H17. 9.29 名古屋高等裁判所 平成16年(ネ)第1125号 損害賠償請求各控訴事件

国賠法1条1項は,公務員個人の責任を排除したものにすぎず,それにより公務員個人の行為の違法性が消滅するものではないから,いわゆる組織法上の公務員ではないが,国賠法上の公務員に該当する者の使用者の不法行為責任まで排除するものとまではいえないとした事例


主          文
1 1審原告の本件控訴に基づき,原判決中の1審被告Bに対する請求に関する部分を取り消す。
2 1審被告Bは,1審原告に対し,3375万1724円及びこれに対する平成10年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 1審原告の1審被告Bに対するその余の請求を棄却する。
4 1審原告の1審被告Aに対する本件控訴及び1審被告Aの本件控訴をいずれも棄却する。
5 1審原告の当審における請求(拡張部分)をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを3分し,その1を1審被告らの負担とし,その余を1審原告の負担とする。
7 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
8 1審被告Aが,3000万円の担保を供するときは,原判決主文第1項の仮執行を免れることができる。
事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
1 1審原告
(1) 控訴の趣旨
 ア 訴えの変更申立て前
(ア) 原判決を次のとおり変更する。
(イ) 1審被告Aは,1審原告に対し,5663万6921円及びこれに対する平成10年1月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(ウ) 1審被告Bは,1審原告に対し,5663万6921円及びこれに対する平成10年1月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(エ) 訴訟費用は,第1,2審とも1審被告らの負担とする。
(オ) 仮執行宣言
イ 訴えの変更申立て後
(ア) 原判決を次のとおり変更する。
(イ) 1審被告Aは,1審原告に対し,9727万1644円及びこれに対する平成10年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(ウ) 1審被告Bは,1審原告に対し,9727万1644円及びこれに対する平成10年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(エ) 上記(エ),(オ)と同じ
(2) 1審被告Aの控訴の趣旨に対する答弁
ア 1審被告Aの控訴を棄却する。
イ 控訴費用は,1審被告Aの負担とする。
2 1審被告A
(1) 控訴の趣旨
ア 原判決中,1審被告Aの敗訴部分を取り消す。
イ 前項の取消しに係る1審原告の請求を棄却する。
ウ 訴訟費用は,第1,2審とも1審原告の負担とする。
(2) 1審原告の控訴の趣旨に対する答弁
ア(ア) 1審原告の平成17年5月31日付け「控訴の趣旨変更申立書」による訴えの変更は,これを許さない。
(イ) 1審原告の控訴を棄却する。
(ウ) 控訴費用は,1審原告の負担とする。
(エ) 仮執行免脱宣言
イ 仮に,上記ア(ア)の申立てが認められないときは,
(ア) 上記ア(イ)と同じ
(イ) 1審原告の当審における請求(拡張部分)を棄却する。
(ウ) 上記ア(ウ),(エ)と同じ
3 1審被告B
(1) 1審原告の控訴を棄却する。
(2) 1審原告の当審における請求(拡張部分)を棄却する。
(3) 控訴費用は,1審原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件の事案の概要は,次のとおりである。
(1) 1審被告Aの児童福祉法(以下「法」という。)27条1項3号による入所措置(以下「3号措置」という。)とその委託(以下「本件委託」という。)に基づき,1審被告Bが運営する児童養護施設(養護施設)Cに入所していた1審原告が,上記施設内において,他の入所児童らから集団暴行を受けて負傷し,後遺障害を負った(本件事件)ことに関し,①上記学園の施設長亡D及び同職員E(亡Dら)には,入所している児童を保護監督する義務があるところ,これを怠った過失があるとして,亡Dらの使用者である1審被告Bに対し,民法715条1項に基づき,そうでないとしても,1審被告Aが負担する損害賠償債務について債務引受をしたとして,これに基づき,②上記入所措置とその委託は,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項の「公権力の行使」に該当し,亡Dらは同項の「公務員」であるとして,1審被告Aに対し,同項に基づき,それぞれ損害賠償金5663万6921円〔労働者災害補償保険法施行規則別表第1障害等級表(以下「障害等級表」という。)