移動するわずかの間に,突然に激高して,約80㎝もの高さからベビーキャリーごと放り投げるという乱暴極まりない行動に及んだのは,動機形成過程が不自然である,などとして,その信用性に疑問を呈する。
 イ しかしながら,①の点は,被告人の捜査段階の供述によれば,被告人は,Eを泣きやませようとしてミルクを与えるために隣室に向かう途中,Eがなおも泣き続けることにいらだち腹を立てて,隣室に入りざま,「うるせえ。いつまでも泣いてるんじゃねえ。」と思いながら,その腹立ちをぶつけるように,ベビーキャリーを畳の上に放り投げた上,「ぎゃー」という大きな叫び声を上げたEを,「うるせえ」などと言いながら前後に四,五回激しく揺さぶったところ,Eが泣き声を上げなくなり,気持ちも少し落ち着いたため,当初の予定どおりミルクを作りに行ったというのであって,行動に矛盾があるとはいえない。
 また,②の点も,ベビーキャリーを放り投げる行為もEを揺さぶる行為も共に,その態様に照らすと,必ずしも積極的に重大な危害を加えようとするほどの強固な加害意思に基づくものではなく,被告人が日常的に繰り返していた虐待行為の一環であったともいうべきものであるから,被告人が,自らの眠りを妨げられた上に,Eが泣きやまないことにいらだち腹を立てて,衝動的に行ったものとして,いずれも納得のいくものである。
 したがって,弁護人の上記各主張はいずれも採用できない。
 (5) 以上によれば,Eに対する暴行に関する被告人の捜査段階の供述は,必ずしもすべての暴行について供述していない疑いは残るものの,控え目に供述したものとして,十分に信用できるのである。
 3 まとめ
 以上みてきたとおり十分に信用できる被告人の捜査段階の供述を中心とする関係各証拠を総合すると,被告人が,判示第1のとおり,Eが泣きやまないことにいらだち腹を立てて,Eに対し,その寝ていたベビーキャリーごと畳上に放り投げて落下させた上,その身体を両手で持ち上げ,数回,前後に激しく揺さぶって,その頭部を強打,動揺させるなどの暴行を加え,その結果,Eを死亡させたことが,優に認められるのであり,これを争う趣旨の弁護人の主張は,すべて理由がない。
第2 判示第2の事実について
 弁護人は,判示第2の事実について,被告人が,Fを両手で持ち上げて,多数回,前後に揺さぶり,その結果,Fが判示の傷害を負った事実はあるが,被告人には,「激しく」揺さぶったという認識はなく,被告人がFの頭を畳に打ち付けさせたことを認めるに足りる証拠もない旨主張するので,以下,Fに対する暴行態様及びその程度に関する被告人の認識について検討する。
 1 証拠上明らかな事実経過
 関係各証拠によれば,事件前後の状況として,以下の事実が認められるのであり,被告人も,これらの事実を自認するか,少なくとも否定していない。すなわち,
 (1) Fは,平成14年12月末から,被告人らと一緒に生活するようになったが,その後,被告人による家庭内暴力が再発し,飲酒中に気に障ることがあると,被告人が,妻子を平手で殴り付けるなどし,Fに対しても,その顔や尻をたたいたり,額を強く指で弾いたり,抱いているFをベビーベッドの中に投げ入れたり,顔をつかんで左右に揺さぶったりすることもあった。
 (2) 事件当日,被告人は,朝から家で酒を飲んで,ほろ酔い状態でいたところ,Fがぐずって泣き出したため,しばらくあやしていたが,Fが次第に激しく泣き出したことに腹を立て,布団に寝ていたFの身体を持ち上げて揺さぶった上,独り座りできないFを布団の上に座らせてから手を放して倒した。
 そのころ,Aが,被告人の方を見ると,布団の上に座っている被告人の前で,Fが横向きに倒れて泣いていた。Aが見ていると,被告人は,Fのわきの下に手を入れて抱え起こし,自分の方を向かせて,足を前に出させるように座らせ,わきの下から手を抜いて放して,Fを横向きに倒したので,Aは,「やめてよ」などと声を掛けた。
