hanrei @Wiki H17.11.30 広島地方裁判所福山支部 平成14年(ワ)第8号 損害賠償請求事件



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 本件は,亡Aの相続人である原告らが,Aが急性骨髄性白血病に罹患して被告病院に入院し治療を受けたものの,医師に説明義務違反及び不適切な治療を行った過失があって平成9年6月24日死亡したとして,被告に対し,診療契約上の債務不履行(民法415条)に基づき慰謝料等の支払を求めたが請求が棄却された事案


            主      文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
   被告は,原告Aに対して,金550万円,原告B及び同Cに対して,各金275万円及びこれらに対する平成9年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 本件は,亡Eの妻及び子である原告らが,平成9年4月,Eが急性骨髄性白血病に罹患して,被告の開設する川崎医科大学附属病院(以下「被告病院」という。)に入院し治療を受けたものの,被告病院の医師には説明義務違反及び不適切な治療を行った過失があったため,同年6月24日死亡したとして,被告に対し,診療契約上の債務不履行(民法415条)に基づき,Eに慰謝料及び弁護士費用の損害が生じ,原告らが法定相続分に従い相続したとして,上記損害合計1100万円及びこれに対する平成9年6月24日(Eが死亡した日)以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求している事案である。
 2 争点
  (1) 不適切な治療を行った過失及び相当因果関係の有無
   ア イダルビシンを使用した95プロトコールによる寛解導入療法を行ったことの当否
   イ 再寛解導入療法における薬剤投与の適否
   ウ 感染防止措置が不十分であったかどうか
   エ 不適切な治療とEの死亡との間の相当因果関係
  (2) 説明義務違反の有無
   ア 寛解導入療法(4月22日から5月3日まで)を行うに際してのもの
   イ 再寛解導入療法(5月15日から同月22日まで)を行うに際してのもの
  (3) 損害額
 3 争点に対する当事者の主張
  (1) 争点(1)(不適切な治療を行った過失及び相当因果関係の有無)について
   ア イダルビシンを使用した95プロトコールによる寛解導入療法を行ったことの当否
(原告らの主張)
     イダルビシンを投与する95プロトコールによる治療方法は,臨床試験であって,「成績の良好であることが予測される」というにとどまり,その効果が確定されておらず,その副作用についても明らかになっていないことがあり,強力な骨髄抑制を発生させ,それにより感染や出血の合併症の発現の蓋然性が高く,合併症の結果,死亡の可能性が十分あった。
 イダルビシンについては,副作用による死亡者が多数発生しており,本件の後,イダルビシンが早期死亡を発生させる危険のある薬剤である旨の新聞報道がされた。旧厚生省もその副作用の危険を認め,イダルビシンにつき,平成9年10月20日(以下,同年については原則として月日のみを記載する。),添付文書の書換えを求め,「添付文書中」に,「本剤は強い骨髄抑制作用を有する薬剤であり,臨床試験において本剤に関連したと考えられる早期死亡例が認められている」との警告が発せられることとなった。
 また,95プロトコールは,イダルビシンの効果を検討するため,患者個人の反応状況に応じて投与する方法であるA群でよいか,一定の使用方法によるB群の方がよいかを判定し,イダルビシンの有効性を明らかにする試験的治療であり,上記A群とB群のいずれになるかは無作為の抽選で決められ,Eは,B群に入れられた。
 被告病院では,昭和63年(1988年)にダウノルビシンを使用する87プロトコールによる治療も3例行っており,そのすべての患者が生存しており,良好な成績を上げていた上,95プロトコール以外の治療法を平成7年から同10年までの間に5人の患者に行っていた。Eは,ダウノルビシンなど,ほかの薬剤を使用した治療をしていれば,寛解に達していた可能性がある。
 そうであるにもかかわらず,F医師らは,Eにイダルビシンを使用した不適切な治療を行い,Eの早期死亡(投与開始から70日程度までをいう。)を発生させた。
(被告の主張)
     ダウノルビシンよりもイダルビシンの方が寛解率は向上しており,被告病院は,当時の医療水準において最も有効な治療方法を選択した。
 95プロトコールは,ダウノルビシンとイダルビシンとの比較をするものでもなければ,イダルビシンの有効性・危険性を検討するものでもない。95プロトコールにおけるA群とB群の割り付けは,イダルビシンとシタラビンを使用した場合における,我が国で標準となっている個別化療法が欧米の標準療法であるセット療法を上回っているかどうかを検討するためのものである。
 「早期死亡」とは,イダルビシンの最初の投与から30日以内に死亡した事例を指すので,本件は「早期死亡」に当たらない上,原告らの主張する旧厚生省の警告,新聞報道等は本件の後のことであり,何ら関連性はない。
 また,原告らは,寛解しないことが治療の失敗であると主張するが,初回寛解導入療法の寛解率自体が70%ないし80%である。
イ 再寛解導入療法における薬剤投与の適否
(原告らの主張)
(ア) Eは,初回寛解導入療法により非寛解であったため,F医師らは,5月15日,再寛解導入療法をすることを決めた。その治療の内容は,95プロトコールを逸脱し,G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)とシクロスポリンを併用し,抗がん剤を増量し,効果の確かでないイダルビシンを更に加えるというものであった。
(イ) この再寛解導入療法には,次のような危険があった。
① イダルビシン及びシタラビンを増量投与したため,抗がん剤の毒性を増すものであったこと。
② G-CSFによるプライミング(呼び水効果)療法及び免疫抑制剤シクロスポリンの投与は臨床試験とされていること。G-CSFは,末梢血液中に芽球が認められない場合に使用されるべきであるのに,本件では,末梢血液中に芽球が存在するのに使われたこと。
