H17.11. 2 甲府地方裁判所 (本訴)平成15年(ワ)第232号 (反訴)平成17年(ワ)第59号 (本訴)不動産明渡請求  (反訴)不当利得返還請求

不当利得返還請求権が成立しないとされた事例


本訴 平成15年(ワ)第232号 不動産明渡請求事件
反訴 平成17年(ワ)第59号 不当利得返還請求事件
主   文
1 被告らは原告らに対し別紙物件目録記載の土地建物を明け渡せ。
2 被告らは原告らに対し別紙動産目録(1),(2)記載の動産を引き渡せ。
3 反訴原告らの請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は本訴反訴を通じ被告(反訴原告)らの負担とする。
事実および理由
第1 請求
 1 本訴
 主文第1,第2項と同じ。 

 2 反訴
 反訴被告らは反訴原告らに対し連帯して6000万円とこれに対する平成17年2月17日(反訴状送達の日の翌日)から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。

※ 以下,原告(反訴被告)はたんに「原告」と,被告(反訴原告)はたんに「被告」という。

第2 事案の概要
 1 争いのない事実
 (1) Aは平成13年7月27日死亡した。原告らはAのきょうだいであり,Aの相続人は原告らのみである。

 (2) 別紙物件目録1記載の土地(以下「本件土地」という)と同目録2記載の建物(以下「本件工場」という)は登記簿上Aの所有である。

 (3) 別紙物件目録3記載の建物(以下「本件居宅」という)は未登記であるが,Aが生前所有していた。別紙動産目録記載の金融資産証書類(以下「本件証書類」という)と同目録記載の自動車(以下「本件自動車」という)は,いずれもA名義である。これらはいずれもAの相続財産である。

 (4) 被告らは本件土地,本件工場,本件居宅,本件証書類,本件自動車をいずれも共同占有している。

 2 原告らの主張
 (1) 本件土地と本件工場は登記どおりAの所有であり,Aの相続財産であるから,原告らが法定相続分にしたがい共有している。本件居宅,本件証書類,本件自動車がAの相続財産でありこれを原告らが法定相続分にしたがい共有していることは当事者間に争いがない。
 よって原告らは,所有権(共有持分)に基づき,これらを共同占有している被告らに対し明渡しないし引渡しを求める。

 (2) 被告らは被告BとAの間に内縁関係があったと主張するが,否認する。両名の間に内縁の実体はないし,被告Bには婚姻の届出をした夫があった。
 被告Bは被告会社のために多額の支出をしたというが,そうであるならばその返還を求める相手方は被告会社であって原告らではない。また,被告Bは,3000万円の退職慰労金のほか,被告会社から多額の報酬を得ている。被告BがA個人の資産形成に寄与した事実は認められない。

 3 被告らの主張
 (1) 被告Bは昭和52年頃からAが死ぬまで長期間にわたってAと同居し内縁関係にあった。したがって被告BにはAの相続権またはAに対する財産分与請求権がある。

 (2) 被告会社は,昭和55年10月,Aと被告Bが設立した会社であり,その設立費用,設備費用,営業資金等はすべて被告Bが捻出した。
 本件土地は,昭和56年に被告会社の工場用地として購入したものであり,昭和58年,この土地の上に被告会社の工場として本件工場を新築した。その資金は被告Bが被告会社から受ける役員報酬などに基づいている。したがって本件土地と本件工場の所有権がすべてAに帰属することは否認する。

 (3) 本件土地と本件工場がAの相続財産であるとしても,上に述べたとおり,その取得のための出捐をしたのは被告Bである。また,本件居宅,本件証書類の表示する金融資産,本件自動車がAのものになるにあたっては,同じく,被告Bが多大な出捐をした。したがって,これらの財産すべてがAの相続財産であり原告らがこれらを取得したというのであれば,原告らは被告Bの損失によって利得をしたのであり,被告らは原告らに対し不当利得返還請求をすることができる。この不当利得の金額は合計で6000万円を下らない。
 よって被告らは原告らに対し不当利得に基づき6000万円とこれに対する請求(反訴状送達)の翌日である平成17年2月17日から支払いずみまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める。