 (3) Aから声をかけられて我に返った被告人が,Fを抱き上げてあやすと,Fは,泣きやんだものの,そのうち,「ひくっ,ひくっ」というしゃくり上げるような声を出し始め,それが二,三分続いた後,声を出さなくなり,身体から力が抜けたようにぐったりとなった。
 被告人は,呼吸困難になったと思い,新鮮な空気を吸わせるために外に連れ出すなどしたが,Fがぐったりしたままだったので,Eの事件を思い出して,大変なことになったと思い,家の中に戻り,Aに,「Fの様子が変だぞ」などと言いながら,抱いていたFを手渡した。
 このとき,Fは,両腕と両足を固く突っ張らせ,真っ白な顔をぴくぴくと痙攣させて,片目は開いているのに片目が半開きとなり,両方の黒目が違う方向を向いて焦点が合わない様子で,Aが声を掛けても全く反応を示さなかった。
 (4) Aが,思わず「何でこうなっちゃったの,Eくんと一緒」と言うと,普段なら腹を立てて怒鳴り返す被告人が,このときは黙ったままであったが,119番通報をして救急車を待つ間に,「余計なことは話すなよ」と言っていた。
 救急車で搬送された病院で,被告人は,医師から,Fの様子がおかしくなった時の状況を聞かれ,「兄弟二人と遊んでいたら,午後2時ころ,急にFの泣き声がしたので,布団の上に寝ていたFを抱き上げたら,急にぐったりしてしまった」などと説明した。
 2 以上の事実経過を前提に,まず,被告人がFを激しく揺さぶったかどうか,また,被告人に激しく揺さぶるという認識があったかどうかについて検討する。
 (1)ア 関係各証拠によれば,Fの傷害の成因として,以下の事実が認められる。すなわち,
 (ア) 乳幼児の頭部を,強く揺さぶったり,堅くないものに打ち付けたりすると,未発達で固定されていない脳が頭蓋内で動くことにより,脳と硬膜との間にずれが生じて,架橋静脈が破綻し,脳表の硬膜下腔に血腫が発生するほか,眼球を含めて脳に大きな力が加わり,眼球の血管が破綻して,眼底出血も生じ得るが,仮にあやすつもりで揺さぶったのであれば,通常は,血管が切れることはなく,たとえ切れても,治療を施せば数分間で出血は止まるものである。
 (イ) ところが,事件後の検査で,Fの身体には骨折等の外傷もないのに,右側から左側への著明な脳の偏移に加え,出血の厚さが約25㎜に及ぶ大量出血による左急性硬膜下血腫及び眼底出血が認められ,1時間以上経過しても,血腫の凝血が認められなかった。
 (ウ) このように長時間凝血しなかったのは,それほど激しく揺さぶられたため,大量の血管が切れて一気に出血したことによるものと考えられる。
 イ(ア) しかも,前認定のような事件前後の状況に照らしても,Fに上記傷害を生じさせたのは,被告人が,Fの身体を持ち上げて揺さぶり,独り座りできないFを無理に座らせて転倒させたという暴行以外には考えられないのである。
 したがって,上記認定のFの傷害の成因及び事件前後の状況からは,被告人が上記傷害を生じさせるに足りるほどFを激しく揺さぶったことが優に推認できるのである。
 (イ) この点,弁護人は,Fには生来の心臓疾患があり,そのため,Fは血液の凝固作用を抑制する作用のあるアスピリンの投与を長期間受け続けており,被告人の行為とアスピリンの投与が相まってFの硬膜下血腫を引き起こした可能性も十分考えられるから,Fの負傷状況によっても,必ずしも被告人がFを激しく揺さぶったことを推認できないかのような主張もしている。
 しかしながら,本件では,上記認定のとおり,著明な脳の偏移や,出血の厚さが約25㎜にも及ぶ大量出血が認められるのであり,これらは,激しい暴行の存在を直接に裏付けるものである。
