hanrei @Wiki H17.11.28 東京地方裁判所 平成15年(ワ)第17264号 建築差止等請求事件



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判示事項の要旨:
マンション建築工事による騒音被害等を理由とする損害賠償請求が一部認容され,景観権又は景観利益,圧迫感のない生活利益,日照権及びプライバシー権の侵害を理由とするマンションの一部撤去請求及び損害賠償請求が棄却された事例


平成17年11月28日判決言渡 
平成15年(ワ)第17264号 建築差止等請求事件

判     決

主     文
1 被告らは,連帯して,別紙損害賠償金目録記載の各原告に対し,それぞれ同目録「損害賠償金」欄記載の各金員及びこのうち同目録「内金」欄記載の各金員に対する平成16年6月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を,いずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その1を被告らの,その5を別紙損害賠償金目録記載の原告らの各負担とし,その余は同原告ら以外の原告らの負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1章 請求の趣旨
1 主位的請求 
   被告らは,原告らに対し,別紙建物目録第2記載の各建物(以下「本件各建物」と総称する。)のうち,地盤面から高さ12mを超える部分を撤去せよ。
  予備的請求
 被告らは,原告らに対し,本件各建物のうち,地盤面から高さ20mを超える部分を撤去せよ。
2 被告らは,連帯して,別紙損害賠償請求一覧表の「原告」欄記載の各原告らに対し,それぞれ同表の「最終的請求額」欄記載の金員を各支払え。
3 被告らは,連帯して,原告らに対し,6824万6600円及びこれに対する平成16年6月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2章 事案の概要
第1 事案の要旨
1 本件は,被告らが,東京都世田谷区深沢2丁目及び目黒区八雲5丁目にまたがって所在する別紙土地目録記載1ないし3の土地(以下「本件土地」という。このうち,同目録記載1及び3の土地は東京都立大学(当時)深沢校舎跡地である。)を東京都などから購入し,被告株式会社長谷工コーポレーション(以下「被告長谷工」という。)を主施工者としていわゆる分譲マンションである本件各建物を建築して分譲したところ,本件土地の近隣地域に居住する原告らが, 本件各建物により,受忍限度を超えて,景観権又は景観利益,圧迫感のない生活利益,日照権及びプライバシー権を侵害されたと主張して,本件各建物のうち高さ12mを超える部分の撤去(予備的に高さ20mを超える部分の撤去)を求めるとともに, 以上の各法益の侵害による被害に加え,本件各建物の建築工事(本件各建物の建築に先立つ解体工事を含む。以下「本件工事」という。)に関し騒音・振動・粉塵等にさらされたことによる精神的な被害,本件工事の振動による原告ら所有建物損傷の被害及び本件各建物の建築による原告らの所有不動産の価値の下落という被害を被ったなどと主張して,不法行為に基づく損害賠償として,財産的,精神的損害及び弁護士費用相当額の損害の賠償を求める事案である。
原告らは,当初,本件各建物の高さ12mを超える部分(予備的に20mを超える部分)の建築禁止を求めて本件訴訟を提起したが,訴訟係属中の平成16年6月に本件各建物が完成したため,その訴えを上記第1章の1記載のとおり変更したものである。
2 請求の趣旨1項の請求(本件各建物の一部撤去請求)の骨子
  原告らが本件各建物の一部撤去請求に関し請求原因として主張するのは,被告らによる本件各建物の建築により,次のないしの「保護されるべき利益」が受忍限度を超えて侵害されたことであり,不法行為,土地所有権又は人格権に基づく請求であるとする。
  景観権又は景観利益
  圧迫感のない生活利益
  日照権
  プライバシー権
3 請求の趣旨2項の請求(損害賠償請求)の骨子
  原告らは,損害賠償請求について,上記2ないし記載の法益のほか,次のア及びイの「保護されるべき利益」も受忍限度を超えて侵害されたことを請求原因として主張し,その損害(具体的な額は,別紙損害賠償請求一覧表の「景観利益」,「圧迫感」,「日照」,「プライバシー」,「工事被害 騒音等」,「資産価格下落」の各欄記載のとおりであり,その合計額は同一覧表の「左記合計額」欄記載のとおりである。)の一部について,不法行為に基づいて賠償を請求している。
  ア 本件工事に関し騒音・振動・粉塵等の被害にさらされない生活利益
  イ 原告らの所有不動産の価値
  原告20,同21,同22及び同45は,上記のほか,本件工事により所有建物に損傷が生じたとして,その損害(具体的な額は,別紙損害賠償請求一覧表の「家屋修繕費」欄記載のとおりである。)の全額について,不法行為に基づいて,賠償を請求している。
原告らは,以上及び記載の各損害について,具体的には一部請求として別紙損害賠償請求一覧表の「最終的請求額」欄記載のとおりの賠償を請求している。
4 請求の趣旨3項の請求(弁護士費用相当額の損害賠償請求)の骨子
  原告らは,上記2及び3の不法行為に基づいて,弁護士費用相当額(6824万6600円)の損害の賠償及びこれに対する不法行為の後の日である平成16年6月19日(訴え変更申立書送達の日の翌日)からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求している。
第2 前提事実
 前提となる事実は,次のとおりである(なお,証拠を掲げていない事実は,当事者間に争いのない事実である。)。
1 当事者
 原告ら
 原告らは,東京都目黒区八雲2丁目,同5丁目又は世田谷区深沢2丁目に居住する者であり,その具体的な場所は別紙地図(甲1を基に作成したものである。)に表示したとおりである(ただし,原告37及び原告44については訴えの取下げにより訴訟が終了している。また,「(原告40)」の表示は複数あるが,原告40が居住する場所は深沢2丁目所在の居宅である。)。
 被告ら
 被告らは,本件各建物の建築及び分譲の事業を,共同企業体として共同して行った株式会社である。被告長谷工は,建築物並びに建設工事の企画,設計,管理等コンサルティング業務及び請負,不動産の売買などを業とする株式会社であり,本件各建物の建築について設計,工事を行った建築主である(建築主である点については,乙2)。
