hanrei @Wiki H17.10.19 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第23338号  超過勤務手当請求事件



更新履歴

取得中です。


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

判示事項の要旨:
1 早朝のミーティングに参加したことによる時間外手当は基本給月額183万円 余の中に含まれており既に支払われているとされた事例
2 基本給に時間外手当とその余の賃金との区別がされていなくても,給与が労働 時間数によって決まっているのではなく会社にどのような営業利益をもたらした かなどによって決められていること,原告の労働時間を管理していないことなど 一定の条件を満たしている場合には,労基法37条に違反しないとされた事例



平成17年10月19日判決言渡 同日判決原本領収 裁判所書記官
平成16年(ワ)第23338号 超過勤務手当請求事件
口頭弁論終結日 平成17年8月24日
判        決
東京都港区ab-c-d-e
  原        告    A
  上記訴訟代理人弁護士    杉 浦 幸 彦
ケイマン諸島,グランドケイマン,ジョージタウン,サウスチャーチ・ストリート, ユグランドハウス,私書箱309号
(日本における営業所) 東京都渋谷区恵比寿4丁目20番3号恵比寿ガーデンプレイスタワー  モルガン・スタンレー証券会社こと
  被        告    モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド  (日本における代表者)    堀田健介
  上記訴訟代理人弁護士    岡田和樹
  同             片 山 昭 人
  同             木 南 直 樹
  同             山 川 亜紀子
  岡田和樹訴訟復代理人弁護士 西   美友加
主        文
     1 原告の請求を棄却する。
     2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告は,原告に対し,金799万5181円及びこれに対する平成16年11月10日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,被告の従業員であった原告が,平成14年11月から同16年4月までの間,別紙計算書記載のとおりの日数,平日の午前7時20分から同9時までの間超過勤務をしたとして超過勤務手当799万5181円の支払及びこれに対する遅延損害金の支払を求めたところ,被告は,原告は労働基準法(以下「労基法」という)41条2項の管理監督者に当たる,超過勤務手当は原告の年俸に含まれており支払済みであるなどと反論し,支払を拒否している事案である。
 1 争いのない事実
(1) 当事者等
   ア 被告は,国際的な総合金融サービスグループであるモルガン・スタンレーの日本拠点として,企業・機関投資家を対象とした株式・債券のセールス及びトレーディング業務並びに資金調達やM&Aアドバイザリー業務を中心とする投資銀行業務,投資関連情報の提供サービスなど幅広い金融サービスを提供している平成16年4月末現在資本金約667億円の外資系証券会社である。
   イ 被告の社員は,プロフェッショナル社員と一般社員とで構成されている。一般社員が主に秘書業務や事務作業など他の社員の補助的な業務に就くのに対し,プロフェッショナル社員は業務の専門家として,自己の判断に基づいて業務を進めることが予定されている。プロフェッショナル社員は,更にオフィサーとノン・オフィサーとに2分され,オフィサーの方がノン・オフィサーより高い地位とされている。オフィサーは,更に上位から順番に,マネージング・ディレクター(以下「MD」という),エグゼクティブ・ディレクター(以下「ED」という)及びヴァイス・プレジデント(以下「VP」という。)に分類される。なお,被告東京支店の平成16年3月末現在での従業員数は991名であったが,そのうちMDの資格を有する者は48名,EDの資格を有する者は152名,VPの資格を有する者は203名であった。このほかに,ノン・オフィサーのプロフェッショナル社員が532名,一般社員が56名という構成であった。
   ウ 原告は,平成10年4月,被告東京支店に入社し,爾後,プロフェッショナル社員のうちのEDの資格を有するものとして,同年4月6日から同13年11月30日までの間は事業法人部において外国為替関連商品等の販売業務に従事し,同年12月1日から同16年4月までの間は外国為替本部において外国為替関連取引,就中フラット為替(フラット為替とは,先物相場の性格を利用して,一定期間内に一定のレートで外貨を売買する取引であり,これにより為替変動リスクを回避することができる)を中心とした営業に従事していた。
   エ 原告が取り扱っていた取引数は多くはなく,直接担当していた取引では,年に新規取引が1ないし4件程度であった。原告は,その外,外国為替本部の他の営業担当者の会計・技術面でのアドバイザーとして関与した取引が年数件程度あった。原告は,主に利益幅の大きい取引を扱っていたことから,年400万米ドルから1000万米ドルの利益を上げていた。
   オ 原告の属していた外国為替本部は,平成16年4月当時,B債券統括本部長を長(以下「B統括本部長」という)に,C為替本部長(以下「C本部長」という)を含む15名の社員で構成されていた。そのうち,MDの資格を有する社員は,B統括本部長,C本部長の2名のみで,EDの資格を有するのは原告1人であり,他は,VPの資格を有する者とノン・オフィサーのプロフェッショナル社員であった。
  (2) 就業規則の内容等
   ア 勤務時間等
     被告の就業規則によれば,①社員の通常の勤務時間は,「平日」の「午前9時より午後5時30分まで(但し,1時間の休憩時間を除く)」とされていること(第11条),②「土曜日,日曜日,国民の祝日・休日,特に指定される証券取引所の休日,及び会社により休日と指定される日」が「休日」とみなされており(第16条),「平日」は,「休日」以外の日を意味する。
イ 賃金,手当等
