hanrei @Wiki H17. 6.24 名古屋地方裁判所 平成14年(ワ)第251号 損害賠償請求事件



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判示事項の要旨:
軽費老人ホームを運営する者は,入居契約の債務として,入居者を病院へ搬送する義務までは負わないとされた事例


平成14年(ワ)第251号損害賠償請求事件
判決
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,2000万円及び平成14年2月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,亡A(大正13年3月20日生,平成12年11月8日死亡)が,被告の運営する軽費老人ホーム「ケアハウス・B」(以下「被告施設」という。)に入居していたところ,体調不良となり,平成12年6月23日,C病院へ搬送され,同病院で急性硬膜下血腫と診断され,緊急手術を受けたが,左半身麻痺,嚥下障害,左眼視力喪失等の後遺症を負い,その後,肺炎を起こして同年11月8日に死亡したことにつき,Aの相続人である原告が,被告には施設入居契約上の債務として,Aを医療機関へ搬送すべき義務があったのにこれを怠り,その結果,嚥下障害等の後遺症を残存せしめ,嚥下障害による肺炎によりAを死に至らしめたと主張して,被告に対し,債務不履行に基づく損害賠償請求権として2000万円(入院治療費等74万6215円,逸失利益344万7348円及び慰謝料2000万円の合計2419万3563円の一部請求)及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成14年2月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実
(1) 当事者
ア 原告は,Aの子であり,唯一の相続人である(甲1,2)。
イ 被告は,第1種社会福祉事業として被告施設の設置経営等を,第2種社会福祉事業として老人デイサービスセンター「Bデイサービスセンター」の設置経営及び老人在宅介護事業(Bヘルパーステーション等)を,また社会福祉事業法26条の規定により,居宅介護支援事業(B等)を目的とする社会福祉法人である(争いがない)。
(2) 本件入居契約
 平成12年5月24日,Aと被告は,被告施設への入居契約(以下「本件入居契約」という。)を締結し,同年6月12日,Aは被告施設の212号室に入居した(争いがない)。
(3) 同月19日,Aは被告との間で,被告設置運営にかかるBホームヘルプサービスステーション(以下「ヘルパーステーション」という。)による身体介護,家事介護等の訪問介護サービス利用契約を締結した(争いがない)。
(4) 同月23日,Aは,体調不良により,被告施設職員によってC病院に搬送された(争いがない)。Aは,急性硬膜下血腫と診断され,同日,担当医のD医師による緊急手術を受けたが,左片麻痺,嚥下障害等の後遺症が残り,D医師から誤嚥による肺炎に罹患する危険性が指摘された(甲4,5)。
(5) 同年9月20日,Aと被告は,本件入居契約を解約するとの合意をした(争いがない)。
(6) Aは,同年10月5日,C病院を退院し,Eに入所したが,同月10日,呼吸困難の症状を呈し,チアノーゼ状態となったため,EのF病院を受診し,同月13日,上記病院に入院し,同年11月8日,肺炎により死亡した(甲6,7,14)。
3 争点
(1) 被告の債務不履行(医療機関への搬送義務違反)の有無
(2) 被告の上記債務不履行とAの死亡との間の相当因果関係の有無
(3) 損害額
4 争点に対する当事者の主張
(1) 被告の債務不履行(医療機関への搬送義務違反)の有無
(原告の主張)
ア 病院搬送義務の有無
(ア) 被告施設は,介護の必要性のある60歳以上の高齢の入居者を対象としており,入居者はケアサービスを受けることが予定されており,かつ,ケアマネージャー等一定の職員は有資格者であることが義務づけられている施設である。
