hanrei @Wiki H17. 7.11 千葉地方裁判所 平成15年(ワ)第514号 損害賠償請求事件



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平成17年7月11日判決言渡
平成15年(ワ)第514号 損害賠償請求事件

判決
主文

 1 被告は,原告に対し,金882万6650円及びこれに対する平成14年1  2月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを7分し,その2を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,金3091万5146円及びこれに対する平成14年12月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,原告が,被告との間で,インフルエンザHAワクチンの原料であるふ化鶏卵(以下「熟卵」という。)の売買契約を締結したにもかかわらず,被告が何の配慮を行うことなく,千葉県血清研究所(以下,「血清研究所」という。)の廃止を表明して売買契約を破棄したために,損害を被ったと主張し,仮に契約が成立していなかったとしても,被告には契約締結上の過失があったなどと主張して,債務不履行,不法行為又は国家賠償法1条1項に基づき,その損害の賠償(一部請求)を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
 ア 原告は,本件当時,A孵化場の名で熟卵等の製造を業として行っていた者である。
 イ 血清研究所は,地方公営企業法に基づき,ワクチンを中心とする生物学的製剤の研究・製造及び販売を行う地方公営企業であったものである。
(2) 血清研究所の廃止
   被告は,平成13年11月28日,血清研究所について,平成14年3月末をもって製造を中止し,同年9月末日をもって事業を廃止することを予定している旨発表した。血清研究所は,平成14年9月末日,組織及び事業を廃止した。
 (3) 調停の申立て
   原告は,被告に対し,被告が,平成14年度の熟卵売買契約を破棄したことによって損害を被ったとして,3239万5569円及び遅延損害金の支払を求める調停を申し立て,申立書は,遅くとも平成14年12月17日までに被告に到達したが,調停は,平成15年2月17日,調停不成立により終了した。
2 争点
  本件における争点は,①平成14年度の売買契約の成否,②熟卵の売買契約が継続的契約か否か,③仮に,平成14年度の売買契約が成立していなかったとして,事前に契約締結しない旨告知すべき信義則上の義務の有無,④国家賠償法1条1項の適用の有無,⑤損害額の5点である。
3 争点に関する当事者の主張
 (1) 争点1(平成14年度の契約の成否)について
 (原告の主張)
  原告は,平成13年6月又は7月ころ,血清研究所の担当者に対し,平成14年度の熟卵の注文を問い合わせたところ,血清研究所の担当者は,平成13年度並みか多少増える旨回答し,原告は同注文を承諾した。これにより,原告と血清研究所との間で口頭による平成14年度の熟卵の売買契約が成立した。
 (被告の主張)
  原告と血清研究所との間で,平成13年6月か7月ころ,平成14年度の熟卵の売買契約が成立した事実はない。熟卵に関する売買契約の成立過程は,例年,前年度末の2月ころに納入時期,数量,単価などについて原告に打診し,これらにつき交渉した上で,年度初めの4月ころに成約に至るというものである。したがって,翌年度の契約に関し,被告が前年度の6月か7月ころに発注するということはあり得ない。また,本件で問題とされている熟卵の売買契約は,契約金額が100万円以上であるから,血清研究所財務規程により契約書の作成が予定されている契約であり,口頭で契約を締結するような実態はなかった。
(2) 争点2(継続的契約か否か)について
 (原告の主張)
  原告が血清研究所との間で契約を締結したのは平成10年度以降であるが,それ以前から,原告の父であるBが,その所属する組合を介して30年近く血清研究所に熟卵を納入していた。しかも,B及び原告は,同じ「A孵化場」の商号を使用しており,両者の事業には継続性が認められる。
  以上からすれば,原告と血清研究所との間の熟卵の売買契約は,30年余りにわたって継続されてきた継続的契約と評価できる。
  したがって,本件契約を解除するには,取引関係を継続し難いようなやむを得ない事情があり,かつ,一定の予告期間を設けてあらかじめ解約告知することにより相手方に不測の損害を生じさせない義務を負うと解すべきであるところ,被告はかかる義務に違反した。
 (被告の主張)
