hanrei @Wiki H17.11.25 甲府地方裁判所 平成17年(ヨ)第3号 地位保全・賃金仮払仮処分命令申立



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 社会福祉法人である債務者の理事会議事録等を偽造して山梨県に提出した債権者を債務者が解雇したことが,解雇権の濫用に当たるとはいえないとして,債権者の仮処分命令の申立てが却下された事例


          主    文
   1 本件申立てをいずれも却下する。
   2 申立費用は債権者の負担とする。
          事実及び理由
第1 申立ての趣旨
 1 債権者が債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
 2 債務者は,債権者に対し,平成17年1月から平成18年1月まで,毎月25日限り金36万5050円を仮に支払え。
第2 事案の概要
 1 事案の要旨
 (1) 本件は,社会福祉法人である債務者から平成16年9月30日をもって解雇された債権者が,同解雇の無効を主張して,債務者に対し,雇用契約上の地位にあることの仮の確認及び賃金の仮払いを求めている事案である。
 (2) 債務者は,債権者の解雇理由について,「債権者は,債務者の理事会議事録や定款変更認可申請書を偽造し,これを所轄庁である山梨県(以下「県」という。)知事に提出した。これらの事実は,債務者の就業規則に定める懲戒解雇事由に該当する。」などと主張している。これに対し,債権者は,前記偽造等を行ったことは認めた上で,これらの事実のみでは解雇事由には該当せず,また,仮に形式的には同事由に該当するとしても,本件における解雇は,解雇権の濫用として無効であると主張している。
 2 前提となる事実(疎明資料等を掲記した事実以外は,当事者間に争いがない。)
 (1) 当事者等
   ア 債務者は,平成14年3月22日,債権者の父であるAが中心となって設立した社会福祉法人であり,知的障害者更生施設「B」の設置・経営,知的障害者短期入所事業及び知的障害者デイサービス事業を目的とする。
   イ Aの子である債権者(昭和○○年○月○日生)は,Bが開所した平成15年4月1日,期間の定めなく債務者に雇用され,同日,事務長の辞令を受けた(乙19)。
 (2) 本件各偽造に至る経緯
   ア 県福祉保健部は,平成15年7月29日,社会福祉法70条に基づき,債務者及びBに対する指導監査(以下,この指導監査を「本件指導監査」という。)を実施し,その結果,債務者に対し,入所者からの預り金を適正に処理することなど40項目に及ぶ指摘,指導を行った(乙1)。
   イ Bは,平成15年8月14日当時,次のとおりの体制で運営されていた(乙2)。
    (ア) 施設長 C(Aの妻である。)
    (イ) 役員 理事7名,監事2名
    (ウ) 定員 50名
    (エ) 入所者 合計49名(男性22名,女性27名)
    (オ) 直接処遇職員 16名(以下,同職員らを「B職員」という。)
   ウ 債務者は,平成15年8月14日,B職員のうち1名を解雇した。また,B職員のうち8名は,翌15日,施設長であるCの入所者及び職員に対する対応を不満として,債務者に対して辞表を提出し,更に同様の理由から,B職員のうち4名が,債務者に対して退職の意向を伝えた(乙2,3の1ないし8)。
   エ 向徳者職員から退職の意向等について連絡を受けた県障害福祉課は,B職員16名のうち13名が退職する事態に至れば,Bの運営を継続することは困難であると判断し,同日,同課職員4名をBに派遣し,事情聴取に当たらせた。その後,同課は,債務者から,Bの入所者のうち帰省中の者を除く21名を他の施設へ移送し,翌16日に開催される理事会をもって施設長であるCが退任する予定であるなど,事後策に関する連絡を受けた(乙2)。
   オ 債務者は,平成15年8月16日,理事会を開催し,施設長であるCが退任すること,当面は理事長であるAが施設長を兼務すること,退職希望者(解雇された者を含む。)の全員に対して引き続きBで働くことを依頼すること,同月19日から帰省中の入所者の受入れを開始し,同月22日に他施設へ移送した入所者を再度受け入れることなどを確認した(乙2,乙3の3ないし9)。
   カ 県内の新聞各紙は,平成15年8月17日以降,上記ウのB職員の大量退職希望や入所者の移送に関して報道した(乙3の1ないし8)。
   キ 債務者は,平成15年9月1日,Bの新しい施設長(ただし,同月末に開催される理事会までは施設長補佐)としてDを雇用したが,同人は,同月13日,① 債務者の定款や事務的書類を閲覧することができないこと,② 理事長であるAと相談して決定した事項が翌日には覆ってしまうこと,③ 前施設長であるCが依然として影響力を行使して同人の職務遂行を妨害することなどから,施設長としての職責を果たすことができないとして退任した(甲10,乙2,19)。