また,被告施設の入居契約書(甲10)第5条には,被告施設が提供するサービスとして「災害,疾病,負傷等緊急時の対応」が挙げられている。被告施設の上記性格からして,「緊急時」とは厳格に解されるべきではなく,入居者の健康状態に関する不安が生じた場合には「緊急時」にあたるというべきである。
したがって,被告には,医療機関と同等でないにしろ,それに準じる程度に,入居者の健康状態に留意して病院搬送等の適切な処置をとるべき契約上の義務があるというべきである。
(イ) これに対して,被告は,病院搬送義務はないと主張し,「災害,疾病,負傷等緊急時の対応」についても,食事時における安否確認及びナースコール対応を行い,マニュアルに沿って救急車の要請をすることに尽きると主張している。
しかしながら,被告施設の入居者に疾病,負傷等が発生した場合に,家族が近くにいない,あるいは家族が直ちに対応できない等の事態が発生することが容易に予測できる。この前提を踏まえて当事者の合理的意思を考えると,「災害,疾病,負傷等緊急時の対応」とは,食事時における安否確認及びナースコール対応を行い,マニュアルに沿って救急車の要請をすることに尽きると解すべきではなく,入居者の健康状態に留意して病院搬送等の適切な処置をとることも含まれていると解すべきである。
イ 病院搬送義務違反
(ア) 平成12年6月23日の経過については,別紙主張一覧表「原告の主張」欄のとおりである。
(イ) 同日午前8時30分時点において,Aには,ふらつき,薬の服用過多の疑い,微熱(37.1℃)及び傾眠傾向がみられた。
したがって,この時点において,Aは病院での受診が必要な緊急状態にあり,被告には,Aを病院に搬送する義務が発生していたというべきであるが,被告はこれを怠った。
(ウ) 同日午前10時30分時点において,Aの体調は悪く,トイレに行くにも介助が必要な状態で,一人で立ち上がることも困難な状況であり,微熱もあった。また,被告職員においても,この時点でAを病院へ連れて行った方がよいと判断していた。
したがって,この時点において,被告には,Aを病院に搬送する義務が発生していたというべきであるが,被告はこれを怠った。
(エ) 原告の夫であるGは,平成12年6月23日午前11時30分過ぎの時点で,被告職員で被告施設の寮父であるHに対してAを病院へ搬送するよう依頼し,Hはこれを了承したのであるから,この時点で,原告と被告の間には,緊急時の対応として,被告がAをすみやかに病院へ搬送しなければならないことについての共通の認識があったというべきである。
また,被告において,職員の手配の必要性等から,同日午後1時過ぎまでAを病院へ搬送することができない事情があったのであれば,原告としては,自ら救急車を手配する等の次善の策を取ることが可能であったのであるから,その旨を原告あるいはGに伝えるべきであった。被告は,一種の引受行為を行ったというべきで,その責任は大きい。
したがって,午前11時30分過ぎの時点で,被告には,Aを病院に搬送する義務が発生していたというべきであるが,被告はこれを怠った。
ウ 以上によると,被告には債務不履行があったというべきである。
(被告の主張)
ア 病院搬送義務の有無
(ア) 被告施設の法令上の性格
老人福祉法上の施設は,介護保険法上の施設とは異なり,医療サービス,あるいはそれに準じるサービスを前提とせず,もっぱら老人の福祉増進を図るための施設であるというべきところ,被告施設は,老人福祉法20条の6に規定されている軽費老人ホームの一種であることから,被告施設においては,医療サービスの提供は法令上要請されていないというべきである。
また,被告施設を含む軽費老人ホームは,他の老人福祉法上の施設(養護老人ホーム,特別養護老人ホーム)に比べ,簡易なサービスの提供にとどまり,その代わりに安価で利用することができる施設として位置付けられている。
