H17. 7.12 東京地方裁判所 平成14年(ワ)第12613号,平成16年(ワ)第7099号  引受債務請求,同反訴

判示事項の要旨:
「消費者金融会社における内規に反する紹介貸付による貸付金について,元従業員の雇用契約上の債務不履行及び不法行為による損害賠償請求につき,信義則等を理由に認容額を損害額の1割に限定した事例」


平成17年7月12日判決言渡 同日判決原本領収 裁判所書記官 
平成14年(ワ)第12613号 引受債務請求事件
平成16年(ワ)第7099号 同反訴請求事件
口頭弁論終結日 平成17年4月26日
判決
主文
1 被告(反訴原告)は,原告(反訴被告)に対し,172万2600円及びこれに対する平成17年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。
3 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は,本訴反訴を通じて,これを5分し,その4を原告(反訴被告)の負担とし,その余を被告(反訴原告)の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 1 本訴請求
   被告(反訴原告,以下「被告」という。)は,原告(反訴被告,以下「原告」という。)に対し,2929万2793円及びうち1144万0440円に対する平成14年6月23日から,うち994万4169円に対する平成15年1月18日から,うち22万5881円に対する平成16年3月30日から,うち768万2303円に対する平成17年4月27日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
   原告は,被告に対し,500万円及びこれに対する平成14年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本訴請求は,消費者金融業者である原告が,原告の元社員である被告に対し,主位的に,別表1-1「債務引受一覧」の「顧客氏名」欄記載の各顧客が原告から融資を受けたことによる借入金債務について,被告が債務引受をしたとして,上記引受債務のうち,平成17年3月31日時点で1年以上未収の貸付先に対する融資残高(別表1-2)を請求し,予備的に,被告が原告の定める内規に違反して,いわゆる紹介屋であるAから多数の借主の紹介を受け,また,Aと共謀の上,融資申込者に収入証明及び在籍証明について虚偽の申告をさせながら,これらの事実を原告に秘して,原告をして別表2記載の者に対し貸付をなさしめたとして,原告と被告との間の雇用契約上の債務不履行又は不法行為に基づき,平成17年3月31日時点で1年以上未収の貸付先に対する貸出額から回収額を差し引いた金額(同表「差引(実損)」欄)に相当する損害の賠償を請求し,併せてこれらに対する訴状送達の日または請求拡張申立書送達の日の翌日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 反訴請求は,被告から原告に対し,原告の営業統括部長らが被告を原告本社などにおいて長時間監禁し,供述書等を書くことを強要した行為は,不法行為に当たるとして,慰謝料及びこれに対する不法行為の日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)
  (1) 原告は,消費者金融業を主たる目的とする株式会社である。
被告は,平成7年2月6日,原告に入社し,原告新潟支店で勤務を開始し,以後,十和田支店長,札幌支社支社長付,青森支店長,本社人事部課長代理,本社人事部係長,浅草支店長,歌舞伎町支店長を歴任してきたが,平成13年8月,同店店長から降格させられ,一般社員として原告八重洲口支店(以下「八重洲口支店」という。)に転勤を命ぜられた。被告は,平成13年8月9日に八重洲口支店に着任してからは,当時の同支店店長B(以下「B支店長」という。)の下で同人の決裁を仰ぐ立場となった。
(2) 原告は,別表1-1「債務引受一覧」の「顧客氏名」欄記載の各顧客に対し,同表記載の契約日(貸付日)に,同記載の金額を貸し渡した(以下「本件貸付」という。)(甲4の1ないし58)。これらの顧客は,いずれも八重洲口支店において融資申込みを受けた顧客である。
(3) 上記貸付のうち,平成17年3月31日時点で1年以上原告に対する返済がない者に対する融資残高は別表1-2記載のとおりであり,同日時点での融資残高の合計は,2929万2793円である。           
(4) 被告は,平成14年4月26日,供述書(甲1),誓約書(甲2)に署名押印した。
(5) 被告は,その後,前記甲1及び甲2が被告の意に反した文書であることを理由にこれらの返却を求めるとともに,同年6月3日付けで退職届を原告に提出し,同届は同日原告に到達した。
(6) 原告から被告に対し,被告を諭旨解雇する旨の書面が発せられ,同月4日,被告に到達した。
 2 主要な争点
 本件における主要な争点は,本訴請求の主位的請求(債務引受に基づく請求)については,①被告による重畳的債務引受の意思表示の有無(被告からは仮定的抗弁として強迫による取消,公序良俗違反による無効の主張も出されている。)であり,本訴請求の予備的請求(債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求)については,②本件貸付についての被告の雇用契約上の債務不履行又は不法行為の成否,③被告が賠償すべき損害額(損害発生の有無,因果関係の有無)④信義則による賠償責任の否定又は制限,過失相殺,反訴請求については,⑤被告の供述書(甲1),誓約書(甲2)の作成過程において原告の被告に対する不法行為が成立するかであり,以上の主要な争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点①(被告による重畳的債務引受の意思表示の有無)
ア 債務引受の意思表示の有無
 (原告の主張)
  原告は,平成14年4月26日,被告に対し,別表1-1のNo.1からNo.57の顧客を含む58名の顧客に対する貸付についてその支払を担保するために,被告において,その残元金を支払うように求めたところ,被告は,原告に対し,誓約書を差し入れて前記残元金全額を支払うことを約束し,合計4865万2678円の貸金返還債務について重畳的に債務引受をした。