 4 争点
 (1) 被告BはAの相続人である原告らに対しAの相続権ないしAに対する財産分与請求権を主張できるか。

 (2) 本件土地と本件工場はAの相続財産か。

 (3) 被告らの主張する不当利得は成立するか。

第3 争点に対する判断
 1 争点(1)(被告Bの相続権ないし財産分与請求権)について
 内縁の夫婦の一方の死亡により内縁関係が解消した場合,生存配偶者が死亡配偶者の相続人になることはないし,生存配偶者が死亡配偶者の相続人に対する財産分与請求権を取得することもない(最決平成12年3月10日民集54巻3号1040頁)。したがって,被告BとAの間にAの死亡まで内縁関係があったという被告らの主張がかりに正しいとしても,被告Bが原告らに対して相続権ないし財産分与請求権を主張することはできない。被告らのこの点についての主張はそれ自体理由がない。

 2 争点(2)(本件土地と本件工場の所有権)について
 (1) 認定事実
 争いのない事実,証拠(かっこ内のもの)と弁論の全趣旨により以下の事実を認める。
 ア 被告Bは,Aと知りあう前から別の男性との間に法律上の婚姻関係があり,その間に2名の子をもうけていた。Aが死ぬまで被告Bのこの婚姻関係は継続しており,したがって被告BとAが夫婦として婚姻の届出をしたことはない。【甲1,3の1,被告B】
 イ 被告BとAは,昭和52年頃,同じ会社に勤めていて知りあった。昭和54年,Aは会社勤めをやめて独立し,これに被告Bが協力してふたりで営業を始めることになった。昭和55年10月には被告会社を設立し,Aが代表取締役に,被告Bが取締役になった。【甲12,乙6,証人C,原告D,被告B】
 ウ 昭和56年12月,本件土地がA名義で購入され,昭和58年8月,この上に本件工場がA名義で建築された。土地の売買契約と建物の請負契約はいずれもA名義で締結されており,代金支払いの領収書もすべて「A」宛てとなっている。
 Aは,金融機関から会社設立資金や土地建物購入資金の融資を受けたが,その後完済した。
【甲4ないし6,乙1,2の1~7,3,4の1~5,5の1~,証人C,原告D,被告B】
 エ 本件工場建築後,Aと被告Bはここで被告会社の経営にあたってきた。Aは,当初は本件土地を被告会社に貸したことにして被告会社から賃料を取得していたが,その後被告会社の経営が苦しくなり,賃料を取らなくなった。
 Aと被告Bが被告会社から得た給料ないし役員報酬の金額とその推移は別表のとおりである。
 被告会社の従業員は,いちばん少ないときで2名であったが,10名ほどいた時期が長く,いちばん多いときで15名ほどであった。
【証人C,原告D,被告B】
 オ Aは,昭和62年,本件土地の上に本件居宅を建築した。もっとも,Aの自宅はこれとは別にあり,Aは,平成8年頃まで,そちらの自宅に実の母親とともに住んでいた。一方,被告Bは,Aとともに被告会社の経営にあたるようになった後も,法律上の夫とその間の子どもたちとともに通常の家庭生活を営んでおり,平成8年頃までは,Aと同居したことはなかった。【甲13,原告D】
 カ 被告Bは,本件土地の隣地が民事執行の競売手続で売却の対象となっていたことから,平成11年1月,これを代金約1555万円で買い受けた。この土地は被告会社の駐車場となっている。【甲14,被告B】
 キ 平成13年にAが死亡した後,被告会社の代表取締役にはAに代わって被告Bが就任した。Aの死亡により,被告会社は7000~8000万円の保険金を受け取った。本件訴訟の係属中,被告Bは被告会社の代表取締役,取締役を退任し,退職慰労金として2000~3000万円を受け取った。一方,Aの相続人に対してAの退職慰労金は支払われていない。【証人C,被告B】