  原告と血清研究所との間の契約は,約3か月ないし約5か月と明確に契約期間が定まった単年度契約であり,これが期間満了時に更新されたり,更改されたりするものではないから,継続的契約ではない。また,平成13年度については,平成13年9月11日に期間満了によって契約は終了しているから,契約が存続していることを前提とする予告期間や予告期間相当の損害賠償債務が問題となることはない。
  なお,血清研究所が原告と契約を締結したのは,平成10年度からであり,平成9年度以前には契約関係は存在しない。また,血清研究所は,平成9年の熟卵の売買契約をCとの間で締結しており,Bとの間で契約を締結したことはない。
(3) 争点3(事前に契約締結しない旨告知すべき信義則上の義務)について
 (原告の主張)
  仮に,熟卵の売買契約が継続的契約でなかったとしても,以下の理由から,被告が,十分な期間を設けることなく平成13年11月28日に血清研究所の廃止を発表し,平成14年度の熟卵の売買契約を締結しなかったことは,信義則に違反するから,被告は損害賠償責任を負うというべきである。
 ア 熟卵はインフルエンザワクチン製造用の特殊な製品であり,それ以外の目的においては商品価値が極めて乏しく,血清研究所以外の納入先はDしかなく,製造した熟卵の3分の2以上を血清研究所に対して納入していたことなどからすれば,血清研究所との間の熟卵の売買は,長期間続くことが客観的に予定され,原告も契約が長期間続くことに強い期待を有していた取引である。
 イ 血清研究所の廃止は,原告のみならず,血清研究所の職員も,知事の廃止発表の直前まで予想することができなかった。そのため,血清研究所の職員は,平成13年6月又は7月ころ,納入予定個数の問い合わせに対して平成13年度並みかやや増える旨回答し,同年11月12日に熟卵の納入個数及び時期を指定した打診行為を行うなど,事業継続を前提とした活動を行っており,このため,原告は平成14年度も契約が継続されることを信頼していた。
 ウ さらに,鶏を飼育して熟卵を納入するには,1年以上の準備期間が必要であり,血清研究所の職員もこの事実を了知していたのであるから,被告は,原告が契約締結に向けた準備を始める前に,納入業者である原告に対し,血清研究所廃止の予定ないし平成14年度の売買契約を締結しないことを告知することが信義則上要請されるというべきである。
 (被告の主張)
 ア 血清研究所の職員が,原告に対し,平成14年度の契約締結の事前交渉を行ったり,将来の契約を約束するとか,将来の契約締結の期待を与えたということはない。熟卵の売買契約は,その年の2月ころから契約交渉を開始し,4月ころに契約を締結し,熟卵を納入する期間は約3か月ないし4か月間であるという態様の契約であり,原告もこれを理解していた。また,前年の6月ないし7月ころに翌年度の契約について問い合わせを受けても,具体的予定を立てておらず,回答できない状態であった。
 イ 平成13年6月又は7月ころに,原告の問い合わせに対し,平成13年並みか多少増えると回答したとの事実はない。また,原告は,血清研究所に納入する熟卵の約半数を占める購入卵については契約の準備段階に入ったことはなく,卵を生産するための大雛の発注については,正式な注文を待っていたのでは間に合わないことから,原告が予想を立てて備えるという趣旨なのであり,D等にワクチン製造用種卵を出荷する可能性など,種々の可能性を含めて大雛の発注を行っていたというべきであるから,契約締結の準備段階に入ったとはいえない。
 ウ したがって,被告が血清研究所の廃止を発表した平成13年11月28日の時点で,原告が契約締結の準備段階になかったことは明らかである。
   なお,血清研究所を廃止するに至ったのは,平成12年度において損失が発生し,翌13年度も損失が発生する見込みとなり,血清研究所の存続について検討した結果,血清研究所の社会的使命は達成されたと考えられること,民間メーカーでの代替が可能であること,民間メーカーに対抗するために必要となる投資を行うことが困難であることなどの諸事情があり,廃止の意見表明に至ったものであり,このような廃止に至った経緯からしても,被告に契約締結上の過失が認められることはない。
(4) 争点4(国家賠償法1条1項の適用の有無)について
 (原告の主張)
  血清研究所の職員であるE及びFは,原告に対し,平成13年6月又は7月ころ,平成14年度の熟卵の注文が平成13年並か多少増えると回答し,さらに,Eは,平成13年11月12日,原告に対し,試験卵の納入を申し込んだ。
  血清研究所は,国の防疫政策の一環としてインフルエンザワクチンを大量製造してきたものであり,その原材料の購入である熟卵の売買及び上記回答なども,防疫政策の一環として公権力の作用に該当するというべきである。
 (被告の主張)
  そもそも,血清研究所の職員が原告主張のような回答をした事実はない。