 しかも,関係各証拠によると,アスピリンの服用により脳内出血を起こした症例は,中高年者に関するもので,動脈硬化,糖尿病,喫煙等により血管内壁に多少の傷があり,アスピリンによって出血が促されて引き起こされた内因性のものと考えられるところ,動脈硬化の始まる前の幼児については,奇形血管や動静脈瘤吻合等の異常のない限り,アスピリンの影響により硬膜下血腫が起こるとは考えられないことが認められるほか,解剖医師の所見(甲62)によっても,Fの頭部出血箇所の周辺に血管奇形はなかったものと認められる。
 したがって,アスピリンの継続的な投与は,Fの硬膜下血腫を拡大させる因子とはなり得ても,その発生原因となり得るものではないから,被告人が激しい暴行を加えたとの認定の妨げともなり得ない以上,弁護人の上記主張は採用することができない。
 ウ また,被告人は,前認定のように,判示第1の犯行においても,Eを激しく揺さぶり死亡させた経験を有しており,乳幼児をどの程度揺さぶれば大事に至るかを知っていたはずである。しかも,被告人は,事件後も,Aに口止めをし,医師には暴行自体を隠しているように,Fの容態の急変について,後ろめたさを感じていた様子がうかがわれるから,被告人としても,Fに重大な結果を生じさせる程度に激しく揺さぶったとの認識を有していたことも強くうかがわれるのである。
 (2)ア この点,被告人は,捜査段階では,私が酒を飲んでいると,Fがぐずり泣きを始めたので,Fに添い寝をして,その背中を軽くたたいてあやしていた,ところが,本格的に泣き始めたため,私は,多少腹を立てつつも,抱き上げるなどしてあやしたものの,かえって激しく泣き始めた,私は,腹を立て,Fのわきの下に両手を入れて持ち上げ,手加減することなく,二,三秒間に七,八回,前後に20から30㎝ほど揺さぶって,Fの頭を前後にがくがくと揺らし,もう1回,同様の行為を繰り返したなどと述べて(乙15),Fを激しく揺さぶったことを,そのような認識を有していた点も含めて認める趣旨の供述をしている。
 そして,このような供述は,上記推認によって客観的に裏付けられており,高い信用性を認めることができる。
 イ(ア) これに対し,被告人は,公判段階では,以下のように,激しく揺さぶったとの認識のみならず,激しく揺さぶったこと自体を否定するような供述をしている。すなわち,
 a 私は,酒を飲んでいらいらし,Fを揺さぶったことはあるが,頭が2ないし5㎝程度の幅で小刻みに揺れる程度のものであり,自分の気持ちとしては,激しく揺さぶってはいない。
 b K警察官から,激しく揺さぶらなければ死なない,いらいらして酒も入っていたのだから,見境がなかったのではないかなどと言われて,私は,そう言われたらそうかもしれないということを答えた。ところが,力任せに揺さぶったという調書になっているのは,自分の認識についてまで考えが回らなかったし,結果的にFを死なせてしまったのだから,そういう調書を作ることが供養の1つになるかと思ったからである。
 (イ) しかしながら,このような被告人の公判供述は,前記(1)イで指摘したような,被告人が,前記傷害を生じさせるに足りるほどFを激しく揺さぶり,被告人自身,そのような重大な結果を生じさせるほどに激しく揺さぶったとの認識を有していたという推認事実に明らかに反する不合理なものであって,到底信用することができない。
 ちなみに,K警察官は,この点に関する被告人の捜査段階の供述状況について,以下のように証言している。すなわち,
 a Fの身体を揺さぶった状況について,平成16年3月15日付け調書(乙9)で,「激しく」という表現になったのは,被告人が揺さぶり行為を身振りで再現した際に,その程度が通常より激しいものであり,被告人も,Fが泣きやまないことに対する腹立ちがあったと述べていたので,私が調書にそう記載して,被告人に納得してもらったものである。
