H17.11.30 名古屋地方裁判所 平成16年(ワ)第651号 保険金請求事件

 所有権留保特約付きで売買された自動車の転得者は,自動車損害保険契約約款にいう「被保険自動車の所有者」に当たらない。


主       文
 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
  (1) 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成14年2月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
  (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
  (3) 仮執行宣言
 2 被告
   主文同旨
第2 事案の概要等
   本件は,原告が被告に対し,保険契約に基づき,自動車の盗難を理由として保険金の支払を求めた事案である。
 1 争いのない事実等
  (1) 被告は,各種保険業務をなす株式会社である。被告は,平成16年10月1日にA保険株式会社(以下「A保険株式会社」も含め被告という。)とB保険株式会社とが合併して設立された。
  (2) 原告は,平成13年2月28日,被告との間で以下の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
   ア 保険の種類  自家用自動車総合保険
   イ 保険期間   平成13年2月28日から平成14年2月28日まで
   ウ 被保険者   原告
   エ 被保険自動車 C(ただし,平成14年1月8日に別紙自動車目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)に車両変更)
   オ 車両保険金額 300万円
   カ 約款
     第4章第1条 被告は,衝突,接触,墜落,転覆,物の飛来,物の落下,火災,爆発,盗難,台風,こう水,高潮その他偶然な事故によって保険証券記載の自動車(以下「被保険自動車」といいます。)に生じた損害に対して,この車両条項及び一般条項に従い,被保険自動車の所有者に損害保険金を支払います。
  (3) 原告は,被告に対し,平成14年2月19日,本件自動車が盗難された旨通知した。
 2 原告の主張
  (1)ア 本件自動車は,もと自動車販売業者であるDの所有であった。
     Dは,Eに対し,本件自動車を売り渡した。その際,Eは,F信販株式会社との間でローン契約を締結し,代金をDに支払った。
     Eは,Gに対し,本件自動車を360万円で売り渡し,GはEにこの代金を支払った。その際,Eは,F信販株式会社に対するローン債務を完済すべきところ,売買代金を事業資金にまわしたため,ローンが継続することとなった。
     Gは,平成13年12月頃,原告に対し本件自動車を300万円で売り渡した。支払方法については,頭金として20万円を支払い,その後は毎月5万円ずつ支払う約定であった。上記のとおりF信販株式会社に対するローンは残ったままであったが,GもEの事業に参画することとしたため,Gは原告から支払われる5万円をこのF信販株式会社への割賦金の支払に当てた。
     原告は,本件自動車の盗難にあい,被告から,本件自動車の自動車検査証上の名義が原告でないと保険金が支払えないと言われたため,EのF信販株式会社に対する未払い債務金178万8930円を,平成14年6月5日,手続の代行を依頼した有限会社Hの名義で支払い,Dらより,本件自動車の名義移転を受けた。
     以上のとおりで,本件自動車は,原告がGより買受けた時点より,原告が本件保険契約上の所有者である。
   イ 車両保険は,自動車の所有者利益を被保険利益とする損害保険であるので,直ちに自動車検査証上の所有者が被保険自動車の所有者と解せられるものではなく,本件のように割賦販売のため,売買代金の債権確保の手段として,自動車検査証上は,売主に所有者名義が残され,買主が損害保険を締結した場合には,買主が被保険自動車の所有者と解すべきである。なぜならば,買主はその自動車を完全な所有者と同様に排他的に使用,収益し,売主に対しては,未払代金債務を負担しているにすぎないもので,その担保として所有権名義が買主に留保されているにすぎないからである。
     被保険利益については,買主は売主に対して,既払代金の他に,未払代金債務を負担しているのであるから,車両自体の価額,すなわち,売買代金額が披保険利益である。被告も,その趣旨で保険金額を算定し,それに対応する保険料を定め,徴収した。
   ウ 原告は,本件保険契約締結に際し,被告に対し自動車検査証の写し(甲2)を提出して,本件自動車の自動車検査証上の所有者名義がDであることを通知した。被告は,それを知りながら,このような場合に原告が所有者として扱われず,保険金が交付されない旨を告知することなく,原告を所有者と同一視し,契約を締結したのであるから,原告が所有者でないことを理由に,保険金の支払を拒むことは,信義誠実の原則に反し,権利の濫用である。
  (2) 原告は,平成14年2月19日午前2時30分頃,名古屋市北区a所在のコンビニエンスストアI付近路上に鍵を付けたまま本件自動車を駐車し,同店で買い物をしている際に,本件自動車の盗難(以下「本件盗難」という。)にあった。