③ G-CSFについては,白血病細胞を身体において確実に増殖させるもので,慎重に投与しなければならないとされているにもかかわらず,プライミング(呼び水効果)をねらって投与されたこと。このため,白血病細胞を増殖させたものである。
 また,G-CSFは,95プロトコールにおいても,60歳未満の患者に対しては生命にかかわる重篤な感染症が確認された場合に限り,なるべく短期間使用するとされている。
(ウ) 本件では,G-CSFの使用が不適切であった過失により,再度の寛解導入療法によっても,Eの白血病細胞が減少せず,寛解とならなかったため,Eの死亡が生じたものである。
(被告の主張)
     再寛解導入療法に際して,シタラビンを16.6%,イダルビシンを6.45%それぞれ増量し,G-CSF及びシクロスポリンを併用したことは事実である。
 しかし,これは次のような理由によるものであり,適切な治療である。
(ア) 再寛解導入療法とは,初回寛解導入療法で寛解しなかったために行うものである。本件については,初回が非寛解であり,かつ,抗がん剤耐性を示す染色体異常を認めることから,難治性白血病であったと考えられる。このような染色体異常が存する場合の生存率につき,国立がんセンターのホームページには,完全寛解率50~60%,4年無病生存率20~40%と記載されているが,これは初回治療例のデータであり,本件のように初回非寛解例の再寛解導入療法はデータがないものの経験上更に不良である。
 したがって,初回と同様の寛解導入療法を繰り返しても,成功する可能性は極めて低い。そのため,再寛解導入療法を成功させるべく,イダルビシン等の薬剤を多少増量し,原告A(以下「原告A」という。)の同意の上でG-CSF等を使用した。これは,医師の裁量範囲内の行為と考えられる。結果的にも,本件において,再寛解導入療法により芽球は減少しており,白血病細胞は増加していなかった。
(イ) イダルビシンの主な副作用は骨髄抑制と心筋毒性であるが,心筋毒性は本症例では認められていない。また,骨髄抑制では貧血,好中球減少,血小板減少をもたらし感染症や出血合併症を起こす可能性があるが,本件では無菌室隔離,血小板輸血などで管理し十分対応できており,感染症も出血合併症も発生していない。
(ウ) G-CSFとシクロスポリンを組み合わせた市販後臨床試験は実施されておらず,当然登録も行っていない。
      G-CSFを使用した目的は,白血病細胞に対する抗がん剤の感受性を増加させ,再寛解導入療法を成功させるためであり,95プロトコールにおいても,骨髄中の白血病細胞が15%以下であれば,G-CSFを使用してよいとされている。
 実際の症例では,正常幹細胞の方が白血病細胞よりG-CSFの感受性が高く,白血病細胞の増加よりも正常好中球の分化が促進されるため,全世界的にG-CSFのプライミング療法は実施されており,良好な成績を上げている。完全寛解に到達したG-CSF併用症群の無病生存率は42%であり,非使用群の33%を優にまさる結果であり,急性骨髄性白血病(AML)の症例における化学療法の効果を増強させる臨床可能な手段であると報告もされている。
 なお,本件では,JALSG(日本成人白血病研究グループ)で行っていた「難反応性急性白血病に対するG-CSFの比較試験」プロトコールを参考にしたが,同プロトコールへの登録はしていない。これは,このプロトコールに登録すると,二重盲検比較試験でプラセボ(何ら効果のない薬剤)を使用する可能性もあること,G-CSFの使用量が多くなりすぎること,シクロスポリンの併用ができなくなることを考慮したためである。
ウ 感染防止措置が不十分であったかどうか
(原告らの主張)
    寛解導入療法は,白血病細胞とともに,正常白血球数をも減少させ,免疫機能を低下させ,感染症や出血を発症しやすくするものであるから,感染症の発症を予防する措置をしなければならない。
 そのため,医師らには,Eを無菌室に入室させ,面会者も制限し,室内を清潔に確保すべき義務があったにもかかわらず,Eを無菌室へ入室させることを怠り,子供や会社の同僚などの見舞客を制限なく入室させ,無菌室内の清掃が行き届かず,ほこりが多くあり,アルコールによる清拭はされていなかった。また,Eは,4月23日から5月15日まで及び5月19日から6月6日までの間,無菌室に入室したが,その間,度々38℃を超える発熱を生じた。Eは,5月15日から5月19日までの間は,無菌室を出て,大部屋(6~8人)に入り,人で混雑するエレベーターに乗ることや,食堂に行くことも許された。
 Eにつき,5月14日には,病原菌が検出されなかったが,その直後,病原菌が多量に発見され,5月18日からは継続する発熱が生じ,DIC(播種性血管内凝固症候群)にも罹患した。以降,国立療養所南岡山病院(以下「南岡山病院」という。)に転院するまで発熱が続いていた。37℃を超える発熱があった日は,5月14日,同月17日,同月23日ないし同月29日,6月3日ないし同月5日である。
 Eは,6月6日,南岡山病院に転院したが,その後も発熱は続き,化学療法による治療を受け,本人の気分は改善したが,6月22日発熱し,23日意識消失,けいれん発作を起こし,呼吸停止し,24日に脳幹部出血により死亡した。
 結局,被告病院での感染症の存在が,Eの身体を弱らせ,南岡山病院での脳幹出血の原因となったものであり,Eの死期を早める結果となった。
 よって,これらの感染防止義務を怠ったことにより,Eは,その後,感染症にかかり出血死したものである。
(被告の主張)
    Eが入院していた部屋は,準無菌室といわれるもので,部屋の中に無菌状態の空間を作るものであり,これによって感染防止措置は取られていた。部屋すべてが無菌室である完全無菌室は,骨髄移植等の患者に利用される。
 面会について,見舞い人を自由に出入りさせたことはなく,ナース室を訪れた人については入室を断っている。ただ,勝手に部屋に入る人についてはとめようがない。清掃の点については,清潔を保っていた。
 Eについて,5月15日から同月19日まで無菌室を出ていたのは,好中球数が維持されていて免疫機能が低下していなかったことから,非寛解の不安をEに感じさせないためにしたことである。同月18日に白血球が3100まで下降し,好中球が減少したため感染の危険性が高まり,翌日再度無菌室へ移動させることにしたのである。
