H17.11.22 鹿児島地方裁判所 平成15(ワ)888 慰謝料及び謝罪広告請求事件

村の広域合併反対派議員であった者らが,同人らのリコール請求を行った広域合併賛成派の者を被告として,「同人が,テレビインタビューの際,『反対派議員らが暴力団と結託し又はその指示を受けて広域合併反対運動を行っている』旨発言し,これが放映されたことなどによってその名誉を毀損された」と主張して,損害賠償及び謝罪広告の掲載を求めた訴訟において,名誉毀損を認め,損害賠償請求の一部を認めた事例


主         文
 1 被告は,原告らに対し,それぞれ,金80万円及びこれに対する平成15年5月10日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告らの,その余を被告の負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,原告らに対し,それぞれ,金100万円及びこれに対する平成15年5月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告らに対し,別紙1記載の謝罪広告を同別紙記載の掲載要領により南日本新聞朝刊に1回掲載せよ。
第2 事案の概要
本件は,鹿児島県薩摩郡下甑村(現在の薩摩川内市下甑町。平成16年10月に合併して同市の一部となったが,後述の本件発言がなされた当時は村であったため,以下「下甑村」という。また,他の市町村についても,本件発言当時のそれを記載することとする。)の議会の議員であり,下甑村の広域合併に反対していた原告らが,当該合併に賛成していた被告に対し,合併問題に関連して,同人がテレビインタビューの際に行った発言及び同人が作成・配布したビラによって,その名誉をそれぞれ毀損されたと主張して,不法行為に基づく慰謝料の支払い及び謝罪広告の掲載を求めた事案である。
 1 争いのない事実等
   以下の事実は当事者間に争いがないか,括弧内掲記の証拠(証拠の枝番号については,括弧を付して表記する。)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
  (1) 当事者
ア 原告らは,いずれも,下甑村議会議員であった者である。
イ 被告は,下甑村の元村長であり,同村の広域合併(後述の,鹿児島県本土の各市及び町をも含めた形での川西薩地区広域合併を意味する。以下同様であり,「本件広域合併」という。)に賛成していた。
  (2) 合併問題に関する当初の取組み
ア 平成14年ころ,下甑村では,同村と他の市町村との合併問題が議論されており,同年5月14日には,同問題を検討するため,下甑村の各区長,各団体の長,有識者,村議会議長,同副議長,同総務委員長及び同経済建設委員長らを構成員として,第1回市町村合併懇話会(以下,市町村合併懇話会を「懇話会」という。)が開催されたところ,同年7月31日開催の第2回懇話会において,同年8月2日から下甑村民に対する合併についてのアンケート調査を実施することが明らかにされ,同村内の全世帯(1460世帯)を対象として,これが実施された(甲6,16(2),乙9)。
  上記アンケート調査の結果,合併の組み合わせにつき,2市4町4村(川内市,串木野市,東郷町,樋脇町,入来町,市来町〔以上の各市及び町は鹿児島県本土に存する。〕,上甑村,里村,鹿島村,下甑村〔当該各村は甑島列島に存する。〕)の支持が28.3パーセント,2村(鹿島村及び下甑村)の支持が26.4パーセント,上記各4村の支持が18.4パーセントなどとなった(甲6,16(2))。
イ 当時の下甑村長D(以下「D村長」という。)は,平成14年8月13日開催の第3回懇話会において,前記2市4町4村により構成される任意合併協議会への参加を表明するとともに,これとは別に鹿島村と合併勉強会を行いたい意向を示し(甲17,乙9),同月16日には,前記2市4町4村から市来町を除いた各市町村が,同年10月に川西薩地区任意合併協議会(平成15年1月に法定合併協議会を発足させることを目指し,各項目の調整を行うもの。以下「本件任意協議会」という。)を設立することに合意し,そのための準備会を発足させた一方で,下甑村(D村長)は,鹿島村に対し,本件任意協議会とは別の合併勉強会設立を申し入れた(甲6)。
ウ 下甑村議会は,平成14年9月24日,本件任意協議会関連経費を含む平成14年度下甑村一般会計補正予算(第2号)を全会一致で可決した(甲16(2)。この際,D村長及び下甑村議会議員全員が本件広域合併に賛成していたか否かについては,争いがある。)。