2 本件土地
 本件土地及びその周辺土地は,もともとは民有地であった。その一部については,大正2年に東京ゴルフ倶楽部に賃貸され,昭和15年に東京都が記念事業として行った環状緑地帯計画の一環として緑地指定がされ(駒沢緑地),昭和17年に都市計画法により防空緑地とされ(甲100),昭和18年9月に東京都防衛局に買収され,軍用のための公用地とされた。
 その後,昭和20年代から昭和30年代には,別紙土地目録記載1及び3の土地上に東京都立大学理学部及び工学部の校舎が建築され,その余の土地には,都立アイソトープ総合研究所(現在の東京都立産業技術研究所),駒沢オリンピック公園等が建築された(甲100,202,203,乙34)。
 ところで,平成5年4月に東京都立大学理学部及び工学部が八王子市に移転し,校舎の跡地である別紙土地目録記載1及び3の土地の利用の在り方について様々な検討がされたが,東京都は,平成12年に入札により民間企業に売却する方針を決め,同年1月8日から入札参加要領を配付して,平成13年1月16日,入札を実施した。その要領中には,後記第3章第1の2認定の東京都立大学跡地の利用についての東京都の基本的な考え方を踏まえた計画を策定し,契約締結の日から5年以内に,信義を重んじ誠実に工事に着手しなければならない旨の契約条件を付す旨も明記されていた(甲11,乙4)。
 被告長谷工は,計画の基本方針としては都市景観,自然環境など周囲と調和した計画にする等とする世田谷区深沢2丁目計画事業計画書(乙5)を示して入札し,上記の入札において,同目録記載1及び3の土地の売却予定者を被告らグループ(代表企業:被告長谷工)とする内定を得て,同年3月30日,東京都から上記土地を買受けた(甲11,188,乙4,5)。また,同年9月28日,同目録記載2の土地を株式会社東急ストアから購入した(乙96)。
3 本件各建物
 本件各建物は,本件土地上に建つ総戸数772の分譲マンションである。別紙全体敷地配置図(乙1の1の写し)記載のとおり,S1ないしS4,N1ないしN4の8区域に分けられた敷地に配置されたA棟ないしM棟の住居棟13棟と店舗棟等で構成されている(なお,棟の名称は,計画立案の過程で変化しているが,本判決においては別紙全体敷地配置図記載の名称で表記することとする。)。
 上記各敷地内の最も高い棟は,次のとおりである。
 S1敷地及びS2敷地 I棟,J棟及びK棟(それぞれ地上14階・高さ44.24m)。なお,S2敷地のうち,第一種低層住居専用区域に該当する部分の敷地(別紙土地目録記載3の土地部分)は通路,街路樹用地であり,その地上に建物は存在しない。
 S3敷地 L棟(地上9階・高さ29.19m)
 S4敷地 M棟(地上3階・高さ11.28m)
 N1敷地 A棟(地上4階・高さ14.29m)
 N2敷地 B棟(地上9階・高さ29.19m)
 N3敷地 D棟(地上19階・高さ59.99m)
 N4敷地 店舗棟(地上1階・高さ5.70m)
4 本件各建物建築の経過
 被告長谷工は,別紙全体敷地配置図記載のとおりの建築計画(以下「本件建築計画」という。)に基づいて,平成14年5月30日,世田谷区,目黒区よりそれぞれ開発許可決定を得(甲250),同年7月5日には東京都知事による一団地認定処分(平成14年法律第85号による改正前の建築基準法86条1項。以下同じ。)を得た(乙39の3)。そして,被告長谷工は,同月15日に日本建築センターに建築計画概要書を提出し(甲191,乙2),同月19日にS1ないしS4敷地,同月30日にN4敷地,同月31日にN1ないしN3敷地上の各建築物についてそれぞれ建築確認を得た(なお,N4敷地関係については平成14年10月2日に,S1ないしS4,N1ないしN3敷地関係については平成15年2月6日に,バルコニー出幅変更等の計画変更により建築確認を改めて得ている。)(乙35(枝番号を含む。))。
 被告長谷工は,平成14年4月4日,解体工事に着手し(乙96),平成16年6月に本件各建物を完成させた。同年8月から本件各建物への入居が始まった。
第3 請求原因の要旨
1 原告らの有する「保護されるべき利益」の内容
  景観権又は景観利益
  ア 本件土地周辺地域一帯は,美しい街並み景観を有している。
   本件土地周辺地域一帯は,先見性のある農民らが区画整理組合を結成し,その所有地から道路に1割,工事費に1割を拠出するという自己犠牲を払って区画整理事業を行い,当時の自然やコミュニティーの姿を保全しつつ宅地開発を実行したことにより,低層住宅地としての基盤が形成された。住民らは,その後も,建物の改築,増築等の際に周辺建物との調和を乱さないように配慮するなど,美しい街並みの維持・改善に努力してきた。近時においても,本件土地の東側に位置する目黒区側においては,原告らを含む圧倒的多数の住民が,自ら土地利用に厳しい規制をかけるという自己抑制を発揮して,建物の高さ最高12mという高度規制,建築物の意匠等の規制を定めた「自由通り沿道八雲地区地区計画」を策定した。世田谷区深沢1・2丁目地区についても,これと同様に「深沢1丁目・2丁目地区計画案」を策定するなど,地区計画を策定する機が熟していたが,被告らの参加拒否によって実現をみないまま今日に至っている。
このように,農民達の都市計画といわれた深沢・八雲地区の区画整理と,それを基盤にしたまちづくりは,自然と歴史,コミュニティーを大切にして行われてきたのであって,東京全体を見渡しても,田園調布や成城学園といった地域とはまた違った山の手の特殊な景観を今日に伝えている。現に被告ら自身が,本件各建物について,景観を売物にしていることからも,良好な景観が存在することは明らかである。
  イ ところで,民法709条にいう「権利」は,厳密な意味においての権利でなくても,法律観念上その侵害に対し不法行為に基づく救済を与えることが必要であると思惟される利益であれば足りると解するのが確立した判例である(大審院大正14年11月28日判決・民集4巻670頁,いわゆる大学湯事件)。こうした考え方からすれば,本件においては,景観利益が認められるべきである。
    すなわち,本件における上記アの景観は人為的な営為(景観法では「適正な土地利用等」と表現されている。)により形成されたものであるが,このような景観については,次の要件を備えることにより法的に保護されるべきである。