 原告らが,5月14日の直後,多量に発見されたと主張する病原菌とは何を指すのか全く不明であるし,仮に病原菌が発見されたとして,起炎菌は何か,感染源,感染経路が全く不明である。また,5月18日以降転院まで少なくとも38℃以上の発熱はなく,5月16日にDICが疑われたものの,5月30日には否定されたのであり,DICには罹患していない。発熱と脳幹出血とは機序が異なり関連性はない。
エ 不適切な治療とEの死亡との間の相当因果関係
(原告らの主張)
     まず,イダルビシンについては,輸入承認申請時において既に臨床試験中156人のうちの20例に早期死亡例が存することが知られており,市販後約5000人に対して使用したところ,そのうち32人が同薬剤と因果関係がある早期死亡例であるとされている。
 イダルビシンは,従来使用されていた白血病治療薬に比して強力な骨髄抑制が発生し,身体に対する毒性も強く,治療中の感染,出血等の合併症は必然的に発生するといわれている。イダルビシン使用中の感染や出血の合併症による患者の死亡は,同薬剤による治療との直接的因果関係がある。
 Eは,同薬剤を使用して治療中に感染を起こし,同薬剤使用開始から64日目に脳幹部出血により死亡したのであるから,イダルビシンの使用とEの死亡との間には相当因果関係が存する。
 また,Eは,2回の寛解導入療法で使用されたG-CSFの副作用が強く,吐き気,胃痛,不眠が生じ,DICが発生し,出血傾向が増強された。また,E自身も再寛解導入療法で苦しみ「殺される」と感じて発言するなどして,転院を求めた。
 さらに,前述のとおり感染症の存在がEの死期を早めた。
 よって,初回寛解導入療法,再寛解導入療法及びその後の不適切な処置という,3つの過失が連続し一体となった全体の不適切な治療によって,Eの全身状態は悪化し,脳幹出血を発症するに至り,その死期を早めたものである。
 (被告の主張)
     原告らは,Eに感染症が生じていた旨主張するが,そもそも感染症は白血球の中の好中球が減少し免疫力が低下することによって起炎菌が体内で増殖して発生するもので,通常高熱を伴うものである一方,脳幹出血を含む出血は血小板が減少することによって生じるものであり,感染症に罹患することとEの直接死因である脳幹出血とは関連性はない。
 また,Eについては,少なくとも再寛解導入療法開始(5月15日)以降,退院(6月6日)までの間,38℃以上の発熱はなく,起炎菌も認められず,感染症に罹患していない。DICに罹患していなかったことは前述のとおりである。しかも,Eにつき,被告病院退院後,6月10日から南岡山病院で更に抗がん剤治療を実施しているが,感染症に罹患しながら更に抗がん剤治療をすることは通常考えられないから,その時点で感染症に罹患していないはずであるし,その後も6月22日に発熱するまで問題なく経過していた。
 よって,原告らが主張する相当因果関係は,到底認められない。
(2) 争点(2)(説明義務違反の有無)について
ア 寛解導入療法(4月22日から5月3日)を行うに際してのものについて
(原告らの主張)
     F医師は,Eにつき急性骨髄性白血病のM2型と診断したのであるから,EがJALSGの95プロトコールという臨床試験実施計画書によって治療するという臨床試験に参加するか否かについて,ほかの治療法や標準的治療法及び同病院での治療実績をE及び原告Aに示し,必要な情報を与えた上で選択を求めるべきであったにもかかわらず,Eにも原告Aにも上記諸点を告げず,インフォームドコンセントがなされなかった。
 他方,医師らは,4月21日,「100%治る。」「20%の人は感染症で亡くなるが80%の人はよくなります。」「白血病では亡くならない。」「感染症は外部からの病原菌などによるものです。」「治療しなかったら2か月の生命。」などの虚偽の事実を述べたものである。
 G医師らがE及び原告Aに説明するべきであったのは,具体的には次の点である。
(ア) イダルビシンの投与を行う95プロトコールによる治療方法は,臨床試験であって,その効果・成績が確定されておらず,その副作用についても明らかになっていないことがあり,強力な骨髄抑制を発生させ,それにより感染や出血といった合併症の発現の蓋然性が高く,合併症の結果,死亡の可能性が十分あること。
(イ) 95プロトコールは,イダルビシンの効果を検討するため,患者個人の反応状況に応じて投与する方法であるA群でよいか,一定の使用方法によるB群の方がよいかを判定し,イダルビシンの有効性を明らかにする試験的治療であること,また,A群とB群のいずれの治療方法を採るかは,無作為の抽選で決めること,そして,EはB群に入れられたこと。
(ウ) 95プロトコールによる治験に参加しない場合に受けうる治療方法,その内容,危険及び効果。
 被告病院では,昭和63年(1988年)に87プロトコールによる治療も3例行っており,そのすべての患者が生存しており,良好な成績を上げているが,そのことは告知されなかった。また,95プロトコール以外の治療法を平成7年から同10年までの間に5人の患者に行っていること及び用いられた治療方法の内容についても告知されなかった。
(エ) 化学療法の効果がない割合及び原因,その後に受けられる治療方法。
(被告の主張)
     F医師は,4月19日,原告Aに,急性骨髄性白血病の初回治療における寛解率は70~80%,5年生存率が30%以下である旨説明した。また,F医師及びG医師は,同月21日に,95プロトコールにおける参考説明文を参考にして,E及び原告Aに,白血病の説明,化学療法である95プロトコールの内容,治療期間,主な副作用(強い骨髄抑制作用のため,易感染,易出血状態になること),寛解率が70ないし80%で,寛解しない場合には再寛解導入療法を実施すること,寛解後5年間の経過観察が必要であること,寛解しない場合死に至る危険性があることを説明した。E及び原告Aは,同日付けで,同意書に署名押印した。
 F医師は,「100%治る。」とか「20%の人は感染症で亡くなるが80%の人はよくなります。」とは言っていない。
 なお,95プロトコールにおけるA群とB群の割り付けは,イダルビシンとシタラビンを使用した場合における,我が国で標準となっている個別化療法の治療成績が欧米の標準療法であるセット療法を上回っているかどうかを検討するためのものであり,2つの治療法を無作為に割り付けるものである旨も説明した。
 また,原告らの主張を前提としても,「20%は感染症で亡くなる」旨医師が説明したとのことであり,これは死亡の危険性を説明したことの現れである。