 (被告の主張)
  上記誓約書の文言は,概括的かつ抽象的な表現にとどまり,これをもって4865万2678円にも上る巨額の債務につき,一労働者による重畳的債務引受の確定的な意思表示がなされたものと解釈することはできない。上記誓約書においては,債務の弁済期日,弁済方法が特定されておらず,損害の発生の定義規定もない。また,引受債務の内容を特定すべき別紙も「会員No.」,「残元金」,「貸付日」が羅列してあるものにすぎず,これを見せられても,どの債務者に対する幾らの貸付なのか金銭消費貸借契約の基本要素を認識すること自体不可能である。債務の内容及び存在を認識することなく,債務引受をする旨の意思表示がなされることはあり得ない。以上の点からみて,上記誓約書は,示談書を書かせるために,とりあえず概括的に「責任」を認めさせるための道具として,被告の何らかの責任の認識を示させたものとみるほかなく,被告がこれによって確定的に法的効果を発生させる意思を有していたとは到底いえない。
イ なお,被告は,仮定的抗弁として,仮に債務引受の意思表示があったとしても,①それは強迫によるものであるから取消の意思表示をすると主張し,さらに②上記債務引受契約は,公序良俗に違反するから無効であると主張している。原告は,これらの主張をいずれも争っている。
(2) 争点②(本件貸付についての被告の雇用契約上の債務不履行又は不法行為の成否)
  (原告の主張)
  原告は,従業員に対し,顧客に対して貸付を行う際,以下の点について確認すべきとしていた。
①来店者と融資申込者との同一性(本人確認)
②融資申込者の申告する住所・勤務先に在籍するか否かの確認(在籍確認)(在籍確認は,来店者が申告した電話が104に登録されているか否かを確認した上で,自宅及び勤務先に架電して在籍の有無を照会するとの方法で行っている。)
③他社借入れの有無
④50万円超の貸付における収入証明の確認(50万円超の貸付の場合,収入証明として源泉徴収票又は給与明細(3か月以内)が必要とされる。)
 また,原告は,従業員に対し,前記要素の確認に加え,紹介屋(原告のような消費者金融業者に対して,借主を紹介し,この者に対して貸付を行うように口利きを行うなどして,その見返りとして,借主から,その受け取った借入金の一部を受領するなどする者をいう。)による貸付の弊害を防ぐため,「1名の者からの紹介による貸付は2名まで」との貸付基準を遵守することを定めていた。
 しかるに,被告は,Aと通謀して,融資申込者に収入証明及び在籍確認について虚偽の申告をさせて,形式上,前記確認の要件を満たすようにして,原告をして,別表2記載の者に対して同表記載の金員を貸し渡させた。少なくとも被告は,Aの紹介する顧客がAが作成した虚偽の給与明細を持参して真実と異なる勤務先,年収を申告していることを十分認識していた。
 また,被告は,平成13年2月ころからAより顧客の紹介を受けており,別表2記載の57件の貸付が「1名の者からの紹介による貸付は2名まで」という原告の内規に違反することを認識しながら,これを原告に申告せずに,貸付を行わせた。
 これらは,いずれも原,被告間の雇用契約上の債務不履行に該当するとともに,違法に原告の利益を侵害する不法行為に当たる。
 (被告の主張)
   原告主張の貸付基準は,事実上,原告が基準として維持していない実態にあったからその規範的意味での存在を否認する。少なくとも原告東京支社内の支店においては,紹介者から多数の顧客の紹介を受けて貸付実績を伸ばすということが一般的に行われていた。原告は,貸付基準を設定していたとしても,ノルマ達成のためには多少の違反はやむを得ないとしていたのであり,厳格に貸付基準を遵守することを求めていなかった。
 また,原告が違法と主張する融資を実行したのは,融資に関する決裁権限を有するB支店長である。本件貸付は,B支店長が,被告に依頼してAからの紹介を受け入れてなされたものであり,B支店長が,自己ないし支店の成績の向上を図るために,Aからの紹介を被告に依頼したり,継続的に受け入れたりしなければ,本件貸付が行われることはなかった。本件貸付について責任を負うべきは融資の決裁権限を持ち,被告の管理者であったB支店長以外にいない。本件貸付において被告は,B支店長の指示ないし黙認のもとに,Aからの案件を八重洲口支店に紹介していただけのことであり,最終的な融資の決断は,原告の履行補助者であるB支店長によってなされていたのである。したがって,本件貸付は,原告の行為と同視できるのであるから,被告の債務不履行を構成するものではない。
 さらに,原告が違法と主張する貸付の中には,被告が全く関与しておらず,被告以外の従業員とB支店長のみで行っている貸付も29件含まれているのであり,これらについて,被告のいかなる不法行為,債務不履行があったのか主張・立証は何らされていない。
(3) 争点③(被告が賠償すべき損害額)
(原告の主張)
  被告の債務不履行又は不法行為に基づく貸付は,別表2の57名に対する貸付である。これらの貸付のうち,同表記載のとおり,平成17年3月31日現在で,過去1年以内に返済があった19名及び死亡が判明した1名を除く37名(別表2の「差引(実損)」欄に数字が記載されている者)については,1年以上支払がなされておらず,将来貸し倒れとなり,あるいは,なることが予定されている。この37名について,原告が貸し付けた金額の合計は3285万9000円,回収金合計は,664万3600円であることから,その差額である2621万5400円が原告の被った損害となる。
(被告の主張)
  原告の主張する損害とは,内規に違反して被告がAから紹介を受けて貸し付けた債権のうち,「貸し倒れ」か「不良債権」となった債権の額を意味しているようであるが,本件貸付の対象は,実在する個人であって架空の人物ではない。よって,財産権としての債権そのものは法的に存在しているのであり,回収が困難になったからといって,これが直ちに損害となるものではない。破産するなど,回収が完全に法的に不能となってはじめて損害が観念しうるのである。
  原告は,本件貸付について通常の回収業務を行っていれば回収できた債権もあるはずであるのに,平成15年1月27日以降,債務者に一切連絡をとっておらず,債権回収を怠って放置している。したがって,どの債権が本来の意味で回収不能となったのか特定できなくなっている。つまり,原告による債権回収の放置が介在することによって,因果関係が遮断されている。