さらに,ケアハウスにおいては,法令上,医師や看護師等の医療従事者の配置が予定されていないし,地方公共団体作成のリーフレット(乙20)においても,ケアハウスにおいて医療行為や介護保険サービスが当然に受けられる旨の記載はない。
したがって,被告施設は,法令上,入居者が自立した生活を送るために,食事の提供その他日常生活上必要な便宜を供与する施設と位置付けらており,原告が主張するような「医療機関と同等でないにしろ,それに準じる程度」の注意義務なるものはまったく予定されていないというべきである。
(イ) 契約上の義務の内容
被告施設が提供するサービス内容は,入居契約書(甲10)に記載されているとおり,「1.食事の提供」,「2.入浴の準備」,「3.各種生活相談と助言」,「4.災害,疾病,負傷等緊急時の対応」,「5.定期健康診断を受けられる機会の提供」であり,Aに対しても,上記各サービスを提供すれば足りる。
ところで,原告は上記「4.災害,疾病,負傷等緊急時の対応」の具体的内容として,被告には「医療機関に準じる程度の入居者の健康状態に留意して病院搬送等の適切な処置をとるべき契約上の義務」があると主張するが,①前述した被告施設の法令上の性格,②被告施設においては,他のケアハウスと同様,食事の機会を利用しての1日3度の安否確認及びナースコールによる緊急確認が想定されていたのみで,入居者体調は自己管理とされ,マニュアルに従って救急車を要請すべき場合を除き,家族に対応してもらうこととなっていたこと,③被告は,A及びその家族に対して,通院は原則として家族対応であることを説明し,A及びその家族はそのことを十分知っていたことからすると,被告がそのような内容の義務を負っていないことは明らかである。
(ウ) 以上によると,被告の負うべき義務の具体的内容は,食事時における安否確認,ナースコール対応及びマニュアルに従って救急車の要請をすることに尽きるというべきである。
イ 被告の対応
(ア) 平成12年6月23日の経過については,別紙主張一覧表「被告の主張」欄記載のとおりである。
(イ) 本件では,Aは,少なくとも被告施設を出発する段階までは意識があり,自らの意見を述べられる状態であったのであるから,薬の服用過多と疑われる状況であったものの,被告職員が,Aの症状につき,それほど重篤なものではなく,救急車の要請までは必要ないと考えたとしてもやむを得ないというべきである。また,Aは,結果的には急性硬膜下血腫に罹患していたものであるが,このような脳内疾患は,外傷等の外見的所見がある場合は格別,そのようなものがない場合には,病状を的確に把握することは困難である。
そして,Aは通院を拒否していたのであるから,被告としてはAを説得して翻意を促すほかはなかったのであるし,Aの通院に付き添うヘルパーを確保するのにある程度の時間を要するのであるから,C病院へ出発したのが遅れたのもやむを得ないというべきである。
むしろ,被告施設においては,併設のB居宅介護支援事業所(以下「介護支援事業所」という。)のケアマネージャーであるIが看護師資格を有していたことから,通常よりも早期に病院搬送の決断がされ,かつ,被告においてはヘルパーステーションが併設されていたことから,Aを病院に搬送するスタッフを早期に確保できたのであり,通常のケアハウスに期待される以上に適切な措置がとられたというべきである。
(2) 被告の上記債務不履行とAの死亡との間の相当因果関係の有無
(原告の主張)
ア 被告がAを早期に病院へ搬送せずに,長時間放置したため,Aには,C病院での治療後,左片麻痺,嚥下障害,左眼視力喪失,全身衰弱及び免疫力低下等の症状が残存することとなった。
このことは,D医師作成の意見書(甲12)においても,「このような事項と本患者の経過を鑑み,本患者の脳障害が軽度な状態で血腫除去を行うことができれば,即ち頭蓋骨内の血腫がより少ない状態で治療を開始し得れば,致死的状況からの回避はもとより痙攣発作や誤嚥等の合併症をより軽微な状態にし得た可能性が高いと考えられる。」と指摘されているところである。
