hanrei @Wiki H17.12.14 鹿児島地方裁判所 平成12(ワ)789 損害賠償請求事件



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生体腎移植手術に関する医療過誤訴訟について,過失あるいは因果関係がないとして請求が棄却された事例


            主    文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
            事実及び理由
第1 原告らの請求
被告は,原告Aに対し金6737万5297円,及び原告Bに対し金680万円,並びにこれらの金員に対する平成11年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件事案の要旨
本件は,承継前被告(国)が開設していた鹿児島大学医学部附属病院(国立大学法人法により平成16年4月1日付けで被告が独立の法人として成立したのに伴い,現在は「国立大学法人鹿児島大学医学部・歯学部附属病院」と改称されている。以下「被告病院」という。)において平成11年6月1日に生体腎移植手術を受けたが,結局,肺炎による敗血症のため同月29日に死亡したC(以下「亡C」という。)の長男である原告Aと亡Cの内縁の夫であった原告Bが,被告病院における亡Cに対する診療行為上の過失を理由に,債務不履行又は不法行為による損害賠償を求めた事案である(なお,附帯請求は,亡Cが死亡した日からの民法所定の割合による遅延損害金の請求である。)。
2 基礎となる事実
証拠(甲1,甲16,乙1,乙2)及び弁論の全趣旨によれば,亡Cに対する診療経過等につき,以下の事実が認められる。
(1) 手術の準備が進められるまでの経過
ア 平成6年11月28日,亡C(昭和36年5月19日生)は,母であるD及び弟であるEとともに被告病院を訪れ,生体腎移植手術を希望している旨を述べ,その手術内容やそれに必要な検査に関する説明を受けた。
その際に亡Cが被告病院の医師に述べたところによれば,中学生のころから蛋白尿を指摘されていたが,精密検査を受けることなく放置していたところ,12年ほど前から体調不良となり,その後鹿児島県阿久根市にあるF病院において慢性腎不全と診断され,昭和60年10月28日から同病院で血液透析を受けているとのことであった。
イ 平成7年1月22日,亡Cが弟のEをドナーとする腎移植を希望していたことから,被告病院のウイルス学教室でHLAタイピングによる組織適合検査が行われたが,その結果,母(D)との適合性は良好であるものの,Eとの適合性は悪いことが判明した。
同年2月,当時被告病院泌尿器科の助手であったG(以下「G医師」という。)から上記検査結果の説明が行われた結果,Eをドナーとする移植は見合わせ,ドナー候補について改めて家族内での調整をするということになった。
ウ 平成8年6月14日,亡Cは,死体腎移植の可能性も考慮し,そのための登録を受ける目的で被告病院を受診し,必要な検査を受けた上で,死体腎移植のための組織適合検査を実施している日本赤十字血液センターへの紹介手続をしてもらい,平成9年4月25日にも,その登録の更新のために被告病院を受診した。
エ 平成10年2月24日,亡Cは,死体腎移植の登録の更新のために被告病院を受診した際,息子である原告Aをドナー候補とする生体腎移植を考えていることを医師に告げたが,同原告が未成年(19歳)であったことから,同原告が成年になってもドナーとなる意思に変わりがなければその時点で検討してみようということになった。
オ 平成11年2月23日,死体腎移植の登録更新のために被告病院を受診した亡CがG医師に対し,原告Aの腎臓提供の意思に変わりはないとして,同原告をドナーとする生体腎移植の可能性について再び相談した結果,その可否の検討が行われることとなり,同年3月16日には,G医師から亡Cと原告Aに対し,生体腎移植についての説明が行われた。そして,その結果,同年5月の連休明けをめどに手術ができるよう準備が進められることとなった。
(2) 手術の直前までの経過
ア 平成11年4月22日,亡Cは,腎移植手術の術前検査(長時間の全身麻酔や手術に耐えられる心肺機能,肝機能が備わっているか,また,免疫抑制剤の影響による易感染性下で問題となり得る全身感染症あるいは局所感染症がないかなどを検査し,手術後に重症合併症をきたす可能性のある疾患群を除去する目的で実施される検査)を受けるために被告病院に入院したところ,同日に実施された胸部レントゲン検査や腹部単純写真,心電図検査等の結果では,異常所見は認められなかった。
また,呼吸機能についても,%VC(予測肺活量に対する実際の肺活量の割合)は85.1%であって,肺の膨らみを低下させる胸膜癒着などの拘束性肺機能障害の所見はなかったし,一秒率(最大吸息からできるだけ早く吐き出した場合において,最初の1秒間に呼出された気量が,肺活量に占める割合)は90.21%であって,肺の空気を吐き出す機能を低下させる気管支喘息や肺気腫などの閉塞性肺機能障害の所見もなかった。
イ 翌23日から同月末日にかけて,亡Cは,血液透析,胃カメラ及び心臓超音波検査を受けたほか,耳鼻咽喉科,眼科,整形外科及び産婦人科を受診をしたが,腎移植手術の適応が問題となる異常所見や既存感染症は認められず,同日をもって,いったん退院することとなった。
ウ 平成11年5月20日,亡Cは,原告Aをドナーとする生体腎移植手術(以下「本件手術」という。)を受ける目的で被告病院に再入院し,翌21日に入院時における一般的な検査を受けたほか,同日から31日にかけて,体重及び血液電解質の調整のために血液透析を受けた。
