H17.12.16 さいたま地方裁判所 平成14年(ワ)第1511号・第1837号 国家賠償等請求事件・損害賠償請求事件

集団的な暴走行為に参加していた自動二輪車のうちの1台が,その暴走行為の取締りに当たっていたパトカーの右側を高速で追い越そうとして,同パトカーと衝突し,その結果,同二輪車の乗員2名が死亡した事故について,パトカー運転者である警察官の故意及び過失が否定された事例。


主文
1 第1511号事件原告らの請求をいずれも棄却する。
2 第1837号事件原告兼同事件原告亡B3訴訟承継人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1511号事件原告ら及び第1837号事件原告兼同事件原告亡B3訴訟承継人らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 1 第1511号事件
   両事件被告らは連帯して,第1511号事件原告A1に対し2802万8429円,同A2に対し2672万8429円及びこれらに対する平成11年9月11日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 第1837号事件
  (1) 両事件被告らは連帯して,第1837号事件原告兼同事件原告亡B3訴訟承継人B1に対し2897万9590円及びこのうち2611万4925円に対する平成11年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 両事件被告らは連帯して,第1837号事件原告兼同事件原告亡B3訴訟承継人B2に対し186万円及びこれに対する平成11年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,埼玉県警察児玉警察署に勤務していた警察官である両事件被告C(以下「被告C」という。)が,その職務としてパトロールカー(以下「パトカー」という。)を運転走行させ,自動二輪車による集団的な暴走行為を取り締まっていた際,急に右転把したことにより,同パトカーと,折しもその右側を走行していたa及びbが乗車する自動二輪車とが衝突し,その結果,a及びbが死亡した交通事故に関し,aの両親である第1511号事件原告A1(以下「原告A1」という。)及び同A2(以下,同人を「原告A2」といい,原告A1と原告A2とを併せて「原告Aら」ということがある。)が,被告Cに対しては不法行為に基づき,両事件被告埼玉県(以下「被告埼玉県」という。)に対しては自動車損害賠償保障法3条又は国家賠償法1
条1項に基づき,aの死亡に伴う損害賠償金及び民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事件(第1511号事件)と,bの母親である第1837号事件原告B1,叔母である同B2(以下,同人を「原告B2」といい,原告B1と原告B2とを併せて「原告Bら」ということがある。)及び祖母である同亡B3(本訴係属中に死亡し,原告B1及び原告B2が訴訟承継をした。以下「B3」という。)が,被告Cに対しては不法行為に基づき,被告埼玉県に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,bの死亡に伴う損害賠償金及び民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事件(第1837号事件)とが,併合された事案である。
 1 争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は末尾に認定に供した証拠等を掲記する。その余の事実は当事者間に争いがない。)
  (1) 当事者及び関係人
   ア aは,昭和57年【以下省略】生まれの男子であり,平成11年9月11日当時,17歳であった。原告A1及び原告A2は,aの両親である。(aの生年月日につき甲A第1号証,その余は争いがない。)
   イ bは,昭和56年【以下省略】生まれの男子であり,平成11年9月11日当時,17歳で,越生工業技術専門学校(高校併修機械科)3年に在籍していた。原告B1はbの母親であり,原告B2はbの叔母である。B3は,bの祖母であり,第1837号事件に係る訴えを提起した後,その係属中の平成16年3月4日に死亡し,原告Bらが訴訟承継した。(bの在学につき甲B第5ないし第7号証(枝番のあるものは各枝番を含む。),上記親族関係につき甲B第8,第14号証(枝番のあるものは各枝番を含む。),B3の死亡につき弁論の全趣旨,B3が原告の一人として第1837号事件を提起したことは当裁判所に顕著であり,その余は争いがない。)
   ウ 被告C及びD(以下,同人と被告Cを併せて「被告Cら」ということがある。)は,平成11年9月11日当時,いずれも埼玉県警察児玉警察署地域課に勤務する警察官であり,被告Cは警部補,Dは巡査長であった。(Dの職階につき乙第7号証,その余は争いがない。)
  (2) 本件事故の発生
    以下の事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
   ア 日 時  平成11年9月11日午後11時35分ないし40分ころ
   イ 場 所  埼玉県児玉郡x町y番地付近路上(以下「本件事故現場」という。)
   ウ 事故車両及びその乗員
    (ア) 普通乗用自動車(パトカー。【車両番号は省略】以下「本件パトカー」という。)
      運転者 被告C
      同乗者 D
    (イ) 普通自動二輪車(【車両番号は省略】a所有。以下「本件自動二輪車」という。)
      乗 員 a及びb(この両名のうち,いずれか一方が運転者であり,他方が同乗者であった。)
   エ 事故態様
     被告Cは,その職務として,本件パトカーを運転し,県道本庄寄居線(以下「本件県道」という。)上を本庄市方面から寄居町方面に向けて走行していたが,本件事故現場付近で,急に右転把し,本件パトカーを右に進路変更させた。他方,本件自動二輪車は,本件パトカーの後方からこれと同方向に,本件県道の対向車線上を走行してきて,本件事故現場付近に差し掛かったところ,上記のとおり本件パトカーが右に進路変更し,本件自動二輪車の進路を遮ったため,本件自動二輪車の左側部と本件パトカーの右前部が衝突した。
