H17.11.14 東京地方裁判所 平成16年(ワ)22729号 損害賠償請求事件

平成17年11月14日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(ワ)22729号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成17年9月8日
判決
原告       A
同訴訟代理人弁護士    今  井   誠  一
被告     財団法人 佐々木研究所
同代表者理事 B
同訴訟代理人弁護士    赤  松   俊  武
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告は,原告に対し,金4604万6271円及びこれに対する平成13年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,被告の開設する病院において子宮全摘術を受けたところ,尿管閉塞が生じて水腎症に罹患し,尿管膀胱新吻合術を受けることを余儀なくされた原告が,その尿管閉塞は子宮全摘術における縫合,結紮,切離の操作において尿管を巻き込んだことによるものであるなどと主張して,被告に対し,債務不履行に基づいて,損害金及びこれに対する子宮全摘術施行日の翌日からの民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
1 前提事実(証拠原因により認定した事実については,かっこ書で当該証拠原因を掲記する。その余の事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者及び診療契約の締結
ア 被告は,東京都千代田区内に「佐々木研究所附属杏雲堂病院」という名称の病院(以下「被告病院」という。)を開設している。
イ 原告は,平成13年4月7日(以下の日付は,特に断らない限り同年の日付である。)から被告病院(婦人科)外来で診療を受けていたが,7月30日,被告病院において,子宮筋腫に罹患していて子宮全摘術を要するとの診断を受け,8月8日,被告との間で,子宮全摘術を受けることなどを内容とする診療契約を締結して,被告病院に入院した。
ウ 被告病院における原告の担当医は,C医師であった。
(2) 原告の診療経過(特に断らない限り被告病院におけるものである。)
ア 8月13日,C医師の執刀により子宮全摘術(経腹的単純子宮全摘術)を受け(以下,この手術を「本件手術」という。),同月28日,被告病院を退院した。
イ 9月13日,退院後初めて被告病院を受診し,右側の腹部及び背部の痛みがあって37℃前後の発熱があると訴えた。腎超音波検査で,右の水腎及び水尿管を示す像が認められ,尿管閉塞が疑われた。
ウ 9月20日,腎盂尿管造影検査で,右の水腎及び水尿管を示す像が認められ,C医師は,原告に対し,駿河台日本大学病院泌尿器科を受診するようにと指導して,同病院宛の「紹介状・診療情報提供書」(甲A2の3頁,乙A1の14頁)を作成した(C医師が上記紹介状を作成した日が同日であることについては,甲A2,乙A1,証人C医師,弁論の全趣旨)。
  上記紹介状には,「紹介目的」として右水腎症の精査・加療と記載され,「術後より右腰背部持続していましたが,鎮痛剤投与等にて軽快傾向の為,8月28日退院となりました。退院後もrt-backpain(注・右背部痛)持参の為……」などと記載されていた(なお,「右腰背部持続」とあるのは「右腰背部痛持続」の,「持参」とあるのは「持続」のそれぞれ誤記である。また,日付については,9月20日と記入すべきところ,10月20日と記入されている。)。
エ その後,駿河台日本大学病院においてCT検査及び逆行性腎盂造影検査が施行された結果,右尿管の膀胱尿管口から上方約4cmの部位にほぼ完全閉塞に近い高度の狭窄があり,そのために右水腎症に罹患していることが判明した。
オ その後の10月24日,C医師の指示で被告病院泌尿器科外来を受診して,非常勤のD医師の診察を受け,右尿管閉塞・右水腎症と診断され,右尿管閉塞に対して尿路再建術が必要であると判断された。
カ 10月26日,D医師の指示で,同医師の常勤する労働福祉事業団東京労災病院(以下「労災病院」という。)を受診して,11月5日,同病院に入院した。
  11月13日,同病院において同医師の執刀により尿路再建術(右尿管膀胱新吻合術(狭窄尿管を切除して正常な尿管と膀胱とを吻合する手術))を受け,同月30日,同病院を退院した。
(3) 子宮全摘術と水腎症について(甲B1,乙B1の1,B2,証人C医師,弁論の全趣旨)
  経腹的単純子宮全摘術は,開腹して,子宮を牽引・支持している組織を切断し,子宮を摘出して,閉腹する手術である。牽引・支持組織を切断する際には,これらの組織には尿管に近接したものも多いことから,縫合時や止血のための結紮等の際に,尿管を直接結紮し,又は損傷するなどして,尿管狭窄ないし閉塞から水腎症が生ずることがある。
2 原告の診療経過についての当事者の主張
  被告の主張は,別紙診療経過一覧表の「年月日」,「診療経過(主訴・所見・診断・検査・処置)」,「検査・処置等」,「証拠」欄記載のとおりであり,これに対する原告の反論が「原告の反論」欄記載のとおりである(「原告の反論」欄に記載のない点については,被告の主張するとおりであることに争いがない。)
