H17.12.22 名古屋地方裁判所 平成16年(ワ)第1803号 損害賠償請求事件

 被告病院に准看護婦として勤務していた原告が,同病院から無償で提供を受けた栄養剤を用いてダイエットを実施した後に摂食障害等を発症したのは同病院の医師が原告の身体及び健康の安全に配慮すべき注意義務等に違反したことによるなどと主張してした損害賠償請求が理由のないものとされた事例


平成17年12月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(ワ)第1803号 損害賠償請求事件

口頭弁論終結日 平成17年10月6日

     判     決

     主     文

1原告らの請求をいずれも棄却する。

2訴訟費用は原告らの負担とする。

     事実及び理由

第1請求

被告は,原告Aに対し6612万5272円,原告B及び同Cに対し各550万円,並びにこれらに対する平成12年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1本件は,被告の開設している被告病院に准看護師として勤務していた原告Aがダイエットを実施したことによって摂食障害等を発症したのは,被告の代表者理事長であるD医師の注意義務違反行為によるものであると主張して,原告A並びに同人の養父母である原告B及び同C(以下,原告Bと併せて「原告養父母」という。)が,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として,それぞれ上記請求金額及びこれらに対するダイエットの実施を終了した後である平成12年4月1日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案である。

2前提となる事実

当事者間に争いのない事実,甲A2,3号証,9ないし13号証,15ないし22号証,甲B1ないし6号証,甲C1号証,乙A1ないし14号証,乙B1号証及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

(1)当事者等

ア被告は,昭和46年1月に成立した医療法人であり,被告病院及びE等を開設している。

D医師は,平成6年に被告病院の院長となり,平成10年12月14日に被告の理事長に就任した。

被告病院の診療科目は,外科,整形外科,リハビリテーション科,内科,循環器科,神経内科,呼吸器科,消化器科,肛門科,皮膚泌尿器科及び放射線科であり,病床数は,昭和62年以来,55床である。

イ原告A(昭和49年3月28日生)は,平成4年に高等学校を卒業した後,被告病院に看護助手として就職し,平成6年3月に准看護師の資格を取得した後も同病院における勤務を続け,平成13年7月17日に同病院を退職した。

(2)原告Aのダイエット実施の経緯

ア平成11年12月10日,被告病院の忘年会が行われ,その席上でエンシュア・リキッドを用いてダイエットをすることが話題に出た。エンシュア・リキッドは,経腸栄養剤であり,1缶(250mL)中に,たん白質8.8g,脂肪8.8g,炭水化物34.3g,ビタミンA625IU等の栄養成分が含まれ,1mL当たり1kcalであり,標準量として成人には1日1500ないし2250mL(1500ないし2250kcal)を経管又は経口投与するものとされている(以下,エンシュア・リキッドを用いて行うダイエットを「エンシュア缶ダイエット」という。)。原告Aは,当時,年齢25歳,身長158㎝,体重約71㎏であり,ダイエットに関心を有していた。

イ原告Aは,同月14日,被告病院の外来診療室において,D医師と面会し,エンシュア缶ダイエットをする旨伝え,同日,1日3缶,16日分のエンシュア缶の交付を受けた。

ウその後,原告Aは,同月29日,平成12年1月14日,同年2月9日及び同年3月23日にD医師のもとを訪れ,それぞれ16日分のエンシュア・リキッドの処方を受け,エンシュア缶の交付を受けた。

エ原告Aがエンシュア缶の交付を受けたのは,平成12年3月23日が最後であり,その後,同人は,エンシュア缶ダイエットをやめた。

(3)原告Aの通院及び入院等について

ア平成12年6月ころから,熱発と頭痛を訴えて被告病院において診察を求めるようになった。症状に改善が認められなかったことから,D医師は,F病院で精密検査を受けることを勧め,紹介状を作成してこれを原告Aに交付した。

平成12年6月19日,F病院第2内科を外来受診した。その際,主な症状として,熱(36.6℃ないし39.6℃)が続くこと,倦怠感及び食欲不振のあることを訴えた。同科において,不明熱と診断され,入院の上,精査,加療することが必要であると判断されたことにより,同月28日から同年8月10日まで同科に入院した。

イ平成12年12月7日,G病院外科に入院した。その後,虚偽性障害と診断され,平成13年1月5日に同病院精神科に転科となり,同年3月10日に退院した。この間,「うつ状態,過敏性腸症候群,摂食障害」との診断のもとで,治療を受けた。上記の退院は,主治医のH医師がI病院へ勤務先を変えたことから転院することになったものであった。