イ Aに残存することとなった症状のうち,嚥下障害については,医学上,口腔咽頭内分泌物や食物残さのときは肺炎を起こすものとされており,嚥下障害患者は誤嚥(吸引)を起こすことが多く,誤嚥を起こした場合の死亡率は20ないし70%と高いとされている(甲13)。
D医師作成の上記意見書(甲12)においても,「当患者がC病院を退院(転院)後に誤嚥に伴う肺炎によって状態が悪化し死亡された場合には,主病である急性硬膜下血腫に関係した死因であると考えられる。」と指摘されている。
ウ また,全身衰弱及び免疫力低下についてもAの肺炎罹患及び死亡という結果に少なからず影響を及ぼしていることは疑いようのない事実である。
エ 以上によると,Aの肺炎による死亡は,被告が早期にAを病院に搬送せずに長時間放置したことによって引き起こされたものというべきであり,被告の債務不履行とAの死亡との間には相当因果関係が存在する。
(被告の主張)
ア 被告施設においては,医療サービスの提供が予定されておらず,硬膜下血腫の診断を下せる人的・物的資源が存在していなかった上,Aには硬膜下血腫を疑わせる外見的所見が何ら存在せず,むしろ薬の服用過多と疑うこともやむを得ない状況であった。このことに,Aの直接の死因は肺炎であること,C病院における1回目の手術は失敗である疑いが払拭できないこと,E及びF病院での経過も問題とされるべきであることを考慮すると,仮に,被告に債務不履行があったとしても,Aの死亡は被告の債務不履行から通常生ずべき損害ではなく,相当因果関係はないというべきである。
イ もし,民法416条2項の特別損害として主張するのであれば,被告に債務不履行時に相当因果関係を基礎付ける予見可能性の存したことが立証されなければならないが,本件においてはそのような予見可能性がなかったことは明らかである。
(3) 損害額
(原告の主張)
ア 入院治療費等           74万6215円
(ア) C病院分(平成12年6月23日から同年10月5日)
① 入院治療費   64万2850円
② 雑費       4万3365円
(イ) F病院分(平成12年10月13日から同年11月8日)
6万円
イ 逸失利益            344万7348円
Aは死亡当時76歳で,平均余命は,13.04であった。平均余命の半分(6.52)に対応するライプニッツ係数は5.0756である。
Aは,遺族厚生年金を年額119万1100円及び通算老齢国民年金を16万7300円の合計年額135万8400円を受給していた。
生活費控除5割として内田の逸失利益を計算すると344万7348円となる。
(計算式)
135万8400円×(1-0.5)×5.0756
=344万7348円
ウ 慰謝料            2000万円
(被告の主張)
否認ないし争う。
第3 争点に対する判断
1 前提事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の各事実が認められる。
(1) 被告施設について
ア 被告施設は,軽費老人ホーム(老人福祉法20条の6)の一種である自立支援型ケアハウスである(甲8,乙21)。
イ 自立支援型ケアハウスの一般的な特徴は,以下のとおりである(乙21)。
(ア) 入居対象者は,60歳以上の人で身の回りのことができる程度に自立可能な人で,感染症がなく,共同生活ができる人である。
(イ) 主なサービス内容は,①食事サービス,②入浴サービス,③生活相談,④緊急時の対応,⑤活動の支援等である。
(ウ) 入居者の日常の健康管理は,原則として,自己管理である。
(エ) 医師や看護師の常勤はなく,原則として,スタッフが入居者の看病をすることはない。
(オ) 入居者が通院するに際して,原則として,スタッフが付き添うことはない。
ウ 被告施設における取扱い(甲8,10,乙24,証人H,同I,同J)