エ 同月25日,亡Cは,膀胱容量の測定と膀胱尿管逆流の有無を確認するために膀胱造影(尿道から膀胱までカテーテルを入れ,膀胱に造影剤を入れて撮影するX線検査法)を受け,その後には尿路感染症の予防目的でセフゾン(抗生剤)の投与を受けた。同日,ドナーとなる原告Aも被告病院に入院した。
同月27日,亡Cは,全身麻酔が可能かどうかの確認を受けるため麻酔科を受診し,全身麻酔が可能と判断された。
オ 同月28日,G医師が,いずれも被告病院の医師であるH及びIの同席の下に,亡Cとその内縁の夫である原告Bのほか,弟(E)及び原告Aに対して本件手術の説明を行い,同月31日,原告Bが本件手術の承諾書に署名捺印した。
(3) 本件手術の状況
平成11年6月1日,本件手術が実施された。これを担当したのは,J助教授,G医師,H医師,K医員及びI医師であった。
まず,ドナーである原告Aの手術から開始され,その後,亡Cの手術が行われたところ,後者の手術において,移植腎動静脈と腸骨血管系の血管吻合後の血流再開時には,腎の色調,張り具合は良好であり,カラードップラー超音波検査(超音波で腎の主幹動脈から末梢動脈までを描出し,その血流速度を測定する検査で,腎機能の評価も可能である。)でも,血流は良好であることが確認されたが,血流再開後30分を経過しても初尿が得られず,その原因として腎動脈の攣縮も考えられたことから,血管吻合部にキシロカイン(麻酔剤)が局所散布された。
しかし,3時間が経過しても尿の噴出が認められなかったため,尿管内に尿管ステント(腎臓と膀胱を連絡するチューブ)を留置したまま尿管を膀胱に膀胱外的に吻合し,閉創することで,本件手術は終了した。
(4) 本件手術後の状況
ア 本件手術の翌日(平成11年6月2日)午前中に亡Cについて実施された腎シンチグラム(南山堂医学大事典CD‐ROMプロメディカVer.2によれば「シンチカメラを用い,腎からの排泄が速い放射性医薬品などを静注して連続画像を作成し,また腎膀胱部の集積曲線を得ることにより排泄動態を知る」ための検査)において,移植腎血流が全く認められず,カラードップラー超音波検査の結果,移植腎静脈の還流障害が強く疑われたため,同日,輸液と無尿により貯留した水分を除去するため3時間の透析を行った上で,G医師,H医師,K医師及びI医師により緊急開腹手術が行われた。
イ 同月3日から5日まで連日血液透析が行われ,その後も,初尿が得られない原因と考えられた急性尿細管壊死(急性腎不全による上皮細胞の壊死脱落)が当分の間は持続するとの前提の下に,週3回の割合で血液透析が行われた。
同月4日から18日までの間に測定されたCRP値(体内に炎症反応が起こっている際に肝臓が反応して作る蛋白質の数値)は,正常値を超えていたが,翌19日には正常値以下となった。
同月7日には発熱もなくなり,同日の腎シンチグラムにおいて,移植腎への血流に若干ではあるが改善が認められ,同月10日に行われたカラードップラー超音波検査上も移植腎の血流に改善傾向が見られたが,利尿はなお得られなかった。
同月14日,腎シンチグラムにおいて,移植腎の血流には若干の改善が見られ,翌15日,放射性同位元素を用いた骨盤部静脈造影により,血液が移植腎にも流入していることが確認された。
ウ 同月17日,胸部レントゲン撮影が行われたが,特に異常はなかった。
同月19日,亡Cから,食事に(カリウムの多い)バナナやリンゴ,生野菜が出てくるとの訴えがあった。
同月21日,腎シンチグラムにおいて,移植腎への血流につき若干改善が見られたが,膀胱への尿排泄は認められなかった。
同月22日,血液検査及び凝固系の検索により,DIC(血管内で微少血栓が形成され,血小板や血清フィブリノーゲンが低下する過凝固状態)あるいはDIC準備状態で治療を要すると考えられたため,治療薬としてFOY(抗凝血薬)の使用が開始された。
エ 同月23日,血液透析が実施されたが,コンソール(透析の際の個人用監視装置)透析器の漏血の警報が鳴る状態が続いたため,2時間で透析は中止された。透析終了時点の血清カリウム値は4.0mEq/lであった(正常値は3.5から4.5mEq/l)。
DICに対しては,FOYの使用継続に加え,原因と考えられた腎動脈あるいは腎静脈血栓症に対する血栓溶解剤の使用が再開され,これは同月28日まで継続された。
同月24日,胸部レントゲン撮影が行われたが,特に異常はなく,体重も44.0㎏,尿素窒素は74.0㎎/dl,クレアチニン値は6.5㎎/dl,血清カリウム値は5.7mEq/Lで,カリメート(カリウム値を下げる薬)の注腸で対応可能な状態と考えられたことから,それによることとされ,透析は実施されなかった。また,同日,食事の内容に関する説明と協議のため,栄養士が亡Cと面談した。
同月25日,貧血の進行が認められたが,血小板は増加傾向にあった。早朝に尿の排泄が認められた。
オ 同月27日に実施された移植腎のカラードップラー検査では,腎血流にほとんど変化はなく,腎中極を除いて血流は保たれていた。汎血球減少が認められ,特に白血球が減少傾向を示していたため,白血球を増加させるG‐CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子)50μgを投与するとともに(これは後に75μgに変更された。),ミゾリビン(リンパ球の分裂,増殖を抑え,免疫を抑制する核酸代謝拮抗剤)の投与量を1日75㎎から同50㎎に減量する措置が採られた。
カ 同日午後1時ころ,喀痰中に淡いピンク色をした血液の混入が認められ,亡Cは悪寒を訴えた。37.8℃の熱があり,胸部聴診の結果,右下肺野に乾性ラ音が聴取された。
午後1時23分,血液ガス分析の結果,低酸素血症が認められたため,毎分3リットルの流量で酸素の投与が開始された。
