H17. 7. 5 大阪高等裁判所 平成16年(ネ)第2179号 独占禁止法違反行為に対する差止請求控訴事件

共同の取引拒絶につき不公正な取引方法に当たらないとして独禁法24条の差止請求を認めなかった事例


          主 文
 1 本件控訴をいずれも棄却する。
 2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人関西国際空港新聞販売株式会社は,関西国際空港島の売店に対する新聞(朝日新聞,毎日新聞,読売新聞,産経新聞及び日本経済新聞)の販売及び関西国際空港島における航空会社に対する旅客機搭載用の新聞(朝日新聞,毎日新聞,読売新聞,産経新聞及び日本経済新聞)の販売をいずれも中止せよ。
 3(1) 被控訴人株式会社新販は,関西国際空港島における朝日新聞の販売のための控訴人からの新聞卸売取引の申込みを拒絶してはならない。
  (2) 被控訴人株式会社大読社は,関西国際空港島における読売新聞の販売のための控訴人からの新聞卸売取引の申込みを拒絶してはならない。
  (3) 被控訴人関西地区新聞即売株式会社は,関西国際空港島における産経新聞の販売のための控訴人からの新聞卸売取引の申込みを拒絶してはならない。
  (4) 被控訴人株式会社近販は,関西国際空港島における毎日新聞の販売のための控訴人からの新聞卸売取引の申込みを拒絶してはならない。
  (5) 被控訴人日経大阪即売株式会社は,関西国際空港島における日本経済新聞の販売のための控訴人からの新聞卸売取引の申込みを拒絶してはならない。
 4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
 1 本件は,新聞の販売等を目的として設立された株式会社である控訴人が,①被控訴人関西国際空港新聞販売株式会社(以下「被控訴人関空販社」という。)は,その余の被控訴人ら(なお,被控訴人日経大阪即売株式会社(以下「被控訴人日経大阪即売」という。)においては,A社)による共同取引拒絶(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)19 条,不公正な取引方法(昭和57年6月18日公正取引委員会告示第15号)(以下「一般指定」という。)1項)に加功したものであると主張して,被控訴人関空販社に対し,独禁法24条の差止請求権に基づいて,関西国際空港島(以下「空港島」という。)の売店に対する新聞(朝日新聞,毎日新聞,読売新聞,産経新聞及び日本経済新聞。以下「全国紙」
という。)の販売及び空港島における航空会社に対する旅客機搭載用の全国紙の販売の中止を,②被控訴人関空販社を除く被控訴人ら(被控訴人日経大阪即売においては,A社)は,控訴人の平成6年1月28日付け書面による全国紙の卸売取引の申込みに対し,正当な理由がないのに共同して取引を拒絶した(独禁法19条,一般指定1項)と主張して,被控訴人関空販社を除く被控訴人らに対し,独禁法24条の差止請求権に基づいて,空港島における全国紙の販売のための控訴人からの新聞卸売取引の申込拒絶の差止めを,それぞれ求めた事案である。
 2 原審は,①被控訴人関空販社が被控訴人関空販社,同日経大阪即売を除く被控訴人ら及びA社と競争関係になかったから,共同の取引拒絶は成立しないとし,また,②被控訴人日経大阪即売が,控訴人が主張する共同の取引拒絶があったという日以後に設立されたことから,共同の取引拒絶を行っていないことは明らかであるとし,さらに③控訴人には,差止請求が認められるための要件である「著しい損害」の発生が認められないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
 3 控訴人は,原判決を不服として控訴した。
   なお,被控訴人関空販社,同大読社及び同近販は,原審において,控訴人に原告適格がなく,訴えの利益がない旨主張していたが,上記被控訴人らは,平成17年1月20日の当審第1回口頭弁論期日において,この主張をいずれも撤回した。
 4 争いがないか,証拠上明らかな事実
  (1) 当事者等
   ア 控訴人は,新聞の販売等を目的として平成2年6月20日に設立された株式会社であり,発行済株式の総数は1040株,資本の額は5200万円である(甲3)。
   イ 被控訴人関空販社は,平成5年10月8日,空港島内における航空機登載の新聞,雑誌の販売,空港島内における売店での即売の新聞,雑誌の販売等を目的として設立された株式会社であり,発行済株式総数は2000株,資本の額は1億円である(甲1の1・2)。
   ウ 被控訴人株式会社新販(以下「被控訴人新販」という。)は,主として西日本地区において,日刊新聞及びその他の新聞・出版物等の卸売及び小売等を目的として昭和36年9月19日に設立された株式会社であり,発行済株式の総数は8万株,資本の額は4000万円である(甲2の1)。
     被控訴人新販は,株式会社朝日新聞社の系列即売会社である。
   エ 被控訴人株式会社大読社(以下「被控訴人大読社」という。)は,新聞の即売等を目的として昭和48年7月2日に設立された株式会社であり,発行済株式の総数は2万株,資本の額は1000万円である(甲2の2)。
     被控訴人大読社は,株式会社読売新聞大阪本社の系列の大手即売業者である。
   オ 被控訴人関西地区新聞即売株式会社(以下「被控訴人関西即売」という。)は,新聞及び出版物の販売等を目的として昭和36年9月1日に設立された株式会社であり,発行済株式の総数は8000株,資本の額は1000万円である(甲2の3)。
     被控訴人関西即売は,株式会社産業経済新聞社大阪本社発行分の産経新聞について,同社から直接に新聞の卸売を受けている唯一の即売会社である。
   カ 被控訴人株式会社近販(以下「被控訴人近販」という。)は,毎日新聞大阪本社管内(近畿,中国,四国,北陸)において全国諸新聞及び諸刊行物の即売等を目的として昭和36年10月25日に設立された株式会社であり,発行済株式の総数は2万4000株,資本の額は1200万円である(甲2の5)。
     被控訴人近販は,株式会社毎日新聞社系列の大手即売業者である。
   キ(ア) A社は,昭和63年1月21日に設立された,新聞及び刊行物の購読の取次及び販売促進事業等を目的とする株式会社であり,発行済株式の総数は1000株,資本の額は5000万円である(甲2の4)。A社は,被控訴人日経大阪即売設立に伴い,A社が行っていた新聞卸売事業を同被控訴人に移管した(弁論の全趣旨)。
