hanrei @Wiki H17.10. 5 福井地方裁判所 平成13年(わ)第159号 殺人,死体遺棄被告事件



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 台湾出身である被告人が,同じ外国人である共犯者と共謀の上,被告人の夫である被害者を殺害してその死体を遺棄しようと企て,共犯者において,被害者に対し,洋酒瓶等でその顔面等を多数回殴打するなどして被害者を殺害し,さらに,その死体を車で運搬するなどして路上に遺棄したという殺人及び死体遺棄の事案において、被告人に対して,懲役10年の刑を言い渡した事例。


            主       文
        被告人を懲役10年に処する。
        未決勾留日数中900日をその刑に算入する。
            理       由
(犯行に至る経緯)
1 被告人は,昭和29年9月に中華人民共和国台湾省台中市内で出生し,昭和53年4月に台湾の男性との間でAをもうけたが,その後,台湾に旅行に来ていたBと知り合って交際するようになり,台湾と日本を行き来するなどして同人との交際を続け,その間の昭和57年7月に同人との間にCをもうけた。その後,被告人は,Bから婚姻を申し込まれたことから,日本人配偶者として日本で豊かな生活が送ることができ,かつ,2人の子も日本人として養育することができるなどと考えて婚姻を決意し,昭和61年4月3日,Bと婚姻し,在留資格を「短期滞在」から「日本人の配偶者」に変更した。その後,Bが同年9月に2人の子を認知し,被告人は,福井市内において,B及び2人の子と生活するようになった。
2 被告人は,Bが会社を退職して稼ぎがなかったことから,家計を維持するために,福井市内等の売春スナックで売春婦として稼働した。その後,平成3年ころからBが製造会社で勤務するようになったが,稼ぎを家計に回さなかったので,被告人は,家計を維持するために売春を続けた。その後,被告人は,加齢や病気による体力の低下等の理由から,売春スナックで稼働することが困難になったので,いわゆる愛人契約によって金を稼ごうと考え,売春スナックで知り合った複数の男性との間で愛人契約を結んだ。Bは,上記手当を期待して,被告人の愛人関係を容認していた。被告人は,Bとの離婚を考えたが,2人の子がいまだ幼かったことや日本での生活を継続したかったことから,離婚を決意するには至らず,同人との婚姻関係を継続した。
3 Bは,平成7年9月に福井市ab丁目c番d号所在のマンションDの4階の2406号室(以下「被告人方」と略称。)及び1階の専用車庫(以下「被告人方車庫」と略称。)を購入し,平成8年6月ころ,被告人及び2人の子とともに転居した。
4 被告人は,平成10年6月ころ,Bの薦めもあり,上記愛人らからの資金援助及び借金等を原資として,福井市内においてスナックEを開業した。また,被告人は,同年7月ころ,従業員の募集に応募してきたFを1か月10万円の給料で採用した。Fは,日本語を学習するために研修生として日本に入国し,受け入れ先の寮に住みながら土木作業員として稼働していたが,そこでの生活に不満を抱いていたことから,スナックEの従業員募集に応じ,受け入れ先の会社に旅券を預けたまま,寮を飛び出してスナックEで働くことを決めた。被告人は,FをスナックEの店舗内で寝泊まりさせていたが,その後,被告人方に同居させるようになり,食事の準備,買い物及び掃除等の家事を行わせ,使用人のように扱うようになった。また,被告人は,Fとの間で肉体関係を持っていた。
5 Bは,スナックEの売上金だけでなく,被告人が愛人から得た手当も自ら管理して自己の遊興費等に費消していた。被告人は,このことについて強い不満を抱いており,たびたびBと口論になった。
  平成11年9月ころ,台湾で大規模な地震が発生し,その際,被告人は,義母の身を案じて台湾に渡航したが,既に義母が亡くなっていたので,義母の葬儀を執り行うこととなった。被告人は,親族に対する対面保持等の理由から,Bに対して台湾に渡航するよう要請したが,Bは,仕事が忙しいことを口実にしてこれを拒否し,葬儀に出席せず,また,香典も一切出さなかった。
6 被告人は,平成12年8月,台湾滞在中に客足が遠のいたことや被告人自身の体力的な問題等を理由にスナックEを閉店した。その際,被告人は,清算手続等をBに任せたが,清算後に残った金はわずか10万円であった。このころから,被告人は,Bとの離婚を真剣に考えるようになり,2人の子に離婚の相談をするようになった。被告人は,Bに対して離婚を申し入れたが,Bは2000万円を要求するなどして拒絶した。
  被告人は,Fに対し,Bに対する不満に加え,Bは死んだ方がいいなどと繰り返し言うようになった。Fは,当初は被告人の言うことを本気にしていなかったが,被告人からB殺害の依頼を受けたという旨の電話を中国にいる知人から受け,被告人がBを本気で殺したいと考えているのではないかと思うようになった。Fは,被告人らにとって雑用を命じることのできる便利な存在であり,特に,被告人にとっては愚痴をこぼすことのできる存在であり,Bにとっては中国人女性を紹介してくれる存在であったことから,被告人らは,スナックE閉店後もFを被告人方で生活させていた。Fも,被告人方以外に行くあてがなかったので被告人方に留まっていた。
7 被告人は,同年10月ころから,Fに対し,Bを殺したいと言うようになった。Fは,被告人に対してBと離婚することを勧めたが,被告人はできないという返事をするだけであった。その後,被告人は,同月末ころ,Fに対し,B殺害を依頼するようになった。さらに,被告人は,同年11月初めころから,A名義の偽造パスポートや今後の生活費や居住場所等のB殺害の成功報酬を具体的に示して,Fに対し,B殺害を依頼するようになった。Fは,これらの報酬に魅力を感じ,また,被告人の境遇に同情していたので,直ちに殺害を実行しようとは思わなかったものの,被告人に対し,B殺害を承諾する旨の返事をした。
8 被告人は,Fが被告人方に滞在していてはB殺害後に捜査機関に疑いをかけられる可能性があるのでFが別に住む場所が必要であると考えており,一方,Bは,愛人と密会するための部屋が欲しいと考えており,被告人とBの利害が一致し,Fは,同年12月初めころ,BがAの名義で賃貸借契約を締結してきた同市ef丁目g番地所在のGの3階の307号室(以下「F方」と略称。)に入居することとなった。Fは,Bとの間で,F方の家賃月額4万5000円のうち2万5000円をBが負担する代わりに,Bが女性を連れ込む間はFが外出するという旨の約束をした。なお,被告人とBは,AとCに対し,Fは大阪へ行ったなどと伝えていた。