(ア) 被告施設における入居対象者は,①60歳以上であること,②独り暮らし,または,家庭環境及び住宅事情等によって家族と同居することができないこと,③伝染性疾患等がなく,かつ,問題行動を伴わず,共同生活に適応できること,④自炊ができない程度に身体機能の低下があるものの,日常生活,外出及び通院等が自力できること,⑤所定の利用料及び必要な実費が負担できること,⑥確実な身元保証人が1名いること,の各条件を満たす人である。
(イ) 被告施設が入居者に提供するサービスは,①食事の提供,②入浴の準備,③各種生活相談と助言,④災害,疾病及び負傷等の緊急時の対応,⑤定期健康診断を受けられる機会の提供である。
被告施設においては,上記④緊急時の対応としての救急車の要請につき,マニュアル(乙24)を策定しており,「転倒」,「意識なし」,「出血多量」,「その他,即緊急時の場合」に救急車を手配することとされている。
なお,被告は,被告施設のほかに,介護支援事業所及びヘルパーステーションを併設しており,被告施設の入居者は,介護支援事業所に居宅サービス計画(ケアプラン)の作成を依頼し,ヘルパーステーションに上記ケアプランに基づく訪問介護サービスを依頼することによって,被告から介護サービスを受けることができる。
(ウ) 被告施設においては,入居者の通院は,原則として,入居者本人またはその家族による対応とされているが,定期的に,自動車によるC病院等への送迎が行われている。
(エ) 平成12年6月13日当時の被告施設の職員は,寮父(母)が3名,事務員が2名の合計5名であった。なお,介護支援事業所のケアマネージャーであるIは看護師資格を有していた。
(2) 本件入居契約の経緯(甲9,14,15,乙1,2,10の1・2,12,証人H,同I,同G)
ア 原告とGは,平成10年11月11日に婚姻し,以後,名古屋市千種区にてAとともに生活していた。
Aは,平成6年に狭心症を,平成9年に腰椎圧迫骨折をそれぞれ患い,独り暮らしが困難な状態であったが,他方で,原告も,平成10年頃からクローン病により体調が悪化し,平成11年4月以降,愛知県がんセンターに入退院を繰り返すという状態であったことから,日常的にAの介護をすることが困難となり,同年9月頃,原告とGは,Aとの同居を止め,名古屋市千種区所在のマンションに引っ越すこととした。
Aと別居して以降も,原告とGは,電話をしたり,直接訪問する等して,頻繁にAの様子をみていたが,Aは,平成12年2月15日に肋骨骨折を患い,P病院に入院することとなった。
原告は,同年2月28日,自己の体調不良とAの介護のため,勤務先であったKを退職するとともに,同年4月頃から,Aを軽費老人ホームに入居させることを考え始めた。
イ 原告は,Aを入居させる軽費老人ホームを探していたところ,被告施設に空室があるとの情報を得た。
そこで,Aは,同年5月1日,被告施設の入居申込書(乙1)を作成し,同日,原告は,上記入居申込書及び原病院の主治医作成の健康診断書(乙2)を被告に郵送した。なお,上記入居申込書には身体障害者手帳(1種3級)等と記載され,上記健康診断書には既往症欄に「狭心症」「腰椎圧迫骨折」等と記載されていた。
ウ 原告,G及びAは,同月16日,被告施設を訪れ,被告施設長Lと面談し,原告は,Aの病歴等を説明し,併せてAの処方薬に関する説明書(甲9)を手渡した。
エ 同月24日,Aと被告は,Gを身元保証人として,本件入居契約を締結し,同年6月12日,AはGに付き添われて被告施設に入居した。
その際,Gは,Aに介護サービスを受けさせるため,Iにケアプランの作成を依頼した。また,Gは,Hから,入居者の健康管理は自己責任であり,入居者の通院も,原則として,入居者本人またはその家族の対応である旨の説明を受けた。
オ 同月19日,Aと被告は,Iが作成したケアプラン(乙10の1・2)に基づいて,訪問介護サービス契約を締結した(乙12)。
被告が提供するサービス内容は,
① 家事援助  毎週火曜日    14:00~15:30
② 身体介護  毎週月,金曜日  10:30~11:30
③ 家事援助  毎週木曜日    14:30~15:30
であった。