(3) 街宣活動開始後の状況
ア 暴力団甲組(組長は下甑村出身のEであり,以下,同組を「甲組」といい,同組長を「組長」という。)の組員又は右翼団体の構成員らは,平成14年10月17日ころから,下甑村において,本件広域合併に反対するとの街宣活動及びビラの配布を開始した(乙9,10)。
イ 原告A(以下「原告A」という。)及び原告B(以下「原告B」という。)は,平成14年10月18日,本件広域合併に反対する者を下甑村の村長室に案内し,D村長と面談した(この際案内された者が誰であるか,また,案内された者が甲組の組員又はその関係者であるか否かについては,争いがある。)。
ウ 甲組の組員らは,平成14年10月24日,鹿児島市内で開催された甑島議員研修会(以下「本件研修会」という。)の会場周辺において,本件広域合併に反対する内容のビラを配布したところ,同日,原告Bも,同会場において,本件広域合併に反対する内容のビラ(以下「原告B配布のビラ」という。)を配布した(原告B配布のビラが,以前甲組員らが下甑村において配布したビラと同一のものであるか否か,原告Bが組長に依頼されてこれを配布したのか否かについては,争いがある。)。
エ(ア) 下甑村議会は,平成14年10月29日,臨時会(以下「本件臨時会1」という。)を開催し,以下の内容の「市町村合併に関する意見決議書」(以下「本件決議書」という。)を採択した(甲16(2))。
   「地理的条件を同じくし,ともに歴史を共有してきた甑4村は,市町村合併についても,同一枠組の中で合併されるよう切望します。
   将来の基礎的自治体としては,甑4村合併が限度と考えます。甑島振興協議会におかれては,『甑は一つ』の精神を再確認し,島民が望む最適の合併を推進されるよう議決します。」
 (イ) 本件臨時会1の後,下甑村役場近くの軽食喫茶「P」(以下「P」という。)において,組長及び甲組員らは,本件決議書の解釈を巡って下甑村議会議員F(以下「F議員」という。)と議論し,その後呼び出された同議会議長G(以下「G議長」という。)とも議論を行った(甲17,乙10,11)。
オ D村長は,平成14年10月30日,第4回懇話会において,甑島列島4村(上甑村,里村,鹿島村及び下甑村)の合併を甑島振興協議会において提案する旨表明し,同年11月11日開催の同協議会においてこれを提案したが,かかる提案は受け入れられなかった。
カ その後,D村長は,平成14年11月12日,第5回懇話会において,鹿島村との2村合併を臨時村議会において提案する旨表明し,同月14日開催の臨時会(以下「本件臨時会2」という。)において,2村合併に関する経費を計上した平成14年度一般会計補正予算(第3号)を提出したが,否決された(甲9(2)。この際の投票結果は,賛成5票,反対7票であった。なお,本件臨時会2の際,甲組員らによる野次のため正常な審議ができなかったか否か,警察の出動を要請したか否かについては,争いがある。)。
  上記補正予算の否決を受け,D村長は,同日,下甑村長を辞職した。
(4) 新議会の下での合併問題
ア 下甑村においては,平成14年11月26日,村議会議員選挙が行われ,無投票により議席が確定した結果,本件広域合併賛成の議員が5名,反対の議員が7名(原告ら)となった(甲12,17)。
イ その後,同年12月22日に,下甑村長選挙が行われ,本件広域合併に賛成するH(以下「H村長」という。)が当選した。
ウ H村長は,平成15年1月8日開催の臨時村議会に,本件広域合併関連経費を計上した補正予算を提出したが,否決され,同年2月4日開催の臨時村議会において,再度これを提出したが,再び否決された。
(5) 解職運動等
ア 被告を代表とする本件広域合併賛成者らは,平成15年2月6日,本件広域合併に反対する原告らの解職を求めて署名活動を開始し,同年3月13日,選挙管理委員会に対し,原告らの解職請求を行った(甲12)。
イ これを受け,原告らは,「下甑の未来を考える会」を結成し,平成15年4月13日,原告Cを除く原告ら及びその支援者らが参加して,同会の事務所開き(以下「本件事務所開き」という。)が行われた(甲4。本件事務所開きに甲組員ら又はその関係者が参加したか否かについては,争いがある。)。
ウ 原告らの解職請求にかかる住民投票は,平成15年5月11日に行われ,その結果,原告らはいずれも失職した。
(6) 被告のテレビでの発言及びビラ配布