    (ア) 被告の就業規則によれば,①一般社員は基本給,超過勤務手当,食事手当,通勤手当が支給されること(第27ないし第30条),②これに対し,プロフェッショナル社員は,年間基本給(基本給及びハウジングアラウアンスより構成)に加えて,会社,部署及び個人の業績に基づく裁量業績賞与が支給されるだけであり,超過勤務手当についての規定はなく(第31,32条),超過勤務手当の名目での支払がされたことはないこと,③プロフェッショナル社員に対しては,毎月20日(ただし,同日が休日にあたる時は,その直前の営業日)に,年間基本給の12分の1相当が支給されることになっている(第31条)。
    (イ) プロフェッショナル社員のボーナスを含めた年収は,一般社員の年収に比べると格段に高い。年収が一定の水準を超えると,ボーナスの一部がEICP,SRPといったプログラムに割り当てられる。EICPとは,Equity Incentive Compensation Plan(株式インセンティブ報酬制度)の略で,ボーナスの一部を被告のアメリカ親会社であるモルガン・スタンレーの株式及びストックオプションで支給する制度である。SRPとは,Supplemental Retirement Plan(追加退職金制度)の略で,ボーナスの一部を,追加退職金に組み入れる制度である。なお,この追加退職金は,全社員に適用される勤続年数に応じて支給される退職金とは別途に支払われるものである。
    (ウ) プロフェッショナル社員に毎年支払われる具体的な金額については,まず,会社,所属部門及び個人の業績等に基づいて,各自の年次総額報酬(Annual Total Reward)が決定され,この総額から既に支給済みの年間基本給を差し引いた残額が,裁量業績賞与(ボーナス)の総額となる。そして,ボーナスは,所定のプランに基づいて,現金ボーナス分と,EICPに基づいて親会社株式及びストックオプションによって支給される分とに分けられる。そして,さらに現金ボーナス分が,即時給付分と,SRPに組み込まれる分とに分けられる。
  (3) 原告の勤務態様及び収入 
   ア 被告東京支店の外国為替本部では,平日,午前7時30分ころから,C本部長のもと,アシスタントのDを除く社員全員が集まり,ミーティング(以下「本件ミーティング」という)を開いていた。
   イ 原告は,平成14年11月から同16年4月の間,出張で東京を離れているときを除き,本件ミーティングに参加していた。
   ウ 原告の収入
     原告の入社から懲戒解雇通知を受けるまでの間の収入は,後記(ア)ないし(キ)のとおりであり,超過勤務手当としての名目では,被告から原告に対し金員は支給されていない。
(ア) 平成10年度
      原告は,被告入社時において,平成10年度の年次総額報酬として最低60万米ドルが保証されており,実際に,年次総額報酬として60万米ドルが支給された。内訳は,年間基本給が2000万円,現金ボーナスの即時給付分が20万5283.54米ドル,SRPでの積立額が2429万5307円,EICPに基づく給付が3万7298米ドル相当であった。なお,SRPの積立額は,平成12年2月に被告の再設立に伴って,被告から原告に対し,全額現金で支払われた。これに加え,原告は,被告より,入社時に28万4868.38米ドル相当の被告親会社の株式の付与を受けているため,原告が平成10年度に実際に受け取った報酬総額は,83万2528.33米ドルであった。
    (イ) 平成11年度
      原告の平成11年度の年次総額報酬は30万米ドルで,内訳は,年間基本給が2000万円,現金ボーナスの即時給付分が5万9334.96米ドル,SRPでの積立額が609万3701円,EICPに基づく給付が6300米ドル相当であった。なお,SRPの積立額は,平成12年2月に被告の再設立に伴って,被告から原告に対し,全額現金で支払われた。
    (ウ) 平成12年度
      原告の平成12年度の年次総額報酬は55万米ドルで,内訳は,年間基本給が2100万円,現金ボーナスの即時給付分が1833万2648円,SRPでの積立額が1666万5305円,EICPに基づく給付が2万5464米ドル相当であった。
    (エ) 平成13年度
      原告の平成13年度の年次総額報酬は35万米ドルで,内訳は,年間基本給が2200万円,現金ボーナスの即時給付分が1266万0850円,SRPでの積立額が532万1692円,EICPに基づく給付が1万6716米ドル相当であった。
    (オ) 平成14年度
      原告の平成14年度の年次総額報酬は50万米ドルで,内訳は,年間基本給が2200万円,現金ボーナスの即時給付分が1855万3177円,SRPでの積立額が1710万6368円,EICPに基づく給付が3万9967米ドル相当であった。
    (カ) 平成15年度
      原告の平成15年度の年次総額報酬は62万5000米ドルで,内訳は,年間基本給が2200万円,現金ボーナスの即時給付分が2125万0412円,SRPでの積立額が2250万0821円,EICPに基づく給付が6万2412米ドル相当であった。
(キ) 平成16年度
      原告は,平成16年1月から4月までの間,被告から,年間基本給として月額184万3273円(2211万9276円÷12=184万3273円)の支給を受けた。
  (4) 原,被告間の争い
    原告は,本件ミーティングに加わるため,平成14年11月から同16年4月までの平日の午前7時20分から同9時までの間,所定時間外の超過勤務をしたので,別紙計算書のとおり合計799万5181円の超過勤務手当の支給を受ける権利を有していると主張しているところ,被告は,そのような支給義務はないとして争っている。
 2 争点及び当事者の主張の要旨
(1) 原告は超過勤務をしたか(争点1)。
【原告】
   ア 原告は,平成14年11月から同16年4月までの平日の午前7時20分から同9時までの間,本件ミーティングに参加するなどして所定時間外の超過勤務をした。
イ 【被告】の主張イは争う。
   ウ 【被告】の主張ウ(ア)のうち,被告の就業規則上,勤務時間は7時間30分とされていること,原告らプロフェッショナル社員については,7時間30分を超えて労働した場合に,その労働について賃金を支払うとされていないことは認めるが,その余は争う。
   エ 【被告】の主張ウ(イ)のうち,原告の本件請求の法律上の根拠が労基法37条であることは認めるが,その余は争う。
   オ 【被告】の主張ウ(ウ)は争う。
   【被告】
   ア 【原告】の主張アのうち,原告が本件ミーティングに平日の午前7時30分から約15分程度出席していたことは認めるが,その余は否認する。