 なお,87プロトコールの説明など95プロトコール以外の治療法での成績等については説明していないが,本件当時,最良と考えられる治療法を説明したものであり,昭和63年に実施した古いプロトコールを説明する必要もなければ,本件のような95プロトコールの適応症例につき,適応外の治療方法を説明する必要性もない。95プロトコールに参加しない場合には,余命は1か月程度である旨は説明した。
 説明義務違反により医師側に何らかの賠償責任が発生するためには,説明を尽くしていれば結果が変わった可能性があるという関係が必要であるが,本件においては,仮にダウノルビシンを使用した治療方法について説明していたとしても,イダルビシンの方が寛解率が向上していることにかんがみれば,本件においてもイダルビシンの使用が選択されたはずである。
イ 再寛解導入療法(5月15日から同月22日)を行うに際してのものについて
 (原告らの主張)
    医師らは,患者の身体に重大な負担をかけたり重大な結果をもたらす治療方法について告知する義務があり,かつ,説明をするのに何ら支障はなかったにもかかわらず,Eにも原告Aにも,5月15日からの再寛解導入療法が95プロトコールの手順から外れて行われる治療であること,G-CSFやシクロスポリン(免疫抑制剤)を投与する方法の評価や目的及び効果について,説明をしなかった。
 G医師は,5月15日,Eにはそれらの状況について告げないまま,原告Aに対し,「難しくなりました。御主人は染色体異常があります。」「保険のきかない高価な薬を使ってみましょう。前に使った残りですから,それで治療しましょう。」と,ほかの方法がないかのように告げたので,原告Aは,治療内容の概略も分からないまま承諾をするしかなかった。
(被告の主張)
     F医師とG医師は,5月15日,原告Aに対し,「初回の寛解導入療法がうまくゆかず非寛解となりました。また,入院時の骨髄検査の結果から,11q23という染色体異常を認めることから,抗がん剤に耐性を示す治療の難しい難治性白血病です。95プロトコールでは初回寛解療法が非寛解の場合は2回目も初回と同じ治療を繰り返す,とあります。しかし,1回目でうまく行かなかった治療で2回目を行って成功する可能性は低く,2回目の治療で寛解が得られる可能性は30%以下と思われます。そこで,2回目の治療を成功させるために,現在考えられる最も有効な治療を行いたいと思います。それは,基本となるイダマイシン(イダルビシン)とキロサイド(シタラビン)は少し増量して使用し,薬剤耐性を克服するために,G-CSFとシクロスポリンを併用したいと思います。前者はキロサイドの効果を高め,後者はイダマイシンの効果を増強し薬剤耐性を克服できればと考えます。G-CSFの追加で起こると思われる副作用は骨痛,発熱くらいでシクロスポリンは吐き気等消化器症状がつきものです。」と説明した。G医師は,原告Aに対し,Eに伝えるかどうか尋ねたが,原告Aが,「自分が分かっていればよいので伝えないでください。」と言ったので,Eには「予定どおりの治療を継続する。」と伝えた。
 よって,インフォームドコンセントは十分になされている。
(3) 損害額
ア 慰謝料
     1000万円
     Eは,インフォームドコンセントが不十分なまま,2回にわたる本件抗がん剤が臨床試験であること,その危険性を知らず治療を受け,2回の抗がん剤治療のため死期を早めることになったものであり,その間の精神的苦痛の慰謝料は1000万円を下ることはない。
イ 弁護士費用
     100万円
第3 当裁判所の判断
1 前提事実
   争いのない事実及び証拠(甲2,甲5,甲14ないし21,甲32の4ないし6,甲35,乙4ないし7,証人G,調査嘱託結果)によれば,次のとおり認められる。
(1) 当事者
ア Eは,昭和19年12月5日生まれの男性であり,平成9年6月24日,南岡山病院において,急性骨髄性白血病を直接死因として,52歳で死亡した。
イ 原告Aは,Eの妻であり,原告B及び原告CはEの子であり,それぞれ,相続によりEの権利義務を承継した(原告Aにつき法定相続分2分の1,同B及び同Cにつき法定相続分各4分の1)。
ウ 被告は,被告病院を開設し,医療業務を営むものである。
 F及びGは,本件当時,被告病院に勤務していた医師である。
(2) 基礎となる医学的知見等
ア 急性白血病(以下,成人の急性白血病を前提とする。)
     急性白血病とは,骨髄の造血幹細胞や前駆細胞が腫瘍化し,未分化のまま増殖する疾患であり,腫瘍化した細胞の系統により,急性骨髄性白血病(AML)と急性リンパ性白血病(ALL)とに分けられる。
 白血病細胞が骨髄を占拠して正常造血機能を抑制するため,正常血液細胞の産生が低下し,赤血球減少による貧血症状,白血球(特に好中球)減少による感染症状,血小板減少による出血症状などが現れる。また,白血病細胞の臓器浸潤によって臓器障害を引き起こす。急性骨髄性白血病は,増殖速度が速く,週日単位で臨床症状や検査結果などが変化し,もし看過されると極めて重篤な症状となり,適切な治療も不可能となる病気であり,未治療なら数か月以内に死の転帰をとる。したがって,診断がついた場合には可能な限り早期の治療開始が必要である。
 なお,Eが罹患した白血病は,急性骨髄性白血病成熟型(M2)に分類されるものであった。
イ 急性骨髄性白血病の治療法
     急性前骨髄球性白血病(M3)を除く未治療の急性骨髄性白血病の治療方針としては,白血病細胞の根絶を目標とする全身化学療法が一般的である。全身化学療法においては,完全寛解に導入するために寛解導入療法を実施し,寛解に至れば,再発を防止するために寛解後療法を実施するという2つの段階がある。
 効果的な治療法を確立するため,JALSG(日本成人白血病研究グループ)が多数例での多施設共同研究を実施しており,JALSG-AML87プロトコールもJALSG-AML95プロトコールも,上記研究のひとつである(以下,それぞれ「87プロトコール」,「95プロトコール」という。)。
 なお,完全寛解とは,白血病細胞が減少し,白血病細胞が顕微鏡で見つからなくなり(血液学的寛解)又は白血病細胞に特異的な遺伝子を指標にしても白血病細胞が検出できなくなり(分子的寛解),正常造血細胞の活動が回復した状態をいうが,この時点でも白血病細胞は残存している。完全寛解が3年以上続けば再発の可能性はほとんどなくなり,完全寛解が5年以上続けば治癒したものといえる。
ウ 薬剤
