H17.11. 4 大阪地方裁判所 平成15年(ワ)第4510号 損害賠償請求事件

 障害等を有する児童が普通学級で一緒に授業を受ける体制を採用している小学校において,広汎性発達障害を有し保育園における給食指導が原因でPTSDを発症した児童につき,当該児童に関するこれらの基本的な事実を聴取していたとの判示の事実関係のもとにおいて,小学校長には,保護者に対してより積極的な聞き取りを行うなどした上,児童の特徴等と併せて学級担任及び養護学級担任教諭に周知する体制を整える義務があるのに,これを怠った過失により,学級担任教諭の給食指導が原因で当該児童のPTSDを発症が悪化したとして,被告の責任を認めた事例




           主 文
 1 被告は,原告に対し,132万円及びこれに対する平成13年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,これを5分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
           事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成13年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,被告が設置する小学校に就学していた原告が,教師の給食指導による虐待及び小学校(長)の児童に対する安全配慮ないし保護義務違反により,以前からり患していた外傷後ストレス障害(PTSD)を再発して不登校状態となり,また,その後,原告がほかの小学校における就学を求めたにもかかわらず,被告の設置する大阪市教育委員会が指定外就学を認めなかったため,教育を受ける権利を侵害されたと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料等として合計330万円の損害賠償金及び教員による虐待が最後に行われたとする平成13年5月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実。証拠は文末に括弧で付記した。)
 (1) 当事者等
  ア 原告(平成6年10月4日生まれ)は,平成13年当時6歳の男児で,自閉症的特徴を伴う広汎性発達障害及び精神発達障害を原因とする中軽度の知的障害を有し,療育手帳(B1)の交付を受けていた(なお,広汎性発達障害とは自閉症の上位概念である。)。
    aは,原告の親権者母である。
  イ 被告は,大阪市教育委員会を設置するとともに,大阪市立甲小学校(以下「本件小学校」という。)を設置している。
    b教諭は,平成13年当時,被告に任用された公務員で,本件小学校において教諭をしていた。
 (2) 事実経過等
  ア 入学以前の経過
    原告は,本件小学校入学以前,平成8年から,乙保育園に通園していたが,同園に対する恐怖心が強くなり次第に通園できない状態となった(甲8,19,23,乙4)。
    原告は,平成11年8月10日以降,大阪市立総合医療センターにおいてc医師の診断を受けていた(甲8,19)。
    平成12年2月ころ,原告の療育手帳における障害の程度は,一番軽度であるB2から,情緒面に問題を抱えるようになったためにB1に変更になった(甲23,乙4,原告親権者母a)。
    原告は,乙保育園を退所して,以降児童相談所の紹介により知的障害児の通園施設である丙施設に通った(乙4)。
    原告の本件小学校入学に当たり,本件小学校長(以下,単に「校長」ということがある。)並びに当時養護学級担当であったd教諭,e教諭及びf教諭は,平成12年6月27日及び同年12月11日,aから原告の状態及び注意事項等について説明を受けたほか,平成13年2月及び同年4月2日には,原告の自宅や丙施設を訪問して,aや丙施設の園長から,原告の状態や配慮事項についての聞き取りを行った。
  イ 入学から不登校に至るまでの経過
    原告の原学級(以下「本件学級」ということがある。)はb教諭が担任することとなった。また,養護学級担当はg教諭がすることとなった。
    平成13年4月の入学当初から同月20日ころまで,b教諭のほか,校長及びg教諭が,本件学級の児童らに対する給食時間中の付添いを行った。
    原告は,平成13年4月26日,フラッシュバックを起こしたことを理由に欠席した。原告は,その後,5月2日,7日及び8日にも本件小学校を欠席した。
    平成13年5月9日,b教諭は,原告を自宅まで迎えに行き,原告はb教諭と一緒に登校した。
    原告は,平成13年5月10日以降,ほとんど登校していない。
  ウ 不登校後の経過
    本件小学校側は,原告の不登校後,原告の再登校に向けてaとの間に何度か話合いの機会を持った。原告は,平成13年7月24日から同月30日までの間の数日間,夏季休暇中の水泳教室に通い,また,同年8月初旬の放課後,児童健全育成事業に参加するため本件小学校に登校したが,その後,参加しなくなった。
    b教諭は,平成13年8月31日付けで,本件小学校の教員を休職し,本件学級の担任は別の教諭がすることになった。
原告は,平成13年9月後半から同年10月初めにかけて,本件小学校に登校し,運動会の練習を行うなどしたが,平成13年10月後半ころから再び不登校状態になった。
    原告は,平成14年1月初め,3学期の始業式に登校しようとしてaとともに本件小学校まで行ったが,校門付近でおびえ出し,1時間弱で下校した。
    平成14年4月以降,本件小学校の教頭であるh教頭等が,原告の転校に向けて努力したが,大阪市教育委員会の許可が得られず,実現しなかった(甲27)。
    原告は,平成14年7月31日,被告を相手方として,大阪簡易裁判所に調停を申し立てた(以下「本件調停」という。)が,平成15年3月18日不成立となった。
3 争点及び争点に関する当事者の主張の要旨
  本件の争点は,(1)b教諭の故意又は過失行為の有無,(2)本件小学校(長)の安全配慮義務違反の有無,(3)大阪市教育委員会の裁量逸脱の有無,(4)原告の損害とb教諭の行為等との因果関係の有無及び原告の損害額である。
 (1) b教諭の故意又は過失行為の有無
 (原告の主張)
  ア 原告の本件小学校入学当時の状況