の7級(労働能力喪失率56%)に相当する後遺障害を前提とする逸失利益3771万6921円,慰謝料1382万円(入通院282万円,後遺障害1100万円)及び弁護士費用510万円の合計額〕及び遅延損害金(不法行為後の日である平成10年9月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合)の支払を求めた。
(2) これに対し,1審被告Bは,亡Dらに安全配慮義務違反(過失)はなく,仮に,同義務違反があるとしても,3号措置と本件委託との関係では,亡Dらは国賠法上の公務員に該当し,個人として不法行為責任を負わないから,その使用者である1審被告Bには使用者責任がない。また,1審被告Bは,1審被告Aが負担する損害賠償債務について債務引受をしたことはないと争った。
(3) また,1審被告Aは,亡Dらの過失を争い,本件委託の本質は,私法の適用又は準用を受けるべき公法上の契約(都道府県を要約者,施設の長を諾約者,児童を受益者とする第三者のためにする契約)であることなどから国賠法1条1項の「公権力の行使」に当たらず,亡Dらは同項の「公務員」にも該当しないなどとして,国賠法上の責任はないと争った。
(4) 原審は,Cの職員Eには,1審原告への加害児童らに対する監督義務違反があり,1審被告Aから委託されて行うCの養育監護行為は,公共的性質の高度な行為というべきであって,国賠法1条1項の「公権力の行使」に該当し,Eは,同項の「公務員」に該当するから,1審被告Aは,同項に基づき1審原告に対し,損害賠償責任を負担するが,同項の「公務員」個人は責任を負わないから,1審被告Bは使用者責任を負わず,また,債務引受も認められないとし,1審原告の1審被告Aに対する請求について,損害賠償金3375万1724円及び遅延損害金(同上)の支払を求める限度で認容し,1審被告Bに対する請求を棄却したため,1審原告及び1審被告Aがこれを不服として控訴した。
なお,1審原告は,当審において,その後遺障害を障害等級表3級(労働能力喪失率100%)であると主張し,上記第1の1(1)イ(イ),(ウ)のとおり訴えを変更(控訴の趣旨を拡張)した。これに対し,1審被告Aは,著しく訴訟手続を遅延させるものであるとして,上記変更を許さない旨の決定を求めた。
2 争いのない事実等は,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1のとおりであるから,これを引用する。ただし,3頁17行目の「設立」を「設置」に改める。
3 本件の争点は,
(1) Cの施設長及び職員(亡Dら)の過失の有無
(2) 1審被告Aの責任
ア 1審被告Aから委託されたCの1審原告に対する養育監護行為は,国賠法1条1項の「公権力の行使」であるか
イ 亡Dらは,同項の「公務員」であるか
(3) 1審被告Bの責任
ア 1審被告Bは,民法715条1項に基づく使用者責任を負うか
イ 1審被告Bの債務引受の有無
(4) 1審原告の損害額
であり,これらに対する当事者の主張は,次項で当審における新たな主張を踏まえて原判決の訂正をし,5項で当審における補充主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」2のとおりであるから,これを引用する。
4 原判決の訂正
(1) 原判決15頁6行目の「3771万6921円」を「6735万1644円」と改める。
(2) 原判決15頁15行目から19行目を次のように改める。
「 その後,1審原告は,Fリハビリテーションセンター(以下「リハビリセンター」という。)において,長谷川式簡易知能評価スケール等を用いた検査を受けたところ,同リハビリテーション科医師G(以下「G医師」という。)は,平成17年4月11日,頭部MRIにより左前頭葉から頭頂葉を中心とする脳挫傷後変化及び著明な脳萎縮を,脳波により左前頭,側頭部に「slow burst」の混入をそれぞれ認め,軽度知的障害レベルで全般的に発達が遅滞しており,記憶力及び注意力障害も伴うが知能との乖離は認めず,障害等級表3級3号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服することができないもの」に該当すると診断した。これらは複数の検査を総合して診断されたものであるから,後遺障害の認定はこれを前提にすべきである。」
