hanrei @Wiki H17. 9.15 名古屋地方裁判所 平成17年(行ウ)第4号 所得税更正処分取消請求事件



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 外国の不動産に投資するため,当該不動産を所有する外国法人の株式を取得した原告が,当該外国法人から送金された不動産賃貸収入を不動産所得とし,また株式を売却した差損が分離課税に係る長期譲渡所得上の損失に当たるとして確定申告したが,被告が上記送金は配当所得に当たり,差損は分離課税に係る株式の譲渡所得上のものであるとして更正処分したため,原告が,それらの取消を求めたが,上記各処分に違法はないとして棄却された事案。


平成17年9月15日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成17年(行ウ)第4号 所得税更正処分取消請求事件
口頭弁論終結日 平成17年7月27日
判決
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の請求
1 被告が平成15年9月10日付けで原告に対してした,原告の平成12年分所得税の更正処分のうち還付すべき税額24万4323円を超える部分を取り消す。
2 被告が平成15年9月10日付けで原告に対してした,原告の平成13年分所得税の更正処分のうち還付すべき税額490万7498円を超える部分を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,外国の不動産に投資するために,当該不動産を所有する外国法人の株式を取得するとの契約を締結した原告が,当該外国法人から送金された不動産の賃貸収入が不動産所得に当たるとして減価償却費等を必要経費として計上し(平成12,13年分),同株式を売却した際の差損が分離課税に係る長期譲渡所得上の損失に当たるとして他の所得と損益通算した上で(平成13年分),所得税の確定申告をしたところ,被告が,上記送金額は不動産所得ではなく配当所得に当たり,上記差損は不動産長期譲渡所得上の損失ではなく,損失額が無視される分離課税に係る株式の譲渡所得上のものであるとして,更正処分をしたため,これらの取消しを求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実,証拠によって明らかな事実等)
(1) 原告による不動産投資
バヌアツ共和国の法人SILVER ENTERPRISES LTD.(以下「シルバー社」という。)は,同国ポートビラ市タシリキ地区内のタシリキハウスLOT♯52に所在する建物(登記番号11/OE43/025。以下「本件不動産」という。)を所有していた(甲5の1,乙2の1・2)。
原告は,平成2年7月4日,PARADISE PROPERTIES LTD.(以下「パラダイス社」という。)に対し,代金等として4465万円を支払って,同社からシルバー社の全株式(以下「本件株式」という。)を取得するとの契約を締結した(甲5の2)。
シルバー社は,本件不動産に係る賃貸料の受取り及び経費の支払などの不動産の管理のすべてを不動産管理会社である株式会社セントラルインベストメント(以下「セントラル社」という。)に委託していたところ,平成8年1月末日に同社が業務廃止したことに伴い,同年2月1日以降は,PACIFICRESORT MANAGEMENT LTD.(以下「パシフィック社」という。)に同不動産の管理業務を委託した(甲11ないし13)。
原告は,本件株式をINVESTORS’TRUST LTD.(以下「インヴェスター社」という。)に信託し,同社の子会社であるFIDELITY HOLD ING LTD.とVANGUARD SERVICES LTD.(以下,両者を併せて「本件各子会社」という。)が本件株式の名義人となっていたところ,本件各子会社は,平成13年ころ,原告の指示に基づき,代金1120万バツー(933万3333円)で,本件株式を売却するとの契約を締結した(乙2の1・2,4,5の1・2)。
(2) 原告による確定申告と被告による課税処分
原告は,別表1の「確定申告」欄記載のとおり,平成12年分及び平成13年分所得税について確定申告をしたところ,被告は,同表の「更正処分」欄記載のとおり,原告に対する課税処分をした(以下「本件各処分」という。)。
(3) 原告による不服申立てと本訴提起
原告は,本件各処分を不服として,平成15年11月7日,国税不服審判所長に対して審査請求をしたが,国税不服審判所長は,平成16年11月1日,審査請求を棄却する旨の裁決をし,そのころ,原告に対してこれを通知した。
そこで,原告は,平成17年1月27日,本件各処分のうち確定申告に係る還付すべき税額を超える部分の取消しを求めて,本訴を提起した。
2 本件の争点
(1) 本件不動産の賃貸,売却により得られた金員の所得区分上の性質