    (イ) 被控訴人日経大阪即売は,新聞,書籍及び出版物の販売等を目的として平成10年9月22日に設立された株式会社であり,発行済株式の総数は600株,資本の額は3000万円である(甲2の6)。
      被控訴人日経大阪即売は,株式会社日本経済新聞社の系列の大手即売業者である。
      被控訴人日経大阪即売は,上記のとおり,A社から,新聞卸売事業の移管を受けるとともに,平成10年10月1日,被控訴人関空販社の株式400株を2000万円(1株当たり5万円)で買い受けた(乙オ1)。
  (2) 京阪神地区における新聞の流通経路等
    新聞の流通経路には,大きく分けて実配と即売がある。
    実配とは,各地に存在する新聞販売店が顧客(一般家庭,会社等の月極購読者)に戸別配達によって販売するルートである。
    即売とは,駅及び空港の売店並びにコンビニエンスストア等を通じて不特定の顧客に販売されるルートである。航空機搭載用の新聞を航空会社及びケータリング会社(新聞販売業者から新聞を仕入れてこれを外国の航空会社に販売する中間業者)に販売する場合は,即売に含まれる。
    京阪神地区において,即売ルートで流通する全国紙のほとんどすべてが,被控訴人関空販社を除く被控訴人らを経由して流通している(ただし,日本経済新聞については,平成6年当時,被控訴人日経大阪即売ではなくA社を経由していた。)。なお,新聞の即売については,被控訴人らが直接売店等に販売する場合と,被控訴人らが別の即売業者に販売し,その即売業者が売店等に販売する場合があり,後者においては,売店等に販売されるまでに複数の即売業者が介在する場合もある。
  (3) 被控訴人関空販社の設立及びその活動等
    被控訴人関空販社は,平成5年10月8日,被控訴人関空販社,同日経大阪即売を除く被控訴人ら及びA社(以下「卸売5社」という。)がそれぞれ400株を引き受けて(発行済株式総数2000株,資本金1億円。),空港島内における航空機搭載の新聞,雑誌の販売,空港島内における売店での即売の新聞,雑誌の販売等を目的(空港島における販売窓口一本化)として設立された株式会社であり(甲1の1・2),設立当初,卸売5社から全国紙を一手に仕入れ,これを空港島内の売店や航空会社等に販売するという機能を有していた。
    もっとも,被控訴人関空販社は,平成8年6月25日,上記目的を,①空港島内における航空機搭載の新聞(全国紙)の仕訳,包装,配送,代金回収業務の受託と雑誌,スポーツ紙,夕刊紙,その他新聞の販売,②空港島内における売店での新聞(全国紙)の配置,配送,代金回収業務の受託と雑誌スポーツ紙,夕刊紙,競馬専門誌,その他新聞の販売等と競馬専門誌,その他新聞の販売等とする定款変更をした(平成8年7月10日登記)(甲4)。その詳細は後記のとおりである。
    なお,被控訴人らは,上記定款変更後,被控訴人関空販社が空港島で全国紙の販売をしていないと主張している。
  (4) 本件各取引拒絶
    控訴人は,卸売5社に対し,それぞれ,平成6年1月28日付けの書面によって,空港島内において新聞の仕入・販売をしたいとして,新聞の卸売取引を申し込んだ(以下,総称して「本件各取引申込み」という。)。
    これに対し,卸売5社は,平成6年2月7日から同年3月10日にかけて,それぞれ,次のような理由を示して,控訴人からの本件各取引申込みに対し応じることをしなかった(以下,「本件各取引拒絶」という。)(甲6~10の各2)。
   ア 被控訴人新販は,「弊社では,同空港内(関西国際空港の意味)での新聞販売につきましては,関西国際空港新聞販売株式会社を通して取り引きすることにしています。」との理由を示した。
   イ 被控訴人大読社は,「その他の新聞(実配を除く意味)取扱いにつきましては,配送経費を含む諸経費や効率面を考慮し,関西国際空港新聞販売㈱と契約いたしております。従って,関西国際空港新聞販売㈱を窓口といたしたく存じます。」との理由を示した。
   ウ 被控訴人関西即売は,「当社は,既に関西国際空港島内での新聞販売につきましては,「関西国際空港新聞販売株式会社」と取引契約を交わす事に決定しております。」との理由を示した。
   エ 被控訴人近販は,「当社といたしましては,関西国際空港島内で弊社が取り扱う新聞,雑誌については,すべて関西国際空港新聞販売株式会社を窓口といたします。」との理由を示した。
   オ A社は,「島内における搭載紙及び売店への即売につきましては,ユーザーへの安定供給と徹底した合理化の見地から設立されました「関西国際空港新聞販売株式会社」と取引することになっております。」との理由を示した。
  (5) 控訴人から公正取引委員会への報告等
   ア 控訴人は,平成6年6月8日,公正取引委員会に対して,被控訴人関空販社及び卸売5社が独禁法違反行為をしていると報告し,その差止めを求めた(以下「本件報告等」という。)(甲5)。
   イ 被控訴人関空販社は,平成8年6月25日開催の株主総会において,同社の定款中,目的を次のとおり変更する旨を決議した(以下「本件定款変更」という。)(甲1の1,2,4)。
    (ア) 「関西国際空港島内における航空機搭載の新聞,雑誌の販売」を,「関西国際空港島内における航空機搭載の新聞(全国紙)の仕訳,包装,配送,代金回収業務の受託と雑誌,スポーツ紙,夕刊紙,その他新聞の販売」と変更する。
    (イ) 「関西国際空港島内における売店での即売の新聞,雑誌の販売」を,「関西国際空港島内における売店での新聞(全国紙)の配置,配送,代金回収業務の受託と雑誌,スポーツ紙,夕刊紙,競馬専門紙,その他新聞の販売」と変更する。
    (ウ) 「関西国際空港島内における事業所,ホテル等への新聞,雑誌の販売業務の受託」を,「関西国際空港島内における事業所,ホテル等への新聞,雑誌の配達業務の受託」と変更する。
   ウ 卸売5社は,平成8年10月30日,公正取引委員会(事務総局近畿中国四国事務所)に対し,本件定款変更の事実及び「卸売5社が,今後空港島内においては各社それぞれに新聞販売事業を行うことを確認した」旨などを記載した報告書を提出した(甲4)。
   エ 公正取引委員会は,平成8年12月25日付けの書面によって,控訴人に対し,本件報告等の件について調査した結果,独禁法上の措置は採らなかったが,独禁法違反につながるおそれのある行為がみられたので,独禁法違反の未然防止を図る観点から関係人に注意した旨を通知した(甲5)。
 5 争点
  (1) 被控訴人関空販社についての共同取引拒絶の成否(争点1)