胸部レントゲン写真上も右下肺野に浸潤性陰影が認められ,肺炎と胸水の貯留が強く疑われたため,喀痰が採取され,至急扱いで培養検査に提出された(なお,この培養検査の結果,日和見感染症の原因菌とされるアシネトバクター菌が検出されたが,これは,亡Cが死亡した後のことであった。)。
午後3時10分,体温が39.1℃に上昇する一方,午後3時30分に再検した末梢血では,WBC値(白血球数)は500/mm3に,PLt(血小板)は3.8万に減少していた。
亡Cは免疫抑制状態下にあり,それに伴う感染症(敗血症)状態にあるものと考えられ,細菌性肺炎のほか,カリニ肺炎やサイトメガロウィルス性肺炎が疑われたため,細菌感染症に対するものとしてのフルマリン(抗生剤)の点滴静注に加え,ペンタミジン(カリニ感染症の治療薬)の吸入やサイトメガロウィルス高力価γグロブリン製剤の投与が行われた。
キ 同月28日午前4時過ぎ,突然,動脈血酸素飽和度が60%台に低下し(なお,血圧は180/100mmHgで,体温は37℃であった。),この低酸素血症は,毎分5リットルの酸素をマスクで供給しても改善しなかった。
午前5時,胸部レントゲン撮影の結果,両肺野の胸水貯留が認められた。なお,午前4時56分に行われた血液ガス分析の結果,著明な低酸素血症が認められ,亡Cも強度の呼吸困難を訴えていたため,ICU(集中治療室)において管理するということで緊急にその手配が行われた結果,午前7時過ぎころ,亡CはICUに搬送され,全身管理が開始された。家族へは電話で,全身状態の急変と,ICUにおいて人工呼吸による呼吸管理を行っている旨が伝えられた。
午後になって,採血で血中エンドトキシン(グラム陰性菌によって産出される毒素)が著しく高くなったため,エンドトキシンの吸着が行われた。
ク 同日午後3時,胸水の穿刺吸引により,約200ccの淡血性の胸水が吸引され,胸水を抜いた後の胸部レントゲン写真において,右中下肺野の肺炎像が明らかとなり,これにより,亡Cの感染症(敗血症)の原因が肺炎と特定された。
また,このころICU入室時に採取された喀痰の細菌培養感受性検査の結果が判明し(ただし,この時点では細菌の菌種までは判明していない。),起炎菌に感受性のあることが上記検査で判明していたチェナム(抗生剤)0.5gの点滴静注が実施されるとともに,アミカシン(抗生剤)の吸入療法が行われた。
ケ 同日午後6時ころから,動脈血酸素飽和度の低下,血圧下降,心拍数の低下が見られるようになったが,昇圧剤,強心剤の使用により,一時小康状態を呈した。
午後9時ころ,再び血圧低下と動脈血酸素飽和度の低下が見られたため,強心剤が使用された。
午後11時10分ころから再び血圧が下降し,動脈血酸素飽和度の低下も見られたため,ステロイド剤が使用されたが,効果がなかった。
コ 翌29日午前0時50分からエンドトキシンの吸着が再び施行された。その結果,血圧,酸素飽和度は若干改善傾向を示し,早朝まで同じ条件下で管理が行われた。その途中,著明なアシドーシス(血液中phの低下)が認められ,持続血液濾過透析及び人工呼吸管理が行われたが,全く改善しなかった。
同日午前7時ころから血圧低下が認められ,午前7時40分には心停止となったため,心臓マッサージが試みられたが蘇生せず,午前8時21分に死亡が確認された。
3 争点
(1) 説明義務違反の有無
(原告らの主張)
一般に,腎移植手術においては,免疫抑制療法がされることから,感染症に罹患し最悪の場合には死亡する可能性があるにもかかわらず,被告病院の医師は,本件手術前において,生命に対する危険性があることにつき十分な説明をしなかった。 
(被告の反論)
ア G医師は,平成11年3月16日,亡C及び原告Aに対し,次の3点について説明をした。
① 組織適合性については,HLAタイピング上のA,B,DRで2ミスマッチであり,相性としてはそれほど悪くはなく,リンパ球ダイレクトクロスマッチの結果によれば,ドナーである原告AのTリンパ球に対しても亡Cの血清中に抗体は存在しないため,移植は可能であること。
② しかし,生体腎移植の場合,拒絶反応は必至であり,厳しい拒絶反応が起こったときは短期的に移植腎機能が廃絶することもあるほか,免疫抑制剤を使用するため感染症の危険も伴い,最悪の場合には生命を失うことも十分に考えられること。
③ また,短期的に乗り切ったとしても,長期的にみると慢性拒絶反応は必ず起こるものであり,もちろん永続的に生着するものではないこと。
イ また,G医師は,同年5月28日,亡Cと原告ら及び亡Cの弟(E)に対し,以下の5点について説明をした。
① HLAタイピングでA,B,DRの相性度が移植後の生着率に大きな影響を与えるが,抗原6個中4個が合致しており,比較的良好な相性度であり,リンパ球ダイレクトクロスマッチの結果では,抗T抗体,抗B抗体とも陰性であり,特に術後直ちに無機能となる抗Twarm抗体が陰性であることから,現時点の移植施行に問題はないこと。
② 術前の一般検査の結果に関しては,次のとおりであったこと。
すなわち,まず,ドナーについては,採血の結果,特に問題はなく,最も重要な左右の分腎機能では左右ともほぼ同等であり,術前の3次元CTスキャンでは左右とも腎動脈は1本ずつであると確認されたため,摘出腎は型どおり左腎とすること。
また,レシピエントについては,中等度の貧血を認める以外に特に異常は認められず,消化管の検査でも胃,十二指腸に潰瘍は認められなかった上,膀胱造影でも容量が80ミリリットルであり,尿管への逆流は認められなかったこと。
以上の検査結果から,予定どおり6月1日に右腸骨窩及び生体腎移植を行うが,術中,術後に輸血を必要とする可能性は否定できないので,術前に自己血の貯血をしてもらったこと。