本件不動産を管理していたパシフィック社から送金された金員は,配当所得(被告の主張)か不動産所得(原告の主張)か。本件株式を売却したことによる損失は,株式等の譲渡所得上のものとして他の所得と損益通算できない(被告の主張)か,不動産の長期譲渡所得上のものとして他の所得と損益通算できる(原告の主張)か。
具体的には,
ア 実質課税の原則に基づき,原告が本件不動産を取得,賃貸したと評価できるか。
イ シルバー社の法人格否認により,原告が本件不動産を取得,賃貸していたと認められるか。
ウ 原告がシルバー社に本件不動産を信託したと認められるか。
エ 取得時効により,原告が当初から本件不動産を取得,賃貸したと認められるか。
(2) 信義則違反の成否
本件各処分は,信義則に違反するものとして違法か。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件不動産の賃貸,売却により得られた金員の所得区分上の性質)について
(被告の主張)
ア 課税要件についての事実認定について
(ア) 契約解釈の在り方
所得に対する課税は,私法上の行為によって現実に発生している経済効果に即して行われるものであるから,第一義的には私法の適用を受ける経済取引の存在を前提として行われる。それゆえ,課税要件の認定においても,対象となる経済取引が私法上いかなる経済取引であるとされるか,いわば私法上の法律行為としての意味づけが前提となる。
もっとも,その経済取引の意義内容については,当事者の単なる表面的・形式的な意味のみによって判断するのは相当ではなく,私法上の真実の法律関係に立ち入って判断すべきであって,このような事実認定の結果として,納税者側の主張と異なる課税要件該当事実を認定し,課税が行われることはあり得るが,これは私法上の真実の法律関係に則した課税という観点からは当然のことである。
これを契約という法律行為についていえば,当事者間の契約等において,当事者が一定の仮装行為をした法形式を選択して,表示行為とその内心的効果意思が異なる場合には,当事者の選択した法形式に関係なく,当事者間の真の合意意思に従い契約等を解釈し,その真に意図している私法上の事実関係を前提として法律構成し,課税要件への当てはめを行うことになる。このように,当事者が締結したとする契約の形式を否定して,真実の私法上の法律関係に則した課税をすることはあり得るが,それはあくまでも私法上の事実認定及び契約解釈の結果である。
(イ) 経済的実質主義による否認
一方,所得概念の経済実質的な把握あるいは行為の経済的効果に対する税法的評価を行ういわゆる経済的実質主義による否認は,所得税法157条や法人税法132条などの明文の規定がない限りは,租税法律主義に反して許されない。換言すれば,課税要件の認定に当たって前提とすべき私法上の経済取引関係を離れて,租税法独自の事実認定をすることは許されないことに帰着する。
この点について,原告は,「実体に即し」とか,「実質主義の原則によれば」などと主張するが,これらが経済的実質主義を指すのであれば,それはかえって租税法律主義に反する処分を行うべきと主張するに等しく,主張自体失当というべきである。
イ 本件不動産の所有者について
(ア) シルバー社の法人としての実体
以下のとおり,シルバー社は,バヌアツ共和国の会社法に基づいて法人格を付与され,権利・義務の帰属主体となっているから,我が国の税法上の外国法人に該当する。
a シルバー社は,バヌアツ共和国の会社法に基づいて設立された法人である。
b シルバー社は,平成2年12月13日,不動産管理会社であるセントラル社との間で,本件不動産に関する運営管理業務を委託する内容の不動産管理契約を締結している。
c セントラル社は,平成8年1月末日をもってその業務を廃止したところ,シルバー社は,パシフィック社との間で上記と同様の契約を締結し,本件不動産の運営管理業務を委託している。
d シルバー社は,PACIFIC INSURANCE BROKERSとの間で,本件不動産の建物本体及び賃貸損失について,保険契約を締結している。
e バヌアツ共和国においては,不動産所有のための会社は,毎月の家賃に対してLENT TAX(賃貸税)を納付すべきところ,シルバー社も同税を納付している。
(イ) 本件不動産の所有者
以下のとおり,本件不動産はシルバー社の所有に属し,これの賃貸収入も同社に帰属している。
a 登記簿上,本件不動産の所有者はシルバー社とされている。
b シルバー社は,前記のとおり,本件不動産の運営管理業務を委託し,また保険契約を締結している。
c 原告は,平成2年7月4日,パラダイス社との間で,本件株式の売買契約を締結したところ,同契約書1には,シルバー社が本件不動産を所有している旨記載されている。
d 原告は,本件株式をバヌアツ共和国のインヴェスター社に信託していたところ,同社の作成した平成2年12月23日付け信託証書には,シルバー社が,その保有資産の唯一の登記所有者であること,本件各子会社は,インヴェスター社の名義人として,登録上,本件株式の名義を有する旨記載されている。