     本件自動二輪車及びa,bは,上記衝突により,いずれも進行方向の右前方に飛ばされ,本件自動二輪車は本件県道の路端に設置されたコンクリートブロック製バス停留所待合小屋(以下「本件待合小屋」という。)の側壁に衝突して,同所に落下し,a及びbはさらに前方の路上に落下,転倒した。
   オ 事故の結果
     本件事故後,aは,深谷赤十字病院に搬送されたが,翌12日午前1時34分ころ,脳挫傷により死亡し,bは,本庄総合病院に搬送されたが,翌12日午前0時50分ころ,前額部左側打撲傷,頭蓋骨骨折等の傷害による頭蓋内損傷によって死亡した。
   カ 本件パトカーの運行供用者等
     被告埼玉県は,本件パトカーの所有者であり,かつ本件事故の際,本件パトカーを自己のために運行の用に供していたものである。
     本件事故当時,本件パトカーには,構造上の欠陥又は機能の障害がなかった。
  (3) 本件事故当時の被告Cらの職務行為の概要
    平成11年9月11日夜,20数名の少年らが,埼玉県児玉郡内及び本庄市内において,10数台の自動二輪車に分乗しながら,集団で,爆音を立てる,道路いっぱいに広がって低速で走行する,信号を無視するなどの暴走行為を繰り返していた(以下,この自動二輪車の集団を「本件集団」という)。(乙第3ないし第7号証,第39ないし第42号証)
    被告C及びDは,上記暴走行為の通報を受け,道路交通法違反の取締りのため,本件パトカーに乗車し,被告Cが運転して本件集団の後方を追尾し,暴走行為者の特定や写真撮影などの採証活動をしたり,車載拡声器で暴走行為の中止を命じるなどの取締りを行っていたところ,その取締行為中に本件事故が発生した。(乙第6,第7,第32号証)
 2 争点
   本件の争点は,①被告Cは,本件自動二輪車の存在に気付きながら,故意に本件パトカーを本件自動二輪車に衝突させたか否か(争点1),②被告Cには,本件事故の発生につき過失があるか否か(争点2),③被告Cに正当防衛が成立し,その違法性が阻却されるか(争点3),④被告らが原告らに賠償すべき損害額はいくらか(争点4),⑤地方公務員である被告C個人が,その職務中に惹起した本件事故に関し不法行為に基づく損害賠償義務を負うか(争点5),の5点である。
  (1) 争点1(被告Cは,本件自動二輪車の存在に気付きながら,故意に本件パトカーを本件自動二輪車に衝突させたか否か)について
   ア 原告らの主張
     被告Cは,本件パトカーを運転中に,本件事故現場付近において,同パトカーの後方から本件自動二輪車が進行してきているのを認識した上で,本件自動二輪車の走行を妨害し,あるいはそれを制止するために,急激に右転把し,本件パトカーを右斜め前方に進路変更させて,同パトカーの右前部を本件自動二輪車の左側面に衝突させた。
   イ 被告らの主張
     被告Cは,本件パトカーの後方から本件自動二輪車が近づいてくることに気付かなかったのであるから,故意に本件パトカーを本件自動二輪車に衝突させたことはない。
  (2) 争点2(被告Cには,本件事故の発生につき過失があるか否か)について
   ア 原告らの主張
     被告Cは,本件パトカーを運転するに際し,進路を右側に変更しようとする場合には,方向指示器を点灯させるなどして合図をし,右後方から自車を追い越そうとする車両があるか否かに注意し,これがないことを確認した上で,なめらかに進路変更を行う業務上の注意義務があった。しかるに,被告Cは,本件県道の左側車線上を本件パトカーで走行中,中央線を越えて対向車線上に進路変更するに際して,上記注意義務を怠り,何ら合図をせず,後方の車両の動静を確認しないまま,急激に右転把して,本件パトカーを右斜め前方に急速度で走行させた結果,本件県道の対向車線上を後方から進行してきた本件自動二輪車に本件パトカーを衝突させたものであり,被告Cには上記注意義務に違反した過失がある。
    (原告Bらの主張)
     本件事故当時,本件自動二輪車を運転していたのがbであるとする被告らの主張は否認する。運転者はaであった。
    (原告Aらの主張)
     本件事故当時,本件自動二輪車を運転していたのがbであるとする被告らの主張は認める。
   イ 被告らの主張
    (ア) 本件事故当時,被告Cは,Dとともに,本件パトカーに乗車して,本件集団の後方を追尾しながら,その暴走行為を取り締まっていた。その追尾の途中,集団のうちの大半の自動二輪車が逃走を開始するとともに,その最後尾で,E,F,Gがそれぞれ運転する3台の自動二輪車が,いわゆる「ケツ持ち」役として,道路一杯に広がり,時速約20ないし30キロメートルで並走するなどして,本件パトカーの進行を妨害した。被告Cが上記ケツ持ち役の3台の自動二輪車の後方を追走していたところ,並走する3台のうちの右端に位置していたG運転の自動二輪車が加速して前方に走り去ったため,被告Cは,自動二輪車の乗員を確認したり,写真撮影などの採証活動を行うため,残った2台のケツ持ち役の自動二輪車の右側に出ようとして,
本件パトカーを対向車線に進入させ,進路変更が終了した後,やや加速して,本件県道中央付近を走行していたF運転の自動二輪車の右後方直近に迫った。そうしたところ,Fは,本件パトカーの動きに気付いて,追い越されないよう,自車を加速した上,本件パトカーの進路を妨害しようとして,自車を右に寄せ,対向車線に進路変更をした。そのため,被告Cは,F運転の自動二輪車との衝突を避けるため,本件パトカーを急に右に寄せたところ,後方から高速で進行してきたbが運転する本件自動二輪車と衝突したのである。
    (イ) 本件事故は,本件自動二輪車の運転者であったbが,無理に本件パトカーを追い越そうとして,時速約100キロメートルもの高速度で追従接近した上,対向車線上で暴走族のケツ持ち役の自動二輪車を追尾中であった本件パトカーが,当該自動二輪車の動きによっては進路変更せざるを得ないことが予測できたにもかかわらず,あえて,本件パトカーの右側方わずか0.9メートル程度の余地を通過しようとしたことにより発生したものである。被告Cには,このように高速度で,本件パトカーの右側を追い越そうとする車両のあることを予想し得なかったのであるから,被告Cには過失がない。
  (3) 争点3(被告Cに正当防衛が成立し,その違法性が阻却されるか)について
   ア 被告らの主張
     被告Cは,Fの右寄せという安全運転義務に違反する不法行為を受け,車両衝突によって自己の生命身体の安全等が害されることがないように,右転把したものであるから,仮に被告Cに何らかの注意義務違反があるとしても,それは已むことを得ずしてなしたる行為であり,民法720条1項の正当防衛に該当する。
