hanrei @Wiki H17.11. 2 福岡地裁 平成17年(わ)第822号



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平成17年11月2日宣告
平成17年(わ)第822号 現住建造物等放火被告事件
判      決
          主      文
    被告人を懲役5年6月に処する。
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
          理      由
(犯行に至る経緯)
 被告人は,平成15年3月,福岡市a区bc丁目d番e号所在のA寺に修行僧として入門し,平成17年2月1日知客寮に任命された。知客寮は,修行僧を統括し,住職と執事・修行僧の間を調整しながら,寺の業務を取り仕切らねばならない役職であったが,被告人は,元々口下手で気が小さく,自分の意見を上手く相手に伝えることができない性格であり,修行僧の間で人望のないことを自覚しており,自分が知客寮になっても,ただでさえ問題の多いA寺の修行僧らを統率することはできないなどとと考え,知客寮就任を命ぜられたときから既に自分はその器ではないと思い,職責を全うできる自信はなかった。しかし,A寺に留まろうとする以上,これを拒否することはできず,被告人は,不本意ながら知客寮に就任し,寺の運営等に腐心していたが,案の定,修行僧らは事ある毎に被告人に楯突いて反抗的な態度を取ることが多く,被告人も十分な指導力を発揮できずにいた。また,被告人は,住職を慕って同寺に入門したものの,実際に住職の生活や言動に接して,その指導者らしくない態度にかねて不満を抱いていたところ,知客寮となった後は,同寺の執事らから,そのような住職に関する愚痴を聞かされ,あるいは,住職に忠告するよう求められ,また,修行僧らの修行内容等についても,より厳しくするよう改善を求められるなどしていた。しかし,被告人は,弟子の身で住職に忠告することはできず,住職と執事,さらには修行僧らの間に立って,思うように知客寮の仕事が進まないことに苛立ちを感じ,悶々とストレスを溜め込む日々を過ごしていた。
 そして,同年3月になると,前知客寮職の者がA寺を出たため,被告人は,相談するものもなく,知客寮として独り立ちすることになったものの,同月中は彼岸参りの行事や福岡県西方沖地震などがあってその対応に追われ,4月になると数名の入門者が立て続けにあったためにこれに追われることになり,肉体的,精神的に疲労が重なっていった。その後,同月8日ころ,A寺で催される降誕会の際の儀式の手順等を巡り,住職と執事らが対立して被告人が両者の板挟みになり,結局手順の変更を主張する住職の意向が通ったものの,儀式の際には変更を言い出した住職が十分に儀式を挙行できなかったため,被告人は,住職に対する失望感や怒りの気持ちを強めた。さらに,同月26日ころには,修行僧が個人的な飲食代を住職に請求するという前代未聞の出来事が続き,これについても被告人が住職や執事らから叱責を受けるに至り,被告人としては納得がいかないと思うと共に,このような失態を演じた修行僧らに対しても怒りの気持ちを抱いた。
 そして,同月27日,A寺境内にある稲荷で小火が発生し,修行僧らが慌てふためいてこれを消す様子を見た被告人は,言いしれぬ感情を抱き,同寺に放火して火事を起こせば,住職や修行僧らを怖がらせることができ,そうすれば住職や修行僧らへの憤懣の情を晴らすこともできるのではないかと思うに至った。そこで,被告人は,翌28日,A寺境内のゴミ置場の板塀に雑巾を置いて火をつけたが,誰にも気付かれずに終わったため,さらに,その翌日の29日,ゴミ置場の枯れ葉にロウソクを使って火をつけ,これに気付いた修行僧達が怖がり慌てふためいて消火作業に当たっている姿を見て,同人らに対する怒りの気持ちをある程度は晴らしたものの,自室にあってこの騒ぎに気付かずに寝ていた住職に対する憤懣は依然晴れないままであった。そこで,被告人は,同年5月2日,A寺境内の大工小屋を燃やそうと考え,灯油を入れたペットボトルとロウソクで作った時限式発火装置を作ってこれに火をつけたが,予期に反して火が消えてしまい大工小屋を燃やすことができなかった。
 この段になって被告人は,住職を怖がらせるためには,A寺の中門の内側にあって住職が住んでいる隠寮などに火をつける必要があり,しかも、確実に点火するにはより多くの灯油を使わなければならないと考えるようになり,同月8日,大工小屋の中でプラスチック製バケツを見付け,これに灯油を入れて火をつけることとし,さらに,自分が犯人と疑われることがないように,時限式発火装置を作って火を放つこととした。
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成17年5月9日朝,住職が中止が決まっていたB別院における開山忌を突然挙行すると言い出したために,その段取りに追われ,しかも,その結果修行僧に休日を返上させる羽目となったため代休を与えようとしたことについて,執事らから叱責を受けるに至って,ついにこれまで溜め込んできた住職や修行僧らに対する憤懣の情が一気に高じ,この日の午後,住職の住む隠寮に火をつけて同人を怖がらせると共に,その住む場所をなくして困らせてやろう,そして,そのことによって修行僧らも震えるほど怖がらせてやろうなどと考え,Cほか10名が現に住居に使用し,渡り廊下等により接続して一体となっているA寺の隠寮(木造瓦葺2階建て,床面積合計約154平方