9 被告人は,Fに対し,B殺害の成功報酬として,3回にわけて合計約60万円の生活費等を与えた。もっとも,Fは,直ちにBを殺害するつもりはなく,できるだけ実行しなければならない時期を引き延ばしたいと考えていた。そこで,Fは,新しい携帯電話の購入時期を遅らせていた。新しい携帯電話が必要であったのは,従前の携帯電話では,その番号を知る者が多かったので,連絡を取り合うと犯行が発覚するおそれがあると被告人が考えたからであった。
  その後,Fは,平成13年1月20日ころに新しい携帯電話を被告人から受け取ったが,このころから,被告人は,毎日のように,Fに対し,B殺害を催促する電話をするようになった。Fは,黙って被告人の言うことを聞いているだけであり,被告人からの心理的重圧から逃れるため,パチンコに没頭して時間を過ごすようになった。
10 被告人は,FがなかなかB殺害の実行に及ぼうとしなかったことから,何度もFを被告人方に呼び出すなどしてB殺害を催促し,さらに,同年2月8日ころ,F方において,Fに対し,Bを酔わせ,洋酒の瓶で殴れ,交通事故に見せかけるために頭部を1回だけ殴れ,ビニール袋を繋ぎ合わせ,その中に死体を入れ,Bが使用する自動車を使ってマンションDまで運べ,死体を被告人方車庫に搬入し,外の様子を見て人がいないときに自動販売機のある路上に死体を棄てろ,血を集めて路上に撒け,被告人が見張りをする,などという具体的な殺害方法を指示し,さらに,同月11日を実行日とする旨の指示を出した。そのころ,Fは,死体を運ぶために使用するため,福井市指定のビニール袋を繋ぎ合わせる作業を行った。
11 Fは,同月11日午後8時ころ,B殺害の実行に及ぶに際して不安になったので,被告人に対して電話をかけたところ,被告人から,BをF方へ誘う方法やBを酔わせる方法等についてアドバイスを受けた。
  しかし,Fは,同日,Bを殺害することはできなかった。そこで,Fは,翌同月12日の午前零時ころ,Bに同行して被告人方に赴いたところ,玄関前で被告人から睨み付けられた。Fは,帰宅途中に被告人に電話をかけ,殺害を実行できなかったことを詫びたところ,被告人は,Fを叱責し,さらに,同日午前10時ころにも,Fに電話をかけ,Bの殺害を失敗したことについて文句を言うとともに,再度,B殺害を催促した。
12 Fは,同月14日昼ころ,被告人に呼ばれ,被告人方に赴き,ビデオを見るなどして数時間過ごした。その際,Fは,被告人に対し,同日の夜にBがF方に来ることを伝えなかった。その後,被告人は,Bから,同日の夜にF方に行くことを電話で伝えられ,同日午後10時24分ころ,Fに対して電話をかけ,Bが同日夜にF方に来ることを被告人に伝えなかったことを怒り,再びB殺害を催促したが,Fは,まだBが来るかどうか分からない旨返事をするにとどまった。
13 Bは,同日午後11時ころ,F方を訪問した。被告人は,同日午後11時49分ころ,Bの携帯電話に電話をかけ,BがF方にいることを確認した上,BにFに代わるように伝え,電話に出たFに対し,今日はBを必ず殺しなさい,もしできなければF方から出て行けなどと命令した。Fは,この電話によって,大きな精神的プレッシャーを感じ,もはやBを殺す以外に道はないと観念し,Bと酒を飲むなどして殺害の実行に及ぶきっかけを探していた。その後,翌同月15日午前1時ころ,BがFのズボンの中に手を入れてくるなどの同性愛行為に及んできたので,Fは,Bに対し,とっさにひじ鉄を食らわせたところ,倒れたBがFを罵るような言葉を発して起きあがり,Fに対して殴りかかってきた。そこで,Fは,この機に乗じて,Bを殺害してしまおうと考えて,本件各犯行に及んだ。
(犯罪事実)
 被告人は,Fと共謀の上,B(当時48歳)を殺害し,その死体を交通事故に見せかけて遺棄しようと企て,Fにおいて
第1 平成13年2月15日午前1時ころ,福井市ef丁目g番地所在のG307号室の当時のF方6畳間において,殺意をもって,Bに対し,その顔面及び後頭部を洋酒の瓶(重さ約1.22キログラム)及び金属製ダンベルの錘円盤(重さ約1.75キログラム)で多数回殴打するなどの暴行を加え,頭部裂創,顔面裂創及び上顎骨亀裂骨折等の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,同人を上記骨折に基づく出血液の吸引により窒息死させて殺害し
第2 同日午前1時過ぎころ,上記F方において,上記死体をビニール袋を繋ぎ合わせた袋様のものに入れ,カーテンを巻きつけてガムテープ等で梱包するなどし,その後,同所からGの西側にある駐車場に駐車中の普通乗用自動車の助手席内に同死体を搬入した上,同日午前3時50分過ぎころ,同所から同市ab丁目c番d号所在のマンションDの敷地内まで運搬し,さらに,同日午前6時50分ころ,マンションDの南側路上に同死体を放置し,もって,死体を遺棄し
たものである。
(事実認定の補足説明)
 弁護人は,本件各犯行は,Fが単独で偶発的に行った犯行であって,被告人がFとの間で本件各犯行につき共謀したことを裏付ける証拠は存在せず,被告人は無罪である旨の主張し,被告人も当公判廷においてこれに沿う供述をしている。
 そこで,以下,当裁判所が,被告人がFとの間で本件各犯行の共謀を行った事実を認定した理由について補足的に説明する。
第一 Fの公判証言の信用性
   本件の主たる争点は,被告人との間の共謀について供述する証人Fの公判供述(第4回ないし10回,12回ないし22回,25回ないし29回,31回ないし35回公判調書中の各供述部分。以下「Fの公判証言」という。)の信用性の有無である。
 一1 当事者間に争いがなく,かつ,本件各証拠により,容易に認められる事実は,以下のとおりである。
   (1) 平成13年2月14日午後11時ころ,GのF方をBが訪れ,Fと2人で酒を飲んでいたところ,被告人は同日午後11時49分ころ,Bの携帯電話に電話をかけてBと話をしたが,その際,Fとも(北京語で)会話をした。そして,翌同月15日午前1時ころ,BがFに対して同性愛行為を迫ったことをきっかけとして,FはBの顔面や後頭部を洋酒の瓶やダンベルの錘で多数回殴るなどの暴行を加えてBを殺害し,その後,その死体をマンションDの被告人方車庫まで運び込み,同日午前6時50分ころ,同マンションの南側路上に死体を放置して遺棄した。