 b その後,同月17日に犯行再現の実況見分をした上,翌18日に調書を録取した際(乙12),被告人自身が,事件当時のFの動きを,「揺さぶっている最中のFの頭は,瞬間的に顎を喉辺りにぶつけるように下を向いたり,私に喉元を見せるようにしたりして前後に動いていた」と供述していた。
 (3) 以上のとおり,客観的事実関係に加え,被告人の捜査段階の供述も総合すると,被告人がFの身体を激しく揺さぶったこと,そして,被告人も,そのような認識を有していたことが認められるのであり,これに反する趣旨の被告人の公判供述は,到底信用することができない。
 3 次いで,被告人が,独り座りのできないFを布団の上に座らせて転倒させ,その頭部を畳に打ち付けさせたかどうかについて検討する。
 (1)ア まず,Aは,以下のように,被告人がFを横向きに倒して,その頭部を畳の上に打ち付けさせていた旨供述している(甲126)。すなわち,
 (ア) 私は,「どさっ」という,畳の上に物が落ちたときのような音を耳にして,Fが泣きやまないことに腹を立てた被告人がFを,投げ捨てるなどしたのではないかと思い,被告人の方を見ると,布団の上に座っていた被告人の前で,Fが横向きに倒れて泣いていた。
 (イ) その後,被告人は,Fのわきの下に手を入れ,自分の方に向かせて,足を前の方に出させるように座らせてから,Fの身体を支えていた手をわきの下から抜いて離し,その結果,Fが横向きに倒れた。その時,Fは,頭を布団から畳の上にはみ出して畳の上に打ち付けたので,その前に聞いた「どさっ」という音も,被告人が倒したFが頭を畳に打ち付けた音だと思った。
 イ また,被告人も,捜査段階では,Fを,自分の方に向かせて足を前に投げ出すように座らせて,その身体を前後に五,六回揺さぶった上,独り座りできないFを支えていた両手をわきから離して身体を倒すことを三,四回繰り返したが,その際,Fは,倒れる方向によって,布団から頭をはみ出し,畳にかかるように倒れたこともあったなどと,Fの頭部を畳に打ち付けたことを認める供述をしていたのである(乙15)。
 ウ このように,Aの供述と被告人の捜査段階の供述は,被告人がFの頭部を畳の上に打ち付けさせたという点でよく符合しており,互いに信用性を補強し合う関係に立つといえる。
 (2)ア これに対し,被告人は,公判段階において,以下のとおり,Fの頭部を畳に打ち付けたことを否定する趣旨の供述をしている。すなわち,
 (ア) 私が,Fを座らせてから手を放し,倒したことはあるが,いくら頭に来ていても,頭を畳に打ち付けさせるようなことはしていないと思う。Aがそう言うのは,Aにはそう見えただけなのではないか。Aは,自分のいた位置や,どんという音などから,ぱっと見て,畳にぶつかった音だと思い,畳に打ち付けていたと言ったのではないかと思う。
 (イ) 私は,検察官に対して,畳には打ち付けていないと話したが,人のとらえ方の差であって,結果的には死んでしまっているのだからと言われ,何も言えずに,畳に打ち付けたという調書に署名した。もっとも,布団からFの頭がはみ出して,畳にかかるように倒れたということは否定できない。取調べでも,頭が布団のへりにいって,直接ではないにしろ,畳に頭がぶつかったようなことはあるかと聞かれ,否定はできないという話はしている。
 イ この点,弁護人も,Aは,両手を床に付くような低い姿勢から1回だけ目撃したにすぎないのであり,敷き布団とマットレスの厚みを考慮すると,実際にはFの頭が畳に達していないのに,畳に当たっていると錯覚した可能性があるとか,Fの頭が畳に物が当たった音と,他の物音とを,果たしてAが正しく聞き分けられたのかは疑問であるなどと主張して,Aの供述の信用性を争っている。
