hanrei @Wiki H17.11. 8 広島高等裁判所 平成17年(う)第129号 業務上横領被告事件



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業務上横領被告事件について,被告人からの事実誤認,被告人の検察官に対する供述調書の採用に関する訴訟手続の法令違反
及び公訴権濫用の主張を理由とする控訴を棄却した事案


               主           文
        本件控訴を棄却する。
               理           由
 本件控訴の趣意は,主任弁護人大国和江,弁護人加藤喜美及び同楾大樹連名作成の控訴趣意書及び「控訴趣意書の補充並びに立証」と題する書面に記載されているとおりであるが,その趣旨とするところは,必ずしも明確とはいい難いものの,ほぼ次のように理解することができよう。すなわち,広島労働局職業安定部長である被告人が,労働大臣あるいは厚生労働大臣官房会計課長から広島雇用安定・創出対策協議会宛に支出される雇用安定・創出対策事業等の委託実施経費の出納保管等の業務に従事中,他の共犯者と共謀の上,平成12年8月3日から平成13年4月13日までの間,前後20回にわたり,業務上預かり保管中の現金合計1030万1907円を着服して横領した旨認定した原判決について,(1)被告人は,上記委託実施経費の出納保管等
の業務に従事していたことはなく,共犯者との共謀はもちろんのこと,横領の犯意すらなかったから,原判決には事実の誤認がある,(2)原判決が有罪の証拠とした被告人の検察官に対する一連の供述調書は,重大な権利侵害を伴う取調べの所産であって,証拠能力に欠けるから,これらを有罪の証拠とした原判決には訴訟手続の法令違反がある,(3)広島労働局及びその前身である広島県商工労働部においては,同様の不正行為が継続的に行われており,多数の幹部職員が不正な利得を得ていたにもかかわらず,幹部職員中被告人だけが起訴されており,このような検察官の措置は,公訴権濫用として起訴手続の無効を来すというべきである,というものと解される。
第1 事実誤認の論旨について
1 関係証拠によると,本件の概要は,以下のとおりであって,これを左右するに足りる的確な証拠は見当たらない。
(1) 広島県内における職業安定法等に関する事務であるいわゆる職業安定行政については,国の機関委任事務として,広島県商工労働部雇用保険課及び職業安定課が担当していたが,平成12年4月1日,機関委任事務が廃止されたことに伴い,広島労働基準局等の労働省の地方機関等と統合された広島労働局が所掌するようになり,具体的には,広島労働局職業安定部が担当するようになり,平成13年1月6日の厚生労働省発足後も変化はなかった。
(2) 被告人は,昭和37年3月,労働事務官に採用され,広島県内の公共職業安定所に勤務したり,地方事務官として広島県商工労働部雇用保険課及び職業安定課に勤務した後,平成9年4月に広島県商工労働部職業安定課主幹,平成11年4月に広島県商工労働部雇用保険課長,平成12年4月に広島労働局職業安定部長に就任し,平成14年4月に退職したものである。
(3) 労働省においては,国際化の進展等による産業構造の変化に対応した雇用の維持等を図る目的で,委託実施経費(以下「委託費」という。)を支給して,雇用安定・創出対策事業を実施することとし,平成8年5月,広島県内における当該事業の実施主体として,広島県雇用問題協議会雇用安定・創出対策専門部会(以下「専門部会」という。)が設置され,その設置要綱及び会計事務取扱要領によると,会計責任者は専門部会の会長とされるものの,専門部会の会長は,広島県商工労働部職業安定課長を出納者に命じて専門部会の会計事務を担当させることとされ,同課長は部下職員を補助者として会計事務を行わせることができるとされ,専門部会の会長は,他に職があり,専門部会の会議があるとき以外は登庁しないため,広島県商工労働部職業安定
課の金庫に後記の預金通帳等を保管していた。また,平成11年度からは,緊急地域就職促進プロジェクト事業についても専門部会が実施主体とされたほか,平成12年4月の上記組織改編に伴い,専門部会は広島雇用安定・創出対策協議会(以下「対策協議会」という。)と名称が変更されたものの,会長には変動がなかった上,対策協議会の会計事務についても,従前の広島県商工労働部職業安定課長に対応する広島労働局職業安定部長が新たに出納者となって,担当するようになった。そして,実際の会計処理等をみると,労働大臣官房会計課長から専門部会の会長名義の預金口座2口座(対策協議会発足後も「広島県雇用問題協議会雇用安定・創出対策専門部会会長挾田喜義」名義の普通預金口座に変更はなかった。)に委託費が振込送金されていたが
