H17.11.16 山口地方裁判所 平成17年(わ)第115号 激発物破裂

自殺目的で共同住宅の自室内に充満させた都市ガスに点火して破裂させ,同共同住宅を損壊した被告人に対して,激発物破裂罪の成立を認めた事例


判決

主文
被告人を懲役5年に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
押収してあるライター1個(平成17年押第13号の1)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯)
 被告人は,山口県周南市a町b丁目c番地d所在のA荘(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,店舗・共同住宅,床面積合計約230.85平方メートル)e号室に居住し,年金収入によって生計をたてていた者である。被告人は,平成16年11月ころ,風俗店「B」においてホステスのCと知り合って好意を持ち,同女の歓心を買うために,平成17年1月ころ,年金を担保に金融機関から220万円を借り入れ,Cとの交際費等に費消するなどしていたが,同年4月初めころにはその借入金のほとんどを使い果たしてしまった。被告人は,年金を当分の間受給し得ない状況となり,また,離婚した元妻や実子らとも絶縁状態であるため,金策の見通しも立たなかったが,金銭に窮していることを知られるとCに捨てられるかもしれず,そうなると独りぼっちになって寂しい人生を送ることになる,などと不安を抱くようになっていった。
 同月23日,被告人は,Cに会うため何度か電話をかけたが,なかなかつながらなかったこと,また,午後8時過ぎころ自室を訪問してきたCに対し,約束の時間に遅れたことをなじったところ,Cと口論になったことなどから,Cの様子が普段と違い,自分のことを邪険にしているなどと感じた。その後,被告人は,「B」に遊びに行き,その際,Cが置き忘れていた携帯電話を携行したが,その携帯電話に見知らぬ男性から電話がかかってくるなどした。
 被告人は,「B」から帰った後,自室で飲酒をしながらその晩の出来事を回想していたが,次第に,Cに他に男が出来たこともあって,邪険に扱われたのではないか,頼れる身内もいないのに,収入がない上,唯一の心の支えであったCから捨てられてしまったのでは,生きていても仕方がない,などと思うに至り,自殺をしようと決意した。被告人は,都市ガスによる中毒死を企て,台所のガスの元栓から伸びているホースに他のホースをつないで,その先端を居間に持ち込んだ上,元栓を開放しホースを通じてガスを流出させて,居間にガスを充満させたり,ホースの先端を口にくわえてガスを吸い込んだりしたが,意図した結果に至らなかった。そこで,被告人は,ガスに点火し破裂させて自殺しようと考えた。
(罪となるべき事実)
被告人は,平成17年4月24日午前3時20分ころ,上記自室の居間において,充満させた都市ガスに所携のライター(平成17年押第13号の1)で点火して破裂させ,Dほか5名が現に住居に使用する上記A荘の自室天井,屋根等を吹き飛ばすなどし,もって,現に人が住居に使用する上記A荘を損壊したものである。
(証拠の標目)
 省略
(累犯前科)
 被告人は,平成13年7月13日甲簡易裁判所で窃盗罪,遺失物横領罪により懲役10月(3年間執行猶予,平成14年5月7日その猶予取消し)に処せられ,平成15年12月8日その刑の執行を受け終わり,平成13年12月14日甲簡易裁判所で窃盗罪(上記の執行猶予中の犯行)により懲役1年に処せられ,平成15年2月8日その刑の執行を受け終わったものであって,これらの事実は判決書謄本(乙18,19)及び検察事務官作成の前科調書(乙21)によって認める。
(法令の適用)
罰   条       刑法117条1項,108条
刑種の選択       有期懲役刑
累犯加重        刑法56条1項,57条(同法14条2項の制限内で加重)
未決勾留日数の算入   刑法21条
没   収       刑法19条1項2号,2項本文
訴訟費用の不負担    刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,店舗兼共同住宅であるA荘の一室に居住していた被告人が,自殺する目的で,自室に充満させた都市ガスにライターで点火して破裂させ,そのA荘を損壊したという事案である。
  本件犯行場所となったA荘は,JR甲駅に近い繁華街の一角に所在するとともに,当時は被告人のほかに6名が現に住居として使用していた建物である。また,本件犯行の態様は,被告人が自室に充満させた都市ガスに点火し破裂させたというものであって,その結果,現にA荘の屋根が吹き飛び,轟音や相当な揺れが生じたことからも分かるとおり,その爆発力は大きなものであった。このように本件犯行は,A荘の居住者や近隣住民らの生命,身体,財産に危害を加える可能性の大きい極めて危険な行為であったのであり,それらの者に与えた恐怖感も想像に難くない。
  本件の経過は,被告人が,ホステスをしていた女性の歓心を買うため,唯一の収入源である年金を担保に借入れをして,同女との交際費等に費消するうち,借入金が底を突いてそれ以上の金策ができなかったために今後,同女と交際を続けられるかどうか不安に陥っていたところ,その後同女の態度等から他に男ができたものと疑心暗鬼になるなどして,身内と絶縁状態であるのに同女から捨てられたのでは,今後は無一文で孤独な人生を送らねばならず,そうなれば生きていても仕方がない,などと考えて自殺を決意し,最初に都市ガスによる中毒死を企てて,自室に都市ガスを充満させるなどしたものの,意図した結果とならなかったため,本件犯行に及んだ,というものである。しかしながら,被告人が本件犯行に至った経緯は,その無計画かつ無分別な生活態度に起因するもので,同情の余地に乏しく,また,自殺の方法も,先に述べたような他人に対する危険を何ら顧みないものであって,本件犯行の動機は自己中心的なものといわざるを得ない。
  そして,本件犯行の結果,被告人方隣室の居住者は全治3日の傷害を負い,また,A荘の所有者は建物の修繕費用として1000万円を超える損害を被っているほか,雨漏り等により,A荘の居住者の家財道具等に損傷が生じ,その者らの生活に多大な不便を来しているなど,A荘の所有者や居住者の被った物的損害は大きい。しかるに,被告人は,先に述べたように,唯一の収入である年金を担保に金銭を借り入れ,そのほとんどを費消してしまっているのみならず,他にも消費者金融会社に対して多大な負債を抱えていることから,弁償能力に乏しい。
  加えて,被告人は,前科3犯を有し,うち2犯については懲役刑を受刑し,その最終の刑を受け終わってから1年あまりで本件犯行を敢行しており,現時点における被告人の規範意識は相当程度鈍麻しているものといわざるを得ない。
  以上によると,本件について,被告人の刑事責任は重く,被告人は懲役刑の実刑を免れない。
2 他方,本件においては,A荘の所有者に対しては同人が付保していた火災保険から保険金が支払われ,財産的損害の相当額については填補されていること,自ら招いたこととはいえ,被告人自身も本件犯行によって顔面及び両上肢に熱傷を負っていること,被告人は既に70歳近い高齢であること,被告人は,本件犯行について,身勝手な理由により周囲の人々に多大な迷惑をかけたことを申し訳ないと思うなどと述べて反省の意を表するとともに,今後は取りとめた一命を大切にして生きていきたいと述べ,二度と同じ過ちを繰り返さない旨誓約していることなど,被告人にとって有利な事情も存在する。
3 以上の事情を総合考慮した上,本件については被告人を懲役5年に処するのが相当と判断した。
  よって,主文のとおり判決する。
  平成17年11月16日
     山口地方裁判所第3部


          裁判長裁判官   府内 覚 


               裁判官   広田 聰


             裁判官   武智舞子

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最終更新:2006年02月08日 14:09
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