H17. 9.29 広島地方裁判所 平成11年(行ウ)第20号,平成12年(行ウ)第26号 障害年金却下裁定処分取消等請求事件

判示事項の要旨:
 広島市で原子爆弾に被爆した元国民義勇隊員である原告らの一部について,恩給法別表第1号表の3に定める第5款症に該当する障害があり,被告厚生労働大臣(当時は厚生大臣。以下「被告大臣」という。)がした戦傷病没者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)に基づく原告らの障害年金の受給請求の却下裁定が違法であるとしてこれを取消し,他方,被告大臣に援護法改正に関する国民への情報提供について裁量権の著しい逸脱があったということはできないとして,原告らの被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく障害賠償請求をいずれも棄却した事例。


判決
主文
1 被告大臣が原告Cに対し平成10年7月6日付けでした戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく障害年金請求却下裁定を取り消す。
2 被告大臣が原告Gに対し平成10年7月6日付けでした戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく障害年金請求却下裁定を取り消す。
3 被告大臣が原告Kに対し平成10年7月6日付けでした戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく障害年金請求却下裁定を取り消す。
4 原告C,原告G及び原告Kのその余の請求並びにその余の原告らの請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,原告C,原告G及び原告Kに生じた費用は,これをそれぞれ6分し,その5を同原告ら各自の負担とし,その余を被告大臣の負担とし,その余の原告らに生じた費用は各自の負担とし,被告大臣に生じた費用は,これを12分し,その9を同原告らの負担とし,その余を被告大臣の負担とし,被告国に生じた費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1ないし第3項と同旨。
2 被告大臣が原告C,原告G,原告K及び原告Lを除いたその余の原告らに対し平成10年7月6日付けでした戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく障害年金請求却下裁定をいずれも取り消す。
3 被告大臣が原告Lに対し平成12年2月4日付けでした戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく障害年金請求却下裁定を取り消す。
 4 被告国は,原告らそれぞれに対し,500万円及びこれに対する平成16年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
原告らは,被告大臣が,広島市で原子爆弾に被爆した原告らから身体に醜形の障害が残ったとして戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)に基づき障害年金の受給の請求を受け,これらを却下した裁定が違法であるとして,被告大臣に対し,同却下処分の取消しを求め(請求1,2),また,被告国が援護法に基づく障害年金の支給について周知徹底義務を怠り原告らに受給請求が遅れたこと等による損害を負わせたとして,被告国に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた(請求3)。
1 法令等の定め
(1) 援護法は,「軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し,国家補償の精神に基づき,軍人軍属等であった者又はこれらの者の遺族を援護すること」を目的とし,(同法1条),準軍属である国民義勇隊の隊員(同法2条3項3号)であった者が,公務上負傷し,又は疾病にかかり,昭和34年1月1日以後において,当該負傷又は疾病により恩給法別表第1号表の2及び第1号表の3に定める程度の障害の状態にある場合においては,その者にその障害の程度に応じて障害年金を支給すると定めている(同法7条8項,8条)。
そして,恩給法別表第1号表の2は,特別項症から第6項症までを定め(同第5項症の2号は「頭部,顔面等に大なる醜形を残したるもの」という定めであった。)(以下,同第5項症を「第5項症」という。),同表の3は,第1款症から第5款症まで,それぞれ障害の重さの程度に応じた障害を定め,同第5款症(以下「第5款症」という。)は,障害の状態として,「①一眼の視力が0.1に満たざるもの,②一耳の聴力が尋常の話声を0.5メートル以上にては解し得ざるもの,③一側中指の機能を廃したるもの,④一側環指を全く失いたるもの,⑤一側第二趾の機能を廃したるもの,⑥一側第三趾ないし第五趾の中二趾を全く失いたるもの」を例示して定め(以下,上記の各障害を合わせて「第5款症例示の障害」という。),その末尾に,「上記の列挙した障害に該当しない傷痍疾病の程度は上記の各症に準じこれを査定する。」旨規定している。
   なお,上記障害年金の請求は,住所地の都道府県知事又は市町村長を経由して,厚生労働大臣に請求することとされている(援護法施行令11条)
 (2) 被告大臣は,昭和50年ころ(この時期は証人Pの証言による。),女子の醜形について次のような認定基準(以下「昭和50年の基準」という。)を定めた(乙8)。
ア 第5項症に該当する醜形は次のとおりとする。
   (ア) 頭部,顔面及び頸部にある相当程度の瘢痕で他人の注目を引く程度のもの。
   (イ) 上肢,下肢等にある瘢痕で上記(ア)と同視することを相当と認める程度のもの。
   (ウ) 醜形とは,人目につく程度以上のものと解するのが相当であるから,上記(ア)及び(イ)について,瘢痕が頭髪,眉毛等で通常隠される部分がある場合は,それらについては審査すべき部分から除くものとする。
イ 恩給法別表第1号表の3に当たる顔面醜形は,次のとおりとする。
   (ア) 顔面,頸部に3cm以上の明瞭な隆起及び陥没する醜状瘢痕を認めるもの。
(イ) 顔面,頸部に5cm以上の醜状線状痕を認めるもの。
(ウ) 顔面,頸部以外の露出する部分に相当の醜状を認めるもの。
(エ) 背部,胸腹部,脚部のほぼ半域にわたり醜状瘢痕を認めるもの。