ア 被告は,本件広域合併に関連して,訴外株式会社鹿児島讀賣テレビ(以下「KYT」という。)の取材を受け,その結果,平成15年5月8日午後6時19分ころ,KYT放送のニュース番組において,「合併問題・・・下甑村の住民側主張VS解職請求された議員」と題した別紙2記載の内容等の報道がなされた(甲2。以下,別紙2記載の被告の発言を「本件発言」という。)。
イ また,被告は,平成15年5月9日及び10日,下甑村民に対し,被告名義で,別紙3記載の内容等を記載した「住民投票を勝ち取ろう」と題するビラ(甲3。以下「本件ビラ」という。)を配布又は送付した。
 2 争点
(1) 本件発言及び本件ビラによる名誉毀損の有無
(2) 本件発言及び本件ビラ配布に関する名誉毀損の成立阻却の有無
(3) 原告の慰謝料額及び謝罪広告の必要性
第3 当事者の主張
1 本件発言及び本件ビラによる名誉毀損の有無(争点(1))について
(原告らの主張)
被告による本件発言及び本件ビラの内容は,いずれも,原告らが暴力団と親密な関係にあるというものであり,これが原告らの名誉を毀損するものであることは明白である。
この点に関し,被告は,自らコントロールすることのできない編集,放送については責任を負う前提を欠くと主張して,本件発言についての責任を否定するが,原告らが名誉毀損を主張する行為は,被告が自らの意思と責任で行った本件発言であるから,かかる主張は理由がない。
(被告の主張)
本件発言の内容が原告らの社会的評価を低下させ,名誉を毀損するものであることは認めるが,被告は,KYTからの取材に数回応じたのみであり,かかる取材を受けた行為をもって,名誉を違法に侵害する行為があったと評価することはできない。
すなわち,本件において,被告は,KYTの取材先,取材内容及び編集等について一切関与せず,知らされてもいなかった上,KYTは取材源を秘匿できたはずであり,本件発言にかかる放送内容は全て同社の責任においてなされたものであるから,被告は,自らコントロールすることのできない同社の編集,放送については責任を負う前提を欠くのであり,本件発言について責任を負わないというべきである。
3 本件発言及び本件ビラ配布に関する名誉毀損の成立阻却の有無(争点(2))について
(被告の主張)
(1) 本件発言及び本件ビラの内容は,公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的でなされたものであって,かつ,これにより摘示された事実は真実であるから,名誉毀損は成立しない。
ア 事実の公共性及び目的の公益性
まず,本件発言及び本件ビラの内容は,本件広域合併に関する問題であって,かつ,下甑村の政治に暴力団が関与・介入することを阻止しようとした事実に関するものであるから,社会一般の関心事であり,公共の利害に関する事実にほかならない。
また,被告は,下甑村又は同村民の将来を安泰にしたいとの政治的信念に基づき,下甑村の政治に暴力団が関与・介入する事を阻止し,民主主義の実現を図るべく,本件発言を行い,本件ビラを配布又は送付したものであるから,かかる各行為が専ら公益目的でなされたことは明らかである。
イ 真実性
(ア) さらに,被告による本件発言及び本件ビラにおいて摘示された各事実 は,以下の根拠に基づくものであり,いずれも真実である。
(イ) すなわち,①右翼団体の構成員と称する者が,平成14年10月8日から,下甑村において,本件広域合併に反対する街宣活動及びビラ配布を始めたこと,②本件事務所開きの際,当該事務所に,2名の暴力団組員と思われる者がいたこと,③原告B,同A及びG議長は,平成14年10月29日,Pにおいて,組長やその配下のI,Jらと打ち合わせをしたり,握手したりしていたこと,④原告B及び同Aは,甲組配下の暴力団関係者らを村長室に案内するなどしていたこと,⑤原告Bは,組長に頼まれ,本件研修会の際,以前甲組員が下甑村で配布していたビラと同じビラを参加議員に配布していたこと,⑥本件臨時会2の際,組長やその配下の者らがこれを傍聴し,野次などによって正常な審議や議会運営ができなかったため,警察に出動を要請したこと,⑦原告Bが,組長と密接に連絡をとり,その指示に基づいて行動していたこと,⑧原告B及び同Aは,本件訴訟において,ことさら暴力団との関係を否定しようとするあまり,不自然かつ不合理な供述を行っていることからすれば,原告らが暴力団関係者と繋がりを有することは明らかである。
(2) 相当性
また,仮に,本件発言及び本件ビラの内容が真実でなかったとしても,前記のような原告B,同A及びG議長らと暴力団関係者との繋がりを推測させる各事実が存する以上,被告がこれを真実であると信じたことも無理からぬところであり,真実であると誤信したことにつき相当な理由がある。