(3) 原判決15頁20行目から21行目の「575万円」を「575万0800円(1審原告の主張には,575万円とする部分もあるが,その計算金額に照らすと,当初の575万0800円との主張を変更する趣旨ではないと解される。)」と,23行目の「56パーセント」を「100%」と,24行目の「3771万6921円」を「6735万1644円」と,25行目の「入院慰謝料」を「入通院慰謝料」と,それぞれ改める。
(4) 原判決16頁3行目の「1100万円」を「2200万円」と,7行目の「5663万6921円」を「9727万1644円」と,それぞれ改める。
(5) 原判決16頁7行目の次に,行を変えて以下のように加える。
「 なお,上記は控訴の趣旨を変更(拡張)したものである。そして,後遺障害等級の差(7級から3級に変更した。)は,損害認定上の評価の問題にすぎず,1審原告は,当審において,高次脳機能障害に関する専門施設であるリハビリセンターでの診察結果を受けて,主張及び証拠を補充したにすぎないから,訴訟手続を著しく遅滞させるものではない。したがって,上記変更(拡張)は当然許されるべきである。」
(6) 原判決16頁11行目の次に,行を変えて以下のように加える。
「 1審原告の請求の趣旨の変更は,請求原因としての後遺障害の程度につき,7級から3級に主張を変更したことに基づくものであるから,訴えの変更である。したがって,1審原告の神経系統の機能等に関する鑑定等の新たな証拠調べを行い,1審被告らに対しても,十分な防御の機会が保障される必要があるから,上記申立ては,民事訴訟法143条1項ただし書により,訴訟手続を著しく遅滞させるもので許されない。
また,訴えの変更が許されるとしても,1審原告は,原審で後遺障害7級と主張していたのであるし,その症状に照らしても,後遺障害3級であるとは評価できない。」
5 当審における1審被告Aの補充主張
(1) Cの施設長及び職員(亡Dら)の過失の有無について
原判決は,養護施設の長及び職員らは,施設の設置目的とその広汎な権限の内容に鑑み,(入所)児童らの動静に気を配り,事態の発生を未然に防止し,又は早期に発見して,結果の拡大を防止するよう監督すべき注意義務があるなどと抽象的な判断をするのみで,本件において,亡Dらが,入所児童のいかなる行動等から,いかなる事件が起き,いかなる結果を招来すると予見し得るのか,そのためにいかなる行為をなすべき作為義務を負うのかを具体的に示していない。また,Eは,加害児童らを「随時」見回り,その動静の観察を行うべきだったというが,その回数,間隔及び時間はどの程度であれば注意義務が果たされたといえるのかなどについても,何らの判断もしていないが,そもそも,Eは,加害児童らに対して必要な注意を怠っていないし,本件事件当時加害児童らがEに反発していたなど何らかの危険な行動を予測し得るような特段の事情も認められなかったから,Eには養育監護上の注意義務違反はなく,過失責任はない。
(2) Cの養育監護行為が「公権力の行使」に当たるかについて
ア 本来,養護施設の入所児童に対する養育監護行為は,国及び地方公共団体が行うべき事務であると具体的に定めた法令は存在しない。むしろ,法が規定している14種類の児童福祉施設のうち,都道府県では,児童自立支援施設(かつての教護院)の設置を義務付けられているにすぎず(同法施行令36条1項),国及び地方公共団体以外の者も,児童養護施設を設置することが認められており(同法35条4項),同法は,上記育成責任を果たすにあたり,国や地方公共団体が民間施設を活用する仕組みを予定しているものである。また,国及び地方公共団体が,保護者の監護が不適切であるなどの児童の養育監護を委託した社会福祉法人に法律に基づく責任を転嫁してはならない旨の規定(社会福祉法61条1項1号)から,上記委託後も国及び地方公共団体が入所児童に適切な養育監護行為を行うべき責任を負うとの結論は当然には導かれない。さらに,養護施設の長が,3号措置による委託を拒否できないのは,養護施設に児童の選別を認めると,要保護性のある児童に等しく保護を与えるとの法の趣旨に反するからであり,社会福祉法人が上記委託に基づき行う入所児童の養育監護行為は,同法人の設立の目的そのものから導かれるもので,極めて当然の行為を行うものであるから〔法2条(国及び地方公共団体が,児童の保護者とともに,児童を心身ともに健やかに育成する責任を負うと定める。)〕,委託の拒否ができないことを根拠に1審被告Bの養育監護行為が「公権力の行使」に当たると判断することもできない。
イ また,法47条が養護施設の長に認める入所児童に対する権限は,親であれば誰でも行使できる日常養護のために必要な行為にすぎず,特別な権限を与えるものではない。したがって,これを特別視するのは疑問であり,養育監護行為の目的に公共性があるからといって,養護施設の長の上記行為が公共的性質の高度な行為であるとするのは単なるこじつけであり,これを理由に1審被告Bの養育監護行為が「公権力の行使」に当たるとする理由にはならない。