③ ドナー腎臓の摘出に関しては,全身麻酔下において腰部斜切開で左腎を,できるだけ愛護的に摘出するが,突発的に出血したり,気胸を起こした場合,胸腔ドレーンを挿入した状態で病室に帰ってくる場合もあること。
④ 本件手術の段取りに関しては,まず摘出した腎から灌流により血液を押し出し,内部と外部から冷却した後,レシピエント側へ移動して移植手術を開始し,腎動脈は内腸骨動脈と,腎静脈は外腸骨静脈とそれぞれ吻合し,尿管は膀胱外から粘膜下トンネルを作成して吻合するところ,術中の合併症としては出血が最も大きなものであるが,もしもの場合は貯血してもらった自己血を使用すること。
⑤ 技術的な合併症としては,静脈の屈曲や出血などにより再手術を行う必要が生ずる場合もあり,最も大きな合併症としては拒絶反応と感染症があるところ,前者は移植腎機能喪失につながる場合もあり,後者には細菌感染,ウィルス感染症及びカリニ肺炎などがあって,重症化すると致命的になる危険があるほか,拒絶反応が繰り返された場合,移植腎の救済に懸命になりすぎて消化管出血,感染症を起こし,これが致命的となることもあり得ること。
ウ なお,G医師は,上記後者の説明をした際,重症感染症などの合併症を起こした場合,移植腎をあきらめざるを得ない状況であると医師が判断したときは,それに従って欲しい旨,及び,精一杯の治療にもかかわらず救命できない場合もあるが,その際,自分が提供した腎臓が悪かったなどというような自責の念にかられることのないようにお願いしたい旨の要請をした。
エ そして,亡Cと原告Aは以上のような説明を受けた上で,本件手術を受けることを望み,原告Bも手術承諾書に署名捺印したものである。
 なお,G医師は,F病院への返書において「十分なインフォームドコンセントが得られたか,やや不安はあります」と記載しているが,その趣旨は,亡C及び原告Aに対し,できる限り専門用語を使用しないで説明をしたが,医学的知識のない亡Cらが本件手術に関し,どれだけ正確な理解をしたかについては不安な面が残るという意味にすぎず,G医師が亡C及び原告らに対し十分な説明を行ったという事実は,何ら否定されるものではない。
オ 以上のとおりであり,G医師が本件手術前に,亡C及び原告らに対し死亡の危険性についても十分な説明を行ったことは明らかである。
(2) 感染症の早期発見・早期治療のための検査義務違反の有無
(原告らの主張)
被告病院の医師は,本件手術の前から亡Cに咳や痰の症状(それが腎臓機能障害によるものか,風邪その他の原因によるものかは不明である。)があったことを認識していたのであるから,亡Cが呼吸器感染症に罹患しやすいであろうことは十分に予想できた。また,被告病院の医師は,本件手術に関し,ドナーの腎臓の大きさを見誤ったことで腎移植術としては失敗し,その関係で大量の免疫抑制剤の投与を必要としたことや,その後も食事の問題及び血液透析が不完全であったことなどにより,亡Cの体力低下を招き,日和見感染等の危険が増大していることを十分に認識していた。
したがって,被告病院の医師には,上記のような亡Cの状態を前提に,同女に自覚症状がなくても,免疫抑制剤によってマスクされている可能性のある炎症反応の有無に関する検査(例えば,WBC値やCRP値の検査)を十分に行うほか,喀痰培養による細菌検査(亡Cのように,ステロイドホルモン剤による免疫抑制が行われている場合には,ウイルスよりも細菌のほうが感染症を引き起こす可能性が高い。)を毎日行い,また,胸部レントゲン撮影も定期的に行い,胸部CT撮影(レントゲンに先だって間質陰影が検出される場合がある。)も適宜実施して,亡Cに呼吸器系統の感染症が起きないように,あるいは,感染症に罹患した場合には早期発見ができるように,十分留意するとともに,呼吸器系統に異常が認められた場合には,直ちに十分な対応ができる態勢をとるべき注意義務があった。
ところが,被告病院の医師は,これに違反し,本件手術後,喀痰培養検査を平成11年6月27日まで1回も行わず,胸部CT撮影も行わず,レントゲン撮影も週に1回程度しか実施しなかったため,亡Cの肺炎の発見が遅れ,同女が適切な治療を受ける機会を失わせるに至ったものである。
(被告の反論)
ア まず,原告らが前提としている亡Cの症状などについて述べると,次のとおりである。
① 咳痰の症状について
平成11年4月22日からの検査入院の際,亡Cには咳及び痰の症状があったが,術前検査で実施した胸部レントゲン撮影では肺炎像や胸水は認められず,呼吸機能検査においても,%VCの値が85.1%(正常値は80%以上。これを下回ると,繊維化や肺水腫により吸気の機能が低下していることになる。),1秒率が90.21%(正常値は70%以上。これを下回ると,喘息などにより呼気の機能が弱っていることになる。)と,いずれも正常値であったことから,亡Cの肺に器質的,機能的異常はなく,閉塞性,拘束性異常が認められないことは明らかであった。そして,咳や痰はあるものの,熱発は見られなかったことから,亡Cの咳痰は,血液透析患者にしばしば見られる乾性痰であって,特に問題はないものと判断された。
また,同年5月20日に本件手術のために再入院した後も,翌21日には軽い咳と痰が認められたものの,同月26日以降は,咳,痰ともにほとんど認められなかったのであり,呼吸器系の障害を示唆するような症状は全く認められなかった。
② 本件手術が失敗であったとの点について
男性の腎臓は女性の腎臓よりやや大きめであるのが通常であり,本件においても原告Aの提供腎は亡Cの腎臓よりやや大きめであったが,腎移植においては,提供腎はレシピエントの骨盤腔内に移植されるので,提供腎が収まらないということは考え難く,その大きさのミスマッチは問題とならない。