   イ 原告Bらの主張
     仮に被告Cの行為が,他人の不法行為に対し,自己又は第三者の権利を防衛するためになされたものであったとしても,已むことを得ずしてなした行為に該当しないから正当防衛は成立しない。
  (4) 争点4(被告らが原告らに賠償すべき損害額はいくらか)について
   ア 原告らの主張
    (原告Aらの主張)
    (ア) aの逸失利益           4865万6858円   
      aは死亡時17歳であったから,その就労可能期間は1年後から50年後までの49年間である。平成11年度賃金センサス第1巻第1表による産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年齢平均年収562万3900円を基礎として,生活費控除率を50パーセントとし,ライプニッツ方式により中間利息を控除して(係数・18.2559-0.9523=17.3036)算出したaの逸失利益は4865万6858円である。
    (イ) aの慰謝料            2000万0000円   
    (ウ) 相続
      原告Aらは,aの両親として,aの有する上記(ア),(イ)の損害賠償請求権を2分の1ずつ相続した。
    (エ) 原告Aら固有の慰謝料       各500万0000円   
    (オ) 原告A1が負担した葬儀費用     120万0000円
    (カ) 損害の填補            3000万0000円  
      原告Aらは,被害者請求によって,自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から3000万円の保険金を受領した。
    (キ) 弁護士費用
      原告Aらは本件訴訟の遂行を原告Aら代理人に委任し,その報酬を支払う旨を約したが,その金額は,原告A1が250万円,原告A2が240万円である。
    (ク) まとめ
      上記(ア)ないし(キ)によれば,被告らが支払うべき損害額は,原告A1については2802万8429円,原告A2については2672万8429円である。  
    (原告Bらの主張)
    (ア) bの治療費                 2950円   
    (イ) bの逸失利益           5108万9475円
      bは,本件事故当時17歳であったから,平成11年度賃金センサス第1巻第1表による産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年齢平均年収562万3900円を基礎として,生活費控除率を50パーセントとし,ライプニッツ方式により中間利息を控除して(係数・18.1687)算出した逸失利益は5108万9475円である。
    (ウ) bの慰謝料            2000万0000円   
    (エ) 過失相殺
      本件事故に関しては,aが運転する本件自動二輪車が深夜,片側1車線の道路の対向車線を高速度で走行して,渋滞車両の追越しをかけたことが本件事故の原因の一端をなしている。bは,aが運転する本件自動二輪車に同乗していたところ,積極的に上記危険走行を教唆,幇助したものではないものの,多数の自動二輪車が集団走行している事実を認識しながら,本件自動二輪車に同乗したものであるから,一定の過失相殺は免れないと考えるが,その割合は4割を超えない。
      上記(ア)ないし(ウ)のbの損害額は7109万2425円であるから,その4割を過失相殺した額は4265万5455円である。
    (オ) 相続 
      原告B1は,bの母親であるところ,bの相続人らによる遺産分割協議によって,bの上記(エ)の損害賠償請求権の全部を相続した。
    (カ) 原告B1が負担した葬儀費用     159万6820円  
    (キ) 原告B1が負担した墓碑建立費用   267万5000円  
      原告B1は,本件事故により,墓碑の建立を余儀なくされ,その費用267万5000円を支出した。 
    (ク) 原告B1が負担した遺体処理費用     1万0500円
    (ケ) 原告B1の固有の慰謝料       500万0000円
    (コ) 損害の填補            3000万2950円
      原告B1は,平成13年8月8日,自賠責保険から3000万2950円の支払を受けた。
      なお,不法行為に基づく損害賠償債務は不法行為の日から当然に遅滞に陥り,遅延損害金が発生するところ,原告B1の損害のうち上記のとおり填補された部分(3000万2950円)については,上記填補の日以降は遅延損害金は発生しないが,本件事故日である平成11年9月11日から上記填補の日の前日である平成13年8月7日までの間に,286万4665円の遅延損害金が確定的に発生している。
    (サ) 原告B1の弁護士費用        356万0100円   
      上記(オ)ないし(ケ)の合計額から上記(コ)の填補の額を差し引くと2193万4825円となるところ,これに対する弁護士費用は356万0100円が相当である。
    (シ) 原告B2の固有の慰謝料と弁護士費用 124万0000円   
      原告B2はbの叔母であるが,bの幼少時からその生活全般にわたって面倒を見て,家族同様の生活をしていたから,原告B2が被った精神的苦痛に対しては固有の慰謝料が認められるべきである。その額としては100万円が相当であり,この金額に基づく弁護士費用は24万円である。
    (ス) B3の固有の慰謝料,弁護士費用   124万0000円   
      B3はbの祖母であるが,bの家から徒歩1分ほどの近距離に居住し,bの幼少時からその生活全般にわたって面倒を見て,家族同様の生活をしていたから,B3が被った精神的苦痛に対しては固有の慰謝料が認められるべきである。B3はbが死亡した後,その精神的ショック等から体調不良を訴えるようになり,平成13年4月以降は,脳梗塞,心臓病等で入退院を繰り返している状態であるから,同人が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては100万円が相当であり,この金額に基づく弁護士費用は24万円である。
    (セ) B3の死亡と訴訟承継