  (2) 被控訴人関空販社を除く被控訴人らによる本件各取引拒絶についての共同の有無(争点2)
  (3) 本件各取引拒絶の違法性の有無(争点3)
  (4) 著しい損害の有無(争点4)
 6 争点に対する当事者の主張
  (1) 争点1(被控訴人関空販社についての共同取引拒絶の成否)について
   (控訴人の主張)
   ア 卸売5社は,被控訴人関空販社を空港島における全国紙の唯一の一手取扱業者とする方法によって,空港島における全国紙の取引を事実上被控訴人関空販社に独占させた。この独占の利益は,被控訴人関空販社の共同設立者である卸売5社に環流することや被控訴人関空販社の設立の趣旨,役員構成及び運営の実情に照らせば,被控訴人関空販社の取引は,卸売5社の取引と同一視すべきものである。そして,そのために,控訴人は,全国紙を卸売5社から仕入れることができなくなったものである。
     卸売5社は,単純に共同して控訴人に対して卸売を拒絶したのではなく,空港島では被控訴人関空販社を通じてのみ取引をし,被控訴人関空販社は空港島での販売市場独占の利益を収めるという態様で卸売を拒絶したものである。すなわち,被控訴人関空販社の存在と協働によってのみ,被控訴人らの共同取引拒絶の実効性が確保されるといえる。
     したがって,被控訴人関空販社も,卸売5社と共同して取引を拒絶したものである(一般指定1項)といえる。
   イ 被控訴人関空販社は,空港島において,全国紙を独占的に販売している。すなわち,空港島における全国紙の販売市場においては,私的独占が行われている。
     独禁法24条は,独禁法が目的とする公正自由な市場を維持する責任を私人にも分担させることにより,より一層独禁法違反を抑止するために,不公正な取引方法の差止めを認めている。ここにいう「不公正な取引方法」とは,結果としてある市場において私的独占状態を形成又は維持するために,事業者等が行う行為であるところ,空港島においては,既に被控訴人関空販社が全国紙の販売に対する私的独占を完了しているから,控訴人は,その差止め(具体的には被控訴人関空販社による全国紙の販売の差止め)を求めることができると解すべきである。
   (被控訴人関空販社の主張)
   ア 被控訴人関空販社は,控訴人に対して,卸売5社と共同して取引を拒絶したことはない。
   イ 被控訴人関空販社は,卸売5社とは別個独立の事業者であり,同被控訴人を除く被控訴人らが被控訴人関空販社の株主であるからといって,同被控訴人の取引が,卸売5社の取引と同一視されるべきいわれはない。
   ウ 共同取引拒絶(一般指定1項)は,「自己と競争関係にある他の事業者」との共同を要件としているところ,被控訴人関空販社は,全国紙の卸売事業を行っておらず,卸売5社と何ら競争関係にない。
     したがって,被控訴人関空販社について,卸売5社との共同取引拒絶は成立し得ない。
  (2) 争点2(被控訴人関空販社を除く被控訴人らによる本件各取引拒絶についての共同の有無)について
   (控訴人の主張)
   ア 被控訴人関空販社を除く被控訴人らは,共同して本件各取引拒絶を行った。
     なお,控訴人は,平成6年7月19日,卸売5社に対し,卸売5社が揃った共同の場で,取引の申込みを行ったところ,卸売5社はいずれもこれを拒絶した(当審における新主張)。
   イ 被控訴人日経大阪即売は,A社を引き継いで日本経済新聞を一手に販売するために設立された会社であり,実質的な経営には何らの変更もなされていないのであるから,A社がなした控訴人との取引拒絶の方針を引き継いでいるものであり,本件差止請求の相手方たる地位を引き継いだものとして,差止請求を受ける適格がある。単に被控訴人日経大阪即売が本件各取引拒絶後に設立されたことの故をもって,同被控訴人に対する差止請求を棄却した原判決は重大な事実誤認である(当審における新主張)。
   (被控訴人関空販社を除く被控訴人らの主張)
    いずれも否認する。
  (3) 争点3(本件各取引拒絶の違法性の有無)について
   (控訴人の主張)
   ア 公正競争阻害性
    (ア) 控訴人は,被控訴人らが後記に主張するとおり,被控訴人関空販社を除く被控訴人ら(ただし,平成6年当時は,日本経済新聞については,被控訴人日経大阪即売ではなくA社。以下,総称して「被控訴人卸売会社ら」という。)から全国紙を仕入れることができなくても,多寡を問わなければ,他の業者から全国紙を仕入れることができるし,また,B社から全国紙を仕入れて,空港島で全国紙を販売している。
      ただし,B社からの仕入れはいつ止まるか分からない。また,朝日新聞,読売新聞,産経新聞及び毎日新聞の泉州版については,被控訴人卸売会社ら以外の即売業者から仕入れることができていない。
    (イ) 被控訴人卸売会社ら以外の即売業者から新聞を仕入れると,被控訴人卸売会社らから直接仕入れるよりも原価が5パーセント割高となるため,本件各取引拒絶によって,控訴人の利益が少なくなる。
   イ 本件各取引拒絶の継続
     被控訴人関空販社は,現在も,従前どおりの新聞販売行為を継続している。
   (被控訴人らの主張)
   ア 公正競争阻害性
     控訴人は,被控訴人卸売会社らから全国紙を仕入れることができなくても,被控訴人卸売会社らから新聞を仕入れる他の即売業者から新聞を容易に仕入れることができる。現に,控訴人は,B社から全国紙を仕入れて空港島において,航空会社,売店あるいはラウンジ等で全国紙を販売しているのであるから,仮に,共同の取引拒絶があったとしても,公正競争阻害性はない。
   イ 本件各取引拒絶の効果の消滅
    (ア) 被控訴人関空販社は,本件定款変更以降,空港島における新聞販売業務を行っていない。被控訴人卸売会社らが,自ら,空港島における販売活動,営業活動を行っている。
      被控訴人関空販社の第7期(平成11年4月1日から平成12年3月31日まで)の「決算報告書」(甲13号証)中の損益計算書には,純売上高として,「新聞売上高(1)」「新聞売上高(2)」といった科目が計上されているが,「新聞売上高(1)」とは,全国紙の朝夕刊についてのものであり,「新聞売上高(2)」とは,スポーツ紙,英字紙,夕刊専門誌,競馬紙についてのものである。
