hanrei @Wiki H17.11.11 長崎地方裁判所 平成17わ192 殺人(変更後の訴因 公務執行妨害,殺人),銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件



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 被告人が,生活保護の受給申請手続をした際,その対応をした長崎市の職員である被害者を切出しナイフで刺殺したという公務執行妨害,殺人の事案と,被告人がその際切出しナイフを所持していたという銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案で,被告人に殺意はなかったという弁護人の主張を退け,殺人を認定した事例


主  文
 被告人を懲役15年に処する。
 未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
 押収してある切出しナイフ1本(平成17年押第17号の1)及び同ナイフの鞘1本(同押号の2)を没収する。
理  由
(犯行に至る経緯)
 被告人は,平成9年4月ころから老齢厚生年金等を受給しつつ,建設会社で稼働するようになったものの,給料や年金を競艇代等に費やし,平成14年ころから,年金を担保に借入れをするようになったが,借入金をも競艇代等に費消し,定職を失ったため,生活に困窮した。そこで,被告人は,平成15年10月ころ,当時の長崎県西彼杵郡a町役場(現在の長崎市役所a行政センター。a町は,平成17年1月長崎市に合併された。)において生活保護の受給の申請を行い,平成15年10月14日から平成16年3月1日まで受給した。被告人は,その申請の際,今後は年金を担保に入れて生活が困窮したとしても,生活保護を受けることは困難である旨指導・指示を受けた。ところが,被告人は,平成17年2月,年金を担保に銀行から150万円借入れをして,その借入金の大半を競艇代に使い,生活に困窮した。被告人は,同年5月16日,生活保護受給の申請のため,長崎市役所a行政センターに赴き,生活保護申請受付事務を担当していた甲が同センター相談室で被告人の対応をした。甲は,被告人から,年金を担保に借入れをして借入金を費消したために生活に困窮したことを聞き,そのような理由では生活保護を受けることは困難である旨伝えた。被告人は,甲が申請を門前払いしていると思い込んで立腹して立ち上がり,同センターを後にしたが,その際,甲を含む同センターの職員らが自分のことを馬鹿にして笑っていると思い込んだ。被告人は,生活保護の受給を諦めきれず,同月19日,改めて生活保護受給の申請をするため,同センターを訪れたところ,甲は,被告人に対して生活保護受給の申請書類を自分で記入して持ってくるように求め,甲の方で長崎市役所へ書類を送る旨伝えた。被告人は,帰りがけに甲を含む同センター職員が,また自分を馬鹿にして笑ったように思い込み,同センター職員,特に甲に対する怒りを募らせた。そこで,被告人は,甲に謝らせようと考え,翌20日,切出しナイフを鞘から出してズボンのポケットに隠して自宅から持ち出し,同日午前9時10分過ぎころ同センターを訪れたところ,甲は,被告人を同センター1階相談室に案内した。
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 平成17年5月20日午前9時15分ころ,長崎市a町1,728番地1所在の長崎市役所a行政センター1階相談室において,同センター市民福祉課事務吏員兼長崎市福祉事務所生活福祉課主査である甲(当時56歳)に対し,自己を笑った理由を問いつめたが,甲が否定したため,持参したナイフを使って謝らせようと,ズボンのポケットからナイフを取り出したところ,甲がひるむ素振りを見せなかったことから,甲に対し,1度ナイフを突き出したが,予想外に甲から手を払いのけられ,顔を平手で叩かれて眼鏡が飛び,床に落ちたことなどから,憤激して甲を殺害しようと決意し,甲に対し,所携の切出しナイフ(刃体の長さ約13.6センチメートル)でその左腹部,上腹部,左前胸部等を数回突き刺し,もって同人の前記職務の執行を妨害するとともに,同日午前10時43分ころ,同市b町5番16号所在の乙病院において,同人を左前胸部刺切創に基づく心タンポナーデ及び失血により死亡させて殺害し
第2 業務その他正当な理由による場合でないのに,同日午前9時15分ころ,前記長崎市役所a行政センター1階相談室において,前記切出しナイフ1本を携帯し
たものである。  
(補足説明)
1 弁護人の主張