    原告は,広汎性発達障害のため,味覚が過敏であり,そのため,ある種の味についてはどうしても受け付けないという特性を有し,この特性は偏食につながっていた。また,広汎性発達障害の特性として,パニックを起こさずに安心してコミュニケーションをとるためには先々の見通しが必要であり,コミュニケーションの相手方との間の信頼感が不可欠となることが挙げられる。
    さらに,原告は,平成11年ころ,通園していた乙保育園において,同園の保育士から,給食を食べることを無理強いされ,食べないとたたかれたり閉じこめられたりするという虐待を受けた。その結果,原告は,PTSDを発症した。一般に,このようなトラウマを体験した子供は,自己表現ができなくなることが多く,否定的感情を持つことに対し罪悪感を感じ,感情を抑制する傾向にあるとされている。トラウマを体験した子供の治療として,安心感を確立することが重要となる。原告も,乙保育園での虐待というトラウマの体験により,嫌なときに嫌という感情を表示することができなくなったが,その後丙施設の園長等の努力によって,本件小学校入学当時には,原告のPTSDはほぼ回復し,安心感の回復が次第に図られていた。
  イ b教諭の義務及び義務違反行為
    aは,原告が極度の偏食であること,保育園において虐待を受けたこと,状況によってはフラッシュバックを起こすことを伝え,原告のPTSDが,その発症した体験と同じような体験をすることによって,再発することのないよう,本件小学校に配慮を要望していた。
    b教諭は,前記のような原告の状況を校長,養護教諭等から報告を受けて認識し,あるいは当然認識し得る状況にあった。また,原告の入学後,a自身もb教諭に対し,給食は無理に食べさせないでほしい旨要望した。
    b教諭は,原告のPTSD再発を防ぐため,原告の障害特性に十分配慮して,虐待の追体験をさせないよう,適切な給食指導をすべき義務があった。具体的には,原告との信頼関係が築けるまでの間は,単に原告が嫌と言わないかどうかという表面的なことだけでなく,原告の偏食の状態をうかがったり,原因を探るなど,原告の様子をよく見極めて給食指導を行うべきであり,原告が進んで口にしないものを,たとえ一口たりとも無理に食べさせるべきではなかった。
    それにもかかわらず,b教諭は,aの要望を無視あるいは軽視し,平成13年4月19日ころから同年5月9日ころまでの間,ほぼ毎日,原告に給食を無理やり食べさせ,同年5月9日には,原告の自宅に原告を迎えに来て無理やり登校させた。
 (被告の主張)
   b教諭は,d教諭から,原告が保育園において虐待を受けた児童であり,十分な配慮が必要である旨の引継ぎを受け,また,aから提出された「家庭から学校へ」(甲2)に,広汎性発達障害や虐待によるPTSDがあることについて配慮が必要である旨記載があったことから,これらに配慮して,慎重に様子を見ながら原告に接していた。
   d教諭からは,特に給食指導についての引継ぎはなく,また,aから提出された前記「家庭から学校へ」にも偏食や給食指導に関する記載は一切なかった。aは,原告に無理をさせることがなければ原告が食べられるようになることを期待していたのであり,本件小学校に対し,給食指導を行わないよう要望したことは一度もない。
   もっとも,原告が極度の偏食であることは一目りょう然であったため,b教諭は,強制にならないよう慎重に給食指導を行っていた。その際,原告が嫌と言うか否かのみならず,嫌がる素振りがないか等についても気を配った。b教諭の行為は,適切な給食指導の域を超えるものではなく,b教諭が,原告に対し,給食を食べることを無理強いした事実はない。
 (2) 本件小学校(長)の安全配慮ないし保護義務違反の有無
  (原告の主張)
   小学校は,入学してきた児童が安全に学校生活を送ることができるように安全を配慮しあるいは保護する義務がある。
   本件小学校は,原告の入学前において,原告の広汎性発達障害及びPTSDの後遺症による障害特性や再発防止のための注意点などについて,a及び当時原告が通園していた丙施設などから説明を受け,配慮を要望された上,原告を受け入れた。本件小学校は,原告の障害特性に配慮し,特にPTSDの再発を防止するため,養護担任と原学級の担任との連絡を密にし,あるいは,原学級の担任に対し,原告の障害特性やPTSDについての注意点等を教育し,原告に保育園時代の虐待の追体験をさせないように保護する義務があった。
   それにもかかわらず,本件小学校は,原学級担任であるb教諭に対し,十分な引継ぎをせず,あるいは,引継ぎをしたが十分な理解をさせられず,b教諭は原告に給食を食べることを強制した。また,本件小学校は,原告を受け入れる前に,広汎性発達障害やPTSDについて事前に学習会を行ったり,わずかでも専門知識のある教諭を担任にするなどの配慮を行わなかった。
   本件小学校は,原告に広汎性発達障害及びPTSDの後遺症があることを認識していながら,十分な安全配慮をしなかった義務違反がある。
  (被告の主張)
   本件小学校においては,障害を持つ児童が入学する場合,個々の児童によって配慮すべき内容が異なるため,児童の入学前に保護者から寄せられる個別の相談に養護学級担当の教諭が中心となって応じ,本件小学校に求める配慮事項等について聞き取りを行っている。
   原告の入学に当たっては,事前に,d教諭ら当時の養護学級担当の教諭が,aからの相談に応じたり,原告の自宅や丙施設を訪問して話を聞くなどして,原告の状態や配慮事項についての聞き取りを行った。その結果,d教諭らは,原告について自閉症ないし自閉的傾向があるということ,極度の偏食があること等,また,乙保育園において,強制されたり,脅かされたり等の虐待を受け,フラッシュバックを起こすようになったということなどを聞き取った。このとき,食事に関する事項としては,原告に極度の偏食があるということ及び乙保育園における虐待の要因が主に原告の偏食であったということ以外に,特に説明あるいは要望はなかった。
   d教諭は,平成13年4月初め,b教諭及びg教諭に対し,前記aからの聞き取りをもとに原告についての引継ぎを行ったが,aからの要望は給食指導に特化したものではなかったため,特に給食という話には触れず,原告が保育園において虐待を受けた児童であり対応に十分な配慮が必要であるということを説明した。
   b教諭は,前記引継ぎを受け,aから要望のあったとおり,原告に対する強制行為は一切行っていないのであり,本件小学校の関係教師らの対応に義務違反はない。
 (3) 大阪市教育委員会の裁量逸脱行為の有無
  (原告の主張)