そもそも,法は,同法2条に定める上記育成責任を果たす具体的方法として,児童相談所長等が児童養護施設の長に対し,児童の養護を委託する行為(養護委託)と,同施設の長が日々児童に対して行う監護,教育,懲戒権行使等の行為(日常養護)という性格及び行為主体の異なる2つの行為からなる仕組みを定めているのであり,後者は,上記のとおり,通常の親権の行使の範囲と全く同一のものであり,法が上記施設の長に特別の権限を付与しているものではない。むしろ,私生活上の私人のごく普通の行為にすぎず,地方公共団体から対価を得て行う純粋な私経済作用というべきである。
ウ 3号措置と,児童を個々の施設に委託する行為とは,観念上,別個の行為であり,後者は当事者間の合意に基づく委託契約類似の公法上の契約である。そして,このような契約に基づき,民間の公益法人である社会福祉法人が行う児童養護の事業は,その主体が私人であり,法46条1項に定める「最低基準」を遵守している限り,自らの養育監護の方針に従って独自に行われるものである。したがって,これが国や地方公共団体の事業といえるためには,例えば精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神衛生法」という。)に基づく措置入院のための精神衛生鑑定医の精神鑑定ないし診療行為などのような「特段の事情」が必要であるが,本件において,このような特段の事情は認められない。したがって,1審被告Bの養育監護行為が「公権力の行使」に当たるとはいえない。
第3 当裁判所の判断 
1 当裁判所は,1審原告の本件請求は,主文掲記の限度でいずれも理由がある(なお,1審原告の当審における訴えの変更は認められる。)ものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
2 Cの施設長及び職員(亡Dら)の過失の有無〔争点(1)〕について
(1) 次のように原判決を訂正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」1のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決16頁16行目の「40」を「40ないし45」と改める。
イ 原判決20頁9行目から12行目までを次のように改める。
「キ 1審原告は,平成15年11月8日の時点で,右上下肢不全マヒ及び体幹失調が認められるとともに,頭部MRIにより,外傷性脳梗塞による梗塞巣,白質不全軟化巣が左前頭葉から側頭葉に,左大脳から脳幹の萎縮が高度にそれぞれ認められ,画像診断上の所見は,平成13年2月7日以降変化がない。その結果,H病院脳神経外科のI医師(以下「I医師」という。)は,症状固定状態であり,将来にわたって抗痙攣剤の服用が必要と思われ,高所,危険作業,夜勤就労をすることはできず,自動車運転免許の取得も困難であるとの診断をしている。その後,1審原告は,リハビリセンターで検査を受けたところ,同リハビリテーション科のG医師は,平成17年4月11日,頭部MRIにより左前頭葉から頭頂葉を中心とする脳挫傷後変化及び著明な脳萎縮が,脳波により左前頭,側頭部に「slow burst」の混入がそれぞれ認められ,1審原告について,知的低下,記憶力低下等の高次脳機能障害が認められ,軽度知的障害レベルであり,全般的に発達が遅滞しており,記憶力,注意力障害も伴うが知能との乖離は認めず,障害等級表3級3号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服することができないもの」に該当すると診断した。」
ウ 原判決21頁8行目の「窺われる場合には,」の次に「気配の収束を見届けるまで随時見回りをするなどして」を加える。
(2) 1審被告Aは,亡Dらが,入所児童のいかなる行動等から,いかなる事件が起き,いかなる結果を招来すると予見し得るのか,そして,そのためにいかなる行為をなすべき作為義務を負うのか原判決は具体的に示していないと主張する。しかしながら,原判決は,前記(原判決)のとおり,本件の加害児童の1人であるJが,Eからサッカーについて注意を受け,おやつの時間に間に合わなかったことから,下駄箱を蹴飛ばしたり,1審原告を蹴るなどの行為に及び,Eが再度注意をしても半ばこれを無視するような態度を示していたことに加え,同人が,日ごろから感情表現が不得手であり,その代償として年下の児童への暴力的な振る舞いをする傾向があったことなどを総合すると,同人に蹴られたことをEに訴えた1審原告に対し,後で1審原告への報復的な暴力行為をすることを予見し得たから,そのような気配の収束を見届けるまで随時見回りをするなどして加害児童らの行動に留意し,これを監督する注意義務があったとしているもので,加害児童の行為やEのとるべき行為について,いずれも具体的に指摘しているのであり,1審被告Aの上記主張は採用できない。