e 本件不動産の管理契約書には,本件不動産の所有者がシルバー社であること,セントラル社は,シルバー社に対し,毎月,本件不動産の賃貸料及び支払代行項目を含めた諸費用の入出金状況を書面で報告すること,セントラル社は,本件不動産の賃貸料から支払代行項目を含めた諸費用を差し引いた残額を,毎翌月15日までにシルバー社の指定した口座に送金することなどが記載されている。
なお,パシフィック社も,セントラル社と同様,本件不動産の賃貸料残額をシルバー社の指定した口座に送金している。
(ウ) シルバー社の株主
以下のとおり,原告は,シルバー社の全発行済み株式を有する株主であった。
a 原告が,パラダイス社との間で締結した本件株式の売買契約書には,本契約が本件株式の売買に関して締結されたものであること,原告は,本件株式の100パーセントを保有する株主であること,本件株式の購入価格は,4200万円であること,売買代金決済時に,売主は,原告又はその指名する者を本件株式の所有者とし,会社の取締役等を原告又はその指名する者に変更することなどが記載されている。
b インヴェスター社が作成した前記信託証書には,原告がシルバー社の所有権及び受益権の100パーセントが与えられた受益所有者である旨記載されている。
c 原告は,平成13年3月17日,パシフィック社に対し,本件株式の売却を指示している。
d 本件各子会社は,平成13年8月21日,原告の上記指示に基づき,NICHOLAS GARDINER及びCALAIS HOLDINGS LTD.との間で,本件株式を売却する旨の契約を締結した。
ウ 不動産の信託に当たらないことについて
原告は,本件不動産を信託した旨主張するが,上記イのとおり,原告がインヴェスターズ社に信託したのは本件不動産ではなく,本件株式であるから,原告の主張は前提を欠くものとして失当である。
また,シルバー社はバヌアツ共和国の会社法に基づき設立された法人であり,他の法人との間で不動産管理契約,保険契約を締結し,賃貸収入を課税の対象とするレント税も納付している一方,原告はパラダイス社との間で本件株式売買契約を締結し,シルバー社の100パーセント株主となり,シルバー社が賃貸料収入で得た利益を株主たる地位に基づいて配当を受けているのであるから,私法上の法形式と実質ないし法律上の帰属と経済上の帰属とに何ら相違はないと認められ,原告が本件不動産を信託した旨の主張は認められない。
エ 取得時効が認められないことについて
(ア) 民法上,所有権を時効取得するには,①所有の意思をもって,②平穏かつ公然に,③一定期間占有することが必要とされているところ,この占有とは,自己のためにする意思を持って所持することを要するものであり,その判断基準については,占有者の内心の意思によって決せられるものではなく,占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものである(最高裁判所昭和45年6月18日第一小法廷判決・集民99号375頁)。
(イ) しかるところ,シルバー社が法人として存在する限り,本件不動産を直接占有しているのは賃借人,間接占有しているのはシルバー社であって,原告は,本件不動産を占有していない。確かに,原告は,シルバー社の100パーセント株主ではあるが,それは,原告が資本的にシルバー社を支配しているというにすぎず,本件不動産についての占有者には当たらないから,原告に時効取得が成立する余地はない。
(原告の主張)
被告の主張は争う。
現実に発生した経済的成果に担税力を認めて課税するという実質課税の原則によれば,シルバー社から送金された本件不動産の賃貸収入は不動産収入,本件株式の売却金については不動産長期譲渡所得として扱われるべきものであるから,本件各処分は違法である。
ア 課税要件についての事実認定について
一般論として,所得に対する課税は,私法上の行為から生じた利益に対して後付けでなされるものであるから,租税法律関係とこれに先行する私法法律関係とは分離して検討されるべきであり,その先決的な私法法律関係の解釈については,形式ではなく実質に従って,すなわち真の私法上の法律関係は何であるのか,まずその事実認定が問題となることは否定しない。しかし,本件においては,後記のとおり,私法上の法律関係としても,経済的帰属の問題としても,原告が本件不動産の所有者として扱われるべきである。
また,実質主義の適用について,租税法律主義とのバランスを考慮すべきことは理解できるが,租税法律主義は,納税者間の平等,課税の公平,明確性の要請等から導かれるものであるところ,本件では,形式的な租税法律主義を強調することによって,かえって公平を害する結果となる。すなわち,課税庁は,現実の法形式に対する課税とは異なる形で課税をしようとする場面においては,現実に当事者が意図した法形式を租税回避行為等として否定し,実質主義に基づいて課税をするのに対し,本件のような逆の場面では,実体を無視し,形式的な法律関係に基づいて課税しようとする。このように,課税の便宜のために,ときに法形式を重視し,ときに実体を重視する姿勢は恣意的であり許されない。このような扱いは,法的安定性を害し,国民の信頼を失わせるものである。