   原告は,PTSDの再発により,本件小学校に通学することができなくなったが,他の小学校であれば通学できる可能性があった。
   大阪市立小中学校における指定外就学について,学校長は,保護者の相談を受け,いじめにより心身の安全が脅かされるような深刻な悩みを持っている児童生徒の転校について,教育委員会と協議する必要があると判断した場合,教育委員会へ指定外就学の許可を申請することができることとなっている。なお,いじめについては,児童間のものに限定していない。
   本件小学校は,原告について,他の小学校への転校しか手段がないと判断し,その旨大阪市教育委員会に申請していたが,大阪市教育委員会は,一向に判断しようとしなかった。そのため,原告が本件調停を申し立てたところ,大阪市教育委員会は,それまで本件小学校が認めていたb教諭による虐待行為の事実自体を否定した上,原告が損害賠償について訴訟提起しないのであれば指定外就学を認めるとしたが,原告がこれを拒否したため,原告の指定外就学を認めなかった。
   大阪市教育委員会の措置は明らかに裁量の範囲を逸脱しており違法である。
  (被告の主張)
   指定外就学は,教育委員会が学校教育法施行令5条に基づいて指定した学校に児童を就学させる義務が保護者にあることを前提として,教育委員会が相当な理由があると認める場合に限って行う特例措置に過ぎず,どのような場合に指定外就学を認めるかは教育委員会の裁量にゆだねられている。被告における指定外就学の許可基準は,主に転居に伴って必要性が認められるものが対象であり,許可される期間も一時的なものに過ぎず,学校生活にかかわって認められるのは,いじめによって児童の心身の安全が脅かされるような深刻な状況が認められる場合のみである。本件のような児童の不登校については基本的に指定外就学を認める対象ではない。大阪市教育委員会は,許可基準に従って原告の指定外就学を許可しなかったにすぎない。
   もっとも,大阪市教育委員会は,原告の不登校を改善する必要があることは認識していたことから,本件調停においては,例外的措置として原告を一時的に別の小学校に通学させて様子を見ることを提案した。前記措置を検討するためには,原告の診断をしたc医師を始めそのほかの医師から意見を聞く必要があり,まず,c医師の意見書の提出及び同医師から直接話を聞くことを原告に求めた。しかしながら,原告から提出されたc医師の意見書の内容は,原告のPTSD再発の原因がb教諭の給食指導にあるとするもので,大阪市教育委員会としては受け入れ難いものであった上,原告は,大阪市教育委員会が同医師から直接話を聞くことを拒絶した。そのため,本件調停は不成立となったものである。なお,このような措置の提案は,紛争解決のために例外的に行ったものに過ぎず,大阪市教育委員会が当然の義務として行うべきものとは認められない。
   以上から,大阪市教育委員会の措置に何ら裁量の逸脱,濫用が認められないことは明らかである。
 (4) 原告の損害とb教諭の故意又は過失行為等との因果関係の有無及び原告の損害額
  (原告の主張)
  ア 原告の損害とb教諭の行為等との因果関係の有無
    原告は,b教諭の虐待行為ひいては本件小学校の安全配慮義務違反により,PTSDを再発した。
    原告は,b教諭からレタスを無理やり食べさせられた平成13年4月25日の夜半,フラッシュバックを起こし,ひどい夜驚を起こした。また,b教諭が原告を無理やり登校させた同年5月9日の晩,「b先生怖い。おばけがいる。」などと強度のパニックを起こした上,退行等の症状がひどくなり,翌日から全く登校できなくなった。
    さらに,大阪市教育委員会のし意的な裁量により,指定外就学が認められなかったため,原告は,小学校に通うことができず,教育を受ける権利を侵害された。
  イ 原告の被った損害を金銭に換算すると次のとおりである。
   (ア) 付添看護費及びフリースクール代           100万円
    a 付添看護費
      原告は,PTSDの再発により,常時aが付き添っていなければならない状態となった。aの付添看護費は1日3000円を下らない。
    b フリースクール代
      原告は,平成15年11月ころまでに次第に症状が落ち着いてきたが,本件小学校にもほかの公立小学校にも通学できず,経済的理由から私立小学校にも通学できなかったため,フリースクールで教育を受けた。フリースクールへの通学にかかった費用は次のとおりである。
      体験入学費等    1万6000円
      入学金    7万円
      入会金及び年会費等    3万円
      月会費    3万8000円
      以上の合計   15万4000円
   (イ) 慰謝料                       200万円
     原告は,b教諭の虐待行為によりPTSDを再発し,筆舌に尽くし難い精神的及び肉体的苦痛を受け,さらに,大阪市教育委員会のし意的な裁量により,教育を受ける権利を侵害された。原告の精神的損害を慰謝する金額としては200万円が相当である。
   (ウ) 弁護士費用                      30万円
   (ア)ないし(ウ)の合計                    330万円
  (被告の主張)
   争う。
   原告は,b教諭の行為あるいは本件小学校の安全配慮義務違反により,原告のPTSDが再発したと主張し,証拠として元主治医であるc医師の意見書(甲8)を提出する。しかしながら,PTSDという概念自体不確定なものである上,同意見書はaの陳述に基づいて作成されており診断の正確性に疑問があること,また,乙保育園における虐待の事実は認められないことからすれば,b教諭の給食指導によってPTSDが再発した事実は到底認められない。
   また,フリースクールへの通学は,原告独自の判断によるものであり,被告が通学費用を負担する理由はない。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
   前記第2の2の事実,証拠(甲8,9,16,19,23,乙4,8,11,12,原告親権者母a,証人b,同g,同h)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  (1) 原告のPTSDの発症等