  (3) よって,原告は,被告に対し,本件保険契約に基づき,300万円及びこれに対する平成14年2月20日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 3 被告の主張
  (1)ア 次のとおり,本件自動車の前所有者と原告間の本件自動車を目的とする売買契約を裏付ける証拠はなく,原告は本件自動車の所有権を取得していない。
    (ア) 売買契約の成立を証する文書が存在しない。
    (イ) 原告の本件自動車の購入代金に関する供述は300万円から,250万円へ,頭金70万円から20万円と変遷しており,しかも,原告は,本件自動車の売主が自動車検査証で明らかなD,EではなくGであるとしながら,その住所,勤務先すら明らかにしない。
    (ウ) 原告は,登録名義上,平成14年2月19日当時,日産パルサーを所有者ないし使用者として保有し,平成14年6月6日から日産パルサーの登録の抹消される平成15年4月23日までの約1年間,本件自動車,日産パルサー,キャデラックの合計3台を所有者ないし使用者として保有し,いずれもその保管場所を原告の住所地としていた。
      しかし,平成15年7月の時点で独身一人住まいという原告の家族状況,1台分しかない駐車スペースからすれば,これは極めて不自然であり,原告が本件自動車を購入しこれを通勤用に従前から使用していたということは極めて疑わしい。
   イ 原告は,本件盗難時の平成14年2月19日において,保険の目的たる本件自動車につき,対抗要件である自動車登録を具備しておらず,他にDが本件自動車の所有者として対抗要件を備えていた。
     したがって,原告は,そもそも第三者である被告に対し被保険利益を主張しうる立場にない。
   ウ 仮に,Gと原告の間で本件自動車の売買があったとしても,所有権留保売買であったことや本件自動車の登録年数等の損耗状態からしても,原告がてん補を受けるべき損害の範囲は,事故発生時の被保険利益の価額を標準とすべきである。
     本件自動車の時価は215万円で,分割金支払済み額が80万円で購入代金が300万円であるから,その被保険利益は57万3333円にとどまる。
     2150000×800000÷3000000=573333
  (2) 本件盗難について本件約款の定める「偶然の事故」であるとの証明がない。
   ア 盗難事故発生状況に関する原告の供述内容は曖昧である。
     原告は,平成14年3月13日,被告が依頼をした調査会社Jの担当者に対して,エンジンキーを付けたまま路上にベンツを駐車させ「名古屋市北区aのIでシャンプーを買い,店を出ようとした時に,車が出るのが分かった。」と供述しており,シャンプーの買物を済ませて外に出ようとした時に本件自動車が盗難され,本件自動車が発進するのを見たと供述している。
     ところが,原告は,平成15年7月3日,被告代理人弁護士Kに対しては,「Iにはシャンプーかタバコ,どっちか買いに行った。買物の支払いをしている時にパタンという音がしたので振り向いたら,車が走って行っちゃった。」と述べ,買物した品目が曖昧になっているばかりか,本件自動車盗難発見時には未だ代金支払中であったと述べており,自分がどこで,何をしていたのかという重要な事実につき従前の供述内容から変遷している。
   イ 本件盗難が原告主張のような状況で発生することが想定しにくい。
     本件のような車両盗難は,車両保有者が車両から離れた状況で,かつ目撃されないような場所,時間帯で発生するのが通常である。
     しかし,原告が駐車したとする路上の本件自動車の駐車位置とI店舗入口との距離は,距離にして2メートル未満,入ロ付近のレジとの距離とも約2メートルしかなく,本件自動車は左ハンドルであるから左側ドアを店舗側に向けて駐車していたことになり,果たしてそのような状況で盗難が発生するのかは極めて疑わしい。
   ウ 原告による本件盗難後の自動車移転登録手続は不自然かつ違法である。
     盗難被害に遭った車両保有者は,盗難車両が不正の方法で所有権移転登録されることを防ぐため,更には自動車登録上の名義をそのままにしておくと自動車税が継続して課税されるため,運行休止による抹消登録手続を取るのが通常である(自動車運送車両法16条1項)。
     ところが,原告は,本件自動車が盗難により行方不明になったはずであるにもかかわらず,平成14年6月頃,あたかも本件自動車が実在するとして,株式会社L対しオートローンの申込みをして,同会社とオートローン契約を締結し,平成14年6月6日付で,本件自動車の所有者は株式会社L,使用者は原告に各移転登録がなされた。
     オートローン会社である株式会社Lは,オートローンの対象である車両が実在することを前提として同車両の売買代金相当額を融資するに際しその所有権を留保するのであり,仮に当該車両が盗難に遭い実在していないことを知れば,そのようなオートローン契約を締結しないはずである。
     また,自動車移転登録手続には,当該自動車が実在することを証するため前所有者の譲渡証明書に自動車検査証を添付することが必要であるが,原告は,本件盗難に際し本件自動車とともに自動車検査証も紛失したと述べているにもかかわらず,移転登録手続がなされている。