(原告らの主張)
(1) 被告が,原告らと暴力団が関係があることの根拠として主張する事実は,事実に反する単なる作話にすぎない。
(2) 真実性の否定
ア すなわち,まず,①右翼団体の構成員と称する者が,下甑村において,本件広域合併に反対する街宣活動及びビラ配布を行ったこと自体は事実であるが,原告らはこれに一切関与しておらず,②本件事務所開きの際に暴力団組員と思われる者はいなかった。
また,③被告は,原告B及び同AらがPにおいて組長やその配下の者らと打ち合わせをしたり,握手したりしていた旨主張するが,原告Bは,F議員が本件決議書の解釈を巡って組長らと議論した際に同席したにすぎず,打ち合わせを行ってはいないし,原告Aはこれに同席すらしていない。また,原告Bが組長と握手した点についても,組長は下甑村の出身者であるから,狭い地縁・血縁社会に住む原告らが組長と顔を合わせた際に挨拶するのは,むしろ当然である。
さらに,④原告B及び同Aが村長室に案内したのは,「下甑島を守る会」会長のKであり,同人は暴力団組員でない上,⑤原告Bは,本件研修会において,組長ではなくKに依頼されてビラを配布したのであり,同ビラ(原告B配布のビラ)は甲組員が下甑村で配布していたビラとは異なるものであった。
加えて,⑥本件臨時会2において警察の出動を要請したとの被告主張は,原告らと暴力団が関係があることの根拠になり得ず,⑦原告Bが組長と密接に連絡をとり,その指示に基づいて行動していたとの事実も,全くない。
イ 以上より,被告主張の各根拠は何ら理由がないのであって,被告自身も,本件発言の放映が行われた平成15年5月8日に,原告らに対し,本件発言が原告らに対する名誉毀損行為であることを認め,「申し訳ない。」と述べている。
4 原告の慰謝料額及び謝罪広告の必要性(争点(3))について
(原告らの主張)
(1) 被告は,本件発言及び本件ビラの内容が虚偽であることを知りながら,原告らが暴力団と親交があり,金銭の授受関係があったり暴力団のロボットであるかのようにテレビニュースによって公言し,これによって原告らの名誉を毀損したところ,特にテレビ取材における発言は,マスメディアの,しかも視聴率及び影響力の高い報道番組を通じてのものであり,鹿児島県全土にわたって広く原告らの名誉を著しく毀損した違法性の強い行為である。
(2) かかる事情に照らせば,名誉毀損による原告らの慰謝料は,各自100万円とするのが相当であり,また,被告の各行為によって失墜させられた原告らの名誉を回復させるためには,民法723条に基づく謝罪広告の掲載が不可欠である。
(被告の主張)
争う。
第4 判断
 1 本件発言及び本件ビラによる名誉毀損の有無(争点(1))について 
(1) 本件発言
ア 前認定のとおり,被告は,本件広域合併に関するKYTによる取材の際,本件発言を行い,これがKYTのニュース番組において放映されたところ,本件発言は,原告らが本件事務所開きに暴力団組員を呼び,同組員らと杯を交わしてドンチャン騒ぎをし,金を配ったなどと指摘した上で,原告らを暴力団のロボットであるとするものである(被告は,原告らの名を直接摘示していないが,その内容から「彼ら」が原告らを意味することは明らかであり,一般視聴者もそのように受け取ったと解される。)から,かかる発言は,本件発言の当時下甑村議会議員であった原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行っているとの事実を,テレビ放送を通じて公然と摘示したものであるといえる。
  そして,かかる発言(本件発言)が原告らの社会的評価ないし信用を低下させることは明らかであるため,被告がKYT取材者らに対して本件発言を行った行為は,原告らの名誉・信用を毀損するものと認められる。
イ なお,本件発言による名誉毀損の有無に関し,被告は,自らコントロールすることのできない編集,放送については責任を負う前提を欠く旨主張するが,本件発言の際,被告は,放送会社であるKYTのインタビューに答える形で公然と事実を摘示したのであるから,たとえ具体的な報道内容がどうなるかについて被告が必ずしも予測できなかったとしても,被告は,いずれ自らの発言(本件発言)が報道されることを当然認識していたものと推認され,また,KYTにより本件発言の内容自体に大きな変更を加えられたとの事情も窺われない以上,かかる被告の主張は理由がないというべきである。
(2) 本件ビラ