      B3は本件訴訟提起後の平成16年3月4日に死亡したところ,同人の子である原告B1及び原告B2が,上記(ス)の請求権を含むB3の遺産を法定相続分である2分の1ずつ相続し,本件訴訟についても承継した。
    (ソ) まとめ
      上記(ア)ないし(セ)によれば,原告B1の請求額は2897万9590円(うち286万4665円は確定遅延損害金),原告B2の請求額は186万円となる。
   イ 被告らの主張
    (原告Aらの主張に対し)
    (ア) aの逸失利益について
      原告Aらは,aが高校卒業後働き始めることを想定しているのであるから,逸失利益の基礎となる平均年収は,賃金センサスによる学歴計の平均賃金ではなく,高卒労働者の平均賃金である520万4400円を用いるべきである。
      ライプニッツ係数及び生活費控除率は認める。
    (イ) a,原告Aらの慰謝料について
      a,原告A1及び原告A2の慰謝料を合計しても,最大で2000万円である。
    (ウ) 原告Aらによる相続は不知。
    (エ) 葬儀費用及び損害の填補は認める。
    (オ) その余は否認又は争う。
    (原告Bらの主張に対し)
     原告B1が自賠責保険から3000万2950円の支払を受けたことは認め,その余はいずれも否認又は争う。
     bの逸失利益の算定については,aの場合と同様,賃金センサスによる高卒労働者の平均賃金520万4400円を基礎とすべきである。また,中間利息の控除に係るライプニッツ係数は,50年の係数から1年の係数を差し引いた17.3036とするのが正しい。
     原告B1の葬儀費用,墓碑建立費用及び遺体処理費用は併せて120万円とするのが相当である。
     確定遅延損害金の算定は,原告Bら独自の見解である。
   (5) 争点5(地方公務員である被告C個人が,その職務中に惹起した本件事故に関し不法行為に基づく損害賠償義務を負うか)について
    ア 被告らの主張
      被告Cは,本件事故当時,埼玉県警察の警察官として児玉警察署に勤務しており,その職務を執行中に,本件事故に遭遇したものであるから,被告C個人は損害賠償義務を負わない。
    イ 原告Aらの主張
      原告Aらは,被告埼玉県に対し,国家賠償法に基づく損害賠償を求めるほかに,自賠法3条所定の運行供用者であることに基づく損害賠償を請求しているのであるから,仮に国家賠償法が不法行為を行った公務員個人の責任を否定しているとしても,被告埼玉県が自賠法の運行供用者責任を負う場合には,運転者本人である被告Cの不法行為に基づく損害賠償義務は排除されない。
第3 争点に対する判断
 1 各争点に対する判断の前提となる事実関係
  (1) 自動二輪車による集団暴走行為と被告Cらの取締活動
    上記第2の1の争いのない事実等に,甲A第1,第6号証,甲B第1,第2,第4,第16,第17,第24号証,第26ないし第28号証,乙第2ないし第32号証,第36号証,第38ないし第47号証,第49号証,第51ないし第53号証,第67,第68,第71,第72号証(枝番のあるものは各枝番を含む。)及び証人H,同I,同Dの各証言,被告C本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
   ア 自動二輪車による集団暴走行為
     平成11年9月11日午後10時ころ,いわゆる暴走族である「極神會」のメンバーを中心とした少年ら20数名が,埼玉県児玉郡z町の飲食店「すかいらーく児玉店」から,自動二輪車10数台に分乗して集団で走行を開始し,その後,同郡内及び本庄市内の路上において,道路いっぱいに広がって低速で走行したり,道路上を蛇行したり,空ぶかしの状態でエンジンを高速回転して,大きなエンジン音や排気音を立てたり,赤信号を無視して交差点を進行したり,車両上で手や体をくねらせるように動かす「たこ踊り」と称される行為をしたり,対向車線上を走行してくる対向車の前に出て,その走行を妨害し停止させる「対向車殺し」と称される行為をしたりするなどの暴走行為を繰り返した。また,本件集団の後方には,その暴走行為を見物
するために,Jが運転する乗用車(以下「J車両」という。)やKが運転する乗用車等が追随していた。
     当時,上記「極神會」のメンバーであったbは,マフラーの消音器を取り外す等の改造を施した自己の自動二輪車に乗って,この集団暴走行為に参加しており,当初は,自己の自動二輪車をEに運転させて,自分はその後部座席に同乗していたが,その後,J車両の後部座席に乗り換えて,本件集団の後方を追随していた。一方,aは上記「極神會」のメンバーではなかったものの,自己の自動二輪車(本件自動二輪車。長さ210センチメートル,総排気量0.39リットル。)を運転して上記暴走行為に参加しており,当初はその後部座席にLを同乗させていたが,その後,その同乗者をMに替えていた。
   イ 被告C及びDによる取締りの開始
     被告Cは,昭和51年4月に埼玉県警察に採用された後,各地域警察署や交通部交通機動隊勤務を経て,平成10年3月に児玉警察署に異動し,本件事故当時は同警察署地域課の無線自動車警ら係係長の職にあった。同人は,昭和51年に普通自動車免許を取得し,昭和52年に当時の中型限定自動二輪車免許を取得した(後にその限定を解除した。)ほか,警察検定として,昭和53年に普通2級,昭和57年に白バイ1級を取得するなど,本件事故当時までに乗用車及び自動二輪車の長い運転歴を有していた。
     一方,Dは,昭和52年4月に埼玉県警察に採用された後,各地域警察署や関東管区機動隊勤務を経て,平成9年3月から児玉警察署地域課無線自動車警ら係に所属していた。
     被告C及びDは,平成11年9月11日の夜,上記アの集団暴走行為の通報を受けて,警ら用無線自動車「児玉1号」(本件パトカー。全長474センチメートル,全幅176センチメートル。)を,被告Cが運転し,Dがその助手席に同乗して,本件集団の取締りに出動した。被告Cは,本件事故現場からおよそ2キロメートル本庄市寄りの本件県道上で,同県道を本庄市方面から寄居町方面に向けて走行する自動二輪車の集団を発見し,いったん脇道に待避して,目前を通過する同集団が暴走行為者の集団(本件集団)であることを確認した後,本件パトカーを同県道上に進行させ,本件集団とその後方を追随していた見物人の乗用車の間に入ると,一度サイレンを鳴らして警告を発し,本件集団の追尾を開始した。その後,被告Cらは,本件パ