      被控訴人関空販社は,平成8年7月以降,全国紙の新聞販売業務をやめ,卸売5社から全国紙の配送及び代金回収等についての業務を受託することとなったが,取引先からは,新聞代金の請求については,卸売5社から個別に行うのではなく,従来どおり被控訴人関空販社名義で一括して行われたい旨の強い要請を受けた。また,同被控訴人としても,新聞代金の請求を卸売5社から個別に行うこととすると,従来の販売先及び仕入先に対する経理処理をコンピューターシステムを含め一括して変更する必要があったが,それを行うとすれば人的あるいはコスト的に過大な負担が見込まれ,その実施余力に乏しかった。
      しかし,被控訴人関空販社の決算上,少なくとも受託業務分とそれ以外の新聞の売上げとを明確に区別しておく必要があると考えられたことから,第5期(平成9年4月1日から平成10年3月31日まで)決算から,損益計算書上,受託業務分については「新聞売上高(1)」「新聞仕入高(1)」として,それ以外の新聞については「新聞売上高(2)」「新聞仕入高(2)」として計上することとした。
      その後,平成13年10月に経理処理を含むコンピューターシステムソフトのリース期間が満了し,平成14年1月から新システムが本格稼働を始め,事務処理の負担が相当軽減されることとなり,同年6月には社長が交代したことなどもあって,平成15年4月に経理処理を変更し,受託業務については受託料収入として計上することとなった。
    (イ) 仮に本件各取引拒絶が共同取引拒絶であるとしても,上記のとおり,被控訴人関空販社は,本件定款変更によって,全国紙の仕訳,包装,配送等の受託業務を行っているにすぎないから,既に共同取引拒絶の効果は消滅している。
  (4) 争点4(著しい損害の有無)について
   (控訴人の主張)
   ア 本件各取引拒絶がなければ,控訴人は,被控訴人卸売会社らから定価の70パーセントの価格で全国紙を仕入れることができるのに,本件各取引拒絶によって,定価の75パーセントの価格で全国紙を仕入れざるを得なくなっている。したがって,本件各取引拒絶によって,5パーセントのマージンを得ることができなくなっている。
     上記損害(得べかりしマージン)の額は,平成7年3月期から平成15年3月期までの間で合計6915万0650円である。
   イ 本件各取引拒絶がなければ,控訴人は,空港島の新聞販売市場において,50パーセントのシェアを占めることができたはずであるが,本件各取引拒絶がされたために,売店等に対する販売については3.8パーセント,航空会社に対する販売については9.09パーセントのシェアを占めるにとどまっている。
     上記損害(控訴人が50パーセントのシェアを占めて得るはずであった利益)の額は,平成6年9月から平成15年3月期までの間で合計2億1841万9500円である。
   ウ 控訴人は,本件各取引拒絶によって,次のとおりの損害を被っている。
    (ア) 全国紙(日本経済新聞を除く。)泉州版(以下「泉州版」という。)の仕入れに関わる損害1796万8000円
      控訴人は,平成6年から現在までの間,泉州版を駅売店等で購入して取引先へ販売している。本件各取引拒絶がなければ,定価の70パーセントの代金で仕入れることができるから,その差額が損害となる。
      また,アルバイト等仕入れのための経費も損害となる。
    (イ) 事務所経費3360万円
      控訴人は,平成6年から平成9年9月までの間,空港島で新聞を販売するため,会社事務所を大阪府泉佐野市内に開設し,従業員を3名余分に雇用していた(3名分の給料及び事務所賃借料)。
   エ 当審における主張
    (ア) 「著しい損害」の判断については,相手方の違法性の程度・態様,相手方の差止めによって被る損害の程度,差止請求者が被っている損害及びその程度を比較考量して判断すべきである。
      すなわち,卸売5社が共同取引拒絶を行っていることに対し,公正取引委員会は,平成8年12月25日付けの書面で,控訴人に対し,調査の結果,独禁法違反の措置は採らなかったが,独禁法違反につながる虞がある行為がみられたので,独禁法違反の未然防止を図る観点から関係人に注意した旨通知してきた。
      しかしながら,被控訴人らは,同年6月25日開催の株主総会において,被控訴人関空販社の定款中会社の目的を「全国紙の販売」から「全国紙の仕訳,包装,配送,代金回収業務」に変更したにもかかわらず,被控訴人関空販社は,その後も全国紙の販売を継続しており,これは,公正取引委員会を欺く行為である。       
    (イ) 次に,控訴人が求める本件差止請求が認められたとしても卸売5社には何らの不都合も生じない。
      さらに,控訴人は,本件各共同取引拒絶によって,常に納入打ち切りの不安をかかえたままであり,販路の拡大はおろか販路の維持さえ危うい状況にある。原判決や被控訴人らは,控訴人がB社から現に全国紙を仕入れているというが,B社は,控訴人に全国紙を売却していることを理由に,卸売5社から仕入れストップの圧力を受けており,いつ卸売5社がB社に全国紙の卸売を中止するか予断を許さない。このことは,控訴人が搭載紙の受注・数量調整及び梱包・荷分けなどの作業を行っているビルの所有権が平成14年9月30日に被控訴人新販に移転され,B社の発行済み株式600株のうち120株(40パーセント)を被控訴人新販が取得した上,同被控訴人の代表取締役が平成14年10月4日にB社の取締役に,同被控訴人の取締
役2名が平成16年4月30日にB社の取締役にそれぞれ就任しており,現在では,B社の取締役4名のうち3名が被控訴人新販の役員で占められていることからも十分予測できる。このように,控訴人は,空港島内における全国紙の販売については,いわゆる「ジリ貧」の状況に追い込まれている。
      原判決は,控訴人が被っている損害について,控訴人が現在,空港島での全国紙の販売により5パーセントのマージンを得ていることを理由に「著しい損害」に当たらないというが,控訴人が被っているのは,卸売5社から仕入れることができれば,得られるはずの10パーセントのマージンがB社からしか仕入れることができないため,5パーセントのマージンしか得ることができないので,実に得べかりし利益の半分を失っているのであり,たとえその額が少なくとも,控訴人にとっては「著しい損害」であり,零細企業である控訴人にとっては死活問題である。
    (ウ) 本件における著しい損害のポイントは,①控訴人の空港島における市場参入時期,②控訴人と被控訴人らとが公正な条件の下で競争できたかである。
      ①については,控訴人は,関空開港前から会社を設立し,関空島での市場参入を狙い,関空対岸臨空島において営業活動を行ってきた。すなわち,控訴人は,将来の業容展開において十分の発展の可能性を期待できる時期に市場に参入したのである。