 (3) 被告大臣は,平成3年5月10日及び平成10年5月8日,第5款症所定の障害に当たる女子の醜形について,次のような基準を定めた。
  ア 平成3年5月10日の基準(以下「平成3年の基準」という。)(乙6)
(イ) 対象とすべき醜形の部位
① 頭部,顔面,頸部並びに日常露出する上肢及び下肢の瘢痕で特に目立つもの。
醜形とは,人目につく程度以上で日常生活活動に種々の制約をもたらすものと解することが相当であるので,瘢痕が頭髪,眉毛等で通常隠される部分にある場合は除くものとする。
② 衣服で隠れる部分の瘢痕については,色素の沈着又は脱失若しくは組織の隆起など特に醜形が著しいもの。
(イ) 醜形による症状等差の具体的査定のポイント
① 顔面,頸部に直径3cm程度以上の目立つ醜状瘢痕を有するもの。
     ② 顔面,頸部に直径5cm程度以上の目立つ醜状線状痕を有するもの。③ 瘢痕により口唇及び眼瞼の変形が特に目立つもの。
     ④ 上記①ないし③以下のものは,2か所以上の瘢痕を有するか又は他に目立つ醜状瘢痕を有するもの(例えば,顔面に直径3cmに満たない瘢痕が2か所以上有する場合又は顔面の瘢痕は直径3cmに満たないが片下肢に目立つ醜状瘢痕を有するもの)。
⑤ 両上肢又は両下肢に目立つ醜状瘢痕を有するもの。
     ⑥ 片上肢又は片下肢に特に著しい醜形(色素の沈着又は脱失若しくは組織の隆起,皮膚の深い削創など)を有するもの。
     ⑦ 片上肢又は片下肢に目立つ醜状瘢痕を有する場合は,他にこれに相当する醜状瘢痕を有するもの(例えば,片上肢と片下肢に目立つ醜状瘢痕を有するもの)。
     ⑧ 衣服で隠れる部分の瘢痕については,色素の沈着又は脱失若しくは組織の隆起,皮膚の深い削創,広範囲にわたる瘢痕など特に醜形が著しいもの。
イ 平成10年5月8日の基準(以下「平成10年の基準」という。)(乙7)
(ア) 対象となる醜形
    ① 頭部,顔面,頸部並びに日常露出する上肢及び下肢の瘢痕で特に目立つもの。
    ② 衣服で隠れる部分の瘢痕については,色素の沈着又は脱失若しくは組織の隆起など特に醜形が著しいもの。
(イ) 第5款症相当の程度
① 顔面,頸部に直径3cm程度以上の目立つ醜状瘢痕を有するもの。
② 顔面,頸部に直径5cm程度以上の目立つ醜状線状痕を有するもの。
③ 瘢痕により口唇及び眼瞼の変形が特に目立つもの。
    ④ 衣服で隠れる部分の瘢痕については,色素の沈着又は脱失若しくは組織の隆起,皮膚の深い削創,広範囲にわたる瘢痕など特に醜形が著しいもの。
      「広範囲にわたる瘢痕」とは,次によるものとする。両肩から両下肢の膝までと両上肢の上腕部分の前面又は後面の3分の1程度以上に目立つ醜状瘢痕を有するもの。なお,3分の1程度に満たない場合は,組織の隆起,色素の沈着の度合い又は他の部分の瘢痕を加味する。
2 争いのない事実(末尾に証拠等の記載がないもの)及び証拠等により容易に認められる事実
(1) 原告らは,昭和20年8月6日当時,国民義勇隊の一つとして広島県大竹市に設置された大竹義勇隊の元隊員であり,援護法2条3項3号にいう「準軍属」に該当する者である。
(2) 原告らは,昭和20年8月6日,大竹義勇隊の職務として広島市内に建物疎開作業に出勤する途中,被爆した。(弁論の全趣旨)
(3) 原告ら(原告K,原告J及び原告Lを除く。)は,平成10年1月9日,原告K及び原告Jは,同月20日,被告大臣に対し,援護法に基づく障害年金の支給請求を行ったところ,被告大臣は,平成10年7月6日,上記各請求をいずれも却下する旨の裁定をした(甲1ないし8,15)。
(4) 原告ら(原告Lを除く。)は,同年12月24日,被告大臣に対し,異議申立てをしたところ,被告大臣は,平成11年7月6日(ただし,原告F,原告Kについては同月19日),上記申立てをいずれも棄却した。
 (5) 原告Lは,被告大臣に対し,平成10年12月24日,援護法に基づく障害年金の支給請求を行ったところ,被告大臣は,平成12年2月4日,同請求を却下する旨の裁定をした(以下,(3)の裁定と合わせて「本件各処分」という。)。
 (6) 原告Lは,同月25日,被告大臣に対し,異議申立てをしたところ,被告大臣は,同年9月7日,上記申立てを棄却した。
3 争点
(1) 認定基準及び認定方法の合理性。
(2) 第5款症所定の障害に該当するか否か。
(3) 国家損害賠償請求の可否。
4 争点(1)(認定基準及び認定方法の合理性)に関する当事者の主張
(1) 被告大臣の主張
ア 認定基準
     援護法の障害年金を受給するためには,請求者の障害の程度が,第5款症例示の障害以上の状態にあることが必要である(援護法7条1項)ところ,原爆の被爆による醜形については第5款症に規定がないため,その症状が第5款症例示の障害に準じて査定されることになるから,原爆被爆による醜形が第5款症例示の障害以上の状態にあるか否かの判断は,厚生労働大臣の専門的・技術的な裁量にゆだねられている。そして,その認定事務の統一・公平性,迅速・適正のためには,一定の基準を作成することが必要であり,このため,当時の厚生大臣は,昭和50年の基準を定め,その後国民義勇隊員として出動した際に被爆して瘢痕を負った女性から障害年金の請求がまとめてなされ,その後も同様の請求が見込まれたことから,医学的専門知識等を有する者等から構成される援護審査会小委員会等の意見を聴いた上で,平成3年の基準を定め,さらに,平成10年には,上記援護審査会小委員会等の意見を聴いた上で,平成3年の基準の「衣服で隠れる部分の瘢痕については,色素の沈着又は脱失若しくは組織の隆起,皮膚の深い削創,広範囲にわたる瘢痕など特に醜形が著しいもの」との定めのうち「広範囲にわたる瘢痕」を具体的に示す基準を定めたのである(平成10年の基準)。
  第5款症例示の障害は,いずれも,眼,耳,手の指及び足の指における重要な身体機能の障害であり,日常生活活動に支障があるものである。瘢痕を,上記の症状と同等のものとして,それらに準じた取扱いを行うためには,単に露出する部分に醜状が認められるというだけで,大きさも程度も不問とすることは相当でなく,日常生活に支障があることを要するとすべきである。この点からすれば,平成3年の基準が,日常露出する部分における瘢痕については,単に瘢痕があるというだけではなく,その大きさ及び程度において特に目立つものであることを,日常露出しない部分における瘢痕については,色素の沈着等,特に醜形が著しいものであることを,それぞれ要するとしたことには,十分な合理性がある。さらに,平成10年の基準は,平成3年の基準にある「広範囲にわたる瘢痕」が抽象的なものであったことから,これを「両肩から両下肢の膝までと両上肢の上腕部分の前面又は後面の3分の1程度以上に目立つ醜状瘢痕を有するもの。なお,3分の1程度に満たない場合は,組織の隆起,色素の沈着の度合い又は他の部分の瘢痕を加味する。」と具体的に規定したのであり,この程度の瘢痕があってはじめて衣服で隠れる部分の瘢痕により日常生活に支障があるといえるとしたことには,十分な合理性がある。