  また,血清研究所は,国の命を受けてワクチン製造を行っているのではないから,インフルエンザワクチンの製造が,公権力の作用に該当する旨の主張は失当である。
(5) 争点5(損害額)について
 (原告の主張)
   原告は,被告の上記行為によって,以下のとおり,合計6646万4521円の損害を被った。原告は,被告に対し,そのうち3091万5146円を請求する。
  ア 雛代金              502万3555円
   イ えさ代金             285万5055円
   ウ 薬品代金              14万8040円
   エ 電気代金              61万0968円
   オ 人件費              125万8500円
   カ 設備費              148万0633円
   キ 営業利益            1953万8395円
   ク 廃業による営業利益(被告以外分)2954万9375円
   ケ 弁護士費用            600万0000円
  (被告の主張)
   損害の発生については争う。
   仮に,原告が平成14年度の契約締結を信頼したとしても,営業利益については,信頼に対応する費用(信頼利益)とはなり得ないから,損害とならないことは明白である。また,雛代金,えさ代金などの他の損害についても,D,G,Hといった他の取引先との取引にも資するものであるか,又は信頼の有無に関わりなく原告が負担すべき経費であるから,被告との関係で全額が損害となるものではない。
第3 争点に対する判断
 1 認定事実
   後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
  (1) A孵化場は,原告の父であるBが経営するころから約30年にわたり,血清研究所に対して熟卵を納入しており,平成9年度までは,Cを通じて,血清研究所に対して熟卵を納入していた。
  (2) 平成10年度から13年度までは,原告,I孵卵場,J孵卵場,K孵卵場の4業者が,血清研究所に熟卵を納入していた。
  (3)ア 原告は,平成10年4月1日,血清研究所との間で,契約期間を同年4月13日から同年7月31日まで,売買個数18万個以内,単価は1個当たり55円との約定で,熟卵の売買契約を締結した。
   イ 原告は,平成11年4月1日,血清研究所との間で,契約期間を同年4月19日から同年7月13日まで,売買個数22万6600個以内,単価は1個当たり55円との約定で,熟卵の売買契約を締結した。
   ウ(ア) 原告は,平成12年4月1日,血清研究所との間で,契約期間を同年4月3日から同年7月25日まで,売買個数約64万個,単価は1個当たり60円との約定で,熟卵の売買契約を締結した。
    (イ) 原告は,平成12年7月,血清研究所との間で,上記(ア)の契約について,契約期間を同年8月8日まで延長し,熟卵8万個を追加して売買個数を約72万個とする旨,契約内容を変更した。
    (ウ) 原告は,平成12年7月29日,血清研究所との間で,上記(イ)の契約につき,契約期間を同年8月29日まで延長し,熟卵6万個を追加して売買個数を約78万個とする旨,更に契約内容を変更した。
   エ 原告は,平成12年9月12日,血清研究所との間で,契約期間を同年9月18日から同年10月2日まで,売買個数約5万5000個,単価は1個当たり60円との約定で,熟卵の売買契約を締結した。
   オ(ア) 原告は,平成13年4月3日,血清研究所との間で,契約期間を同年4月3日から同年8月31日まで,売買個数約88万個,単価は1個当たり60円として,熟卵の売買契約を締結した。
    (イ) 原告は,平成13年8月21日,血清研究所との間で,上記(ア)の契約につき,契約期間を同年9月11日まで延長し,熟卵5万個を追加して売買個数を約93万個とする旨,契約内容を変更した。
  (4) 原告は,平成13年1月25日,Lに対し,平成14年度納入予定の熟卵生産用の120日令大雛約6600羽(雌約6000羽,雄約600羽)の注文をした。
  (5) 原告は,平成13年度以前は,血清研究所とDに熟卵を納入していたが,血清研究所の原告に対する注文数が年々増加しており,今後もその増加が見込まれ,血清研究所との取引だけで事業が成り立つと判断できたことから,平成13年度限りで,Dとの取引を打ち切った。
  (6) Eは,平成13年11月12日,原告に対し,書面と電話で,平成14年1月に熟卵の購入を検討していること,ついては,11日令のふ化鶏卵を平成14年1月15日3000個,同月21日3000個,同月28日3000個の合計9000個納入できないかとの打診をしたが,その後の血清研究所の廃止を受け,最終的には納入に至らなかった。