      ②については,控訴人は,関空開港当時から約3年間,被控訴人らの取引拒絶により,空港島における新聞販売部数を十分に確保することはできず,公平公正な条件の下での競争を行うことができなかった。
      上記①②により,控訴人は,実質的に「著しい損害」を被った。
    (エ) 控訴人が被った損害(逸失利益)は,1億9656万円となる(全国紙一部定価を130円とし,定価の70パーセントで仕入れ,定価の80パーセントで販売したとすると粗利が13円である。そして,販売シェアを50パーセントとするとし(被控訴人関空販社に取り込まれている部数が1か月あたり13万5000部),侵害期間を平成6年9月から平成16年12月までの112か月であるとして計算すると,13円×13万5000部×112か月=1億9656万円となる。)。
   (被控訴人関空販社,同大読社,同関西即売及び同近販の主張)
    否認ないし争う。
    控訴人が被控訴人らの独禁法違反行為によって侵害されたと主張している空港島における新聞販売等の業務は,実質的にはB社が遂行しているものであって,控訴人に「著しい損害」が発生していないことは明白である。
   (被控訴人新販及び同日経大阪即売の主張)
    否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
 1 前記争いがないか,証拠上明らかな事実に証拠(甲23,24)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
  (1) 京阪神地区における新聞の流通経路等
    新聞の流通経路には,大きく分けて実配と即売がある。
    実配とは,各地に存在する新聞販売店が顧客(一般家庭,会社等の月極購読者)に戸別配達によって販売するルートである。
    即売とは,駅及び空港の売店並びにコンビニエンスストア等を通じて不特定の顧客に販売されるルートである。航空機搭載用の新聞を航空会社及びケータリング会社に販売する場合は,即売に含まれる。
    京阪神地区において,即売ルートで流通する全国紙のほとんどすべてが,被控訴人卸売会社らを経由して流通している。この際,被控訴人卸売会社らが直接売店等に販売する場合と,被控訴人卸売会社らが別の即売業者に販売し,その即売業者が売店等に販売する場合があり,売店等に販売されるまでに複数の即売業者が介在する場合もある。
  (2) 控訴人の本件各取引拒絶前の新聞販売状況
    控訴人は,平成4年6月1日から平成6年3月31日までの間,地元区域販売店から全国紙等を仕入れ,新聞販売機で販売していた。全国紙各紙の販売部数は,次のとおりである(甲23)。
    ① 朝日新聞 6040部(1か月平均274部(小数点以下切捨て。以下同じ。))
    ② 産経新聞 6040部(1か月平均274部)
    ③ 毎日新聞 5920部(1か月平均269部)
    ④ 日経新聞  880部(ただし,平成5年10月から平成6年3月までの6か月間)
    ⑤ 読売新聞 5920部(1か月平均269部)
  (3) 被控訴人関空販社の設立当初の活動
    被控訴人関空販社は,空港島における販売窓口一本化のために設立され当初,卸売5社から一手に空港島向けの全国紙を仕入れ,これを空港島内の売店,航空会社等に販売していた。
  (4) 本件各取引拒絶
    卸売5社は,平成6年2月7日から同年3月10日にかけて,それぞれ空港島における新聞の販売については被控訴人関空販社を通して行うことを理由として,控訴人からの本件各取引申込みを拒絶した。
  (5) 本件定款変更
   ア 被控訴人関空販社は,平成8年6月25日開催の株主総会において,目的から新聞の販売を除外し,代わって新聞の仕訳,配送,代金回収業務等の受託を目的に加える本件定款変更を決議した。
   イ 卸売5社は,平成8年10月30日,公正取引委員会(事務総局近畿中国四国事務所)に対し,本件定款変更の事実及び「卸売5社が,今後空港島内においては各社それぞれに新聞販売事業を行うことを確認した」旨などを記載した報告書を提出した。
  (6) 控訴人の本件各取引拒絶後の新聞販売状況
    控訴人は,本件各取引拒絶後から現在に至るまで,B社から,全国紙を定価の75パーセントの価格で仕入れ,空港島において,売店・ラウンジ等に対して1か月平均約800部を,全日空に対して1か月平均約3万部を,いずれも定価の80パーセントで販売している(甲24,弁論の全趣旨)。
 2 独禁法24条に基づく差止請求権について
   控訴人は,被控訴人らに対し,独禁法24条に基づく差止請求権に基づき,本件各差止請求をしている。
   ところで,独禁法24条は,同法19条の規定,すなわち,「事業者は,不公正な取引方法を用いてはならない」という規定に違反する行為によって,その利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者が,これにより著しい損害を生じ,又は生ずるおそれがあるときに,その侵害の停止又は予防を請求することができると規定している。そして,同法2条は,同法において,「不公正な取引方法」とは,同法2条9項各号のいずれかに該当する行為であって,公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち,公正取引委員会が指定するものをいうと定義している。公正取引委員会は,これを受けて,昭和57年6月18日公正取引委員会告示18号において,「正当な理由がないのに,自己と競争関係にある他の事業者と共同して,取引を拒絶するこ
と」を不公正な取引方法と指定している(一般指定1項・共同の取引拒絶)。
 3 争点1(被控訴人関空販社についての共同取引拒絶の成否)について
  (1) 共同取引拒絶の成立要件と控訴人の主張の成否
   ア 一般指定1項は,「自己と競争関係にある他の事業者」と共同してする取引拒絶について規定しているところ,共同の取引拒絶が認められるためには,まず,被控訴人関空販社が,①自己と競争関係にある,②他の業者と共同して,③取引を拒絶することが必要である。