     以上のとおり,平成3年の基準及び平成10年の基準は,援護法の趣旨及び内容に適合したもので,かつ,適正な手続によって制定されたものであって,厚生大臣にゆだねられた裁量権の範囲内において制定された合理的なものである。
イ 認定方法
   障害の認定方法は,その性質上,被告大臣の専門的・技術的裁量にゆだねられているところ,被告大臣は,請求者の障害を直接視認することは行っていないものの,平成3年の基準及び平成10年の基準に基づき,過去の裁定例を参考にしつつ,援護審査会小委員会等の意見を聴取し,請求者からの請求書及び添付書類(医師の診断書,請求者が提出する写真等)を審査することにより,厳格かつ適正に行っている。本件においては,原告らから提出された医師の診断書及び原告らの瘢痕の状態を判断するに当たって十分明瞭な写真により原告らの瘢痕の状況を十分に確認した上で審査したものである。したがって,認定方法も合理的である。
ウ 原告らの主張について
原告らは,「平成3年の基準は,昭和50年の基準が定めた第5項症2号所定の障害に関する基準と同じものであり,原告らを排除するために,第5項症より相当程度軽い障害である第5款症に第5項症と同じ基準を恣意的に用いたものであるから,適正ではない。平成10年の基準も同様である。」と主張する。しかし,昭和50年の基準が定めた第5項症に関する基準と平成3年及び平成10年の各基準が定めた第5款症に関する基準とは,同一ではない。特に,昭和50年の基準が定めた第5項症に関する基準には,醜形の格段の重大性を意味する「相当程度の」という文言があり,これが第5款症に関する基準との大きな違いとなっている。また,昭和50年,平成3年及び平成10年の各基準が定めた第5款症に関する基準は,いずれも一貫した内容であり,この点からすれば,原告らを恣意的に排除する目的で平成3年の基準を制定したものでないことは明らかである。したがって,原告らの上記主張は根拠がない。
また,原告らは,「原告らは,醜状が残ったことから,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)による保健手当の支給を受ける者として認定された。それにもかかわらず,被告は,援護法上の障害年金支給相当の障害に該当しないと判断しているのであり,この判断は明らかに均衡を失するものである。」旨主張する。しかし,被爆者援護法と援護法とは制度趣旨が異なり,各制度が個々の制度趣旨等を踏まえてそれぞれの判定基準を設けているのであって,障害該当性の判断は,行政の専門的・技術的な裁量による。したがって,被爆者援護法において保健手当を受給した者が,援護法上の障害年金を受給できないからといって,明らかに均衡を失しているとはいえない。
 さらに,原告らは,「露出する部分に醜状が認められるならば第5款症に該当するという基準を立てるべきである。」と主張する。しかし,前記のとおり,瘢痕を,第5款症に列挙された症状に準じて取り扱うに当たり,単に露出する部分に醜状が認められるというだけで,大きさも程度も不問とすることは相当でないことは明らかであるから,原告らの主張は失当である。
(2) 原告らの主張
ア 認定基準の不合理性
(ア) 昭和50年の基準について
      同基準は,第5項症の「頭部,顔面等に大なる醜形を残したるもの」に当たる基準として,「醜形の部位」は頭部,顔面,頸部並びに日常露出すべき上肢及び下肢で,醜形が特に著しい日常露出しない部位を含み,「大なる醜形」とは女子の場合,「①頭部,顔面及び頸部にある相当程度の瘢痕で他人の注目を引く程度のもの,②上肢及び下肢等にある瘢痕で①と同視することが相当と認められる程度のもの」と定めている。これに対し,同基準は,恩給法別表第1号表の3に定める障害に当たる女子の顔面醜形について,「①顔面,頸部に3cm以上の明瞭な隆起及び陥没する醜状瘢痕を認めるもの,②顔面,頸部に5cm以上の醜状線状痕を認めるもの,③顔面,頸部以外の露出する部分に相当の醜状を認めるもの等」という基準を定めており,この基準は,別表第1号の3の第1款症から第5款症のうち,どれに該当するかを明確にしていないから,上記①②③等の基準は「款症」に該当するための大まかな基準を例示として挙げたものに過ぎない。そして,第5款症は第1款症よりも障害の程度が軽いことからすれば,第5款症の認定は上記①②③等の基準に拘束されることなくなされるべきである。
(イ) 平成3年の基準及び平成10年の基準について
      第5款症の定める障害は第5項症のそれよりも相当程度軽いものであり,第5款症による障害年金額は第5項症のそれの約5分の2以下である。ところが,被告大臣は,昭和50年の基準が定めた第5項症に関する基準と同じ内容で第5款症に関する平成3年の基準を定めており,平成3年の基準を定めたのは,大竹市住民が国民義勇隊として被爆したことを理由に「第5款症」の障害年金の請求をした際,その身体の醜形が第5款症に該当するか否かを判断するためであったことからすれば,被告大臣は,大竹市住民らによる第5款症の障害年金の請求を排除するため,恣意的に第5項症と同程度の高い基準を求める平成3年の基準を定めたといわざるを得ない。そうすると,平成3年の基準は適正なものとはいえない。平成10年の基準も平成3年の基準を踏襲しているので同様である。
(ウ) 第5款症の障害の程度
      以上から,原告らの瘢痕が第5款症に該当するか否かは,被告大臣の定めた基準に拘束されることなく,恩給法別表第1号の3の定めに従って判断されるべきである。その際には,第5款症は援護法の中で一番軽い障害の程度を指すものであること,障害年金額で比較するならば第5項症と比べ約5分の2以下という相当軽い障害の程度を指すものであること,原告らは原子爆弾により被爆して身体の醜形が生じたこと等を加味すべきである。したがって,結論的には,原告らの露出する部分に醜状が認められる場合には,第5款症に該当するという基準によるべきであり,原告全てが第5款症に該当すると認定すべきである。
イ 認定方法の合理性について