イ 本件不動産の所有者等について
(ア) 当事者の意思
本件で締結された契約の当事者が真実意図したところは,原告が本件不動産を所有し,その賃料を取得することにあり,かかる意思で一貫して行動してきたことは疑いない。
すなわち,本件は,バヌアツ共和国での特殊な制度下での取引であることを看過すべきではない。同国では,税制上,また投資摩擦解消の問題等から,不動産の真の所有者を隠ぺいする必要があり,いわば不動産を法人に仮装することを推奨するシステムの下での取引という特殊な事情があった。そして,原告としては,不動産取得の手段についてはセントラル社の指示に従っただけで,その法形式について説明を受けて選択する余地もなかったから,いくつかの法形式の中から本件株式の取得という法形式を選択したともいい難い。
不動産投資といえば,不動産の売買とその所有という法形式をとることが一般的であって,あえて対象不動産を保有させる目的のみで会社株式を保有し,さらに株式を信託するという法形式をとることは,著しく複雑,迂遠なものであって,社会通念上,その目的達成のためにとられる法形式として合理性を欠くものである。そもそも私法上の取引は,当事者が自由に定め得るものであり,その取引がいかなる実質を持つものであるかも当事者の意思によって定まるものであるから,法形式を作り出した者が自らこれを否定して実質的な見地から税務申告を行うことは許容されるべきである。
(イ) シルバー社の実体
法人の実体があるか否かを判断するに際しては,事業組織としての実働があったか否かなどの具体的な事情が検討されるべきところ,シルバー社では,組織としての取締役会や総会などが開催されたことがなく,その開催を求められたこともない。また,同社には,営業の拠点となる事務所,店舗等の固定施設もなければ,現地で活動する人員もなく,人的・物的にも事業組織としての実働は全くない。すなわち,シルバー社は,いわゆるペーパーカンパニーであって,形骸化している。
(ウ) 本件不動産の賃貸収入の帰属者
仮にシルバー社が本件不動産を所有しているとしても,所得税法12条は,実質帰属者課税の原則を定めているところ,これについては,法律的帰属か経済的帰属かの問題がある。しかし,本件のように,納税者自ら実質関係を申告し,実質関係を証明する場合には,経済的帰属説を採っても,徴税コストの増大とか,納税者側の法的安定性の侵害といった問題は生じない。
しかるところ,私法上,本件不動産がシルバー社に帰属するとしても,原告が本件不動産の購入資金を借り入れて調達し,その価額の下落及び売却により生じた損失を負担し,その賃料の送金を受けるなどして収益を享受していることなどに照らせば,経済上,その収益が原告に帰属することは明らかである。したがって,上記の実質帰属者課税の原則に照らせば,本件不動産若しくはその賃貸事業から生ずる収益は原告に帰属するというべきである。
ウ 信託の成立について
信託とは,財産権の移転その他の処分をなし,他人をして一定の目的に従って信託財産の管理又は処分をなさしめることである(信託法1条参照)ところ,所得税法13条1項は,「信託財産に帰せられる収入及び支出については,……次の各号……に定める者がその信託財産を有するものとみなして,この法律の規定を適用する。」と定めているところ,同項1号は,「受益者が特定している場合 その受益者」を掲げている。
しかるところ,原告とシルバー社との関係においては,本件不動産は原告の所有に帰するものとして処理され,ただ,バヌアツ法制度や税制度を考慮して,本件不動産名義をシルバー社名義にしたものであり,不動産所有権を形式的にシルバー社に移転した後,その収益を原告が享受することになっていたのであるから,これを法的に評価すれば,原告がシルバー社に本件不動産を信託財産として委託するとの信託契約が成立したと解すべきである。
エ 時効取得の完成について
原告は,平成2年12月13日から,本件不動産を,自己のものとして,所有の意思を持って,平穏公然かつ善意無過失で占有していたのであるから,平成12年12月13日の経過をもって,本件不動産(従たる権利,土地リース権を含む。)を時効により取得したところ,原告は,この取得時効を援用する(法例33条により日本法を適用すべきである。)。
よって,仮に,本件不動産の所有者がシルバー社であるとしても,原告が本件不動産を時効取得したことにより,当初から本件不動産を所有していたことになるから,本件各処分は,その前提を異にしており,違法となる。
(2) 争点(2)(信義則違反の成否)について
(被告の主張)
原告は,税務相談における回答を理由に,本件各処分は信義則に反する違法なものとして取り消されるべきである旨主張する。税務相談における誤指導の有無については,もはや確認することはできないが,以下のとおり,同主張は失当である。