イ 出張日,休暇の控除
    (ア) 原告は,平成14年11月に3日,同年12月に5日,同15年1月に4日,同年2月に5日(2月14日から同月16日までは香港),同年3月に4日,同年4月に1日,同年5月に5日,同年6月に5日,同年7月に1日,同年8月に4日,同年9月に5日,同年10月に3日,同年11月に1日,同年12月に2日,同16年1月に2日,同年2月に1日,同年3月に3日,同年4月に2日それぞれ出張しており,出張当日は本件ミーティングには出席しておらず,超過勤務手当算定に当たっては,これらの日数を控除すべきである。
    (イ) 原告は,平成15年の休暇日数(非稼働日)を,別紙計算書のとおり,28日として計算しているが,原告の同年の休暇日数は30日であり,同年の過勤務手当算定に当たっては,2日分を控除すべきである。
ウ 超過勤務時間及びその立証,割増賃金率
    (ア) 被告の就業規則上は,勤務時間は7時間30分とされている。しかし,原告らプロフェッショナル社員については,7時間30分を超えて労働した場合に,就業規則上,その労働時間について賃金を支払う旨の規定は存在しない。したがって,被告が,原告らプロフェッショナル社員に対し,同社員らの所定時間外労働について支払義務を負うのは労基法37条しかないところ,同法は8時間を超えて労働させた場合に使用者は当該労働の対価について支払義務を負うと規定している。したがって,被告が,原告に対し,超過勤務手当の支払義務があるとしても,それは原告が8時間を超えて労働した場合であり,そうだとすると,原告の主張する1日当たりの超過勤務時間(100分請求している)のうち,少なくとも30分については理由がない。
    (イ) 前記のとおり,原告の本件請求の根拠は労基法37条であり,そうだとすると,原告は,法定労働時間(1日につき8時間,1週間につき40時間)を超えて労働したと主張する各労働日において,法定労働時間を超えて労働したことを主張立証しなければないところ,原告はこれを立証していない。
    (ウ) また,原告は,本件で,割増賃金として,通常の時間賃金の125%を請求しているが,25%とすべきである。
  (2) 原告は労基法41条2項の管理監督者か(争点2)。
【被告】
    原告は,労基法41条2号の管理監督者に該当する。その理由は,以下のとおりであり,したがって,被告は,原告に対し,超過勤務手当を支払う義務はない。
   ア 判断枠組み
     労基法41条2号の管理監督者に該当するか否かを判断するに当たっては,近時の勤務形態の一層の多様化によって管理監督者の範囲が変化してきたことに鑑み,次の3要素に着目して判断すべきである。
① 労働時間等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない,重要な職務と責任を有しているか否か(第1要素)
② 現実の勤務態様も,労働時間の規制になじまないような立場にあるか否か(第2要素)
③ その地位に見合った相当な待遇を受けているか否か(第3要素)
   イ 第1要素
    (ア) 原告は,外国為替本部の営業部門のトップ及びシニアなEDとして,その責任を果すために必要な権限,すなわち,顧客選択・営業方法に関する高度な裁量権,商品選択の自由権を有していた。確かに,原告は,労務管理に関する具体的な決定権限や決裁権限を有していなかったが,それは,被告の組織構造,外国為替本部の規模及び仕事の性質上不要だったからにすぎず,原告が管理監督者であることを否定する理由にはならない。
    (イ) いずれにしろ,原告は,外国為替本部の営業という,経営上の重要事項を企画,立案,実行する権限を有し,シニアなEDとして全従業員の上位10%に属し,外国為替本部所属の社員を指導・監督する役割を担っていたのであり,まさに労基法の規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有していた。
   ウ 第2要素
    (ア) 原告は,プロフェッショナル社員のうちシニアなEDとして,その高度の専門的能力及びノウハウを最大限活用できるよう,自己の営業計画や日々の行動計画を,自己の判断で立案し実行する権限を有し,労働時間についても会社から管理を受けず,自己の判断で決定できる立場にあった。
    (イ) 原告は,平日の午前7時30分からの本件ミーティングに出席していたが,その理由は,原告の業務と外国為替本部のナンバー2という立場上必要であったからであり,C本部長が毎朝本件ミーティングに出席していたことと同じであり,原告が自己の勤務時間・態様について自由裁量を有していたことと何ら矛盾しない。外国為替取引の営業をするためには,毎朝のミーティングで為替市場についての最新の情報を仕入れ,それをもとに資料を作成し,顧客とやり取りをすることが必須不可欠である。また,外国為替本部の業績目標の大半を自己の責任において達成しようとしていた原告としては,同本部の他の社員との情報交換やコミュニケーションの場として,本件ミーティングに出席することは,業務の遂行上必要不可欠であった。
    (ウ) 以上のとおり,原告は,出退勤について会社から厳格な管理を受けない者の典型であった。
   エ 第3要素
     前記争いのない事実(3)ウ記載のとおり,原告は,被告から,役員並みの基本給と破格の裁量業績賞与(ボーナス)とを得ており,その地位に見合った相当な待遇を受けていた。
   オ まとめ
     以上のとおり,原告は,労基法の規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し(第1要素),勤務時間について自由裁量を有し(第2要素),その地位に見合った相当な待遇を受けており(第3要素),労基法41条2号の管理監督者に該当することは明らかである。
   【原告】
    原告は,労基法41条2号の管理監督者に該当しない。その理由は,以下のとおりである。
   ア 判断枠組み
     労基法41条2号の管理監督者というためには,次の3要件を充たす必要がある。
    ① 労働条件の決定その他労務管理について,経営者と一体的な立場にあること(第1要件)
    ② 出退勤につき厳格な規制を受けず,自己の勤務につき裁量権を持つこと(第2要件)
    ③ その地位にふさわしい待遇がなされていること(第3要件)
イ 第1要件