3 原告の主張
(1) 尿管閉塞の原因及び診療上の義務違反(債務不履行)
  原告に右尿管閉塞が生じたのは,C医師が,本件手術における子宮基靱帯部の縫合,結紮,切離の際に,誤って,右尿管の少なくとも一部を巻き込んだためである(結紮糸ないし縫合結紮糸による右尿管の完全結紮(尿管の管腔構造が完全に糸により縛られて閉塞した状態)か部分的結紮(尿管の壁が部分的に糸に縛られて内腔が狭くなった状態)である。)。
  このことは,右腰背部痛(右水腎症によるもの)が本件手術の直後から現れたことからしても明らかである。なお,本件手術の直後から右腰背部痛があったことは,前提事実(2)ウの紹介状の記載内容からしても明らかである。
  したがって,被告の履行補助者であるC医師に診療上の義務違反があり,そのために原告に右尿管閉塞及びこれによる右水腎症が生じたというべきである。
(2) 障害及び損害
  原告は,右尿管閉塞及びこれによる右水腎症が生じたために,尿路再建術を余儀なくされ,また,右尿管が約3か月間ほぼ完全に閉塞していたことから,右腎機能が閉塞前の状態まで完全に回復することなく(右腎機能障害が残存し),右腰背部の鈍痛と右足の付け根部分及び足首のしびれが残存している。
  これらによって原告が被った損害は,以下のとおりである。
① 治療費実費      6万0020円
② 入院雑費       3万9000円
③ 通院交通費      2万0890円
④ 休業損害     104万2400円
⑤ 傷害慰謝料    200万円
⑥ 逸失利益    2888万3961円
⑦ 後遺障害慰謝料 1000万円
⑧ 弁護士費用    400万円
     合計   4604万6271円
4 被告の主張
(1) 原告の尿管閉塞(狭窄)は,本件手術の過程で尿管の周囲組織を縫合結紮したことによって,術後に周囲組織が瘢痕化して引き攣り,これに尿管が引っ張られるようにして狭窄状態になった(尿管が周囲組織の瘢痕化に巻き込まれて徐々に狭窄していった。)ものであって,術中の手術操作によって発生したものではない。C医師の手術手技に診療上の義務違反はない。
  原告は本件手術の直後に腰痛を訴えていたが,これは,婦人科の手術後に発生することがある腰痛であって,水腎症による背部痛ではない。
(2) 損害については不知又は否認。特に,原告の右尿管閉塞及び右水腎症は尿路再建術によってほぼ完全に回復しており,原告に本件手術による後遺障害はない。
第3 当裁判所の判断
1 尿管閉塞(狭窄)の原因について
 本件では,原告の尿管にほぼ完全閉塞に近い高度の狭窄が生じたが(本件で原告に生じた尿管閉塞は,完全閉塞ではなく,高度の狭窄であるから,以下では「狭窄」の語を用いることとする。),その原因について,原告は,本件手術における縫合,結紮,切離の際に尿管の少なくとも一部を巻き込んだことによるものであると主張し,D医師の意見書(甲B第1号証)も同旨である。これに対して,被告は,本件手術後に尿管が周囲組織の瘢痕化に巻き込まれて徐々に狭窄していったものであると主張する。
 原告(及びD医師)のいう縫合,結紮,切離の際に尿管を巻き込んだという概念は,具体的にいかなる状態を指すのか必ずしも明確ではないが,D医師の意見書では「手術操作による尿管閉塞」であるとされており,手術操作によって手術操作時に尿管が狭窄したものであるとの趣旨と解され,被告の主張する術後の周囲組織の瘢痕化に伴う狭窄(術後に徐々に生じた狭窄)とは異なる。
  そこで,以下,原告主張の如く手術操作によって手術操作時に尿管狭窄が生じたものであるか否かについて検討する。
 同意見書によると,D医師が手術後の周囲組織の瘢痕化に伴う狭窄を否定して手術操作時の狭窄であると判断した主要な根拠は,原告が本件手術直後から右腰背部痛を訴えていたことからしてこの時点で尿管狭窄があったと判断できるという点にある。
 確かに,証拠(甲B1,乙B1の1,証人C医師)及び弁論の全趣旨によれば,手術操作により手術操作時に尿管狭窄が生じて水腎症を発症した場合には,手術の直後から背部痛が生ずる(水腎症による痛みは,腎臓のある辺りの痛みであって,背部痛である。)ことが認められるので,まず,次項において,原告に本件手術の直後から背部痛が生じていたかどうかについて検討する。
2 原告の腰痛ないし腰背部痛について
 証拠(乙A2,証人C医師)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,少なくとも,本件手術直後の8月13日(本件手術当日の夜),同月14日及び同月17日に腰痛を訴えていたことが認められる。そして,原告が,退院後初めて被告病院を受診した9月13日に右側の腹部及び背部の痛みを訴えたことは,前提事実(2)イのとおりである。
 しかして,原告本人は,本件手術直後に訴えていた腰痛と9月13日に訴えた右背部痛は同様のもの(右腰背部痛)であり,右腰背部痛はこの間持続していた旨供述する。
 確かに,前提事実(2)ウの紹介状の記載内容も上記供述に符合する。
 しかし,以下の諸点に照らすと,本件手術直後から右背部痛があったという原告本人の上記供述は直ちに採用することができず(他に,本件全証拠を検討してみても,本件手術直後から右背部痛があったと認めるに足りる証拠はない。),かえって,本件手術直後には右背部痛は生じておらず,右背部痛は本件手術後しばらく経ってから生ずるようになった可能性が高いというべきである。