  弁護人は,被告人が切出しナイフで被害者を刺し,その結果,被害者が死亡したことは認めるが,被告人には殺意はなく,傷害致死罪が成立するにとどまると主張する。そこで本件において,被告人に殺意があったかどうかについて以下検討する。
2 凶器の性状等
  本件の凶器は,刃体の長さ約13.6センチメートルの鋭利な鋼質性の切出しナイフであって,人を殺傷する能力を十分有するものである。被告人は,これを購入して保管し,犯行前に鞘から抜いて持ち出しているから,被告人も凶器の殺傷能力の高さを十分理解していたことが認められる。
3 攻撃態様,創傷の部位,程度等
  被告人と被害者は,長崎市役所a行政センターの相談室内で,テーブルを挟んで椅子に座っていたが,両名とも立ち上がって約1メートル離れて向かい合う状態になった。被告人は,ズボンのポケットから前記ナイフを取り出し,これを右手に順手で持ったが,被害者がひるまなかったことから,前に踏み出してナイフを被害者の左脇腹の辺りに突き出した。被害者は,左手で被告人が突き出したナイフを払い,被告人の顔を右手で払ったところ,被告人の眼鏡が飛んで床に落ちた。被告人は,その後,前傾して自分の頭が被害者の顎辺りに密着する状態で,被害者の左腹部付近に突き出して刺した。被告人は,更に,腰を引いて前傾した被害者に対して,ナイフを下から上に突き上げるようにして刺すなどした。この結果,被害者の左前胸部には,死因となる長さ約14センチメートル,深さ約10.5センチメートルの,大胸筋,左第5肋骨,左第4肋間筋及び左第4肋骨等を刺切し,右心室腔にまで達する刺切創が生じた。また,上腹部正中には,長さ約5.9センチメートル,深さ約11.2センチメートルの,腸間膜にまで達する刺切創が生じた。さらに,左腹部には,長さ約9センチメートル,深さ約10.5センチメートルの,腸間膜,腸管,左腎臓下端部を刺切する刺切創が生じた。このほか,被害者には,左側腹下部,左膝蓋上部及び左大腿後面の各刺切創,防御創とみられる左示指手掌側基節部及び左中指手背側基節部の切創がある。
  このように,被害者の攻撃は,少なくとも身体の枢要部3か所を,殺傷能力の高い切出しナイフの刃体の大部分が埋まるようにして連続して突き刺すなどという極めて危険なものである。現に生じた傷害には,死因となった左前胸部の刺切創以外に,内臓を傷つけ,多量の出血を生じさせるものが2か所もあり,それぞれ被害者を死亡させかねないものである。また,被告人の刺突行為によって,被害者の肋骨が損傷していること,上記3か所のほか,左側腹下部1か所,左足2か所に刺切創があること,被害者が手で防御したときにできたとみられる傷があることは,被告人の攻撃が手加減がないばかりか,相当強く,執拗であったことを窺わせる。そうすると,被告人の攻撃は,被害者を死亡させる可能性の高いものであるといえる。現に,被害者は,攻撃を受けて約1時間半足らずで死亡している。被告人も,上記のように被害者に密着した体勢から,被害者の身体の枢要部を複数回強く刺突すれば,被害者が確実に死亡することを容易に理解できた。
4 犯行の動機,経緯等
  犯行に至る経緯は,前記のとおりであって,被告人は,生活保護受給申請の応対をした被害者に対して,受給申請を門前払いしている,馬鹿にしているなどと邪推して怒りを募らせ,ナイフで脅して謝らせようとしたが,顔を平手打ちされるなど予想外の対応をされたため激高し,ついには犯行に及んだものである。このような犯行の経緯,動機は,被告人が被害者に対して殺意を有するに至った事情として何ら不自然ではない。
5 犯行後の行動
  被告人は,犯行直後,長崎市の職員に対して,「(現場に倒れ込んだ被害者を)病院へ連れていけ。」と言っている。しかし,被害者に対して何ら救護措置を取らず,現場から離れ,自ら引き起こした犯行の結果に動揺した様子を見せていない。これら犯行後の行動は,予想外の結果を生じさせた者の行動とは理解できない。
6 被告人の供述
  弁護人は,被告人の捜査段階における供述調書には,殺意を持っていたことなど,被告人が取調官に話していないことが書かれており,また,読み聞けも十分に行われていないから,任意性及び信用性がないなどと主張し,被告人もこれに沿う供述をする。