トカーの赤色灯を点灯させながら,本件集団の後方約10ないし15メートルの位置でこれを追走し,本件集団の暴走行為を写真に撮影するなどの採証活動を実施するとともに,本件集団に対し,車載拡声器を使用して「止まれ。」などと命令を発していた。
   ウ a及びbの行動
     被告Cらが本件集団を追尾し始めたころ,上記アのとおり,aは,Mを同乗させて,本件集団の中で本件自動二輪車を運転していたが,本件事故現場からおよそ1キロメートル手前の,東日本旅客鉄道株式会社八高線松久駅近くの踏切付近で,本件自動二輪車に同乗していたMとE運転の自動二輪車に同乗していたNとが互いに交替したため,その後は,Nが本件自動二輪車の後部座席に同乗することとなった。その後,Eが運転し,Mが同乗する自動二輪車は,そのまま本件集団に混じって本件県道上を走行し,暴走行為を続けたが,aが運転し,Nが同乗する本件自動二輪車は,上記踏切の先で,いったん本件県道を離れて路地に入り,本件パトカーが通り過ぎた後に,再度本件県道に戻って,同県道上をゆっくりと走行していたJ車両に近づい
た。そして,本件自動二輪車とJ車両がいずれも本件県道上で停止し,上記アのとおり,J車両の後部座席に座っていたbが本件自動二輪車に乗り換え,それまで本件自動二輪車に同乗していたNがJ車両の後部座席に乗り込んだ。
   エ 本件集団の逃走とケツ持ち役の自動二輪車の動き
     そのころ,被告Cらは本件集団を追走していたが,本件事故現場のおよそ600メートル手前の地点で,本件パトカーの前を走行していた本件集団のうちの大半の自動二輪車が速度を上げて逃走を始めるとともに,その集団の最後尾で,E運転,M同乗の自動二輪車(以下「E車両」という。),F運転,L同乗の自動二輪車(以下「F車両」という。)及びG運転,O同乗の自動二輪車(以下「G車両」という。)の3台の自動二輪車が,パトカーの進行を妨害し,先行集団の逃走を助ける,いわゆる「ケツ持ち」役として,道路幅いっぱいに広がり,横に並んで,低速で走行する行為に及んだ。上記3台の自動二輪車はいずれも,マフラーの消音器を取り外す改造を加えていたため,空ぶかしによって大きなエンジン音や排気音を立てながら,上
下各1車線の本件県道上で,E車両がその左側車線上を,F車両がその中央線のやや左寄りを,G車両がその対向車線上を,いずれも時速約20ないし30キロメートルの速度で,横一列に並んだ状態で走行していた。
     上記ケツ持ち役の自動二輪車に進行を阻まれた被告Cらは,その後も,本件パトカーの赤色灯を点灯させながら,本件県道の左側車線上を,上記自動二輪車から約10ないし15メートルの距離を置き,同自動二輪車の速度に合わせて時速約20ないし30キロメートルの速度で追走していた。
  (2) 本件事故の発生及びその前後の状況
    上記第2の1の争いのない事実等及び上記(1)の認定事実に,甲A第1ないし第3号証,甲B第1ないし第3号証,第16号証,第25ないし第27号証,第30ないし第34号証,乙第2ないし第7号証,第9ないし第37号証,第49号証,第51ないし第57号証,第64ないし第73号証(枝番のあるものは各枝番を含む。)及び証人H,同I,同Z1,同Dの各証言,被告C本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
   ア 本件事故現場付近の状況
     本件県道は,本庄市方面(北側)から寄居町方面(南側)に向かって南北に通ずる道路で,本庄市方面から南下してくると,本件事故現場の手前で緩やかな右カーブとなり,その先の本件事故現場付近ではほぼ直線となっている。本件事故現場付近の車道部分は,上下各1車線で,上下の各車線の幅員はそれぞれ約2.9メートル,その両外側にある各路側帯の幅員はともに約0.7メートルである。本件事故現場の前後では,最高速度が時速40キロメートルに制限されているほか,追越しのための右側部分はみ出し通行が禁止されている。また,道路の両側にはほとんど街路灯がなく,本件事故現場の周囲は,本件事故当時,暗い状態であった。
   イ 後続車両等の走行状況
     被告Cらが,上記3台のケツ持ち役の自動二輪車の後方を追尾して,本件事故現場に近づいたころ,本件パトカーの後方には,ケツ持ち役の自動二輪車と本件パトカーの走行速度に合わせて,多数の乗用車が連なって渋滞を形成しながら,いずれも低速度で走行していた。それらの後続の乗用車の中には,Hが運転するワンボックス車(日産・バネット),Pが運転する左ハンドルの米国車(キャデラック),Kが運転し,助手席にQが,後部座席にR,I及びSが同乗する乗用車(ホンダ・アコード),Jが運転し,助手席にTが,後部座席にU,V及びNが同乗するJ車両(日産・シーマ)があり,それらの乗用車と本件パトカーのおおよその位置関係は,本件パトカーの後方1台目がH運転のワンボックス車,2台目がP運転の米国車であり,
4ないし5台目がK運転の乗用車,その直後がJ車両となっていた。
     上記(1)のウのとおり,bがJ車両から本件自動二輪車に乗り換えたことにより,本件自動二輪車の乗員がaとbとなった後,同人らは対向車線上を少し前進して,J車両の1台前を走行していたK運転の乗用車に近づき,同車に乗車していたK,Q,Iらと「前にお巡りがいるよ。」などと短い会話を交わした。
     その後,本件自動二輪車は,K運転の乗用車から離れ,本件県道の対向車線上を,上記ケツ持ち役の自動二輪車や本件パトカーの進行方向である寄居町方面に向けて,大きなエンジン音を立てて,急激に加速しながら走行していった(なお,この直後に発生する本件事故当時,本件自動二輪車を運転していたのがbであることにつき,原告Aらと被告らとの間では争いがなく,原告Bらと被告らとの間で争いがあるが,この点についての判断はしばらく措き,原告Bらと被告らとの間では,以下の説示において本件自動二輪車を運転している者がaであったものと仮定することにする。)。
   ウ 本件事故直前の本件パトカー等の走行状況
     本件パトカーの前方を走行していたケツ持ち役の3台の自動二輪車は,上記(1)のエのとおり,時速約20ないし30キロメートルの低速度で,本件県道上を横一列に広がって走行していたが,本件事故現場に近づいてきたころ,そのうち一番右側で,本件県道の対向車線上を走行していたGは,同乗していたOから「先に行こう」と勧められたこともあり,ケツ持ち役を止めて逃走しようと考え,自車を加速させていった。