  原告は,利息制限法の制限利率を大幅に上回る金利(27.375パーセント)での貸付を行っている。したがって,取引経過を出して,利息制限法による引き直し計算を行い,超過利息を元本に充当したうえで損害を特定しない限り,損害の額は確定しえない。
(4) 争点④(信義則による賠償責任の否定又は制限,過失相殺)
(被告の主張)
  被告が,原告の内規に違反して貸付行為に関与し,損害の発生に一因を与えたとしても,違反をした動機や背景事情,使用者側の管理体制,損害の程度・性質など以下の事情が総合的に考慮されなければならない。高額のノルマを達成するためにやむを得ず,内規違反をしたような場合は,ノルマの課し方に問題があれば,信義則により損害賠償が否定されたり,制限されることとなる。また,上記各事情は,原告の過失と評価されるものであり,過失相殺が認められるべきである。
ア 被告の地位
 被告は,貸付についての決裁権限を持たない一般職員に過ぎず,決裁及び出金の指図はもっぱらB支店長が行っていた。B支店長は,むしろ率先して被告に「内規違反」の貸付を奨励していた。
イ 動機
  被告は,上司であり,融資の決裁権限を有する管理職のB支店長からの指示にしたがってAに連絡をとっただけのことである。したがって,その動機において,支店長を助けて,支店の業績を向上させる目的こそあれ,自己の利を図る意図はなかった。
ウ 背景事情(労働実態)
  原告におけるノルマ達成に向けた労働者に対する締め付けは激しいものであった。被告は,八重洲口支店に配属される前に過酷なノルマを達成できなかったという理由で大幅な給料減額をもたらす2段階降格という処分を受けている。さらに,本件当時は東京支社におけるノルマの「6ヶ月連続全店達成」が要求され,非常に厳しく新規顧客の獲得が求められていた。B支店長が,被告に依頼してまでAからの紹介案件で貸付を行おうとしたのは,原告が各支店対して課しているこのような過酷なノルマの達成のためである。かかる労働実態は,被告による「内規違反」の貸付を惹起せしめたものであり,また,原告においてもそのような貸付の発生は十分に予測できた。
エ 使用者側の管理体制
  B支店長は,管理者として部下に対して規範の遵守を徹底すべき立場にありながら,自ら紹介屋のCと結託して,貸付基準違反とされる貸付を積極的に行っており,被告に対して,Aからの紹介を依頼したのである。B支店長は,被告との関係においては労働契約上の一方当事者たる使用者の履行補助者であるから,B支店長の行為は,原告の行為と同視されるべきである。とすれば,原告の支店における管理体制は,ずさんさを通り越して自ら違法行為を率先して行っていたと評価されるべきである。
オ 営業統轄本部の管理体制及び遵法精神の欠落
  また,全社的に見た場合の原告の管理体制は,貸付基準の遵守の点だけみても,極めてずさんなばかりか,その日によって貸付基準が変更されるという,いい加減なものであった。原告社内では,貸付基準遵守よりも新規貸付ノルマの達成が優先されて多くの貸付基準違反行為が蔓延していた。
カ B支店長は,本件貸付における責任者であるにもかかわらず,平成14年2月の貸付違反では降格とされず,その後本件の発覚で降格されたものの平成14年10月24日までは東京支社管理室で業務を行い,また,懲戒処分を受けることもなく子会社に出向となり,しかもこれまで300万円程度を支払っただけで特段その後に取立がなされていないと証言しており,法的手続もとられていない。このようなB支店長に対する処遇は原告に対するものと比べて明らかに不公平である。原告は,被告を諭旨退職処分としており,本件貸付について処分を行って退職金を支給していないにもかかわらず,再度損害賠償の民事訴訟まで提起しており,本件貸付について二重に処罰しようとするものである。
(原告の主張)
ア 本件貸付は,被告が,本件貸付が原告の貸付基準に違反するものであることを認識しながら,あえて自己若しくはAの利益を図るために貸付を行って原告に損害を与えたという事案である。被告は,Aより,自分と妻のための携帯電話をただでもらったり,飲食の供与を受けるなどの利益を得ており,本件貸付が自己若しくはAの利益を図るためのものであることは明らかである。
イ 被告は,本件貸付は,B支店長の指示により,支店の業績を向上させるために行ったものである旨主張する。しかし,被告は,従前よりAから顧客の紹介を受けていたものであり,B支店長の指示により連絡をとったものではない。また,仮にそのような指示があったとしても,本件貸付は,顧客の勤務先や年収について虚偽の申告をさせて行うという明らかに違法なものであり,被告にはそのような指示に従う義務は存しない。本件貸付は,原告の課したノルマを達成するためのものではなく,あくまで被告若しくはAの利益を図るために行われたものであり,原告の損害賠償を制限すべき事由は認められない。
ウ 被告は,本件貸付について,決裁をB支店長が行っていたと主張する。しかし,本件貸付については,B支店長が決裁を行っておらず,被告が保管していた支店長印を,B支店長に無断で使用したものが存在する。また,そもそも,本件貸付は,被告が従前より顧客の紹介を受けるなどして面識を有していたAと共謀して,顧客の在籍確認や,収入証明についても,虚偽の書類を作成して,形式上,問題のない形にして決裁を得ていたものであり,B支店長の決裁があることをもって,被告の責任を否定する理由とすることはできない。
エ 原告は,組織規定,職務権限規定,業務分掌規定,貸付禁止業種の指定等を設けて,各支店に対し厳格な貸付基準を設けた上で,これを遵守させるために,研修制度,各支店の検査体制をとっていたものであり,その管理体制は十全のものであった。
(5) 争点⑤(被告の供述書,誓約書の作成過程において原告の被告に対する不法行為が成立するか。)
(被告の主張)