   ク 債務者は,平成15年10月30日,県福祉保健部長に対し,本件指導監査によって指摘された各事項の改善状況について報告した(乙1)。
   ケ 県福祉保健部長は,本件指導監査における指導にもかかわらず,上記ウのとおり,B職員が集団で辞職することを希望するなど債務者の運営が極めて不安定であると判断し,平成15年11月6日,7日,10日,11日及び12日の5日間,債務者に対し,特別指導監査を実施した(以下,この特別指導監査を「第1回特別指導監査」という。)(乙4)。
   コ 第1回特別指導監査の結果,入所者が軽作業をして得た工賃約31万円が所在不明となっていることが判明し,このことは,平成15年12月2日以降,県内の新聞各紙によって報道された(乙3の10ないし15)。
   サ 県福祉保健部長は,平成15年12月17日,債務者に対し,第1回特別指導監査の結果を通知した。
     県福祉保健部長は,この通知の中で,① 債務者の支出に1000万円以上の不明瞭な会計処理がなされていること,② 依然として利用者からの預り金の管理がずさんであることなどを特に指摘し,こうした事態を引き起こした原因は,債務者が,A,債権者及び旧施設長であるCによって独断的に運営されていることにあると述べた。そして,県福祉保健部長は,この通知の中で,債務者に対し,債務者内部においても責任の所在を明確化して厳正な処分等を行うとともに,その改善状況を報告するよう求めた(乙3の18ないし22,乙5)。
   シ 債務者は,平成16年1月29日,県福祉保健部長に対し,第1回特別指導監査によって指摘された問題点の改善状況について報告し,この中で,債務者の理事長であるAが上記不明瞭な会計処理などの責任を取って,同年3月末をもって理事長職を退任する旨表明した(乙5)。また,このころまでに,債権者も,同日をもって事務長から事務次長へ降格することとなった。
   ス 上記報告を受けた県は,平成16年3月上旬ころ,債務者に対し,第1回特別指導監査の結果指摘した不明瞭な会計処理のうち,① 理事長であるAが施設長を兼務していた際にAに対して二重払いされた給与110万円,② 入所者の作業収入の不明金31万円,③ 入所者の預り金のうち使途が証明できない20万円,④ 支援費で賄うべきでない布団購入費や理髪代を利用者に負担させた121万円を返還するよう指導し,このことは,県内の新聞各紙によって報道された(乙3の18・19)。
   セ 債務者は,平成16年3月27日,理事会を開催し,同年3月末をもって理事長職を退任するAに代わって,Eが理事長に就任することを確認し,予算,規則の改定,新役員の選任及び定款変更などについて協議し,その旨の議事録(乙6の1)を作成した(以下,この理事会を「本件理事会」という。)。
   ソ ところが,債権者は,本件理事会の議事録について,同議事録の内容を承認して署名押印した議長及び理事2名に無断で,理事長及び専務理事の職務の具体的内容,資産区分及び職員寮の契約に関する事項を加筆し,これに議長及び理事2名の氏名を記入した上,各人名義の印鑑を押印して新たな議事録を作成し,更に,この偽造した議事録を本件理事会の真正な議事録であるとして,県に対して提出した(別紙「理事会・議事録」(省略)は偽造された議事録の写しであり,下線が施されている部分並びに議長及び理事の記名押印部分が偽造箇所である。以下,この偽造を「本件1偽造」という。)。
   タ 県は,債務者の業務運営が十分改善されていないと判断し,平成15年4月28日,債務者に対し,同年5月12日から3日間,特別指導監査(以下,この特別指導監査を「第2回特別指導監査」という。)を実施することとした。
   チ 債権者は,第2回特別指導監査の直前である平成16年5月10日,債務者の理事長(当時の理事長はEである。)に無断で,本件1偽造によって偽造した議事録の内容に従った「社会福祉法人定款変更認可申請書」2通(乙8,9)を作成し,これに債務者の法人印及び理事長印を押印して,県に提出した(以下,この偽造を「本件2偽造」といい,本件1偽造と併せて「本件各偽造」という。)。
   ツ 本件各偽造は,第2回特別指導監査で明らかとなり,県知事は,平成16年6月25日,債務者に対し,社会福祉法56条2項に基づいて「特定の役職員による専断的な法人運営を排除し,内部牽制機能が確保される法人体制を整備すること」などを含む措置を採るよう命じるという不利益処分を前提として,弁明の機会を与える旨通知した(乙3の24ないし29,乙11)。
 (3) 本件解雇に至る経緯