    (ア) 原告らは,いずれも,被爆者援護法に基づく保健手当の支給を受けており,同法28条3項が定める「厚生省令で定める範囲の身体上の障害」の別表第1の17の障害,すなわち「頭部,顔面等に日常生活を営むのに著しい制限を受ける程度の醜状を残すもの」に該当するとの認定を受けた者である。この「頭部,顔面等の醜状」の認定基準は,昭和56年7月9日付の厚生省公衆衛生局長通知により定められており,これによると,『おおむね労働者災害補償保険法別表第1の12級以上に該当する程度の瘢痕を有する状態をいうものであること』と定められ,この瘢痕とは,女子の場合にあっては,例えば顔面部の10円銅貨大以上の瘢痕又は長さ3cm以上の線状痕,頭部又は頸部の鶏卵大面以上の瘢痕や上肢又は下肢の露出面の3分の1以上の瘢痕等をいうと定められている。
      本件障害年金は,厚生省(現厚生労働省)の社会・援護局が,請求者の頭部,顔面,体幹,上下肢等の醜形や知覚障害等が援護法に基づく障害に該当するか否かを判断して行われるものであるが,一方で,被爆者援護法に基づく前記保健手当についても,厚生省(現厚生労働省)から委任を受けた都道府県知事が当該障害が保健手当の認定の対象となるものか否かを判断するものである。したがって,保健手当が,援護法とは別の法律に基づくとはいえ,本件の原告らが前記のとおり「厚生省令で定める範囲の身体上の障害」の別表第1の17の障害に該当するとして保健手当の認定を受けている以上,本件障害年金に該当する障害に当たらないとする被告の判断は明らかに均衡を失した誤ったものである。
(イ) 被告は,審査の資料として,医師の診断書や瘢痕の状態等を写した写真のみを用い,実際に視認していない。このような方法は,瘢痕の状態等を把握するには著しく不十分であり,被告の認定方法も相当でない。
5 争点(2)(第5款症所定の障害に該当するか否か。)に関する当事者の主張
(1) 原告らの主張
    仮に,被告が主張するように,平成3年の基準及び平成10年の基準が認定基準として正当性・合理性を有するとした場合,同基準によっても,原告らの瘢痕は,いずれも第5款症に相当する。なお,文中の①ないし⑧は,前記「1 法令等の定め」の(3)に記載の平成3年の基準の「醜形による症状等差の具体的査定ポイント」中の番号を示す。
ア 原告A(甲22,34)
(ア) 日常露出する部分について
  顔面の中央部という目立つ部分の皮膚にてかりや引きつれがあり,その大きさは,縦5cm,横8cmに至るものであって,①に該当する。また,頸部近くにも手のひら大の大きい皮膚変色があり,①に該当する。顔面に少なくとも2か所のてかり,引きつれがあり,頸部近くに手のひら大の皮膚変色があるので,④に該当する。両上肢の広範囲に皮膚の色素の脱失,てかり,引きつれなどがあり,⑤に該当する。右手・右腕に広範囲に色素の脱失や黒斑点があり,上記のような顔面・頸部等に醜形があるので,⑦にも該当する。
(イ) 衣服で隠れる部分について
  右大腿部に明らかな色素の脱失,組織の隆起があるほか,右膝下,足首にも明らかな色素の脱失・沈着があり,基準に該当する。
      なお,鑑定人は,「右足関節部に色素沈着を伴う手掌大の萎縮性瘢痕を認める」とし,この萎縮性瘢痕が「被爆が原因であるとの可能性は否定できない。」としておきながら,結論において「周辺皮膚に比べて色調が赤く,受傷後の経過年数が比較的浅いものである可能性が考えられる。したがってこれが瘢痕であることは認められるとしても,上記原子爆弾被爆による熱傷による瘢痕であることの蓋然性が高いとはいえない。」と結論付けている。しかし,鑑定人は,鑑定時に右瘢痕を診察しておらず,写真(乙10)により上記判断をしているが,この瘢痕が原子爆弾被爆による熱傷瘢痕であることは間違いなく,前記鑑定人の結論は誤りである。そして,この萎縮性瘢痕は平成3年の基準の⑥に該当することは明らかである。
    (ウ) 鑑定人は,右前腕に11×7cm大のやや目立つ萎縮性瘢痕,右膝関節部に,右大腿部からつながる地図状脱色素斑,右大腿部に,右大腿から右膝にかけて19×10cm大の地図状脱色素斑があることを認め,さらに,左胸部に1×11cm大,右胸部に7.3×1.7cm大の脱色素斑を認めており,これに前記右足関節部の萎縮性瘢痕を加えると,平成3年の基準の⑦若しくは⑧に該当することは明らかであり,前記鑑定結果は誤りである。
イ 原告B(甲23,35)
     頸部に沿っておよそ横12cmにわたり,瘢痕が残っており,②に該当する。また,顔の中央部である鼻,唇にてかりや色素の沈着があり,頸部の瘢痕を含め3か所の瘢痕を有するので,④に該当する。両上肢に引きつれ・てかりを有する目立つ瘢痕があり,⑤に該当する。特に左上肢に明確な皮膚組織の隆起があり,⑥に該当する。また,上記のような顔面,頸部の瘢痕があるので,⑦にも該当する。
ウ 原告C(甲24,36,50,原告C本人,鑑定の結果)
(ア) 日常露出する部分について
  頸部の周囲を取り囲むようにして,前胸部にはっきりとした5cmを超えた三日月状の醜状線状痕(鑑定書では脱色素斑)が残り,これ単独でも平成3年の基準の②に該当する。顔面の口周囲にも2か所の色素沈着が残り,これ単独でも平成3年の基準の④に該当する。両上肢には,それぞれ複数の目立つ引きつれ(鑑定書では脱色素斑)があり,その中には瘢痕も認められ,人目を引くために長い間半袖の服を着ることもできなかったもので,これも同基準の⑤に該当する。さらに,右手の親指と人差し指の付け根がくっつく(拘縮が認められる)など手が変形しており,勤務先の銀行では人目に晒される窓口業務につきにくいこともあった程度で,先の両上肢の引きつれと併せて,同基準の⑥と⑦にも該当する。
(イ) 衣服で隠れる部分について
  左右の両肩にそれぞれ脱色素斑が,左乳房にも同様に脱色素斑がある上,左右大腿部から膝関節にかけて広い範囲にわたり明らかなてかり,色素の脱失,皮膚組織の変形(表皮の萎縮)があり,平成3年の基準の⑧に該当する。
    (ウ) 以上のとおり,原告Cの被爆による様々な醜状は,それ自体が単独で平成3年の基準に該当するものである。鑑定人も,それぞれ個別には同基準に達しないが,総合的には同基準に該当すると考えるのが妥当との意見である。
エ 原告D(甲25,37,51,原告D本人)
(ア) 日常露出する部分について