   (2) Fは,Bを殺害してから,死体を被告人方マンション前路上に遺棄した直後までの間に4回にわたり(午前3時41分,午前3時54分,午前6時42分,午前6時52分),被告人に携帯電話で電話をかけているほか,同日午前4時ころ,マンションDの被告人方居室を訪れてBの服を持ち出し,Bの死体の服を着替えさせている。
   (3) 被告人は,Fからの4回目の電話の後,1人で1階まで下りて様子を見に行った。さらに,被告人は,娘(C)に対して,Fは大阪にいるという虚偽の事実を告げたのみで,Fからの上記電話のことを伝えなかった。そして,被告人は,その後被告人方を訪れた警察官に対しても同様にFから電話があったことを黙っていた。
   (4) 被告人の携帯電話からFの携帯電話へ電話をかけた回数に関し,平成13年1月1日から同月19日までの19日間については,1日平均5回,FがNTTドコモの携帯電話を受け取った同月20日以降同年2月14日までの26日間については,1日平均約3.7回であり,一方,Fの携帯電話から被告人の携帯電話へ電話をかけた回数は,同年1月20日以降同月2月14日までの26日間について,1日平均約0.5回であった。
   (5) Fは,同年2月16日,出入国管理及び難民認定法違反(旅券不携帯)で現行犯逮捕された。被告人は,同日か翌17日ころ,Cに依頼して被告人の携帯電話に登録されていた電話番号の一部を消去してもらった。
  2 検討
    以上の各事実を総合すれば,Bの殺害及び死体遺棄を実行したのはF1人であるが,ア Fが,犯行前に被告人と頻繁に携帯電話で連絡しあっていること,特に,直前に被告人と会話をしていること,イ B殺害後,Fは人目に付きやすい場所である被告人方マンション前付近路上に死体を遺棄していること(現に,遺棄するところを目撃されている。),ウ 殺害してから遺棄するまでの間には相当の時間を要しているが,この間にFは,被告人に4回にわたり電話をかけ,かつ,Bの衣服を取りに被告人方を訪れていること,エ 被告人は,家族(娘のC)にもFの居場所や上記4回にわたる電話を隠していたことなどの犯行前後の被告人とFの行動自体からすると,両者の間に事前の共謀があったことが窺われる。
二 Fの公判証言の要旨
  1 Fは,平成10年7月ころから,被告人が経営するスナックEで従業員として稼働するようになり,その後,同年8月ころから平成12年12月ころまでの間,被告人方で居住し,家の掃除をするなど家政婦的な仕事をした。Fは,被告人が複数の愛人から金銭の援助を受けていることを知っており,Bもそのことを知っていると思っていた。また,Fは,被告人と肉体関係にあり,本件時までその関係は続いていた。被告人らの家計は,被告人が愛人から受け取っていた金で維持されており,Bは,自分で稼いだ金を自分の遊興費に使っていた。Bは,スナックEの売上げも被告人が稼いだ金もすべて管理しており,被告人は,不満を漏らしており,Fも,被告人のこのような境遇に同情していた。
    平成11年9月ころに台湾で大地震が起こった際,Fは,被告人の義母の安否を確認するために被告人と一緒に台湾に渡航した。その後,被告人の義母が既に亡くなっていたことから,葬儀をすることになったが,Bは,仕事が忙しい等の理由で出席せず,また,香典も出さなかった。
  2 平成12年8月にスナックEが閉店することになったが,Fは,仕事もないので,このまま被告人方にいるしかないと考えた。このころから,被告人とBが喧嘩をする回数は以前よりも増えていった。喧嘩の原因は,Bの金の使い方及び女性関係であり,喧嘩の中で離婚話が出たこともあり,被告人は,Fに対し,Bは死んだ方がいいと言っていた。
    その後,Fは,同年9月末ころ,中国にいる知人から,被告人にB殺害を依頼されたという旨の電話があったことから,被告人が本気でBを殺したいと思っているのではないかと感じるようになった。Fは,被告人方から出て行きたいと考えたが,パスポートもないのでそのまま被告人方に留まるしかなかった。
  3 被告人は,同年10月ころになると,Fに対し,Bを殺したいと言うようになった。Fは,被告人に対してBとの離婚を勧めたが,被告人は,離婚したら被告人には何も残らない,Bは被告人を金の成る木と考えているので,離婚に応じないなどと説明し,不可能であると返事をしていた。このころ,Fは,被告人とBの喧嘩の中で,Bが,被告人に対し,離婚したいならば2000万円払えなどと言うのを聞いたことがあった。
  4 被告人は,同月末ころ,Fに対し,Bを殺害することを依頼し,さらに,同年11月初めころ,Bを殺害することを承諾した場合の成功報酬を提示した。成功報酬とは,A名義の偽造パスポート,今後の生活資金,Fが事業を起こす際の資金,今後の居住場所及び連絡用の新しい携帯電話を提供するというものであった。Fにとってもっとも魅力的な条件は,上記パスポートであったが,結局,受け取ることはできなかった。
  5 その後,Fは,BにF方への入居に関する手続をやってもらい,同年12月初めころ,F方に入居した。
    Fは,被告人から,生活資金として,同年11月5日ころ,約20万円が入金されていたH銀行のI名義のキャッシュカード1枚,被告人により20万8000円が入金されて開設されたJ銀行の被告人名義のキャッシュカード1枚をそれぞれ受け取り,さらに,同年12月中旬ころ,被告人が米ドルを日本円に両替した現金約20万円を受け取った。
    Fは,F方へ入居し,また,生活資金も受け取ったので,Bを殺害しなければならなくなると思ったが,内心ではBを殺害したくないと思っていた。
  6 Fは,Bを殺害しなければならなくなる時期をできるだけ延ばしたいと思い,わざと携帯電話の購入時期を遅らせていたが,平成13年1月20日ころになり,被告人から,NTTドコモの携帯電話を受け取った。そのころから,毎日のように,被告人から,B殺害の催促の電話がかかるようになったが,Fは,黙って聞いているだけであった。
  7 その後,同年2月になると,Fは,被告人から,3,4回,被告人方に呼び出され,その際,被告人から,いつBを殺すのかなどとB殺害を繰り返し催促された。Fは,被告人からの催促の電話を逃れるために毎日のようにパチンコに行っていた。