     そのころ,本件パトカーは,本件県道左側車線上で,赤色灯を点灯しながら,ケツ持ち役の自動二輪車の約10ないし15メートル後方で,これを追尾していたが,対向車線上のG車両が加速して先行していったのを認めた被告Cは,それまでG車両がいた位置,すなわち,残った2台のケツ持ち役の自動二輪車の右側に入り込んで,その乗員の特定や写真撮影などの採証活動を行おうと考え,本件事故現場の40ないし50メートル程度手前から,右に転把して中央線を越え,本件事故現場の30ないし40メートル程度手前で,本件パトカーを対向車線上に進路変更させた。この進路変更に先立って,被告Cは,方向指示器等による合図をしなかったものの,ミラー及び目視により右後方を確認した。しかし,この時,被告Cが,自車後方に,自
車を対向車線上に進路変更させることによって特に危険を及ぼすと考えられるような他の車両の存在を認識することはなかった。対向車線に出た被告Cは,その後,本件パトカーをやや加速させて,本件県道の中央線のやや左側を走行していたF車両の右後方に近づいていった。
     他方,本件パトカー後方の対向車線上を加速しながら進行してきた本件自動二輪車は,それまでは対向車線の中央付近を走行していたが,上記のように本件パトカーが対向車線上に進路変更したことにより,本件パトカーを追い越すためには,同車よりさらに右側を通行しなければならなくなり,そのころ,対向車線の中央よりさらに右寄りに進路を変えつつ,そのまま加速を続けて走行した。
   エ 本件事故の態様
     ケツ持ち役として,本件県道の左側車線を走行していたEと中央線やや左寄りを走行していたFは,対向車線上でケツ持ち役を務めていたGが加速し先行していったため,本件パトカーが対向車線上のG車両がいた位置に入り込むのではないかと気にし,後方を確認したところ,上記ウのとおり,本件パトカーが対向車線上に進路変更し,やや加速してきているのに気付いた。そこで,Fは,本件パトカーが自車よりも右側に入り込むのを防ぐため,自車をやや加速させながら,右側に進路を変え,本件県道の中央線を横切って,中央線から50センチメートルないし1メートル右側の対向車線上に移動した。
     このとき,本件パトカーは,本件県道の対向車線上で,F車両の右後方5ないし10メートル程度の地点を,時速およそ40キロメートルで走行していたが,被告Cは,自車の左前方を走っていたF車両が中央線を越えて,対向車線上に進路変更してきたのを認め,とっさにハンドルを急激に右に切り,自車を対向車線上の右寄りに進路変更させた。この際,被告Cは,方向指示器等で進路変更の合図をすることをせず,また,自車の右後方の車両の有無を確認することもしなかった。
     上記右転把によって,本件パトカーの向きが右に転じられて,車体がやや右に変位した後,被告Cは,直ちに,本件パトカーの向きを本件県道と平行に戻すため,ハンドルを左に切った。
     他方,本件パトカーが上記進路変更をした時,本件県道対向車線上を直進してきた本件自動二輪車は,同パトカーを右側から追い越そうとして,時速およそ80ないし100キロメートルの高速度で本件パトカーの右後方に差し掛かったところであり,その進路が突如,本件パトカーによって遮られた結果,本件自動二輪車は,本件県道対向車線上の車道外側線の20ないし30センチメートル内側付近で,本件パトカーの右側面に,約7度の浅い角度で接触した。本件パトカーに比べてはるかに高速度で走行していた本件自動二輪車は,本件パトカー運転席ドア上部に,自車の左側ハンドルを接触させ,同ドア下部に自車のクランクケースを圧着しつつ擦過させながら,本件パトカーの前方へ進行し,さらに,本件パトカーの右前輪ホイールのリム
に,自車のクランクケースを激しく衝突させて,そのリムをめくれ上がらせるとともに,折しも前輪が左に転舵されることによって空隙が生じていた本件パトカーの右前タイヤハウス内に,自車の前輪を入り込ませて,自車前輪フェンダーを本件パトカーの右前フェンダーに衝突させた(以下,本件自動二輪車と本件パトカーのこの衝突を「本件衝突」という。)。
     高速度で走行していた本件自動二輪車のクランクケースが,低速度で走行していた本件パトカーのホイールリムに激しく衝突し,さらに,本件自動二輪車の前輪フェンダーが同パトカーの右前フェンダーと衝突したことによって,本件自動二輪車の前部に強い制動力が加わった結果,本件自動二輪車は,慣性によって,後輪を持ち上げて倒立するような挙動を示し,さらに,それまでの勢いのまま,空中を回転するようにして,大きく右前方に飛び出した。そして,本件自動二輪車は,本件事故現場からおよそ10メートル先に位置する,本件県道の進路方向右側(西側)の路端に設置されていた本件待合小屋の手前(北側)の側壁に,同車前部を下方に,後部を上方にした,ほぼ倒立の状態で,左側面を壁に当てるように激突し,同側壁を大破させ
た上,その待合小屋付近に落下,転倒した。
     本件自動二輪車に乗車していたaとbは,本件自動二輪車が本件パトカーに衝突して,倒立状態で飛翔するのに伴って,同じく右前方の空中に飛ばされ,本件事故現場からおよそ20メートル先の道路上に落下,転倒した。
   オ 本件事故後の事情
     被告Cは,衝突音と衝撃で本件事故の発生に気付き,速やかに本件パトカーを,本件事故現場からおよそ24メートル先の,本件県道対向車線上に停止させた。この時,本件パトカーの右前輪ホイールのリムが本件衝突によって約6センチメートル程度めくれ上がるように凹損していたため,右前輪タイヤ内の空気が急速に放出され,タイヤが凹む状態となった結果,本件パトカーが走行した路面上の,本件衝突地点と上記停止位置の間の一部に,約11.3メートルにわたって同車右前輪によるタイヤ痕(以下「本件タイヤ痕」という。)が印象された。
     その後,被告C及びDは,a及びbのために救急車を呼ぶなどの救護に当たったが,その際,上記暴走行為を行っていた少年らやその友人らに囲まれて,怒声を浴びるなどしたために,事故現場付近が騒然とする状態となった。
     本件事故後,aは,深谷赤十字病院に搬送されたが,平成11年9月12日午前1時34分ころ,脳挫傷により死亡し,他方,bは,本庄総合病院に搬送されたが,同日午前0時50分ころ,前額部左側打撲傷,頭蓋骨骨折等の傷害による頭蓋内損傷により死亡した。
  (3) 本件事故態様等についての補足説明
    上記認定事実のうち,(2)のウ,エは,本件において,原告ら及び被告らの主張が厳しく対立する点に係るものであるので,以下,(2)の冒頭に掲げた各証拠によって,同ウ,エの認定に至った理由について,若干の補足説明を行うことにする。
