H17.11.30 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第9643号 損害賠償請求事件

胃の内視鏡検査の結果ポリープが発見され,その1年半後に進行胃癌(浸潤性中分化型腺癌)及び転移性多発性肝癌により患者が死亡した場合において,内視鏡検査の際に胃癌の存在を見落とした過失及びその後の時点で胃癌の有無について検査をすべき注意義務のいずれも否定した事例




平成17年11月30日判決言渡
平成16年(ワ)第9643号 損害賠償請求事件
判決
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して3526万4373円及びこれに対する平成15年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 前提となる事実主張
(1)ア 原告の妻であるAは、被告B株式会社が経営するC病院(以下「被告病院」という。)に、平成8年ころから主として高脂血症及び高血圧の治療を目的として通院していた。Aについては、平成13年11月15日及び同年12月13日に胃の内視鏡検査が行われ、その結果として17個以上のポリープが発見されていた。
 Aは、平成15年5月6日に被告病院において主治医である被告Dの診察を受けた際、胃癌及び転移性多発性肝癌が発見され、同月8日に被告病院に入院し、同月19日から他の病院に転院したが、同年8月14日、死亡した。
イ 原告は、上記ポリープの発見以降、Aが被告病院で診察を受けていたにもかかわらず、主治医がレントゲン検査等の検査をせず、胃癌を発見する義務を怠り、又はこれを見落としたとして、被告らに対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償及びこれに対するA死亡日の翌日である平成15年8月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。なお、原告は、Aの有すべき損害賠償請求権を相続人間の遺産分割協議により単独で相続した。
(2) これに対し、被告らは、原告の主張する注意義務違反の事実を否認して争っている。
2 争点
(1) 平成13年の内視鏡検査の際に胃癌の存在を見落とした過失の有無
(2) 遅くとも平成14年2月21日の時点でAの胃癌の有無について検査をすべき注意義務の有無
(3) 損害額(判断する必要がなかった争点)
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(平成13年の内視鏡検査の際に胃癌の存在を見落とした過失の有無)について
(原告の主張)
ア AのCEAの値
(ア) 検査値
 Aは、平成13年11月1日の胃癌などの腫瘍マーカー(CEA)の基準値が4.8であるところ、検査値は4.9であった。
(イ) カルテの改竄ないし偽造について
 カルテ(乙A1)が改竄ないし偽造されたことは、次の事情から明らかであり、被告の主張は信用できない。
a 証拠保全時におけるカルテ、看護記録、内視鏡写真などの提出時期
 本件の証拠保全は平成15年8月20日午後1時に開始され、午後1時10分ころにレントゲン写真、診療報酬明細書などが提出された。しかし、カルテ、看護記録、内視鏡写真などは午後2時50分になってようやく提出された。証拠保全決定は同日午前11時30分に被告病院に送達されているところ、その時点から3時間20分もの時間が経過している。
 被告病院は、以前に原告の子息からカルテのコピーの依頼があったため、事務局長がカルテを別に保管していたところ、その後、事務室内の位置変更などにより所在不明となったため、発見までに時間がかかったと主張するが、そうだとしても3時間20分もの時間がかかるとは考えられない。
b 内視鏡写真について
 平成13年11月15日に実施された内視鏡検査結果を示す写真は、乙A第1号証においては2頁8枚あるが、各頁の写真は相互に全く同一であるのに、それぞれの頁は、写真部分以外に背景部分がある頁とない頁とになっており、一見していかにも別の写真のように見える。また、平成13年12月13日に実施された内視鏡検査結果を示す写真についても同様である。
 このように、被告らは、写真の背景に工作を施したというべきであって、検査1回につき4枚の写真を残し、自己に不利なほかの写真は隠蔽した疑いが濃厚である。内視鏡検査では、通常は16ないし20枚の写真を撮るものであり、本件の場合、17個以上のポリープがあり、胃潰瘍、活動性慢性胃炎がある複雑な胃の状態であったので、被告らは、1回の検査で4枚の写真ではつじつまが合わないと考え、これを8枚に水増しした上、それを見破られないようにするべく、写真の背景に工作を加えたと考えざるを得ない。
c 内視鏡写真のネガフィルムについて
 原告が上記bのとおり内視鏡写真について疑問を指摘し、ネガフィルムの提出を求めていたところ、被告は、その8か月後になってようやく平成13年11月15日撮影分のネガフィルムの現像写真を提出するとともに(乙A15)、同年12月13日撮影分についてはネガフィルムが存在しないと回答した。