    まず,特定の地域内において,当該地域内の地権者らによる土地利用の自己規制の継続により,相当の期間,ある特定の人工的な景観が保持され,社会通念上もその特定の景観が良好なものと認められ,地権者らの所有する土地に付加価値を生み出した場合であることが1つの要件になる。そして,要保護性の強弱については,当該景観侵害による損害が具体的に発生した時点を基準時として,景観の内容についての地域住民の合意(暗黙の合意を含む。)の存在,住民意思を基礎にする地方自治体の条例レベルでの行政諸施策の存在,地区計画あるいは建築条例の存在等に従って強くなると考えるべきである。
 本件においてこの要件を満たしていることは,次の事実から明らかである。すなわち,a 自らの土地を道路等に供出して良好な住宅街形成を目的として区画整理事業を成し遂げ,b 住民らは,その後も,3階建てが可能であっても,新築,改築の際に近隣に配慮して2階建てとするなど,景観保持のために自主的な努力をしたり,c 低層住宅地の美しい街並み景観の保護と向上を目的として,目黒区八雲地域においては「自由通り沿道八雲地区地区計画」を策定し,また,世田谷区深沢1・2丁目地区においては,住民らが「深沢1丁目・2丁目地区計画案」を策定するなど,特段の努力がされてきている。
    また,景観の内容と利益の享受主体が明確であることがもう1つの要件になる。この明確性は,社会通念に従って客観的に判断されるべきである。
本件における景観の内容としては,その範囲は,「自由通り沿道八雲地区地区計画」及び「深沢1丁目・2丁目地区計画案」の対象地域であり,その具体的な内容は,「自由通り沿道八雲地区地区計画」との連続性・共通性からすると,建物の高さが12mを超えないこと(高くても,周辺の建物との連続性・共通性から20mを超えないこと)と解される。また,景観利益の享受主体としては,「自由通り沿道八雲地区地区計画」及び「深沢1丁目・2丁目地区計画案」の対象地域内の地権者及び借地権者であると解される。
  ウ なお,独自に景観権又は景観利益として認めることができなくても,眺望利益の場合と同様の理由により,生活利益たる景観利益として,「保護されるべき利益」として認められるべきである。
    景観利益は,所有権に基づくものとしても保護されるべきである。
  圧迫感のない生活利益
  ア 圧迫感のない生活利益は,民法709条により法的に保護されるべき利益である。
    過密な環境の下での圧迫感を受けながらの生活は,本件土地周辺の居住者等に精神的なストレス等の弊害をもたらしており,その精神医学的悪影響は顕著である。開放的な環境は,快適な生活を実現する重要な因子であって,生活環境の重要な構成要素の1つである。
  イ これを本件土地周辺地域一帯についてみると,目黒区側には「自由通り沿道八雲地区地区計画」が策定されている。その公式パンフレット「住み続けられる街づくり 自由通り沿道八雲地区地区計画」(甲3)と地区計画を裏付ける目黒区の「自由通り沿道八雲地区地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例」(甲177)によれば,同地区計画が周辺住民に景観利益を保障し,生活環境を維持・保全する趣旨で策定されたことが明らかである。現実にも,同地区計画内は低層住宅が支配的であり,同地区計画と上記条例は圧迫感のない良好な都市環境を保護している(甲200の意見書)。
ウ 圧迫感被害が客観性,明確性のあることは,延べ200名の研究者が20年間をかけて組織的に行った大規模な研究の成果である武井正昭,大原昌樹による「圧迫感の計測に関する研究1~4」(日本建築学会論文報告集第310号(昭和56年12月),甲94の1ないし4。以下「武井・大原論文」という。)からも明らかである。
 そして,武井・大原論文によれば,中高層建築物から受ける圧迫感については,当該建築物の形態率(測定点を中心とする半球に写った建物の姿を円に正射影した場合の,円の面積に占める建物の投影面積の割合)を指標にすべきである。形態率こそが圧迫感を表すことができる唯一の指標であり,それ以外の建物壁面の色彩,材質等の要素については圧迫感を有意に変化させない。また,新たに建築する建物の与える圧迫感を評価するには当該建物の形態率のみが意味を持ち,既存の建物による形態率は影響しない。
    なお,東京都環境影響評価条例11条1項に基づく「東京都環境影響評価技術指針」は,環境影響評価について,必要に応じ建築物等による圧迫感の状況について調査し,評価するものとしているが,その調査の方法として,東京都環境保全局環境管理部作成の「東京都環境影響評価技術指針解説」(甲90,261)は,「現地調査をもとに形態率を算定する手法等による。」とした上で,武井・大原論文に示す形態率等を参考に評価するとしている。
  日照権
  ア 日照権が民法709条により法的に保護されるべき利益であることは,確立されている。
  イ 原告らは,本件土地上に本件各建物が建築されるまでは,太陽の恵みを存分に受けて生活していた(甲266)。
  プライバシー権
   プライバシーが民法709条により法的に保護されるべき利益であることは,確立されている。
  本件工事に関し騒音・振動・粉塵等の被害にさらされない生活利益
   このような生活利益が民法709条により法的に保護されるべき利益であることは,確立されている。
  所有不動産の価値
   原告らの所有不動産の価値が財産権であり,民法709条所定の「権利」であることは,明らかである。
2 受忍限度を超えた「保護されるべき利益」の侵害
  本件におけるような大規模建物の建築による近隣被害紛争は, 加害者は常に一定規模以上の業者であるのに対し,被害者は常に近隣の住民であり,その地位が固定し,交替があり得ないだけでなしに, マンション販売業者は,近隣住民の築いてきた景観,良好な住環境を売物として最大限の利益追求を図って大規模建物を建築し,近隣住民に回復不能の損害を与えてその地位を去る,という特質がある。それゆえに,近隣住民が受忍すべき限度は極めて低いものとするのが適正・公平であり,こうした考え方を前提として受忍限度を検討すべきである(甲99,210,211)。
  このような観点からすると,本件においては次のないしの点が問題になるというべきであり,その具体的な内容は,別紙受忍限度に関する主張の要旨中の「原告らの主張」記載のとおりである。