    (ア) 原告が自ら決めていたのは,自分の営業活動に関することだけであり,被告全体や外国為替本部全体の営業方針とか同本部に所属する他の社員の営業計画を策定していたわけではない。原告が,対外的に被告を代表することもなければ,自らの判断で費用を支出することもできなかった。原告には全く決裁権はなく,出退勤についても,自己の判断で決定することができる立場にはなかった(原告は,上司から,所定終業時間前に被告の業務以外のことを行うときには,休暇届けを出すように言われていた。ちなみに,休暇届けはWebで入力して,権限のある上司が認証するとe-mailで承認が知らされるシステムになっていた。)。
    (イ) 原告が,「労働時間,休憩,休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない,重要な職務と責任を有し」ていたというためには,原告の職務が,「労働時間,休憩,休日等に関する規制の枠」内で活動することが社会通念上,不可能でなければならない。しかしながら,原告が担当していたフラット為替商品等の販売先の発掘業務は,「労働時間,休憩,休日等に関する規制の枠」内で十分可能な仕事である。したがって,原告は,「労働時間,休憩,休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない,重要な職務と貴任を有し」ていたとはいえない。
    (ウ) 原告には,組織上,正式な部下はいないし,上司として何らかの特別な権限など持っていない。原告は,被告の労務管理など一切しておらず,この点について,経営者と一体的な立場にあったことなどない。
    (エ) 以上のとおり,原告は,第1要件を充たしていない。
ウ 第2要件
     被告が,原告の勤務時間・態様に関心を払わなかったのは,次の理由からである。すなわち,被告は,原告らプロフェッショナル社員に対しては超過勤務手当を支払っていないため,同社員がどれだけ働いても,新たなコストは一切発生しない。したがって,被告は,原告らプロフェッショナル社員については,所定時間内において働かせることは当然のこととして,所定時間外でどれだけ働いていようと気にしていないだけなのである。よって,原告は,第2要件を充たしていない。
エ 第3要件
     原告は,日本の普通のサラリーマンに比べ多額の収入を得ているのは事実であるが,それは,原告がそれだけの営業成績を残してきたからであり,労務管理の対価としてそれに見合う金員が支払われているのではない。したがって,原告が高収入を得ているからといって,第3要件を充たしているということはできない。
   オ 以上のとおり,原告は,前記第1ないし第3要件をいずれも充たしておらず,労基法41条2号の管理監督者には当たらない。
(3) 被告は,超過勤務手当を支払っているか(争点3)。
【被告】
    原告の所定時間外労働に対する対価(超過勤務手当)は,以下のとおり,原告の年次総額報酬に含まれている。したがって,被告は,原告の超過勤務手当を既に支払っている。
   ア 業界慣行
     被告のような外資系インベストメントバンクにおいては,原告のようなプロフェッショナル社員に対して,所定時間外労働に対する対価も含んだものとして極めて高額の報酬が支払われ,別途超過勤務手当の名目で支給をしないのが一般的である。このことは業界内においては常識であり,原告は,平成7年1月以降,外資系インベストメントバンクに勤務しており,このことを十分認識していた。
   イ 原,被告間の入社時の合意内容
     原告は,平成10年4月,被告入社に際し,被告との間で,その職務の性質上所定時間外労働が発生し得ること,年俸には所定時間外労働に対する対価(超過勤務手当)が含まれており,別途超過勤務手当名目で支給をしない旨の労働契約を締結した。
   ウ 第1次的主張
     原告の所定時間外労働に対する対価は,年次総額報酬のうちの年間基本給の中に含まれている。なぜなら,被告は,原告らプロフェッショナル社員に対しては労働時間の管理を行っておらず,遅刻や早退をしたからといって賃金が削られる仕組みにはなっていないからである。換言すると,原告らプロフェッショナル社員は,自ら労働時間を管理して職責を果すことが期待されており,日々の労働時間が何時間であろうと(所定労働時間を超えていようと超えていまいと),必ず年間基本給は支給されるという仕組みになっているからである。
   エ 第2次的主張
     前記ウが理由がないとしても,被告においては,プロフェッショナル社員の年次総額報酬の額を決定するに当たっては,当該社員の働きぶりも当然に考慮され,裁量業績賞与に所定時間外労働に対する対価(超過勤務手当)が含まれる仕組みとなっていた。したがって,原告の超過勤務手当は,年次総額報酬のうちの裁量業績賞与の中に含まれており,被告が原告に対し年次総額報酬を支払っている本件にあっては,被告は,原告に対し,超過勤務手当を支払う義務はない。
   オ 法定割増賃金額との比較
     原告の平成14年以降の受給額は,前記争いのない事実(3)ウ記載のとおりであり,年間基本給,裁量業績賞与として,原告が別紙計算書で請求している法定の割増賃金額を下回らない額が支払われており,原告の所定時間外労働の対価を年間基本給又は裁量業績賞与に含める旨の合意は,労基法37条に反しない。
【原告】
    原告の所定時間外労働に対する対価(超過勤務手当)は,原告の年次総額報酬に含まれていない。
   ア 【被告】の主張アは否認する。外資系インベストメントバンクの業界においては,被告の主張するような業務慣行は存在しない。確かに,原告は,被告入社前に勤務していた東京銀行(現在の東京三菱銀行,以下「東京銀行」という)でも超過勤務手当の支給を受けていなかったが,その理由は勤務地が日本法の及ばないニューヨークであったからに過ぎない。
   イ 【被告】の主張イは争う。仮に,被告の主張するような合意が成立していたとしても,かかる合意は強行法規である労基法37条に反し,無効である。
   ウ 【被告】の主張ウないしエはいずれも争う。
     原告が被告から受給した年間基本給,裁量業績賞与には,超過勤務手当とその余の賃金との区別がされておらず,超過勤務手当を年間基本給,裁量業績賞与に含めて支払うとの労働契約は,最判昭和63.7.14労判523号6頁(以下「小里機材事件」という)の判旨に照らし,無効というべきである。
  (4) 原告の被告に対する超過勤務手当支払請求は,権利濫用ないしは信義則違反に当たるか(争点4)。
【被告】