 ネガフィルムは診療録と同様に5年間保存すべきものであるところ、平成13年12月13日撮影のネガフィルムは、その時点におけるガンの徴候ないしポリープの変化の有無を知る上でかけがえのない証拠であるから、これが存在しないことについて被告はより早期に明らかにすべきであり、このように重要かつ法的に保存が義務づけられている証拠を被告が隠し又は滅失した場合、裁判所は相手方である原告の主張を真実であると認めるべきである。
 平成13年11月15日撮影分のネガフィルムについても、重要な証拠でありかつ原告が強く指摘していたものであるところ、これが結審近くになって提出されたため、原告の立証活動は封じられたに等しい。なお、このネガフィルムの撮影時刻とカルテに添付された写真の撮影時刻は一致しておらず、疑問がある。
d 乙A第1号証とE作成のメモの内容との大幅な相違
 原告の子であるEは、Aが癌を宣告された後である平成15年5月26日、被告病院で病院長らに面会し、カルテの一部をメモした。その内容は受診日がカルテとほぼ一致し、多くの専門用語、検査結果の具体的数値を含んでいるので、当時のカルテと一致しているものと思われる。
 しかしながら、乙A第1号証は、上記メモと内容が大きく相違するのであって、カルテが改竄されたことは明らかである。
イ ポリープの存在とAの症状
 平成13年11月15日及び12月13日の内視鏡検査では、胃に17個以上のポリープが存在し、胃潰瘍、活動性慢性胃炎があり、食欲がなく、肩と背中が痛いといった症状があった。
ウ 担当医師の過失
 上記のポリープのうち、生検が行われたのは5か所のみであり、残りの12個のポリープにガン細胞が存在していた可能性は十分にあり、平成15年に至って発見されたガンがかなり末期のものであって、急速に成長するスキルス癌でなかったことからすると、上記の検査の際に担当医師が癌を見落とした可能性は十分ある。
(被告の主張)
 平成15年5月に発見されたのは胃体下部大弯の病変であるところ、それは平成13年の2回の検査で発見されたポリープとは異なったものであって、同検査時にはそのような病変は存在しなかったのであるから、見落としとの主張は前提を欠く。
 また、平成13年の病理診断の結果は良性であってヘリコバクターピロリ菌も認められず、CEAの値も基準値を下回っていたから、消化器系の癌の疑いはなかった。
(2) 争点(2)(遅くとも平成14年2月21日の時点でAの胃癌の有無について検査をすべき注意義務の有無)について
(原告の主張)
ア Aが内視鏡検査を断ったことはないこと
 Aは、平成13年に2回も内視鏡検査を受けているように、医師を信頼しており、ポリープの存在を自覚しつつ、食欲が次第になくなり口がまずくなったために、2週間に1度通院していたのであるから、医師の勧めを断ることは到底考えられない。
 また、Aはその日のことを夫に何でも話していたが、夫はAから検査を勧められて断ったということを聞いていないし、診療録に検査を勧めた旨の記載がないことからすると、担当医師は検査を勧めてはいないと認めるべきである。このことは、平成15年5月の検査について、Aが家族の勧めにより自ら医師に申し出たものであることからも明らかである。
イ その後のAの症状
 Aは、平成13年の検査時から食欲がなく、体重が平成14年4月から平成15年5月までの間に3.1キログラム減少し、「肩と背中が痛い、こる。」と訴えて湿布薬を処方されていたし、萎縮性胃炎により投薬を受けていた。
ウ 担当医師の注意義務
 上記イ及び(1)の諸事情とAの年齢からすれば、遅くとも平成14年2月21日の診察日には内視鏡又はレントゲン検査及び腫瘍マーカー(CEA)の検査をするべきであり、その後も状況によっては約2か月ごとにこれらの検査をするべきであった。
エ 担当医師の行為
 そうであるにもかかわらず、被告らは、その義務を怠り、平成15年5月6日までこれらの検査をしなかった。なお、Aが検査を断っていないことは上記アのとおりであるが、仮にそのようなことがあったとしても、医師としては癌の危険性を説明し、十分に説得をすべきであり、被告の担当医はこのような説明での説得を怠った。
(被告の主張)
ア Aの当初の診療目的と経過
 Aは、平成8年より、高血圧、高脂血症の治療目的で外来診療をしているのであって、高血圧及び高脂血症で通院中の患者に腫瘍マーカーの採血や内視鏡検査を日常的に実施することはなく、心窩部痛、悪心、吐下血などの腹部悪性疾患を疑わせる症状や血液検査において貧血の進行や腫瘍マーカーの上昇などが確認されて初めて、更なる精査を実施することになるにとどまる。
 Aは、平成13年10月ころ、血液検査で貧血(ヘモグロビン値9.6g/dl)を認め(なお、貧血の「症状」が現れていたものではない)、貧血の原因として消化管出血が疑われたため、同年11月15日及び12月13日の2回、上部消化管内視鏡検査を実施し、胃体部に17個以上の過形成性ポリープが発見され、貧血の原因は、易出血性の胃の過形成性ポリープであると考えられた。そこで、担当医師からAに対し、その内視鏡的切除について説明がされた。Aはこれを希望せず、経過観察となったものの、鉄欠乏性貧血が増悪した場合、再度内視鏡検査を検討することとなっていた。
イ 被告医師が数回にわたって内視鏡検査を勧めたこと
 上記のように、鉄欠乏性貧血が増悪した場合、再度内視鏡検査を検討することとなっていた。