本件で平成11年6月2日に行われた再手術は,1回目の手術による腎臓移植の位置が不適切であったことによる腎臓の埋め直しではなく,カラードップラー超音波検査の結果,腎臓の血流状態が不良であることが判明したため,それを改善する目的で行ったものであり,開腹の結果,血流不良の原因は移植腎による血管の圧迫ではなく,外腸骨静脈の血栓によることが判明したため,その血栓を除去し,血管と尿管の再吻合を行ったところである。
なお,この再手術により,腎臓の静脈吻合の位置が1回目の手術の際より上になったが,これは,外腸骨静脈の血栓部分よりも中枢側に近い部位で吻合する必要があったことの結果にすぎない。
③ 食事の問題について
本件手術後の亡Cの食事に果物が出され,主治医が給食室に確認した事実はあるが,栄養士が医師のカリウム制限の指示を見逃していたわけではなく,治療用補助食品を使用し,十分なエネルギー供与とタンパク質の管理を行うことによって,医師の指示した数値以下のカリウム制限を行っていたのである。果物などの摂取を禁止しなくてもカリウム制限は十分可能なのであるが,亡Cは果物の摂取は禁じられているとの先入観を有していたため,栄養士が上記の趣旨を説明したところ,理解は得られたが,精神的安定にも配慮して,その後は生野菜や果物を亡Cのメニューから外した次第である。
④ 血液透析が不完全であったとの点について
血液透析の目的は,主に水分の貯留や血清カリウムの上昇を抑えたり,血中の尿毒素を除去することにある。
そして,平成11年6月23日に実施された透析の際,漏血の警報が鳴り続いたため透析が中止された時点での亡Cの血清カリウム値は,4.0mEq/Lと正常化していたため,それ以上透析を続ける必要はなかった。
漏血の警報は透析用ダイアライザー(透析膜)の不良が原因であり,透析器そのものには故障はなく,透析の続行は可能であったが,上記のとおり透析を続行する必要がなかったので,大事をとって中止したものであり,透析を中止したことが亡Cの体力低下を招いたとは,到底考えられない。
⑤ 小括
したがって,原告らの上記主張は,亡Cの日和見感染等の危険が増大していたという,その前提の点において既に失当である。
イ また,亡Cについて胸部レントゲン撮影を頻回に行うべきであったなどとする原告らの主張は,次に述べるとおり,明らかに医学的に誤った主張である。
① 胸部レントゲン撮影について
  レントゲン写真上,肺炎の所見は,咳,痰及び発熱などの自覚症状が現れてから一定の期間をおいて初めて得られるのであるから,自覚症状すらない段階で胸部レントゲン写真をとる必要性はないし,亡Cについては,週1回定期的に胸部レントゲン写真撮影を実施していたから,自覚症状のない段階ではそれ以上に行う必要性はなかった。
② 胸部CT撮影について
胸部CT撮影は,胸部レントゲン写真で異常が認められた場合に更に詳細な情報を得るために行われるものであり,胸部レントゲン写真すら撮影する必要がない場合に胸部CT撮影をする意味は認められない。
③ 喀痰培養検査について
感染症の診断においては,第1段階の検査として問診などにより臨床症状の把握を行い,それにより感染症が強く疑われた場合に,まず末梢白血球やCRP値などの炎症反応を見て活動性の感染症があるかどうかの判断をし,その結果,局所限定疾患であれば,X線や超音波検査などの画像検査で病巣の確認をした上,確定診断のために微生物検査(細菌培養等)を行うのが常道であり,臨床症状のない段階で喀痰検査を行う必要はない。すなわち,喀痰培養検査は,肺炎の発症の有無を確認するためのものではないのである。
また,腎移植後に免疫が抑制されることから発生する肺炎は,細菌性のものよりもウィルス性のほうが頻度が高く,喀痰培養ではウィルスは同定することができないから,腎移植後に喀痰培養することは,一般にそれほど有益ではない。
したがって,亡Cに肺炎の疑いが生じた平成11年6月27日に至るまでは,喀痰培養検査を行う必要はなかったものである。
(3) 肺炎の早期発見義務違反の有無
(原告らの主張)
被告病院の医師には,検査結果について,通常の医療水準に基づき異常を見逃さないように注意すべき義務があったところ,平成11年6月17日と同月24日の亡Cの胸部レントゲン写真には,いずれも右下葉に肺炎像が認められ,WBC値は,それまで1万2000/mm3から1万4000/mm3であったのが同月17日から減少し始め,同月22日以降は異常な減少傾向を示しており,さらにCRP値も異常を示していたことから,このころには強度の炎症反応が生じていたと考えられるにもかかわらず,上記の徴候を見逃し,亡Cの肺炎の早期発見を怠った過失がある。
(被告の反論)
原告らが指摘するレントゲン写真に写っているのは,亡Cの乳房の影であり,肺炎像ではない。
本件手術が行われた平成11年6月1日以降における亡CのWBC値及びCRP値については,別表1に記載のとおりであるところ,WBC値の減少が顕著になったのは同月23日からであり,同月17日からそれまでの減少は,免疫抑制剤の影響を勘案すれば特に問題とするべき数値ではない。
そして,仮に同月23日からのWBC値の減少が肺炎によるものであれば,同月26日までの間にも,発熱,咳,喀痰などの臨床症状が見られたはずであるが,そのような臨床症状は認められていないから,同日までのWBC値の減少をもって,亡Cに強度の炎症反応が生じていた証左であるとする原告らの主張は,医学的に間違っている。
また,炎症の活動性を反映するCRP値は,0.4㎎/dl以下であれば正常とされているところ,亡CのCRP値は,同月19日と同月21日が0.3㎎/dl,同月23日が0.2㎎/dlであって,むしろ下降傾向にあったのであるから,この時点で亡Cが肺炎に罹患していたとは到底考え難い(亡Cがアシネトバクター菌による肺炎に罹患したのは,同月27日午後1時より少し前の時点であると考えられる。)。