    原告は,平成8年以降,乙保育園に通園していた。同園の担当保育士は,原告にも他の園児と同じことを同様にさせようという方針で,「給食を食べなかったらお化けをなおしてある倉庫に入れる。」等もったいないお化けの話をするなどして原告に給食を食べさせていた。原告はこのような食事指導がトラウマ(外傷体験。個人の対処能力をはるかに超えた圧倒的体験。)となって,保育園への恐怖心が強くなり,突然「キャー。助けて。」と泣き叫んだりするようになり,通園できなくなった。
    そこで,原告は,平成11年8月以降,c医師を受診するようになった。そして,原告は,平成12年2月以降,児童相談所の紹介により知的障害児の通園施設である丙施設に通うこととした。原告の症状は,転園以来,眠れるようになる,休みの日も通園したがるなど,次第に落ち着いてきたが,平成12年9月ころには,人形の口に無理矢理ご飯を入れて食べさせようとする遊びを繰り返すなどの症状も見られた。
 (2) 本件小学校による入学前の聞き取り等
  ア 平成13年当時の本件小学校の体制
    本件小学校では,平成13年当時,障害等を有する児童も普通学級(原学級)で一緒に授業を受け,必要に応じて養護学級担当の教諭が普通学級において補助的に指導を行う,学級保障という体制を採用していた。
    本件小学校においては,児童の入学前の就学時健康診断の際,入学予定児童全員について保護者等から聞き取りを行っていたが,障害を有する児童等については,それぞれ配慮すべき内容が異なるため,養護学級担当教諭が中心となって,学校に求める配慮事項等についてさらなる聞き取りを行っていた。聞き取った事項は,当該児童の学級担任が決定された後,当該学級担任,当該学年の教諭と養護学級担当の間で引継ぎを行うこととなっていた。
  イ 原告についての聞き取り状況
    原告の本件小学校入学に当たり,校長のほか,当時養護学級担当であったd教諭,e教諭,f教諭らが,aなどから聞き取りを行った。
    aは,平成12年6月27日,丙施設の園長,担任とともに,本件小学校に赴き,原告の状態等について説明した。e教諭等は,原告が療育手帳B1であること,原告が平成11年夏ころから大阪市総合医療センターに通院していること,1歳半から乙保育園に通園を始めたが,遅れが目立ち始め,保育士が他の児童と同じことをやらせようとしたことが原因でノイローゼになったこと,それ以後外ではおどおどして相手の目を見られない状態であること,わからないと言ったり,間違いを言ってはならないと思っていること,そのまま受け入れてもらうことしかできないので原学級で担任の先生に理解してもらうしかないこと,乙保育園でとても偏食をし,保育士が何とか食べさせようと薄暗い部屋に閉じこもって「お化け出るよ。」と言って食べさせようとしたこと,丙施設では自分を出せるようになってきたこと,できることよりできないことをそのまま認めることが自信につながること,強制はしてはならず,本人がやりたいと思うまで待つべきこと,担任の先生との信頼関係が一番大切であることなどを聞き取った。
    平成12年12月11日,原告とaが,本件小学校の養護学級を訪れた。d教諭,e教諭らは,原告とaから,原告が1歳半のとき自閉症が判明したこと,乙保育園で脅かされたりたたかれたりする虐待を受けたこと,原告に恐怖を与えた保育士の子供が原告と同じ新1年生で本件小学校に入学予定であること,偏食で無理やり食べさせるとおう吐すること,乙保育園できつく注意され,「ごめんなさい。」と言っておう吐したものを食べようとしたことがあったことなどを聞き取った。
    平成13年2月7日,f教諭は,丙施設を訪問し,同園の園長及び原告の担当であった保育士から,原告はイエス,ノーがはっきり言えること,肉を無理に食べさせようとしたら3日間休んだこと,極度の偏食でおかず全般が食べられず,ごはんばかり食べること,お弁当は食べること,牛乳は自分から飲まないこと,「あと一口だけ。」というと食べることもあること,嫌なときははっきり「嫌。」と言い,パニックにはならないこと,自閉的傾向があることなどを聞き取った。
    平成13年4月2日,校長とd教諭が,原告の自宅を訪問し,aから,牛乳は自分から飲まないこと,信頼関係ができれば怒っても大丈夫であること,乙保育園に通園していた児童は同じクラスにしないでほしいことなどを聞き取った。
    しかし,聞き取りの際,aは,障害よりも乙保育園での虐待の後遺症について特に配慮するよう要望したが,PTSDを発症したということまでは説明していない。
    平成13年4月初めに,d教諭からb教諭及びg教諭に対し,原告についての引継ぎがなされた。b教諭は,原告が保育園時代に虐待を受けたので対応には十分注意すること,同じ学年に虐待をした保育士の子供が入学するので,入学式の際,原告が保育士と顔を合わせないよう配慮することなどの指示を受け,また,g教諭は,これに加えて,原告が自閉的傾向を有すること,極度の偏食であることなどを聞いた。しかし,この他給食に関する引継ぎは特になされなかった。
 (3) 入学から不登校に至るまでの経過
  ア 入学式当日の配慮等
    平成13年4月6日,入学式当日,本件小学校では,原告をほかの児童や保護者よりも遅く,入学式の始まる直前に登校させるなどして,原告と乙保育園において原告を虐待したという保育士とが会わないよう配慮した。
    入学時,aは,入学前の説明会の際本件小学校から交付されていた「家庭から学校へ」と題する書面(甲2)に記入して,b教諭に提出した。同書面の「配慮すべき点」及び「学校または担任に対する希望事項」の欄には,「・軽度の広汎性発達障害と認知障害があります。(最近,少し多動もあります。)・虐待によるPTSDがあり,状況によってフラッシュバックを起こしパニックになります。…・対人恐怖症も残っている為,信頼関係も築きにくくなっているのですが,信頼関係の出来た人に対しては,目を見て笑うようになります。」との記載はあるが,他に給食の際の配慮事項についての記載はない。
  イ 原告に対する給食指導の状況
    平成13年4月の入学当初から同月20日ころまで,b教諭のほか,校長及びg教諭が,本件学級の児童らに対する給食時間中の付添いを行った。
    校長は,付添いの際,パンをちぎっている原告の様子を見ており,おかずについて,「おかずどう。いらんかったら先生に頂戴。」と言ったところ,原告が「いいよ。」と言ったのでもらった。g教諭が付添いをした際,原告が「いらん。」と言って箸を放ったことがあった。