   イ 控訴人は,被控訴人関空販社の新聞販売による利益が卸売5社に環流すること並びに設立の趣旨,役員構成及び運営の実情に照らして,同被控訴人のする取引は,卸売5社のする取引と同一視すべきものである,卸売5社は,被控訴人関空販社を通じてのみ取引をすることにより,同被控訴人は空港島での販売市場独占の利益を収めるという態様で取引を拒絶したものであり,同被控訴人を介在させ協働することによってのみ,卸売5社の共同取引拒絶の実効性が確保される,などとして,被控訴人関空販社についても一般指定1項に基づく共同取引拒絶が成立する旨主張する。
     しかしながら,被控訴人関空販社の新聞販売による利益が卸売5社に環流していることを認めるに足りる証拠は存在せず,また,仮に控訴人主張の事実関係が認められたとしても,卸売5社とは別個の法人格を有する被控訴人関空販社を卸売5社と同一視して,卸売5社の取引拒絶をもって,被控訴人関空販社を共同取引拒絶の主体とみることはできないのであるから,控訴人の上記主張は採用することができない。
  (2) 被控訴人関空販社についての共同取引拒絶の成否
   ア 証拠(甲40)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人関空販社が,平成6年7月11日付け内容証明郵便にて,控訴人に対し,控訴人からの取引の申出には通常の取引として対応する用意があることを連絡したこと,これに対し,控訴人が,卸売5社との直接取引を望んだことから,放置し,被控訴人関空販社に対して取引の申込みを行わなかったことが認められる(なお,この内容証明郵便は,その内容からすると,控訴人が,卸売5社に対し,取引を申し込んだところ,前記のとおり,いずれも,被控訴人関空販社を窓口とするなどとして取引に応じなかったことに対応してなされたものであると考えられる。)。
     上記事実によると,控訴人は,本来,被控訴人関空販社との取引を希望せず,これ故に同被控訴人に対して,取引の申込みをしていないのであるから,被控訴人関空販社が,控訴人からの取引申込みを拒絶したということはあり得ない。
   イ 被控訴人関空販社は,前記のとおり,卸売5社により,空港島向けの全国紙を一手に仕入れてこれを空港島内の売店や航空会社等に販売するなど,空港島における新聞等の販売窓口を一本化する目的で設立されたものであり,本件各取引拒絶当時,卸売5社から一手に空港島向けの全国紙を仕入れ,これを空港島内の売店,航空会社等に販売していた事業者であるから,被控訴人関空販社と卸売5社とは,新聞等の販売面での取引先が競合するなどの競争関係にもなかったし,上記設立目的からすると,将来競争関係が生じるということも考え難いといわざるを得ない。
   ウ 上記の認定説示から明らかなように,被控訴人関空販社は,①控訴人からの取引申込みを拒絶したことはなく,しかも,②卸売5社とは競争関係にはなかったものであることが認められるから,被控訴人関空販社について一般指定1項に基づく共同の取引拒絶を行ったとは到底いえないというべきである。
  (3) また,控訴人は,空港島においては,既に被控訴人関空販社が全国紙の販売に対する私的独占を完了しているから,控訴人は,私的独占状態を維持する行為である全国紙の販売の差止めを求めることができると主張するが,独自の主張であって採用することができない。
  (4) したがって,控訴人の被控訴人関空販社に対する請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
 4 争点2(被控訴人関空販社を除く被控訴人らによる本件各取引拒絶の共同の有無)について
  (1) 被控訴人日経大阪即売について
   ア 前記の事実によると,卸売5社は,平成6年2月7日から同年3月10日にかけて,それぞれ,空港島における新聞の販売については被控訴人関空販社を通して行うことを理由として,控訴人からの本件各取引申込みを拒絶したことを認めることができる。なお,控訴人は,平成6年7月19日,卸売5社に対し,取引の申込みを行ったところ,これを拒絶されたと主張し,甲41(C作成の「卸売五社との取引協議について」と題する書面),45(Cの陳述書)を提出している。しかしながら,甲41,45の内容を裏付ける客観的資料が存在しないのみならず,その内容も結局のところは双方の主張を述べあったというものであり,改めての取引申込みといい得るものとは認め難いから,これをもって,控訴人の卸売5社に対する新たな取引の
申込みがあったということはできない。
   イ ところで,上記卸売5社のうち一社はA社であるところ,控訴人は,被控訴人日経大阪即売は,前記第2,6(2)(控訴人の主張)イのとおり,A社がなした控訴人との取引拒絶の方針を引き継いだものであり,本件差止請求の相手方たる地位を引き継いだなどと主張する。
     被控訴人日経大阪即売は,前記のとおり,平成10年9月22日に設立されたA社とは別会社であり,しかも,平成10年10月1日に,A社から被控訴人関空販社の株式400株を2000万円で買い受けたに過ぎないものであり,被控訴人日経大阪即売とA社とが形式的にも実質的にも同一であるとはいえない。また,被控訴人日経大阪即売の設立あるいは,A社から被控訴人関空販社の株式を買い取ったからといって,被控訴人日経大阪即売が,A社の地位を包括的承継的に引き継いだとは到底認められない。
     そうすると,A社のした控訴人の取引申込に対する取引拒絶を,被控訴人日経大阪即売が引き継いだということはできないし,被控訴人日経大阪即売の前記設立時期に照らしても,同被控訴人が本件取引拒絶を行っていないことは明白である。
     控訴人の上記主張は独自の主張であって,到底採用し得るものではない。
     したがって,控訴人の被控訴人日経大阪即売に対する請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
  (2) 被控訴人関空販社及び同日経大阪即売を除くその余の被控訴人らについて
   ア 前記4(1)アの事実によると,被控訴人関空販社及び同日経大阪即売を除くその余の被控訴人ら(卸売5社)は,本件各取引拒絶を行ったものということができる。
   イ そして,前記認定の事実によると,被控訴人関空販社は,卸売5社が,空港島における販売窓口を一本化するために共同して設立したものであり,卸売5社は,空港島における新聞販売について被控訴人関空販社以外と取引をしないことを当然の前提としていたことが明らかであるから,卸売5社の上記アの取引拒絶は,卸売5社が共同して行ったものと認めることができる。
 5 争点3(本件各取引拒絶の違法性の有無)について
  (1) 本件各取引拒絶の公正競争阻害性の有無