 原告が被告に対し超過勤務手当の支払請求をすることが,権利濫用であり,信義則違反であることは,以下の事実から明らかである。
   ア 原告は,被告との間で,超過勤務手当名目での支給がないことを合意していた。
   イ 原告は,前記争いのない事実(3)ウ記載のとおり,平成14年には50万米ドル(年間基本給と即時給付分の現金ボーナスだけでも合計約4055万円),同15年には62万5000米ドル(年間基本給と即時給付分の現金ボ一ナスだけでも合計約4325万円)もの極めて高額の収入を得ていた。
ウ 原告の勤務態度
    (ア) 原告は,自己の裁量において仕事を進め,出退勤について自己管理する権限を有していたため,仕事の状況に応じ,所定時間内に被告の業務以外のことに行ったり,所定終業時間(午後5時30分)より早く帰宅したりすることも自由にできた。
    (イ) 原告は,被告から懲戒解雇の通知を受けたときより前約5か月間の原告のメールから分かることだけでも,所定時間内ないしは所定時間外に,次のようなことを行っている。
     a 会社のメールアカウントを使用した私用メールのやりとり
     b 友人から法律問題の相談を受け,その友人を原告代理人に紹介するなどのやりとり
     c スポーツジムでの運動
     d 個人メールアカウントからの私用メールの送受信
     e 自宅のマンションのアンテナ設置に関する民事訴訟(以下「アンテナ訴訟」という)について,原告代理人とのやりとりや期日に出頭(訴訟記録によれば,原告は,平成15年5月26日,6月17日,7月15日,9月9日,10月7日,12月15日(証人尋問期日)の各期日に東京地方裁判所に出頭)している。
    (ウ) また,原告は,平成16年4月,日本公認会計士協会に対して,訴訟を提起した(以下「公認会計士協会訴訟」という)。被告は,この過程で,原告が被告の内部規則や業務命令に違反しているとして,原告を懲戒解雇した。ところで,原告は,懲戒解雇の有効性が争われている訴訟(以下「解雇無効確認訴訟」という)において,原告のこれらの一連の行為は私的行為であって,被告の業務命令権が及ばないと主張している。ところが,原告は,所定時間内や所定時間外に,以下のような行為を行った。
     a 原告は,平成16年1月,弁護士会照会の申出を行ったが,原告はこれに関して,原告代理人と頻繁にメールのやりとりをした。
     b 原告は,公認会計士協会訴訟に関して,原告代理人と頻繁にやりとりをしたり,訴状を提出するために裁判所に行ったりした。
     c 原告は,公認会計士協会訴訟に関連するホームページを作成していたが,当該ホームページの作成やこれに載せる資料のスキャニングを被告社員にやらせていた。
     d 原告は,公認会計士協会訴訟を喧伝するメールのやり取りをしたり,東京高等・地方裁判所の司法記者クラブに投げ込みをしたり,その内容を原告代理人と相談したりしていた。
   エ 原告は,被告に勤務していた期間中は,一度として超過勤務手当の請求をしたり,労働時間について不平を述べたことはなかった。ところが,原告は,平成16年4月26日,被告から懲戒解雇の通知を受け,その解雇の有効性を争う解雇無効確認訴訟の4月28日付け申立書において,「被告会社は,プロフェッショナル社員については裁量労働制を適用しており」と主張したところ,被告が,同年5月14日付け答弁書において,「会社では労基法にいう裁量労働制は採用していない」と答弁したのを奇貨として,態度を一変させ,本件超過勤務手当の請求をしたものである。
.   オ 以上によれば,①原告は,被告との間で超過勤務手当名目での支給がないことを合意し,高額の収入を得ていたこと,②原告は,所定時間内及び所定時間外での勤務中は職務に専念していたことを前提に超過勤務手当の支払請求をしているところ,原告は前記時間中に私的行為を繰り返していることの認められる本件にあっては,懲戒解雇されるや,超過勤務手当の支払請求に及んだ原告の行為は権利濫用ないしは信義則違反として許されない。
【原告】
   ア 原告が被告に対し超過勤務手当の支払請求をすることは,労基法37条に基づく正当な権利の行使であって,権利濫用ないしは信義則に違反することなどない。【被告】の主張アないしオのうち,イ(原告の収入額)は認めるが,その余は争う。
   イ 日本において営業を行っている被告が,日本の法令に従うのは当然である。被告の主張は,日本の労基法は特異であり,これに従うことは過大な負担であるといって居直っているに等しい。被告が,強行法規である労基法に違反しておきながら,信義則違反を主張すること自体,非常識であるというべきである。
第3 争点に対する判断
 1 判断の順序等
  (1) 本訴請求の要旨は次のとおりである。原告は被告の社員であるが,被告の就業規則によれば,社員の労働時間は平日の午前9時より午前5時30分まで(但し,1時間の休憩時間を除く)とされているところ,原告は平成14年11月1日から同16年4月30日までの間の平日,前記所定の労働時間のほか午前7時20分から同9時までの間労働したので,労基法37条に基づき,別紙計算書のとおり超過勤務手当の支払を求めるというものである。
    この点に関し,被告は,原告が平日に所定時間労働したのか否かを争い,また,午前7時20分から同9時までの間労働したかについてもこれを否認する。仮に,原告がその主張どおり平日の午前7時20分から午後5時30分までの間労働したとしても,労基法32条,37条によれば,同法に基づく超過勤務手当は1日8時間を超えて労働して初めて発生するのであるから,被告の所定労働時間が7時間30分である本件においては,原告が被告に対し請求することができる超過勤務手当は,午前7時20分から同9時までの100分から30分を差し引いた1日70分の限度であるというべきである。
  (2) 以上のとおり,原告の主張が事実であると仮定しても,原告が被告に対し請求することができる超過勤務手当は1日当たり70分である。ところで,被告は,原告の前記主張を争い,仮に,原告の前記主張に理由があるとしても,①原告は労基法41条2号の管理監督者に当たる,②原告は被告から1年間に年間基本給として2200万円余及び裁量業績賞与約5000万円と多額の報酬を受領しており,原告の主張する超過勤務手当はこれらの報酬に含まれており,既に受領済みである,③原告の被告に対する超過勤務手当の支払請求は権利濫用又は信義則に反し許されないと主張する。被告の前記3主張はいずれも攻撃防御方法の位置づけとしては「抗弁」であり,主張としては等価値であり,裁判所はその判断順序について当事者の主張に拘束されない。そこで,当裁判所は,まず,第2の抗弁である超過勤務手当は支払済みであるとの主張(争点3)から判断することにする。