(4) 無菌室での管理による感染症予防義務違反の有無
(原告らの主張)
腎移植の場合における術後管理のあり方として,通常は無菌室管理までは必要とされておらず,むしろ一般病棟で管理すべきとされているが,それは腎移植の手術が成功し,経過が順調なケースを前提としている。
したがって,本件における亡Cのように,生体腎移植でありながら,尿細管壊死を起こして利尿が得られず,人工透析を必要とし,しかもWBC値が減少している患者には当てはまらないのであり,免疫抑制療法が行われ,WBC値が減少し,生体防御機能が大幅に低下した状態となれば,感染予防のために無菌室管理が必要となることはいうまでもない。
実際,亡Cは,免疫抑制療法により生体防御機能が低下していた上,平成11年6月25日の午前中の検査結果では,白血球数は正常範囲の下限とされる4500にまで低下していたのであり,それまでもWBC値が減少傾向にあり,今後も減少することが予測されたことからすれば,同日以降は無菌室での管理による感染症予防措置を採るべきであったにもかかわらず,被告病院の医師は,これを怠った。
(被告の反論)
生体腎移植の場合でも,無菌室管理は必要でなく,個室管理で十分であるということは,近年,一般的にいわれていることであり,本件においても,平成11年6月28日午前4時に容態が急変するまでは,WBC値の減少や熱発は見られたものの,呼吸や血圧などの全身状態は安定しており,無菌室管理を行うべき特段の事情は存在しなかったのであるから,同日午前7時に至るまで,亡Cを,無菌状態にある集中治療室へ搬送しなかったことに何ら問題はない。
(5) ミゾリビンの投与中止義務違反等の有無
(原告らの主張)
ア 亡Cの移植腎は急性尿細管壊死により機能していなかった上,平成11年6月23日には血液透析が不十分な状態で終了したため,同日以降においては,ミゾリビンの排泄が遅延し,その血中濃度が上昇することが予想され,副作用の発現に注意を要する状況にあった。
そして,同月22日のWBC値が1万0900/mm3であったのに対し,同月24日には5200/mm3と急激に低下したことにかんがみると,被告病院の医師としては,この時点でミゾリビンの副作用による骨髄抑制が生じている可能性を疑うべきであり,その投与を継続すれば骨髄抑制が進行し,免疫力が低下して易感染状態となることも予見可能であった。
したがって,直ちにミゾリビンの投与を中止すべきとはいえないまでも,少なくとも同日以降はその投与量を減量すべきであったにもかかわらず,被告病院の医師は,これを怠った。
イ 白血球数3000/mm3以下の患者についてミゾリビンの投与は禁忌とされているところ,同月26日に亡CのWBC値が3700/mm3に低下した時点では,ミゾリビンの投与が禁忌とされる状態に近かったといえるし,この時点において,ミゾリビンの投与を継続すればその副作用により骨髄抑制が悪化,進行することが予想でき,骨髄抑制の進行により免疫力が低下して易感染状態が進行すれば,亡Cが日和見感染症等を発症し,死に至る危険性があることも予見可能であったから,同日以降はミゾリビンの投与を中止すべきであったにもかかわらず,被告病院の医師は,これを怠った。
ウ 以上のような白血球数の異常減少は生体防御機能の低下を意味するのであるから,亡CのWBC値が正常範囲の下限とされる4500/mm3にまで低下した同月25日か,遅くとも翌26日には,白血球増殖作用を有する薬剤であるG-CSFを投与すべきであったのに,被告病院の医師は,これを怠った。
(被告の反論)
ア ミゾリビンの通常の投与量は,4㎎/㎏/day(1日につき体重1キログラム当たり4ミリグラム)とされているところ,骨髄抑制等の副作用を防止するため,亡Cに対する平成11年6月3日から同月10日までのミゾリビン投与量は,約3.6㎎/㎏/dayと通常より少量にしており,また,同月15日からは,念のため,1日100㎎の投与量を同75㎎に減量したが,当時は隔日で透析が行われていた関係上,それ以上の減量は不適当であった。
なお,本件手術が行われた同月1日以降におけるミゾリビンの投与量については,別表2に記載のとおりである。
イ 同月26日,亡CのWBC値は3700/mm3であったが,まだミゾリビンの投与が禁忌とされるような値ではなかったこと,ミゾリビンの投与を完全に中止した場合,移植腎に拒絶反応が生じて移植腎の機能が喪失するおそれや,ステロイドパルス療法などの更に過剰な免疫抑制療法を行う必要が生じるおそれがあったこと,白血球数の更なる低下に対しては,G-CSFと同一物質であるレノグラスチムによって対処可能であると見込まれたことから,この時点では拒絶反応抑制の観点からミゾリビンの投与量を減少させるに止めたものであり,亡Cに対するミゾリビンの投与には,何ら不適切な点はない。
ウ G-CSFの投与開始時期は,白血球数が3000/mm3以下か又は好中球数が1500/mm3以下の時点とされているところ,本件では,亡Cの白血球数が3000/mm3以下に減少した同月27日の時点でG-CSFの投与を始めているので,その開始時期についても何ら問題はない。
(6) ミゾリビン投与と死亡との間の因果関係の有無
 (原告らの主張) 
平成11年6月27日にミゾリビンが投与されなければ亡Cの救命の可能性はあったのであり,仮にそうでないとしても,同月29日に死亡することなく生存していた蓋然性があるから,上記投与と亡Cの死亡との間には因果関係が認められる。たとえ延命の可能性が数日程度であったとしても,その点は,損害額の算定に当たって考慮されるだけであり,因果関係の存否に影響を及ぼすものではない。
(被告の主張)