   ア 債権者は,平成16年6月26日に同時開催された理事会及び評議会において,本件各偽造は債権者の独断で行ったものであり,責任を取って辞職する旨発言した(乙12)。
   イ 上記理事会及び評議会に出席していた理事及び評議員の多くは,債権者は自主退職するものと認識していたが,債権者の父であるAは,平成16年7月8日に同時開催された理事会及び評議会において,債権者が自ら退職するのではなく解雇を希望している旨述べた。しかしながら,理事会及び評議会は,本件各偽造の責任を取って債権者が辞職する旨の新聞報道がなされていたこともあり,引き続き債権者に退職届の提出を求め,その旨の弁明書を県に提出することとした(乙13)。
   ウ 債務者は,平成16年7月20日ころ,債権者に対し,退職届の提出,退職に伴う事務の引継ぎ,同年6月29日以降の欠勤届の提出などを求める旨の書面を郵送した。しかしながら,債権者から何ら応答がないため,債務者は,同月27日及び28日,2度にわたって,債権者に対し,同様の依頼を記載した書面を郵送した(甲4の2・3)。
   エ 県知事は,平成16年7月28日,債務者に対し,社会福祉法56条,71条に基づき,下記(ア),(イ)の内容を含む是正措置を講じ,同年8月31日までに講ずべき措置の内容とその是正状況について書面で報告するよう命じた(以下,この是正措置命令を「本件是正措置命令」という。)(乙14)。
    (ア) 本件各偽造が明らかになった後も,債務者の専断的な法人運営が改善されていないことから,法人運営の適正化のため,特定の役職員による専断的な法人運営を排除し,内部牽制機能が確保される法人体制を整備すること
    (イ) 本件各偽造など不適正な事務処理を行った役職員の責任を明らかにし,厳正な措置をとること
   オ 債務者は,平成16年8月5日,理事会及び評議会を同時に開催し,債権者の処遇について,退職届の提出を受けて自主退職とし,休職中に支給された給与の返還を免除するということで処理できないか県に打診することとした。
   カ 債務者は,平成16年8月25日,理事会及び評議会を同時に開催し,債権者の処遇について検討し,同月28日まで債権者の父であるAが債権者に対して退職届を提出するよう説得し,それでも債権者が退職届を提出しない場合には,債権者を解雇することとした。
   キ 債務者は,債権者が退職届を提出しなかったため,平成16年8月30日,債権者に対し,就業規則(甲2)24条及び34条に基づき,書面をもって,同年9月30日をもって債権者を解雇する旨通知した(以下,この解雇を「本件解雇」という。)。
   ク 債務者は,平成16年8月31日,県知事に対し,本件解雇を行ったことを含め,本件是正措置命令に対する報告書を提出した(乙18)。
 3 当事者の主張
   債権者の主張は,地位保全賃金仮払仮処分申立書,準備書面(1),準備書面(2)及び準備書面(3)のとおりであり,債務者の主張は,答弁書,平成17年7月13日付け準備書面のとおりであるからこれらを引用する。
 4 主要な争点
 (1) 本件解雇は,解雇権を濫用したものとして無効であるといえるか。
 (2) 仮処分の必要性
第3 当裁判所の判断
 1 主要な争点(1)について
 (1) 本件各偽造は,有印私文書偽造罪(刑法159条)及び同行使罪(刑法161条)に該当する犯罪行為であるから,債権者が行った本件各偽造が,債務者の就業規則(甲2)34条2項3号に定める懲戒解雇事由である「舎内における盗取,横領,傷害等刑法犯に該当する行為があったとき,またはこれらの行為が舎外で行われた場合であっても,それが著しく法人の名誉もしくは信用を傷つけたとき」に該当することは明らかである。
 (2) 債権者は,仮に本件各偽造が懲戒解雇事由に該当するとしても,① 本件各偽造は,もともと理事会の議題に挙がっていた事項や債務者が所有していた不動産に関する事項について加筆したものであり,全く存在しない事項を記載したわけではないこと,② 本件各偽造は,債権者ではなく債務者の利益を図るためになされたものであること,③ 債権者は,平成16年7月8日に同時開催された理事会及び評議会において,本件各偽造の事実を率直に認めて謝罪し,反省の態度を示していること,④ 本件各偽造は,債務者に対して経済的な損失を与えるものではないこと,⑤ 債務者の法人印及び理事長印の管理にも問題があったこと,⑥ 本件解雇が債権者の意向を聴取することなく行われたこと,⑦ 県知事による本件是正措置命令も債権者の解
雇を要求している訳でないことなどを理由に,本件解雇は解雇権の濫用であり無効であると主張している。
 (3) なるほど,解雇に係る債務者の解雇権の行使が客観的に合理的な理由を欠き,又は社会通念上相当として是認し得ず,解雇権の濫用であるといえる場合には,当該解雇は無効であるというべきである。
