H17. 9. 8 広島地方裁判所 平成16年(行ウ第27号) 所得税更正処分取消請求事件

判示事項の要旨:
 税務署長が商品先物取引に係る雑所得を認定して行った増額更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分に対し,原告が(1)無断売買等による先物取引の無効,(2)翌年度の損失との損益通算等を主張して提起した取消訴訟がいずれも棄却された事例


主文
 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請 求
 被告が平成14年12月25日付で原告に対してした原告の平成13年分の所得税に係る更正処分のうち納付すべき税額162万7500円を越える部分及び過少申告加算税を賦課する旨の決定をいずれも取り消す。
第2 事案の概要
 平成13年度の所得につき原告が税務申告及び修正申告を行ったところ、被告が商品先物取引に係る雑所得が4656万2000円あったと認定して納付すべき税額1093万9900円とする更正処分及び過少申告加算税129万1500円の賦課決定処分(以上の処分を併せて「本件各処分」という)を行ったのに対して、原告が商品先物取引に係る雑所得の認定を不服として本件各処分の取消しを求める事案である。
 1 争いのない事実
  (1) 本件取引等
ア 原告は、平成13年9月20日から平成14年1月21日までの間、A株式会社に委託して商品先物取引(以下「本件取引」という)を行い、平成13年内の決済により合計4688万4860円の利益(利益は売買差益から委託手数料、消費税等の必要経費を控除したもの。商品先物取引による損益につき以下同じ)を、平成14年の決済により合計5853万9010円の損失を出し、取引を通じて1165万4150円の損失となった。なお、原告は、平成13年12月11日、A株式会社から利益金のうち600万円を事業資金として引き出した。
A株式会社は、取引継続中、原告に対し、毎月1回以上残高照合通知書を発行し、委託証拠金残高の照合を求めるとともに、返還可能額の取扱いについて原告の指示を求めていた。これに対し、原告は残高照合回答書に署名、押印して回答していたが、残高照合通知書の記載内容に異議を申し出る旨の記載はしていない。
イ 原告は、平成13年11月21日から平成14年6月3日までの間、B株式会社に委託して商品先物取引を行い、平成13年内の決済により合計32万2860円の損失を、平成14年の決済により合計2627万5740円の損失を出し、取引を通じて2659万8600円の損失となった。
ウ 以上の商品先物取引に係る平成13年内の損益は、①総収入金額5613万8000円、②必要経費の額957万6000円であり、①から②を控除した金額は4656万2000円(以下「本件利益」という)である。
  (2) 本件各処分及びその後の経緯
エ 原告は、被告に対し、平成14年3月13日に平成13年分の所得税につき別表①のとおり確定申告を、同年4月24日に同表②のとおり修正申告をしたところ、被告は、同年12月25日付で、原告に対し、同表③の本件各処分を行った。
オ 原告は、平成15年2月24日、本件各処分の取消しを求めて被告に対する異議申立てを行ったところ、被告は同年5月22日同申立てを棄却した。
  原告は、同年6月17日、本件各処分の取消しを求めて国税不服審判所長に審査請求をしたところ、同所長は、平成16年4月26日、同請求を棄却する裁決をした。
 2 主要な争点及び当事者の主張
  (1) 本件取引が原告の意思に基づかず、また違法な勧誘等に基づくものであって無効であり、そのため本件利益は原告に帰属しないといえるか
   (原告の主張)
本件取引は適合性原則違反、新規委託者保護義務違反、断定的判断の提供、説明義務違反、虚偽説明、仕切拒否、無意味な反復売買、向かい玉等の違法不当な勧誘に基づく異常に頻繁かつ膨大なものであるから、公序良俗に反して無効であり、また原告の意思に基づかない取引である。したがって、本件取引の効果は原告に帰属せず、これに対する課税は許されない。
  また、平成13年度内の利益は、平成13年12月20日から28日までの間に4回にわたって帳尻金から委託証拠金に振り替えられており、A株式会社の支配下にあったものであるから、平成13年度の所得ということはできない。
   (被告の主張)
ア 所得税法は、人の担税力を増加させる所得はその源泉のいかん、形式のいかん、合法性の有無を問わず全て所得として把握するものとし、法令等において非課税とする趣旨の規定がない限りこれを課税の対象とする。