ア 信義則違反の判断基準について
最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決・集民152号93頁によれば,信義則の法理の適用により,課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても,法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては,同法理の適用については慎重でなければならず,納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に,初めて同法理の適用の是非を考えるべきものである。
その判断に当たっては,①税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより,②納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ,③のちに同表示に反する課税処分が行われ,④そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか,⑤また,納税者が税務官庁の同表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮が不可欠である。
イ 本件への当てはめ
(ア) 税務相談は,課税当局が納税者に対して税法の解釈,運用又は申告及び申請の手続に関して相談に応じ,これらの知識を付与するもので,課税権を具体的に行使するものでも課税当局の公式見解を表明するものでもなく,専ら納税者の便宜を図る趣旨のものである。
したがって,税務相談は税務官庁の公的見解といえないので,誤指導があったとしても,信義則が適用されないというべきである。
(イ) 上記④の不利益とは,法律の規定に従った課税処分に基づく正当な税額を負担しなければならないというものではなく,それを超える格別の不利益があることをいうと解される。
本件においては,原告が税務相談の結果に基づいて確定申告したことについて,国税通則法65条4項に規定する「正当な理由」に該当し,同法63条6項4号に規定する延滞税の免除事由に該当するとして,過少申告加算税及び延滞税の対象から外している。したがって,本件各処分は,原告が本来納付すべき税額(本税)を納付するように求めたものにすぎないから,原告が本来負うべきでない経済的不利益を与えるものではない。
(原告の主張)
原告は,以下のとおり,名古屋国税局の税務相談室での指導に基づいて確定申告をしてきたものであり,仮に本件不動産の賃貸収入,売却金が不動産所得,不動産譲渡所得に当たらないとしても,信義則(禁反言の法理)によって,本件各処分は違法というべきである。
ア 税務相談室の指導について
原告は,売買残代金の最終支払日である平成2年12月13日,後でトラブルになるのを避けるべく,名古屋国税局税務相談室を訪れ,本件不動産の取引に関する資料を示しながら,実質は不動産を所有しているが,形式上は会社の売買の形となっているので,税務上の扱いとしては不動産としてよいかを尋ねたところ,対応した職員から,「実質主義だから,会社,信託にかかわらず,個人が国内不動産を所有するのと同じである。そのように処理して申告してもらえばよい。」旨の説明を受けた。
そこで,原告は,上記相談結果を信頼し,平成2年分から平成13年分の確定申告まで,10年以上の長きにわたり,国内不動産を所有するのと同様に,本件不動産の賃料収入を不動産所得として申告してきたが,この間,税務当局からは,何らの指摘もなされなかった。
イ 税務当局の公式見解について
被告は,上記の誤指導がなされたこと自体は認め,本件各処分においても過少申告加算税を賦課せず,延滞税も免除しているものの,税務相談室での指導は,最高裁判所判決にいう「公式見解」に一律に当たらないとしている。しかしながら,一般市民が,税務相談室での指導を信頼できる税務官庁の見解であると考えるのは当然であり,同相談室のインターネット上のホームページでも,「相談官が責任をもって対応します。」と明記している。税務相談室の職員の回答が信頼に値せず,責任を持つ必要がないのであれば,その存在意義はない。
仮に,税務相談室での指導がそこまで信頼度の低いものであるならば,それが直接国民の納税申告,ひいては経済活動,財産へ影響を与えるものである以上,同相談室での指導は誤りである可能性があるので納税者自身で法律の調査をして申告すべきことを説明する義務があるというべきであり,そうでなければ,納税者の機会の平等・公平を奪うことになるが,原告は,このような説明を受けたことはなかった。
ウ 原告の不利益について