  前額部という目立つ部位に,縦3cm,横6cm程度の皮膚の組織の隆起があり,①に該当する。上記の外,左頬部の皮膚組織の変形,眉間の線状痕があり,2か所以上の目立つ瘢痕を有するから,④に該当する。両上肢に,皮膚組織の変形や広範囲にわたる色素の脱失・てかりがあるので⑤に該当する。右上腕に色素脱失や5.5cm×1.1cm大及び4.5cm径の瘢痕がある。さらに,目立つ部位である右前腕は熱傷により化膿し腐って陥没した状態になり,約10年の年月をかけて盛り上がって現在の形状まで回復した。そのため,著しい表皮萎縮を伴う,6cm×8cm大の瘢痕が残り,右上肢だけで⑥に該当する。両上肢のほか,上記のとおり前額部に目立つ瘢痕や後記のとおり胸部に色素脱失・色素沈着があり,⑦に該当する。
(イ) 衣服で隠れる部分について
  中央部に約5cm径のV字型の色素沈着があり,胸には縦方向に幾筋も瘢痕ないし色素脱失があり,紐状という特徴的な形状を持ち,目立っており,基準に該当する。
オ 原告E(甲26,38)
(ア) 日常露出する部分について
  顔の前額部の目立つ部分に縦3cm,横5cm程度の色素の沈着が残り,その他にも右頬部全体及び左頬部全体にも皮膚の色素の沈着があり,皮膚も突っ張っている。さらに,顔の右眉部に皮膚組織の隆起が,鼻部にも肉が盛り上がっている感じ(組織の隆起)や色素の沈着があり,2か所以上の瘢痕があるから,これらを併せて考えれば,平成3年の基準の③,④に該当する。両上肢の前腕には皮膚のてかりがあるほか,右手には甲の部分からひきつれ(拘縮)があって小指が伸ばせない程度に皮膚が変形しており,左手は人差し指と中指の付け根から甲にかけて引きつれがあり,小指も伸ばせず,同基準の⑤,⑥に該当する。また,両上肢のほか,顔面に瘢痕があり,同基準の⑦に該当する。
(イ) 衣服で隠れる部分について
  前胸部には,鎖骨の下辺りから,皮膚組織が隆起したり凹んだりした醜状が残り,右肩には傷跡が白く変色して目立ち,左肩も手のひら大の白い傷跡が残っており,これらを併せれば平成3年の基準の⑧に該当する。
カ 原告F(甲27,39)
  (ア) 日常露出する部分について
    顔面の両眼から下の部分全体にかけて,明らかなてかり(瘢痕)があり,「顔面に直径3cm程度以上の目立つ醜状瘢痕を有するもの」であるから,①に該当する。また,上記のほか,頸部付け根部分に熱傷による皮膚の変形があり,「2か所以上の瘢痕を有」し,また,下記のとおり「他に目立つ醜状瘢痕を有する」から,④に該当する。両上肢に色素の沈着があるほか,右手部分にははっきりとしたてかりと小指の変形が,左上肢には目立つ引きつれ,色素の脱失があり,「両上肢に目立つ醜状瘢痕を有するもの」として,⑤に該当する。また,左上肢は全体に色素の沈着が,傷部分は色素の脱失,組織の隆起があり,「片上肢に特に著しい醜形を有するもの」として,⑥に該当する。かかる両上肢の瘢痕に加え上記顔面・頸部付け根部分に目立つ瘢痕があるから,「片上肢に目立つ醜状瘢痕を有」し,「他にこれに相当する醜状瘢痕を有するもの」として,⑦にも該当する。
    (イ) 衣服で隠れる部分について
    左腕の付け根に色素の脱失,皮膚の隆起がある。また,胸部全体にてかる瘢痕があり,広範囲にわたっているから,「特に醜形が著しいもの」として,基準に該当する。
    (ウ) なお,鑑定人は,下記のとおり,瘢痕,色素脱失が認められるとし,これらについては,被爆による熱傷によるものと考えられる旨述べている(鑑定書14頁)。
a 左上肢に7×3cm大の脱色素斑を伴う瘢痕
b 上腕から腋窩にかけて1.3×10cm大の脱色素斑を伴う瘢痕
c 同所に4×1.3,2.2×4,4×8cm大の線状の脱色素斑
d 同所に7.6×2.3cm大の線状瘢痕
  一方で,鑑定人は,「いずれも目立つ醜状瘢痕あるいは広範囲の瘢痕ということができない。」旨結論付けている。しかしながら,鑑定人は,原告Fの顔面・頸部・胸部の瘢痕を無視しており,また,両上肢の脱色,瘢痕の評価の点でも明らかに誤っている。
キ 原告G(甲28,40)
(ア) 日常露出する部分について
      頸部に長さ4×11cmの三日月状の色素脱失がある。補充鑑定書において鑑定人は,この頸部の色素脱失をもって,「醜形」と認めながら,組織の隆起及び陥凹が明らかでないことを理由に「特に目立つ」醜形には当たらないとして基準該当性を否定する。しかしながら,この判断は,医学的観点を重視しすぎた誤ったものである。各基準では,「女子」と「男子」に異なる判定基準を用いていること(乙6,8),衣服に隠れる部分に比べ,顔面や頸部という人の注目が集まりやすい部位については小さい範囲でも該当性を認めていること等からすると,該当性を判断するに当たっては,醜形を人前に晒して日々生活を続けていかなければならない女子の精神的苦痛を考慮する必要がある。とすれば,他の一般の人からみて「目立つ」かどうかが,その程度を判断するにおいて,まずは重要であるというべきであり,医学的な醜形の程度判断とは異なる見地から判断されるべきと解する。原告Gの頸部の瘢痕は,たしかに組織の隆起や陥凹などは見られないが,その範囲の大きさ,色素脱失の程度及びその形状や大きさ等からして,一般人の目からみて一見して「目立つ」ものである。したがって,原告Gの頸部脱色素斑は,平成3年の基準①「頸部に3cm程度以上の目立つ醜状瘢痕を有するもの」ないし②「頸部に5cm程度以上の目立つ醜状線瘢痕を有するもの」及び平成10年の基準の「頸部に直径3cm程度以上の目立つ醜状瘢痕」に当たるというべきである。
   右上肢(右肘窩から右前腕)にかけて3×4cmの瘢痕,皮膚の引きつれがあり,引きつれ部分にははっきりと色素の脱失も見られ,平成3年の基準の⑥に該当する。また,上記頸部瘢痕と右上肢の瘢痕等を併せると,同基準の⑦にも該当する。
(イ) 衣服で隠れる部分について
   両肩にはっきりと分かる色素の脱失及び皮膚組織の変形があり,醜形著しいものといえ,平成3年の基準⑧に該当する。
ク 原告H(甲29,41)
     日常露出する部分について,左こめかみ部分及び頸部の2か所に明らかな瘢痕を有するから,平成3年の基準④に該当する。
ケ 原告I(甲30,42)
     日常露出する部分について,両上肢には,広範囲にわたり瘢痕,色素沈着ないし色素脱失があるから,平成3年の基準⑤に該当する。特に左上肢には,皮膚の隆起があって,目立つ瘢痕あるから,それ単独でも⑥に該当する。
コ 原告J(甲31)
     日常露出する部分について,右手甲に5×3cm大の脱色素斑がある。また,前胸部から左頸部,左肩にかけて,頸を取り囲むように22×17.5cm大の帯状の湾曲した脱色素斑がある。