また,本件ビラ(甲3)は,前認定のとおり,解職請求の対象とされた原告らにつき,暴力団関係者を村長室に案内したことがあり,暴力団が配布したものと同じビラを配った者もいるとするものである(被告は,ここでも原告らの名を直接摘示していないが,その配布時期及び内容から「私たち7名の議員」が原告らを意味することは明らかであり,下甑村民もそのように受け取ったと解される。)から,かかるビラ(本件ビラ)の配布も,解職請求の対象とされた原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行っているという事実を,公然と摘示したものであるといえ,原告らの社会的評価ないし信用を低下させ,その名誉・信用を毀損するものであると認められる。
 2 本件発言及び本件ビラ配布に関する名誉毀損の成立阻却の有無(争点(2))について
(1) 以上のとおり,本件発言及び本件ビラは,いずれも,原告らの各名誉・信用を毀損したものといい得るところ,このような場合であっても,その摘示事実が公共の利害に関する事実にかかり,その目的が専ら公益を図るものであって,かつ,当該摘示事実が真実であるとの証明がなされた場合は,違法性を欠くものとして,また,当該摘示事実が真実であることの証明がなされない場合であっても,その発言者・ビラ配布者においてその事実を真実であると信じたことにつき相当の理由があると認められるときは,故意又は過失を欠くものとして,不法行為が成立しないと解するのが相当である。
(2) 事実の公共性及び目的の公益性
本件発言及び本件ビラにより摘示された事実は,前記のとおり,解職請求の対象とされた下甑村議会議員である原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行っているというものであるところ,かかる事実が公共の利害に関する事実に当たることは明らかである。
また,前認定の本件発言及び本件ビラの配布が行われた経緯,並びにその各内容からすれば,被告は,原告らが本件広域合併に賛成するH村長が新たに当選したにもかかわらず本件広域合併関連経費を計上した補正予算に2度にわたって反対し,下甑村議会においてこれが否決されたことを受け,本件広域合併に賛成する立場から,本件広域合併の有用性を広く村民に知らしめ,これに反対する原告らを解職し,ひいては本件広域合併を実現することを目的として,本件発言及び本件ビラの配布を行ったと認められるから,専ら公益を図る目的でこれらの行為を行ったと認められる。
(3)ア そこで,前記摘示事実について,真実性又は相当性の有無を検討する。
イ 真実性
(ア) 前認定のとおり,被告は,本件発言において,原告らが本件事務所開 きに暴力団組員を呼んだことを前提に,原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行っているとの事実を摘示しているが,本件事務所開きの目撃証人であるLは,地元住民でない短髪で派手な服装をした若者2名が同事務所敷地内にいるのを目撃した旨証言するにとどまり,この若者2名が暴力団組員であると認めるに足る証拠は存しない(同証人は,暴力団が入り込んでいると聞いていたため,元警察官としての直感から上記2名が暴力団組員であると判断した旨証言するが,かかる証言をもって上記2名の若者が暴力団組員であると認めるに足りないことは明らかである。)から,原告らが本件事務所開きに暴力団組員を呼んだとの事実を認めることはできない。
したがって,そもそも本件発言における摘示事実の前提をなす事実(原告らが本件事務所開きに暴力団組員を呼んだとの事実)を認めることができない以上,同摘示事実が真実であると認めることは困難であるというべきである。
(イ)a また,本件において,被告は,本件発言及び本件ビラにおける摘示事実が真実である根拠として,前記①ないし⑧の各事実を挙げるが,本件事務所開きの際,2名の暴力団組員と思われる者がいたとの主張(前記②)については,前記のとおり,理由がない上,原告B,同A及びG議長が,平成14年10月29日,Pにおいて組長らと打ち合わせをしたり,握手をしたりしていたとの主張(前記③)についても,原告らの暴力団との結託を窺わせる事実としては,原告Bが組長らと同席し,組長の指示を受けてG議長を呼びに行ったことが認められるにとどまり(証人M,同G議長。なお,G議長が組長らと握手したとの事実も認められるが,これをもって原告らの暴力団との結託を窺わせる事実と評価することは困難である。),原告Bが組長らと握手したとの事実,同Aが組長らと打ち合わせを行い,握手したとの事実は,いずれも認められないから,上記認定事実をもって原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行っていたと認めるには足りないというべきである。