,その庶務を広島県商工労働部職業安定課又は広島労働局職業安定部職業安定課が行い,上記預金通帳及び印鑑を広島県商工労働部職業安定課又は広島労働局職業安定部職業安定課の金庫に保管し,支出に対応して作成される支払調書には,広島県商工労働部職業安定課長又は広島労働局職業安定部長が会計責任者として最終的な決裁をしていた。
(4) ところで,広島県商工労働部においては,かねてより,「幹部対応」,「本省対応」と称して,幹部職員の飲食費や労働省からの出張者に対する接待費等に充てるため,不正な会計処理によって,いわゆる裏金を捻出することが続けられており,職業安定課においては管理係主任,雇用保険課においては庶務係主任がその捻出工作に当たっていたところ,上記預金口座に振り込まれた委託費を流用して,裏金が捻出されるようになり,具体的には,職業安定課管理係主任が,架空の請求書や支払調書を作成した上,職業安定課長の決裁を経て,上記預金口座から現金を引き出すことを繰り返していた。
(5) 被告人は,広島県商工労働部職業安定課主幹に就任した時期以降,職業安定課管理係主任等から,「幹部対応」として,毎月数万円の現金の交付を受けていたほか,転任時にはせんべつ名目で多額の現金を受け取ったり,妻との温泉旅行の費用負担をしてもらうなどしており,さらに,主幹在任当時は,管理係から求められた架空の支払調書の決裁に関して,課長の印鑑も預かっていたことから,主幹及び課長の決裁印を押捺して,事実上の最終決裁権者として振る舞っていたことがあった。なお,平成11年3月ころ,管理係事務に関する補助者の採用に関して,管理係に対して,「その経理事務についても,安定・創出と同様に,管理係で面倒みてくれ。経理の方は任せるから,よろしく頼む。」と発言したことがあり,上記預金口座を利用しての不正
経理を続行するようにとの指示をしたことがあった。さらに,広島労働局に改編された後は,専門部会が対策協議会と名称が変更され,広島労働局職業安定部職業安定課雇用企画係主任が,広島県商工労働部職業安定課管理係において取り扱っていた上記不正経理を引き継ぎ,上記預金口座の預金通帳及び印鑑を保管していたところ,新たに着任した上記雇用企画係主任が不正経理に対する重圧から精神的に不安定となって欠勤を重ねると,広島労働局職業安定部長の地位にあった被告人は,職業安定課長補佐らと相談して,平成12年7月ころ,広島県商工労働部職業安定課管理係から広島東公共職業安定所雇用指導官に転出していたAを呼び付け,「委託費をまたやってくれ。」と指示して,広島東公共職業安定所雇用指導官の勤務時間が終了した後,広島
労働局職業安定部職業安定課の小会議室を使用させて,裏金捻出作業に当たらせ,上記預金口座から不正に引き出された現金については,裏金管理のための別の預金口座に入金し,必要に応じて支出することとされていた。そして,被告人は,対策協議会の事実上の会計責任者である上,上記預金口座から不正に引き出す方法により行われた本件業務上横領に関する不正支出を裏付ける支払調書には,最終決裁権者として被告人の印を押捺しているのである。
2 以上の事実関係に照らすと,被告人が,部下職員らと共謀の上,事実上の会計責任者として,業務上預かり保管中の上記預金口座の委託費としての預金について,自己らの用途に供するため,合計1030万1907円を不正に払い戻して横領したことは明らかといわなければならない。
 しかも,被告人は,検察官に対して,自己の指示に基づいて,対策協議会の委託費から資金を捻出して不正に支出していたことを具体的かつ詳細に供述しており,その供述内容が関係証拠とよく符合していること等を併せると,被告人の検察官に対する供述は十分に信用できるのである。
 所論は,被告人の検察官に対する供述調書については,(1)取調時の被告人の心身の状態が甚だしく悪化しており,その信用性には疑問がある,(2)原判決は,平成12年8月2日以前は本件業務上横領の犯意及び共謀がなかったという一方で,同月3日以降は本件業務上横領の犯意及び共謀が認められるというのであって,合理的説明ができない,などと主張するのであるが,(1)の点については,後述するとおり,被告人の心身の状態が著しく悪化していたとはいえないし,(2)の点については,原判決は,広島県商工労働部職業安定課主幹当時,専門部会名義の委託費預金口座から不正な裏金を捻出していることを承知していた被告人が,同年7月ころ,広島労働局総務部人事計画官の地位にあったBらと協議して,他に転出していた元管理係のAに委託費の不
正支出を命じたことを理由に,同年8月3日以降の委託費の不正支出について業務上横領罪が成立するとしたにすぎないことが明らかであるから,所論は独自の見解であって,原判決の判示部分に特に問題とすべき点は見当たらず,また,被告人の検察官に対する供述調書の内容が,Aの供述等の関係証拠とも大筋でよく合致していること等に照らしても,所論には到底賛同することができない。
3 したがって,原判決の事実認定は相当であって,所論は採用することができない。
 論旨は理由がない。
