H17.11.16 神戸地方裁判所 平成17年(わ)第165号 殺人未遂被告事件

殺意の有無,中止未遂の成否,責任能力


主文
被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,兵庫県A市Ba丁目b番c号C1階の自宅において,夫D及び長女Eらと共に居住していたものであるが,同女に缶ビールを買ってくるよう頼んだところ,その態度が反抗的であると感じて腹を立て,家庭内がうまくいかないことに対するストレスや朝からビールを飲んでいる自分に対する嫌悪感も加わって,いっそ同女を殺害して自殺しようと決意し,平成17年2月1日午後6時ころ,同所において,殺意をもって,同女(当時10歳)の体に馬乗りになり,両手で同女の頚部を締め付け,さらに,同所にあったトレーナーの両袖で同女の頚部を締め付けるなどしたが,同女の目が充血したことに驚愕して思わず手の力が抜けた際,同女が屋外に逃走したため,同女に加療約14日間を要する頚部捻挫等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
(証拠の標目)―括弧内の甲,乙に続く数字は検察官請求証拠番号―
省略
(補足説明)
1 弁護人は,(1)被告人には殺意がない,(2)被告人には中止未遂が成立する,(3)被告人は本件犯行当時何らかの精神疾患等により心神耗弱の状態にあったと主張するので,当裁判所がこれらの主張を排斥して判示事実を認めた理由について補足説明する。
2 殺意について
  関係各証拠によれば,本件犯行態様は,被告人が相対した状態にある被害者の頚部を両手で締め付け,同女に手を振り払われるや,馬乗りになって両手で同女の頚部を締め付け,さらに,トレーナーの両袖で抵抗する同女の頚部を締め付けるなどしたものであり,しかも,被告人は相当強い力で被害者の頚部を締め付けたことが認められるところ,このような攻撃態様自体同女を死に至らせる危険性が極めて高いものであることに加え,犯行直後に現場に臨場した警察官に対し被告人が殺意を自認していたことなどをも併せ考慮すれば,本件犯行当時被告人に殺意があったことが優に認められる。
3 中止未遂について
  一貫しており信用性十分である捜査段階の被告人の供述によれば,本件が未遂に終わったのは,被告人が被害者の目が充血したことに驚愕し,手に込めていた力が反射的に抜けた際に被害者が逃げ出したためとみるのが相当であって,被告人が任意に犯行継続の意思を放棄して犯行を中止したものとは認められないから,中止未遂は成立しない。
4 責任能力について
  本件当日以前に天井に向かって独り言をいうなど,被告人に精神的に不安定な時期があったことや本件犯行時に飲酒していたことは認められるものの,被告人は,犯行直後に自ら110番通報して被害者の首を絞めたと申告したり,被害者の行方を探してほしいと依頼するなど,被害者に対する自己の行為やその後の状況を正確に認識して冷静に対処していること,犯行態様も前記のように合目的的なものであること,本件についての被告人の記憶には大幅な欠落や混乱なども見られないこと,被告人自身も,本件が幻覚や幻聴に支配されて敢行したものであるとは供述しておらず,被害者を殺害して自殺しようとしたという前判示の動機も十分了解可能であることなどの諸事情にかんがみると,本件犯行当時,被告人は自己の行為の是非を弁識しそれに従って行動する能力に著しく影響を及ぼすような精神的状態にはなく,心神耗弱の状態にはなかったものと認めるのが相当である。
5 以上でみたように,弁護人の主張はいずれも理由がない。
(法令の適用)
 被告人の判示行為は,刑法203条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,判示の罪は未遂であるから同法43条本文,68条3号を適用して法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中180日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が長女を殺害しようとしたが,同女に判示の傷害を負わせたにとどまったという殺人未遂1件の事案である。
 被告人は,元来家事が不得手であったほか,夫であるDの実父の遺産を費消するなどしたため,Dから特段叱責等を受けることはなかったものの,夫婦仲が次第に悪化するなどしたことから,朝から飲酒を重ねるアルコール依存の生活を送っていたところ,本件犯行直前に缶ビールを買ってくるよう頼んだ被害者の態度が反抗的であるとして腹を立てたことを契機として,いっそ被害者を殺害して心中しようと企てるに至ったものである。日ごろの生活態度がこのように不良で不誠実なものであったのに加え,犯行に至った直接の動機も,被害者の人格をないがしろにした短絡的で身勝手なものといわねばならない。また,犯行態様も,被害者の頚部を両手又はトレーナーの両袖で締め付けたものであって,極めて危険性が高く,殺意も相当強固であったとい
うべきである。加えて,被害者は信頼していた母親から突如判示の被害を受けたもので,その肉体的,精神的苦痛は大きかったものと認められ,成長期にある同女に対する今後の精神的な悪影響も懸念される。
 以上の諸事情からすれば,被告人の刑事責任をたやすく軽視することはできない。
 しかしながら,他方で,被害者の傷害の程度は比較的軽微であったこと,本件は酒に酔った上での衝動的な犯行といえること,被告人には前科前歴がなく,犯行後直ちに110番通報して被害者の保護を依頼するとともに自首しているほか,その後も一貫しておおむね素直に事実を認めて反省していること,D及び実母がそれぞれ被告人に対する今後の監督を誓約していること,養護施設で生活している被害者も徐々に落ち着きを取り戻しつつある一方,被告人が実母の下で生活する用意が整うなど,被告人を取り巻く生活環境にも変化が見られることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
 そこで,被告人には主文掲記の刑を科した上で,今回に限り社会内で更生の機会を与えることとした。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成17年11月16日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官 的 場  純 男
   裁判官 西 野  吾 一
   裁判官 三重野  真 人

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最終更新:2005年12月27日 16:54
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