 鑑定人は,上記胸部の脱色素斑につき,「衣服で隠れる範囲」であると分類しつつ,反面,「4の部位については,その部位と形状に特徴があり,夏季に襟首が比較的大きく解放された服装で熱線を受けるか,」とする。つまり,上記胸部の脱色素斑は,前胸部から左頸部,左肩という,夏季の服装を着用している場合,日常露出する部分に該当するのであるから,「頸を取り囲むように22×17.5cm大の帯状の湾曲した脱色素斑」は,平成3年の基準の①に該当する。この点,補充鑑定書において鑑定人は,胸部の脱色素斑につき,「特に目立つ醜状瘢痕ではない」とするが,これは鑑定人が,上記胸部の脱色素斑が,衣服で隠れる部分であることを前提にしていたために「特に」という要件を重視したことによる。しかし,胸部の脱色素斑は,日常露出する部分なのであるから,「特に」目立つ必要はなく,「目立つ」ものであればよい。そして,この胸部脱色素斑は,補充鑑定書によれば,「周囲の皮膚と比較すると色調が薄く,違いを認識することができる」のであるから,「目立つ」ものといえる。
 また,右手甲の5×3cm大の脱色素斑は,上記の「頸を取り囲むように22×17.5cm大の帯状の湾曲した脱色素斑」と併せて,同基準の⑦に該当する。
サ 原告K(甲32)
  (ア) 日常露出する部分について
    顔面の鼻,頬,顎にかけて,熱傷により,皮膚がでこぼこに変形しているのが明らかであり,「顔面に直径3cm程度以上の目立つ醜状瘢痕を有するもの」として,平成3年の基準の①に該当する。また,上記のほか,頸部に色素の沈着があり,「2か所以上の瘢痕を有」し,「他にこれに相当する醜状瘢痕を有するもの」として,④に該当する。右上肢に明らかな皮膚の引きつれ,手指の拘縮を含む皮膚の変形があり,左上肢には,関節部の拘縮を含む皮膚の引きつれ,色素脱失,てかりがあるから,「両上肢に目立つ醜状瘢痕を有するもの」あるいは,「片上肢に特に著しい醜形を有するもの」として,⑤,⑥に該当する。また,両上肢のほか,上記のとおり顔面・頸部に目立つ瘢痕があり,「片上肢に目立つ醜状瘢痕を有」し,「他にこれに相当する醜状瘢痕を有するもの」として,⑦に該当する。
    (イ) 衣服で隠れる部分について
    体躯左脇部分の瘢痕を含め,両肩の付け根及び両腕に明らかな瘢痕があり,著しい皮膚の組織の変形や色素脱失があるから,「特に醜形が著しいもの」として,基準に該当する。
  (ウ) なお,鑑定人は,下記のとおり瘢痕,色素脱失が認められるとし,これらについては,被爆による熱傷によるものと考えられる旨述べる(鑑定書23頁)。
a 左前腕に13×5cm大の瘢痕及び脱色素斑
b 左手関節に拘縮
c 左肩に5×8cm大の瘢痕と,5.2×9.4cm大の脱色素斑及び色素斑
d 右肩に9.3×3.2cm大の脱色素斑,その中の7.5×0.5cm大の瘢痕
e 右前腕伸側に7×6cm大の萎縮性瘢痕
f 右第2,第4趾間の拘縮,変形,
g 右第5指関節の拘縮,運動障害
h 左脇窩から胸部にかけて5.5×4cm大の脱色素斑
    上記より,鑑定人は,被告Kの上記所見が,平成3年の基準に該当する可能性は高い旨述べている(鑑定書24頁)。
シ 原告L
     日常露出する部分について,原告Lには,右内眼角から上,下眼瞼にかかる範囲に,1.8×0.3cm大の拘縮がある。また,右前腕に7×6cm大の萎縮性瘢痕があり,周囲に軽度の拘縮を伴っている。また,右鎖骨部に7×0.4cm大の線状の瘢痕があり,そのうち2cmは隆起しており,色調は,一部軽度白色を帯びている。
 この点,鑑定人は,鑑定書において,上記鎖骨部の瘢痕について,衣服で隠れる範囲であるという。しかし,原告Lが鎖骨部に被爆による瘢痕ができるに至ったのは,襟首が開放された服装で原爆の熱線を受けたためである。したがって,鎖骨部は,夏季の服装を着用している場合,日常露出する部分に該当するのである。ところで,補充鑑定書において,鑑定人は,右前腕の瘢痕に付き,「人目に付く瘢痕,すなわち『醜状瘢痕』と認められる。」としながら,「しかし(中略)その程度は『目立つ醜状瘢痕』とはいえない。」という。しかしながら,「人目に付く」ことこそが「目立つ」ことにほかならないのであるから,この説明は自己矛盾である。したがって,原告Lの,右前腕に7×6cm大の萎縮性瘢痕があり,周囲に軽度の拘縮を伴っている状態は,目立つ醜状瘢痕といえ,平成3年の基準の2の⑦に当たる。また,百歩譲って,右前腕だけでは同基準に当たらないとしても,右内眼角から上,下眼瞼にかかる範囲の拘縮及び右鎖骨部に7×0.4cm大の線状の瘢痕と相まって,平成3年の基準の⑦に当たる。
(2) 被告大臣の主張
ア 原告らの瘢痕は,平成3年及び平成10年のいずれの基準からみても,第5款症に当たらない。
イ 原告A
衣服で隠れる胸部及び大腿部の瘢痕は薄く,広範囲でもないので,特に著しい醜形があるとはいえない。足関節部にも特に著しい醜形があるとはいえない。右上肢,鼻の瘢痕ははっきりしない。
ウ 原告B
頸部及び鼻の瘢痕ははっきりしない。右上肢,左手甲から腕関節にかけては目立つ醜状瘢痕があるとはいえない。
エ 原告C
右手甲を含めて両上肢には目立つ醜状瘢痕があるとはいえない。顔面の瘢痕及び頸部線状痕は薄くて目立たない。衣服で隠れる両肩及び胸部の瘢痕は薄く,両大腿部の瘢痕も色素の沈着等があるとはいえず,特に著しい醜形があるとはいえない。M教授による意見書(乙23)においても基準における基準に該当しないとされている。
  もっとも,鑑定人は,「①両大腿部の広い範囲にわたる色素脱失があり,両大腿,肘部の所見は露出部と非露出部の境界部でもあり,衣服のデザインによっては容易に他の人の目につきやすい場所である,②頸部から前胸部にかけて5cmを超える脱色素斑があり,これは衣服では覆いにくい部分である,③右第1指-2指間には軽度の拘縮があり,僅かではあるが機能的な障害を伴うものと認められる。上記①ないし③の各々は基準における基準には達していないものの,総合的には基準における基準に該当すると考えるのが妥当である。」旨意見を述べ(鑑定書8頁),補充鑑定においても,平成3年の基準の⑦の基準を満たす可能性があるとして同趣旨の意見を述べている。その前提として,鑑定人は,障害年金請求裁定例集には,個々の瘢痕あるいは色素異常が「特に目立つ」あるいは「特に著しい醜形」とはいえず,厳密には基準における基準を満たすとはいい難い場合でも,明らかに目立つ瘢痕,拘縮などの要件が3点以上存在した場合には認定された例が存在し(上記裁定例集の認容例番号33及び35),「特に著しい醜形」とはいえないまでも目立つ瘢痕,色素異常ないし拘縮などの機能異常が3点ないし3領域以上にわたって認められたものについては,基準に該当する可能性があると判断している。