ウ平成13年4月11日以降,I病院に通院し,「身体表現性障害,過敏性腸症候群,頭痛症」と診断され,H医師によるカウンセリングや薬物療法の治療措置を受けた。

エ平成13年6月19日から同年9月16日まで,「過敏性腸症候群」との診断名で,I病院に入院した。

オ平成13年12月10日,H医師の紹介を受け,G病院神経内科を受診し,同月17日,同科で脳波チェックを受けた。その結果,脳実質に明らかな異常を認めない旨の診断を受けた。

カ平成14年5月9日から同年8月2日まで,「摂食障害,うつ状態,身体表現性障害」との診断名で,I病院に入院した。

キ平成14年11月9日から同月19日まで,「嘔吐症」との診断名で,G病院消化器内科に入院した。

ク平成15年7月2日,G病院腎臓内科を受診し,「腎機能障害等」と診断された。

ケ平成15年7月17日から同月29日まで,「腎機能障害,拒食症」との診断名で,G病院腎臓内科に入院した。

コ平成16年10月27日に「うつ状態,摂食障害,腎機能障害」とI病院内科で診断され,同年11月6日まで入院した。その後も,上記の診断名により,H医師のもとで治療を受けている。

(4)摂食障害及び虚偽性障害について

ア摂食障害は,神経性食欲不振症(拒食症)及び神経性大食症(過食症)の総称である。摂食障害は,ダイエットを契機として発症することが多く,ダイエットを開始した者のうち,身体的,心理的素因を持つ者に発症するものとされている。

イ虚偽性障害においては,患者は,意図的に身体疾患あるいは精神疾患を引き起こし,現病歴や症状を事実と偽って伝えるとされ,その行動の目的は患者の役割を演じることであり,多くの患者にとって入院加療そのものが主要目的になっているとされている。

3争点及びこれに対する当事者の主張

(1)D医師の注意義務違反等について

(原告らの主張)

アモニター契約について

(ア)モニター契約の締結から終了に至るまで

aモニター契約の締結

D医師は,平成11年12月10日に行われた被告病院の忘年会の席上で,同病院の従業員に対し,「社会問題となっている肥満への対応として,肥満外来を考えており,エンシュア缶ダイエットの研究をしてみたい。誰か,そのモニターになってくれないか。」との発言をし,被告病院におけるダイエット研究に関するモニター要員を募集した。

原告Aは,肥満傾向にあることを気にしていたため,同月14日,D医師に対し,ダイエットをしてみたいので,エンシェア缶を処方してもらえるかと申し出た。これに対し,D医師は,「やるならいいよ。保険とは別のカルテを作ってくれ。」と答えた。ここに,原告と被告との間で,被告病院のダイエット研究のため,その管理下で,原告Aがモニター要員としてダイエット実験の被験者となる旨の契約が成立した。D医師は,ダイエット実験の開始時点で,お茶や水などカロリーのない水分はとっていいが,エンシュア・リキッド以外からは栄養を摂取しないように指示した。

bエンシュア缶ダイエットの実施

原告Aは,平成11年12月14日にエンシュア缶ダイエットを開始した。エンシュア・リキッドについては,おおむね16日ごとに1日3缶,16日分を処方するものとされ,平成11年12月14日から平成12年3月23日までの間,原告Aに対して合計6回にわたり処方され,それ以外の栄養摂取は禁止された。この内容は,次のとおり,エンシュア・リキッドの用法に違反し,ダイエットの方法として著しく逸脱したものである。ところが,その間,D医師は,体重を4回申告させたほかは,生化学検査及び血液検査を各2回,尿検査を1回実施したにすぎない。

(a)20代の女性が生命を維持するために最低限必要な1日のエネルギー量(基礎代謝量)は「基準値(23.2)×体重(㎏)」の計算式で求められるところ,原告Aの体重は,平成11年12月14日当時,71㎏であったから,1日に必要な基礎代謝量は1647.2kcal(23.2×71)であった。当時,原告Aの准看護師としての仕事は,活動性が求められ,1日の大部分を立って過ごすものであったから,必要なエネルギー量は少なくとも1日2050kcalであったと考えられる。

原告Aが用いたエンシュア缶は1缶250kcalであるから,同人は1日3缶,750kcalを摂取したにすぎない。これは,原告Aに必要とされるカロリー数を大きく下回り,栄養不足の許容限度を明らかに逸脱している。