   ア まず,被告Cは,本件事故直後に行われた実況見分及び警察官による取調べにおいて,本件パトカーを運転し本件事故現場の約60.8メートル手前を走行していたときに,ケツ持ち役の3台の自動二輪車のうち対向車線上を走行していた自動二輪車(G車両)が加速先行したこと,同約42.6メートル手前で本件県道の左側車線から右に進路変更を開始し,同約33.4メートル手前で対向車線上に移動したこと,その後本件衝突時まで対向車線上をやや加速しつつ走行していたこと,残ったケツ持ち役の自動二輪車のうち中央の自動二輪車(F車両)が対向車線に進路変更してきたため,右転把したところ,対向車線上の車道外側線の内側約20センチメートルのところで,後方から来た本件自動二輪車と衝突したことを供述又は指示説明して
おり(乙第6,第32号証),本件訴訟の本人尋問においてもこれと同旨の供述をする。このような被告Cの供述は,本件事故直後から一貫しており,その供述内容自体に特に不自然なところはない(被告Cが,対向車線上のケツ持ち役の自動二輪車が加速した後に,中央のケツ持ち役の自動二輪車の右方に急に入り込もうとせず,むしろ慎重に進路変更した後,徐々に加速していったのは,中央の自動二輪車の進路変更による接触事故を恐れた警察官の行動としては至極当然のことであるし,中央の自動二輪車が突然進路変更してきた際,必ずしも切迫した接触の危険がなくとも,それに応じて,とっさにハンドルを右に切ったことも,自動車運転者の心理として何ら不自然なものとは言えない。)。
     確かに,本件パトカーの助手席に同乗していたDは,その証人尋問において,本件パトカーが中央線付近に寄ったことはあったかもしれないが,対向車線まで出たという記憶はなく(証人D調書48頁),右に動いたという感触は1回しか感じていない(同7頁)とし,右に進路変更したと感じた後1秒ないし2秒足らずでドンという音がした(同上)と供述するが,Dは,本件事故の前には,警察用無線のスピーカーに耳を近づけるため,かがみ込むような形で,頭をダッシュボードの下辺りに近づけていて,前方を見ておらず(乙第7号証,証人D調書5頁),本件パトカーの前方のケツ持ち役の3台の自動二輪車のうち1台が前方に走り去ったことも認識していない(証人D調書6頁)のであるから,Dが,その後に本件パトカーが対向車線に
出たことを見ていなかったとしても不自然ではなく,本件パトカーが時速約20ないし30キロメートルの速度で,徐々に右に進路を変更して対向車線上に移動したとすれば,助手席でかがみ込んでいたDが,この本件パトカーの動きを体感し得なかったとしてもなんら不合理ではない。また,Dの,本件パトカーが右に寄ったと感じた後1秒ないし2秒足らずで本件衝突が生じたとの上記供述も,Dが感じた右への進路変更が本件衝突直前の急激な右転把によるものであったと考えられるから,被告Cが供述する上記走行態様と何ら矛盾がないばかりか,むしろそれと符合するものと言うことができる。
   イ 次に,本件パトカーの直前を走行していたケツ持ち役の3台の自動二輪車の乗員らのうち,左側で自動二輪車を運転していたEは,本件パトカーが本件事故現場付近から30数メートル手前の対向車線上を走行しているのを見て,中央の自動二輪車を運転していたFに右に寄るよう合図をしたところ,同車が中央線を1メートルくらい超えて,対向車線上に移動した旨供述又は指示説明し(乙第9ないし第11号証),中央で自動二輪車を運転していたFは,本件パトカーが本件事故現場付近からおよそ30数メートル手前の対向車線上を走行しているのに気付き,その進行を妨害するために右に寄り,中央線を約60センチメートル越えて対向車線上に移動したが,その後再び左側車線に戻った旨,衝突音が聞こえた直後には,本件パトカーは対向
車線の車道外側線から約30センチメートル内側を走行していた旨供述又は指示説明し(乙第14ないし第16号証),F車両に同乗していたLは,本件事故現場付近から10数メートル手前で中央線のやや左を走行していた時に,自車の右後ろの対向車線上に本件パトカーが走行していた旨,その後F車両は加速し,中央線付近を走行したが,それが対向車線側であったかどうかは分からない旨供述又は指示説明し(乙第17ないし第19号証),右側の対向車線上で自動二輪車を運転していたGは,捕まるのが嫌だから自車を加速させたところ,本件事故現場付近から50数メートル手前で本件パトカーは右に進路変更を始め,対向車線に入り出した旨,F車両は中央線から対向車線側に約40センチメートル入ったところに進路変更した旨,その時,本件
パトカーの後ろに自動二輪車の前照灯が見えたが,その自動二輪車は対向車線の車道外側線の内側約30センチメートルのところを走行していた旨供述又は指示説明し(乙第20ないし第22号証),G車両に同乗していたOは,運転していたGに「ヤバイから先に行こう」と言ったところGが自動二輪車を加速させた旨,本件パトカーは本件事故現場付近の50数メートル手前で進路変更を始めて対向車線に入り始めていた旨,大きな衝突音の直後に後ろを振り返ると本件パトカーが対向車線の車道外側線のすぐ内側を走っていた旨供述又は指示説明している(乙第23ないし第25号証)。これらの供述又は指示説明は,被告Cが供述する上記走行態様とおおむね符合するものであるが,上記自動二輪車の乗員らは,もともと,本件パトカーの進行を妨げる
ためのケツ持ち役を務めていた者らであるから,当然,自車直後の本件パトカーの動静に注意を払っていたものと考えられ,上記のように本件パトカーの走行状況を詳しく把握している点に何ら不自然な点はなく,かつ,同人らの認識の正確性は高いものと言うことができる。確かに,同人らはいずれも各々の道路交通法違反事件の被疑者として取調べを受ける中で上記供述又は指示説明をしたものではあるが,上記供述内容又は指示説明の内容は,目撃地点や目撃内容の点で微妙な差異があり,また,上記Lの供述のように,分からない事実については分からないとされていることに照らして,取調官からの働きかけや誘導により,同人らの認識や記憶と異なる供述又は指示説明がなされたものと疑うことはできない。
   ウ 後記エの(ウ)のとおり,本件パトカーは本件自動二輪車と約7度の角度で衝突したことが認められ,この事実によれば,本件衝突時に,本件パトカーの車体は本件県道進行方向に対して約7度右方向を向いていたことが推認されるが,その時点で被告Cは右に切ったハンドルを既に戻しており(被告C調書31頁),本件パトカーの前輪の角度がすでに数度左に転舵されていた(乙第65号証,証人Z1調書37,38頁)のであるから,本件パトカーが本件衝突後に右へ変位した量はわずかなものであったと推認される。他方,甲A第3号証,甲B第30号証,乙第32号証によれば,本件衝突地点の数メートル先から約11.3メートルの長さにわたり,本件県道対向車線上に車道外側線に沿って,バースト痕(本件タイヤ痕)が印象されている