  8 被告人は,同月8日ころ,F方に来て,Fに対し,XOの洋酒瓶に水を入れてBを殴れ,交通事故に見せかけるため頭部を1回だけ殴れ,繋ぎ合わせたビニール袋の中に死体を入れ,Bの車を使用してマンションDまで運べ,死体を被告人方車庫の中に入れ,外の様子を見て人がいないときに,コンビニの前の自動販売機のある路上に死体を棄てろ,血を集めて路上に撒け,被告人が見張りをする,などという具体的な殺害方法を指示し,さらに,同月11日を実行日とせよという指示をした。なお,Fは,同月8日ころ以外にも,被告人から,Bを殺害した後は,F方に住み続けること,しばらくは被告人に連絡してはいけないことなどを指示されていた。
  9 Fは,同月11日の夜,不安になって被告人の携帯電話に電話をして被告人に相談した。被告人は,Fに対し,パチンコに勝ったから奢ってあげると言ってF方に誘い,Bには大きいコップを使わせるとよいなどBをF方へ誘う方法やBを酔わせる方法等のアドバイスを与えた。その後,Bは,同日午後11時ころにF方に来たが,結局,Fは,この日,Bを殺害することはできなかった。そこで,Fは,Bと一緒に被告人方に行き,被告人の様子を見た。Fは,F方へ帰る途中,被告人に電話すると,被告人から,なぜできないのか,何を考えているのか,もう1回チャンスをやるなどと言われたが,返事はしなかった。翌同月12日,被告人は,Fに対し,前日のB殺害失敗に関する文句及びB殺害の催促の電話をした。
  10 Fは,同月14日の昼ころ,被告人からの電話を受けて,被告人方に行った。Fは,Bから,その日の晩にBがF方に来ることを聞いていたが,その話を被告人には伝えず,数時間過ごした後に帰宅し,F方に帰った後も,被告人からの電話があったが,やはりBが来るという話を伝えなかった。その後,Fは,Bから電話を受け,同日の夜にBが1人でF方に来ることを教えられた。さらに,そのころ,被告人から電話があり,その際,被告人は,Fに対し,Bが来ることを自分に伝えなかったことを怒り,Bを殺しなさいと言ったが,Fは,まだBが来るかどうかは分からないという旨返事した。
    その後,同日午後11時ころ,Bが1人でF方に来た。しばらくすると,被告人からBの携帯電話に電話がかかり,FがBから電話を代わると,被告人は,なぜ嘘をついた,今日はBを必ず殺しなさい,もしできなければF方から出て行けなどと言った。Fは,この電話で,大きなプレッシャーを感じ,もはやBを殺す以外に道はないと考え,Bと酒を飲みながら,Bを殺害するきっかけを探していた。
  11 その後,BがFの半ズボンのお尻の方に手を入れるなどの同性愛行為に及んできたので,Fは,Bに対し,とっさにひじ鉄を食らわしたところ,Bが罵る言葉を発して起きあがり,殴ってきたので,足でBの腹部あたりを蹴るなどして反撃した。
    Fは,この機に乗じて,Bを殺害しようと決意し,洋酒瓶及びダンベルの錘でBの頭部を多数回にわたり殴りつけ,Bを殺害した。Fは,Bの首と手首の脈を確認し,Bが死んだことを確認した。
  12 その後,Fは,交通事故に見せかけるにはBの身体から血が出すぎていたことから,Bの死体から衣類を脱がせ,さらに浴室で血液や大便等を洗い流し,Fの服に着替えさせた。そして,同月10日前後に用意しておいた3枚繋ぎの半透明のビニール袋でBの体を覆い,さらにカーテンを巻き付け,その上にガムテープを貼り付けるなどし,死体をBの車のところまで運び,助手席に乗せた。その後,Fは,車の中で,被告人の携帯電話に電話をかけ,Bを殺した旨を伝えた。被告人は,信じられないように,本当ですかと聞いてきたので,Fは,簡単に殺害に至った経緯を説明し,Bの着替が欲しい旨を伝えたところ,被告人は,分かったという旨の返事をした。
  13 その後,Fは,マンションDに着き,車からBの死体を下ろし,被告人方車庫内に運んだ後,被告人の携帯電話に電話をかけ,Bの着替を下に持って来るよう頼んだが,逆に上に取りに来いと言われたので,仕方なしに,被告人方まで取りに行った。Fは,エレベータを使って被告人方玄関前に行くと,被告人がドアを開けたので,被告人にも手伝って欲しい旨頼んだが,被告人から,1人で行きなさいと言われたので,仕方なしに,階段で下り,被告人方車庫の中でBの死体を着替えさせた。
  14 Fは,Bの死体を着替えさせていた途中,Bの眼鏡と路上に撒く血をF方に忘れてきたことに気が付き,車でF方に戻り,タオルで床の血を集め,梅酒の瓶に入れた。その際,Bの携帯電話がないことに気が付き,2回Bの携帯電話に電話をかけたが,見つからなかった。
  15 Fは,被告人方車庫に戻り,マンションD前の路上に血を撒いた後,Bの死体を放置する際に見張りをしてもらいたいと思って被告人の携帯電話に電話をかけたが,被告人から,「なぜこんな遅くまでかかっているんだ」と怒られた上,「どこでもいいから,急いでやれ」と言われた。Fは,Bの死体をマンションDの南側の路上に放置し,通りがかりの車を止めて,救急車を呼ぶように依頼した。
  16 その後,Fは,F方へ戻る途中で,再度被告人の携帯電話に電話をかけ,死体を路上に棄てた,走ってきた車の運転手に救急車を頼んだ,顔を見られたかも知れない旨を伝えたところ,被告人は,「バカヤロウ」などと罵って電話を切った。
    Fは,その後被告人からしばらく連絡するなと言われていたので,被告人に電話をかけることはしなかった。また,被告人からもFに対して電話はかかってこなかった。
 三 そこで,以下,Fの公判証言の信用性について検討する。
  1 Fの公判証言の要旨は上記のとおりであり,被告人の境遇に同情し,スナックE閉店後もマンションDの被告人方に同居し,被告人と北京語で話し合う中,Bに対する愚痴を聞くなどするうちに,様々の報酬を条件にB殺害を依頼されるようになった経緯,その際の被告人の言動等,その依頼を表面上承諾してから被告人から金銭等の便宜受けた具体的な内容,その後被告人から毎日のようにB殺害を催促され,精神的に追いつめられていって犯行に及んだ状況,殺害後死体遺棄する前後までの被告人とのやりとり等,具体的,詳細で自然かつ合理的である上,実際に体験したものでなければ供述できないものという心情が迫真的に述べられている。
    また,Fの公判証言は他の証拠とも良く符合している。