 しかし、その後、貧血が改善されたため、平成14年3月には鉄剤投与を中止し、内視鏡検査等を実施する客観的根拠は消失し、その上で定期的に血液検査を実施したが、その結果でも貧血の進行は認められず、しかも入院直前まで腹部症状の訴えはなかった。
 とはいえ、被告医師は、平成14年4月及び平成15年1月にもAに対して内視鏡検査を勧めたのであって、そうであるにもかかわらず、Aがこれを断り続けたものである。
ウ まとめ
 上記の各事実からすると、被告医師が悪性疾患を想定して内視鏡検査等を実施することを基礎づける事実は存在せず、よって被告らには過失はない。
(3) 争点(3)(損害額)について
(原告の主張)
ア Aの損害
(ア) 癌宣告後の被告病院の入院費、治療費 4万1870円
(イ) F病院の入院費、治療費 108万6014円
(ウ) 転院交通費 1380円
(エ) 逸失利益 543万5109円
 Aは、平成15年8月14日の死亡時に75歳であり、女子の平均余命は14.42年である。同人は、死亡時に年間は78万4398円の国民年金及び老齢基礎年金を得ていたので、生活費として3割を控除し、ライプニッツ式により中間利息を控除した額が逸失利益となる。
(オ) 慰謝料 2400万0000円
 Aは、4人の子が独立して幸福に生活しており、自らの老後を楽しみにしていたのに、通院中に、突如、余命3か月の癌であると宣告され、その予告どおりに死亡した。その精神的衝撃と無念さからすると、慰謝料は2400万円が相当である。
(カ) 相続
 原告は、Aの夫であるところ、Aの子4名と原告は、遺産分割協議により、本件の損害賠償請求権をすべて単独相続するとの合意をした。
 仮に、上記請求権が遺産分割協議の対象とならない場合、Aの子4名は、平成16年4月8日、それぞれが相続した請求権を全部原告に譲渡し、訴状の送達によってこれを被告に通知した。
イ 葬儀費用 150万0000円
 実施に要した葬儀費用296万2280円の内金として150万円を請求するものである。
ウ 弁護士費用 320万0000円
 原告は、原告訴訟代理人に対し、弁護士費用として320万円を支払うことを約した。
(被告の主張)
 不知、否認ないし争う。
ア F病院の入院治療費及び転院交通費については、被告病院が平成15年5月20日に手術の準備をしていたところ、その直前である同月19日に家族の意思によって転医しているのであって、因果関係がない。
イ 逸失利益については、Aの疾患に鑑みると、平均余命で計算する合理的根拠はない。国民年金老齢基礎年金は一身専属的権利であって相続の対象にはならない。
ウ 慰謝料については、被告病院の医師は、Aの家族に対しては癌の告知をしたが、A自身に対しては癌の告知をしていない。原告の主張が、「通院中、突如余命3か月の癌であると宣告され、その予告通りに死亡した」というものであれば、被告病院の医師がそのような宣告をしていない以上、主張自体失当であるといわざるを得ない。仮に死亡慰謝料という趣旨であっても、明らかに過大である。
エ 葬儀費用及び弁護士費用については、その証拠がない。
オ さらに、相続については、損害賠償請求債権はAの死亡により当然に相続人間で分割されるのであるから、これを原告に集中させたことは債権譲渡に当たるところ、被告らは債権譲渡に関する通知を受けていないから、原告は同債権譲渡を被告らに対抗できない。
第3 事実認定
1 乙A第1号証及び乙A第15号証の成立について
 原告は乙A第1号証及び乙A第15号証の成立を否認するので、事実認定をするに当たり、まずこの点を判断することとする。
(1) 乙A第1号証について
ア 原告は、次の3点を理由として、乙A第1号証が偽造によるものであるか改ざんされたものであると主張する。
(ア) 本件診療録等についての証拠保全に関して、証拠保全決定が平成15年8月20日午前11時30分に送達された後、証拠保全手続が午後1時に開始されたが、診療録、看護記録及び内視鏡写真などが午後2時50分になって提示されたこと
(イ) 被告は、診療録等の提出が遅れた原因として、以前に原告の子息から診療録のコピーの依頼があった際、事務長がこれを別保管として事務室で保管しておいたところ、その後、事務室の配置の変更があったため、所在不明となり、探索に時間がかかったとしているが、そのような保管状況であったか否か疑問であるし、仮にそうであったとしても探索にそれほど長時間を要するとは考えられず、その間に改竄等が行われたことに間違いないこと
(ウ) 原告の子であるEが平成15年5月26日、被告病院において病院長らと面会し、診療録の一部をメモしているが、そのメモ(甲A2)の内容と乙A第1号証の内容とが相反していること
イ(ア) しかしながら、当裁判所が第5回弁論準備手続期日において取り調べた乙A第1号証の原本には何らかの改ざんがされた形跡は見当たらないし、次に述べるとおり、原告が主張する理由はいずれも改ざんがされたことを理由づけるものとはいえない。
 すなわち、上記ア(ア)については、確かに、送達時刻から3時間20分も経過した後に診療録などが提示されたことが認められ(甲B2、本件第2回弁論において結果陳述された横浜地方裁判所平成15年(モ)第1511号証拠保全事件による検証の結果〔以下「証拠保全結果」という。〕)、このことについては、いささか不自然の感を免れない。しかし、被告病院が原告の主張するとおり説明をしたことに加え、Eが平成15年5月26日に被告病院の病院長らと面会し、診療録が事務室へ移動したことは争いがないところ、このことに照らせば、被告病院の説明が不自然であるとまでは認められない(上記ア(イ))。