(ア) 寛解導入療法に使用される薬剤として,いわゆる抗がん剤の一種であり,高分子DNA合成を阻害するアントラサイクリン系薬剤がある。従前から使用されていたダウノルビシン(塩酸ダウノルビシン。略称はDNR。商品名はダウノマイシン)も,平成7年3月に輸入承認され,同年6月から発売されたイダルビシン(塩酸イダルビシン。略称はIDR。商品名はイダマイシン)も,上記アントラサイクリン系薬剤に属する。
(イ) シタラビン(略称はAra-C。主要商品名はキロサイド)は,抗がん剤の一種である。
 ミトキサントロン(塩酸ミトキサントロン。略称はMIT。主要商品名はノバントロン)も,抗がん剤の一種である。
 ビンクリスチン(硫酸ビンクリスチン。略称はVCR。商品名はオンコビン)は,アルカロイド系抗がん剤の一種である。
(ウ) G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子の略称。主要商品名はグラン,ノイトロジン,ノイアップ)は,好中球の産生を特異的に促進する造血因子であり,各種の好中球減少症の治療に用いられる。
(エ) シクロスポリン(略称CyA。主要商品名はサンディミュン)は,免疫抑制剤の一種である。
  (3) 急性骨髄性白血病の治療法
    証拠(甲15ないし24,甲26ないし30,甲32の2ないし6,甲33の3ないし5,甲34の1ないし3,甲35,乙4ないし7,乙8の1,2,乙9,証人G,調査嘱託結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
   ア Eが罹患した急性骨髄性白血病M2型に対しては,抗がん剤を使用した全身化学療法,中でも,アントラサイクリン系薬剤及びシタラビンを組み合わせて使用する方法が,本件当時も現在も一般的な治療法である。
 昭和62年(1987年)までには,寛解導入療法は,副作用との兼ね合いがあるものの,できるかぎり強力にする(骨髄抑制を高める)のが良いと考えられるようになった。その理由は,治癒率を高めるには,寛解導入療法後に残存する白血病細胞は多剤耐性となっている可能性が高いため,薬剤耐性発現前に可能な限り白血病細胞を減少させることが必要であるからである。
 また,その後の研究により,互いの抗白血病薬作用を相乗的に増強することと個々の薬剤の持つ副作用を分散しうることから,多剤併用が原則となった。
イ 87プロトコールとは,JALSGが昭和62年(1987年)から開始した,当初は14施設,その後計28施設による急性白血病の多数例での我が国初の本格的な多施設共同研究である。昭和62年からの約2年で265例が登録され,252例が評価可能であり,年齢の中央値は48歳であった。全例で78%が寛解し,5年生存率はそのうちの35%であった。なお,60歳以上の高齢者では寛解率は65%であったが,60歳未満では全体で80%の寛解率を示した。ダウノルビシン及びシタラビンを使用する。
ウ 95プロトコールについて
    (ア) 95プロトコールとは,JALSGが平成7年(1995年)8月から2年間の予定で開始した,急性白血病の多数例での多施設共同研究である。登録目標症例数は280であったが,参加施設数は83で各地域の中心医療施設も少なくなく,中国地方においては被告病院のほか岡山大学病院,南岡山病院,山口大学病院,山口県立中央病院などが参加していた。登録患者数は473人で,80.2%の完全寛解率を示した。イダルビシン及びシタラビンを使用する。参加施設においては要件に適合する患者についてはそのすべてに参加を求める。研究結果の信頼性を確保するために必要であるからである。
 被告病院も95プロトコールの参加施設であった。G医師らは95プロトコールの化学療法は87プロトコールよりも優れていると考えていた。
(イ) 95プロトコールの目的は,欧米で一般的なセット療法と我が国で一般的であった個別化療法につき無作為に割り付け,寛解率・副作用・無病生存率・生存率などを比較検討することであった。この研究は,従来,個別化療法の寛解率がセット療法のそれよりも高かったが,イダルビシン使用のセット療法が個別化療法に匹敵する寛解率を上げたため,両者を比較して最良の治療法を研究するために行われたものである。
 ここで,セット療法とは,あらかじめ投与量・投与日数を固定して薬剤を投与する方法であり,個別化療法とは,白血病細胞量が一定の指標に達するまで薬剤量を追加したり治療期間を延長したりする方法である。95プロトコールにおける個別化療法においては,患者各個人の治療反応性に応じて8日目ないし10日目の治療を適宜追加するという内容であった。
 なお,一定症例数に達した段階で中間解析を行い,両群間に一定以上の有意差が生じた場合は,代表研究者は比較試験の中止を勧告することとされていたが,結局,95プロトコールにおいて,個別化療法は,セット療法に対し,有意に優れた寛解率を上げなかった。
(ウ) 登録患者は,AMLの病型,身体状況,年齢などの客観的基準と患者の同意に基づいて選定された。
エ イダルビシンは,ダウノルビシンと同じアントラサイクリン系薬剤に属する抗がん剤であり,ダウノルビシンよりも細胞内への取り込みが速く,DNA障害性が高く,強い抗腫瘍活性を示すが,その反面,骨髄抑制も強い。ただし,イダルビシンは,急性骨髄性白血病に対し,がん化した白血病細胞を根絶することを目的として投与されるため,そもそも骨髄抑制が主作用となる。
 本件当時,既に,急性骨髄性白血病を対象とした欧米での臨床試験においては,イダルビシンとシタラビンを組み合わせた治療が,ダウノルビシンとシタラビンの組合せの成績を上回る報告が多くなされていたが,国内においては,寛解導入療法として,シタラビンにダウノルビシン等を加えた化学療法を実施する施設が比較的多数であった。
 しかし,平成13年に出版された医師向け書籍においては,化学療法の基本的レジメとして,イダルビシンを使用するプロトコール97に準じた治療方法が紹介されており,平成8年に初版が出版され,同13年に改訂第2版が出版された医師向け書籍においては,AMLの治療薬としてはイダルビシンの方がダウノルビシンよりも優れていることが複数のランダマイズ研究で確かめられている,イダルビシンを使用する治療が今後は日本においても標準的治療になる可能性が高い旨の記載があり,ダウノルビシンについては,高齢などで強力治療ができない場合とか長期予後よりもとにかく完全寛解に導入するのが先決という場合にはダウノルビシンを使用する87プロトコールがベターであろうという記載にとどまっている。また,平成16年9月時点において国立がんセンターが「急性骨髄性白血病(成人)」につき医療従事者向けがん情報として公表している情報中には「シタラビンを含む寛解導入療法においてイダルビシンの併用とダウノルビシンの併用の無作為化比較試験が3つ行われている。いずれもイダルビシンの併用の寛解導入療法のほうが60歳以下の若年者では完全寛解率が上昇した。」「2つの臨床試験においてイダルビシンのほうが生存率が高いことが報告されている。」「現時点ではイダルビシンの併用とダウノルビシンの併用のいずれが勝るかは決着はついていない。」との記載がある。現在では,少なくとも60歳未満の患者については多くの施設においてイダルビシンを使用した寛解導入療法が実施されている。