  (7) 原告は,平成13年11月8日ころ,Lから,同年1月に注文した,熟卵生産用の大雛約6440羽の納入を受け,同年11月30日,その残代金の請求をされた。
  (8) 被告代表者知事は,平成13年11月28日,血清研究所について,民間メーカーが国内のワクチン市場の主流であること,民間メーカーに対抗するためには膨大な投資が必要となるところ,県の財政事情はこれを許さない状況にあることなどから,その社会的使命は達成されたなどとして,平成14年3月末の製造中止,同年9月末の事業終息に向け必要な調整を行うこととする旨を発表した。
  (9) 血清研究所に熟卵を納入していた原告,I孵卵場,J孵卵場,K孵卵場の4業者は,平成13年12月ころ,血清研究所を訪れ,廃止に対する補償を求めた。
    血清研究所は,原告ら業者に対し,補償に関する請求書を作成するよう指示をしたが,原告ら業者は,請求書の書き方がわからなかったため,血清研究所は,請求書の様式を作成して原告に送付した。上記様式中には,提出すべき書類として,平成14年度の熟卵納入に準備・予定していた費用についての一覧表が存する。
    その後,原告は,血清研究所に対して請求書を送付したところ,平成14年2月ころ,血清研究所から,損害の支払には応じない旨の回答がなされた。
  (10)ア Eは,平成13年当時,血清研究所管理部業務班に勤務しており,各種原材料,熟卵等の購入に係る事務ないしは製造設備の維持管理に関する事務を行っていた。
   イ 原告とEは,原告が血清研究所に熟卵を納入した際などに,納品する熟卵の状態,支払対象から除かれる熟卵の個数の見込み,翌年度の熟卵の納入計画などについて話をすることがあった。
   ウ Eは,平成13年6月ころ,原告から,平成14年度の血清研究所全体の熟卵納入数の概数について問い合わせを受け,平成13年度並みか若干増える見込みである旨回答した。
     これに対し,証拠中には,Eは原告からの問い合わせに対し,2月ころにならなければ製造計画案が決まらないので,その時点ではわからないと回答した旨の供述ないし供述記載部分がある。
     しかしながら,原告が従前から定期的に血清研究所に熟卵を納入してきたことなどに照らすと,翌年度の熟卵の納入計画について話をすることが過去にあったにもかかわらず,わからない旨の回答のみであったこと自体不自然であるし,そのような回答しか得られないにもかかわらず,原告が翌年度の納入計画についてわざわざ問い合わせることも考え難いこと,血清研究所の廃止宣言は,職員にとっても突然の出来事であり,それ以前に原告からの問い合わせに対して,職員が来年度の見込みを回答することは十分あり得る事態であること,Eは,平成13年3月ころ,原告と同業の納入業者であるJ孵卵場の経営者に対しても,平成14年度の納入見込数が今年並みか多少増える旨回答した経緯が窺われることなどからすると,Eの上記供述ないし供述記載部分は,直ちに採用できない。
   エ Eは,原告が,鶏を自ら飼育して熟卵を製造していたこと,及び,鶏は初年度のものを使っており,毎年鶏を購入していたことを知っていた。
  (11)ア Fは,平成13年当時,血清研究所製造部に勤務しており,インフルエンザHAワクチンの製造を担当していた。
   イ Fは,原告が,120日令くらいの大雛を仕入れて熟卵を製造していることを知っていた。
   ウ Fは,納入業者が熟卵を納入してきた際,納入業者との間で,納品時の検査結果や,製造過程における中止率など,熟卵の製造に係る事項について,立ち話程度の話をすることがあった。
  (12)ア 原告は,平成8年ころ,血清研究所の担当者から,良い熟卵を血清研究所に納入できるよう,種卵を自己製造するために鶏を飼うところから始めるよう指導を受けたことがある。また,血清研究所長は,平成10年春ころ,原告に対し,平成11年度以降の熟卵の増産に協力してほしい旨を申し出た。
   イ 原告は,平成9年以降,自家生産した熟卵を血清研究所に納入していたが,それにはまず,生後120日経過した大雛を業者に発注し,その約7か月ないし8か月後に大雛が納入され,その約3か月半から4か月半後に初めて熟卵を納入することが可能となるため,約1年間の準備期間が必要であった。
   ウ 原告は,1週間に約6万個の熟卵を生産していたが,そのうち,半数の約3万個は他の業者から熟卵の元になる種卵を購入して,孵卵器に入れて熟卵にして納入し,残りの半数は,購入した大雛を自ら育てて種卵を生産し,熟卵にして納入していた。
   エ 原告は,雛の発注から納入までの期間や,希望の品種を確保する必要等の事情から,契約を締結する前年の1月から3月までの間に納入業者に大雛を発注していた。また,納入された雛は,1年目にしかワクチン製造に適した種卵を産まないため,原告は,毎年新たに大雛を注文する必要があった。