被告は,原告に対し,本来負うべきでない経済的不利益を与えていない旨主張するが,不動産を所有していることと,株式を所有していることでは,その運用方法が大きく変わることは当然である。原告は,不動産を所有するものとして扱えばよいとの指導を受け,また長年にわたって何らの指摘もなかったことから,不動産を売却して損失が出た場合にも他の所得と損益通算できると考えて,不動産の価額が下落しても処分することなく長期間所有していた。これが株式として扱われるのであれば,値下がりが続いて回復の見込みがない状態にあっては,長期間保有することに大きな意味はなく,より早期に売却していたと考えられるから,相談室の誤指導によって,より損失の少ない時期での売却の機会を奪われたものであり,本来負うべきでない経済的不利益を被ったというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 課税要件充足の判断の在り方について
(1) 国民が一定の経済的目的を達成しようとする場合,私法上は複数の手段,形式が考えられる場合があるが,私的自治の原則ないし契約自由の原則が存在する以上,当該国民は,どのような法的手段,法的形式を用いるかについて,選択の自由を有するというべきである。このように,国民が,その判断によって特定の法的手段,法的形式を選択した以上,課税要件が充足されるか否かの判断も,当該手段,形式に即して行われるべきことは当然である。
もっとも,当事者が自由に選択した結果であっても,特段の合理的理由がないのに,ある法的・経済的目的を達成するための法的形式としては著しく迂遠,複雑なものであって,社会通念上,到底その合理性を是認できないと客観的に判断される場合には,その有効性が問題となり得るが,その場合であっても,当該法律行為が無効とされるのは,租税法にその旨の規定がある場合か,当該法律行為に対応する内心的効果意思を欠くものとして,民法93条ただし書ないし同法94条1項の適用が肯定される場合に限られるというべきである。
そして,その成否については,当該法律行為を行った当事者の意図,それに至る経緯,これによって享受することとなった効果などを総合して,判断されなければならない。
(2) この点について,原告は,実質課税の原則を根拠に,租税法律主義の形式的適用は公平を害する旨主張する。
実質課税の原則は,一般に,租税賦課の根拠となるべき法令すなわち租税法規を解釈するに当たり,必ずしもその文言にとらわれず,その経済的意義を重視すべきことを内容とするといわれているが,このような解釈手法が,憲法84条の定める租税法律主義と整合しないことはいうまでもない。
また,所得税法12条(法人税法11条,地方税法24条の2等も同旨)は,収益の帰属者とされる者が単なる名義人にすぎない場合には,これを享受する者に帰属するものとして同法を適用する旨定め,いわゆる実質帰属者課税の原則を規定しているが,法の予測可能性の見地からは,その意義は,課税物件の法律上の帰属につき,その形式と実質とがかい離している場合に,実質に即して帰属を判定すべきことを定めたものであって,経済的な帰属に準拠すべきことを定めたものではないと解するのが相当である。
そうすると,上記原則が,課税要件充足の判断に当たり,当事者の選択した法的手段,法的形式がその基準とされるべきであるとの前記判断を覆すものとはいえない。
2 争点(1)(本件不動産の賃貸,売却により得られた金員の所得区分上の性質)について
(1) 前記前提事実(1)記載のとおり,原告は,パラダイス社との間で,本件不動産の所有者であるシルバー社の全株式を取得し,代金等4465万円を支払う旨の契約を締結しているから,同売買契約の対象とされた財産権は本件株式であるといわざるを得ない。
そうすると,原告は,シルバー社の支配株主としての権能を取得し,その代表者の地位を取得したことにより,間接的に本件不動産を支配下に置いたことは否定できないが,これをもって法的な意味でのその所有権を取得したということはできない。したがって,本件不動産が第三者に賃貸された場合,その貸主はシルバー社であって,原告ではないといわざるを得ない。
(2) この点について,原告は,①本件株式の取得という法形式は,バヌアツ共和国における特殊な制度下での取引であったためで,当事者の意思としては,原告が本件不動産の所有権を取得することにあったこと,②シルバー社が実体を有しないこと,③信託したと評価できること,④時効取得したことなどを理由に,本件不動産若しくはその賃貸事業から生ずる収益は原告に帰属する旨主張する。
ア しかしながら,バヌアツ共和国においては,投資摩擦解消のため,あるいは登録税,印紙税節約の観点から,本件のような間接投資方式(不動産保有会社の株式売買)が推奨されているとしても(甲5の3),不動産を直接所有する方式が否定されているわけではないのであるから,原告には,不動産を直接所有する方法と不動産保有会社の株式を買い受ける方法とを選択することができたというほかなく,しかも,上記のような理由・必要性があったればこそ,直接所有の法形式を選択せず,株式売買という間接的な法形式を選択したと解されるから,当事者には,本件株式という財産権の移転の法的効果を発生させることに向けての内心的効果意思が存在したというべきであって,本件不動産の所有権を取得することを内容とする内心的効果意思を認めることはできない。そうすると,原告は本件株式売買という表示行為に対応する内心的効果意思を有していなかったとは認められず,まして本件株式の売買契約の相手方(バヌアツ共和国の法人)が,内心的効果意思の欠如について認識し,あるいは通謀していたと認める余地はないから,同契約が無効であると判断する余地はない。