オ G-CSFの使用
     G-CSFは,前述のとおり,好中球の産生を促進する造血因子であり,各種の好中球減少症の治療に用いられる。
    (ア) 急性骨髄性白血病患者一般への投与について
      急性骨髄性白血病に対するG-CSFの使用については,正常な好中球の回復を早める作用から,感染症の治療又は回避を目的に投与されるが,G-CSFの投与により白血病細胞の増殖も促進される場合があるので,感染症の危険性が大きい場合を除き,目安として骨髄中の芽球が20%以下になっている状態で用いることとされている。95プロトコールにおいても,治療終了後の白血球減少期に重症感染症が発症したり高熱が持続する場合に骨髄中の白血病細胞が15%以下であれば使用してよいとされているなど,原則として,寛解導入療法後に,慎重に投与されるべきものとされていた。
 なお,国外で実施された多施設共同無作為試験で,寛解導入療法につきG-CSFを併用したグループと併用しないグループとでは,寛解率に有意な差は生じなかったが,完全寛解に達した後の無病生存率が前者の方が高かった(併用したグループが42%であったのに対し,併用しなかったグループは33%)という報告が,平成15年(2003年)にされた。
    (イ) 難反応性急性骨髄性白血病患者に対する投与ついて
      再発ないし標準的寛解導入療法に難反応性の急性骨髄性白血病(以下「難反応性急性骨髄性白血病」という。)については,本件当時も現在も,標準的な治療方法やこれに類する治療法が確立されておらず,平成3年(1991年)に旧厚生省「治癒を目的とする白血病の集学的治療に関する研究」班によるG-CSF併用効果の共同研究が実施され,本件当時も研究が継続していたが,これは,白血病細胞に対する抗がん剤の感受性を増加させ,寛解率を上げるため,寛解導入療法開始前からG-CSFを投与し,同剤と抗がん剤とを併用する治療方法であった。
 2 事実経過
   証拠(甲35,甲38の1,2,乙1ないし3,証人G)によれば,被告病院及び南岡山病院におけるEの診療経過について次のとおり認められる。
  (1) 平成9年3月15日ころから,2つの歯科医院で歯槽膿漏の診断を受けていたが,4月11日,被告病院口腔外科を初めて受診し,増殖性歯肉炎と診断された。
  (2) 4月16日,歯茎とほおが腫れたため,4月18日,H歯科医院を受診したが,被告病院へ行くよう指示された。そこで,同日,被告病院を受診したところ,被告病院血液内科のI医師から白血病の疑いと診断され,翌19日から入院するよう指示された。Eはこれに同意し被告との間で白血病の治療に関し適切な医療を受けることを内容とする医療契約を締結した。
  (3) 4月19日に被告病院に入院したが,18日の血液検査の結果によれば,赤血球が正常の半分くらい,血小板も大幅に減少し,逆に白血球が正常の2倍以上であり,入院時,貧血,血小板減少及び出血傾向があった。
  (4) 4月21日,急性骨髄性白血病(AML)M2と確定診断された。そこで,G医師らは同日原告A及びEに対し95プロトコールに従った化学療法による治療を行うことにつき説明の機会を設け,その場において急性骨髄性白血病の概要につき治療法,治療成績(寛解率は約80%であること)を含めて説明した。この説明内容は当時明らかになっていた急性骨髄性白血病の病態,治療法,治療成績に関する客観的事実に準じるものであった。また,この場において,95プロトコールについての「担当医師から患者への説明文(参考)」(甲6)をEらに交付したが,これには,治療として従来の薬剤より優れた有効率を示すイダルビシンを使用すること,初回寛解導入療法後3回の地固め療法と6回の維持強化療法を行い,寛解状態が維持されていれば経過観察すること,95プロトコールにおいては一週間の化学療法をした段階で終了するのか,あるいは骨髄検査の結果によってはさらに化学療法を続けることとするか,ふたつの方法の無作為割り付けが行われること,上記治療には,吐き気,口内炎,全身懈怠,脱毛などの副作用があるとともに,骨髄低形成期が2ないし3週間続くため,感染と出血対策が必要であること,95プロトコールを行うには患者の同意が必要であること,同意しなくても不利益を受けないことが記載されている。
 Eも原告Aも,95プロトコール以外の治療法につき,特に説明を求めることはしなかった。
  (5) 南岡山病院の診療録(甲38の2)中の背景録には,Eの疾病に対する認識として「新しい治療をすれば80%はなおる」と記載されている。
  (6) Eは以前に急性骨髄性白血病の化学療法を受けたことはなく,全身状態につき95プロトコールの患者選択から外れるような心・肺・腎機能の異常やコントロール不能な感染症は認められなかった。そこで,4月22日から,95プロトコールに従い,寛解導入療法としてイダルビシン及びシタラビンを用いた化学療法が開始され,翌23日から準無菌室入院となり,4月29日で初回寛解導入療法が終了した。
  (7) 被告病院では無菌室の数に限りがあることなどの理由から無菌室への入院は骨髄移植患者のみとし,それ以外の白血病患者で感染症対策を必要とする者については準無菌室に入ることとされていた。この期間,Eには頭痛やおう吐などの症状が見られたほか,4月27日ころから,37℃台ないし38℃台の発熱が継続し,4月29日には下痢が発生したため,発熱が収まった5月9日まで抗生剤が投与された。
  (8) F医師は,4月21日に採取したEの骨髄液につき,同日染色体検査を依頼し,5月8日付けで,11q23という染色体の異常が認められた旨の検査結果が出た。