   オ 納入業者の血清研究所への熟卵の納入期間は,おおむね4月から8月までの期間とされ,当該年度の契約交渉は,納入期間の約2か月前である2月ころから行われていた。2月ころから始まる契約交渉においては,Eが,納入実績のある複数の納入事業者に連絡を取り,翌年度の熟卵の購入予定時期,購入予定個数等を伝え,それぞれの事業者が契約書の規格に適合する熟卵を血清研究所の指定日時に納入することが可能か否か,契約予定単価はどうかを打診していた。そして,業者からの回答を受けて全体の調整を行い,再度打診することを繰り返して,双方合意したところで,血清研究所長の決裁を得て,4月初めころ,契約書を取り交わしていた。
 2 争点1(平成14年度の契約の成否)について
  (1) 原告は,平成13年6月又は7月に,血清研究所のE又はFに対し,平成14年度の熟卵の契約個数について,平成13年度並みか若干増えると回答したことをもって,平成14年度の熟卵売買契約が成立した旨主張する。
  (2) しかし,上記認定事実のとおり,原告と血清研究所は,熟卵売買契約について,毎年4月ころに契約書を取り交わして契約締結しており,口頭で契約を締結することはなかったことなどからすると,口頭での回答をもって,契約が成立したとは認められず,他に契約の成立を認めるに足りる証拠はない。
  (3) したがって,争点1に関する原告の主張は,採用することができない。
 3 争点2(継続的契約か否か)について
  (1) 原告は,30年以上にわたって,血清研究所に熟卵を納入してきたことから,熟卵の売買契約は継続的契約であり,契約を解除するには,取引関係を継続し難いようなやむを得ない事情があり,かつ,一定の予告期間を設けてあらかじめ解約告知することにより相手方に不測の損害を生じさせない義務を負う旨主張する。
  (2) しかし,本件契約は,契約期間がおおむね4月から8月と定まっており,契約書中に契約の更新に関する条項もないことなどからすると,本件契約は継続的契約とはいえず,その主張はその前提を欠くというべきである。
  (3) したがって,争点2に関する原告の主張は,採用できない。
 4 争点3(事前に契約を締結しない旨告知すべき信義則上の義務)について
  (1)ア 上記認定事実によれば,原告は,A孵化場の名で,平成10年度から4年間,血清研究所に熟卵を納入してきたが,それ以前も,A孵化場はCの会員として,約30年にわたって血清研究所に熟卵を納入してきたこと,平成13年の時点で,血清研究所に熟卵を納入している業者は4業者しかなく,しかも,平成10年度から同13年度まで,同一の納入業者が納入してきたこと,血清研究所廃止の話しは事前に全くなく,かえって,原告の問い合わせに対し,血清研究所の職員が平成14年度も平成13年度並みか若干増える見込みであると回答した経緯があること,原告は,納入業者の中でも成績が良く,そのため,血清研究所は,廃止表明の16日前である平成13年11月12日にも,熟卵購入の打診をしていることなどの諸事実が認められ,これらの事実からすると,血清研究所が廃止されなければ,原告と血清研究所との間で,平成14年度の熟卵の売買契約が成立する可能性は高かったと認められるうえ,原告が平成14年度も前年並みの熟卵を納入できると期待していたことには,合理的な根拠が存したものと認められる。
   イ そして,原告は,血清研究所に納入する熟卵の約半数を自家生産していたところ,原告の場合,熟卵を準備するためには約1年間の準備期間が必要であること,また,原告の全熟卵出荷量のうち,約3分の2が血清研究所への出荷であったことにつき,被告の担当者も認識していたか,又は容易に認識し得たものと認められる。
     これに対し,証人Eは,約2か月あれば熟卵を準備することが可能であると思っていた旨供述するが,約2か月という期間は,単にEが,業者に対して納入の打診をしてから実際に納入が開始するまでの期間を指しているに過ぎず,また,証人Fは,3か月くらいかかると思っていた旨供述しているが,これにも,特段の根拠はないものと認められる。
     かえって,証人Eは,原告が自ら飼育した鶏の卵を使って熟卵を生産していたこと,しかもその鶏は毎年初年度のものを使用していたことを知っており,証人Fは,原告が120日令くらいの大雛を仕入れていることを知っており,大雛が卵を産むようになるまで2か月くらいかかると思っていた旨供述していることなどからすると,少なくとも,原告が熟卵を納入するにあたり,2,3か月より長いかなりの長期間の準備が必要であることは認識していたものと認めるのが相当であり,証人E及びFの上記各供述は,にわかに信用することができない。