    b教諭は,原告の給食の付添いに当たり,急に食べられるようになるわけではないが,楽しみながら食べていくうちに将来的には食べられるようになればよいという方針で指導を行った。b教諭は,原告が手をつけやすいように量を減らし,大きいおかずについては小さくした上,スプーンの上に載せて食器の上に置き,「一口どう。」などと1,2回勧めるなどしたが,後は原告の自主性に任せ,b教諭自身がおかずを載せたスプーンを原告の口元へ運ぶことなどはせず,原告がスプーンを置いた場合には食事を終わりにさせるようにしていた。また,1年生の学級においては給食の運搬や配ぜん,片づけ等に時間がかかること,お代わりをする児童らの対応を行う必要があること,b教諭自身も給食を食べることから,b教諭は,給食時間の最後の方に各児童の様子を見て回っていたのみであり,時間中常に原告の給食指導を行っていたわけではない。また,b教諭は,原告が食べるまで原告の側を離れないなど,原告に緊張を与えることはしないようにしていた。
    平成13年4月19日,b教諭が,給食の付添いをした際,原告は,もやし1センチメートル程度,にんじん,魚をそれぞれ5ミリメートル角程度食べて飲み込んだ。b教諭が同日の連絡帳に「…給食,もやし一口○←これぐらい,にんじん○,魚○ぐらいたべてのみこみました。」と記載したのに対し,aは,「…偏食は,原告の場合仕方ない部分も多いのですが,無理じいしないで食べさせる事によって少しずつましになって来ているので,無理に食べさせない様にお願いします。…」と記載した。
    平成13年4月20日,原告は,給食のカレーライスの具を少し食べた。b教諭は,連絡帳に「…カレーはジャガイモ1コ,まぜてしまっていたので,あまり食べれずでしたが,タマネギ,ニンジン,オニク,少々(ほんの少し)たべて,オニギリとかえっこしました。…」と記載し,aはこれに対し,「…給食は,少量でも無理をして食べる状態はよくないので,飲み込んでいる時は,無理に食べなくていい事を教えてあげて下さい。…」と記載した。
    平成13年4月23日の連絡帳には,「…やきそばムリやり少しずつたべさせました。のみこまずかまなくちゃと,お茶はあとにさせました。」とのb教諭の記載がある。
    平成13年4月23日以降は,原告は,ほとんどの間はひとりで給食を食べていたが,お代わりのころ,b教諭が,横に座って「ちょっと味見しよう。」とスプーンにおかずを少し乗せ,「ゴクンするとしんどいから,カミカミ。」などと言って食べさせようとしたところ,少しかんで牛乳で飲み込んだことがあった。
    平成13年4月25日,原告が,レタスを自分で少し口に入れたため,b教諭が褒めたところ,原告は,レタスをぐっと飲み込んだ。
  ウ 不登校に至る経緯
    平成13年4月25日夜,原告は,突然「きゃー。」と叫んで夜驚を起こし,「学校行かない。」と言い出し,翌26日,本件小学校を欠席した。aは,同日朝,本件小学校の養護学級に行き,フラッシュバックを起こしたため欠席する旨d教諭に伝えた。
    平成13年4月27日,登校した原告は,給食で出された関東煮のじゃがいもを自分から2口ほど食べた。
    原告が,同年5月2日,同月7日及び同月8日にも本件小学校を欠席したことから,b教諭は,翌9日,原告を自宅まで迎えに行き,原告はb教諭と一緒に登校した。しかし,原告は,その夜,夜驚,パニックを起こし,退行や脅えの症状が見られ,人形の口にごはんを押しつける遊びをするなどし同月10日以降ほとんど登校しなくなった。
 (4) 不登校後の経過
   aは,平成13年5月10日,丙施設の園長に相談をし,その後,同月24日,丙施設において,同園の園長,担任であった保育士立ち会いの上,aとb教諭及びg教諭との間で話し合いを行い,同月30日には,本件小学校の校長室において,校長,g教諭に対し,現状を訴えた。
   また,aは,平成13年6月15日,原告を伴い,丙施設の園長とともに,本件小学校を訪れ,給食参観を行った。aは,原告のおびえる状態がひどくなったと感じた。平成13年6月18日,大阪市立総合医療センターにおいて,h教頭及びg教諭が,a同席のもと,c医師から話を聞いた。
   平成13年6月19日,aは,h教頭に対し,原告が不登校になったことについて,原因の究明と責任の所在を明らかにするよう要請した。
   平成13年6月26日,h教頭からaに対し,「就学前の取り組み」と題する報告書とb教諭作成にかかる報告書(甲12,13)が提出され,原告の不登校については,d教諭からb教諭に対し,給食について配慮事項の説明をしなかったことが原因であるとの説明があり,d教諭がaに対し,「全て僕の責任です。」と謝罪した。aから,学校側から提出された前記b教諭の報告書では不十分であるとして作り直すよう要求があり,h教頭が,b教諭の記載したものに手を加えたものを新たに提出した(甲15)。
   aは,平成13年6月29日,連絡帳に「ムリやり少しずつたべさせました。」(前記(3)イ認定の記載)があることを見つけ,ファックスでh教頭に報告し同年7月には,h教頭に対し,b教諭が本件小学校にいる限り原告が登校することはできないこと,したがって,b教諭を辞めさせるよう要請した。b教諭は,平成13年8月31日付けで本件小学校の教員を休職した。
   原告は,平成13年7月下旬,同年8月初旬,同年9月後半から同年10月初めにかけて,数日間,本件小学校に登校したが,平成13年10月後半ころから再び不登校状態となり,平成14年1月初めころ,登校しようしたが,本件小学校の校門に入って以降おびえが止まらず,1時間弱で下校した。
   平成14年1月29日,本件小学校は,c医師を招いてPTSDの勉強会を行った。
   平成14年4月以降,aは原告とともに学区内の大阪市己区所在の大阪市立丁養護学校を見学したが,原告の気に入らず,他の小学校への転校を希望したため,h教頭が近隣で原告が通えそうな学校を探し,大阪市庚区所在の大阪市立戊小学校をaとともに見学するなどした上,本件小学校の校長から大阪市教育委員会に原告が転校できるよう働きかけたが,大阪市教育委員会は,調査の結果,b教諭の給食指導に誤りがあった事実は認められないとして原告の転校を許可しなかったため,実現しなかった。
   原告は,平成14年7月31日,被告を相手方として,大阪簡易裁判所に損害賠償を求める本件調停を申し立てた。