メートル),旧書院(木造瓦葺平家建て,床面積合計約127平方メートル),新書院(木造瓦葺2階建て,床面積合計約443平方メートル)等を焼損しようと決意し,同日午後5時30分ころ,プラスチック製バケツの底部中央付近にろうそくを立てて固定し,バケツ内に灯油(約6.5リットル)を注入するとともに,ガソリン等の混合油約2.1リットルの入ったペットボトルの注入口を下向きにして差し入れた時限式発火装置を隠寮の北側掃除用具置場に設置し,同日午後9時20分ころ,同所において,バケツ内に新聞紙を差し入れた上,ろうそくに所携のマッチで点火して火を放ち,ろうそくの火を新聞紙を経て灯油及びガソリン等に引火させ,その火を隠寮並びにこれに接続する旧書院及び新書院に燃え移らせ,よって,その全部を炎上させ,もって現に人が住居に使用している建造物(焼損面積合計約724平方メートル)を焼損した。
(証拠の標目)〈略〉
(法令の適用)
罰        条   刑法108条
刑種の選択   有期懲役刑
未決勾留日数の算入   刑法21条
(量刑の理由)
 被告人は,判示のとおり,本件寺院の知客寮に任命された後,その職責の重さや仕事の忙しさに思い悩むと共に,他の修行僧らとの折合いも悪く,また,住職や執事らの間に立って板挟みとなり,住職や修行僧の言動等に対する不満を募らせ,偶々発生した小火騒ぎをきっかけとして,寺に火をつけてその不満や怒りを解消しようなどと考えて本件放火の犯行に及んだものである。
 本件において,被告人の置かれた立場を考えると,被告人が本件当時肉体的精神的に疲労していた状況自体は理解できるが,被告人がその発散のために選択した方法は余りにも常軌を逸しており,本件犯行は誠に身勝手かつ短絡的といわざるを得ず,厳しい非難を免れない。被告人は,本件直前に3回も本件寺院内で放火行為に及んだことを自認しているところ,放火の方法は次第に巧妙化し,本件時には,犯行を決意するや,効果的な放火場所・方法に思いを巡らせた上,確実に火がつくように,多量の灯油とガソリンが主成分の混合油を燃料とする時限式発火装置を作り,自己の犯行と発覚しないように工夫を凝らして犯行の機会を窺っていたのであって,本件は計画的な犯行で,放火に向けられた犯意は強固で危険性の極めて高い犯行ということができる。
 本件寺院は,木造で可燃性が高く,寺院を構成する多くの木造建物が渡り廊下等で接続されて一体となっているのであるから,一箇所に火を放てば延焼する危険性が極めて高いことは明白な状況にあり,現に放火した隠寮から登った火の手は瞬く間に旧書院,新書院に燃え広がったのである(なお,被告人は,公判廷で,本件寺院の旧書院や新書院を焼損させる未必的な認識もなかった旨供述するが,本件放火の態様が多量の可燃性の高い燃料を用いるという危険性が高いものであり,本件寺院の構造及び性状に加え,それらについて被告人が十分に認識していたと考えるのが相当であることに照らすと,被告人が隠寮のみならず旧書院や新書院にも延焼する危険性を認識していたと認めるのが相当である。その公判供述は,要するに焼損の状況を予め具体的に想定した上で犯行に及んだものではないというに止まるものであり,にわかに信用できるものではない。むしろ,被告人が延焼の危険性を認識していた旨の捜査段階における供述は,十分信用できるものである。)。本件犯行の結果,本件寺院の隠寮,旧書院及び新書院の全部が焼け落ち,焼損面積は合計約724平方メートルに上り,その失われた文化的価値も軽視できず,さらに,本件寺院の経営も多大な打撃を受け,修行僧の中には今後の生活に重大な不安を抱いている者もおり,本件で発生した結果及びその影響は甚大である。加えて,本件寺院内には本件当時10名以上の住職や修行僧らが居住しており,同人らに大きな恐怖感を与えたことはもちろん,本件現場が住宅密集地にあり,犯行時刻が夜間であることなどに照らすと,付近住民に与えた不安感も大きい。さらに,本件後には,自己の関与を否定するために捜査機関に虚偽の事実を供述するなどしており,犯行後の情状も悪い。
 これらの事情に照らすと,被告人の刑事責任は重大である。
 他方,被告人の実兄の尽力により,家族や同人が代表役員を務める寺及びその檀家信徒らの協力を得るなどし,本件寺院の損害賠償金の内金として合計1607万円が支払われたほか,損害保険からの給付については,火災保険の本体金額及び臨時費用の賠償も含む総額として,8549万2500円が支払われる見込みである。被告人は,本件事実関係自体は概ね認め,反省の態度を示している。情状証人として出廷した被告人の実兄が,社会復帰後の被告人を自己の寺に引き取って受け入れ,同人の更生に向けて努力する旨述べている。また,同寺の檀家信徒らも被告人を受け入れ更生に協力するとの意向を表している。被告人は,本件裁判による有罪判決が確定すれば僧籍が剥奪される可能性があり,ある程度の社会的制裁を受けることが見込まれる。被告人にはこれまで前科前歴がない。このように,被告人のために斟酌すべき事情も認められる。
 そこで,これらの事情を総合考慮し,被告人に主文掲記の刑を科すことが相当であると判断した。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役8年)
  平成17年11月2日
    福岡地方裁判所第2刑事部


            裁判長裁判官      林   田   宗   一


裁判官      金   子   大   作


裁判官      四   宮   知   彦