    すなわち,(1) Fの公判証言のうち,Bは自分で稼いだ金を家計に回すことはなく,被告人は,愛人から受け取っていた手当等で家計を維持していた,被告人とBは,Bの女性関係を巡って喧嘩をしていた,スナックE閉店のころから,喧嘩の際に離婚の話が出ていたという証言内容は,C及びその他の関係人の供述の内容,さらに,この点については,被告人の公判供述の内容とよく符合している。(2) Fは,被告人から,B殺害の報酬として事前に3回にわたり,合計約60万円を受け取った旨の証言をし,それぞれの状況を具体的に証言しているところ,関係証拠によれば,①平成12年11月6日にH銀行のI名義の口座(残高18万3901円)から5000円が引き出されていること,②同日,J銀行の被告人名義の口座が開設され,20万8000円が入金されていること,③同年12月7日に被告人がJ銀行K支店において,米ドルを日本円22万5855円に両替していることが認められ,Fの公判証言を裏づけている。(3) Fは,平成13年2月8日ころに被告人からXOの瓶で11日にBを殴り殺せと指示されたという旨の証言をするが,かかる証言は,XOと思われる瓶が同月16日以前の時点でF方にあったことと符合するものである。(4) Fは,B殺害の条件として,もっとも魅力的であった条件は,A名義の偽造パスポートであったという旨の証言をしているところ,事件後にF方から押収されたF所有の茶色革製のセカンドバッグの中には上記パスポートの写ししかなく,原本は発見されていないことからも,Fの公判証言を裏付けている。
したがって,その証言内容の信用性は高いというべきである。
  2 弁護人の主張
   (1) 捜査段階におけるFの供述の変遷について
    ア Fは,捜査段階において,①死体遺棄及び殺人ともに否認の供述,②死体遺棄単独犯の供述及び殺人否認の供述,③死体遺棄共犯の供述及び殺人単独犯の供述,④死体遺棄及び殺人ともに共犯の供述,と4度にわたり供述を変遷させており,この点から,弁護人は,変遷は不合理であり,このような変遷を経ているFの公判証言は信用できないと主張する。
    イ 検討
      確かに,Fは,捜査段階において,上記のとおり供述を次々に変遷させている。しかしながら,Fは,「真実を話せば自分が不利な立場に立たされることへの怖さがあるが・・・ありのまま聞いてもらいたい。」と供述しつつ,被告人から指示があったことを述べており,また,同性愛行為を迫られて憤激して殺人に及んだという方が罪が軽くなると思い,殺人につき単独犯であることを認めたという旨の供述をしていることからすれば,Fは,被告人からB殺害の指示があったことを供述すれば,本件が偶発的な犯行ではなくなり,事前の共謀に基づく計画的犯行となり,自らの罪自体がより重くなるということを承知の上で,本件が被告人の指示に基づくものであることなど自己にとって不利益な点を含めて真摯に供述する。
      また,Fは,被告人から,使用人扱いされていたとはいえ,行くあてのなかったところ,スナックE閉店後も居候させてもらい,特に,被告人と同じ外国人として,お互いの境遇を理解し合っており,一緒に中国や台湾へ渡航するなどしていたのであるから,被告人とFとの間には信頼関係があったといえるのであって,被告人がBの殺害及び死体遺棄の指示をしていなかったにもかかわらず,Fにおいて,単に,被告人への恨みから,あえて虚偽供述をしてまで被告人を本件に引き込むことは考え難い。
      したがって,捜査段階における供述の変遷についての弁護人の主張は理由がない。
   (2) Fの公判証言の変遷,供述態度等について
    ア 弁護人は,Fが,被告人から何回位B殺害を指示されたか,承諾するまでに何回位条件の提示がされたか,いつB殺害を決意したか,いつどこで平成13年2月11日にBを殺害するという具体的な指示をされたかなどの共謀の日時・場所・具体的内容・報酬等の共謀の核心的部分,いつ福井市指定の半透明のビニール袋を繋ぎ合わせたか,いつXOの瓶に水を入れたか,いつXOの瓶を割ったかなどの犯行準備状況について供述を変遷させ,あるいはあいまいな供述をしているほか,何度か公判への出頭を拒否し,弁護人の反対尋問の際,覚えていない旨供述したり,場当たり的な供述態度を示している場面が多く見られることから,Fの公判証言は信用できないと主張する。
    イ 検討
      しかしながら,Fの公判証言は,被告人から報酬を提示されてB殺害の指示を受けたという根幹部分に関する供述については一貫しており,上記変遷等は,単に記憶の混乱や不確実さ,忘却に基づくものというべきである。すなわち,前記のとおり,Fの公判証言によると,Fは,スナックE閉店後の平成12年8月ころから,被告人から,Bは要らないということをしばしば聞かされ,その後,同年10月ころからは,B殺害を依頼されるようになり,さらに,同年11月ころになると,B殺害の成功報酬を示唆されるようになり,平成13年1月20日ころからは,毎日のように被告人から電話でB殺害を催促され,しかも,複数回にわたり,被告人方やF方において,B殺害の方法等を指示されていたというのであり,一方,F自身は,B殺害を承諾してはいたものの,被告人から生活費等の事前報酬を受け取り,F方に引っ越し,さらに,携帯電話を換えた後でさえも,実行の時期をできる限り引き延ばそうと考えていたのである。そうすると,被告人からの度重なる催促に加え,Fの上記のような消極的な態度からすれば,具体的に,いつ,どこで,どのような指示を受けたかという記憶に混乱が生じても,ある程度やむを得ないといえる。
      また,Fに対する証人尋問は,多数回(第4回公判から第35回公判まで),かつ,長期間(平成14年2月以降同15年11月まで)に及んでいる。しかも,通訳事件であることを前提にしても,検察官の主尋問自体が合計8期日を要するという膨大なものであっただけでなく,弁護人の反対尋問の内容も,Fの身上経歴からBや被告人との関係,犯行に至る経緯,共謀の形成過程・その内容,具体的かつ詳細な犯行状況,犯行後のFの行動等実に広範囲にわたっており,捜査段階で作成された多数の供述調書の供述相互間の供述の食い違いや公判廷における主尋問の供述内容との食い違う点について詳細を極めたものとなっており,証人であるFにとって,かかる尋問にさらされることは多大な負担であったことは容易に推察できるところである。そうすると,主尋問時と反対尋問時で記憶に後退があったとしてもやむを得ず,また,その間にF自身に対する判決が宣告されたことから,その失望感あるいは絶望感により記憶が希薄になったともいえ,弁護人の反対尋問において,覚えていないと供述したり,正確に供述できなかったとしても,やむを得ないといわざるを得ない。