   被告は,調査の結果,b教諭の原告に対する給食指導に問題はないと考えており,損害賠償には応じられないとしたが,原告の不登校については何らかの方法で解決すべきであると考えていたことから,原告を一時的に別の小学校に登校させることを検討することとした。そして,被告は,原告に対し,c医師の意見書の提出及び被告がcから直接話を聞くことを求めた。原告は,c医師の意見書(甲8)を提出したが,被告がc医師から直接聞き取りを行うことは,同医師が多忙であること,被告が聴取したいとする事項についてはa自身が十分説明できることを理由に拒絶した。
   被告は,原告に対し,b教諭の給食指導が不適切であったことを理由とする損害賠償には応じられないこと,原告の不登校は被告の指定外就学の基準に該当せず原則として認められないことを前提とした上,被告は例外的措置として原告を別の小学校に登校させることを検討していること,そのためにはc医師の意見を直接聴取したいこと,他校への通学が認められれば紛争は解決するものと考えているので損害賠償を求める本件調停は取り下げられるよう求める旨申し入れたところ,本件調停は平成15年3月18日不成立となった。
 2 争点(1)(b教諭の故意又は過失行為の有無)について
  (1) 給食指導に関する教師の義務内容
    学校給食は,児童の心身の健全な発達に資するものであり,栄養のバランスのとれた食事の摂取,望ましい食習慣の形成,人間関係を豊かにするなどの役割があるとされているところ,小学校において児童に対し,給食指導をすることは,一般には重要な学校教育活動のひとつと位置づけられている(学校給食法1条,2条参照)。したがって,学校において教師が給食指導を行うことは,当然にその職務内容に含まれるというべきである。
    他方,学校の教師は,学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から児童・生徒を保護すべき義務を負う(最高裁昭和59年(オ)第1058,1059号同昭和62年2月6日第二小法廷判決・集民150号75頁,最高裁昭和59年(オ)第434号同昭和62年2月13日第二小法廷判決・民集41巻1号95頁参照)ところ,個々の児童に対する給食指導は,当該児童の発達段階,実態,特性などに応じた配慮がなされるべきであるが,具体的にどのような指導が適切なものであるかは,当該事案の具体的事情をもとに,個別具体的に判断すべきである。
    したがって,次に,本件において,b教諭に適切な範囲を超えた給食指導があったか否かを検討する。
  (2) b教諭の義務違反の有無
   ア 原告入学当時のb教諭の認識内容等
     前記認定のとおり,b教諭は,原告入学前,養護学級担当のd教諭から,原告に関する引継ぎを受けたが,その際説明のあった事項は,原告が保育園時代に虐待を受けたので対応には十分注意し,また,同じ学年に虐待をした保育士の子供が入学するので,入学式の際,原告が保育士と顔を合わせないよう配慮するようにということのみであり,虐待が給食の場面でなされたことの説明はなかった。
     b教諭は,入学後,aから提出を受けた「家庭から学校へ」(甲2)の記載から,原告が広汎性発達障害を有すること,保育園における虐待によりPTSDを発症したことを知ったが,同書面には,給食指導に関する配慮事項は一切記載されていない。
     また,b教諭は,平成13年4月半ばころまでの校長やg教諭による給食指導から,原告が極度の偏食であることを認識した。もっとも,当時b教諭は,広汎性発達障害あるいは自閉症がどのような病気であるかについて,自閉症の児童に味覚過敏やこれによる偏食が見られることがあることについては正確な知識を有しておらず,原告の偏食が広汎性発達障害によるものとは考えていなかった。
     原告は,入学後しばらくすると,b教諭に対しても,お絵かきやそのほかの課題をする際には嫌であるという感情表現ができるようになった。また,原告は,g教諭が給食の付添いをした際,「いらん。」と言って箸を投げたことがあった。
   イ b教諭の給食指導
     前記認定事実のように,b教諭は,原告の給食指導に当たり,小さくしたおかずをスプーンの上に載せて食器の上に置き,1,2回勧めるという程度のものであり,b教諭自身がスプーンを原告の口の方へ持っていったりすることはせず,原告がスプーンを置いた場合には食事を終わりにさせるようにしていた。
     前記連絡帳(甲3ないし5)には,「やきそばムリやり少しずつ食べさせました。のみこまずかまなくちゃとお茶はあとにさせました。」とのb教諭の記載があるが,前記事実に照らせば,「ムリやり」との記載は,原告が自分でスプーンを持って食べていたものの,無理をして食べている様子が伺えたことを記述するもので,b教諭が,原告の口元にスプーンを持っていき,食べることを強制したものではないと認められる。
   ウ b教諭の給食指導に対するaの反応
     aは,原告が給食を食べたとのb教諭の報告がある都度,無理に食べさせないようにしてほしい旨伝えた。もっとも,前記連絡帳(甲3ないし5)の記載についてみれば,給食に関するaの記載は,原告がaの知らない間に自分で前髪を切っていたこと,帰宅後お絵かきをして遊んでいたこと,友達と手をつなぐことがうれしい様子であること等と併記してあり,他の記載と同列な,連絡事項の一つととらえられる可能性を含む書き方であること,文体などからして要望といった程度の調子で書かれたものであること,その内容も抽象的なものにとどまり,わずかに「飲み込んでいる時は無理に食べなくていい事を教えてあげて下さい。」との記載は見られるが,具体的にどのように食べさせることが無理やり食べさせることになるのか,また,嫌という感情表現をしない場合であっても無理やり食べている場合があること等の記載はなかった。
     原告は,aはb教諭に対し口頭で何度も給食を無理に食べさせないでほしい旨説明したと主張し,これに沿う甲18等があるが,aが,原告の不登校の原因をb教諭による給食指導であると認識したのは,平成13年5月下旬から6月上旬以降のことであると認められるところ(甲23,乙8ないし11,弁論の全趣旨),仮に,aからb教諭に対する口頭での注意があったとしても,連絡帳の記載の調子や内容以上のものではなかったと認められる。
   エ b教諭の義務違反の有無