(イ) また、上記ア(ウ)については、原告は、[1]平成8年2月16日、[2]同年3月15日、[3]平成9年10月24日、[4]同9年11月19日、[5]平成12年5月19日、[6]平成13年11月15日に関する甲A第2号証の記載とそれに対応する乙A第1号証の記載とを比較対照し、両者の記載が相反していることを、乙A第1号証が改竄ないし偽造によるものであることを理由づけるものであるとし、Eも同旨を述べる(甲A3〔3、4〕)。
 しかしながら、甲A第2号証の記載と乙A第1号証の記載とを比較対照しても、甲A第2号証の記載が、乙A第1号証が改竄ないし偽造によるものであることを基礎づけるものであるとはいえない。
 すなわち、上記[1]、[2]、[5]については、その内容がほぼ一致している。上記[3]については、原告は内容が一致しないと主張するが、血圧が「160/90」である点及びヘモグロビン値が「11.4」であって低下している点において内容は一致しているし、これに加えて、上記ヘモグロビン値が平成9年10月1日に施行された血液検査の結果を書き写したものと認められる点(乙A5〔8〕)からすれば、上記[3]についても内容は一致しているというべきである。上記[4]については、確かに平成9年11月19日の記載とは一致しないが、平成10年11月19日の記載(乙A1〔19〕)には甲A第2号証の「11/19」と記された欄(甲A2〔2〕)に記載されたコレステロール値とほぼ一致する数値の記載、TGの値と同じ数値の記載及びメバロチン薬を処方したと推認される記載(「Mevalotin」との記載)があることからすれば、その内容はほぼ一致するというべきであって、甲A第2号証の当該記載は日付が誤記によるものである疑いが強いというべきである。上記[6]については、甲A第2号証に対応する記載が乙A第1号証にはないが、甲A第2号証には「指をさしながら説明」との記載があることからすれば(甲A2〔3〕)、甲A第2号証の記載は、乙A第2号証の「Hyperplastic polyp」(過形成性ポリープ)、「biospy Group 1」(生検 グループ1)との記載を指さして病院長が口頭で説明をし、Eがその内容を記載したものとも考えられる。
ウ したがって、乙A第1号証は真正に成立したものと認められる。
(2) 乙A第15号証について
ア 原告は、乙A第15号証(内視鏡写真のネガの拡大写真(2001,11,15分))について、本件証拠保全時において写真の提出が送達時から3時間20分、手続開始時から1時間50分遅れで提示されたこと、平成13年12月13日の内視鏡写真のネガフィルムがあるはずであるのに存在しないこと、乙A第15号証の写真の撮影時刻がすでに提出されている同日撮影の写真4枚(乙A1〔75、76〕)の撮影時刻と異なることを挙げ、これが疑惑に満ちていると主張する。
イ しかしながら、乙A第15号証をみても、その成立の真正が否定されることをうかがわせるような事情は見当たらない。確かに、乙A第1号証・75及び76頁に貼付されている写真は、乙A第15号証の写真と同様の被写体であると認められるが、撮影日時において一致するものが存在しない。しかし、弁論の全趣旨によれば、内視鏡検査を実施中には機器内において時計が作動しているところ、特定時刻の写真を撮影する際には、ポラロイド写真による撮影とネガに記録する写真撮影との2種類があり、これが別個に撮影されるため、ポラロイド写真とネガとの間に一定の時間差が生じることが認められるから、乙A第1号証・75及び76頁に貼付された写真と乙A第15号証の写真との間に時間差が生じていることはむしろ当然というべきであって、原告の主張は採用できない。
 また、別の機会に撮影されたネガフィルムが廃棄されて存在しないことは乙A第15号証の成立の真正とは関係のないことといわざるを得ない。
ウ したがって、乙A第15号証は、真正に成立したものと認められる。
2 事実認定
 証拠及び弁論の全趣旨等(認定の根拠となった証拠等を()内に示す。直前に示した証拠のページ番号等を〔〕内に示す。)によれば、次の事実が認められる。
(1) 当事者
ア(ア) Aは、平成8年ころから被告B株式会社と次の(2)のとおり診療契約を締結して被告C病院に通院していた(争いのない事実。なお、上記診療契約に基づいて被告病院がAに対して行った診療を以下「本件診療」という。)。
(イ) 原告は、Aの夫である(甲C1)。原告とAには、子としてG、H、I及びEがいるが、同人ら及び原告は、遺産分割協議により、Aが被告らに対して有するべき損害賠償請求権を原告が相続することを合意した(甲C2)。
イ(ア) 被告会社は、被告病院を経営している(争いのない事実)。
(イ) 被告Jは、被告病院の医師であり、本件診療のうち平成14年1月から12月まで原告の診療を担当した(争いのない事実、乙A11〔2〕)。
(ウ) 被告Dは、被告病院の医師であり、本件診療のうち平成15年1月から5月まで原告の診療を担当した(争いのない事実、乙A12〔2〕)。
(2) 初診(診療契約)