商品先物取引は将来の一定時期に物を受け渡すことを約束してその価格を現時点で決める取引であり、約束の期日以前ならばいつでも反対売買によって差額を決済して取引を終了することができる取引である。決済によって委託者に売買差益が生じた場合、その売買差益は担税力を増加させる利得に当たり、これを非課税とする法令の規定も存在しないから、たとえその取引が原告の主張するような違法な勧誘等に基づくものであったとしても、これによる利得は委託者の所得に帰属し、課税の対象となる。
イ 原告は本件各取引が原告の意思に基づかない旨主張する。
  しかし、A株式会社は原告に残高照合通知書を送付して委託証拠金残高の照合を求め、原告は残高照合回答書に署名押印して回答し、前記通知書の内容に異議を申し出る旨の記載をしていないことなどに照らし、原告の前記主張は失当である。
ウ また、原告は、本件利益はA株式会社の支配下にあり、原告に帰属していなかった旨主張する。
  しかし、本件取引においてA株式会社は委託者である原告から委託証拠金の返還可能額を返還しなければならないとされていたところ、現に原告は同社に対して委託証拠金の返還を請求し、平成13年12月11日、A株式会社から600万円の返金を受けたのであるから、原告の取引口座がA株式会社に支配されていたものとはいえない。
  (2) 本件利益から平成14年の損失を控除すべきか
   (原告の主張)
 本件利益はA株式会社の外務員による違法な扇形建玉によって平成13年度末に一時的に生じたものに過ぎず、翌平成14年1月21日までにそれ以上の損失を出して手仕舞している。これらは一連で密接不可分の本件取引によって生じたものであり、本件利益により原告の担税力が増加したものとはいえないから、本件取引による損益は平成13年度、14年度を通算し,本件利益から平成14年の損失を控除すべきものである。
   (被告の主張)
ア 所得税法は雑所得の所得金額につき一暦年を単位とする期間計算の方法を採り、当該年分の総収入金額から必要経費を控除した金額とすると定める(35条2項)とともに、総収入金額及び必要経費の計上時期に関して、総収入金額に算入すべき金額はその年中において「収入すべき金額」とするとしていわゆる権利確定主義の建前を表明し(36条1項)、必要経費に算入すべき金額についてもその年に支出すべき債務として未確定のものを除くとして上記権利確定主義に対応する債務確定主義の原則を採用している(37条1項括弧書)。したがって、当該年分の雑所得金額の計算上、未だ債権債務として確定するに至らないものをその年分の総収入金額又は必要経費として算入することは、前記原則に反し、許されない。
 商品先物取引のように、専ら反対売買成立の際に手仕舞(清算)を行うものにあっては、反対売買の成立時に差損益金として債権債務の金額が具体的に確定するというべきであるから、前記時点をもって雑所得の総収入金額又は必要経費の計上時期とするのが相当である。
イ そして、平成14年分の商品先物取引に係る雑所得の金額の計算上生じた損失の金額を、平成13年分の商品先物取引に係る雑所得の金額の計算上控除することができるという税法上の規定は存在しないから、原告の前記主張は失当である。
(3) 本件各処分が権利濫用に当たるか
   (原告の主張)
 前記(2)で主張した事実によれば、本件各処分は課税権の濫用である。
   (被告の主張)
    争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件取引が原告の意思に基づかず、また違法な勧誘等に基づくものであって無効であり、そのため本件利益は原告に帰属しないといえるか)について
(1) 所得税は、私法上の行為それ自体又は私法上の行為の法的効果を課税の対象とするものではなく、私法上の行為によって生じた経済的成果である所得を課税の対象とするものである。したがって、税法の見地においては、課税の原因となった行為が厳密な法令の解釈適用の見地から客観的評価において不適法・無効とされるかどうかは問題でなく、課税の原因となった行為の経済的成果が現に行為者に帰属し、これにより現実に課税の要件事実が満たされていると認められる場合である限り、上記行為が有効であることを前提として租税を賦課徴収することは何ら妨げられないと解すべきである。
  本件にあっては、仮に本件取引が違法な勧誘等のために私法上その効力を否定されるべき場合に該当するとしても、本件取引において玉の反対売買による決済によって生じた利益が原告の口座に入金されている以上、原告が自由に処分し得るものとして、原告に帰属したものといわざるを得ない。すなわち、当該利益の額だけ原告の担税力が増加したものというべきであるから、課税の対象となる所得(雑所得)に当たると解すべきである。