      したがって,上記変遷等は,Fの公判証言の信用性を損なうものではなく,弁護人の主張は理由がない。
   (3) 共謀の具体的内容にわたる供述の合理性について
    ア 弁護人は,①FがBを殺害するに際し,被告人の指示どおりにBの頭部を1回殴ったというのではなく,洋酒の瓶及びダンベルの錘で多数回にわたり殴っており,交通事故に見せかけるにはほど遠い殺害行為に及んでいること,殺害後も,Bの身体を洗ったり,路上に撒く血を水で薄めたり,血を撒いた場所に死体を放置していないことなど,およそ交通事故には見せかけられないものとなっていること,②Fは,B殺害後直ちに被告人に報告をしておらず,殺害後3時間近く経過して初めて報告していること,③その後もFは,被告人に対し,死体をどう処理すべきかについて相談らしい相談をしておらず,事前の指示どおりに進んでいないことについても被告人に全く説明していないこと,④B殺害後に最初に被告人にかけた電話で,被告人に対してBを殺害したことを報告すると,被告人は,少し信じられない様子だったと証言していることを捉え,B殺害及び死体遺棄方法を被告人との間で共謀していたのであればおよそ不自然かつ不合理ともいうべきFの行動が多く見られることから,Fの公判証言は信用できないと主張する。
イ 検討
      ①の点について,被告人の依頼の趣旨は,被告人に替わってBを殺害することに主眼があり,具体的なやり方・手口はある程度Fに任されていたと解するのが合理的である。しかも,本件各犯行は,そもそも綿密に計画されたプロの殺し屋による犯行ではなく,これまで何ら同様の経験のなく,B殺害の実行にいつ着手するか逡巡していたFが被告人から執拗に催促されて観念して遂に実行したのであるから,異常な緊張・興奮状態の下で行われたものと考えるべきで,Bの頭部を1回だけ殴って殺害した上,交通事故に見せかけるという被告人の指示どおりにいかなかった点は,Fの公判証言の信用性に影響しない。むしろ,Fが,被告人を本件に巻き込むつもりというのであれば,実際の殺害行為と異なる指示を被告人がしたというような供述をすることは通常ありえないのであって,にもかかわらず,そのように供述すること自体,Fが真摯に供述していることを窺わせるものというべきである。
      また,②の点については,確かに,Fは,B殺害後直ちに被告人に報告をしていない。しかし,人の殺害という異常な出来事を実行したFがその緊張・興奮状態から我に返ってから,当初の指示に基づいて,交通事故に見せかけるために,血が出すぎていたBの身体を洗って着替えさせたり,Bの死体を梱包して自動車に運ぶという作業を一人で行っているのであるから,相当の時間と体力を要することはむしろ当然であると言える。そうすると,FがB殺害後直ちに被告人に報告しなかったからといって,そのこと自体から,不合理とはいえない。
      さらに,③の点について,Fが被告人に電話をかけて被告人に手伝うように求めても,被告人がかかわりたくないということで電話を切られているのであって,時間に余裕がないFとしては,とりあえず,事前の指示どおり,何とか交通事故に見せかけるよう考えて行動したと考えるのが自然であり,やむなく血を撒いた場所とは異なる場所に死体を遺棄してしまったことなど被告人の指示どおりにFが行動していないことについても,何ら不合理ではない。
      次に,④の点について,Fが最初に電話をかけた際に,被告人が信じられない様子であったという旨の証言に関し,被告人とすれば,本件まで何度となくFに対して犯行を実行するように催促したが,Fがなかなか実行に及ばなかったことからすれば,深夜,いきなりFからB殺害の報告を受けたものの,半信半疑の気持ちから,とっさに,Fに対して本当に実行したのかを確認したというべきであり,被告人がそのような態度をとったとしても何ら不自然ではなく,むしろ,自然な反応というべきである。
      したがって,上記弁護人の主張は,Fの公判証言の信用性を損なうものではない。
    ウ なお,弁護人は,平成13年2月9日,10日ころにBの死体を入れるためにビニール袋を繋ぎ合わせたという旨のFの公判証言は,B使用に係る自動車のトランク内から発見された青色ビニール袋の状態(青色ビニール袋を繋ぎ合わせるために使用されていたビニールテープの内側に血痕が付着していること)と矛盾する,すなわち,Fがこの青色ビニール袋を繋ぎ合わせたものを事前に準備できたはずがなく,Fの公判証言は客観的証拠と矛盾するなどと主張するが,Fの公判証言によれば,上記のころに準備したのは福井市指定の透明のビニール袋を繋ぎ合わせたものであり,弁護人が主張する青色のビニール袋ではないので,そもそも弁護人の主張は理由がない。むしろ,かかる福井市指定のビニール袋を繋ぎ合わせたものが存在することは,Fの公判証言とよく符合する。
    (4) 殺害等の報酬に関する供述について 
     ア 弁護人は,①Fが,A名義の偽造パスポートが最も魅力的な条件であった旨の供述をしながら,パスポートの保管場所について被告人に確認していないし,被告人方でパスポートを探そうともしなかったという旨の供述をしたり,②また,B殺害後に身を隠すためのマンションであるにもかかわらず,F,B及び被告人が知っている者(L)が住むマンションに引っ越したり,被告人から報酬として提示されたF方であるのに,Bが手続をしなければ借りることができなかった旨の供述をしたり,③さらに,被告人から携帯電話の番号を他人に知られてはならないと言われていたにもかかわらず,妹には教えていたり,新しい携帯電話の番号は他人に知られても構わないと思っていたなどという旨の供述をしていることから,Fの公判証言は信用できないと主張する。
       加えて,弁護人は,④キャッシュカード2枚及び現金約20万円の合計約60万円はB殺害の報酬ではない,Fがわずか60万円でB殺害を引き受けたというのは不自然であり,かつ,⑤被告人にはFに対して今後の生活費を保障するような状況にはなかったのであるから,これを信じてB殺害を引き受けたとするFの公判証言は信用できないと主張する。
     イ 検討