 Aは、平成8年2月6日、被告病院を受診した。それ以降、平均して2ないし3週間に1度の割合で被告病院に通院し、主として高脂血症及び高血圧の治療として採血、薬の処方、栄養指導等を受けていたところ、体重について、平成10年中は51ないし52キログラムで推移していたのに対し、平成11年9月には2キログラム減量し、50キログラムとなり順調に低下しているとの指摘がされ、その後は特に体重の増減に関する指摘はされていない。(争いのない事実、乙A1〔4ないし53〕)
(3) K医師による診療
ア Aについては、平成13年7月12日からK医師が診療を担当し、高血圧・高脂血症及び腰椎症の診療をしていた。K医師は、定期的に採血を行って総コレステロール値や中性脂肪を検査し、ミルタックス等の薬を処方していた。(乙A1〔38ないし40〕、乙A14)
イ 同年10月9日に施行した血液検査の結果、ヘモグロビン値が9.6であった。そのため、K医師は、Aが貧血であるとの疑いを持ち、同年11月1日、同年11月15日に上部消化管内視鏡検査を施行することとし、更にCBC(末梢血液検査)を実施して、腫瘍マーカーによる検査を行い、フェリチン値及びCEA値も検査をした。(乙A1〔40、41〕)
(4) 平成13年11月1日における腫瘍マーカー検査
ア 上記(3)のCBCにおける腫瘍マーカー検査の結果、フェリチン値が4.9、CEA値が0.6であり、いずれも基準値の範囲内であった。(乙A1〔41〕、乙A9)
イ この点について、原告は、CEA値は4.9であったと主張し、確かに、乙A第1号証・41頁には、原告が主張するとおり、「4.9」と記載されている。
 しかし、上記記載は、その内容からして原資料というべき検査結果報告書(乙A9)を転記したものと認められるところ、同報告書には、検査項目欄・検査結果欄の順に、5行目に「CEA」・「0.6」と、6行目に「フェリチン:RIA」・「4.9」とそれぞれ記載されている。これらの記載はいずれもゴシック体の不動文字によるものであって、機械を用いてされた血液検査の検査結果が記載されたものと考えられるのであるから、CEA値は、乙A第9号証に記載されたとおり0.6であると認めるのが相当である。そして、乙A1号証・41頁の記載については、上記認定のとおり上記報告書の5行目がCEA、6行目がフェリチンに関する記載であることからすれば、乙A第9号証の記載を乙A第1号証・41頁に転記する際、誤ってCEA値としてフェリチンの値を記載し、さらにフェリチンの値としては正しくフェリチンの値を記載したと推認できる。
 したがって、原告の主張は採用できない。
(5) 上部消化管内視鏡検査の施行
ア 平成13年11月15日の検査
 K医師は、Aに対し、平成13年11月15日、上部消化管内視鏡検査を施行した。(乙A1〔41、73ないし77〕、乙A14)
 その結果、Aについて、「胃の前庭部は萎縮性、胃角部は正常、胃体部の胃体下部から胃体上部にかけて17個以上の過形成性ポリープがあり、山田III~IV型のポリープもある。胃体部の胃体中部の大弯に、長径2.5cmくらいはありそうな山田IV型のポリープがあり、噴門部は正常であったが、窮隆部にも過形成性ポリープが2か所あった」との所見を得、発見されたポリープのうち5つについて生検を依頼した。生検の結果、5つのポリープについては、悪性所見がなく、ヘリコバクターピロリ菌については、-であったものの、検体の一つに球菌の混合が認められた(乙A1〔73ないし77〕、A14)
イ 上記結果を踏まえた対応
 上記結果に対し、K医師は、鉄欠乏性貧血に対応するためにフェロシアを、球菌の混合に対応するためにタケプロンを、胃前庭部の萎縮性胃炎に対応するためガストロームをそれぞれ処方するとともに、フォローアップが必要であり、年内にもう一度上部消化管内視鏡検査を施行する必要があると考え、平成13年12月5日、同月13日に上記検査を施行することとし、更に、平成14年には大腸内視鏡検査の施行も必要であると考えた(乙A1〔41、42〕、弁論の全趣旨)。
 同月12日の診察の際には、AはK医師に対して声が出づらいと述べたため、K医師は、翌13日の上部消化管内視鏡検査において、この点も検査することとした(乙A1〔43〕)。
ウ 平成13年12月13日の検査
 K医師は、Aに対し、平成13年12月13日、上部消化管内視鏡検査を施行した(乙A1〔43〕)。
 その結果、K医師は、Aについて、ポリープの大きさ及び形状に大きな変化はないとの所見を得たが、5か所の細胞を採取し、これらについて生検を依頼した。生検の結果、5つのサンプルはいずれも過形成性ポリープであり、グループ1であって悪性ではないし、今回はヘリコバクターピロリ菌も球菌も認められなかった。(乙A1〔68ないし72〕、A14)
エ K医師による最後の診察と引継ぎ
 K医師は、平成13年12月27日、Aを診察した上、Aに対し、次回から担当医師がJ医師に変わることを伝えた。さらに、K医師は、診療録に、Aの状態について、「調子はよい」、「食欲良好」との聞き取り内容を記載した上、自己の所見として、
[1] 多発性胃ポリープ(過形成性ポリープ) α-溶連菌によるものではないか?
 ヘリコバクター・ピロリ -(マイナス)、
[2] 高血圧
[3] 鉄欠乏性貧血
[4] 腰痛
[5] 糖尿病?