  (9) 初回寛解導入療法により末梢血検査の結果におけるブラスト(白血球に占める白血病細胞の割合)は低下し,4月30日ないし5月9日までの間,ブラストは0%であった。しかし,5月10日には若干白血病細胞が見られ,5月12日にはブラストが3%となった。5月13日には,ブラストが39%であり,非寛解であると推認される状態となり,5月15日,骨髄検査の結果,非寛解であると判明した。
  (10) G医師らは,5月15日,原告Aに対し,初回寛解導入療法において非寛解であったこと,染色体異常が判明したことを告げ,再寛解導入療法を実施すること,初回の結果が良くないことから寛解率は30%くらいに落ちること,染色体異常により予後は不良であること,2度目は使用薬剤の種類と量を変更することなどを説明した。これに対し,原告Aは,Eには非寛解となったことを告知しないよう希望した。そのため,医師らは,原告Aの希望を尊重し,Eに対しては,非寛解となったことを告知せず,当初の説明にあった2回目の治療を行う旨の説明をした。
  (11) G医師らは5月15日から再度の寛解導入療法を開始したのであるが,95プロトコールでは初回と同様の寛解導入療法を繰り返すことになっていたが,同一の療法では効果を期待することができないと考え,95プロトコールに準じつつもイダルビシン及びシタラビンを増量し,また,5月15日ないし17日はシクロスポリンを加え,更に5月21日までG-CSFを投与した。なお,ブラストは5月16日が72%,翌17日は16%,5月21日から27日までは0ないし1%,28日から31日までは0%であった。
  (12) 5月14日から18日までは好中球数が一定量以上あって感染の危険が低下していたため,G医師らはEの不安感を除去する目的もあって準無菌室から一般病棟に移した。
  (13) G医師らは5月16日,検査結果からDICを疑いそのための予防的治療を行った。5月30日に明らかになった各種検査結果の値はDICを否定する内容であった。
  (14) 再寛解導入療法の実施により5月19日には好中球数が著しく減少したため,Eは同日以降準無菌室に入った。そして,5月22日に行われた骨髄検査で,芽球(白血病細胞)がほぼ消失していたことから,同日,再寛解導入療法を終了した。この間やその後,Eには,強い吐き気や胃痛など,初回寛解導入療法時よりも重い副作用が見られた。
  (15) 5月15日以降転院までの間においてEにはしばしば微熱がみられたが38℃以上の発熱はなかった。
  (16) 5月22日,原告Aは,G医師とF医師に対し,2回の寛解導入療法の治療効果が思わしくないため,岡山大学付属病院第2内科へ転院したいとの希望を伝えたところ,両医師との間で,家族の希望ならとめないが,心外であるなどといったやり取りがあった。G医師らは原告Aの転院希望を容れるにしてもEは再寛解導入療法の途中で骨髄抑制期にあるため,これが回復した後に検討することとし,その旨を原告Aに説明した。
  (17) 6月2日からEの末梢血中に白血病細胞が現れ始めた。同月6日のブラストは36%であった。
  (18) 6月4日,原告Aから両医師に対して,南岡山病院への転院につき,同病院長に連絡済みである旨の話があり,両医師はこれを了承し,同月6日,F医師同伴の下,Eは南岡山病院に転院した。同病院の看護記録には,同日のEの体温は36.7℃で,吐き気,腹痛はなかった旨,下痢については,入院当日はなかったが,ずっと続いているという主訴があり,翌7日には下痢があった旨記載されている。
  (19) その後,Eは,同病院において,6月10日から15日まで,シタラビン,ミトキサントロン,ビンクリスチン等を用いた寛解導入療法を受けた。
 Eの体温は,6月11日に37.9℃の発熱が見られたが,それ以外は,同月10日から同月21日までの間,37℃台前半以下であった。
 なお,6月20日,ブラストは5%であった。
 Eは,6月22日夕方から発熱し,翌23日には40℃を超える高熱となり,意識消失し,口腔内からの出血が続き,けいれん発作,呼吸停止の状態となり,6月24日午前0時2分ころ,死亡した。
 南岡山病院の医師は,Eにつき,退院時記録に,「特に問題なく経過していたが,6/22(Day13)夕よりfever 6/23にかけてhighfeverとなり」と記載している。
  (20) F医師は95プロトコール報告書においてEに関し,感染巣不明の感染症状あり,DICありと記載した。
 3 判断
  (1) イダルビシンを使用した95プロトコールによる寛解導入療法を行ったことの当否
   ア 95プロトコールは全国各地の主要な医療施設の相当数が参加して行われた多施設共同研究であり,Eが転院した南岡山病院もこれに参加していた。それによる治療結果の統計数値は87プロトコールよりも勝っており,95プロトコールに使用されたイダルビシンについては,87プロトコールにおいて使用されたダウノルビシンよりも急性骨髄性白血病治療薬として優れているとの評価が定着したとまでいうことはできないが,Eの死亡後である平成16年当時公表されている医療従事者向け情報にはイダルビシンの優越性を示す研究結果が明らかにされており,現在では少なくとも60歳未満の患者については多くの施設でイダルビシンを使用した寛解導入療法が実施されている。そして,Eは95プロトコールに定める客観的基準に合致していた。これらの事実からすると,G医師らがEについてイダルビシンを使用した95プロトコールによる寛解導入療法を行ったのは適切な判断であったと評価することができる。
   イ 原告らは,95プロトコールがイダルビシンの効果を検討するための臨床試験であってその効果などが確定していなかった旨やイダルビシンの副作用による死亡者が多数発生している旨,ほかの薬剤を使用していれば寛解に至った可能性がある旨を指摘して95プロトコールによる寛解導入療法が不適切であったと主張するので検討する。
    (ア) 95プロトコールの効果
      95プロトコールの効果については,前述のとおり,同治療法は,全国各地の多くの主要施設が参加して大規模に行われたもので従前の寛解導入療法の延長線上にある治療法で,よりよい治療成績が期待され,現実にも統計上は従前のプロトコールよりもより高い寛解率を示したものである。特定の医療機関が独自の治療法を行ったわけではない。また,イダルビシン以外の薬剤を使用していれば寛解に至った可能性があるとの主張には何らの根拠がない。
    (イ) イダルビシンの投与