  しかし,弁護人が任意性を争っている被告人の前記各供述調書にはすべて被告人の署名,指印があり,検察官に対する弁解録取書及び検察官調書については,読み聞かせだけでなく,調書の閲読を行ったことを前提に,被告人の署名,指印がされているから,被告人は内容を理解して署名,指印したと認められる。被告人は,前記弁解録取書が作成された翌日の勾留質問において,裁判官に対し,検察庁で述べたとおりですと供述した上,勾留質問調書に署名,指印している。また,被告人の前記各供述調書の内容は,犯行態様につき被告人の公判供述と大筋で符合しているし,殺意につき,凶器の性状,被害者の創傷の部位,程度,攻撃態様等の客観的事実,それらから推認される被告人の当時の心情とも整合している。したがって,前記各供述調書には,被告人の供述したことがありのままに記載されていると認められる。
  被告人は,公判廷において,捜査段階で供述調書に署名,指印した理由,経緯等について納得できる説明を何らしておらず,検察官や警察官に供述調書を読み聞かせられたかどうかすら覚えていないなどと曖昧な供述に終始しているのであって,到底信用できるものではない。
  以上のとおりであって,殺意を認める被告人の捜査段階の供述調書は,任意性が認められ,信用性に疑いを容れるべき事情は見あたらない。
7 結論
  被告人は,被害者に密着した状態で,殺傷能力を十分有する切出しナイフで被害者の身体の枢要部である左腹部,上腹部及び左胸部などを次々と根元近くまで強く突き刺し,その結果,致命傷となる,又はなり得る深さ10センチメートル以上の刺切創3個を負わせていること,犯行の動機,経緯も殺意があることと矛盾せず,被告人の犯行後の行動に殺意を妨げる事情がないこと,被告人が捜査段階で殺意を認める供述をしていることなどを考慮すると,被告人には確定的な殺意があったと認められる。
  よって,弁護人の主張は理由がない。
(法令の適用)
 被告人の判示第1の所為のうち公務執行妨害の点は刑法95条1項に,殺人の点は同法199条に,判示第2の所為は銃砲刀剣類所持等取締法32条4号,22条にそれぞれ該当するが,判示第1は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い殺人罪の刑で処断することとし,所定刑中,判示第1の罪について有期懲役刑を,第2の罪について懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役15年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入し,押収してある切出しナイフ1本(平成17年押第17号の1)は判示第1の殺人の用に供した物であり,同ナイフの鞘(同押号の2)は同ナイフの従物であり,いずれも被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれらを没収し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,生活保護の受給申請手続をした際,その対応をした長崎市の職員である被害者を切出しナイフで刺殺したという公務執行妨害,殺人の事案と,被告人がその際切出しナイフを所持していたという銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。
 被害者は,被告人の理不尽な行為により突然命を奪われたものであって,被告人が引き起こした結果はあまりに大きい。被害者は,昭和45年に当時の長崎県西彼杵郡a町(現在の長崎市)職員として採用され,平成17年1月に長崎市役所a行政センター主査に補せられ,事件当時は生活保護関係の業務に従事していた。被害者は,町民に優しく接し,町民の話を良く聞き,親身になって相談を受け,部下からの人望も厚かった。被害者は,被告人に対して,生活保護の受給は困難であるとは伝えながらも,被告人の生活保護申請を受理するため,誓約書等の添付書類を被告人に渡す手配を整え,被告人のために誠実な対応をしていた。被告人は,そのような被害者の誠意を踏みにじり,凄惨な犯行に及んだものである。被害者は被告人からなぜこのように理不尽な仕打ちを受けなければならないのか理解できなかったものと思われ,被害者が受けた苦しみの大きさは筆舌に尽くしがたい。被害者は,56歳にして命を奪われたが,長男,次男及び長女の更なる成長を期待していたものと思われ,その無念さは計り知れないものがある。被害者は,事情があって離婚したため,子供たちとは別居していたが,長男,次男及び長女はいずれも被害者を慕っており,突然父親を奪われた悲しみは極めて深く,親孝行ができなかったことに対して自責の念にかられている。遺族は被告人を厳罰に処することを強く望んでいる。また,本件犯行が社会に与えた影響は極めて大きい。高齢化社会を迎え,きめ細かい行政の対応が求められる中,相談者のプライバシー保護の観点から,周囲から見通されるカウンターではなく個室で相談を受け付ける行政サービスが提供されるようになった。しかし,本件犯行後,各自治体は,個室での相談時に相談者から危害を加えられる危険性を考慮し,相談を担当する職員の安全を確保するために,窓口業務の在り方についての見直しと担当者の安全確保策の再検討を余儀なくされ,きめ細かな行政サービスの提供と担当職員の安全確保という相矛盾する要素をどのように両立調和させるべきか苦悩している。本件犯行が各自治体における生活保護行政等に及ぼした悪影響は非常に大きい。