(2)ア この点につき、原告は本件取引は原告の意思に基づくものではなく、これによって生じた本件利益は原告に帰属しない旨主張する。
  しかし、原告の主張は、要するに、本件取引は説明義務違反、一任売買等の各種の違法な勧誘に基づくものであるから原告による主体的な投資判断に基づくものではない旨をいうものに過ぎない。そうすると、原告の主張によっても、本件取引の経済的成果は一応原告に帰属することになる。
イ また、原告は、本件取引による利益が入金された原告の口座はA株式会社の支配下にあり、原告に帰属したとはいえない旨主張する。
  しかし、原告は平成13年12月11日にA株式会社から600万円の利益金を引き出しており(前記争いのない事実)、原告の口座がA株式会社の支配下にあったということはできず、原告の上記主張は採用できない。
2 争点(2)(本件利益から平成14年の損失を控除すべきか)について
(1) 所得税法は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。」(36条1項)と定め、一暦年を単位としてその期間ごとに課税所得を計算し課税を行うこととしている。
 そして、同法36条1項が上記期間中の収入金額の計算について「収入すべき金額」によるとしていることから考えると、同法は、現実の収入があったかどうかにかかわりなく、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される(最高裁判所第2小法廷昭和40年9月8日決定・刑集19巻6号630頁、最高裁判所第2小法廷昭和49年3月8日判決・民集28巻2号186頁、最高裁判所第2小法廷昭和53年2月24日判決・民集32巻1号43頁参照)。
 また、必要経費に算入すべき金額についても、所得税法37条1項が「その年分の……雑所得の金額……の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする」としており、債権確定主義に対応して、債務確定主義が採用されている。
  以上の債権債務が確定する時期は、それぞれの権利の特質を考慮して決定されるべきものである。これを商品先物取引についてみれば、個々の建玉を決済した時点でその損益が個別に確定するのであるから、決済の時点で権利が確定するものというべきであり、当該暦年内に決済せず保持した玉については、たとい値洗い損があっても、これを当該暦年内に決済した玉の損益と通算することは許されないものと解される。
(2) また、平成14年分の商品先物取引に係る雑所得の金額の計算上生じた損失の金額を、平成13年分の商品先物取引に係る雑所得の金額の計算上控除することができるという税法上の規定は存在しない。
(3) 以上によれば、この点に関する原告の主張は採用できない。
3 争点(3)(本件各処分が権利濫用に当たるか)について
 本件利益が原告に帰属したといえることは既に判示したとおりである(前記1)。また、前記所得税法上の原則に反して原告のみに有利な取扱いをすることは租税公平主義の観点から許されない。本件各処分をするについて被告に何らかの落ち度を見出すことはできない。さらに、将来本件取引が公序良俗等により無効であることが確定し、原告にその利益が帰属しないことが明らかになれば、その時点で減額更正の手続を経て過納金の還付を受けることもできるし、本件取引につきA株式会社の外務員による違法行為が認められるのであれば、本件各処分による課税額も上記違法行為による損害としてA株式会社にその賠償を請求する余地もないとはいえないのであるから、本件利益に課税することが原告にとって著しく酷であるということもできない。
 したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。
第4 結 論
   よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決をする。

広島地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官  橋  本  良  成


裁判官  木  村  哲  彦


裁判官  相  澤     聡

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最終更新:2005年12月14日 17:31
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