       しかしながら,①の点について,パスポートに関しては,あえて順位を付ければ一番魅力的な報酬であったといえるが,それだけでFがBを殺害しようと決意したものではなく,加えてパスポートを被告人又はBが持っていることはFも知っており,直ちにパスポートが必要であるという状況にあった訳でもない以上,保管場所を確認したり,パスポートを探そうとしなかったことが不合理というわけではない(なお,仮に,Fが上記パスポートの原本を持っていたとすると,Fがこれを処分する理由は全くないところ,本件証拠上,Fが一人で海外渡航した事実は認められないし,前記認定事実のとおり,米ドルを日本円に換金する手続は被告人自身が行っていたことからすれば,Fは,上記パスポートの原本を持っていなかったといわざるを得ない。)。
       また,②の点について,マンションに関し,被告人としては,B殺害後,Fと一緒に被告人方で住むことが,捜査機関から疑いをかけられる点で問題であっただけであり,Fが被告人方以外に住むことが必要であったことからすれば,被告人が知っている者が住むマンションに引っ越したことは弁護人が主張するほど不合理とはいえない。そして,手続に関しても,Bが女性と過ごす隠れ家が欲しかったことから,たまたま被告人とBの利害関係が一致しただけであり,Bが手続をしたこととF方を報酬とすることとは特段矛盾しない。
       さらに,③の点について,携帯電話の番号に関し,Fは,Bを殺害することを承諾したものの,できればやりたくない,実行時期をできるだけ引き延ばしたいと考えていたのであり,しかも,Fの連絡手段は携帯電話だけであったことからすれば,他人に電話番号を教えることについて深く考えていなかったといえ,不合理とまではいえない。
       次に,④の点について,まず,H銀行の口座については,被告人が給料を現金ではなく,キャッシュカードの形で渡す必要などなく,むしろ,今後の生活費として被告人からこれ以降も振込みがあることを期待してFが受け取ったとみるのが自然であること,また,J銀行の口座については,Fが不法滞在の身である以上,被告人名義でしか新しい携帯電話を購入することは不可能であり,そのための口座を開設する必要があったこと,仮に20万8000円の入金がFの所持金であったとすると,なぜ,被告人が同口座の通帳と印鑑を管理する必要があったのか不明であり,不自然であること,米ドルがFのものであったとすれば,Bに手続を依頼すれば足りるのであって,わざわざ被告人に両替を依頼する必要はなかったこと,Fにとって,あくまで報酬は,今後の生活費の確保をしてもらうことであり,60万円はその一部の前渡しにすぎず,それだけでB殺害を承諾したわけではなかったこと,以上からすれば,上記弁護人の主張は,Fの公判証言の信用性を損なうものではない。
       さらに,⑤の点については,上記弁護人の主張は前提を欠くものである。すなわち,Bが亡くなれば,被告人は,愛人からの手当を自由に使うことができ,また,保険金も入ってくるというのであって,そもそもFに対して今後の生活費を保障することができる状況になかったとはいえない。
 四 結論
   以上より,弁護人の主張はいずれも理由がなく,被告人からFに対してBの殺害及び死体遺棄の指示があったという内容のFの公判証言は信用できる。
第二 被告人の自白調書について
   被告人は,当公判廷において,Fに対して本件各犯行を指示したことを否認するが,捜査段階において,Fに本件各犯行を指示したことを認める旨の供述をしている。
   この点,弁護人は,各自白調書は,自然的関連性を欠き,また,任意性を欠き,信用性もないと主張するので,以下,検討する。
 一 通訳の正確性(北京語の通訳で各自白調書が作成された点)について
  1 被告人の北京語の能力について
   (1) 弁護人は,被告人に対する取調べが被告人の母国語である台湾語ではなく,北京語の通訳で行われていたことから,被告人が取調べの内容を理解できず,また,言いたいことを伝えることができなかったから自然的関連性を欠く旨主張する。
   (2) しかしながら,被告人は,Fと北京語で会話を繰り返していて,意思疎通について何ら困難な事情はなかったことからすれば,取調べが北京語の通訳を介して行われていたからといって,被告人が取調べの内容をおよそ理解できず,また,言いたいことを十分伝えることができなかったとは考え難い。しかも,平成13年8月16日より前の被告人の検察官調書及び警察官調書によれば,いずれの調書上も,被告人は,Fに対してBの殺害及び死体遺棄を指示したことを明確に否認しているのであって,当公判廷における被告人の言い分と同様の内容が調書化されているといえ,仮に被告人が取調べの際の北京語の通訳が理解できなかったというのであれば,当初からFに指示したことを認める調書となっていてもおかしくはないところ,そのような内容となっていない。そうすると,捜査段階の途中からFに殺害等を指示したことを認める調書となった理由につき,北京語の通訳が理解できないということでは合理的に説明することができず,上記の各自白調書が作成されたときのみ,被告人が通訳を理解できなかったなどということはおよそ考えられない。したがって,弁護人の主張は理由がない。
   (3) なお,弁護人請求証拠番号39の「通訳人(中国語)による尋問及び供述に係る所見」を作成したM証人の公判供述(第52回公判期日におけるもの。以下「M証言」と略称。)によれば,被告人の北京語には,語彙の不足,文法の誤りなどが相当数認められ,被告人の北京語の能力は必ずしも高くなかったことが認められる。しかしながら,M証言によっても,捜査段階において被告人が取調べの内容を理解できなかったとは認められない。
  2 取調べ時の通訳人の能力について
   (1) 弁護人は,捜査段階における取調べの際の通訳人であるNの北京語能力の低さを問題視し,取調べにおいて被告人がその取調べの内容を理解することができなかったなどと主張する。
   (2) しかしながら,関係証拠によれば,Nは,日常的な会話は十分可能であると認められる以上,被告人との意思疎通に支障はなかったから,刑事事件の通訳人として要求される能力に欠けるところはなく,弁護人の主張は理由がない。
  3 被告人自体の日本語能力について
   (1) 関係証拠によれば,被告人は,昭和61年4月にBと婚姻してから本件取調べまでの約15年もの間,日本に滞在していたこと,Bとの会話は日本語で行われていたこと,その他の日本人との会話も日本語であったこと,Fの事件の公判で日本語の質問に対して,通訳を待たずに回答している場面がたびたび見られることなどからすれば,取調べ時において,被告人は,取調官の日本語の質問を相当程度は理解していたと認められる。