(3) AがC病院に搬送されるに至る経緯(甲4,14,15,乙6の11,13ないし16,18,19,証人H,同I,同M,同J,同N,同G,原告)
ア 平成12年6月22日午後5時30分から同月23日午前8時30分まで被告施設にて宿直勤務をしていた事務員のMは,同日,Aが食堂(7階)にて朝食を摂った後,エレベーターで自室のある2階に向かったものの,そのままエレベーターに乗って,再び7階まで上がってきたのを発見した。Mは,Aに対し,「どうしたんですか」と尋ねると,Aは「部屋が分からない」と答えたので,一緒にエレベーターに乗ってAの居室(212号室)に向かうこととした。そして,Mは,2階でエレベーターから降り,Aとともに同人の居室に向かう途中で,ヘルパーのJにAを引き継いでもらった。
そのときのAは,自分で歩くことはできるものの,ふらふらしていたため,誰かが手を添えて歩いた方が安全な状態であった。また,Aは会話をすることができる状態であった。
イ 同日午前8時15分頃,Jは,MからAを引き継ぎ,同人をその居室まで誘導した。Jは,Aに「大丈夫ですか」と尋ねたところ,Aは「大丈夫」と答えた。Jは,Aのバイタルチェックを行ったところ,体温は37.2℃,血圧は117mmHg(上),73mmHg(下),脈拍は111回/分であり,意識もあった。
さらに,Jは,同日午前9時頃,Aの居室前の廊下を通りかかったところ,Aが居室内に設置の洗面所に手をついて立っているのを発見したので,「どうしたのですか」と尋ねると,Aが「トイレに行きたい」と言ったので,トイレに座らせた。しばらくして,Aが「出ない」と言ったため,JはAをベッドに誘導し,臥床させた。
ウ Iは,ヘルパーのOからAの様子をみて欲しいと言われ,同日午前9時15分頃,Aを訪ねたところ,Aはベッドに臥床しており,ベッドの横には薬が散乱していた。Iは「Aさん,どうされましたか」と問うと,Aは「変わりない」と返答し,会話状況に問題はみられなかった。また,IはAの血圧と脈を測ったが,異常はみられず,顔色にも異常はみられなかった。
エ Hは,MからAの様子について報告を受け,午前9時30分過ぎ,Aを訪ねた。Aはベッドに臥床しており,枕元に薬が散乱していたことから,Hは,Aが薬を飲み過ぎたのではないかと疑い,Aに対し,「薬は飲みましたか」と問うと,Aは「はい」と返答した。HとAは約20分間,世間話をし,Aは,普通に会話をすることができる状態であった。
その後,HとOは,同日午前10時30分頃まで,交代でAの様子をみていた。このとき,Aは,会話が途切れると目を閉じるといった状態であった。
HとIは,同日午前10時30分頃,Aの状態につき,一度病院で診てもらった方がよいと考えるに至った(ただし,Aに意識があり,バイタルチェックの結果に異常がみられなかったことから,救急車を要請することが必要であるとは考えなかった)。
オ ヘルパーのNは,同日午前10時30分から午前11時30分までの間,Aに対して,訪問介護サービスを行った。Nは,Iから,Aの体調が悪いので入浴ではなく清拭をするように指示されたので,Aの身体を清拭した。その際,Aから何度かトイレに行きたい旨の訴えがあったので,Nは,その都度,トイレに誘導した。Aの様子は,一人で歩いたり,更衣したりするのは困難な状態であった。内田の体温は,同日午前10時30分頃は37.5℃,同日午前11時30分頃は36.9℃であった。
カ 同日午後11時30分頃,HはGに対し,電話で,Aの体調が悪いこと及び薬の服用過多が疑われることを伝え,家族の対応にてAを通院させることを勧めたが,Gから付き添えない旨の返答があったため,介護保険でヘルパーを利用した通院を提案したところ,Gはこれを了承した。これを受けて,Hは,Iにヘルパーの調整を依頼し,さらにIはOにその旨連絡し,Oによる調整の結果,Jがヘルパーとして,Aの通院介助サービスを担当することとなった。