 2 争点3(弁済の成否)
  (1) 被告の主張の要旨
    被告は,原告の請求する前記平日の70分間の所定時間外労働の対価(超過勤務手当)は,原告の年次総額報酬に含まれているところ,被告は原告に対しこれを支払っており,したがって,原告の被告に対する超過勤務手当は既に支払ずみであると主張する(前記第2の2(3)【被告】の主張)。
  (2) 認定事実
    前記争いのない事実,証拠(甲5,7,乙2ないし5,14の1及び2,同15,16,22ないし60,61の1ないし54,同62ないし75,82の1及び2,同83,87,証人E,同C,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 当事者等
    (ア) 被告は,国際的な総合金融サービスグループであるモルガン・スタンレーの日本拠点として,企業・機関投資家を対象とした株式・債券のセールス及びトレーディング業務並びに資金調達やM&Aアドバイザリー業務を中心とする投資銀行業務,投資関連情報の提供サービスなど幅広い金融サービスを提供している平成16年4月末現在資本金が約667億円,被告東京支店の同年3月期の営業収益が1197億円余のいわゆる外資系インベストメントバンクである(前記争いのない事実(1)ア,乙2ないし5,弁論の全趣旨)。
    (イ) 被告の社員は,プロフェッショナル社員と一般社員とで構成されている。一般社員が主に秘書業務や事務作業など他の社員の補助的な業務に就くのに対し,プロフェッショナル社員は業務の専門家として,自己の判断に基づいて業務を進めることが予定されている。プロフェッショナル社員は,更にオフィサーとノン・オフィサーとに2分され,オフィサーの方がノン・オフィサーより高い地位とされている。オフィサーは,更に上位から順番に,MD,ED及びVPに分類される。なお,被告東京支店の平成16年3月末現在での従業員数は991名であったが,そのうちMDの資格を有する者は48名,EDの資格を有する者は152名,VPの資格を有する者は203名であった。このほかに,ノン・オフィサーのプロフェッショナル社員が532名,一般社員が56名という構成であった。(前記争いのない事実(1)イ)
(ウ) 原告は,昭和34年生まれで,同59年に早稲田大学大学院修士課程を終え,当時の東京銀行に入社した。原告は,昭和59年4月から約2年間,東京銀行蒲田支店に勤務の後,同銀行本店に移り,企業買収・合併等の業務に従事し,部長代理の地位まで昇進した。原告は,その後,東京銀行ニューヨーク支店の支店長代理として,トレーディングのシステムを作ったり,デリバティブ,為替のディーリングの業務等に従事した。原告は,東京銀行の本店勤務中は,1か月30時間の限度で超過勤務手当を受領しており,所定時間外労働をすれば会社から超過勤務手当がもらえることを知っていた。(原告本人【8ないし12,100,101頁】)
      原告は,平成7年1月,東京銀行からいわゆる外資系インベストメントバンクであるメリルリンチ証券東京支店に「ディレクター」として転職した。原告は,メリルリンチ証券の入社に際し,年収3000万円ないし4000万円の提示を受けたが,これとは別に超過勤務手当の支給に関する提示はなかった。そして,原告は,メリルリンチ証券勤務中は,同証券から超過勤務手当と明示して金員の支払を受けたことはなく,原告もこれに対し,何ら不審を抱かず,異議も唱えなかった。ちなみに,原告のメリルリンチ証券退職直前の1年間の年収は約1億円であった。(証人E【8頁】,原告本人【11ないし19,101,106頁】,弁論の全趣旨)
   イ 入社の状況・原被告間の合意内容
    (ア) 原告は,平成10年ころ,東京銀行時代の先輩で当時被告東京支店に勤務していたFから,被告への入社を誘われた。原告は,フラット為替のセールスに興味があったことから,被告に入社することにした。(原告本人【24ないし27頁】)
    (イ) 被告は,平成10年3月2日,原告に対し,オファーレターを出したが,同書面には,概略,次のような記載がされていた。
     a 原告の被告での地位は事業法人部のプリンシパル(EDと同義)である。
     b 給与等
      ① 原告に対し,平成10年度の年次総額報酬として,最低でも60万米ドルを支払うことを保証する。
      ② 年次総額報酬は,年間基本給(基本給Ⅰ),ハウジング・サブシディー(基本給Ⅱ),裁量業績賞与,EICPに基づく報酬によって構成されている。平成10年度は,基本給Ⅰ及び同Ⅱとして,年間総額2000万円を支払い,月給として毎月前記2000万円の12分の1に相当する金員を支払う。
      ③ 原告に対し,EICPに基づき,モルガンスタンレーの制限付き株式又はこれと同等のものを付与することを予定している。
      ④ 平成10年度の裁量業績賞与は,年次総額報酬から年間基本給とEICPに基づく報酬の米ドル相当額を控除することによって得られた金額である。
     c なお,所定時間を超えて勤務した場合に報酬が支払われるとの記載はされていない。(乙14の1及び2)
    (ウ) 原告は,平成10年3月27日,前記オファーレターに署名し,同年4月1日,被告に入社した。原告は,プロフェッショナル社員のうちEDの資格を有するものとして,平成10年4月6日から同13年11月30日までは事業法人部において外国為替関連商品等の販売業務に従事し,同年12月1日から同16年4月までは外国為替本部において外国為替関連取引,就中フラット為替を中心とした営業に従事していた。(前記争いのない事実(1)ウ,甲5,7,乙14の1及び2)
ウ 原告の収入等
    (ア) 原告は,被告東京支店において,年400万米ドルから1000万米ドルの利益を上げていた。また,原告が被告に入社してから懲戒解雇通知を受けるまでの間の収入は,次の①ないし⑦のとおりであり,超過勤務手当としての名目では,被告から原告に対し金員は支給されていない(前記争いのない事実(1)エ,(3)ウ)。
     ① 平成10年度