     以上によれば,b教諭は,原告の入学時において,保育園における虐待が給食の場面においてなされたこと,その態様については認識しておらず,aから提出を受けた書面にも給食に関する配慮事項は全く記載されていないこと,原告がPTSDを発症する原因となった保育士の食事指導は,一般に「虐待」という言葉から連想される行為とは隔たりがあることから,b教諭が,原告が給食を無理に食べさせられるという「虐待」と受けたことによりPTSDを発症したと認識することはできなかったといえる。
 また,一般に,「無理やり」あるいは「無理に食べさせる」といったことばからは,嫌がる相手に対し,強いて食べさせることを想定するが,b教諭が行った給食指導は,原告のスプーンにおかずを載せて食べることを勧める程度であり,前記連想される行為とは異なる。
     自閉症の児童については,信頼関係のある教師の言うことは聞くが,信頼関係のない教師の言うことは聞かなかったりパニックを起こしたりする場合と,逆に信頼関係のある教師の言うことは聞かずあるいはパニックを起こしたりし,信頼関係のない教師の言うことをよく聞く場合とがあるとされており(甲25),原告は,給食以外の場面においては,b教諭に対しても,したくないことには拒絶の意思を表示することがあったこと,g教諭が給食の付添いをした際には,「いらん。」と言って箸を放るという意思表示ができていたことからすれば,b教諭が原告との間で信頼関係が築けているか否か,意思疎通ができているか否かを客観的に判断することは相当程度困難を伴うものであったといえる。
     もっとも,b教諭は,原告が広汎性発達障害であることは認識していたところ,原告の偏食がその発達障害によるものである可能性は認識すべきであったというべきである。
     しかしながら,この点を考慮に入れたとしても,当時のb教諭の認識内容等前記のような事実関係のもとにおいて,b教諭が,原告との間で信頼関係が十分に築けておらず,おかずをスプーンに載せて勧めることが,無理に食べさせることになり,後記のようにPTSDを発症した状況を再体験させることになるとの認識を持つに至ることは困難である。そして,このような認識のない状態で,前記のような給食指導をすることは,適法な範囲を超えるものとはいい難い。
     よって,b教諭の給食指導に義務違反行為(故意又は過失行為)があったとはいえない。
 3 争点(2)(本件小学校長の義務違反の有無)について
  (1) 学校長の児童に対する安全配慮ないし保護義務
    前記認定のように,本件小学校においては,平成13年当時,障害等を有する児童も普通学級で一緒に授業を受けるという学級保障という体制を採用していた。
    前述のように,学校の教師は,学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から児童・生徒を保護すべき義務を負うところ,障害等を有する児童については,より細やかな配慮を必要とし,また,配慮すべき事項は個々の児童によって全く異なるのであるから,前記のような学級保障の体制を採用する以上,学校長は,当該小学校を管理する者として,障害等を有する児童を普通学級に受け入れて指導するに当たり,保護者から当該児童について配慮すべき事項を十分に聞き取り,当該児童を受け入れる普通学級の担当教諭はいうまでもなく,当該児童の指導を補助すべき養護学級担当教諭が,当該事項をそれぞれ知り,また,各教諭間において十分な連絡がなされる体制を確立すべき義務を負うというべきである。
  (2) 本件小学校長の義務違反の有無
    これを本件についてみるに,本件小学校長,養護学級担当のd教諭,e教諭,f教諭は,原告の入学前に,aから,前記認定に係る事項について聞き取りを行い,これらの聞き取り事項の中には,原告が極度の偏食であり,乙保育園で保育士がお化けの話をして食べさせようとしたこと,無理やり食べさせるとおう吐すること,乙保育園で注意されおう吐したものを食べようとしたことがあること,丙施設においても,肉を食べさせようとしたところ3日間休んだことがあること等食事に関する事項があったこと,原告にとっては相手との信頼関係が大切であったこと,原告が自閉的傾向を有する児童であったこと等が含まれていた。一般に,自閉的傾向を有する児童については,味覚を含む感覚の過敏があることが特徴とされており,自閉症の児童に対する給食指導は,当該児童の様子をうかがいながら無理なく根気強くなされるべきであるとされている(甲17,乙2)。また,d教諭らは,原告が乙保育園において虐待を受けたことを聞き取り,aからは虐待の後遺症について十分配慮してほしい旨要望された。
    以上の事実関係のもとにおいて,本件小学校長としては,単に,原告の保護者であるaの説明を聞くにとどまらず,学校側から,さらに詳細な聞き取りを積極的に行い,原告の状態を把握して,各教育場面において注意すべき事項を体系立てて整理し,自閉症の児童の特徴等と併せて,学級担任,養護学級担当教諭に周知する体制を整える義務を負っているというべきである。
    しかしながら,実際には,d教諭らは,aや丙施設の園長,保育士から説明を受けたにとどまり,聞き取った事項についても,b教諭及びg教諭に対し十分な引継ぎはなされなかった。また,b教諭は,自閉症の児童の特徴についての知識を有していなかった。
    よって,本件小学校長には,原告の状態,配慮すべき事項について,十分な聞き取りを行い,自閉的特徴と併せて,b教諭及びg教諭に周知する体制を整えるべき義務があるのにこれを怠った過失があるというべきである。
 4 争点(3)(大阪市教育委員会の裁量逸脱の有無)について
  (1) 指定外就学の許可の裁量行為性
    学校教育法施行令5条2項は「市町村の教育委員会は,当該市町村の設置する小学校…が二校以上ある場合においては,前項の通知(入学期日の通知)において当該就学予定者の就学すべき小学校…を指定しなければならない。」とし,同8条は「市町村の教育委員会は,5条2項…の場合において,相当と認めるときは,保護者の申立により,その指定した小学校…を変更することができる。…」とする(以下,同令8条により学校指定の変更を受けて就学することを「指定外就学」という。)。
    同施行令の趣旨は,市町村が設置する学校が複数ある場合に,就学予定者の就学すべき学校は,市町村の教育委員会が指定することを前提に,同教育委員会は,相当と認めるときには,保護者の申立てにより,指定した学校を変更することができるとするものであって,就学予定者の就学すべき学校の変更は,市町村の教育委員会の自由裁量に属する行為とするものであると解される。