  平成14年4月24日から同26日まで,被告は,原告本社14階や東京支社管理室において,本件貸付について取調べを受けた。被告は,その間,出入口に見張りを置かれ,逃げられないようにして監禁された。また,被告は,原告社員から取調べを受けた際に,被告は,「刑事告訴する段取りができている」とか,「早くリベートをもらったといえ」などと脅され,さらに,病気で退院したばかりの母が住む実家に連絡するぞとも脅された。また,翌25日には,既に支払われた決算賞与9万0988円を原告社員に監視されながら,銀行から下ろすことを強要され,取り上げられた。その後も被告は,夜10時まで拘束され,監禁されたままで,供述書を書くことを強要された。さらに,翌26日,被告は,神田の東京支社管理室に出社を命じられた。被告は,恐怖心からこれに従わざるを得なかった。同日,被告は,供述書及び誓約書に署名押印をした。捺印は,被疑者に行わせるがごとく,指印で押させられた。
  原告による監禁行為,供述書作成の強要は,被告に自殺を決意させるほど被告を精神的に追いつめるものであり,その精神的損害としては500万円を下らない。
(原告の主張)
  被告が,平成14年4月25日,供述書の一部を書いたこと及び決算賞与9万0998円を下ろして原告に返却したこと,並びに翌26日,誓約書及び供述書を完成してそれらに署名押印したことは認めるが,被告はこれらの行為を任意に行ったものであり,原告が強要した事実は全く存在しない。
第3 当裁判所の判断
 1 争点①(被告による重畳的債務引受の効力が認められるか。)について
(1) 証拠(甲1,甲2,乙A19,乙A20,証人G,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
 平成14年4月下旬,原告による定例検査により,本件各貸付が紹介屋からの紹介者に対する貸付であることが発覚した。同月24日から26日にかけての原告社員らによる事情聴取の結果,被告は,本件貸付が紹介屋であるAから紹介を受けた顧客に対する融資であることを認め,前記第2,1(4)のとおり,同月26日,その経緯を書いた供述書及び誓約書に署名押印をした。
(2) 原告は,誓約書の作成をもって,被告により本件貸付の貸金元金について債務引受の意思表示がなされたと主張する。
  確かに上記誓約書には,「今回の件につきましては,責任を持って,必ず全額を返済することを誓約いたします。」という被告による金銭の支払約束とも解しうる表記がある。しかしながら,誓約書添付の「別紙債務一覧」には,会員番号と残元金,貸付日の記載しかなく,誓約書それ自体から被告が誰の債務を引き受ける趣旨なのか明確ではないし,被告本人尋問の結果によれば,被告は,本件貸付の内容を個別に確認した上で誓約書に署名押印をしたものではないとの事実が認められる。また,証拠(被告本人)と別表1-1の各債務者の平成17年3月31日時点の遅日数欄の記載を総合すると,誓約書が作成された時点においては,「別紙債務一覧」に記載されている貸付のうちほとんどのものが未だ延滞に陥っていなったことが認められるのであり,その意味で被告が引き受けるべき債務額は,未だ確定していなかったと認められる。なお,原告は,平成14年5月ころ,被告に対し,支払金額と支払方法をより具体的に記載した示談書を送付し,それに対する署名押印を求めており(乙A4,乙A5,弁論の全趣旨),原告自身,誓約書では被告から抽象的に支払約束を取り付けたものの,支払金額,支払方法を特定した具体的な約束を取り付ける必要があると認識していたことがうかがわれる(ただし,上記示談書の内容は,上記のとおり,被告が引き受けるべき債務額が確定したとはいえない状況において損害賠償を求める内容になっている点で問題を含むものであった。)。また,被告においても,誓約書作成後,それが被告の意に反する内容であるとして返還を求め(争いがない。),上記示談書については署名押印を拒否していることが認められる(乙A5,被告本人)。以上の事情を総合すると,上記誓約書をもって,被告は,内規に違反する貸付の存在を認め,これによって損害が発生した場合は賠償に応じることを抽象的に約束したものの,その具体的手段として,被告が本件貸付元金相当額の債務を自身で引き受けるとの約束をしたものとまでは解し得ない。
(3) したがって,上記誓約書によって,被告による債務引受の意思表示を認めることはできず,ほかに原告の主張を認めるに足りる証拠はない。以上によれば,原告の主位的請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
2 争点②(本件貸付についての被告の雇用契約上の債務不履行又は不法行為の成否)について
 (1) 被告の雇用契約上の義務違反
ア 証拠(甲1,甲2,甲4の1ないし58,甲6ないし17,乙A1ないし3,乙A19,20,乙A36ないし49の2,証人B,証人G,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
 (ア) 原告は,原告の各支店に対し毎月営業目標を設定し,営業目標を達成
するよう,各支店の支店長に対し強く要求していた。上記目標を達成させるため,原告においては,各支店において3か月連続で営業目標を達成できなかった場合,その支店の支店長は,降格処分となる取扱いがなされていた(被告は,原告歌舞伎町支店の支店長時代に3ヶ月連続で営業目標を達成できず,前記第2,1(1)のとおり,支店長から一般社員に降格させられた。)。被告が八重洲口支店に配属になった平成13年8月当時,八重洲口支店は,原告が各支店に課している営業目標を6か月のうち2か月しか達成できていない状況であった。
 (イ) 八重洲口支店において,B支店長は,平成13年9月から平成14年1月18日まで,Cからの紹介により,合計69人の顧客に対して貸付を行うことにより,原告が八重洲口支店に対して貸していた新規貸付の営業目標の達成を図っていた。しかし,Cによる紹介客に対する貸付は,貸付の翌月から弁済金の入金がない状態(未収)となり,平成14年1月になると,C自身の原告八重洲口支店から借入金についても弁済が滞るようになり,B支店長はCと連絡をとることができなくなった。