また,1審被告Aは,Eの行為について,「随時」見回りを行うべきだったとしたことについても注意義務の具体的な内容等について,何らの判断をしないと主張するが,前記(原判決)のとおり,注意義務の内容としてEが当時なすべき行為は,相当程度に具体的に特定されており,これをもって十分であるというべきである。1審被告Aが主張する上記事情は,むしろ,注意義務違反の有無において検討されるべき事情といえるところ,前記(原判決)のとおり,Eは,事務室に戻り,夕食時まで加害児童らの動静の観察を全く行っていなかったのであるから,注意義務違反があることは明らかである。したがって,1審被告Aの上記主張も採用できない。
さらに,1審被告Aは,加害児童がEに反発していたなどの危険行動を予測できる特段の事情もなかったから,Eには注意義務はなかったと主張するが,これが理由のないことも上記でみたとおりである。したがって,1審被告Aの上記主張も採用できない。
3 1審被告Aの責任(1審被告Aから委託されたCの養育監護行為は,国賠法1条1項の「公権力の行使」であるか,また,亡Dらは,同項の「公務員」であるか。)〔争点(2)ア,イ〕について
(1) 原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」2(1)のとおりであるから,これを引用する。
(2) 1審被告Aの当審における補充主張について判断する。
ア 1審被告Aは,養護施設の入所児童に対する養育監護行為が,国及び地方公共団体が行うべき事務であると具体的に定めた法令は存在せず,上記行為は,社会福祉法人の設立目的そのものから導かれる同法人が当然行うべき行為であり,しかも,法47条が養護施設の長に認める入所児童に対する権限は,親であれば誰でも行使できる日常養護のために必要な行為にすぎず,特別な権限を与えられているものではないから,公共的性質の高度な行為であるとして国賠法1条1項の「公権力の行使」に当たるとすることはできないと主張する。
イ 確かに,養護施設の入所児童に対する養育監護行為が,国及び地方公共団体の行うべき事務であると直接定めた法令等は存在しない。しかしながら,すべて児童は,ひとしくその生活を保障され,愛護されなければならず(法1条2項),国及び地方公共団体は,児童の保護者とともに,児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う(同法2条)とされ,以上に規定するところは,児童の福祉を保障するための原理であり,この原理は,すべて児童に関する法令の施行にあたって,常に尊重されなければならない(同法3条)ものである。そして,このような児童の福祉を保障する責務を果たすものとして,法は,各都道府県に児童相談所の設置を義務付け(同法12条),児童相談所は児童に関する様々な問題について,家庭その他からの相談に応じ,それぞれの状況に応じて,児童や保護者らが適切な処遇を受けることにより児童の福祉を図りその権利を保護するための措置等を行っているものである(丙7,原審証人K)。そして,保護者のない児童や保護者に監護させることが不適当な児童について,児童相談所の長は,都道府県知事にこれを報告し,これをもとに3号措置がとられるものである(法26条1項1号,27条1項3号)。そして,この3号措置は,1審被告Aもこれを認めているとおり,当該児童を法所定の施設へ入所させるまでの行為を内容とする行政処分であり,国又は地方公共団体(都道府県知事又は市町村長)は,この措置を実施するため社会福祉法人など社会福祉事業を営む者に対し,児童の養育監護を委託することができ(社会福祉法61条2項),これら社会福祉法人等は,上記委託を受けたときは,正当な理由がない限り,これを拒んではならないとされ,受託義務が課せられ(法46条の2),養護施設の長は,入所中の児童で親権を行う者又は未成年後見人のないものに対し,親権を行う者又は未成年後見人があるに至るまでの間,親権を行い(法47条1項),親権を行う者又は未成年後見人のあるものについても,監護,教育及び懲戒に関し,その児童の福祉のため必要な措置をとることができるとされており(同条2項),親権又は監護・教育権,懲戒権という権限が与えられ,入所児童を養育監護するものであることは,いずれも原審判示のとおりである。