と記し、更に、「次回1/24採血し、フェロミア中止の方向へ」、「6ヶ月後 FGS(上部消化管内視鏡検査)フォローへ」、[1]「に関して、1cm以上超えるものは胃ポリペクトミーがベストか?」と記して、J医師に対する引継ぎを行った(乙A1〔43、44〕、A14)。
(6) J医師による診療
ア ポリペクトミーの推奨と拒否
 J医師は、平成14年1月10日、Aの診療録に目を通した上でAを診察した。その際、K医師からの引継事項に多発性の胃ポリープとあり、しかも貧血ともあることから、J医師は、ポリープが貧血の原因となっている可能性があると考え、Aに対し、ポリペクトミー(内視鏡切除術)は内視鏡検査の延長でできるものであること、切除術後に出血や穿孔などの危険性があること、1週間ほどの入院が必要であることを説明した上、大きなポリープについてポリペクトミーを行って切除すべきであることを説明した。これに対し、Aは、ポリペクトミーを希望しない旨を述べたことから、J医師は、鉄欠乏性貧血の治療を行うこととし、その増悪があれば改めてポリペクトミーをすることを考えることとして、その旨をAに伝えた。(乙A1〔44〕、A11〔2〕、被告J本人〔5ないし9〕)
 もっとも、平成14年1月24日にJ医師がAについて採血して検査したところ、同年2月7日、その結果が判明し、糖尿病の所見もなく、ヘモグロビン値が13.3となった。そこで、J医師は、Aに関し、鉄剤フェロミアをさらに1ないし2か月、4錠から2錠に服用量を減らした上で服用し続けるとの治療方針をとることとした。(乙A1〔45〕、A5〔29〕、A11〔2、3〕、被告J本人〔9、10〕)
イ 貧血の改善、老人基本健診の受診
 平成14年3月7日、J医師は、貧血が改善したとの判断の下、鉄剤の処方を中止した。もっとも、同年4月4日、血管が浮き出るのが気になるとAが訴えたため、J医師は、同日、Aに対し、老人基本健診を受診するよう勧めた。(乙A1〔45、46〕、)
 Aは、同月17日、老人基本健診を受けたが、その際に自ら記載して提出した基本健診診査票の自覚症状の欄には「肩こり」との不動文字に丸印を記載したのみで、他の項目には丸印を記載せず、その他として自由に記載しうる部分にも何ら記載しなかった。検査結果は、体重が49.3キログラムで太りぎみとされたほか、高血圧、心疾患及び高脂血症との診断になった。この際、J医師は、Aに対し、ポリペクトミーを勧めたが、受け入れられなかった。(乙A1〔46、47〕、A5〔4〕、A11〔3、4〕、被告J本人〔12、13〕)。
 J医師は、平成14年5月1日の診察時においてもAに対して内視鏡検査を勧め、内視鏡検査が嫌であればバリウム検査でもよいと述べた。しかし、Aは、これに応じるとは述べなかった。(乙A11〔4〕、被告J本人〔14、15〕)
ウ 血液検査と栄養指導等
 J医師は、Aについて、平成14年7月25日に採血を行い、血液検査を施行した。同検査の結果、総コレステロール値は242と従前に比べて低下し、中性脂肪が231で高値を示した。そこで、J医師は、中性脂肪が高値であることから食べ過ぎではないかと判断し、Aに対し、栄養指導を行うこととした。栄養指導は、栄養士によって、同年8月8日に実施されたが、その際の体重は50.2キログラムであって、摂取している食品のバランスはよいとされ、食欲不振を前提とする指導がされた形跡はない。(乙A1〔48、49〕、A5〔14、25〕、A11〔4〕、被告J本人〔15ないし17、64、65〕)
 また、Aは、平成14年12月2日に、被告病院においてインフルエンザの予防接種を受けているところ、その際に提出した予診票中の「今日、体に具合の悪いところがありますか。」との欄に「いいえ」との回答をした(乙A5〔5〕)。
エ D医師に対する引継ぎ
 平成14年12月11日、J医師は、Aを診察し、翌年から担当医がD医師に交代することを伝えた。J医師は、診療録に、引継事項として、高血圧、高脂血症の患者であり、多発性胃ポリープ、鉄欠乏性貧血があって鉄剤の内服歴があることを記載した。(乙A1、A11〔4〕、被告J本人〔21〕)
(7) D医師による診療
ア 上部消化管内視鏡検査の推奨と拒否
 D医師は、平成15年1月23日に初めてAを診察した。その際、Aから特に訴えはなかったが、D医師は、診療録中に、平成13年11月から胃に多発性の過形成性ポリープがあり、大きなポリープも1個あって、貧血である旨の記載があったため、これを踏まえ、かつ、約1年間にわたって内視鏡検査を施行していないことから、Aに対し、内視鏡検査の施行を勧めた。これに対してAが同検査を受けることを拒否したため、D医師は、暖かくなってから施行しようという旨を述べ、他方で貧血の進行がないか調べるため、次回の受診時に採血を行うこととした。(乙A1〔52〕、A12〔2〕、被告D本人〔2、3、6、7〕)
イ 平成15年2月20日の血液検査
 D医師は、平成15年2月20日、Aの血液検査を行ったところ、ヘモグロビン値は14.3で基準値の範囲内であったことから、同年3月18日の診察時において、この点は経過観察とすることとした。(乙A1〔52〕、A5〔33〕、A12〔2、3〕、被告D本人〔8、9〕)
ウ Aによる訴えと入院
 平成15年4月17日になって、Aが「粉薬が苦い」とD医師に対して述べたため、D医師は、ガストロームの処方を中止した(乙A1〔53〕、A12〔3〕、被告D本人〔9〕)。
 Aは、平成15年5月6日、被告病院を受診した際、D医師に対し、「どうしようもなく体がだるい。」、「食欲はあるがご飯がまずい。」と述べたため、D医師がAの腹部を触診したところ、心窩部に圧痛を認めた。そこで、D医師は、Aに内視鏡検査を施行したところ、胃体下部大弯側に、既存の過形成性ポリープとは別に、それらを押し上げるような形の隆起性病変を認めたことから、これを胃癌(ボールドマン1型、すなわち、腫瘤を形成する型)と診断した。(乙A1〔53、62ないし67〕、A5〔3〕、A12〔3〕、被告D本人〔9ないし11〕)