   ウ これらの事情を総合考慮すれば,被告は,血清研究所を廃止し,平成14年度の熟卵の売買契約を締結しないことと決定するに際し,長年の取引先である原告に対し,合理的な期待を侵害して不測の損害を与えないよう配慮すべき信義則上の注意義務を負っていたと認めるのが相当である。具体的には,被告には,原告との間で平成14年度の熟卵の売買契約を締結しないこととする場合には,原告が準備するのに必要な期間の余裕を持って,その旨を通知すべき義務があったというべきである。
   エ 本件において,被告が血清研究所の廃止表明をしたのは,平成13年11月28日であるから,被告は,上記義務に違反したことが明らかである。そして,被告が平成13年11月28日に行った発表内容は,血清研究所の翌年3月末の製造中止,同年9月末の事業廃止というものであり,廃止の発表から現実の廃止までには相当程度の期間の余裕を持たせていることなどからすると,平成14年度の契約を締結しない旨(血清研究所の廃止)を原告に通知するにあたり,より適切な時期を選択することは容易であったというべきであり,これにつきやむを得ない事情があったとは認められない。
   オ よって,被告は,原告に対し,不法行為に基づき,平成14年度の契約が締結されると信頼したために生じた損害について,賠償する責任がある。
  (2) これに対し,被告は,原告が大雛の発注を行っていたのは,原告が様々な可能性から予想を立ててしたものであり,契約の準備段階にはなかった旨主張する。
    しかし,原告が平成13年1月に大雛を発注した行為は,血清研究所との契約成立が確実とはいえない状況で予測を立てて行う側面があるとしても,平成14年度に血清研究所から行われるであろう熟卵の発注に対処するためにされたものであることは明らかであるから,被告が,原告に生じうる損害を回避するための処置を執るべき義務を否定する根拠となるものではなく,上記認定,判断を左右するに足りないというべきである。
  (3) したがって,争点3に関する原告の主張は,上記の限度で理由がある。
 5 争点4(国家賠償法1条1項の適用の有無)について
  (1) 原告は,本件契約が,国の防疫政策の一環として締結されたものであり,国家賠償法1条1項の適用がある旨主張する。
  (2) しかし,原告と血清研究所との間の本件売買は,地方公営企業である血清研究所が,業者から熟卵を購入する契約であり,純然たる私経済作用というべきであるから,公権力の行使たる性質を有しておらず,国家賠償法1条1項の適用はないものと解するのが相当である。
  (3) したがって,争点4に関する原告の主張は,採用できない。
 6 争点5(損害額)について
  (1) 原告は,血清研究所との間で,平成14年度の熟卵の売買契約が締結されると信頼したことにより,以下のとおり,802万6650円を支出したことが認められ,これと弁護士費用相当額80万円の合計である882万6650円が,本件における原告の損害と認められる。
   ア 雛代金  502万3555円
   イ えさ代金 285万5055円
   ウ 薬品代   14万8040円
  (2) これに対し,原告は,電気代金,人件費,設備費及び営業利益も損害として主張するが,これらについては,原告が平成14年度の熟卵の売買契約が締結されると信頼して支出した費用であるとは認められないから,被告が賠償すべき損害であるとはいえない。
  (3) また,被告は,雛代金,えさ代金などの損害については,D,G,Hといった他の取引先との取引にも資するものであるか,又は信頼の有無に関わりなく原告が負担すべき経費であるから,被告との関係で全額が損害となるものではない旨主張する。
    しかし,他の取引に資するとの点については,原告が購入した大雛から産まれた種卵を他へ売却した事実は認められるものの,その数量,金額についての証拠はなく,また,上記に認定した損害額は,いずれも血清研究所との契約が平成14年度も締結されると信頼したために支出した費用と認められるから,被告の主張は,採用することができない。
  (4) したがって,争点5に関する原告の主張は,上記の限度で理由がある。
第4 結論
よって,原告の本訴請求のうち,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償金882万6650円及びこれに対する不法行為日の後である平成14年12月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条本文,61条を,仮執行宣言につき,同法259条1項をそれぞれ適用したうえ,その免脱宣言については相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。

千葉地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官  小  磯  武  男

裁判官 田  原  美 奈 子

裁判官 吉 野 内  謙  志