第2 被告人の検察官に対する供述調書の採用に関する訴訟手続の法令違反の論旨について
 所論は,被告人の検察官に対する供述調書は,心身共に不調であった被告人を深夜に至るまで長時間取り調べて作成されたものであるから,証拠能力に欠ける旨主張する。そこで,検討すると,被告人は,平成16年3月7日,広島地方検察庁に出頭して,検察官から任意の取調べを受けた際,広島県商工労働部職業安定課主幹当時から,専門部会名義の委託費預金口座から不正な裏金を捻出して,幹部職員の飲食費等に充てていたが,広島労働局発足後,同様の不正経理を行わせていた職員が欠勤を重ねるようになったため,上記Bと協議して,他に転出していた元管理係に上記不正な裏金捻出工作に当たらせて,被告人も不正に捻出した現金を繰り返し受領していた旨供述して,自己の犯罪事実を自白しており,同月11日午前10時7分,同検察庁にお
いて逮捕された際の弁解録取書においても,同様の供述をしているほか,同月31日,起訴されるまで,一貫して同旨の自白を維持していたこと,同月11日以降,広島拘置所に収容されていたが,高血圧症及び胃炎の疑いで投薬治療を受けており,高血圧症については無症状,胃炎の疑いについては胃もたれ感を訴えていたにすぎないこと,取調べは,深夜に及ぶことはあったものの,長時間に及ぶことはなかったこと,被告人は,同月12日,B弁護士を業務上横領被疑事件の弁護人として選任しており,起訴に至るまで連日のように同弁護人と接見していること等が認められ,被告人の検察官に対する供述調書の証拠能力が否定されるような事情はうかがわれない。
 次に,所論は,被告人の検察官に対する同月7日付け供述調書(乙第18号証)について,当日作成されたものではないなどと主張し,被告人も,原審公判において,逮捕される前に供述調書が作成されたことはなく,逮捕された後,逮捕状記載の犯罪事実を読み聞かされることもなく,弁護人選任権の告知もされずに,既にワープロで作成されていた数枚の書類に次々と署名指印を求められ,また,その後の取調べも,事前に検察官が作成していた供述調書を突きつけられて,署名指印しろと長時間にわたって責められ,体調が不調であったため,やむなく署名指印した旨弁解する。
 しかしながら,被告人の前記供述調書の末尾には,被告人の署名のほかに,被告人の認め印の印影が存在しており,被告人の弁解を前提としても,これが逮捕前に作成されたものであることは歴然としていること,その記載内容に照らしても,被告人に対して,業務上横領事件の被疑者として黙秘権の告知がなされて作成されたものと認められること,逮捕された後の被告人の検察官に対する供述調書についても,その記載内容等に加えて,被告人の体調が著しく悪化していた形跡がないことを考慮すると,その証拠能力が否定されるものではない。
 また,所論は,同月7日及び8日に被告人に交付された押収品目録交付書に,被疑者Aほか1名に対する詐欺被疑事件との記載があることを根拠に,被告人が,同月7日に業務上横領被疑事件の被疑者として取調べがなされるはずがないと主張するが,独自の議論であって,到底採用することができない。
 その他,所論を念頭に,記録を検討してみても,被告人の検察官に対する供述調書を証拠採用した原審の措置に訴訟手続の法令違反があるとはいえない。
 論旨は理由がない。
第3 公訴権濫用の主張の論旨について
 論旨は,要するに,広島県商工労働部雇用保険課及び職業安定課の主幹,課長の全員が不正支出を命じて,いわゆる裏金の恩恵に浴していた上,広島労働局においても,同時期に総務部長であった労働省から出向していたCは,総務部総務課会計第1係主任Dから不正に捻出された現金を毎月受け取るなどしていたのに,被告人だけが業務上横領罪に問われるのは,Cは起訴されておらず,あまりにも不平等であるから,検察官の公訴権濫用として,起訴手続の無効を来すべきである,というのである。
 そこで,検討すると,被告人以外の多数の歴代の広島県商工労働部の幹部職員や,広島労働局総務部長であったCが,被告人と同様に不正な方法で捻出された多額の現金の交付を継続的に受けていたことは明らかであり,幹部職員として刑事訴追を受けた被告人がこれに不満を抱くことは,心情的には理解できることであるが,その関与の態様,程度等によって,起訴不起訴が決せられることはやむを得ないところであって,検察官の本件公訴提起がその裁量の範囲を逸脱し,職務犯罪を構成するような違法な場合ではないことが明らかであるから,所論を受け入れることはできない。
 論旨は理由がない。
 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
  平成17年11月8日
    広島高等裁判所第1部

        裁判長裁判官     大   渕   敏   和


           裁判官     森   脇   淳   一


           裁判官     芦   高       源