      証拠(甲1,甲2,甲4,甲5,甲26ないし31,甲33の2ないし5,甲34の1ないし3,甲35,乙4ないし7,証人G)によれば,イダルビシンにつき,昭和63年ないし平成4年に行われたイダルビシン(塩酸イダルビシン製剤)の治験(新薬開発のための治療を兼ねた試験)において,156人のうち20人の早期(30日以内)死亡例があったこと,輸入販売元が販売開始後から平成9年8月まで(約2年間)に旧厚生省に提出した「医薬品副作用・感染症報告」のうち,イダルビシンと因果関係が否定できない死亡例が32例あったことが認められる。また,発売当初から,その添付文書には,強い骨髄抑制作用を有する薬剤であり,臨床試験において本剤に関連したと考えられる早期死亡例が認められていること,強い骨髄抑制のため,致命的な感染症や出血を引き起こすことがあり,患者の状態を十分に観察することなどの警告が記載されていることが認められる。
 しかしながら,証拠(証人G,弁論の全趣旨)によれば,イダルビシンが関連する早期死亡は,強い骨髄抑制のため,致命的な感染症や出血が引き起こされたことによるものが中心と認められるところ,白血病細胞を選択的に抑制する治療法は存在しないのであるから,急性骨髄性白血病の治療薬としてイダルビシンを使用する主たる目的は骨髄抑制とならざるを得ず,致命的な感染症や出血の発生は治療効果と表裏の関係にある。そして,急性骨髄性白血病が未治療の場合数か月以内に死亡の結果となる病気であり,寛解導入療法の必要性が極めて高く,本件当時も現在においても,治癒率を高めるためには,患者が耐えられる範囲で強力な寛解導入療法(骨髄抑制)が望ましいと考えられているところ,初回寛解導入療法開始時,Eにはイダルビシンの使用を避けるべき事情はなかったのである。そうすると,イダルビシンによる早期死亡のリスクを考慮しても,同剤を使用することは適切な選択であったというべきである。
    (ウ) よって,原告らの前記主張は採用できない。
  (2) 再寛解導入療法における薬剤投与の適否
   ア 証拠(甲32の6,乙7,証人G)によれば,初回の寛解導入療法で寛解に至らなかった場合,白血病細胞に薬剤耐性が生じ,同種の抗がん剤の効果が生じにくくなる可能性があること,Eには11q23という染色体に異常があり,これは初回寛解導入療法実施後に判明したが,染色体異常がない場合よりも寛解しにくく,完全寛解率は50ないし60%,4年間無病生存率も20ないし40%であること,難反応性急性骨髄性白血病の治療法につき,化学療法を継続することが一般的であるが,その具体的な内容としては,いまだ標準的な治療方法が確立していないことが認められる。
 そうすると,再寛解導入療法時に,医師らが,上記のような事情を考慮した上,初回寛解導入療法と全く同一の化学療法を再度実施しても効果を期待できないと考え,95プロトコールに準じつつも,寛解の可能性を高めるべく,イダルビシン及びシタラビンを増量し,薬剤耐性を考慮して免疫抑制剤であるシクロスポリンを使用したことは,医師の裁量として許容されるべきものというべきである。
 そして,G-CSFの併用についても,上記に加えて,先に認定したとおり(1(3)オ),当時の難反応性急性骨髄性白血病の治療法につきG-CSFの併用効果の共同研究が実施されていたことを併せ考慮すると,医師の判断として容認できるものである。
   イ よって,本件において,再寛解導入療法として,イダルビシン及びシタラビンを増量し,シクロスポリン及びG-CSFを併用した治療が,本件当時の医療水準に照らして不適切な治療であったとはいえない。
  (3) 感染防止措置が不十分であったかどうか
   ア 原告らは,G医師らがEを無菌室に入室させなかったこと,準無菌室の清掃が行き届いていなかったこと,面会者の入室制限をしなかったことを非難し,そのためEが感染症に罹患し死亡するに至ったと主張している。
   イ しかし,再寛解導入療法を開始した後に被告病院で38℃を超えて発熱したことはなく,被告病院から南岡山病院に転院した当日である6月6日の体温は36・7℃であり,6月11日に37・9℃の発熱がみられたもののそれ以外の日においては6月21日までは37℃台前半以下であったこと,コントロールできない感染症に罹患している場合に寛解導入療法を実施することは,感染症を増悪させる危険が高いにもかかわらず,南岡山病院の医師は,6月10日から15日までの間,Eに対し寛解導入療法を実施した上,6月21日までは特に問題なく経過していたと判断していたことからすると,Eが被告病院の管理下にある期間中に感染症に罹患したとは認め難いというべきである。なお,G医師らは95プロトコールの報告書に感染巣不明の感染症状,DICがあった旨記入したことが認められるが,この記載は報告書自体の記載内容からして南岡山病院におけるEの症状についてされたものと認められる。
   ウ よって,被告病院において感染防止措置が不十分であった過失があるとの原告らの主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
  (4) 寛解導入療法を行うに際しての説明義務違反について
   ア 急性骨髄性白血病のような重篤な疾病について医師が患者に対して負う説明義務の内容は,可能な治療法を示した上でその選択を患者側に任せるというものではなく,客観的に妥当と考えられる治療法の指導をも含むものである。そして,60歳以下の急性骨髄性白血病患者の治療方法としてはG医師らは95プロトコールに準拠することが最善の治療法であると考えており,先に認定した事実からすると,G医師らの判断には本件当時においてはもとより現在においても客観的根拠があるというべきである。そうすると,G医師らがEらに対して急性骨髄性白血病の病態とともに95プロトコールにおける治療内容を説明してそれへの参加を求め,87プロトコールによる治療法等を積極的には説明することがなかったとしてそれをもって説明義務違反ということはできない。
   イ 原告らの主張について
    (ア) 95プロトコールはイダルビシンの有効性を明らかにする試験的治療ではないから,その旨の説明がなかったという原告らの主張は前提を誤ったものである。
    (イ) 原告らは,95プロトコールの効果,副作用,危険性,無作為割り付け,化学療法の効果がない割合及びその後の治療法につき説明がなく,かえって,「100%治る。」「白血病では亡くならない。」「感染症は外部からの病原菌などによるものです。」「治療しなかったら2か月の生命」などの虚偽の説明