第3 当裁判所の判断
 1 まず,原告が約款にいう「被保険自動車の所有者」に当たるか否か(原告の主張(1)及び被告の主張(1))につき検討する。
   証拠(甲2ないし7,乙5の1ないし15,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  (1) 本件自動車は,もと自動車販売業者であるDの所有であった。
  (2) Dは,平成11年3月頃,Eに対し,所有権を留保して,本件自動車を売り渡した。その際,Eは,F信販株式会社との間でローン契約を締結し,代金はF信販株式会社からDに支払われた。そのため,本件自動車の登録名義は,所有者D,使用者Eとなった。
  (3) Eは,Gに対し,本件自動車を360万円で売り渡し,GはEにこの代金を支払った。しかし,Eは,その代金でもって上記(2)のF信販株式会社に対するローン債務を完済しなかったため,本件自動車の所有者はD又はF信販株式会社のままであり,登録名義も,所有者D,使用者Eのままとなった。
  (4) Gは,平成13年12月頃,原告に対し本件自動車を300万円で売り渡した。支払方法については,頭金として20万円を支払い,その後は毎月5万円ずつ支払う約定であった。しかし,このときも,F信販株式会社に対するローン債務が残ったままであったため,本件自動車の所有者はD又はF信販株式会社のままであり,登録名義も,所有者D,使用者Eのままとなった。
  (5) 原告が平成14年2月19日に被告の代理店に本件自動車が盗難にあった旨伝えたところ,被告から本件自動車の自動車検査証の所有者,使用者欄に原告の記載がない旨を指摘された。そのため,原告は,株式会社Lから本件自動車を担保として金銭を借り入れ,EのF信販株式会社に対する未払いローンを支払って,本件自動車の登録名義を所有者株式会社L,使用者原告にすることを考え,平成14年6月頃自動車販売業者である有限会社Hにその手続を依頼した。平成14年6月5日頃のEのF信販株式会社に対する未払いローン残高は190万2000円あった。
    有限会社Hは,平成14年6月5日頃,D,Eに対し,EのF信販株式会社に対する未払いローンが支払われた際に本件自動車の登録名義を移転する旨の了解を得たうえ,原告が本件自動車を担保として株式会社Lから金銭を借り入れてEのF信販株式会社に対する未払い債務金178万8930円(ただし,早期返済戻し手数料11万3070円を控除したもの)を支払い,本件自動車の登録名義を所有者株式会社L,使用者原告とする手続をすることとなった。その際,有限会社Hは,株式会社Lに対し,本件自動車が本件盗難にあったことを告げなかった。
   上記認定の事実によれば,本件自動車は,D又はF信販株式会社にその所有権が留保されてGに売却されたものであって,Gにおいて他に譲渡することが禁じられていたにもかかわらず,E,原告に転々譲渡されたことが認められる。
   ところで,自動車ローン等を担保するため自動車の所有権が留保されて売却され,当該自動車の他への譲渡が禁じられているにもかかわらず,その自動車が転々譲渡された場合においては,その転得者は,約款にいう「被保険自動車の所有者」に当たらないと解するのが相当である。なぜならば,その転得者においてその前主に売買代金を支払ったとしても,その所有権を取得することがなく,所有者から当該自動車の返還を求められた場合にはそれに応じなければならないので,その転得者に所有利益がないといえるからである。
   そうとすれば,原告は約款にいう「被保険自動車の所有者」に当たらず,原告は被告に対し本件保険契約に基づき保険金を請求できないというべきである。
   この点,原告は,原告の主張(1)ウのとおり,原告が所有者でないことを理由に,保険金の支払を拒むことは,信義誠実の原則に反し,権利の濫用であるとも主張し,確かに,原告は,本件保険契約締結に際し,被告に対し,所有者D,使用者Eとする自動車検査証の写し(甲2)を提出している(弁論の全趣旨)。しかし,そうであるからといって,本件保険契約当時,被告において,本件自動車が所有権留保のまま売却され,その自動車ローン等が全て弁済されていなかった等といった事情を知るよしもないのであるから,被告において,原告が約款にいう「被保険自動車の所有者」に当たらないと主張することが権利濫用であるとか,信義則に反するとかいうことはできない。したがって,原告の同主張は採用できない。
 2 以上によれば,原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく,理由がないからこれを棄却すべきである。
   よって,主文のとおり判決する。
   名古屋地方裁判所民事第6部

        裁判官   内  田  計  一

(別紙)
自 動 車 目 録
1 登録番号   C
2 車台番号   M
3 車種     メルセデスベンツ

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最終更新:2006年01月20日 18:08
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