 ウ しかしながら,Aが目撃した状況を再現した写真(甲128添付写真35,37)によれば,横倒しになったFの首から上が,布団からは完全にはみ出していたとされている。したがって,弁護人が指摘するところの,Aの目撃時の姿勢や敷き布団とマットレスの厚みを考慮しても,AがFの頭と布団の位置関係を見誤るおそれはないといえるし,Fがそのような位置関係で転倒すれば,その頭部を畳に打ち付けることは不可避であったというべきである。
 しかも,Aは,そのようにFの頭部が畳に打ち付けられるのを現に目撃して,直前に聞いた「どさっ」という物音も,被告人がFの頭部を畳に打ち付けさせたためと思ったというのであって,Aのこの判断は,合理的根拠に基づくものといえる。さらに,Aは,「どさっ」という異常な音を耳にして,Fの身を案じつつ,2m余りという比較的近い距離から,倒れているFの様子を目撃し,さらに,被告人がFを起こして再び倒れさせる様子をも目撃した上,取調べにおいて,Fが畳の上に頭を打ち付けたことを明言しているのである。
 したがって,弁護人の主張を踏まえて検討しても,Aの供述及びこれに符合する被告人の捜査段階の供述は,高い信用性を有するのに対し,これに反する被告人の公判供述は,何ら裏付けのないものであって,これを信用することは困難である。
 ちなみに,K警察官は,この点に関する被告人の捜査段階の供述状況について,Aの供述を基に被告人を追及したところ,被告人は布団のへりで倒していたことについては間違いない,へりであったので,1度くらいは畳の方に行ったことがあったかもしれないと供述したので,そのように調書にした旨証言しているのである。
 (3) 以上のとおり,高い信用性の認められるAの供述及び被告人の捜査段階の供述によって,被告人がFの頭部を畳に打ち付けさせたことが優に認定できるのである。
 4 まとめ
 以上みてきたとおり,高い信用性の認められる被告人の捜査段階の自白を中心とする関係各証拠を総合すると,被告人が,判示第2のとおり,Fが泣きやまないことにいらだち腹を立てて,Fの身体を両手で持ち上げ,多数回,前後に激しく揺さぶり,その頭部を強く動揺させた上,数回にわたり,独り座りできないFを布団の上に座らせて手を放し,Fを転倒させて,その頭部を布団や畳に打ち付けさせるなどの暴行を加え,その結果,Fを死亡させたことが,優に認められるのであり,これを争う弁護人の主張はすべて理由がないことに帰する。
第3 被告人の責任能力について
 1 弁護人は,被告人の責任能力について,被告人は,アルコール依存症に罹患しており,酒を飲むと,その言動が変化して行動に抑制が利かなくなる傾向があり,記憶の欠損のほかに,居宅の欄間を段ボールでふさぐなどの異常な行動もみられたところ,判示第1ないし第3の犯行時には,数日前から相当量のアルコールを断続的に摂取しており,特に,判示第1の犯行では,極めて乱暴な暴行の直後にミルクを作って飲ませるという矛盾する行動をとっているのであるから,少なくとも心神耗弱状態にはあった合理的な疑いがある旨主張する。
 2 そこで検討するに,関係各証拠によれば,被告人が,判示第1ないし第3の各犯行に先立って相当量の飲酒をして酩酊状態にあったことは認められるものの,何らかの意識障害をうかがわせるような状況は全くなく,各犯行当時の記憶も,前判示のように,一部にあいまいな点は残るものの,相当程度は保持しており,その内容も,客観的事実によく合致するものである。しかも,犯行に至る経緯や動機の点も,判示第1及び第2の各傷害致死は,子供がなかなか泣きやまないことにいらだち腹を立てて犯した犯行であり,被告人による日常的な家庭内暴力の延長として,十分了解可能なものであり,判示第3の窃盗も,勤務先を解雇されて住まいも追い出されたため,足代わりに窃取したものにすぎない。さらに,犯行後の行動をみても,被告人は,判