 (4) そこで,以下,本件解雇が解雇権の濫用として無効であるといえるか否かについて検討するに,上記前提となる事実,疎明資料(甲7,9ないし13,乙12)及び審尋の全趣旨によると,① 本件各偽造は,債権者が何らかの経済的見返り(偽造に対する報酬等)を受けるためになされたわけではないこと,② 債権者が,平成16年6月26日に同時開催された理事会及び評議会において,債権者が本件各偽造を行ったことを認めて辞意を表明したこと,③ 本件各偽造によって,債務者が直接的に経済的損害を被ったわけではないこと,④ 本件各偽造時,債権者が容易に債務者の法人印及び理事長印を使用できる状態にあったことが認められる。
 (5) しかしながら,下記アないしエの事実及び事情にかんがみると,上記(4)の事実によって,本件解雇に係る債務者の解雇権の行使が客観的に合理的な理由を欠くとか,社会通念上相当として是認し得えないとはいえないというべきである。
   ア 本件各偽造は,上記(1)で判示したとおり,有印私文書偽造罪及び同行使罪に該当し,文書に対する社会的信用を害する犯罪行為である。
   イ また,本件各偽造の対象となった文書は,いずれも社会的に重要な役割を果たす文書である。すなわち,本件1偽造によって偽造された議事録は,社会福祉法人である債務者の業務運営を決定する理事会の議事録であり,本件2偽造によって偽造された「社会福祉法人定款変更認可申請書」は,所轄庁である県知事によって認可され(社会福祉法31条),かつ,その変更も県知事の認可を受けなければならない(同法43条)債務者の定款変更に関する文書である。
   ウ 更に,債権者は,本件1偽造によって改ざんされた議事録の内容について,もともと理事会の議題に挙がっていた事項に関するものであり,単に形式を実態に合わせたにすぎないと主張するが,以下に述べるとおり,本件1偽造に係る改ざんの内容は,看過し難いものであるというべきである。
    (ア) すなわち,本件1偽造によって偽造された理事長及び専務理事の職務内容についてみるに,本件理事会の本来の議事録(乙6の1)によると,同理事会では,理事長が欠けたときなどには専務理事が理事長の職務を代理することが提案されたにすぎないと認められる。しかしながら,本件1偽造によって,本件理事会において理事長及び専務理事の職務内容が詳細に協議され,その旨の定款変更手続を採ることが承認可決されたこととなっている。そうすると,本件1偽造は,本件理事会の議事内容を本質的に変更するものといわなければならない(しかも,この当時,専務理事には債権者の父であるAが就任することが決定していた。)。
    (イ) また,F物件を社員寮とする件については,本件理事会の本来の議事録(乙6の1)には何らの記載もない。また,仮に従前の理事会でF物件を社員寮とする旨の議論がなされたことがあったとしても,F物件はAが所有する建物であるから(審尋の全趣旨(特に,債権者提出の準備書面(2)4頁)),これを社員寮とする場合にはAと債務者は利益が相反するというべきであり,F物件を社員寮とすることによってAを不当に利することのないよう,E新理事長を迎える予定であった次回以降の理事会において,十分な検討が必要とされる事項であるといえる。
   エ また,本件各偽造が行われるに至った経緯,時期にかんがみても,債権者の責任は重いといわなければならない。すなわち,債務者は,平成14年3月にBを開所した後,平成15年7月に本件指導監査を受け,その結果,入所者の預り金の処理を適正に行うことなど40項目にも及ぶ指導を受けたにもかかわらず,B職員の大多数が退職を希望したり,入所者の預り金が不明となるなどの不祥事が続き,社会福祉法人としての適格性が問われていた。しかしながら,その後も事態は改善することなく,平成15年12月に実施された第1回特別指導監査によって,1000万円以上の不適切な会計処理が発覚し,債務者は,県から,A,C及び債権者による独断的な運営姿勢がその原因であると指摘されていた。そして,本件1偽造は,Aが理事長
から,債権者が事務長からそれぞれ降格する直前に行われ,本件2偽造は,本件1偽造を隠ぺいするべく,第2回特別指導監査が実施される直前になされている。本件各偽造は,県によって改善を指示されていた債権者の家族による債務者の独断的運営の徴表であるといわなければならず,本件各偽造によって,社会福祉法人である債務者の社会的信用は大きく失墜したと認められる。
 (6) また,他に本件解雇が解雇権の濫用であるというべき事実を一応認めるに足りる疎明資料はない。
 2 以上によると,本件申立ては,その余の点について検討するまでもなく,いずれも理由がないから却下すべきである。よって,主文のとおり決定する。
   平成17年11月25日
     甲府地方裁判所民事部

             裁判官   岩  井  一  真