 しかし,平成3年の基準及び平成10年の基準のいずれにおいても,「『特に著しい醜形』とはいえないまでも目立つ瘢痕,色素異常ないし拘縮などの機能異常が3点ないし3領域以上にわたって認められるもの」などという基準は存在しない。また,M教授による意見書(乙32)によると,認容例番号33の事例は,胸部に明らかに色素脱失を伴う瘢痕が,両肩から両胸部に及ぶ比較的広範囲に認められ,この瘢痕は,平成10年の基準における「衣服で隠れる部分の瘢痕」のうちの「広範囲にわたる瘢痕」である「3分の1程度以上に目立つ醜状瘢痕を有するもの」に該当し,したがって,平成3年の基準の⑧の「広範囲にわたる瘢痕」に該当するものであり,認容例番号35の事例は,胸部の瘢痕は,両肩部に明らかな色素脱失を伴う瘢痕が認められ,右腋窩前方の右胸部には明らかな組織の隆起を伴った線状の瘢痕が認められ,この瘢痕は,平成10年の基準における「3分の1程度以上に目立つ醜状瘢痕を有するもの」には該当しないが,「3分の1程度に満たない場合は,組織の隆起,・・・を加味する。」によれば「広範囲にわたる瘢痕」に該当し,したがって,平成3年の基準の「広範囲にわたる瘢痕」に該当するものであり,認容例番号33及び認容例番号35はいずれも,同基準に該当することから第5款症に該当すると判断されたものであって,鑑定人がいうところの「『特に著しい醜形』とはいえないまでも目立つ瘢痕,色素異常ないし拘縮などの機能異常が3点ないし3領域以上にわたって認められるもの」として第5款症に該当すると判断されたものではない。また,原告Cが障害年金の請求時に提出した恩給診断書(甲36)には当該障害についての記載はなく,被告大臣は当該障害についても判断した上で却下処分をしたのではないから,これについては本件訴訟において審理の対象とすることはできないし,当該障害は第5款症として列挙されている「一側中指の機能を廃したるもの」や「一側環指を全く失いたるもの」に相当する障害の程度以上であるとも認められない。
 したがって,原告Cについて,総合的には基準に該当するとする鑑定人の意見は,誤っている。
オ 原告D
左右の眉の上の瘢痕ははっきりしない。両上肢には目立つ醜状瘢痕があるとはいえない。衣服で隠れる胸部の瘢痕は薄く,広範囲でもないので,特に著しい醜形があるとはいえない。
カ 原告E
両肩及び顔面の瘢痕はともにはっきりしない。
キ 原告F
顔面の瘢痕ははっきりしない。衣服で隠れる左肩及び左上腕の瘢痕は薄く,広範囲でもないので,特に著しい醜形があるとはいえない。左上肢にも特に著しい醜形があるとはいえない。
ク 原告G
頸部の瘢痕ははっきりしない。衣服で隠れる両肩の瘢痕は薄く,広範囲でもないので,特に著しい醜形があるとはいえない。
ケ 原告H
左こめかみ及び頸部の瘢痕ははっきりしない。
コ 原告I
両上肢には目立つ醜状瘢痕があるとはいえない。
サ 原告J
鼻の下及び右頬の瘢痕ははっきりしない。衣服で隠れる両肩及び胸部の瘢痕は薄く,広範囲でもないので,特に著しい醜形があるとはいえない。右手の甲にも特に著しい醜形があるとはいえない。
シ 原告K
鼻の瘢痕ははっきりしない。衣服で隠れる両肩の瘢痕は薄く,広範囲でもないので,特に著しい醜形があるとはいえない。左上肢にも特に著しい醜形があるとはいえない。M教授による意見書(乙第23号証)においても基準に該当しないとされている。
  もっとも,鑑定人は,両前腕の症状がもっとも醜形の程度が強く,平成3年の基準⑤の「両上肢又は両下肢に目立つ醜状瘢痕を有するもの」に該当する可能性があるが,その程度は軽度で,これらの瘢痕だけで目立つ醜状瘢痕と判断するのは困難であるが,右2-4指間には軽度の拘縮があり,両肩部には比較的大きな色素脱失を伴うことも勘案すれば,同基準に該当する可能性が高いと考えられるとしている(鑑定書24頁)。しかし,平成3年の基準及び平成10年の基準のいずれにおいても,「『特に著しい醜形』とはいえないまでも目立つ瘢痕,色素異常ないし拘縮などの機能異常が3点ないし3領域以上にわたって認められるもの」などという基準は存在しないし,また,認容例番号33及び認容例番号35はいずれも,同基準に該当することから第5款症に該当すると判断されたものであって,鑑定人がいうところの「『特に著しい醜形』とはいえないまでも目立つ瘢痕,色素異常ないし拘縮などの機能異常が3点ないし3領域以上にわたって認められるもの」として第5款症に該当すると判断されたものではない。また,原告Kが障害年金の再請求時に提出した恩給診断書(乙33)には,右2-4指間の障害について記載がなく,被告大臣は当該障害について判断した上で本件処分をしたのではないから,当該障害については本件訴訟において審理の対象とすることはできない。
 なお,鑑定人は,右第5指の関節には拘縮があり,軽度の運動障害があると指摘している(鑑定書23頁)が,平成3年の障害年金請求時の恩給診断書(乙34)に「右小指は伸展位で瘢痕拘縮のため40°屈曲位をとる」との記載があり,平成4年の異議申立請求の際には,申立書(乙第35号証)に「右手外側にケロイド・小指が曲がってのびない」,平成10年の再請求時には,「国民義勇隊員についての申立書」(乙36)に「ケロイドが残り右手小指がまがったまゝ」,恩給診断書(乙33)に「被爆直後より右Ⅴ指変形,可動制限あり」との記載がある一方で,「戦傷病者戦没者等援護法による障害年金の症状経過書」(乙37)に「爆風で叩きつけられたとき,右手の小指を骨折していました。」との記載があり,平成10年の異議申立ての際には,異議申立書(乙38)に「右手の指の変形について,原因がわからないと言われているようですが,私も原爆の爆風で吹き飛ばされた時骨折したのですが」との記載があり,その主張するところは一貫していないし,異議申立ての際の整形外科鑑定書(乙39)によると「XPより骨折は認められない。伸筋腱損傷によるもの。外的圧力が原因であり(突指等)火傷は無関係」ということであり,公務上の傷病(援護法7条1項)であるとは認められない。
したがって,原告Kが基準の基準に該当する可能性が高いとする鑑定人の意見は,その前提とするところを誤っており,また,本件訴訟において対象とすることができない障害を判断の対象としており,その結論において誤っている。
ス 原告L
顔面の瘢痕ははっきりしない。衣服で隠れる左肩及び背部の瘢痕は薄く,広範囲でもないので,特に著しい醜形があるとはいえない。右前腕にも特に著しい醜形があるとはいえない。
6 争点(3)(国家賠償請求の可否)に関する当事者の主張
(1) 原告らの主張