(8) 被告病院への入院以降
ア 被告病院への入院
 Aは、平成15年5月8日、被告病院内科に入院した。同日現在におけるD医師の所見は、[1]胃癌及び胃過形成性ポリープ(多発性)、[2]肝転移の疑い(LDH値が296、ALP値が1060、γGTP値が223、ウロビリノーゲン(+))、[3]炎症陽性徴候から癌性腹膜炎の疑い、の3つであり、同日実施した腫瘍マーカー検査によれば、CEA値は341であり、CA19-9値は361であった。また、Aと原告は、入院時に看護師による聞き取りに応じ、「以前より、胃にポリープがあったが小さいので内服にて様子観察していた。特別に症状はなかったが、4月上旬より心窩部のむかつき出現し 食欲低下(茶碗1/2量)体重減少(53→47kg)となり嘔吐・嘔気はなかった。」と述べた旨の記録がある。(乙A2〔4、24〕)。
 同月12日には、腹部CTを施行し、その結果、多発性肝転移があることが判明した。さらに同月13日には、胃病変の病理所見により、浸潤性中分化型の腺癌であること、グループ5であることが判明し、A及び原告の三男らに対して、進行胃癌で転移性肝腫瘍を認め、手遅れの状態であること、予後は不良であって余命は3か月であること、今後は、積極的治療として手術と肝動注をするか、何もせずホスピスで過ごすかの選択肢があることを説明した。これに対し、三男らは、積極的治療をしてほしいと述べた。(乙A2〔5、6、8、9〕、被告D本人〔12〕)
 そこで、D医師は、Aを手術目的で外科へ転科させることとし、同月16日、Aは被告病院の外科へ転科した。(乙A2〔7〕、A3〔3〕)
イ F病院への転院
 Aが被告病院の外科へ転科した後、原告及びAの子らから、F病院へ転院したい旨の申出があったので、被告病院がこれに応じた。Aは、平成15年5月19日に被告病院から退院し、同日、F病院に入院した。(乙A3)
ウ 転院以降の経過
 F病院において、平成15年5月20日にAの腹部CT検査を行ったところ、肝転移が強度で、傍大動脈リンパの腫大及び腹水を認めたため、手術は断念された。そこで、家族と相談の上、Aに対して抗癌剤治療を行ったが、Aは、同年8月14日午前9時30分、亡くなった。(乙A6〔1〕)
3 医学的知見関係
 証拠及び弁論の全趣旨等によれば、次の医学的知見が認められる。
(1) 胃癌について
ア 胃癌の症状(甲B1)
(ア) 自覚症状
 胃癌に特有の自覚症状はないが、心窩部痛、腹部膨満感、上腹部不快感、重苦しい、もたれる、食欲不振、嗜好の変化(肉類、脂肪が嫌になる)、悪心、嘔吐、吐血、下血、胸やけ、げっぷ、下痢、便秘などがある。早期胃癌では、自覚症状は著しく軽く、進行胃癌になるまで自覚症状がないこともある。
 進行胃癌になると、必ず何らかの自覚症状を訴える。癌が噴門部にあるときは嚥下困難を訴え、幽門部にあると嘔吐する。癌浸潤が膵臓や後腹膜に及ぶと背部痛が出現する。体重減少、疲労、脱力、貧血などの全身症状も出現し、進行したものほど程度が強い。
(イ) 身体的症状
 早期胃癌では身体的所見に乏しく、心窩部の軽度の圧痛や不快感を認める程度である。
 進行胃癌では腫瘤を触知するようになり、リンパ節腫大、肝腫大、腹水などを認める。胃腫瘤は初期に周囲と癒着がない場合は可動性であるが、周囲に浸潤すると可動性が悪くなる。
イ 胃生検組織診断分類(乙B1)
 胃の組織を生検した場合における診断は、次のとおり分類される。
● Group I 正常組織及び異型を示さない良性(非腫瘍性)病変
● Group II 異型を示すが良性(非腫瘍性)と判定される病変
● Group III 良性(非腫瘍性)と悪性との境界領域の病変
● Group IV 癌が強く疑われる病変
● Group V 癌
ウ 胃癌と胃ポリープ
 胃ポリープは胃癌の母地の1つと考えられてきたが、「同一ポリープ内に、確実に良性ポリープが前身であると証明できる良性部分と、癌と診断するに十分な細胞並びに構造異型がある悪性部分が共存すること」をもってポリープが癌化したと定義すると、過形成性ポリープの癌化率は0.6%であることや、過形成性ポリープの経過についての学者の3グループによる追跡調査の結果、256例中悪性化したものは1例もなかったことなどが報告されている(乙B2〔257ないし259〕)。
(2) CEAとフェリチン
ア 腫瘍マーカーとCEA
 CEAは腫瘍マーカーの一種であり、腺癌に対して反応するマーカーである。その正常値は、5.0ng/ml以下である。(乙A9、被告J本人〔35ないし37〕)
イ フェリチン値
 貯蔵鉄量を反映して変動する。正常値は、4.0ないし64.2ng/mlである。(乙A9、B4〔587〕)
(3) 鉄欠乏性貧血(乙B4)
 ヘムの構成成分である鉄イオンが体内で不足することによりヘモグロビンの合成が低下した状態をいう。その病因は鉄の供給不足や鉄の喪失であるが、出血は、鉄欠乏性貧血の最も重要な病因である。鉄欠乏性貧血の状態になると、[1]皮膚、粘膜の蒼白感や全身倦怠感(ヘモグロビン値8g/dl以下のことが多い。)、[2]脱力感等の不定愁訴(ヘモグロビン値が7ないし8g/dlの場合に現れる)、[3]微熱、等の症状が現れる。
4 争点(1)(平成13年の内視鏡検査の際に胃癌の存在を見落とした過失の有無)及び同(2)(遅くとも平成14年2月21日の時点でAの胃癌の有無について検査をすべき注意義務の有無)について
(1) 原告の主張の前提事実について
ア 原告は、平成13年11月1日の検査時において、CEAの値が4.9であり、同年の内視鏡検査時の生検はポリープのすべてについて行われたものではないこと、その後も背部痛や食欲不振等の症状があったことを前提とし、同検査時において癌の存在を見落とした過失又はその後も胃癌に関する検査義務を怠った過失があると主張する。