その後,H及びIが,Aの居室を訪れ,Aに対し,C病院への通院を勧めたが,Aは消極的であった。このとき,Aは何度も尿意を訴えるため,H及びIは,その都度,Aをトイレに誘導した。
キ H及びJは,同日午後1時頃,Aを通院させるべく,トイレ誘導,おむつ交換,処方薬の一覧表の準備,車椅子の手配等を始めた。そして,H及びJは,同日午後2時少し前,Hが運転する自動車(ハイエース)にAを乗せて,被告施設を出発した(なお,被告は,AをC病院に搬送した時刻について別紙主張一覧表の「被告の主張」欄記載のとおり主張し,これに沿う証拠[乙14,16,証人H,同J]もあるが,C病院入院診療録[甲5]の内の「救急患者チエックリスト」に来院時刻が「午後2時17分」と記載されている事実に照らして,被告の上記主張を採用することはできない。)。
ク H,J及びAが被告施設を出発した後,Iは原告に対し,電話で,Aの体調が悪く,ヘルパーを利用してC病院に向かったこと及び薬の服用過多が疑われることを伝えた。
ケ 自動車での移動中,JはAに声を掛けていたが,途中から,弱々しい生返事のような返答しか帰ってこなくなった。
同日午後2時17分,H,J及びAはC病院に到着したが,その頃,Aは意識を失っていた。
コ Jは,C病院に到着すると,すぐにAを看護師に引き継ぎ,Aの状態につき,被告施設の職員やIから聞いたことを看護師に伝えた。
しばらくしてから,Jは,D医師から,Aが急性硬膜下血腫で,緊急手術が必要であることを告げられるとともに,Aが強い衝撃を受けたかどうか問われたが,わからないと答えた。
なお,C病院のカルテ(甲4)には,「8時30分朝食前に同居者と口げんか? そのあと朝ご飯を食べた 意識はあった その後徐々にレベル↓ 昼は寝ていた」との記載がある。
サ 同日午後3時頃,原告及びGがC病院に到着し,Jは原告及びGにAの病状を伝え,D医師に引き合わせた。
(4) その後のAの病状(甲4ないし7,14)
ア D医師は,同日午後4時,Aに対し,局所麻酔の小開頭血腫除去術を施した。
施術後,Aは,集中治療室に入室し,意識レベルは呼名に反応する状態にまで改善されたものの,徐々に悪化した。
そこで,D医師は,同日午後7時55分,全身麻酔による大開頭血腫除去術及び外減圧術を施した。
同年7月31日,D医師は,Aに対し頭蓋骨形成手術を施した。
上記一連の治療によるも,Aには左片麻痺,嚥下障害等の後遺症が残り,誤嚥による肺炎に罹患する危険性があった。
イ Aは,平成12年10月5日,C病院を退院し,Eに入所したが,同月10日,呼吸困難の症状を呈し,チアノーゼ状態となったため,F病院を受診した。
Aは,同日以降微熱が続いたため,同月13日,再びF病院を受診したところ,肺炎を起こしていることが分かり,F病院に入院して治療を受けたが,同年11月8日,肺炎により死亡した。
2 争点(1)について
(1) 上記認定事実によれば,自立型ケアハウスにおいては,医療スタッフが必要とされておらず,入居者の体調管理は自己管理とされ,入居者の通院は入居者本人またはその家族の対応によるとされていたのであるから,自立型ケアハウスを運営する者は,入居者の体調不良に際して,救急車を必要とする場合には救急車を要請し,そのような場合でなければ,入居者の家族に連絡して,入居者本人またはその家族による対応に委ねれば足り,自ら入居者を病院に搬送する義務までは負わないと解するのが相当である。
そして,被告施設においても,一般の自立型ケアハウスと同様の取扱いがされ,かつ,その概要をAの身元保証人であるGに説明していたのであるから,本件においても同様のことがいえる。