ア 厚生大臣の情報提供義務違反について
そもそも援護法は,戦争によって国に殉じるという特別な犠牲を強いられた国民に対する国家保障の制度である。また,法治国家の理念からは,制定・改正した法律の規定する社会給付について,行政が国民に情報提供をすることが要請される。また,福祉立法である援護法の解釈基準となるべき憲法25条の福祉国家の理念からは,障害年金制度の実効性を確保するため,受給資格者に対する情報提供義務が導かれ,情報提供がなければ,たまたま知識を得た受給資格者とそうではない受給資格者の間に不平等が生じるから,憲法14条によっても情報提供義務が導かれる。さらに,福祉行政においても憲法13条又は31条の適正手続が保障され,その中には,法によって定められた福祉サービスを受ける権利を容易に知りうることまで含むと解するべきである。以上の点から,当時の厚生大臣は,情報提供義務を負っていたというべきである。
加えて,当時国会で国民義勇隊の被爆問題が議論されていたこと(甲70),玖珂町・大竹町国民義勇隊が広島市に建物疎開のため出動し被爆したことを示す国民義勇隊名簿があったこと(乙42,甲53),昭和27年12月25日大竹町国民義勇隊であった者の妻から弔慰金請求がなされていること(乙44)等から明らかなように,当時の厚生大臣や広島県は,大竹市に国民義勇隊として出動し被爆で醜形を負った住民が多数いたことを把握していた。また,当時の厚生大臣は,広島市やその周辺市町村では昭和45年援護法改正後醜形による障害年金の請求がなされているのに,大竹市では,これによる障害年金の請求が1件もないことから,大竹市では昭和45年改正の趣旨・内容が周知徹底されていないことを把握していた。したがって,当時の厚生大臣は,昭和45年改正により,準軍属であっても第5款症相当の障害を負った者であれば障害年金の支給を受けられるようになったことを,広島県を通し,特に大竹市住民に周知徹底する義務があった。具体的には,広報誌への掲載,テレビやラジオを通じての一般的広報のほか,医療機関や公民館等にポスターを貼ったりパンフレットを配布したり,地域の民生委員に障害年金の受給について周知すること,さらに,受給資格を有する可能性のある者に対して行う通知等の文書中に障害年金制度の存在及び内容を記載したりする等して,一般人が通常の注意をしていれば,制度の存在を知り,内容を理解できる程度の情報提供を行うべきであった。
ところが,当時の厚生大臣は,上記のような周知徹底のための措置を講じることを怠り,このため,玖珂町・大竹町国民義勇隊の一般隊員であった多くの者は,平成元年8月15日,「広報おおたけ」に,義勇隊で原爆によるやけどを負った者に対する障害年金の支給について相談会が開かれることが掲載されるまで,障害年金の請求ができることを知らなかった。
この点につき,被告は,①昭和50年,大竹市の住民である,海軍工員,職手(軍属)であった者から援護法に基づく障害年金の請求がなされ(乙64),②昭和59年12月15日にも大竹市の住民である学校報国隊員(準軍属)であった者から同様の請求があった(乙65)との事実をもって,大竹市においても援護法改正の趣旨及び内容が周知されていたと主張する。しかし,前記①は,海軍工員という軍属が負傷した事例であり,元傷痍軍人会から個別に連絡を受けて(乙35),大竹市を通さずに直接広島県に障害年金を請求した事例であって,大竹町国民義勇隊員であった者が障害年金を請求した事例ではない。前記②は大竹市住民であるが,どこの学校の生徒であるかは資料からは不明であり,しかも,乙65の障害年金請求書の受付印は『民生部市民課59・12・17受付』となっており,大竹市を通さずに直接広島県に障害年金を請求している事例である。このように,①,②は,大竹町国民義勇隊の一般隊員であった者に対し昭和45年援護法改正の趣旨・内容が周知されていた根拠にはならない。一方で,大竹町義勇隊の当時の幹部は既に死亡しており,また全国組織もないから,大竹町国民義勇隊員であった者は,県ないし大竹市の広報による方法しか昭和45年援護法改正の趣旨・内容を知ることはできなかったのであり,元隊員が原爆による醜形を理由に障害年金を請求した事例は,昭和45年改正から平成元年6月12日まで存在しない(甲59,証人N)。
以上によれば,当時の厚生大臣に周知徹底義務違反があることは明らかである。仮に,広報又は情報提供の方法・手段が厚生大臣の裁量にゆだねられていると解する場合でも,本件においては広報活動等による情報提供が著しく不足していることは明らかであって,裁量権の範囲を著しく逸脱しており,やはり違法である。よって,被告国は,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。
イ 損害
(ア) 逸失利益
      鑑定人が指摘するように,「皮膚は生下時より間断なく外的刺激に晒され,加齢とともに色素沈着,色素脱失,皺襞,弾性低下などの変化を伴うので,障害を受けた部位の変化は相対的に目立ちにくくなる」のであるから,原告らが昭和45年援護法改正直後に障害年金の請求をしていれば,請求は認められていた確率は高く,当時の厚生大臣が情報提供をしていれば,原告らは障害年金を受給することができたはずであり,その逸失利益は別紙計算表記載のとおり,少なくとも合計2213万4875円にのぼる。原告らは各自,上記逸失利益額のうち500万円の支払を求める。
(イ) 慰謝料(選択的主張)
原告らは,当時の厚生大臣の前記周知徹底義務の懈怠により,昭和45年10月1日以降今日に至るまで,援護法による障害年金を受給できず,本件請求時に至っては,瘢痕が治癒してしまったために第5款症への該当性を否定されることを余儀なくされる可能性もある。このような点からすれば,当時の厚生大臣による前記違法行為は,原告らに対し,多大な精神的苦痛を与えたといえるから,国は,その精神的苦痛を慰藉する義務を負うところ,その額は,各自500万円を下らない。
(2) 被告国の主張
   ア 原告らは,被告国には,法治国家の理念,国民に生存権を保障する憲法25条,平等権を定める憲法14条,幸福追求権を定める憲法13条及び適正手続を保障する憲法31条に基づき,障害年金制度の存在,内容について情報提供する義務があったにもかかわらず,情報提供義務を怠ったため,原告ら

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最終更新:2005年12月14日 17:29
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