 犯行態様についてみると,被告人は,被害者を殺害する目的のもとに,先端が鋭利で鋼質性の殺傷能力の高い切出しナイフで,被害者を何回も突き刺している。そのうち身体の枢要部である左前胸部,上腹部正中,左腹部の3か所の刺創の深さはいずれも10センチメートル以上に及び,その攻撃が相当強度であったことが窺える。被害者が素手であり,被告人の攻撃を受けてからは無抵抗であったことを合わせて考えると,犯行態様は執拗かつ悪質である。
 犯行動機についてみると,犯行動機は,被害者から生活保護の受給が困難であると告げられ,申込用紙を自筆で書くように指示され,同センターから出る際,被害者及び他の同センター職員から,馬鹿にされて笑われたと思い込み,被告人が被害者の言動等に怒りを募らせ,被害者に謝罪させようと考え,ナイフを示したが,被害者がひるまないため,ナイフを突き出したところ,その手を払いのけられ,顔を平手で叩かれたため憤激したことにある。しかし,被告人は,年金を担保に借入れをし,借入金の大部分を競艇代で費消し金銭に窮して生活保護の申請をしており,生活保護法の趣旨からしても,生活保護の受給が困難である旨告げた被害者の応対は当然であって何ら非難されるところはない。特に,被告人の場合は,以前にも年金を担保に借入れをし,その金を競艇につぎ込み生活保護を申し込んだことから,年金の再担保を行ってはならない,もし行った場合,生活保護の適用は困難である旨の指導を受け,指導指示書に署名までして生活保護を受給していたという経緯もあるから,なおさらである。生活保護受給のための申込用紙は本来自筆で書くべき書類であって,自筆の記入を指導した被害者に責められるべき点は全くない。また,被害者及び同センター職員から馬鹿にされ笑われたという点についても,被害者は,前記のとおり,被告人が生活保護を受給できる方法はないかと思索し,そのために真摯な努力をしていたのであって,一方で被害者を馬鹿にして笑うなどとはおよそ考えられず,同センター職員についても,被告人を馬鹿にして笑う理由などなく,同センター職員らは笑ったことを明確に否定しており,被告人を馬鹿にして笑ったというような事実は認められない。被害者が,被告人から謝罪を求められた際,謝らなかったのも当然である。さらに,被害者が被告人の手を払いのけ,被告人の顔を平手打ちしたのは,被告人が憤激してナイフを持って突き出してくるのに対し,咄嗟に,自己の生命,身体等を守るために出た行動であるから,正当な行為であって被害者に何ら落ち度はない。以上のとおり,被告人の犯行動機は短絡的,自己中心的であり,それに対し被害者側には何の落ち度もなく,動機において被告人に酌むべき事情は全くないと言わなければならない。
 被告人は,被害者に対して申し訳ないことをしたと反省の態度を一応示しているが,公判廷では,殺すつもりはなかったとか,被害者側にも落ち度があったとも受け取れる自己弁護に終始している。 
 被告人はこれまで遺族に対して慰謝の措置は何ら取っていないし,現状では,今後も慰謝料の支払は期待できない。被告人には適切な監督者がおらず,被告人の更生環境は整っていない。
 以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重大である。そうすると,衝動的な犯行であること,被告人が犯行後自ら駐在所へ出頭していること,最終懲役前科が30年程前に受けた窃盗罪による執行猶予付判決であること,被告人の年齢,境遇など,被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮しても,相当長期間の服役は免れず,主文の実刑に処することはやむを得ない。   
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役20年 押収してある切出しナイフ1本及び同ナイフの鞘1本の没収)
平成17年11月21日
長崎地方裁判所刑事部
 裁判長裁判官   林     秀  文
     裁判官   小  川  嘉  基
裁判官 渡  部  五  郎