b さらに,原告B及び同Aが「甲組配下の暴力団関係者ら」を村長室に案内したとの主張(前記④)についても,原告B及び同Aは,いずれも,甲組員であるIを村長室に案内したことはなく,Kを案内したことはあるものの同人は暴力団関係者でないとこれを否定する供述をするところ(原告B本人,同A本人),被告の上記主張に沿う証人F議員の「原告B及び同AがI及びKを村長室に案内した,Kは甲組関係者である」旨の証言,証人Nの「原告BがIを村長室に案内し,原告B及び同Aが暴力団関係者を村長室に案内した」旨の証言は,いずれも他人から伝え聞いたものである上,平成15年2月8日に開催された下甑村在住の女性による「村議の皆さんと合併問題について語る勉強会」の報告書(乙7)の記載内容(合併反対議員の「新聞等で取り上げられた方とは認識しておらずに案内しました」との回答)に新聞(乙6)の記載内容を併せ考えれば,原告Bが村長室に案内したと認めた人物は,Iではなく,Oである可能性があるに止まる(ただし,そもそも真実原告Bが当該回答をしたのか判然としない〔原告B本人,同A本人〕。)から,上記証人F議員及び同Nの各証言をもって原告B及び同Aが村長室にIを案内したと認めるには足りないといわざるを得ない。
  また,原告B及び同Aが村長室に案内したことを認めるKについては,同人が本件広域合併に反対する立場から下甑村において活動を行い,組長らとも交友関係を有するとの事実を認めることができるが(証人N,同M),K自身は甲組員でないことに争いはないのであるから,少なくとも,かかる人物を村長室に案内したことをもって原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行っていたと認めるには足りないというべきである。
c 加えて,本件研修会に際し,原告Bにビラ配布を依頼した人物についても(前記⑤参照),原告BはこれをKであると供述しており(原告B本人),原告B配布のビラも,Kが会長を務める(甲7)「甑島を守る会」名義のものである(原告B配布のビラが「村民の皆さん!!」と題する書面〔乙3〕か,「甑島の皆さん」と題する書面〔乙4〕かについては争いがあるが,いずれにしても「甑島を守る会」名義のものである。)ため,原告Bが組長から配布を依頼されたと述べていたとする証人F議員の証言を考慮してもなお,原告Bにビラ配布を依頼した人物が組長であると認めるには足りないというべきである。
(ウ) また,証人N,同F議員は,原告らが甲組と結託しているとする根拠として,平成14年9月には一致して本件広域合併に賛成していたD村長及び下甑村議会議員が,同年10月に甲組員らによる街宣活動が開始されてから本件広域合併に反対し始めた旨証言するところ,D村長が,同年11月14日開催の本件臨時会2において,鹿島村との2村合併関連経費を計上した補正予算を提案した理由として,甑島を守る会の切なる要望と本件決議書の採択を受け甑島4村合併を進めようとしたが上甑村等に拒否されたためである旨B明していること(甲9(2))からすれば,D村長が本件広域合併に反対するに至った原因の一つに甑島を守る会(K)の働きかけがあったと推認される上,前認定のとおり,Kは組長らと交友関係を有する人物であること,原告B及び同AがKをD村長の下に案内していることからすれば,証人Nらが結託の根拠として証言するところも,あながち理解し得ないではない。
しかしながら,Kは甲組員でない以上,たとえKが組長らと交友関係を有し,本件広域合併に反対する活動を行っていた人物であるとしても,Kを村長室に案内した原告B及び同Aにつき,甲組との直接又はKを通じた間接的な結びつきを示す特段の事情が存しない限り,原告B及び同Aが甲組と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行ったと認めることはできないのであり,本件において上記特段の事情を認めるに足る証拠は存しない。
(エ) 以上からすれば,被告主張のその他の各事実(前記①,⑥,⑦,⑧) を考慮してもなお,原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行っていたとの事実につき,真実であるとの証明はなされていないというべきである。
ウ 相当性
 (ア) そこで,次に,被告が前記摘示事実を真実であると誤信したことにつ き相当な理由が存するか否かにつき,検討する。