(b)原告Aの体重は,エンシュア缶ダイエットを開始した当時71㎏であったところ,1か月後(平成12年1月14日)には63㎏,更にその1か月後(同年2月14日)には59㎏と激減している。体重の減量法として,副作用を伴わない最も適切な減量の程度は1か月当たり1㎏ないし2㎏とされていることと対比すると,減量方法として著しく過激であり,公序良俗に反し,一般的,医学的に許容,承認されるダイエットの方法を完全に逸脱している。

cエンシュア缶ダイエットの終了

原告Aは,目標体重を45ないし50㎏としていたところ,平成12年3月23日に,D医師から,標準体重(身長の2乗に22(BMI指数)を掛けた数値であり,これが最も健康的な体重とされている。原告Aの場合,54.9㎏(1.58×1.58×22)となる。)になったのでダイエットをやめようかと言われたことから,同日の処方分を受け取り,その数日後にエンシュア缶ダイエットをやめた。

(イ)原告Aについて

aダイエットを契機として発症する危険が予見可能である摂食障害は,治療法の確立されていない,死に至る病であり,最も治りにくく死亡率の高い心身症である。

b原告Aは,次のとおり,摂食障害を起こしやすいとされる心理的素因及び人格傾向を兼ね備えていた。

(a)原告Aは,昭和49年4月8日,出生後間もなく置き去りにされているところを発見され,原告養父母のもとに引き取られて養育された。原告Aは,こうした自らの不幸な生い立ちを知ったことから,精神的,心理的に動揺したものと考えられ,同人には,家族関係においても,ある種の葛藤,不調和の事態が発生していた。

(b)原告Aの性格として,徹底主義,頑張り屋及び几帳面等を挙げることができる。これらは,摂食障害を最も起こしやすい人格傾向とされている。

cD医師は,原告Aの備えている個人的因子について,問診又は被告病院における勤務態度等から十分に知り,又は知るべき状況にあったにもかかわらず,上記のとおり,エンシュア缶ダイエットの被験者として最も不適当ないし不適応な原告Aを対象者として選択した。

(ウ)D医師の注意義務違反

a安全配慮義務違反

D医師は,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施するに際し,医学的にみて無理がなく,副作用,合併症等の健康被害が生じないよう,その身体及び健康の安全に配慮すべき注意義務を負っていたというべきである。ところが,D医師は,原告Aがエンシュア缶ダイエットを開始する時,問診するなどして,その身体的素因,心理的素因並びに家庭内及び職場での負因等の事情について全く聞き出しておらず,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施していた間,同人の健康状態,栄養状態等の身体所見に係る検査データを計測しなかった。

b説明義務違反

(a)原告Aが持っている上記の特殊な心理的因子ないし人格傾向によると,エンシュア缶ダイエットを実施した場合,相当程度の確率で摂食障害等の重篤な合併症ないし副作用の発生する危険性が当然に予測されていたにもかかわらず,D医師は,かかる危険性について全く説明していない。

(b)D医師は,無理なダイエットには摂食障害を誘発する危険性があり,特に原告Aの置かれた社会環境,同人の家族関係及び心理的傾向のもとではその危険性が著しく高かったにもかかわらず,このような危険性について全く説明しなかった。

(c)D医師は,エンシュア・リキッドの2回目以降の処方に際しては,原告Aにおける体重の異常な激減,栄養状態の悪化を知り,又は知り得べき状況にあったのであるから,医師として,本件のような用法違反を継続すれば健康状態に悪影響があることを具体的に十分に説明し,使用を停止させるか,少なくとも停止を強く勧告した上で正常な摂食を指導すべき注意義務があったというべきである。ところが,D医師は,原告Aに対し,当該各検査結果に基づくダイエット実験の経過,状況及び問題点等について何ら説明していない。

イ診療契約について

上記のモニター契約が締結されていなかったとしても,D医師は,医師として,原告Aに対して診療録を調製した上でエンシュア・リキッドを処方していた。これは医療行為そのものであって,処方する都度,原告Aと被告との間で診療契約が成立したものであり,被告は,この診療契約に基づき,上記モニター契約が締結された場合と同様,原告Aの身体及び健康の安全に配慮すべき義務を負っていたというべきである。

ウ被告の責任について

D医師の上記の注意義務違反は,不法行為上の責任を負うものであるから,被告は,代表者であるD医師の不法行為による責任,又はモニター契約若しくは診療契約上,原告Aに対して負う安全配慮義務に違反したことによる債務不履行責任を負う。