 (ウ) 被告は,歌舞伎町支店の支店長であった平成13年2月ころ,被告が青森に勤務していた当時の部下からAという男を紹介され,同人から融資先の紹介を受けたことがあった。別表1-1の契約日欄の記載によれば,八重洲口支店におけるAの紹介による貸付(本件貸付)は,平成13年9月から開始されているが,平成13年のうちは,Aからの紹介先に対する融資は,せいぜい1か月に1件ないし2件程度であった。ところが,その数は,Cによる紹介融資を受けることが困難となったB支店長が被告に対してAによる紹介融資を受け入れるよう働きかけたことにより平成14年1月になると急増した。(これに対し,B支店長は,被告がAから顧客の紹介を受けることを持ちかけてきたと証言する。しかし,B支店長は,原告による事情聴取の際には,自分が被告に対してAからの紹介を受けられるよう依頼したと供述したことが認められる上(証人G),B支店長には,Aからの紹介により新規の顧客数などを維持して,原告から示された営業目標を達成して店長降格を免れるという利益があり,被告にAからの顧客紹介を受け入れるよう依頼する動機が認められるのに対して,一般社員である被告には,再度の昇格への期待はあったものの,B支店長ほどの直接的な利益が認められず,被告の方からB支店長に対してAによる顧客の紹介を積極的に持ちかけるほどの動機に乏しいことからすると(被告はAから飲食代や宿泊代等の供与を受けているが,それは数回にとどまり(甲1,乙A1,乙A19,被告本人),金額としても多大なものとは認められない。),平成14年1月以降の紹介貸付の急増は,B支店長の依頼によるものと考えるのが自然であり,この点についての上記B証言は採用できない。)
 (エ) 被告による,Aからの照会案件についての貸出業務の遂行は概要以
下のとおりであった。①被告は,Aから電話で顧客の信用調査についての依頼を受けると,原告の情報センターに紹介顧客の氏名等を入力して信用情報の照会をし,貸出可能と判断された顧客について折り返しAに連絡する。②Aは,被告による照会により,貸出可能と判断された顧客に対し,原告からの融資が可能となるように内容虚偽の給与明細を顧客に交付して,顧客を八重洲口支店に融資申込みに行かせ,又は,自らも顧客とともに同支店を訪れて融資申込みに立ち会う。③八重洲口支店において,被告が在店していれば被告が他の従業員とともに在籍確認等の融資手続を行い,いない場合でもほかの従業員が融資手続を遂行し,④B支店長の決裁によって融資が実行される。
 (オ) 被告は,Aによって紹介された顧客に対する貸付が,1個人の紹介による3名以上に対する貸付はできないとする原告の貸付基準に違反していることを認識していた。また,Aの紹介によって来店した顧客が持参する給与明細は,その多くが,有限会社ASレボリューション,株式会社泰宝堂,株式会社オフィス・クール,グランドレジャー建設株式会社,泰成通商,東洋薬粧株式会社,株式会社オフィスプランという特定の7社により発行されているものであった。さらに,紹介された顧客のほどんどが20代あるいは30代という年齢であり,また給与明細を発行している会社が上場企業でもないのに,1000万円を超える年収がある旨記載されていた。
イ 原告の定める貸付基準によれば,50万円を超える貸付の場合には,収入証明として源泉徴収票又は給与明細(3か月以内)が必要とされる(甲15)。また,「1名の者からの紹介による貸付は2名まで」と定められ,「1個人より3名以上の紹介が判明した場合」をグループ貸付として貸付が絶対に禁止される場合とされていた(甲9)。源泉徴収票又は給与明細を必要とする貸付基準は,無担保で融資する原告のような消費者金融において,支払の確実性を担保するための重要な手段である。これらの内容が真実であるかは,融資金の弁済が確実になされるか否かについて重要な要素であり,給与明細の内容が虚偽である場合,原告が確実な弁済を受ける期待は大きく減殺されるというべきである。よって,貸付基準によって求められる収入証明の内容は真実であることが当然要求されていた。また,原告において1名の者からの紹介による貸付は2名までという制限を設けているのは,貸付の仲介を行い,顧客から手数料等の名目で貸付金の一部の交付を要求するいわゆる紹介屋の介在を許すと,顧客が貸付金全額の返済を拒絶したり,手数料等の名目で紹介屋に貸付金の一部を交付した結果,資金的に脆弱となり弁済が滞ることを防止するためであると認められる(弁論の全趣旨)。
  このような原告の貸付基準の趣旨からすれば,原告の従業員は,原告が回収不確実な融資による損害を被ることを防止すべく,融資申込みに際して,上記貸付基準を遵守して,給与明細が内容の真正なものであること及び貸付基準に反する紹介案件でないことを確認し,給与明細の内容について疑義が生じた場合や貸付基準に反する紹介案件であることが判明した場合には,当該融資の申込みを拒絶するか,決裁権を有する支店長等に給与明細に疑義があること,基準に反する紹介案件であることを報告し,その後の指示を仰ぐ雇用契約上の債務を負っていると解される。
  なお,被告は,上記貸付基準は,原告社内においては,ノルマ達成のためには厳格な遵守まで求められていなかったと主張するが,貸付基準は金融業を営む企業にとっては,最も重要な規範的意義を持つべきものであり,これが有名無実と化したら企業の存続すら危ぶまれることになる性質のものであるところ,原告社内において,上記貸付基準が上記のような意味で完全に規範的意義を失っていたとまで認めるに足る証拠はない。したがって,被告の上記主張は,債務不履行の成立を左右するものとはいえない。
ウ 前記給与明細が内容虚偽の部分を含んでいること及びAが利得を得ていた事実についての被告の認識
 (ア) 前記ア(オ)の事情を総合すると,Aによって紹介された顧客が持参し
た給与明細は,Aによって偽造された,内容虚偽のものであると推認できる。これは別表1-1の48番の顧客であるDの陳述書(甲17)に内容虚偽の給与明細等を使用して借入れの申込みをした経緯が記載されていること,被告自身,ASレボリューションの事務所に行ったことがあるが,事務所の状況からみて給与明細に書かれているような給料が出ているのはおかしいと感じたと供述していることによっても裏付けられる。そして,被告の上記供述及び被告においても本件貸付の顧客の申込内容については認識する機会があったと認められることからすれば,被告は,本件貸付に係る申込みに内容虚偽の部分が含まれていることを認識していたと認めるのが相当である。