  本件各建物の規模(被害の重大性の前提)
  地域性・歴史性
  住民による地域合意
  「一団地認定」の逸脱による違法行為による過大な建築
  回避容易な被害の回避を図らなかったこと
  被告らの事前の認識
  被告らの不誠実な交渉態度
  被告らの数々の違法行為
  先住性等
  被告らの不測の損害の不存在等
3 被告らによる加害行為
 故意・過失
   被告らは,本件地域の歴史性,地域性を十分認識した上で,上記のような周囲に対する環境侵害を伴うことが明白な大規模高層建築群を計画し,その建築を実行して,本件各建物を林立させ,そのまま存続させているのであるから,後記の本件各損害について故意又は重大な過失がある(詳しくは,別紙受忍限度に関する主張の要旨中の「原告らの主張」の6の「被告らの事前の認識」を参照)。
  共同不法行為
   本件各建物の建築・販売事業は,被告長谷工が計画を企画・立案し,同被告を含むすべての被告ら10社が共同事業者となって遂行したものである。被告ら10社は,本件土地及び本件各建物を共有し(その持分は,被告日商岩井不動産株式会社が100分の20,被告ニチモ株式会社が100分の15,被告日本開発株式会社,被告相互住宅株式会社及び被告長谷工が100分の5,これ以外の被告らが100分の10である。),その建築後の分譲についても土地・建物の売主となっているのであるから,いわゆる共同企業体として本件事業を遂行したというべきである。
   このように,本件においては,共同企業体の職務遂行目的そのものである本件各建物の建築行為自体が原告らに対して与えた影響が不法行為となる場合であるから,実質的には全事業者による1つの事業としての強い行為の関連共同性が認められる。したがって,その共同企業体の構成員である被告らは,構成員間の損益分配の合意内容にかかわらず,共同不法行為として,損害額全額について,不真性連帯責任を負うというべきである。
4 原告らが被った損害・その1(本件各建物の一部撤去請求をも基礎付ける損害関係)
  景観権又は景観利益の侵害
  ア 原告らは,被告らが本件各建物を建築したことにより,景観権又は景観利益を侵害され,損害を被った。
  イ そこで,原告らは,不法行為(民法709条,719条)又は所有権(民法206条)に基づき,景観被害の回復のための措置として,本件各建物のうち高さ12m(予備的に20m)を超える部分の撤去を求める。
  ウ また,原告らは,それにより精神的な損害を被ったので,不法行為に基づいてその賠償を求める。その額は,所有権を有している原告らについては100万円,所有権を有していない原告らについては50万円とするのが相当である(具体的には,別紙損害賠償請求一覧表の「景観利益」欄記載のとおりである。)。
  圧迫感のない生活利益の侵害
ア 上記1からすれば,中高層建築物から受ける圧迫感については,武井・大原論文に基づいて,当該建築物の形態率を指標にすべきである。そして,同論文等からすれば,その許容限界値は形態率8%であり,形態率4%を越えると圧迫感を環境の影響要素として取り上げるべきである。
イ 本件各建物は,周辺住民に対して,許容限界値を超えた圧迫感を与えるものである。その状況について,形態率を指標として表すと,別紙被害状況一覧表の「圧迫感」の「形態率(%)」欄記載のとおりである。
    この点について,世田谷区環境審議会は,平成14年11月22日,見解書(甲14)を発表し,本件各建物による住民らの権利の侵害はかつて経験したことのない侵害の程度であり,本件建築計画は圧迫感被害,景観被害等への配慮が極めて不十分であるとして,本件各建物の規模の縮小を求めている。
ウ なお,被告らは,「深沢ハウス計画 形態率による圧迫感の評価について」(乙22)を提出しているが,ここで紹介されている論文は,学術的に意味のない論文であるばかりか,被告長谷工は,本来正射影で行うべき形態率測定を等距離射影で行って既存建物の形態率を大きく見せるという手法により形態率計測データのねつ造をしている。本件各建物を一部撤去した場合の形態率の軽減の程度は,「本件建築物の高さを変更した場合の形態率変化のシミュレーション」(甲95)のとおりである。
  エ そこで,原告らは,上記と同様に,不法行為(民法709条,719条)又は所有権(民法206条)に基づき,圧迫感被害の回復のための措置として,本件各建物のうち高さ12m(予備的に20m)を超える部分の撤去を求めるとともに,不法行為に基づいて,精神的な損害の賠償を求める。その具体的な損害の額は,別紙被害状況一覧表の「圧迫感」の「形態率(%)」欄記載の形態率に応じて,次の金員とするのが相当である(具体的には別紙損害賠償請求一覧表の「圧迫感」欄記載のとおりである。)。
  形態率25%以上の原告は,200万円
  形態率15%以上から25%未満の原告は,150万円
  形態率8%以上から15%未満の原告は,100万円
    形態率4%以上から8%未満の原告は,50万円
  日照権の侵害
ア 本件各建物は,周辺住民に対して,受忍限度を超えて原告らの日照権を侵害するものである。その具体的な状況を,被告らが作成した冬至の日における日影図に基づいて,午前8時から午後4時の間における日照阻害時間を表すと,別紙被害状況一覧表の「日影時間」欄記載のとおりである。なお,上記のとおり,本件各建物は巨大であるため,冬至の日の被害が最大とならない原告もいる(例えば,原告45及び同46・甲315)。
  イ そこで,原告らは,上記と同様に,不法行為(民法709条,719条)又は所有権(民法206条)に基づき,日影被害の回復のための措置として,本件各建物のうち高さ12m(予備的に20m)を超える部分の撤去を求めるとともに,不法行為に基づいて,精神的な損害の賠償を求める。その具体的な損害の額は,別紙被害状況一覧表の「日影時間」欄記載の日照阻害時間を基準として,1時間当たり20万円の割合で,30分単位で算定した金額とするのが相当である(具体的には別紙損害賠償請求一覧表の「日照」欄記載のとおりである。)。
  プライバシーの侵害
ア 本件各建物は,特に高層かつ巨大な構造であるため,多数の窓やベランダが原告らの居宅に面して並んでいる。その結果,原告らは,本件各建物の多数の居住者から住居内を覗かれることとなり,私生活の平穏を乱されており,その被害は重大である。