(被告の主張)

ア被告又はD医師は,原告Aとの間で,原告らの主張するモニター契約又は診療契約をいずれも締結していない。原告AとD医師との間に,被告病院の負担で原告Aにエンシュア缶を提供するとの約束があったにすぎない。

(ア)D医師は,被告病院での肥満外来を検討したことやエンシュア缶ダイエットの研究を考えたことがない。

(イ)被告病院の忘年会でのエンシュア缶ダイエットの話は,ある看護師からD医師に対してダイエットに成功するいい方法はないかとの質問があり,D医師が看護師らの知っているエンシュア缶を例に出し,決まった栄養を摂取でき,1日のカロリー計算もしやすいので,これによってダイエットが可能ではないかとの話をしたにすぎない。

(ウ)D医師が原告Aに対してエンシュア缶を無償で提供したのは,同人のダイエットを応援するためのものであったにすぎない。D医師は,原告Aがダイエットをしたい旨申し入れてきたので,がんばってみなさいと言ったにすぎない。本件のエンシュア缶ダイエットは原告Aが自己の管理下でしたものである。

(エ)エンシュア缶には薬価があるので,被告病院の診療録に記載する必要があるが,肥満は保険適用外であり,他の診療録に記載する必要があるため,D医師は,原告Aに対し,それまで同人が利用していた保険適用の診療録とは別のものを作成させた。このように,新しく作成した診療録は,エンシュア缶を被告病院の負担で提供することができるようにするためのものにすぎない。

原告Aは,エンシュア缶がなくなると,上記診療録をD医師のもとに持参してその交付を求めたのである。原告Aには,診察を受ける意思はなく,単にエンシュア缶の交付を受けることが目的であったことから,D医師が診察室ではなく病棟などにいる時に上記診療録を持参することもあった。

(オ)D医師は,原告Aに対してダイエットの中止を指示していない。原告Aは,平成12年3月9日以降,エンシュア缶の交付を受けていないが,これは同人がD医師のもとにエンシュア缶を取りにこなくなったためである。

イD医師が,本件のエンシュア缶ダイエットを契機として原告Aが摂食障害になることを予測することは不可能である。

(ア)ダイエット人口は非常に多いが,摂食障害を発症する者はごくわずかである。摂食障害はストレス要因等の心因が発症原因となるが,どの程度の心因が発症原因となるかは個人差が大きく,また,発症原因には多くの要因があり,特定の者が発症するかどうかを事前に予測することは不可能である。

(イ)原告Aについて,エンシュア缶ダイエットの開始前に,原告らの主張する出生の問題や人格傾向から摂食障害が発症することを予測することはできないし,D医師がその危険性を予測すべきであったともいえない。なお,平成12年2月24日及び同年3月9日に行った生化学検査結果等によると,原告Aの栄養状態を示す総タンパク,アルブミン,総コレステロール及び中性脂肪の数値は,基準値の範囲又は若干基準値よりも高い数値であり,栄養状態の悪化は認められなかった。

(2)原告Aのエンシュア缶ダイエットと摂食障害等との因果関係

(原告らの主張)

摂食障害は,そのほとんどの事例がダイエットを契機として発症するものとされている。本件のエンシュア缶ダイエットは,上記のとおり,著しく不適正,異常な方法でされたものであり,原告Aは,上記のとおり,摂食障害を引き起こす危険因子である心理的因子及び人格傾向を有していたこと,原告Aの症状は,すべてダイエットの後,約1年の間に発現していることによると,本件のエンシュア缶ダイエットと原告Aの症状との間には因果関係のあることが明らかである。

(被告の主張)

原告Aのエンシュア缶ダイエットと摂食障害等との間には因果関係が存しない。

ア摂食障害を発症する者には,心理的ストレス,葛藤,心理的問題を有することが認められるのであり,発症準備因子があり,それに誘発因子が加わって摂食障害が発症すると考えられている。発症準備因子には,家族病理,自我同一性の葛藤が挙げられ,誘発因子としては心理的ストレスが挙げられる。ダイエットが発症の契機とされるが,これは表面的理由にすぎず,摂食障害の原因は,本人のストレスによる葛藤にある。