なお,証拠(甲1ないし3,11,12,14の1ないし3,15ないし17)によれば,原告が本件株式を取得したのは,本件不動産を取得してその賃貸事業ないし売却による利益を取得することが目的であったことが認められ,その意味では,不動産を対象とする投資であったことは否定できないが,これらは経済的動機・目的にすぎない上,かかる利益を取得する法形式として,不動産を所有する法人を支配下に置くことは,我が国においても決して稀ではなく,まして,上記のとおり,バヌアツ共和国においては,かかる方式が推奨されていたというのであるから,原告による本件株式の売買が,社会通念上,著しく迂遠ないし複雑であって,その合理性を到底肯認できない異常な法形式であるとはいえない。
イ また,法人が固有の事務所やスタッフを有しないとしても,それだけでは実体のないものとして扱うことは相当ではない(シルバー社は,もともと,本件不動産の所有のみを目的とした法人であり,必ずしもこれらの物的・人的設備を必要とするわけではない。)ところ,証拠(甲10,13)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) シルバー社(代表取締役は原告。以下同じ。)は,平成2年12月13日,不動産管理会社であるセントラル社との間で,本件不動産に関する運営管理業務を委託する内容の不動産管理契約を締結した。
同契約によれば,セントラル社は,借地料,保険料,固定資産税及びレント税(賃貸税)の支払を代行し,シルバー社に,本件不動産の賃貸料及び支払代行項目を含めた諸費用の入出金状況を毎月書面で報告することとし,本件不動産賃貸料から支払代行項目を含めた諸費用を差し引いた残額を毎月シルバー社が指定する原告に送金することとされている。
(イ) セントラル社は,平成8年1月末日をもってその業務を廃止したところ,シルバー社は,その業務を引き継いだパシフィック社との間で上記と同様の契約を締結し,本件不動産の運営管理業務を委託した。
(ウ) シルバー社は,保険会社であるPACIFIC INSURANCE BROKERSとの間で,本件不動産の建物本体及び賃貸損失について,保険契約を締結した。
(エ) バヌアツ共和国においては,不動産所有のための会社は,固定資産税のほか,毎月の家賃に対してレント税(賃貸税)を納付すべきところ,シルバー社も同税の納付主体となっている。
上記認定事実によれば,シルバー社は,バヌアツ共和国においては,本件不動産の所有を目的とする会社として承認され,これに必要な法律行為をなす存在として扱われていることが明らかであり,収益の帰属主体として納税義務等も負担しているのであるから,それが実体を欠くものであるとか,形骸化していると認めることはできない。
ウ 前記のとおり,本件不動産の所有主体はシルバー社であって,原告はその支配株主(兼代表者)であると認められることに照らすと,原告とシルバー社との法律関係を本件不動産を信託財産とした信託契約に基づくものであると認めることもできない。
エ さらに,原告は時効取得の成立を主張するが,前記のとおり,原告は,本件不動産を所有するシルバー社の支配株主(兼代表者)であって,直接であれ間接であれ,個人として本件不動産を占有していた事実や,所有の意思を有していた事実を認めることはできないから,取得時効が成立したとはいえない上に,仮にこれを肯定するとしても,時効成立による所有権取得の効果の遡及は,その間に生じた所得を前提とした課税処分の効力を覆滅することはないと解すべきであるから,この点についての原告の主張も採用できない。
3 争点(2)(信義則違反の成否)について
(1) 原告は,本件各処分は信義則に反する違法なものである旨主張するところ,証拠(甲18,20の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成2年12月13日午後,名古屋国税局税務相談室を訪れ,本件の取引に関する資料を示しながら,税務上の取扱いを尋ねたところ,対応した職員から,実質主義だから,会社,信託の形式にかかわらず,個人が国内不動産を所有するのと同じである旨の説明を受けたこと,原告は,平成2年分から平成13年分の確定申告まで,国内不動産を所有するのと同様に,本件不動産の賃料収入を不動産所得として申告してきたが,この間,税務当局からは,何らの指摘もなかったこと,以上の事実が認められる。