(イ) また,本件貸付を紹介したAは,別表1-1の57名もの顧客を紹介してきた者であるところ,このような多数の顧客を紹介してくるいわゆる紹介屋がこれによって何ら利得を得ないということはあり得ない話であり(顧客からの電話録取書及び顧客の陳述書(甲12ないし14,甲17)にも,Aが貸出額から利得を得ていたことが記載されている。)被告もこれを認識し得たはずである。したがって,被告は,本件貸付によって顧客に貸し付けられた金員のうち,一定の部分がAに何らかの名目で交付されていることも認識していたと認めるのが相当である。
エ 以上のとおり,別表2記載の各貸付について,被告は,それらがAによる紹介案件であること及び提示された給与明細の内容が虚偽であること,さらには,Aが貸出額から利得を得ていたことを認識しながら,融資の拒絶をすることなくその手続に関与し,原告をして貸出しを実行せしめたのであるから,上記行為は,前記の原告被告間の雇用契約上の債務不履行に該当すると認められる。
(2) 不法行為
  また,これらの行為は,故意又は過失により,違法に原告の営業に損害を与えたものとも評価できるから,被告の不法行為に当たるものと認めるのが相当である。
(3) 被告が関与した貸付の範囲
 これに対し,被告は,原告が違法と主張する貸付の中には,被告が全く関与しておらず,被告以外の従業員とB支店長のみで行っている貸付も29件含まれていると主張している。確かに,各顧客が融資申込みをした際に作成されたと認められるエンカード会員入会申込書兼顧客カード(甲4の1ないし58)の中には,担当者の印,在籍確認者の印,持参書類の原本確認者の印のいずれにも被告の押印がないものが存在することが認められる。しかし,これらの顧客を紹介したと認められるAを八重洲口支店に紹介したのは,前記のとおり被告であり,本件全証拠によるも,B支店長を含め,本件貸付が行われた期間中に,被告をさしおいてAから直接に顧客の紹介を受けられる者が八重洲口支店にいたとは認めがたい。また,前記第3,2(1)ア(エ)のとおり,Aから顧客の紹介を受けて貸付を実行する過程においては,Aから電話で顧客の信用調査についての依頼を受け,原告の情報センターに紹介顧客の氏名等を入力して信用情報の照会をし,その結果,融資可能な顧客であることをAに知らせることが行われていたが,これを八重洲口支店において被告以外の者が行えたとも認め難い。以上を総合すると,たとえ,顧客が八重洲口支店に来店した後に被告が関与しないで融資が実行されたケースがあったとしても,これらのケースにおいて,上記のAとの連絡を含め,被告が何らあずかり知らぬままに貸付が実行されたものがあったとは認めがたいのであり,結局,被告は,本件貸付のすべてに関与したと認めるのが相当である。そして,前記のとおり,被告は,これが原告の定める貸付基準に違反し,回収に支障を来す危険性を高めることを知りながら関与したと認められるから,別表2の全ての貸付につき,被告の雇用契約上の債務不履行又は不法行為が成立するものと認められる。
(4) また,被告は,被告は見込み客を原告に紹介したにとどまり,貸出の決裁はすべてB支店長が行ったのであるから,被告に債務不履行は認められないと主張する。しかし,被告には,原告の従業員として,貸付の決裁権の有無にかかわらず,前記認定の雇用契約上の債務を負うのであるから,被告の主張には理由がない。
3 争点③(被告が賠償すべき損害の額)について
(1) 原告は,別表2記載の貸付は,債務者から1年以上弁済金の支払がなされておらず,将来貸し倒れとなり,あるいは貸し倒れとなることが予想されているから,原告が各債務者に貸し付けた金額の合計から回収金を差し引いた金額が原告の被った損害であると主張するので,この点について判断する。
  本件貸付は,原告の貸付基準に反する貸付ではあるものの,いわゆる架空貸付とは異なり,貸付の実体が存在し,原告は,法律上有効な貸付金債権を有している(甲4の1ないし58)。したがって,債務者が破産宣告を受け原告による債権の回収が法律上不可能となったような場合を除いては,原告が債務者から弁済を受ける期待が完全に失われるまでは損害が発生したと認めることはできない。この点につき,原告は,上記のとおり,1年以上弁済金の支払がない債務者については,将来貸し倒れになることが予想されるから,その時点での貸付金残高が損害であると主張するのであるが,たとえ1年以上弁済金の支払がなくとも,債務者の経済状況の変化によってその後弁済金の支払が行われることも否定できない。現に,原告の主張においても,本件貸付のうち,平成16年3月17日付請求拡張申立書添付一覧表のうち,5名の債務者が1年以上未収状態から1年未満未収となっているとされている(原告最終準備書面)。したがって,債務者が1年間弁済金の支払をしていないことをもって,原告の貸付金の返済の期待が完全に失われたと認めることはできず,そのことをもって原告の損害として確定したと認めることはできない。
  そこで,さらに進んで損害発生時期について判断するに,一般消費者に対して無担保でなされた本件貸付において,債務者からの弁済金の支払が1000日以上滞っている場合には,もはやその債務者において貸付金を弁済する意思も能力も喪失しているものと認めるのが相当であり,これらの貸付については原告の債権回収の期待は事実上失われたものと評価できるから,この時点で原告の損害の発生が確定したものと認めるのが相当である。したがって,別表2の貸付のうち,未収日数が1000日を超える貸付(甲18証ないし甲62及び弁論の全趣旨によりこれを認める。)につき,その貸付金から回収金額を差し引いた金額が被告の債務不履行又は不法行為により原告が被った損害と認められ,その合計は別表3のとおり1722万6000円となる。
(2) また,遅延損害金については,不法行為による損害賠償請求権が成立する以上,不法行為の日,すなわち各貸付の貸出実行日から請求できると解されるのであり,原告の請求どおり,不法行為の行われた後の日である訴状又は請求拡張申立書が送達された日の翌日から認容して差し支えないと解される。
(3) なお被告は,原告が利息制限法を大幅に上回る違法な金利での貸付を行っているから,取引経過を出して,利息制限法による引き直し計算を行い,超過利息を元本に充当して損害を特定しないかぎり,損害の額は確定しないと主張する。しかし,原告は,本件訴えの提起時から3度にわたり請求の拡張をしているが,同一債務者の貸付残高については増額をしておらず(訴状,請求拡張申立書,請求拡張申立書(2),原告最終準備書面),原告が約定利息をも損害として請求しているとは認められないし,債務不履行若しくは不法行為の損害として原告が主張する金額は,原告の各顧客に対する貸出額(交付額)から回収額(受領額)を差し引いたものにすぎないから,利息制限法とは関係がない。したがって,被告の上記主張は失当である。