イ原告Aには,家庭内での親子関係の問題,生育歴,対人緊張等の心理的問題があり,それらが発症準備因子,誘発因子及びストレス等となって摂食障害を発症させる要因になったものと考えられる。最も大きなストレス要因は,母子関係であり,太っていることもストレス要因であって,低い自己評価がやせたいという願望につながっていた。それらに加えて,ダイエット開始後に,恋人との破局,長野県にある原告Cの実家を継ぐことに対する強い抵抗感,入院費用の問題という新たに発生したストレス要因が加わって症状を持続悪化させている。

ダイエット開始前からの原因のはっきりしない発熱,頭痛は,ストレス要因の身体化としての自律神経失調症状であった可能性がある。

ウ腎機能障害,過敏性腸症候群の治療について

腎機能障害は,摂食障害で飲食しないために起こったもので,摂食障害と直接関係するものである。また,過敏性腸症候群は,ストレスによって下痢や便秘を繰り返したり,頻繁に下痢症状を起こすもので,摂食障害とは関わりなく,軽いストレスがしばらく続くだけでも発症するものである。

(3)原告らの損害

(原告らの主張)

原告らの被った損害は,次のとおりである。

ア原告Aの損害合計6612万5272円

(ア)治療関係314万3501円

a入院費

(a)平成12年6月28日から同年8月10日までF病院26万5220円

(b)平成12年12月7日から平成13年3月10日までG病院47万3721円

(c)平成13年6月19日から同年9月16日までI病院85万9070円

(d)平成14年5月9日から同年8月2日までI病院84万5960円

(e)平成14年11月9日から同月19日までG病院9万5530円

b通院治療費15万円

c入院雑費41万9900円(1日1300円×323日)

d通院費3万4100円原告Cは,平成14年4月24日から平成15年2月5日までの間,原告Aの自宅療養の方法等についての指導を受けるべく,I病院及びJクリニックに通院した。

(イ)入通院慰謝料322万円

入院期間約11か月,通院期間約12か月に相当する入通院慰謝料

(ウ)休業損害797万2678円

原告Aの平成11年当時の年収は,448万7533円であったところ,ダイエットによる被害が発現した平成12年から減収となった。そこで,平成11年の所得金額と平成12年ないし平成14年の3年間における所得金額との差額合計797万2678円が休業損害となる。

(エ)逸失利益4238万9093円

原告Aは,社会通念上,回復が不可能又は著しく困難となり,平成13年7月17日,被告病院を退職した。その後,極めて限られた時間内のアルバイト程度の仕事しかできなくなった。原告Aの症状は,後遺障害等級表7級4号に該当するから,労働能力喪失率は56%であり,平成14年に症状固定したものと解される。

そこで,平成11年度の年収448万7533円,就労可能年数38年,ライプニッツ係数16.8678により,逸失利益は4238万9093円となる。

(オ)後遺障害慰謝料940万円

イ原告養父母各合計550万円

(ア)固有の慰謝料各200万円

原告養父母は,身寄りのない原告Aとその姉を養女として引き取り,愛情と熱意をもって養育し成人させたが,原告Aが重度の心身症を発症したことで,同人の将来の介護の不安とその治療に伴う経済的負担等を負うこととなった。原告養父母の被った精神的苦痛は,原告Aの生命を害された場合にも比肩すべきものに該当する。

(イ)弁護士費用700万円

原告らは,本件訴訟を原告ら代理人弁護士に委任した。被告に負担させるべき弁護士費用は700万円が相当であり,これを原告養父母の損害として各350万円ずつ算入する。

(被告の主張)

原告らの主張は争う。

第3当裁判所の判断

1原告らは,原告Aと被告との間に,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施する旨のモニター契約が締結された旨主張し(争点(1)ア),この主張に沿う証拠として,甲A3号証(原告Cの陳述書)及び15号証(原告Aの陳述書)が存する。

しかし,上記甲A3号証及び15号証については,これに反する乙A14号証(D医師の陳述書)及びD医師の供述が存するところであり,これらを対比して検討すると,上記甲A3号証及び15号証を直ちに採用することはできない。そして,以下の事情を総合して検討すると,原告らの上記主張を採用することはできず,D医師が原告Aに対してエンシュア缶を無償で提供したのは,被告の主張するとおり,原告Aのダイエットを応援するためのものであったと解するのが相当である。

(1)前記前提となる事実のとおり,エンシュア缶ダイエットが話題になったのは,忘年会の席上である。その他の機会に,エンシュア缶ダイエットについて,D医師が言及したり,被告病院において話題になったことを認めるに足りる証拠は存しない。