    その被害の程度については,どれだけの数の視線に,どれだけの距離からさらされるかが重要であり,原告らが直面する住戸の数と直面する建物の壁面までの距離とが要素になる。これを本件について見ると,原告らが直面する住戸の数は別紙被害状況一覧表の「プライバシー」の「戸数(戸)」欄記載の戸数であり,原告らが直面する建物の壁面までの距離は同一覧表の「プライバシー」の「距離(m)」欄記載の距離である(甲225の1ないし53,甲226の1ないし53)。
  イ そこで,原告らは,上記と同様に,不法行為(民法709条,719条)又は所有権(民法206条)に基づき,プライバシー侵害の回復のための措置として,本件各建物のうち高さ12m(予備的に20m)を超える部分の撤去を求めるとともに,不法行為に基づいて,精神的な損害の賠償を求める。精神的な損害の算定に当たっては,原告らは最低でも20戸以上,平均的にも100戸以上という多数の戸数に面しているため,もっぱら原告ら居宅の開口部から直面する建物の壁面までの距離を基準とするのが相当である。そこで,本件各建物の高さの距離(60m)内の原告らについては,常時カーテンを閉めておかなければならないことをも考慮して100万円を,また,本件各建物の高さの距離の2倍(120m)の範囲内の原告らについては50万円をもって,損害額とするのが相当である(もっとも,原告24,同25,同26,同27及び同36については,その特殊事情を考慮して損害額を算定した。)。具体的には,別紙損害賠償請求一覧表の「プライバシー」欄記載のとおりである。
5 原告らが被った損害・その2(損害賠償請求関係)
  本件工事に関し騒音・振動・粉塵等の被害にさらされない生活利益の侵害
  ア 本件各建物の建築工事中の原告らが被った騒音・振動・粉塵等の被害は,受忍限度をはるかに超えるひどいものであった(甲242の1ないし6)。
被告らは,住宅街の真ん中での工事であるにもかかわらず,十分な工事被害低減措置を講ずることなく工事をしており,その対応は悪質である。具体的には,住宅街では常識となっている膨張材でコンクリートを壊す等の静的破壊方法を採用していない。防音・防塵パネルも設置されなかった。やむを得ず締結した協定も守られていない。
イ そこで,原告らは,不法行為に基づいて,精神的な損害の賠償を求める。
  被害の実情は,当事者の在宅状況,家族構成,工事車両の出入りの道路の状況等によっても異なるが,工事現場である本件土地からの距離が重要な要因になると考えられることから,その損害額の算定に当たっては,敷地境界からの距離を基準とするのが相当である。そこで,本件各建物の高さの距離(60m)内の原告らについて100万円,本件各建物の高さの距離の2倍(120m)の範囲内の原告らについては50万円として算定することにした。各原告らのその距離は,別紙被害状況一覧表の「工事被害」の「距離(m)」欄記載のとおりであるから,各原告らの損害額は,別紙損害賠償請求一覧表の「工事被害 騒音等」欄記載のとおりとなる。
  所有不動産の価値
ア 原告ら所有地は,都内でも有数の低層住宅地であるが,近傍に本件各建物のような高層かつ巨大な建物群が建築されることで上記のような様々な環境悪化が生じており,それにより住宅地としての経済的価値が壊滅的な影響を受けている。もともと,本件土地の最有効使用を考えると,中規模,中級の戸建て低層住宅としての使用が標準的使用というべきであり,そこに巨大高層建築物が建築されれば,その近隣の土地の価格が下落するのは明らかである。
イ 不動産の価値の下落の程度については,本件依頼条件に合致する環境での取引事例はないので取引事例比較法の適用は困難であり,収益還元法により求めるべきである。また,収益還元法であるDCF法によって求めた土地価格では,㎡当たり25万5000円に低下し,実に58%の下落になる。このDCF法は,国土交通省,日本不動産協会における価格分析や裁判所の競売不動産の評価に導入されており,取引不動産が収益用不動産である場合にはDCF法を適用することが一般化している。
このような観点から,原告らが被った財産的被害を検討すると,その額は,別紙損害賠償請求一覧表記載の「資産価値下落」欄記載のとおりの損害となる(甲239,240,260)。
そこで,原告らは,不法行為に基づいて,上記財産的な損害の賠償を求める。
 ウ なお,被告らは上記資産価値の下落について意見書(乙95)を提出しているが,次のとおり妥当でない(甲258)。すなわち,同意見書は, 出所不明のA,B二社の不動産業者の意見を根拠として,深沢ハウスの西側隣接地の土地価格阻害はないとしているにすぎず,検討に値しない。 対象不動産の最有効使用を誤っている。 還元利回りについて誤認している。 何の根拠もない「深沢ブランド」なる言葉を持ち出し,深沢ハウスがブランド価値を有しているとするなど,専門家による意見書としての価値がない。
6 原告らが被った損害・その3(個別の工事被害に関する損害賠償請求関係)
  本件各建物の建築工事により,原告20,同21,同22及び同45は,その所有する建物の次の箇所にクラックが生じる等の被害を被った。
ア 原告20 1階浴室のタイル,1階玄関ロビーの大理石,1階玄関塀,1階トイレ壁クロス,2階DK壁クロス,2階キッチン壁クロス,2階ベランダ側外壁,3階ベランダ側外壁,3階寝室壁クロスにそれぞれクラックが生じ,3階トイレドアの開閉不具合が生じた。
イ 原告21  1階車庫天井,1階玄関天井,2階から3階への階段壁クロス,3階洋間壁クロスにそれぞれクラックが生じた。
ウ 原告22 2階外階段と外壁とのつなぎ目,1階階段下床コンクリート,1階アパート犬走りのコンクリート,1階アパート外壁,1階階段上がり口タイルにそれぞれクラックが生じた。
エ 原告45 1階台所出入口部の外壁及び土間,2階ベランダ外壁にそれぞれクラックが生じた。
  損害
   上記原告らは,その結果,その修繕に要する費用相当額である別紙損害賠償請求一覧表の「家屋修繕費」欄記載の損害を被ったので,その損害賠償を求める(甲227ないし229の各1,2,甲241の1ないし3,甲262ないし265)。
第4 請求原因の要旨に対する被告らの反論の要旨
1 「原告らの有する『保護されるべき利益』の内容」について
  「景観権又は景観利益」の主張について
  ア 本件土地周辺地域一帯が良好な環境を有していること自体は否定しないが,建物の高さ制限をすることにより守られるべき特別の景観があるということはできない。