       原告の平成10年度の年次総額報酬は60万米ドルで,内訳は,年間基本給が2000万円,現金ボーナスの即時給付分が20万5283.54米ドル,SRPでの積立額が2429万5307円,EICPに基づく給付が3万7298米ドル相当であった。なお,SRPの積立額は,平成12年2月に被告の再設立に伴って,被告から原告に対し,全額現金で支払われた。これに加え,原告は,被告より,入社時に28万4868.38米ドル相当の被告親会社の株式の付与を受けているため,原告が平成10年度に実際に受け取った報酬総額は,83万2528.33米ドルであった。
     ② 平成11年度
       原告の平成11年度の年次総額報酬は30万米ドルで,内訳は,年間基本給が2000万円,現金ボーナスの即時給付分が5万9334.96米ドル,SRPでの積立額が609万3701円,EICPに基づく給付が6300米ドル相当であった。なお,SRPの積立額は,平成12年2月に被告の再設立に伴って,被告から原告に対し,全額現金で支払われた。
     ③ 平成12年度
       原告の平成12年度の年次総額報酬は55万米ドルで,内訳は,年間基本給が2100万円,現金ボーナスの即時給付分が1833万2648円,SRPでの積立額が1666万5305円,EICPに基づく給付が2万5464米ドル相当であった。
     ④ 平成13年度
       原告の平成13年度の年次総額報酬は35万米ドルで,内訳は,年間基本給が2200万円,現金ボーナスの即時給付分が1266万0850円,SRPでの積立額が532万1692円,EICPに基づく給付が1万6716米ドル相当であった。
     ⑤ 平成14年度
       原告の平成14年度の年次総額報酬は50万米ドルで,内訳は,年間基本給が2200万円,現金ボーナスの即時給付分が1855万3177円,SRPでの積立額が1710万6368円,EICPに基づく給付が3万9967米ドル相当であった。
     ⑥ 平成15年度
       原告の平成15年度の年次総額報酬は62万5000米ドルで,内訳は,年間基本給が2200万円,現金ボーナスの即時給付分が2125万0412円,SRPでの積立額が2250万0821円,EICPに基づく給付が6万2412米ドル相当であった。
 ⑦ 平成16年度
       原告は,平成16年1月から4月までの間,被告から,年間基本給として月額184万3273円(2211万9276円÷12=184万3273円)の支給を受けた。
(イ) 原告は,被告から,毎月基本給を受領し,現金ボーナスを年1回,受領したが,受領の際,被告に対し,本件ミーティングに参加したことによる手当等,超過勤務手当が支給されていない等の異議を述べたことはない。ちなみに,本件で超過勤務手当請求の成否が問題となっている平成14年から同16年までの間の月額基本給は183万3333円(2200万円÷12=183万3333円,平成16年は184万3273円)であり,年次総額報酬は同14年度が50万米ドルであり,同15年度が62万5000米ドルと一般の労働者と比較できないほどの高額の給与であった。(前記争いのない事実(3)ウ,弁論の全趣旨)
    (ウ) 原告は,平成16年4月28日付け地位確認等仮処分申立事件(当庁平成16年(ヨ)第21072号事件,以下「別件訴訟」という)の申立書において,被告はプロフェッショナル社員については裁量労働制を採用していると主張したところ,被告はこれを否認した。すなわち,原告は,別件訴訟提起当時までは,原告に対しては,超過勤務手当の名目での金員支給はないものと考えていた。ところが,被告が,裁量労働制をとっていないことを知った原告は,所定時間外の労働に対しては,超過勤務手当の支給を受けることができるのではないかと考え,被告に対し,本件訴えを提起した。(乙15,16,原告本人【5,29頁】,弁論の全趣旨)
   エ 被告における社員の労働時間の管理
    (ア) 被告においては,一般社員は,労働時間について厳格に管理されている。すなわち,一般社員は,就業規則で,出社時間と退社時間が決められており(午前9時から午後5時30分までの間),実際の労働時間は,各自が出社及び退社時間をコンピューターで社内システム上に入力し,それを上司が承認することにより管理されている。一般社員が,所定時間外に労働する場合には,その都度残業申請を出し,上司の承認を得ることが要求されている。そして,被告は,一般社員が前記手続に従い所定時間外の労働した場合には,当該一般社員に対し,超過勤務手当の支払をしている。(乙82の1及び2,証人E【1頁】,弁論の全趣旨)
    (イ) これに対し,プロフェッショナル社員は,被告から労働時間の管理を一切受けておらず,一般社員のようにコンピューターで社内システム上に出退社時間を入力し,上司の承認を得ることは要求されていない(タイムカードのようなものはない)。プロフェッショナル社員は,それぞれの業務の専門家として,いつ,どのように仕事を進めるべきか,全て自己の判断に基づいて行動することが要求されており,労働時間についても自由裁量権を有している。被告としては,プロフェッショナル社員については,各自がその責任において,自己の職務をまっとうすることを期待しており,原則として,仕事さえきちんとこなしていれば,出退社時間を厳格に規制していなかった。
   オ 原告の勤務態度
    (ア) 原告は,平成13年12月1日から,被告東京支店の外国為替本部に勤務するようになったが,同本部のC本部長から平日の午前7時30分から始まる本件ミーティングに参加するよう指示されたため,また,外国為替取引の営業をするためには,毎朝のミーティングで為替市場についての最新の情報を仕入れ,それをもとに資料を作成し,顧客とやり取りをすることが必須であることから,これに参加していた。本件ミーティングは大体15分程度で終わることが多く,原告は,本件ミーティング終了後,ミーティングで仕入れた情報を基に,資料を作成したり,顧客や市場参加者に電話連絡をしたりして,自己の営業計画や行動計画を立案し,これに従って行動していた。(甲5,乙83,証人C【1,3ないし5頁】,原告本人【1,2頁】)