 (イ) 本件において,被告は,下甑村議会議員であったN及びF議員から種々情報を得た上で,本件発言及び本件ビラの作成・配布を行っているところ,上記Nらが被告に伝えた事実の多くはN自身が直接経験した事実ではなかったため(証人N),かかる事実を聞いた被告は,これを直接経験した者に確認し,当該事実が真実であるか否かを検討すべきであったといい得る上,上記事実を直接経験した人物は,被告と同じ下甑村の住民であったと推認されるため,そのような確認・検討を行うことが困難であったとの事情は窺われないにもかかわらず,被告はこれを行っていない(弁論の全趣旨)。
また,前認定のとおり,本件発言がKYTによりテレビ放映されたのは平成15年5月8日であり,原告らの議員解職請求にかかる住民投票(同月11日)のわずか3日前であったことからすれば,被告がKYTのインタビューを受け本件発言を行ったのも上記住民投票の数日前であると推認されるため,かかる時期にテレビによる取材を受けた被告は,取材時における自らの発言が住民投票の結果に及ぼす影響を十分考慮し,慎重に発言すべきことが求められていたというべきであるが,本件において,被告は,N及びF議員からの情報を確認せぬまま本件発言を行い,その後も本件ビラを作成・配布したと認められる(弁論の全趣旨)。
(ウ) したがって,原告らが暴力団と結託し又はその指示を受けて本件広域合併の反対運動を行っていたとの事実を真実であると被告が誤信したことについて,相当の理由があったとは認められない。
(4) 小括
  以上より,本件発言及び本件ビラ配布に関する原告らの名誉毀損の成立阻却は,いずれも認められない。
 3 原告の慰謝料額及び謝罪広告の必要性(争点(3))について
(1) 慰謝料額
 前認定のとおり,本件発言の放映は,原告らの議員解職請求についての住民投票が行われるわずか3日前に行われており,当該住民投票の結果,原告らは議員を解職されている上,本件発言は,テレビ放送を通じて鹿児島全県下に放映されており,本件ビラも相当数の下甑村民に配布されたと推認される(弁論の全趣旨)が,一方で,被告が本件発言及び本件ビラの作成・配布を行ったのは,本件広域合併に賛成する立場から,本件広域合併の有用性を広く村民に知らしめ,これに反対する原告らを解職し,ひいては本件広域合併を実現するためであるほか,前認定のとおり,被告は,本件発言及び本件ビラにおいて,本件広域合併反対派である原告らをまとめて「彼ら」などと発言又は記載して,原告らの氏名を直接摘示しておらず,本件発言の際も,KYTの記者に対して裏付け取材を行った上で放映するよう依頼したことが窺われる(甲18(1),(2))。
かかる各事情のほか,本件において認められる一切の事情を考慮すると,原告らの被った精神的損害に対する慰謝料は,それぞれ金80万円が相当であると認められる。
なお,被告による一連の名誉毀損行為が終了したのは平成15年5月10日であるから,各慰謝料に対する遅延損害金の起算日は平成15年5月10日となる。
(2) 謝罪広告
また,本件において,原告らは,被告に対して謝罪広告をも求めているところ,確かに,本件発言の放映及び本件ビラの作成・配布が行われた後に,被告又はKYTによって何らかの原告らの名誉回復措置が採られたとの事実は認められないが(弁論の全趣旨),原告らは,住民投票による議員解職後,村議会議員としての政治活動を行っていないこと(弁論の全趣旨),被告による本件発言及び本件ビラの作成・配布は,本件広域合併の賛否を巡る議論の延長線上にある行動であり,民主主義の観点からも最大限尊重する必要のあるものであること,被告は,本件発言及び本件ビラにおいて原告らの氏名を直接摘示していないことなどの事情を総合考慮すると,被告による原告らの名誉毀損行為について,金銭賠償のほかに謝罪広告をも命ずることは相当でないと解される。
 4 結論
よって,原告らの本件各請求は,上記の限度で理由があるからこれらをそれぞれ認容し,その余は失当であるから,主文のとおり判決する。

 鹿児島地方裁判所民事第1部
         裁判長裁判官   髙  野     裕
             裁判官   山  本  善  彦
             裁判官   大  島  広  規
(別紙省略)

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最終更新:2006年02月08日 14:08
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