示第1の犯行後,Eの異常に気付いてからは,Aに助けを求め,ミルクを与えたら吐いた旨説明し,119番通報をし,Eを抱きかかえながら階段を降りて救急隊員に引き渡し,その後も医師や父親らとの会話の際も不審な言動はなく,Aには口止めまでしている。また,判示第2の犯行後も,Aに口止めし,救急隊員や医師に対しても理にかなった説明をしており,判示第4の犯行では,現行犯逮捕された際の警察官に対する言動に異常な点はなく,判示第3の犯行に関して,友人から車に乗る許可をもらったなどと虚偽の弁解までしているのである。
 そうすると,被告人の父親が述べる,被告人の飲酒時の様子を考慮に入れて検討しても,被告人が,本件各犯行のいずれにおいても,飲酒の影響により抑制が若干利きにくい状況にあったことまではうかがわれるものの,自己の行為の是非善悪を弁識し,これに従って行動する能力を保持していたことは明らかであり,この点に関する弁護人の主張も採用しない。
(法令の適用)
 省  略
(量刑の事情)
 本件は,被告人が,平成13年1月に生後3か月の四男を,平成15年6月に生後1歳3か月の長女をそれぞれ虐待して死亡させた2件の傷害致死(判示第1及び第2)のほか,平成16年1月末から同年2月初めにかけて窃盗(判示第3)及び無免許・酒気帯び運転(判示第4)の各犯行を敢行した事案である。
 まず,傷害致死の各犯行についてみるに,被告人は,酒を飲んでは仕事を休み,自分の境遇やふがいなさにいらだちを募らせて,妻子に日常的に暴力を振るうような生活を続けていたところ,各犯行の際も,幼い我が子の泣き声で昼寝を妨げられ,あるいは,泣く子をあやしても泣きやまないことにいらだち腹を立てて,こともあろうに,生後3か月又は1歳3か月の乳幼児に対し,ベビーキャリーごと床に投げ落とし,身体を執ように激しく揺さぶり,独り座りもできない乳幼児を無理に座らせて畳や布団の上に頭から転倒させるなどの暴行を相次いで加え,脳挫傷,急性硬膜下血腫,くも膜下出血といった傷害を負わせて,死に至らせているのである。
 このように,その犯行態様は,抵抗しようのない乳幼児に対して,無慈悲にも,一方的に致命的損傷を与え得る苛烈な暴行を執ように加えた残忍かつ凶悪なものであり,その動機ないし経緯も,自己のいらだちやうっぷんを,最も身近で抵抗力のない被害者らにぶつけるという身勝手極まりないもので,酌量の余地などありようはずがない。しかも,被告人は,父親として被害者を保護すべき立場にあったのに,その自覚を根本から欠いて,安易にも幼気な我が子をうっぷん晴らしの対象としているその姿勢は,厳しい非難に値する。とりわけ,被告人は,判示第1の犯行後,虐待を疑った担当医から,「子供の脳は豆腐のように柔らかいから,少しの衝撃でも,血管が切れて出血することがある」と警告されながら,性懲りもなく再び同じ罪を犯して,何の
罪もない我が子の生命を奪っているのであり,この種事犯の累行性さえうかがわれ,自力による更生も困難とみるほかはない。
 そして,結果も誠に重大である。被害者らは共に,未熟児として生まれながら,特に長女は生来の障害のために2回の心臓手術に耐えるなどしつつ,懸命に生きていたにもかかわらず,わけもなく父親からいきなり苛烈な暴行を受けて,脳に重大な損傷を負い,長女は約5時間後,四男は約50日後に,いずれも医療関係者等の手厚い看護も空しく一命を落とし,理不尽にもその将来を奪われているのである。さらに,本件が被害者らの3名の幼い兄弟に与える影響も懸念されるところであり,事件後に離婚した被告人の妻やその母親らが,被告人に対する可能な限りの厳しい処罰を希望しているのは当然である。
 そのうえ,被告人は,いずれの犯行後も,妻に口止めをし,担当医師らに対して虚偽の説明をするなど,犯罪の隠蔽を図っており,また,捜査段階ではいったん罪を認めながら,公判に至るや,責任回避の姿勢に転じているのであって,犯行後の情状も劣悪である。また,本件は,児童虐待が多発する近時の社会状況において,父親が我が子を2人も虐待により死亡さ