 (2) 判断
 Aが本件土地と本件工場の所有権を有していたことを被告らが否認する理由は必ずしも明確でない。当初の被告らの主張をみると,被告Bが共有持分を有するという主張とも考えられたので,当裁判所からその点についての釈明を求め(第2回弁論準備手続調書),原告らからも同趣旨の疑問が提起されたが(反訴答弁書),被告らの主張は最後まで明確にならなかった。しかし,被告らは,Aと被告B以外の者の所有権ないし共有持分を主張する趣旨でないことは明らかであるから,被告Bの単独所有ないし共有持分を主張しているものと理解して,以下検討する。
 被告らの主張の根拠の第1は,AとBが内縁関係にあったということである。被告Bは,平成8年からAの死亡した平成13年まではAと同居していたと供述しており,これを裏づける証拠がある一方(甲1),これに反する証拠はないから,この供述は一応信用することができる。しかし,被告Bの供述や陳述書(乙6,7)を検討しても,ふたりの生活状況がどのようなものであったのかは明らかでない。はっきりしているのは,平成8年より前にはAと被告Bの間に同居生活の実体があったとはいえないこと,そして,本件土地が購入された昭和56年,本件工場が建築された昭和58年の頃は,被告Bは法律上の夫との間で通常の家庭生活を維持していたことである。本件土地の購入も本件工場の建築も被告らの主張する内縁関係が成立するはるか以
前のことといわざるをえないから,いずれの所有権もAが単独で取得したと考えるのが自然であり,これらについて被告らの主張する内縁関係に基づく被告Bの貢献があったと認めることはとうていできない。
 被告らの主張の根拠の第2は,被告Bが被告会社の経営に貢献してきたということである。本件土地,本件工場をAの死亡まで維持できたのは被告Bが貢献してきたからである,ということが被告らの主張したいことであると解される。たしかに,被告会社の経営者であるAに被告Bがよく協力し,ふたりで被告会社の経営にあたってきたことは事実である。しかし,被告Bは,この間,被告会社から相応の給料ないし役員報酬を得ており,被告Bの貢献はこれによって報われている。被告Bの被告会社の経営に対する貢献をもって,本件土地,本件工場に対する権利主張の根拠とすることはできない。
 被告らの主張の根拠の第3は,被告Bが多額の資金を被告会社やAのために費やしてきたということである。被告Bはそのような供述をする。しかし,この供述を裏づける客観的な証拠は存在せず,この供述をそのまま受け取ることはできない。また,かりにそれが事実であるとしても,本件土地,本件工場の維持のためにどれほどの寄与があったのかは明確でなく,Aの所有権(単独所有)を否定する理由としては不十分である。さらにいうと,被告Bは,「Aが社会的に一人前と認められるようにするため,本件土地,本件工場やその他の資産をすべてA名義とした」という趣旨の供述をするものの,他方で,本件土地の隣地をAの生前に自分で取得し(しかも被告Bによればこれは被告会社から得た給料ないし役員報酬とはまったく別の自己資金で買っ
たのだという),これを被告会社の駐車場として提供している。このことからすれば,被告Bは,その言葉とは裏腹に,被告会社に関連する資産について,Aが所有するものと被告Bが所有するものを明確に分けて意識していたと考えられるのであり,A名義である本件土地と本件工場はAに取得させる意思であったと認めることができる。
 以上のとおり,どのような観点から検討しても,本件土地,本件工場に対する被告Bの所有権ないし共有持分を認めることはできず,(1)の事実によればいずれについてもAが単独で所有していたのであると認めるほかない。よってこれらはAの相続財産である。

 3 争点(3)(不当利得)について
 (1) 被告会社の請求
 被告会社は,被告会社の原告らに対する不当利得返還請求権が成立する根拠となる事実をまったく主張しない。したがって,証拠の検討をするまでもなく,被告会社の不当利得返還請求は認められない。

 (2) 被告Bの請求
 被告Bの主張の根拠は,本件土地,本件工場,本件居宅,本件証書類の表示する金融資産,本件自動車をAが取得するにあたって,被告Bが多額の支出をしたということである。
 争点(2)のところでも検討したように,被告Bはこの主張にそった供述をするが,これを裏づける客観的な証拠は存在しない。また,被告BとAの間の関係も,その実態が十分明らかになっておらず,少なくとも,被告Bの主張の正当性を裏づけるような長年にわたる内縁関係の存在を認めることはできない。さらに,被告Bは被告会社から長年にわたって相応の給料ないし役員報酬を得ているし,Aの死後,被告会社から多額の退職慰労金を得ている。これらの事情をふまえると,被告Bの損失によってAが法律上の原因なく利益を得たと認めるには不十分であるといわざるをえない。被告Bの主張する不当利得の成立を認めることはできない。

 4 結論
 本件土地,本件工場,本件居宅,本件証書類,本件自動車はいずれもAの相続財産であり,被告らはこれを共同占有しているから,Aの相続人である原告らは被告らに対しその明渡しないし引渡しを請求することができる。原告らの請求はすべて正当である。
 被告らの主張する不当利得の成立は認められないから,被告らの不当利得返還請求はいずれも理由がない。

   甲府地方裁判所民事部

 裁判官  倉 地 康 弘

(別紙)物件目録(省略)

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最終更新:2005年11月28日 11:17
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