  イ 「景観権」,「景観利益」の法的保護性の不存在
    「景観権」,「景観利益」は,主観的・抽象的な概念であり,日照権のような定量化・客観化が不可能であるため,裁判上の基準となり得ず,法的保護の対象とはならない。「一定の価値・利益の要求が,不法行為制度における法律上の保護に値するものとして承認され,あるいは新しい権利(私権)として承認されるためには,その要求が,主体,内容および範囲において明確性,具体性があり第三者にも予測,判定することが可能なものでなければならないと解されるが・・・景観に関し,個々人について,このような法律上の保護に値する権利・利益の生成の契機を見出すことはできない」(東京高裁平成16年10月27日,いわゆる国立の高層マンション訴訟控訴審判決)というべきである。
    仮に,例外的に「景観権」,「景観利益」が認められる場合があるとしても,本件は,そのような場合にあたらない。
    a 原告らが主張する特段の努力のうち,① 自らの土地を土地区画整理事業に供出したとの主張については,土地区画整理事業に通常見られる減歩に過ぎず,本件において特殊なものではない。② 住民らが低層住宅を保持するための自主的努力をしていたとの主張については,周辺地域には20mを超える建物も存在しており,建物周辺住民に景観に対する共通の認識はなかった。また,「深沢1丁目・2丁目地区計画案」が中途で挫折したことは後記のとおりである。
    b 原告らは景観利益の範囲について,「自由通り沿道八雲地区地区計画」及び「深沢1丁目・2丁目地区計画案」の範囲であると主張するが,その主張に係る範囲の景観は,その周辺地域の景観と比較して特殊なものではない。これは,原告らの主張する「景観利益の範囲」において法的保護に値すべき景観が存在しないことを表している。
ウ なお,原告らが主張するとおり眺望利益の法的保護性を認めた判例が存在するが,それはリゾートマンション等に関する特殊な事案であり,その議論を本件に当てはめることはできない。
  上記と同様の理由により,所有権に基づく景観利益も認められるものではない。
  「圧迫感のない生活利益」の主張について
   「圧迫感のない生活利益」についても,法的に保護すべき客観性・明確性を有するまでには至っていない。圧迫感が精神的ストレスの原因となることがあり得るとしても,いかなる状況で圧迫感を感じるかは個々人により異なるものであり,裁判上基準となる指標はない(武井・大原論文が東京都の基準の参考とされた後であっても,形態率は裁判上の圧迫感判断の基準とすべきほどの通有性は認められていない。)。
なお,1m未満や最短で6mなどごく間近に高層の建物が建築された事案において圧迫感に関する裁判例はあるが,本件では,それらとは異なり,10階建て以上の建物については15m以上の離隔を保っており(乙1の1),これらの裁判例は当てはまらない。
  「日照権」の主張について
   日照権が法的保護の対象となることは認めるが,本件各建物により受忍限度を超える日照被害は生じていない(乙25ないし27,55ないし78)。
  「プライバシー権」の主張について
   プライバシー権が法的保護の対象となることは認めるが,本件各建物により受忍限度を超えるプライバシー侵害は生じていない(後記4参照)。
  「本件工事に関し騒音・振動・粉塵等の被害にさらされない生活利益」の主張について
   本件では,受忍限度を超える生活利益の侵害は生じていない(後記5参照)。
  「所有不動産の価値」の主張について
   本件では,原告らの所有不動産に価格の下落は生じていない。
2 「受忍限度を超えた『保護されるべき利益』の侵害」について
  原告らの大規模建物の建築による近隣被害紛争の特質なる主張は,原告ら独自の見解である。原告らが挙げる書証(甲99,210,211)は,原告らの主張を根拠付けるものではない。
  なお,原告らの具体的な主張に対する反論は,別紙受忍限度に関する主張の要旨に記載のとおりである。
3 「被告らによる加害行為」について
  「故意・過失」の主張について
   本件計画の遂行は,そもそも権利侵害行為ではなく,故意・過失を論じる前提を欠く。
  「共同不法行為」について
   被告らが共同企業体として本件計画を共同して行ったことは認めるが,本件計画による受忍限度を超える権利侵害は発生せず,被告らの行為は不法行為を構成するものではない。
4 「原告らが被った損害・その1(本件各建物の一部撤去請求をも基礎付ける損害関係)」について
  「景観権又は景観利益の侵害」について
   前記1のとおり,本件においては侵害の対象たる権利が存在しない。
   仮に万が一権利が認められたとしても,権利侵害は生じていない以上,権利侵害に基づく損害も生じない。
   なお,損害賠償における損害額については,その算定の根拠がない。
  「圧迫感のない生活利益の侵害」について
  ア 原告らは,中高層建物から受ける圧迫感の許容限界値について,形態率8%であると主張するが,そのような数値は,現在の東京では皇居前くらいしか想定できないほどのものであることは,東京都の建築審査会委員からも指摘されている。なお,乙22号証の形態率算出が等距離射影で行われた点は,特に意図したものではなく,正射影で行ったとしても,本件各建物の建築による形態率の増加はわずかである(乙92)。
  イ そして,本件各建物の離隔,その敷地への植栽により,仮に圧迫感が生じていたとしても受忍限度を超える圧迫感は発生していない。
  ウ なお,原告らが主張する損害額については,その算定根拠が不明である。
  「日照権の侵害」について
   別紙被害状況一覧表記載の日影時間は認める。ただ,その日影時間は,原告らの家屋のうち最大の日影が生じる開口部における数値を記載したものであり,また,既存の建物により生じる日影時間も含むものである。
   本件各建物により,受忍限度を超えた日照阻害は発生しない(乙25ないし27,55ないし78)。
  「プライバシー権の侵害」について
  ア 別紙被害状況一覧表記載の距離は,原告14及び同15,同22及び同23,同38を除き認める。原告14及び同15は16.5m,原告22及び同23は18.6m,原告38は14.6mである。同一覧表記載の戸数については,原告らの居宅が存する側に面する本件各建物の戸数という意味では認める。日常生活において視界に入る戸数はもっと少ない。