   (2) そうすると,取調べにおいて,被告人は,その日本語と北京語との相互の理解力により,取調べの内容を理解していたというべきである。この点,Nも,当公判廷において,取調官が日本語で最初に質問をし,被告人が日本語で答えることができるところは日本語で答え,日本語では理解できない部分について,Nが北京語で通訳していたという旨の供述をしているのであり,この点は,O証人も,当公判廷において同様の供述をしている。また,被告人自身,日本語で答えることが多かった旨を当公判廷において自認しているところである。
  4 以上のとおりであるから,取調べにおいて,被告人が取調べの内容及び調書の記載内容を理解できなかったなどということはあり得ず,自然的関連性は優に認められる。
 二 任意性について
  1 弁護人は,被告人がC型肝炎に罹患していたこと,長時間に及ぶ取調べが連日行われていたこと,母国語ではない通訳が付されていたこと及び睡眠薬等を服用していたことから,被告人は正常な判断能力を維持できる状態にはなかったから,このような取調べから得られた上記各自白調書には任意性がないという旨の主張をする。
  2 確かに,被告人及びO証人の各公判供述によれば,被告人が,睡眠薬等の影響やC型肝炎の影響もあり,さらに連日の長時間に及ぶ取調べで疲労していたことは認められる。
    しかしながら,関係証拠によれば,被告人は,B殺害の共犯者として追及されていることを理解し,Fに依頼してBを殺害したかという質問をされていたことを十分認識しており,逮捕後勾留期間の途中までは,そのような依頼はしていないと明確に答えていたこと,取調官の質問が分からなかったときには返事をしていなかったこと,平成13年8月16日に行われた検察官による取調べの際に,被告人自ら,警察官に話すなどと言って取調べの担当者をP警察官に変更してもらっていること,取調官から体調が悪ければ申し出るようにと告げられていたが,体調が悪いので取調べを中断してくれと要望したことや取調べ中に体調不良を訴えたことはなかったこと,調書の訂正を申し入れたことがあったこと,各自白調書において,後記のとおり,Fの供述する内容と異なる内容の供述をしていることなどが認められるのであって,以上からすれば,各自白調書の任意性は優に認められる。
 三 信用性について
  1 まず,各自白調書の要旨は,以下のとおりである。
   (1) 被告人は,平成10年6月ころから,スナックEの経営を始めたが,同12年8月にスナックEを廃業した際,その手続をBに任せたが,清算後,被告人の手許に戻ってきたのはわずか10万円であったので,Bが女遊びのためにピンハネしたと思った。ところで,平成11年9月27日,被告人は,台湾大地震の直後に亡くなった義母の葬式を台湾で執り行ったが,その際,被告人からBに対し,再三台湾に来て葬式に出席するように頼んだが,Bは,仕事が忙しい等の理由で,拒否したばかりか,香典も出さなかった。
     被告人は,スナックEを閉店したころから,2人の子が十分成長したこともあり,もうBは要らないと考え,Bとの離婚を真剣に考えるようになり,C及びAにもBとの離婚を相談すると,子らはこれを承諾した。
     そこで,被告人は,Bに対して真剣に離婚を申し入れたが,Bは,離婚をするつもりはない,離婚して欲しいのであれば,養育費として使った2000万円を支払えなどと言ってきたので,離婚することはできないと感じた。被告人は,Bの浮気のことをBの母親に相談したことがあったが,2人で解決しなさいなどと言われるだけであった。
   (2) その後,被告人は,同年10月ころになると,Bは要らない,離婚してくれないのであれば殺すしかないという気持ちになった。しかし,被告人は,自分の手で殺すのは心理的にも体力的にも困難であると思ったので,身近にいたFにやってもらおうと考えた。
     そこで,被告人は,このころ以降,Fに対し,Bは要らない,Bを殺せと何度も言うようになった。しかし,被告人は,それだけではFがBを殺してくれるとは思わなかったので,Bを殺してくれれば,日本で生活できるようにしてあげる,うまく殺してくれれば200万円の報酬をあげるなどと言ってB殺害を依頼するようになった。これに対し,Fは,なぜBと離婚をしないのかと言ってきたが,被告人は,Bから2000万円支払わなければ離婚しないと言われたということなどを説明した。Fの日本での生活の保障については,被告人の手持ちの金からFに対して生活費を分け与えるつもりであった。
   (3) その後,被告人は,同年11月6日,Fに対し,生活費として,H銀行のI名義のキャッシュカードを渡し,口座に入っている金を使っていいと言い,Fは,同日,同口座から5000円を引き出した。また,被告人は,同日,J銀行の被告人名義の口座を作り,同口座のキャッシュカードをFに渡した。なお,被告人が同口座を作る際に入金した金は,もともとFの金であった。また,被告人は,同年12月7日,J銀行で,Fが所有していた米ドルを日本円に両替してあげたことがある。
   (4) 被告人は,同年10月ころから同年12月ころにかけ,Fに対し,B殺害を依頼していたところ,そのころ,とうとうFが承諾した。その後,被告人は,平成13年1月ころから事件当日までの間,B殺害の方法について何度もFと話した。話の内容は,BをF方に誘い込んで殺す,自動車にぶつけられて死んだように見せかける,そのため,Bを殴り殺してその死体を家の近くの自動販売機の近くの路上に棄てるなどというものであった。
     ところで,B殺害の方法については,Fが言い出したものであるが,被告人は,Fとの話し合いの中で,B殺害後,マンションDまで死体を運んで棄てるというような話はしておらず,そのような指示をしたこともない。被告人は,死体をGの近くの自動販売機に棄てるのがいいと思っていたが,Fは,Gの近くでは自分が怪しまれるといって賛成しなかったことがあった。
   (5) その後,被告人は,同年2月14日,Fに電話をかけて被告人方に来るよう誘ったところ,Fがやって来て,数時間くらい被告人方に滞在した後,同日午後7時ころに帰った。この間,被告人は,Fとの間でB殺害の話をした覚えはない。被告人は,FがBをいつ