こと,当該バースト痕と車道外側線との距離は,本件衝突地点に最も近い位置(北端)で10数センチメートル程度であり,いったんは緩やかに車道外側線に近づいていくが,途中から緩やかに離れていき,最後(南端)では数10センチメートル程度であることが認められる。
     そして,これらの事実によれば,本件衝突地点が,本件県道対向車線の車道外側線の約20ないし30センチメートル内側の地点であったことが認められるところ,それは,上記ア,イの被告C及びケツ持ち役の自動二輪車の乗員らの供述や指示説明の内容と符合し,同供述及び指示説明の正確性を裏付けるものである。
   エ(ア) 本件衝突時の本件自動二輪車と本件パトカーの相対速度及び衝突形態に関し,Z2作成の鑑定書と題する書面(甲A第7号証。以下「Z2書面」という。)には,同作成者の意見として,本件自動二輪車が,本件パトカーよりやや速い速度で,同パトカーの右側部に接触しながら,同パトカーの前方に出かかったところで,同パトカーが加速して同自動二輪車の前に出つつ右に進路変更したことにより,本件自動二輪車の前輪が同パトカーのバンパー部に巻き込まれて,同自動二輪車が棒立ちになった旨の記載があり,またZ3作成の鑑定書と題する書面(甲B第18号証の1。以下「Z3書面」という。)には,同作成者の意見として,本件パトカーが,本件自動二輪車の左斜め後方から,同自動二輪車よりも時速20キロメートル程度速い速
度で,同自動二輪車のエンジン部分付近に衝突し,同自動二輪車を押し出すようにして,同自動二輪車を転倒させた旨の記載がある。
      しかしながら,甲A第3号証,甲B第25号証(枝番を含む。),乙第34,第35,第57,第65号証によれば,本件自動二輪車は,本件衝突時に,その後輪を持ち上げて倒立するような形で,右前方に飛び出したことが明らかである(この事実は上記Z2書面でも認められている。)ところ,上記Z2書面及びZ3書面に記載されたように,本件パトカーが本件自動二輪車より速い速度又は同等の速度で走行していた状態で本件自動二輪車と本件パトカーが衝突したとすれば,その衝突によって本件自動二輪車がその後輪を持ち上げて倒立するような挙動を示すことは通常考え難いところ,これらの書面では,この点について何ら合理的な説明がなされていない。また,Z2書面においては,本件パトカーの運転席ドアに縦方向に連続する数
個の打痕とそのそばの縦方向の擦過痕が,本件事故の際,本件自動二輪車の左側ハンドルの先端と衝突することによって印象されたものと解して,その時の本件パトカーと本件自動二輪車の速度が等しかったとの結論を導いているが,それらの痕跡の地表面からの高さ(最下点でおよそ70センチメートル,甲B第25号証の2の写真26)と本件自動二輪車のハンドルの地表面からの高さ(およそ90センチメートル。甲B第25号証の2の写真91)の相違からすれば,上記痕跡が本件自動二輪車の左側ハンドルによって印象されたものであると解することは困難である。さらに,Z3書面に記載されたような衝突形態であれば,本件パトカーのバンパーの右前部付近に,自動二輪車と衝突し,それをはね飛ばすことによって大きな損傷が生じているはずで
あるが,本件パトカーにはそのような損傷は見当たらない(甲B25号証の2の写真28,29)。
      したがって,本件パトカーと本件自動二輪車の相対速度及び両車の衝突形態が,Z2書面やZ3書面に記載されたようなものであったと考えることはできない。
    (イ) 本件事故当時の本件パトカー及び本件自動二輪車の速度に関しては,本件パトカー,本件事故現場付近を走行していた自動二輪車及び乗用車の乗員ら(被告C,D,E,F,L,G,M,K,N,H)の各供述調書(乙第6,第7,第11,第15,第16,第18,第19,第21,第22,第24,第26,第30,第31,第68号証)及び証人Hの証言中に,本件パトカーにつき,ケツ持ち役の自動二輪車の後方を追随していたときの速度が時速約20ないし30キロメートル,G車両が加速先行していった後,残った2台のケツ持ち役の自動二輪車の右側に入り込もうとしてやや加速した後の速度が時速40ないし50キロメートルであるとし,本件自動二輪車の本件衝突時の速度が時速約80ないし100キロメートルであるとする
供述記載や供述がある。そして,これらの供述記載や供述は,客観的な事情,すなわち,本件自動二輪車が,本件衝突時に,その後輪を持ち上げて倒立するような形で,右前方に飛び出したこと(上記(ア)),本件パトカーが,本件衝突後に,急制動をかけることなく,本件衝突地点からおよそ24メートル先で停止していること(上記(2)のオ,甲A第3号証,甲B第30号証,被告C本人尋問の結果)とおおむね符合する。このことに,Z1作成の鑑定書と題する書面(乙第56号証,以下「Z1書面」という。)において,本件自動二輪車と本件パトカーの速度差が時速50ないし70キロメートルであったと推定されていること(なお,Z1書面においては,本件パトカーの右前輪ホイールのリムの凹損の程度を,作成者が実施した衝突実験で得られた同
様の凹損の程度と比較して,両車の速度差を推定しているところ,上記衝突実験は,本件衝突の再現として,その手法の点で妥当なものと考えられ,その実験結果も衝突の形態及び衝突による車両の痕跡の点で実際の衝突結果とある程度類似していると認められることから,本件衝突結果と上記実験結果を比較して速度差を算出することにはそれなりの合理性が認められる上,その算出方法も物理法則にかなったものと考えられるから,その結論は,厳密とは言えないまでも,おおよその数字としては信用できる。)を併せ考えれば,本件事故当時の本件パトカー及び本件自動二輪車の各速度は,上記(2)のエのとおり,本件自動二輪車が時速およそ80ないし100キロメートル,本件パトカーが時速40キロメートル程度であったと推認できる。
    (ウ) また,本件パトカーと本件自動二輪車の衝突角度については,上記Z1書面において約7度と推定されているところ,この角度は本件自動二輪車と本件パトカーの接触痕をつき合わせることによって推定され

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