以上によれば,社会福祉法人における入所児童の日々の養育監護行為は,その個々の行為自体は,事柄の性質上,特別の権限によらずとも一般の親権者であれば誰でも行使し得る範囲と同一の私生活上の行為にほかならないものであるものの,その目的ないし内容においては,先に述べたところから明らかなように,保護者のない児童や保護者に監護させることが不適当であるなどの児童の福祉という高度に公共的な性格を有する行為であり,また,上記養育監護行為は,上記措置の実施等のために行うもので,国及び地方公共団体が負担する児童の育成責任を果たすことと密接不可分のものであり(国又は地方公共団体が設置した児童福祉施設に入所させる場合は,上記委託をするまでもないが,民間施設に入所させる場合は,上記委託をせざるを得ない。),いわば上記措置及び委託という枠組みの中の行為であると位置付けることができるというべきである。
これに対し,1審被告Aは,社会福祉法人の行う日常の養育監護行為は,これを受託した同法人が対価を得てする私経済的作用であると主張するが,これが財貨を取得し,その利用を図る経済的な活動と同視し得ないことは上記で見たところから明らかである。また,1審被告Aは,3号措置(行政処分)と児童を養護施設に委託する行為とは別個の行為であり,後者は,都道府県を要約者,養護施設の長を諾約者,児童を受益者とするいわゆる第三者のためにする公法上の契約であると主張する。
しかし,前記のとおり,養護施設の長は,委託を受けたときには原則として受託義務があることなどからすると,これを通常の契約であると解することができるか疑問があり,仮に,1審被告Aのいうように第三者のためにする公法上の契約であるとの面があるとしても,3号措置と委託とが全く別の性格を有するものと解するのは相当でなく,これをもって,前記認定を左右するものとはいえない。
4 1審被告Bの責任〔争点(3)〕について
(1) 1審被告Bは,民法715条1項に基づく使用者責任を負うか〔争点(3)ア〕について
Eが,1審被告Bが運営するCの職員であることは,前記(原判決)のとおりである。そして,1審被告Bは,昭和34年11月27日に社会福祉法人として設立され(甲1),前記(原判決)のとおり,昭和33年12月に法41条に基づく児童養護施設であるCを設置して,社会福祉事業を独立して行ってきたものである。そして,本件において,1審被告Bは,1審被告Aから1審原告の養育監護を委託され,Cにおいて,これを行ってきたもので,本件事故は,上記養育監護中に発生したものである。そうすると,Eは,Cの入所児童の養育監護という1審被告Bの事業の執行について,児童らの監督上の注意義務違反に基づき,1審原告に損害を与えたものといえるから,1審被告Bは,民法715条1項に基づき,1審原告が被った損害を賠償する責任があるというべきである(なお,上記養育監護行為が,前記のとおり,公権力の行使であることは,1審被告Bの事業の執行であることを失わせるものではない。)。
これに対し,1審被告Bは,1審被告Aから委託を受けた1審被告Bの被用者であるC職員が行う養育監護は,国賠法1条1項の公権力の行使に当たり,その職員は公務員に該当するところ,当該公務員個人は,不法行為責任を負うものではなく,Eは不法行為責任を負わないから,1審被告Bも同様に不法行為責任を負わないと主張する。確かに,公権力の行使に当たる公務員が,違法に他人に損害を与えたときは,国又は公共団体が賠償責任を負い,公務員個人は責任を負わないというべきである(最高裁昭和30年4月19日第三小法廷判決民集9巻5号534頁)。しかしながら,国賠法1条1項は,公権力の行使に当たる公務員が,違法に他人に損害を与えたときは,「国又は公共団体が」賠償責任を負うとして,上記公務員との関係で,公務員個人の責任を排除したものにすぎず,それにより公務員個人の行為の違法性が消滅するものではないから,いわゆる組織法上の公務員ではないが,国賠法上の公務員に該当する者の使用者の不法行為責任まで排除するものとまではいえないというべきである。
したがって,1審被告Bの上記主張は採用できない。
(2) 以上によれば,その余の争点を判断するまでもなく,1審被告Bは,損害賠償債務を負担するものと認められ,1審被告Aの前記損害賠償責任とは不真正連帯の関係にあるというべきである。
5 1審原告の損害額〔争点(4)〕について
次のように原判決を訂正するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」4のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決26頁24行目の次に,行を変えて以下のように加える。
「 1審被告Aは,1審原告の控訴の趣旨の変更(拡張)につき,訴訟手続を著しく遅滞させるものであるとして,上記変更を許さないとの決定を求めるので,1審原告の損害額の判断に先立ち,まず,この点について判断する。