   (イ) 原告の上司であるC本部長は,原告に対し,本件ミーティングへの参加以外は,勤務時間・態様については何らの指示も出さなかった。このため,原告は,本件ミーティング終了後は,自己の判断で自由に勤務していた。原告は,営業社員であったため,勤務時間のうち顧客への訪問に費やしている時間が多かったが,いつ,どこへ,誰を訪問しに行くのかということについては,逐一上司のC本部長に報告することは要求されておらず,実際,C本部長も,これを把握しているわけではなかった。原告がその日にやるべき仕事がもうないと判断すれば,所定終業時間である午後5時30分より前に自由に帰宅することもできたし,逆に,業務上の必要があると判断すれば,午後5時30分以降も勤務した。また,業務に支障がなければ,昼間に顧客を訪問した後に,会社に戻らずにそのまま帰宅するのも自由であったし,実際,原告は,訪問先から直接帰宅することもよくあった。原告は,自己の健康に留意して,勤務時間を設定していた。このことは,原告が,平成16年4月4日,友人に宛てたメールに「ご心配ありがとうございます。家からです。私は,仕事では絶対に死にません!(かつて,20台のころ某上司の下でボロボロになって,結局,後で胆嚢をとることになってしまいました。そんな経験があるので健康オタクになっています。)△△さんこそ気をつけてくださいね。今日も家からです。」と書き込んでいることからも窺える。また,C本部長は,原告が勤務時間中に社内で被告の業務以外のことをしていても特段これに気づかず,また,原告が勤務時間中に私用で外出し,2,3時間席を空けても,どこで何をしていたかも聞かず,原告の自由に任せていた。C本部長ないし被告にとって関心のあることは,原告が勤務時間中,社内で被告の業務に従事するかではなく,原告が被告にいかなる利益をもたらす仕事をしているかであった。すなわち,被告が原告に対し支払う給与は,原告が被告が決めた勤務時間中労働したかによるのではなく,原告が被告にどの位の利益をもたらし,どの程度の役割を果たしたかによって決定していた。(甲7,乙22ないし60,61の1ないし54,同62ないし75,82の1及び2,同83,87,証人E【15ないし17,19頁】,同C【5ないし14,20,21,32ないし34,36頁】,原告本人【43ないし84頁】,弁論の全趣旨)
   カ 業界の慣行,原告の認識等
    (ア) 被告のような外資系インベストメントバンクにおいては,原告のようなプロフェッショナル社員に対して,所定時間外労働に対する対価も含んだものとして極めて高額の給与が支払われ,別途超過勤務手当名目での支給はないのが一般的である。すなわち,少数精鋭の専門家の集まりである外資系インベストメントバンクのプロフェッショナル社員においては,その役割や仕事の成果が重視され,労働時間ではなく,役割や成果に応じた年俸制が採用されており,その年俸額は,一般の労働者の年収に比べると格段に高い。そして,この高額の年俸には,所定時間外労働に対する対価も含まれており,別途超過勤務手当名目での支給はない。外資系インベストメントバンクのプロフェッショナル社員は,その高度の専門的能力やノウハウを最も効果的に発揮できるよう,その勤務時間・態様について自由裁量を付与される一方,仮に自己の判断に基づいて所定時間外労働をした場合でも,その対価は年俸に含まれ,別途超過勤務手当名目での支給はないのが一般的である。(乙82の1及び2,同83,証人E【1,8,17ないし19,23,35,36頁】,弁論の全趣旨)
(イ) したがって,外資系インベストメントバンクのプロフェッショナル社員の入社交渉の過程においては,超過勤務手当の取扱いは話題にならず,オファーレターにも特に同手当についての言及はないのが通常である。また,外資系インベストメントバンクにおいては,入社後に超過勤務手当の支払を要求するようなプロフェッショナル社員も一般には存在しない。(乙14の1及び2,同82の1及び2,証人E【1,4ないし6,23,24頁】,弁論の全趣旨)
    (ウ) 原告自身も,平成7年1月から,被告と同じような外資系インベストメントバンクであるメリルリンチ証券に勤務していたが,超過勤務手当の名目での支給は受けていなかった。メリルリンチ証券においても,原告のようなプロフェッショナル社員は,勤務時間・態様について自由裁量権を有し,所定時間外労働に対する対価をも含んだものとして極めて高額の年俸が支払われており,別途超過勤務手当名目での支給を受けていなかった。(証人E【8頁】,原告本人【16ないし23,102,103頁】,弁論の全趣旨)
  (3) 当裁判所の判断
    以上の認定事実によれば,①原告はこれまで東京銀行,メリルリンチ証券,被告に勤務していたところ,東京銀行時代は超過勤務手当の支給を受けており,所定時間外労働をすれば超過勤務手当が発生することを知っていたこと,②しかるに,原告は,外資系インベストメントバンクであるメリルリンチ証券,被告に勤務しているときには,超過勤務手当名目で給与の支給を受けていないことを認識しながらこれに対し何ら異議を述べていないこと,③被告が原告に対し入社の際交付したオファーレターによれば,所定時間を超えて労働した場合に報酬が支払われるとの記載はされていないこと,④原告の被告での給与は高額であり,原告が本件で超過勤務手当を請求している平成14年度から同16年度までの間,基本給だけでも月額183万3333円(2200万円÷12=183万3333円)以上が支払われていること,④被告は原告の勤務時間を管理しておらず,原告の仕事の性質上,原告は自分の判断で営業活動や行動計画を決め,被告はこれに対し何らの制約も加えていないこと,⑤被告のような外資系インベストメントバンクにおいては,原告のようなプロフェッショナル社員に対して,所定時間外労働に対する対価も含んだものとして極めて高額の報酬が支払われ,別途超過勤務手当名目でのの支払がないのが一般的であることが認められる。
    以上の事実に,被告の原告に対する基本給は毎月支払われ,裁量業績賞与は,支払の有無,支払額が不確定であることに照らすと,原告が所定時間外に労働した対価は,被告から原告に対する基本給の中に含まれていると解するのが相当である。そして,原告は,被告から,毎月,基本給の支給を受け,これを異議なく受領したことにより,当該月の所定時間外労働に対する手当の支給を受け,これに対する弁済がされたものと評価するのが相当である。
  (4) 原告の反論(労基法違反)について
   ア 原告は,仮に原告と被告との間に,基本給に所定時間外労働に対する対価(超過勤務手当)が含まれる旨の合意があったとしても,原告が受給した基本給は超過勤務手当とその余の賃金との区別がされておらず,超過勤務手当を基本給に含めて扱うとの労働契約は,最判昭和63.7.14労判523号6頁(小里機材事件)の判旨に照らし無効であると主張する。
   イ 小里機材事件の概要は次のとおりである。
    (ア) Yは,工業用皮革,ゴム絶縁材料石綿のパッキング加工販売を目的とする会