イ しかし、そもそも、上記第3・2(4)において認定したとおり、真実のCEAの値は0.6であるし、原告の主張する4.9という値自体も、上記第3・3(2)アにおいて認定したとおり正常値が5.0以下であることからすれば、正常値の範囲内なのであり、そのほかには悪性腫瘍の存在を直接的にうかがわせるものはなく、同年末にはAは調子が良く食欲も良好であると述べており、鉄欠乏性貧血も翌年春までには軽快していること、平成15年に発見された癌はその部位からして上記検査時に発見された過形成性ポリープが悪性化したものとは認め難いことなどからすると、上記検査時に既に癌が存在していたとは認められない。
ウ 背部痛や食欲不振等の自覚症状については、平成15年5月6日の受診時以前には、診療録上にそのような自覚症状に関する記載がないばかりか、平成14年5月の老人基本健診時及び同年12月のインフルエンザ予防接種時にはこれらを含む自覚症状の有無を問われているにもかかわらず、前者の際に肩こりがあると回答したにとどまっているし、平成15年5月8日の入院時には、Aも原告も同年4月上旬に至るまで特別の症状はなかったと述べていることがうかがえる。そればかりか、食欲の点については、A自身が平成13年12月27日に良好であると述べたことが診療録に記載されているし、体重も平成14年5月には49.3キログラム同年8月に50.2キログラムと平成11年のころの体重をほぼ維持していることが認められる。
 これによると、原告指摘の自覚症状が平成15年4月以前に存在したとは認められない。
エ これらに対し、原告本人の陳述及び供述(甲A5及び原告本人)中には、Aが病院でのできごとをいつも原告に話していたとした上で、Aには平成13年11月以降、一貫して上記の自覚症状があったこと及び平成13年の2回の内視鏡検査の後に更に検査を勧められて断ったことは聞いていないとの部分がある。
 しかしながら、同人の供述は全体として曖昧であるし、Aが老人基本健診を受けたことを知らないなど(原告本人〔33〕)からすると、果たして原告がAの様子をどの程度に把握していたかさえ明らかでないといわざるを得ず、上記ウの諸事実があるにもかかわらず、原告本人の陳述のみによってAに原告主張のとおりの自覚症状があったと認めることはできないし、同供述はAに検査を勧めていた旨の担当医師らの各供述を覆すに足りるものでもない。
(2) 原告の主張に対する判断
ア 前記2(7)ウ及び4(1)イによると、平成13年の内視鏡検査時に多数のポリープ中に癌が存在したとは認められず、平成15年5月に癌が発見された胃体下部大弯にはポリープの他に病変をうかがわせる所見がないのであるから、この時点において生検が必要な部位に一応生検がなされたといえるのであって、癌を見落とした過失があるとの原告の主張は前提を欠くこととなる。
イ 次に、上記第3・2(4)ア及び同(5)において認定したとおり、平成13年末までの時点において、胃に関して悪性の所見は認められなかったのであるし、上記第3・3(1)ウにおいて認定したとおり、過形成性ポリープについては、いわゆる癌化率が0.6%であるというのであって、過形成性ポリープがあったことから直ちにポリープの癌化を疑って経過観察することを要する事情にはならないというべきである。
 また、平成14年に入ってからは、上記第3・2(5)エ及び同(6)において認定したところを総合すれば、K医師は、Aの胃に存在していたポリープについて継続的なフォローが必要であると考えており、このことをJ医師に対する引継事項とし、J医師もこれを認識した上でAに対してポリペクトミーないし内視鏡検査を勧めているのである。さらに、平成15年1月23日においても、D医師がAに対して内視鏡検査を受けるよう勧めたにもかかわらず、Aがこれを拒否したものである。
 このように、K医師、J医師及びD医師は、いずれも、Aに対する内視鏡検査の必要性を認識し、これを施行しようとするべくAに対して働きかけを行っていたのであって、そのほかに特段、胃癌を疑わせる自覚症状等の事情のない本件の事実関係においては、Aが上記働きかけを拒否した場合には、更に進んで内視鏡検査を受けるよう勧めるための事情がないのであるから、医師は内視鏡検査を勧める義務を果たして、更に強く説得すべき義務まではなかったというべきである(そればかりか、平成15年2月20日に行われた血液検査の結果の上では肝機能に問題がないこと(乙A5〔33〕)及び同年5月になって肝機能の問題(乙A5〔31〕)及び肝転移が発見されたことに照らすと、癌が進行してCT上発見可能な大きさの肝転移が生じたのは平成15年に入ってからであるとうかがわれるのであって、そうだとすれば、原告が主張する注意義務と結果とがそもそも結びつかないともいえる。)。
 したがって、遅くとも平成14年2月21日の時点でAの胃癌の有無について検査すべき注意義務は認められない。
5 結論
 以上によれば、原告主張の過失の存在はいずれも認められないから(争点(1)及び同(2))、争点(3)(損害額)について判断するまでもなく、被告らに損害賠償責任が発生しないことは明らかである。
 よって、原告の請求には理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第34部


裁判長裁判官 藤 山 雅 行



裁判官 金 光 秀 明



裁判官 萩 原 孝 基

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最終更新:2005年12月26日 11:48
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