    本件各建物と周辺住民の居宅の開口部との間には10m以上の距離があり,かつ,本件各建物の開口部が周辺住民側に向いている部分については,バルコニーを115cmの高さの型板ガラスやコンクリートタイルとすることにより,日常生活における視線を遮断し,また,本件各建物と周辺住民の居宅との間には多数の植栽を施している。したがって,受忍限度を超えるプライバシー権侵害は発生しない。
  イ 原告らが主張する損害額については,その算定根拠が不明である。
5 「原告らが被った損害・その2(損害賠償請求関係)」について
  「本件工事に関し騒音・振動・粉塵等の被害にさらされない生活利益の侵害」について
  ア 本件工事の騒音・振動は,通常の建物の建築工事における騒音・振動を超えるものではない(乙40)。そもそも環境基準(55db以下)は,建設作業騒音には適用されない。その騒音,振動の規制は,騒音規制法,振動規制法及び東京都の「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」(以下「東京都環境確保条例」という。甲256の2)によっている。そして,同条例が規制対象としているのは,建設工事一般に伴う騒音,振動ではなく,同条例が定める「指定建設作業」のみである。しかも,騒音規制法,振動規制法,東京都環境確保条例との関係においても,基準値を超えれば直ちに違法となるものではなく,本件工事において基準値を超える値は一時的に生じたものでごく一部である。原告らが提出する騒音に関するデータは,その測定方法・場所が不明確であり,本件工事の具体的な騒音を表す資料足り得ない。
    なお,静的破砕方法を採用しなかったのは,コストに対する効果が余り期待できなかったためである。協定を守らなかったという事実はない。
  イ 原告らが主張する損害額については,その算定根拠が不明である。
  「所有不動産の価値」について
  ア 本件各建物の建築は違法ではなく,かつ,その建築による不動産価値の下落は生じていない(乙95)。
  イ 原告らが主張する,その所有不動産の下落価格の算出方法は,主観的かつ根拠なき見解に基づいている。価格算出方法として収益還元方法のみを採用しており,偏った内容となっている。
  ウ なお,原告らは,被告ら提出の意見書(乙95)を論難するが,客観的な市場参加者の観点から土地価格を評価したものであり,原告らの反論はいずれも誤った前提に基づくものであって妥当しない。
6 「原告らが被った損害・その3(個別の工事被害に関する損害賠償請求関係)」について
  本件各建物の建築工事により,所有する建物にクラックが生じる等の被害を被ったと主張する原告20,同21,同22及び同45については,いずれも事前調査を拒否されてこれを行うことができなかったため,同原告らが主張する家屋の損傷と工事との間の因果関係が不明であるばかりか,原告20及び同45の居宅の損傷については,工事によるものではないとの調査結果が出ている。したがって,原告らには,本件工事に起因する家屋被害による損害は生じていない。
  なお,原告45は,自ら調査を行っているが,その調査結果によっても,家屋の損傷の事実は明らかでない。したがって,原告らには,本件工事に起因する家屋被害による損害は生じていない。なお,被告らは,それにもかかわらず,原告45の居宅に対する対応工事を行い(乙96),その他の原告らについても,適切な対応を行っている(乙98)。
第3章 当裁判所の判断
第1 本件各建物の一部撤去請求について
 原告らが本件各建物の一部撤去請求に関し請求原因として主張するのは,上記(第2章第1の2)のとおり,被告らによる本件各建物の建築により,4つの「保護されるべき利益」,すなわち,景観権又は景観利益,圧迫感のない生活利益,日照権及びプライバシー権が,受忍限度を超えて侵害されたことであり,不法行為,土地所有権又は人格権に基づいて,その請求をするというのである。
 そこで,以下においては,本件各建物の建築が,原告ら主張に係る「保護されるべき利益」(その内容については,上記第2章第3の1のないし参照)にどのような影響を及ぼしたかについて,原告らが受忍限度を超えた法益の侵害であるとして問題にしている諸点(上記第3の2及び別紙受忍限度に関する主張の要旨中の「原告らの主張」参照)をも踏まえて,検討する。
1 本件土地及びその周辺地域の地域性・歴史性等
  以下においては,本件土地及びその周辺地域の地域性・歴史性等について,原告らの主張との関係で必要な限度で検討することとする。
 前記前提事実(第2章第2)及び証拠(甲2ないし5,71,72,74,75,77,84,124,139,144,159,161ないし164,167ないし169,175の10の1,甲176の1ないし4,甲177,181,183,198の1ないし6,甲199の1,2,甲233,234,243の1,2,甲251,313の1,乙3,13,94,97,原告1,原告42)によれば,以下の事実が認められる。
深沢地区及び八雲地区における基盤整備
 深沢,八雲地区においては,大正から昭和10年代ころにかけて区画整理等の街の基盤整備が積極的に行われた。その過程では,原告42の祖父らを含む住民の努力もみられた。
 なお,この基盤整備については,東京都市計画物語(甲124。越沢明著,平成3年11月発行)において,「山の手に存在する閑静な高級住宅地・良好住宅地はいずれも大正末期から昭和初期にかけて着手された耕地整理・区画整理によって出来上がった街である。その代表例が玉川村(現世田谷区東南部)・・・において全村・全町にわたって実施された耕地整理・区画整理である。」として,「近代日本都市計画史上,特筆すべき壮挙であった。」と評価されている。
 世田谷区における街づくり
ア 本件土地の大部分(約97.8%)を占める別紙土地目録記載1の土地が属する世田谷区では,昭和57年6月に「世田谷区街づくり条例」(甲159,162)を制定した(なお,同条例は,平成3年の地域行政制度の発足に伴い地域の特性に応じた街づくりが推進されるようになったため,平成7年3月に改正された。)。世田谷区は,同条例に基づき,昭和60年に都市整備方針を策定し,平成7年にはこれを見直して「新都市整備方針」を策定した。そして,平成13年には,それを都市計画法所定のマスタープランとして位置づけ,「世田谷区都市整備方針(世田谷区の都市計画に関する基本的な方針)」(甲5)とした。この整備方針においては,土地利用の将来像として本件土地の大部分を占める別紙土地目録記載1の土地及びその周辺の世田谷区内の土地を「低層住宅ゾーンⅠ」(低層住宅主体で低中密度,農地や緑地などが点在する住宅ゾーン)と位置付けた。