(2) ところで,信義則の法理の適用により,課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても,法による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては,同法理の適用については慎重でなければならず,納税者間の平等,公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に,初めて同法理の適用の是非を考えるべきものであり,その判断に当たっては,少なくとも,税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより,納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ,のちに同表示に反する課税処分が行われ,そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか,また,納税者が税務官庁の同表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮が不可欠というべきである(最高裁判所昭和62年10月30日第三小法廷判決・集民152号93頁参照)。
しかるところ,納税申告は,本来納税者がその判断と責任において行うべきものであり,税務相談は,国民に対し,その有する知識と経験に基づいて,行政上のサービスとして行われるものにすぎないから,これをもって直ちに税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したと評価できるか疑問がある(もっとも,このことは,当該職員の誤指導が過失に基づく場合に,国家賠償法上の責任が生ずることを否定するものではない。)。
また,証拠(甲5の1,6,7)によれば,原告は,平成2年7月4日に本件株式の売買契約を締結しており,税務相談室を訪れたのはこれよりはるかに後の同年12月13日である(甲6,7,10によれば,この日は残金の支払日及びセントラル社との間の不動産管理契約締結日となっている。)と認められ,税務指導を受けたことによって取引を決意したものとはいえないから,誤った税務指導に従って本件株式を取得したために原告がその値下がりによる経済的不利益を被ったともいえないというべきである(被告は,本件各処分によっても,過少申告加算税を賦課しておらず,延滞税を免除していることが明らかである。)。
そうすると,本件においては,信義則の適用によって,課税処分を取り消すべき場合には当たらないと解するのが相当である。
(3) この点について,原告は,不動産所得として損益通算できると考えて長期間所有していたのであって,株式として扱われるのであれば,より早期に売却していたと考えられる旨主張するが,不動産として損益通算することができる場合であっても,値下がりが続けばそれ以上に損失が増大することは明らかであるから,結局,自己の判断によって売却時期を決定したといわざるを得ず,上記判断を覆すものとはいえない。
4 本件各処分の適法性について
前記判断を前提とすると,本件不動産の管理委託会社から送金された金員は,不動産所得ではなく,所得税法24条の配当所得というべきであり,本件株式の売却金は,株式等に係る譲渡所得として扱うべきところ,原告の平成12年,13年分所得税について計算すると,下記のとおりとなるから,これと同額の本件各処分は適法というべきである。
(1) 平成12年分所得税
本件不動産の賃貸収入157万0130円は原告に帰属すべきものではない(シルバー社に帰属する。)から,これを不動産収入から減算し,逆に必要経費から別表2の1記載の減算項目302万4542円を減算し,配当所得として,シルバー社から送金を受けた66万0768円から本件株式購入のための負債利子として支払った18万5870円を控除した47万4898円を計上し,その他,原告の確定申告に係る金額を前提として,関係法令を適用して,原告の納付すべき税額を算出すると,別表3の平成12年分欄記載のとおりとなる。
(2) 平成13年分所得税
本件不動産の賃貸収入86万9848円は原告に帰属すべきものではないから,これを不動産収入から減算し,逆に必要経費から別表2の2記載の減算項目164万6685円を減算し,配当所得として,シルバー社から送金を受けた56万2027円を計上し,本件株式の売却差損については,租税特別措置法37条の10第1項2文により,所得税の算出に当たっては生じなかったものとして扱い,その他,原告の確定申告に係る金額を前提として,関係法令を適用して,原告の納付すべき税額を算出すると,別表3の平成13年分欄記載のとおりとなる。
5 結論
以上の次第で,原告の本訴各請求はいずれも理由がないので棄却し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。


    名古屋地方裁判所民事第9部


          裁判長裁判官   加藤幸雄



             裁判官   舟橋恭子



             裁判官   片山博仁


別表及び別紙省略