仮に,亡Cに対する同月27日のミゾリビン50㎎の投与が不適切であったとしても,50㎎という投与量は少量であるから影響は軽微であり,その投与の有無にかかわらず,白血球の減少やアシネトバクター菌の感染を防ぐことはできず,亡Cの死を回避することは困難であったというべきであり,その投与がなければ同女が実際に死亡した時点でなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性もないので,上記投与と同女の死亡との間に因果関係は認められない。
(7) 損害額
(原告らの主張)
ア 亡Cに生じた損害額は次の合計5622万5297円であり,その唯一の相続人である原告Aが,同額の損害賠償請求権を相続取得した。
① 逸失利益      3622万5297円
② 死亡による慰謝料  2000万円
イ 原告Aに生じた損害額は次の合計1115万円である。
① 固有の慰謝料    500万円
② 弁護士費用     615万円
ウ 原告Bに生じた損害は次の合計680万円である。
① 固有の慰謝料    500万円
② 葬祭費用      120万円
③ 弁護士費用      60万円
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(説明義務違反)について
証拠(乙2,乙16,証人G)及び弁論の全趣旨によれば,争点(1)に関する「被告の反論」のアからウまでに記載の事実が認められる。
もっとも,G医師によるこの説明については,一般人には容易に理解することができないと思われる点も多いので,亡Cや原告らがその内容を正確に理解できたかどうかには疑問が残るが,同医師から合併症及び感染症の説明を受けたことについては,原告らもその本人尋問において自認しており,特に原告Aは,平成11年3月16日のG医師の説明を聞いて,最悪の場合には亡Cの生命に危険を及ぼすことのないよう,自分が提供した腎臓をあきらめなければならないと覚悟した旨の供述をしていることや,G医師の説明の中でも感染症が致命的となる場合もあり得るとの点は,比較的容易に理解することができるものと考えられることからすると,少なくとも本件手術に関して死の危険性があることについては十分に伝わったものと推認される。
他に以上の認定を覆すに足りる証拠はなく,そうすると,この争点に関する原告らの主張は理由がないことに帰する。
2 争点(2)(感染症の早期発見・早期治療のための検査義務違反)について
(1) まず,原告らが検査義務の前提として主張する事実関係のうち,血液透析が不完全であったとの点について検討する。
証拠(乙2,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,本件手術後の平成11年6月23日に血液透析が実施された際,漏血の警報が鳴る状態が続き,透析用ダイアライザー及び透析回路の交換を行ったものの,その透析器では血液透析を続行することができなかったため,その時点での亡Cの血清カリウム値が4.0mEq/Lと正常範囲内に収まっていたこともあって,本来は4時間程度行うところを約2時間で終了とされたところ,このように血液透析を2時間で中止したことにより,ミゾリビンの除去量が少なくなるのに伴って,4時間程度行った場合よりもミゾリビンの血中濃度が上昇し,その副作用である骨随抑制の発生に影響を及ぼし,亡Cの日和見感染の危険を増加させた可能性があることが認められる。
(2) そこで,次に,原告らの主張する検査義務の有無について検討する。
証拠(甲7,乙2,乙5,乙16,乙25の2,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,感染症の診断については,自他覚所見からその疑いが得られた場合に,胸部レントゲン撮影を行うとともに各種の血液検査を実施するというのが常道であり,喀痰培養検査は喀痰が出た場合や感染症が疑われる場合に行えば足りること,被告病院では,亡Cに対し週に1回の割合で胸部レントゲン撮影を実施していたところ,平成11年6月17日及び同月24日に撮影された胸部レントゲン写真には肺炎像は写っておらず,その後も同月27日に至るまで,感染症に関する自他覚所見は認められず,喀痰も生じていなかったことが認められる。
上記認定事実によれば,同月23日の血液透析が不十分であったとしても,同月27日までは原告らの主張するような検査を行う必要はなかったものというべきであるから,結局,争点(2)に関する原告らの主張も理由がないことに帰する。
3 争点(3)(肺炎の早期発見義務違反の有無)について 
上記2の(2)で認定した事実に,証拠(乙2,乙3,乙15,証人G,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると,平成11年6月17日及び同月24日に撮影された胸部レントゲン写真に肺炎像はなかったが,同月27日には,血痰と発熱が生じ,胸部レントゲン撮影の結果でも,肺炎を疑わせる所見(右下肺野の浸潤性陰影)が認められているので,亡Cは同月24日から同月27日までの間に肺炎(アシネトバクター菌によるもの)に罹患したものと考えられること,この点,WBC値は同月23日から減少しているが,これは,白血球中の好中球を増加させる作用があるステロイド剤の投与を減らしたことと,ミゾリビンの副作用である骨髄抑制のいずれか又はその両者が原因であると解されること,また,CRP値は,同月19日と同月21日が0.3㎎/dl,同月23日が0.2㎎/dlと低値であったもので,そのほかにも,同月27日に至るまでは亡Cが肺炎に罹患していることを疑わせるような自他覚所見はなかったことが認められる。
上記認定事実によれば,被告病院の医師において亡Cが肺炎に罹患していることを同月27日までに発見するのは困難であったものと認められるから,同日以前にこれを発見できなかったことをもって,注意義務に違反したものとすることはできない。