(2) そこで,本件について検討するに,なるほど,平成12年6月23日当時のAの体調不良の原因は,急性硬膜下血腫によるものであったと推認される。ところで,急性硬膜下血腫は,一般的に直線的及び回転加速(減速)により脳皮質に出血性挫傷をきたして発症するといわれ,頭部外傷によって生じることがほとんどであり,その他の原因として稀に脳動静脈奇形や頭蓋内血管の障害(出血)が挙げられるが,Aにおいては脳血管系の異常所見は確認されていないことから何らかの頭部外傷が原因であったと考えるのが妥当であるとされ,また,急性硬膜下血腫においては,受傷時点での脳実質の障害に加えて,脳表面に貯留した血腫によって脳実質の圧迫が生じ循環障害が加わることで更に脳実質の障害が憎悪することとなるため,可及的速やかに貯留した血腫を除去し脳実質の不可逆的変化を最小限にすることが治療の最大の目的となるとされている(甲12)。そうすると,事後的に観察すれば,体調不良のAを早期に病院に搬送する必要があったということはできる。
しかしながら,上記認定事実によれば,Aは,同日午前10時30分頃には,一人で歩いたり更衣することが困難な状態であったものの,バイタルチェックの結果に異常はみられず,被告施設を出発するまでは意識があったと認められる(ただし,時間の経過とともに減退していたことは否定できない。)上,本件各証拠によっても,Aにおいて急性硬膜下血腫を生じるような頭部外傷を疑わせるに足りる事故の存在を認めることはできないことが指摘できる。
そうすると,Aの上記症状に照らすと,医療機関でない被告が,医療機関による治療を必要とする緊急事態であると判断することは困難であったというべきであり,さらに何らかの重篤な傷病の可能性を考慮して,Aを病院に搬送する必要があると判断することも困難であったというべきである。
そして,被告職員(被告施設のみならず,併設の介護支援事業所及びヘルパーステーションの職員も含む。)が頻繁にAの経過を観察していたこと,遅くとも同日午前11時30分頃には,被告職員がGに対し,Aの体調不良の事実を伝え,家族による通院を勧めたこと,被告において,ヘルパーによる通院介助の方法を提案し,調整の上,同日午後2時17分にAをC病院へ搬送したこと等を併せて考えると,一連の被告の対応が本件入居契約上の債務不履行を構成すると評価することはできない。
(3) ところで,原告は,被告が,同日午前11時30分の時点で,Aを病院に搬送することを引き受けたにもかかわらず,C病院への到着が同日午後2時17分と遅れ,その結果,Aに適切な治療行為を受けさせる機会を失わせた旨主張するので,この点について検討を加える。
なるほど,上記認定事実によれば,Hは,同日午前11時30分頃,Gに対してヘルパーを利用した通院を勧め,Gはこれを承諾したのであるから,この時点で,被告が,Aの通院介助をする義務を負担したということもできなくはない。
しかしながら,Aを病院に搬送するという事態は,あらかじめ定められたケアプランにないヘルパーの利用であったため,直ちにヘルパーが通院介助できる状況ではなかったこと(現に,Aの通院介助を担当することとなったJは,同日正午まで施設外にて介護に従事しており,移動及び昼食等の時間を考慮すると,同日午後1時頃までは,Aの通院介助に従事できる状況ではなかったことが認められる〔証人J〕。),通院介助の準備のために相当の時間を要すること等からすると,被告がAをC病院へ搬送した時間が遅きに失し,上記義務に違反したとまではいえない。
また,前示のとおり,被告において,Aを早急に病院に搬送する必要があると判断することは困難であったのであるから,被告において,Aの家族が救急車を要請する等の何らかの手段を講ずることを想定して,Aの家族に対し,Aの通院介助を行うのに若干の時間を要することを説明する義務まではないというべきである。
そうすると,原告の上記主張を考慮しても,被告に債務不履行を認めることはできないというほかない。
3 結論
以上の次第で,被告に債務不履行があったということはできないから,その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がない。よって,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第8部
裁判長裁判官    黒   岩   巳   敏


裁判官    河   本   寿   一


裁判官    渡   辺       諭