1審原告の当審における主張は,後遺障害の原因となっている脳の器質的損傷につき,原審での主張(外傷性脳梗塞による梗塞巣,左前頭葉から側頭葉に白質不全軟化巣,左大脳から脳幹の萎縮)と特に異なるものではなく,少なくとも,原審で症状固定と主張していた平成13年2月7日以降,上記器質的損傷の状況がさらに進行したと主張するものではないと認められる。したがって,1審原告の控訴の趣旨の変更(拡張)は,請求原因について,同一の事実関係に基づく評価を変更したにすぎないものといえる。そして,当審で提出されたG医師作成の医学的意見書(甲41)も,上記のとおり,原審当時と変わりない脳の器質的損傷を前提にした検査所見に基づき障害等級表への当てはめに関する意見を記載しているにとどまるから,これに対して新たな証拠調べを要するほどのものとはいえず,訴訟手続を著しく遅滞させるものとは認められない。したがって,1審原告の控訴の趣旨の変更(拡張)は許されるというべきであり,1審被告Aの上記申立ては理由がない。
そこで,以下,1審原告の損害額について判断する。」
(2) 原判決27頁1行目の「現在,」を「平成15年11月8日の時点で,」と改める。
(3) 原判決27頁3行目の「状況にある。」を次のように改める。
「状況にあり,それは平成13年2月7日以降変化がないこと,当時の主治医であるI医師は,症状固定と診断していること,平成17年4月11日のG医師による検査所見も,上記I医師の診断とほとんど変わるものではなく,脳の器質的変化が進行しているとまでは認められないことなどからすると,1審原告の本件事件に基づく負傷の症状は,遅くとも,平成15年11月8日には固定したというべきである。そして,」
(4) 原判決27頁5行目の「相当であり」の次に「(平成17年4月11日の時点では,軽度知的障害レベルにある。)」を加える。
(5) 原判決27頁9行目から10行目にかけての「これは後遺障害別等級表第9級に該当し,」を「後遺障害の程度については,障害等級表に準じて判断するのが相当であるところ,1審原告の後遺障害は,同表第9級の7の2の『神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの』に該当し,」と改める。
(6) 原判決27頁13行目から15行目を次のように改める。
「 これに対し,1審原告は,その後遺障害の程度について,上記G医師が,障害等級表3級3号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服することができないもの」に該当すると診断したとして,100%労働能力を失ったと主張する。前記認定のとおり,確かにG医師は上記の診断をしているものの,1審原告の後遺障害は軽度知的障害レベルであると診断するにとどまる上,高所,危険作業,夜勤就労をすることはできず,自動車運転免許の取得が困難であるとしたI医師の診断時から特に脳機能障害が悪化したとも認められないから,生涯全く労働をすることができないとはいえず,上記等級表に関するG医師の上記診断は,後遺障害の程度に関する上記判断(原判決)を左右するものではなく,他に,その判断(原判決)したところの程度を超える労働能力喪失率を認めるに足りる証拠はない。」
(7) 原判決28頁6行目の「被告Aは,原告に対し,」を「1審被告らは,1審原告に対し,連帯して」と改める。
第4 結論
 以上によれば,1審原告の1審被告らに対する本件請求は,連帯して3375万1724円及び遅延損害金(不法行為後の日である平成10年9月26日から支払済みまで年5分の割合)の支払を求める限度で理由があるから,これと結論を異にする原判決は相当でなく,1審原告の本件控訴のうち,1審被告Bに対する部分は上記の限度で理由があるから,同被告に対する請求部分を取り消し,上記の限度で同被告に対する請求を認容し,1審原告の1審被告Aに対する本件控訴及び1審被告Aの本件控訴は,いずれも理由がないからこれを棄却し,1審被告らに対する本件請求のうち,当審で拡張した部分は理由がないから,いずれもこれを棄却する。
よって,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第1部
裁判長裁判官     田   中   由   子
裁判官     佐   藤   真   弘
裁判官     山   崎   秀   尚

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最終更新:2005年11月04日 10:32
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