   ア 上記の卸売5社が共同して行った本件各取引拒絶が不公正な取引方法に当たるのは,その行為が正当な理由がないのに行われたこと,すなわち,公正な競争を阻害するおそれ(公正競争阻害性)がある場合である(独禁法24条,19条,2条9号)。そして,公正競争阻害性とは,一般的には公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれをいうところ,共同の取引拒絶の場合の具体的内容については,主として自由な競争状態を侵害するかどうかの観点から捉えるのが相当である。
   イ すすんで,卸売5社による本件各取引拒絶が公正競争阻害性を有するかどうかについて検討する。
     前記の事実によると,京阪神地区において,即売ルートで流通する全国紙のほとんどすべてが卸売5社(日本経済新聞については,被控訴人日経大阪即売設立後はA社に代わって同被控訴人。以下同じ)を経由して流通しているところ,全国紙を仕入れることを希望する者は,卸売5社から全国紙を仕入れるほか,卸売5社から全国紙を仕入れる他の即売業者から全国紙を容易に仕入れることができる状況にある。このことは,控訴人においても,空港島において,卸売5社は,被控訴人関空販社以外のB社を含む即売業者とも取引していることについて認めるところである(甲24)。
     そうすると,控訴人は,卸売5社から,取引申込みを拒絶されて全国紙を購入することができなくとも,卸売5社から全国紙を仕入れる他の即売業者から全国紙を仕入れて,これを空港島で販売することができるのであり,現に,控訴人は,卸売5社から仕入れたB社から全国紙を仕入れて空港島で販売していることが認められる。
   ウ また,前記の事実によると,控訴人は,卸売5社に対し,空港島内において新聞の仕入・販売をしたいとして,本件各取引申込みをしたのに対し,卸売5社は,空港島における新聞の販売については被控訴人関空販社を通して行う(被控訴人関空販社を窓口とする。)ことを理由として,控訴人からの本件各取引申込みを拒絶したものであり,他方,被控訴人関空販社は,卸売5社が被控訴人関空販社を窓口とするなどとして取引に応じなかったことに対応して,控訴人に対し,控訴人からの全国紙の販売取引の申出には通常の取引として対応する用意があることを連絡したが,控訴人は,あくまでも卸売5社との直接取引を望んだことから,被控訴人関空販社の上記申し出を放置し,被控訴人関空販社に対して取引の申込みを行わなかったことが認め
られる。
   エ 上記イウの事実関係からすると,控訴人は,卸売5社から全国紙の仕入れを拒否されたといえ,卸売5社以外の即売業者から仕入れることは可能であり,現にB社から仕入れているのであり,また,被控訴人関空販社においても,控訴人に対し,全国紙の販売取引に応じる用意のあることを申し出ているのであるから,控訴人が卸売5社との直接取引にこだわらず,被控訴人関空販社に対し,取引を申し出ていたならば全国紙を容易に仕入れることができたであろうことは推認するに難くないということができる。
     そうすると,卸売5社のした本件各取引拒絶には,公正競争阻害性があったということはできない。
  (2) 本件各取引拒絶の効果の消滅
    上記(1)において,本件各取引拒絶当時及びそれ以後で同拒絶の状況に変動を生じていない状況下における公正競争阻害性の有無について検討したが,被控訴人らは,本件においては,その後,被控訴人関空販社が空港島における新聞販売業務を行っておらず,被控訴人卸売会社らが,自ら,空港島における販売活動,営業活動を行っているので,本件各取引拒絶の効果は消滅した旨主張する。
    前記の事実と証拠(甲13,乙ア1の1・2,4~6)及び弁論の全趣旨によると,被控訴人関空販社は,平成8年6月25日開催の株主総会において,同社の定款中の目的を変更する,本件定款変更をし,そのころ以降,被控訴人関空販社は,空港島内における全国紙等の販売を止め,被控訴人卸売会社らから,空港島内における航空機搭載の新聞(全国紙)の仕訳,包装配送,代金回収業務の受託や空港島内における売店での新聞(全国紙)の配置,配送,代金回収業務の受託等を受けてそれらの業務を行っていることその事実は,遅くとも平成15年4月以降,被控訴人関空販社の「平成15年度月別決算実績表」(乙ア1の2)や損益計算書(乙ア4)によって確認することができること,卸売5社は,平成8年10月30日,公正取引委員会
に対し,上記定款変更の事実と「卸売5社が,今後空港島内においては各社それぞれに新聞販売事業を行うことを確認した」旨などを記載した報告書を提出し,以来,被控訴人卸売会社らが空港島内における全国紙等の販売を行っていることを認めることができる。
    上記の事実によると,被控訴人関空販社は,平成8年6月に定款変更をし本件各取引拒絶当時に行っていた空港島内における全国紙の販売業務を止め(遅くとも平成15年4月にはそれを確認し得る。),被控訴人卸売会社らが空港島内における全国紙等の販売を行っているのであるから,卸売5社が本件各取引拒絶を行った主たる理由である,空港島における新聞の販売は被控訴人関空販社を通して行う(被控訴人関空販社を窓口とする。)との方針を採る理由はなくなったものということができる。そうだとすると,卸売5社が行った本件各取引拒絶によって公正競争阻害性が生じる余地はなくなったものということができる。
  (3) 上記(1)(2)において説示したように,本件各取引拒絶は,結局のところ公正競争阻害性を生じさせていないものということができる。
 6 争点(5)(著しい損害の有無)について
   以上のところから,控訴人の請求は,いずれも理由はないことは明らかであるが,念のため争点(5)について,以下判断する。
  (1) 差止請求が認められるためには,正当な理由のない共同の取引拒絶により「著しい損害を生じ,又は生ずるおそれがある」(以下「著しい損害」という。)ことが必要である。
    ここにいう著しい損害とは,いかなる場合をいうかについて検討するにそもそも,独禁法によって保護される個々の事業者又は消費者の法益は,人格権,物権,知的財産権のように絶対権としての保護を受ける法益ではない。また,不正競争防止法所定の行為のように,行為類型が具体的ではなく,より包括的な行為要件の定め方がされており,公正競争阻害性という幅のある要件も存在する。すなわち,幅広い行為が独禁法19条に違反する行為として取り上げられる可能性があることから,独禁法24条は,そのうち差止めを認める必要がある行為を限定して取り出すために,「著しい損害を生じ又は生ずるおそれがあるとき」の要件を定めたものとも解される。