① 本件の診療記録(乙A1,2)を見るに,退院時(8月28日)までにおいては,8月13日(本件手術当日の夜),同月14日及び同月17日に「腰痛」があった旨記載されているが(なお,その余の日については,「腰痛」があった旨の記載はない。),背部痛(の訴え)があった旨の記載は全くなく,退院後初めて被告病院を受診した日(9月13日)においては,「腰痛」ではなく「右背部痛」があったと記載されている。
 しかして,子宮全摘術等の婦人科手術の直後には,尿管狭窄の有無とは関係なく腰痛が生ずることがある(証人C医師,弁論の全趣旨)。
 以上によれば,本件手術直後に見られた「腰痛」は,水腎症による背部痛とは異なり,婦人科手術の直後に見られることのある腰痛であった(原告に背部痛が生じたのは,本件手術後しばらく(少なくとも半月以上)経ってからである。)と見るのが自然である。
② 原告本人は,8月18日以降も,腰背部痛は持続しており,鎮痛剤を使用していた旨供述する。
  しかし,上記のとおり,診療記録中,8月18日以降は同月28日の退院時まで腰痛の記載もないのであって,しかも,原告は,退院後は9月13日まで被告病院を受診していない。また,8月17日以降投与されていた鎮痛剤はバファリン及びカトレップの2種類である(乙A2)ところ,バファリンは,腰痛や背部痛に対する適応はなく(乙B4),実際にも頭痛に対して処方されていた(乙A2)のであり,カトレップは,皮膚の上から貼用する湿布薬であって,腎臓の部分が痛む水腎症の疼痛には効果がほとんどない(証人C医師)から,これらの投与によって水腎症による疼痛が軽快傾向となって退院が可能になるとは考え難い。
 これらの点に照らすと,原告本人の上記供述は直ちに採用することができない。
③ 前提事実(2)ウの紹介状についてみるに,右腰背部痛が持続していたという記述は,上記のような診療記録中の記載とは符合せず,診療記録等によって事実関係をよく確認しながら書いたものであるかどうかについて疑問を禁じ得ないところ,C医師は,その紹介状を書いた時には,外来診療中であったため,あるいは尿管を結紮してしまったかもしれないとの思いから記載が不正確になった旨の証言をしており,実際にも,紹介状の日付が誤っているという明白な誤りが存在する。
  したがって,上記紹介状の記載内容は,診療記録中のその余の記載内容と比べて,信用性が低いというべきである。
3 上記2のとおり,原告に本件手術直後から右背部痛が生じていたと認めることはできず,むしろ,右背部痛は本件手術後しばらく経ってから生ずるようになった可能性が高いのであるから,D医師が術後の周囲組織の瘢痕化に伴う狭窄を否定して手術操作時の狭窄であるとした判断は,その主要な根拠を欠くといわざるをえない。
 また,証拠(乙A2,証人C医師)によれば,原告には本件手術当日は1900ml,翌日は2050mlの尿量があったと認められるところ,これはほぼ正常の尿量であって,手術操作時に片方の尿管がほぼ完全閉塞に近い高度の狭窄に至っているとすると,そのようなことは考えがたい(乙B1の1,証人C医師)。
 そして,そもそも,甲A第3号証(本件の尿路再建術の手術記録をはじめとする労災病院の診療記録)によれば,D医師の執刀による本件の尿路再建術の際,尿管の剥離を進めると,瘢痕部内で尿管径が正常となる部位に到達し,その傍尿管瘢痕組織内に黒色の肉芽腫様組織が認められ,瘢痕狭窄部から尿管を解除し,尿管の狭窄部を切除して,これを組織検査に提出したこと,その組織検査の結果,縫合糸は認められず,周囲の瘢痕化が著明であると判明したこと,これらの事実が認められる。
 これらの事実及び前記のとおり原告に背部痛が生じたのは術後しばらく経ってからであると窺われることによれば,E医師の意見書(乙B第1号証の1)にも記載されているとおり,本件の尿管狭窄は,縫合糸や結紮糸による直接的な尿管狭窄ではなく,被告主張の如く,術後に周囲組織が瘢痕化して,その瘢痕収縮により徐々に生じたものである可能性が高いというべきである。
4 以上に検討したところによれば,原告の尿管狭窄は,本件手術直後には存在せず,その後周囲組織の瘢痕化に巻き込まれたために生じた可能性が高いところ,このような機序で生じた尿管狭窄について,手術上の手技における義務違反によるとの主張,立証はない。
 したがって,原告に尿管狭窄が生じたことについて,被告の履行補助者であるC医師に診療上の義務違反は認められない。
5 以上のとおりであって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないというべきであるから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第14部

裁判長裁判官  貝阿彌 誠
   裁判官  片野 正樹
   裁判官  西田 祥平

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最終更新:2005年12月14日 17:24
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