 4 争点④(信義則による賠償責任の否定又は制限,過失相殺)について
(1) 被告は,原告が本件において損害賠償請求をすることは信義則上許されないと主張するが,前記のとおり,被告は,Aが顧客から手数料名目で金員を受領すること,貸付基準違反の貸付によって,原告に将来貸付金の回収について危険が生じることを容認しつつ,主体的に違法な貸付手続に関与していることを考慮すると原告による被告の債務不履行責任又は不法行為責任の追及が信義則上許されないとまではいえない。
(2) ただし,本件においては,以下の事情が認められることから,過失相殺ないし信義則により被告の損害賠償責任を制限するのが相当である。
ア 前記第3,2(1)ア(ウ)のとおり,本件貸付の大部分は,B支店長が被告に対し,Aに顧客を紹介してくれるよう依頼して欲しいと働きかけたことによって行われた。
イ B支店長は,原告における支店の管理職であり責任者でありながら,本件貸付につき,貸出基準に違反する紹介貸付であることを認識し,また,提出された給与証明の内容について疑いを抱いていたにもかかわらず,融資決裁を実行している(証人B)。
ウ B支店長が,原告の職制上,被告に対する指揮,監督をすべき地位にあったことを考慮すると,上記のB支店長に関する事情は,本件貸付による損害の発生につき,原告の過失と同視すべき事情と評価できる。
エ 前記第3,2(1)ア(ア)のとおり,本件貸付が実行された当時,原告社内に
おいては,各支店において3か月連続で営業目標を達成できなかった場合,その支店の支店長は,降格処分となる取扱いがなされていた。その他,本件貸付が実行された当時の原告の社内の状況として,証拠(乙A41ないし43の2,乙B1の1ないし71の1,証人B,証人G,被告本人)によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 営業目標は,全国の地区別,支社別に営業貸付元本残高及び口座数の
目標という形で原告社内において示され,これがさらに地区,支社の中で支店別に割り振られていた。
(イ) 営業目標の達成状況は,毎月,社内で文書によって回覧され,上記文書には,原告のE会長以下,幹部による指導の言葉のほか,各支店,支店長に対する具体的な指導,目標未達成の場合の叱責などが書かれていた。被告についても,歌舞伎町支店長(新宿ブロック長を兼務)であったころ,「平成13年度7月度幹部会議伝達」において,新宿ブロックの成績が27位であったことから業績発表のコメント欄において「B長の覇気の無さが営業低迷直結。もっとプライド持てF!」と名指しで批判され(乙B64の1),同年6月度結果の支社長コメント欄においては「駅前の影響は否めないが,全員でカバーする組織行動がなかったのも事実だFマン。」(乙B64の2),同年7月度の支社長コメントにおいても「最小予算で最大未達金額,一体感が感じられない!組織を一から固めろFマン。」(乙B65の2)などと名指しの叱責をされている。被告は,これらの叱責や批判を受けた後,前記第2,1(1)のとおり,平成13年8月に降格処分を受け,それに伴い給料も減額された(被告本人)。
(ウ) 乙B1号証の1ないし71号証の1の社内文書によれば,このような扱いは,被告が例外的に受けたものではなく,各支店長は,毎月,営業目標の達成度を社内に回覧され,目標未達成店は,叱責と批判を浴びる状況になっていたものと認められる。これと前記のような降格処分の恐れ,さらに,証人Gの証言に表れたような一部幹部の行きすぎた言動も相まって,原告社内において各支店長は,常に営業成績を上げることへの相当な圧力を受けていたと認められる。
オ B支店長が,被告に対し,貸付基準に反するとものと認識しつつあえてAからの紹介による貸付を受け入れるように依頼したのは,原告が各支店に課している営業目標を達成し,その不達成による店長からの降格処分を免れるためであったことは,上記事情に照らすと容易に推認できるところである。B証言によれば,Cによる顧客の紹介を受けたのは融資枠が増えることを考えたからであること(B証言調書25ページ),被告が八重洲口支店に転勤してきた際に,被告に対し,最近6か月のうち,営業目標を達成できたのは2か月だけだという意味で2勝4敗だと語ったこと(同30ページ),当時,東京支社では営業目標全店達成を6か月続けることが目標として示されていたが,新規の客をもらわないと目標達成はむずかしいと考えていたこと(同38ページ)がB支店長自身によって語られているが,これらの言葉も上記の推認を裏付けるものということができるし,証人Gも同様の見解を表明している。
カ 企業において,営業目標を社員に示し,その達成ができるよう,社員を督促,激励し,あるいは成果に応じた人事の体制を作ること自体は責められるべきことではないが,原告におけるそれは,上記事情に照らすと行きすぎたものになっていたと言わざるを得ず,これが社員に対する過度な圧力となり,本件における被告やB支店長のような原告の定めた貸付基準に違反する行為に走る社員を生み出したという意味では,原告においても本件違反行為の原因の一端を形成したと評価されてもやむを得ないというべきである。したがって,本件損害賠償請求において被告が負担すべき損害額を算定するに当たっても,このような原告側の事情は,損害の公平な分担という見地から斟酌されるべきである。
キ また,被告は,前記2のとおり,原告に対する雇用契約上の義務に違反して貸付手続を遂行しているが,これは,Aから現金の還流を受けるなど被告固有の経済的利益を受けるという目的からなされたものとまでは認めるに足りず,むしろ八重洲口支店の営業目標を達成したいというB支店長の要請にこたえる目的でなされたと認められる。被告の勤務状況をみても,被告は,平成7年2月に原告の従業員となって以降本件貸付に関与するまでは,平成13年8月に原告の課していたノルマの未達成により歌舞伎町支店長から一般社員に2段階降格処分になったことのほかには処分等を受けたことはなく,前記第2,1(1)のとおり,入社以来被告が継続的に昇進していることからすれば,被告は,原告の業績向上のために働いてきたものと認められる。