    そうすると,著しい損害があって,差止めが認められる場合とは,独禁法19条の規定に違反する行為が,損害賠償請求が認められる場合より,高度の違法性を有すること,すなわち,被侵害利益が同上の場合より大きく,侵害行為の悪性が同上の場合より高い場合に差止が認容されるものというべきであり,その存否については,当該違反行為及び損害の態様,程度等を勘案して判断するのが相当である。
  (2) これを本件についてみるに(なお,本件各取引拒絶の態様,程度等については,上記のとおり,公正競争阻害性を生じさせていないと認められるので考察の対象とはしない。),前記のとおり,控訴人は,本件各取引拒絶後から現在に至るまで,B社から,全国紙を定価の75パーセントの価格で仕入れ,空港島において,売店・ラウンジ等に対して1か月平均約800部を全日空に対して1か月平均約3万部を,いずれも定価の80パーセントで販売しているものであり,本件全証拠によっても,本件各取引拒絶によって控訴人が空港島における全国紙販売市場に参入できなくなった若しくはそのおそれがあった,又はその市場からの退出を余儀なくされている若しくはそのおそれがあるなど,本件各取引拒絶を差し止める必要性を基礎づける事情は認
められない。
  (3) 「著しい損害」について,控訴人は,本件各取引拒絶がなければ,被控訴人卸売会社らから定価の70パーセントの価格で全国紙を仕入れることができるのに,本件各取引拒絶によって,定価の75パーセントの価格で全国紙を仕入れざるを得なくなっているから,5パーセントのマージンを得ることができなくなっている旨主張する。
    しかしながら,「著しい損害」を要件とする規定の趣旨等に照らせば,前記のように既に市場に参入し5パーセントとはいえマージンを得ている控訴人が単に共同取引拒絶がなければより大きい利益を上げることができたというだけでは,差止めを認めるに足りる「著しい損害」に当たるとはいえないというべきである。
    控訴人は,得べかりし利益の半分を失っているのであるから,その額が少なかったとしても,控訴人にとっては,著しい損害であるとも主張しているが,そもそも,控訴人が,仮に,被控訴人らから全国紙を仕入れることができたとしても,被控訴人らが,控訴人に対し,定価の70パーセントで販売しなければならない義務はないと主張していることに徴しても,被控訴人らから,定価の70パーセントの価格で全国紙を仕入れることができるとの前提事実を認めるに足りる証拠は存在しない。
  (4) また,控訴人は,本件各取引拒絶がなければ,空港島の新聞販売市場において,50パーセントのシェアを占めることができたはずであるが,本件各取引拒絶がされたために,売店等に対する販売については3.8パーセント航空会社に対する販売については9.09パーセントのシェアを占めるにとどまっている旨主張する。
    しかしながら,本件各取引拒絶がなければ,空港島の新聞販売市場において,50パーセントのシェアを占めることができたとの事実を認めるに足りる証拠はないし,前判示のとおり,単に共同取引拒絶がなければより大きい利益を上げることができたというだけでは,差止めの要件としての「著しい損害」は認められないというべきであるから,上記主張には理由がない。
  (5) さらに,控訴人は,泉州版を駅売店等で購入して販売していることによる損害を「著しい損害」の内容をなすものとして主張する。
    しかしながら,本件全証拠によっても控訴人が泉州版を駅売店等で購入して販売している事実を認めることはできない上,前記1(6)のとおり,控訴人は,空港島において,売店・ラウンジ等及び航空会社に対し,1か月平均合計約3万部を定価の80パーセントで販売して定価の5パーセント分の粗利を得ているのに対し,泉州版については,1日56部(1か月30日間で計算すると,1か月平均1680部となる。)を販売していると主張しているにすぎないのであるから,前記アの「著しい損害」を要件とする規定の趣旨等に照らせば,仮に泉州版を駅売店等で購入しているとしても,それだけでは,差止めの要件としての「著しい損害」は認められない。
    したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
  (6) 当審における控訴人の主張について
   ア 控訴人は,独禁法24条が,差止請求が認められるための要件として定める「著しい損害が生じ,又は生ずるおそれがある」との要件は,民法,知的財産権侵害及び不正競争防止法において特段の損害要件が課されていないことを考慮する限り,これらよりも損害の程度が低いと考えられる独占禁止法違反行為による差止請求権についてのみ「著しい損害」の要件が課されていることは法体系上整合性を欠き,不適切であると主張するが,独自の利益衡量を前提とする独自の見解に過ぎず,採用の限りではない。(なお,控訴人の法体系上整合性を欠くとの点については,上記説示のとおり,知的財産権は,権利者に排他的・独占的権利が与えられている物権的権利であるから,その侵害につき当然に高度の違法性が認められると考えられるからであ
り,また,不正競争防止法については,不正競争それ自体悪性の強い行為であり,かつ,これは営業上の利益に対する侵害について差止めが認められることとなっているため,相当の損害が生ずるケースが多いためであると考えられるのであって,法体系上整合性を欠くということはできないというべきである。)。
     また,第2,6(4)(控訴人の主張)エ(ア)後段の主張が認められないことは,前記第3,5(2)に認定説示のとおりである。
   イ 控訴人は,B社から全国紙を仕入れて空港島で新聞を販売していることについて,いつ,卸売5社がB社に対し,全国紙の卸売を中止するか予断を許さない状況にあること,そして,被控訴人新販は,控訴人が搭載紙の受注・数量調整及び梱包・荷分けなどの作業を行っているビルの所有権を平成14年9月30日に取得し,また,B社の発行済株式総数のうち,40パーセントにあたる120株を取得し,B社に,役員4名のうち3名を送り込んでいることを理由として,B社はいつでも控訴人に対する全国紙の供給を中止しうる立場にあり,かつ,それが可能である

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最終更新:2005年11月04日 10:32
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