 また,世田谷区は,平成6年9月に,環境保全等の施策を総合的,計画的に推進し,区民の健康で文化的な生活を実現することを目的とする「世田谷区環境基本条例」(甲313の1)を制定した。同条例では,開発事業に係る環境への配慮に関する規定も置かれており,区長は,必要があれば開発事業者に対し環境への配慮について要請することができる旨規定されている(12条)。平成11年3月には「世田谷区風景づくり条例」(甲161)を制定した。同条例は,風景づくり(同条例において,「地域の個性あふれる世田谷らしい風景を守り,育て,又はつくることをいう」と定義されている。)を総合的かつ計画的に進め,区民が愛着と誇りを持てる魅力ある街を形成することを目的とするものである。
 さらに,世田谷区は,平成13年5月「第2次住宅整備方針」(甲77)を策定した。同方針は,地区の特性に応じた適切な住宅の立地を誘導し,住環境の整備を行うため,住宅地を25種類に類型化して整備方針を示しているが,本件土地は「公園緑地,公共公益施設,開発調整地区」に区分されている。なお,この区分は,農住地区,低層住宅地区,低中層住宅地区といった地区とは異なる「その他」に位置付けられており,土地利用の区分としては「公益施設」とされている。
イ ところで,平成13年12月,本件各建物の建築計画の件をも契機として,世田谷区深沢1丁目及び2丁目の住民が中心となって,地区計画の早期策定に向けて準備会を結成した。同準備会は,住民集会を数回にわたり開催したり(出席者はおおむね数十人),地主らの住戸を訪問したりして,地区計画の意義を説明したり,同準備会が作成した地区計画の素案について意見交換をしたりした。また,素案に関し,対象地区内の各住戸に対してアンケート調査も実施した。そして,地区計画の早期策定を求めて,平成14年3月22日には世田谷区議会議長に対して「『(仮称)深沢1・2丁目地区計画』の早期策定を求める陳情」と題する文書(甲163)を提出して陳情し,さらに,同年4月24日には世田谷区長に対し上記アンケート調査の結果を添付した「『(仮称)深沢1・2丁目地区計画』早期策定の要望書」(甲84,164)を提出し,要望した(なお,要望者は1098名であった。)。
 上記要望書に添付された地区計画の素案では,本件土地及びその周辺地域について,「現在,長谷工グループによる14~19階の板状高層を中心とした集合住宅建設が計画中」であり,将来的な問題としては,「長谷工グループの計画は,周辺の環境となじんでいるとは思えません。この計画がそのまま完成すると,周辺への環境への影響は多大で地価も低下します。建設後60年はその状態が続きます。建替えもかなり困難でスラム化する可能性もあ(る)」との認識の下に,高さの制限として,境界部で12m,最高限度を20mとするなどとされていた。
 なお,世田谷区深沢1丁目及び2丁目地区については,このような動きがあったものの,今日に至るまで地区計画は策定されていない。
ウ ところで,平成14年7月に東京都が「用途地域等に関する指定方針及び指定基準」を作成し,これに基づいて各区で用途地域の見直し作業が進められたが,世田谷区でも,「用途地域見直し素案」(甲71)をまとめ,平成15年2月,区民から意見を募った。同素案では,見直しの重点事項の1つとして,住宅地の中に中高層建築物が建てられ,その高さに対するトラブルも多くなり,一定のルール作りが必要になってきたとの認識から,住居系用途地域の絶対高さの指定を予定し,それによれば,本件土地は,第一種中高層住居専用地域で第二種高度地区として,45mの絶対的高さの指定がされることが予定されていた。これに対して,B,同46,同49,「都立大学跡地を考える会」(代表原告42)は,同月25日,世田谷区に対して45mの高さ制限をより低くするように要請する旨の意見書(甲176の1ないし4)を提出した。一方,被告長谷工は,同月26日,素案に反対すること,周辺の住環境と調和した高層住宅建設の可能性を一律に規制することは権利侵害となること等を記載した意見書(乙97)を提出した。
 世田谷区は,同年6月ころ,上記素案について一部見直しを加えて原案をまとめ(本件土地に関係する上記部分は変更されなかった。),その後,世田谷区の都市計画審議会に諮った上で,それを東京都に提出した。
 そして,東京都は,平成16年6月24日,都市計画決定をして,告示した(甲243の1,2)。その結果,本件土地は,それまでの第二種高度地区としての指定に加え,新たに絶対的な高さ制限45mが導入されることになり,その周辺地域においては高度制限10m又は12mの規制が維持されることとなった。
 目黒区における街づくり
ア 本件土地の一部(約2.2%)を占める別紙土地目録記載2及び3の土地が属する目黒区では,昭和52年に環境優良地域の保全に努める等の区基本計画を決定し,昭和59年,八雲4丁目全域をモデル地区として選定した(甲183)。昭和60年には目黒区土地利用計画(甲234)を策定し,その地域環境整備計画の中で,八雲などの良好な住環境が維持されている地域については,その街並み保全が必要であるとの認識を示した。
イ そして,目黒区は,八雲4丁目地区について,住環境等の基礎調査(昭和60年10月),住民意向調査(昭和62年11月),街づくり関係住民懇談会(昭和63年3月発足)の開催,住民説明会(平成2年10月)等を経て,法的拘束力はないものの,地区の住民の合意に基づいて成り立つ約束ごとともいうべき「八雲4丁目街づくりガイドライン」(甲183)を策定し,平成3年1月,施行した。このガイドラインの内容は,八雲4丁目全域を対象とし,地区の性格により次の3つに分け,それぞれに特色ある街づくりを目指そうというものである。すなわち,低層住宅地については10m以上の建築物は建築しないこと等,駒沢通り沿道地区については15m以上(第一種住居専用地域については10m以上)の建築物は建築しないこと等,近隣商業地区については15m以上の建築物は建築しないこと等をガイドラインとして示している。
ウ また,本件土地の東端からほぼ東に約70mの位置にあってほぼ南北方向に走る道路(通称,自由通り)の沿道地区については,平成元年度の用途地域等の変更を契機に,良好な住環境の