ク 原告は,全国各地に多数の支店を有する我が国有数の消費者金融業者であり,その資金力は強大であり貸し倒れ償却によって損失を吸収することができるのに対し,被告は,原告の一従業員であった者に過ぎず,原告を退社した当時は一般社員の地位に降格させられていた者である。
(3) 以上の事情を総合すると,被告の債務不履行又は不法行為によって原告が被った損害についての被告の賠償責任は過失相殺ないし信義則の見地から制限されるべきであり,前記第3,4(1)で認定した損害の1割,すなわち172万2600円の限度で被告の原告に対する本訴請求を認容すべきである。
 5 争点⑤(被告の供述書(甲1),誓約書(甲2)の作成過程において原告に不法行為責任が肯定されるか。)について
(1) 証拠(甲1,甲2,乙A2,乙A3,乙A5,乙A19,乙A20,証人G,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
 平成14年4月の定例検査によって,八重洲口支店において貸付基準に違反する本件貸付の存在が発覚した。当時の検査室長であったGは,同月24日朝,営業統轄本部長Hの指示により,被告を八重洲口支店のに迎えに行った。同日午前7時50分ころに八重洲口支店に出社した被告は,当時の東京検査室長のGに伴われて原告本社14階に行った。本社社員室において,G及び営業統括部のI部長は,被告に対し,本件貸付についての事情を聴取し,同時に被告に対し,被告がAからリベートをもらっていないか何度も問いただした。同日の事情聴取は,午後9時過ぎまで続いた。その際事情聴取が行われた部屋の扉は開けてある状態であり,扉側に被告が座り,奥側にGらが座る状態で事情聴取が行われた。事情聴取の間,出入口の扉付近にはほかの原告社員が常時立っている状態であり,また,Gは被告に対し,携帯電話の電源は切っておくようにという指示をしていた。被告は,翌日朝8時に同社員室に出社するように指示を受け,翌25日午前8時までに出社した。同日も,被告は,原告社員(Gは,担当から外れ,横浜支社のJ支社長,営業統括部のK課長代理らが取調べを担当した。)からAからリベートをもらっていないか再三にわたり問いただされ,リベートをもらったことを認めろと要求されることもあった。同日昼ころ,被告は,J支社長とともに銀行に赴き,既に受領していた同年3月分の決算賞与9万0988円を引き下ろし,これを原告本社経理部に返金した。同日の夕方ころから被告は供述書を書き始めた。翌26日,被告は,原告東京管理室に出社し,同日供述書を完成させ,同日夜10時ころ,K課長代理の求めに応じて,原告の用意したひな形を書き写す方法で誓約書を作成した。
(2) 前記のように本件貸付に関して被告の貸付基準違反の事実が発覚した状況において,原告が被告に対し詳細に事情を聴取し,被告から書面による報告を求めること及び被告が責任を認める場合にはそれを書面の形で表明することを求めること自体は,原告にとって事案を解明し,善後策等を検討するために必要な行為であり直ちに不法行為を構成するとはいえない。しかし,たとえ被告に雇用関係上の義務違反が認められ,その事実について事情を聴取する場合であっても,被告を監禁し,あるいは強迫する等,被告の人格権を侵害する手段をもってなされた場合には,原告のそのような行為は社会的相当性を逸脱した行為として不法行為となる。
  これを本件についてみるに,前記のとおり,原告は,3日間にわたり朝から夜10時ころまで被告から事情を聴取し,うち2日は,部屋の出入口に原告社員を立たせ,携帯電話の電源を切るよう指示を出していることが認められ,被告はある程度外部との連絡を遮断された状態で事情聴取を受けていることが認められる。しかし,被告は,24日の朝はGに伴われて原告本社に出頭しているが25日及び26日は自ら単独で原告本社及び原告東京管理室に任意に出頭しているし,被告が携帯電話を取り上げられたということまではなかった。以上の事情を総合すると,被告が外出の自由及び外部との連絡を完全に奪われ,監禁されていたとまでは直ちにいえない。また,前記のとおり,事情聴取の間被告は,原告従業員から再三にわたりAからリベートをもらったことはないか問いただされ,リベートをもらったことを認めろと要求されているが,供述書には,リベートの受領を認める旨の記載はなされておらず,また,中野支店長にAを紹介した際に,紹介貸付を依頼されても,顧客に人物的な問題があったり,住所に不審点があった場合は謝絶するよう依頼したなど,被告が,原告の損害発生を回避するため努力をしたという被告にとって有利な事実も記載されている。以上の事情に照らすと,被告は,供述書の作成過程において,自らの主張を一定程度維持していることが認められる。また,供述書のそのほかの内容についても,被告は,強要されて書いた部分はないと供述している(被告本人)。以上によれば,被告が供述書及び誓約書を,強要と認めるほどに自由意思を抑圧された上で書いたとは認めるに足らない。
(3) したがって,被告が供述書及び誓約書を作成するに当たり,原告による監禁行為や書面作成の強要等社会的相当性を逸脱する行為があったとまでは認められず,原告の不法行為責任は成立しない。
 6 以上のとおり,原告の本訴請求は,172万2600円及びこれに対する平成17年4月27日(上記認容額は,平成17年4月26日付原告最終準備書面(請求拡張の申立)における拡張された請求額の範囲にとどまるものであるから,遅延損害金は同準備書面送達の日の翌日から認容すべきである。)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容することとし,本訴請求のその余の請求及び反訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
    東京地方裁判所民事第48部
裁判長裁判官   水野邦夫


    裁判官   齊木利夫


    裁判官   早山眞一郎

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最終更新:2005年08月01日 10:35
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