4 争点(4)(無菌室での管理による感染症予防義務違反の有無)について
証拠(乙15,乙26,乙27,鑑定の結果)によれば,一般に,移植後の患者には免疫抑制剤が使用されていることが多く,特に造血幹細胞移植直後の患者は厳しい顆粒球減少状態にあるため,その感染対策は極めて重要な問題であるが,移植患者の最も重要な感染源は,患者に直接的に接する医療従事者や面会者であって,患者環境ではないので,移植患者に対する感染対策としては,患者に接するヒトに対して行うのが最も効率がよく,環境に対して過剰に労力を費やすことは無駄であり,例えば,アメリカにおいても,造血幹細胞移植の術後管理に無菌室を使用している施設はほとんどないこと,亡CがICUに搬送されるまで滞在していたのは個室の病室であり,在室中はドアを閉めてユニット送風機を運転し,血圧計,聴診器,氷枕などは同女専用としていた上,その病室に入室可能な者は医療従事者を含めて制限し,入室する医療従事者も清潔なユニフォーム及びマスクを着用し,かつ,流水及び石鹸又はアルコール製剤で手洗いをしていたことが認められる。
上記認定事実を踏まえて判断すると,亡Cには免疫抑制療法が行われ,また,WBC値が減少傾向にあったことを考慮しても,平成11年6月25日から,亡CがICUに搬送された同月28日午前7時までの間,被告病院の医師が同女について無菌室管理を行わなかったことをもって,その注意義務に違反したものと評価することは無理というべきである。
5 争点(5)(ミゾリビンの投与中止義務違反等の有無)について
(1) 証拠(甲11,乙2,乙9,鑑定の結果)によれば,ミゾリビンについては,骨髄抑制を増悪させるほか,重篤な感染症や出血傾向などを引き起こすおそれがあるため,白血球数が3000/mm3以下の患者に対する投与は禁忌とされているところ,平成11年6月27日には,亡CのWBC値が1600/mm3であったのに,ミゾリビン50㎎が投与されていることが認められる。
この事実によれば,他に特段の事情がない限り,被告病院の医師が同日,亡Cに対してミゾリビン投与したことは,その投与に関する注意義務に違反したものというべきである。
この点について,被告は,争点(5)に関する「被告の反論」のイにおいて,ミゾリビンの投与を完全に中止した場合,移植腎に拒絶反応が生じて移植腎の機能が喪失されるおそれや,ステロイドパルス療法などの更に過剰な免疫抑制療法を行う必要が生じるおそれがあったほか,白血球数の更なる低下に対しては,G-CSFと同一物質であるレノグラスチムによって対処が可能であると見込まれたことから,この時点では,拒絶反応抑制の観点からミゾリビンの投与量を減少させるに止めた旨主張する。
しかしながら,証拠(証人L,鑑定の結果)によれば,同月26日の亡CのWBC値は3700/mm3で,正常値(4500/mm3)を下回っていたのであるから,この時点でミゾリビンの副作用である骨髄抑制を疑うべきであったし,翌27日にはWBC値が1600/mm3まで減少し,亡Cは重篤な骨髄抑制のため高度の易感染状態となっていたことが認められるので,被告病院の医師としては,移植腎の保護や拒絶反応の抑制よりも,現に生じている重篤な骨髄抑制の治療を優先すべきであったと判断される。
したがって,被告の上記主張は採用できず,被告病院の医師には上記注意義務違反があったものといわざるを得ない。
(2) なお,原告らは,被告病院の医師には,平成11年6月24日には少なくともミゾリビンの投与量を減らすべき注意義務があり,また,同月26日についてもその投与を控えるべき注意義務があった旨主張するが,これらの点を肯認するに足りる証拠はない。
(3) また,原告らは,早期にG-CSFを投与すべきであったとも主張するが,証拠(乙14)によれば,「免疫抑制療法(腎移植)に伴う好中球減少症」に対するG-CSFの投与開始時期は,成人の場合,通常,白血球数が3000/mm3未満又は好中球数が1500/mm3未満となった時点とされていることが認められるところ,弁論の全趣旨によれば,亡Cに対しては,白血球が3000/mm3を下回った時点で直ちにG-CSFが投与されたことが明らかであって,その投与が遅きに失したものとは認められない。
6 争点(6)(ミゾリビン投与と死亡との間の因果関係の有無)について
証拠(証人L,鑑定の結果)によれば,平成11年6月27日の時点で亡Cに生じていた骨髄抑制は重篤であり,他方,同日に投与されたミゾリビンは少量であったので,仮にその投与を控えたとしても,白血球の減少やアシネトバクター感染を防ぎ,同女の死を回避することは極めて困難であったことが認められる。
他に,上記認定を覆して,同日のミゾリビン投与がなければ亡Cの死を回避し得たこと,あるいは少なくとも同女が実際に死亡した同月29日の時点では,なお生存していた蓋然性があることを認めるに足りる証拠はない。
なお,この点につき,証人Lは,亡Cが延命可能であったとしても数日程度であった旨の供述をしているが,これは,あくまで延命したと仮定した場合のことを述べているにすぎず,上記蓋然性があったことの根拠となるようなものではない。
そうすると,結局,前認定の注意義務違反と亡Cとの間には因果関係が存しないことになる。
7 結語
以上の次第で,原告らの本件各請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

鹿児島地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官  小  田  幸  生
    裁判官  岡  田  幸  人
    裁判官  稲  玉     祐