    したがって,学校の変更に当たって,市町村の教育委員会の措置が,裁量権の逸脱ないし濫用といえる場合に限り,国家賠償法上違法の評価を受け得るというべきである。
  (2) 本件における大阪市教育委員会の措置について
   ア 大阪市の定める基準
     証拠(乙5)によれば,被告は,学校教育法施行令の定めを受け,指定外就学の許可基準として,「いじめにより心身の安全が脅かされるような深刻な悩みを持っている児童生徒の転校について,学校長が教育委員会と協議する必要があると判断した場合」について,その申請方法として,保護者が在籍校の学校長に指定外就学について相談した上,学校長が転校しか手段がないと判断した場合,学校長が大阪市教育委員会へ指定外就学を申請するとし,許可の協議として,大阪市教育委員会は学校長並びに教育相談機関の専門家の意見等を徴取し,指定外就学の適否について協議する旨定めていることが認められる。
   イ 本件における大阪市教育委員会の措置
     本件においてこれをみるに,前記認定事実のほか,証拠(乙12)によれば,本件小学校は,平成13年6月ころから,aがb教諭の指導が原因で原告が不登校となったと主張していることについて,本件小学校から報告を受けていたこと,本件小学校ではaの相談を受けた結果,学校長が,大阪市教育委員会に対し,原告がほかの小学校へ転校できるよう申請したこと,大阪市教育委員会は,本件小学校に対する調査の結果,aから就学前の聞き取りについて,保育園における詳細な経過までは引継ぎはなされなかったものの,b教諭に対しても,原告が保育園時代に虐待を受けたので対応には十分注意してほしいとのaの要望については引継ぎが行われていたこと,b教諭の実際の給食指導は虐待とは到底評価し得ないものであったことから,b教諭の給食指導に誤りはなかったとの結論に至り,原告の転校を許可しなかったことが認められる。
     これらの事実に照らせば,大阪市教育委員会が,前記認定にかかる基準のもと,b教諭の原告に対する虐待があったことを前提とする原告の転校を相当と認めず,許可しなかったことには,相当の理由があるといえ,同教育委員会の措置が,裁量権の逸脱あるいは濫用に当たるとはいい難い。
     なお,大阪市教育委員会は,平成14年7月以降,本件調停において,原告がほかの小学校に通学する措置を一時検討したことが認められるが,これは,原告の不登校が解消されるのであればその方が望ましいことから例外的措置として検討されたにすぎず(弁論の全趣旨),本件調停において,このような検討がなされたことをもって,原告の転校は許可されるべきものであったとまではいえない。
   ウ 以上から,本件において,原告の転校を認めなかった大阪市教育委員会の措置に裁量の逸脱あるいは濫用があったとはいえない。
 5 争点(4)(原告の損害と本件小学校長の義務違反との因果関係の有無及び原告の損害額)について
  (1) 原告のPTSDの悪化
    一般に,子供のPTSDについては,その診断基準がいまだ確立されてはいないものの,子供のPTSDの特徴として,突然の興奮やパニック,ポストトラウマティックプレイ(トラウマを再現するような遊び)をする,無表情になりぼーっとする,なかなか寝付けない,夜中に目が覚める,常におびえささいな音にひどく驚く,わずかの刺激でも過敏に反応し怒ったり泣いたりするなどの症状がみられるとされている(甲9)。
    前記認定に係る,原告は,乙保育園において,保育士の食事指導が原因でPTSDを発症したこと,その後,しばらく症状が落ち着いていたが,本件小学校入学後の平成13年4月25日,突然「きゃー。」と叫んで夜驚を起こしたこと,同年5月9日,夜驚,パニックを起こし,退行や脅えの症状が見られたこと,人形の口にごはんを押しつける遊びを繰り返したこと,5月10日以降本件小学校に登校できなくなったこと等の各事実に照らすと,原告には突然の興奮やパニックが起こり,人形の口にごはんを押しつける遊びであるポストトラウマティックプレイもみられることからすると,原告は,本件小学校において給食を無理に食べるということを体験することによって,乙保育園においてPTSDを発症した際の状況を再体験し,その結果,PTSDが悪化したものと認められる。(甲8(c意見書))。
    原告は,PTSDの悪化により,本件小学校に登校できなくなり,また,常時aが付き添っていなければならない状態となった(甲6,弁論の全趣旨)。
  (2) 原告の損害
   ア 付添看護費及びフリースクール代            100万円
     aの付添看護費及び本件小学校に通えなかったことにより通学したフリースクールの費用は,本件小学校長の義務違反行為と相当因果関係ある損害と認める。
   イ 慰謝料                        200万円
     以上事情を考慮すれば,原告が被った精神的苦痛を慰謝するには,上記金額が相当である。
   ウ 以上の合計                      300万円
  (3) 過失相殺
    民法722条2項が不法行為による損害賠償の額を定めるにつき被害者の過失を考慮して損害賠償の額を定めることができる旨を定めたのは,不法行為によって発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものであると考えられるから,前記被害者の過失には,被害者本人と身分上,生活関係上,一体をなすとみられるような関係にある者の過失,すなわちいわゆる被害者側の過失を包含するものと解され(最高裁昭和47年(オ)第457号同昭和51年3月25日第一小法廷判決・民集30巻2号160頁参照),児童である被害者に対する監督者である父母の過失はこれに含まれるというべきである。
    前記のように,本件において,b教諭の給食指導はスプーンの上におかずを載せて勧める程度のものにすぎず,また,原告はお絵かきなどの場面においてはb教諭に対し拒絶の意思表示ができており,給食の場面においても「嫌。」と言うなどして拒絶する様子を見せなかったにもかかわらず,原告は,b教諭の給食指導により乙保育園でのトラウマを再体験することとなったのであるが,その原因としては,原告が,当時,b教

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最終更新:2005年11月18日 13:42
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