(2)前記前提となる事実,甲A15号証,乙A14号証及びD医師の供述によると,D医師は,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施していた間,エンシュア・リキッドを処方する際に原告Aの体重を確認しただけであって,他の身体所見をとることがなく,また,その他の機会に,同人の体重を確認したこともなかったことが認められる。そして,本件各証拠によっても,D医師が原告Aの日々の体重の推移や同人の摂取した飲食物の詳細を把握しようとしたり,カロリー計算等の指示や,栄養状態及び健康状態のチェックをしようとした形跡は全くうかがわれない。もっとも,乙A2,14号証及びD医師の供述によると,平成12年2月24日及び同年3月9日に原告Aに対して被告病院において生化学検査等の検査が実施されているが,当時,原告Aは,熱発等の症状を訴えていたことが認められる。したがって,これらの検査がエンシュア缶ダイエットに関してされたものということはできない。

D医師が,原告らの主張するとおり,被告病院において肥満外来を考えていたとすると,原告Aから詳細なデーターを取得するものと想定される。ところが,上記認定によると,D医師は,原告Aのエンシュア缶ダイエットの実施の経過についてほとんど関心を寄せた形跡が見られないのであって,これは,理解し難いものといわざるを得ない。また,被告病院又はD医師がエンシュア缶ダイエットについての研究をするのであれば,原告A以外の他の看護師らにもその実施を呼びかけて,ダイエットの状況を比較し,被告病院を挙げて検討する態勢をとるものと考えられるにもかかわらず,こうした態勢がとられたことをうかがわせる証拠は全く存しない。

(3)乙A2,14号証,D医師の供述及び弁論の全趣旨によると,原告Aは,エンシュア缶ダイエットを実施していた期間中である平成12年1月4日から同年3月9日までの間,被告病院において,9回,D医師,K医師又はL医師の診察を受けたり,セデス等の薬の処方を受けており,その間の,同年2月24日及び3月9日等にはD医師の診察を受けていることが認められる。ところが,これらの機会に,原告AとD医師らとの間でエンシュア缶ダイエットが話題にされたことを認めるに足りる証拠は存しない。また,原告Aは,エンシュア缶ダイエットの実施について日記(甲A5号証)をつけていたが,これをつけていることをD医師に述べていたことはない(乙A14号証)。さらに,原告Aは,エンシュア・リキッドの処方を受けていたものの,D医師がエンシュア缶ダイエットについてどのように考えているのかについて直接話すことを避けていたことがうかがわれないでもない(甲A6号証の平成12年2月6日の記述)。

(4)原告らは,原告Aがエンシュア缶ダイエットを終了したのはD医師の指示による旨主張する。しかしながら,この点について,原告Aは,目標体重の50㎏になったため,エンシュア缶ダイエットをやめた旨述べている(甲A15号証)にすぎず,他に原告らの上記主張を認めるに足りる証拠は存しない。これによると,エンシュア缶ダイエットの終了についてD医師は関与しておらず,原告Aが自らの意思で終了したものと推認される。

(5)乙A1,14号証及びD医師の供述によると,D医師は,(a)原告Aに対してエンシュア・リキッドを処方するために,同人が被告病院において保険診療を受ける場合の診療録(乙A2号証)とは別の診療録を作成するように指示したこと,(b)原告Aに対してエンシュア・リキッドを処方した際に原告Aの体重を4回にわたって確認したこと,(c)平成11年12月14日に,原告Aに対し,水やお茶は飲んでもいいが,エンシュア・リキッド以外にカロリーのあるものはとらないように述べたことが認められる。しかし,上記(a)は,上記乙14号証等によれば,D医師が原告Aに対して無償でエンシュア缶を交付するための方法として採られたものであることを認めることができ,(b)及び(c)は,エンシュア缶ダイエットの実施を援助することにした医師としていわば当然のことであるとも解されるのであって,上記の(a)ないし(c)の事実から,上記モニター契約が締結されたものと解することはできない。

2原告らは,D医師が原告Aに対してエンシュア・リキッドを処方する都度,被告と原告Aとの間で診療契約が成立したものであると主張する(争点(1)イ)。

しかし,上記に検討したとおり,D医師は,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施するのを援助するために無償でエンシュア缶を提供したものであることによれば,原告らの上記主張を採用することはできない。

3上記のとおり,被告又はD医師と原告Aとの間で,原告らの主張するモニター契約又は診療契約が締結されたものと解することはできない。ところで,上記認定のとおり,原告Aは,D医師が院長をしている被告病院に勤務していた者であり,D医師は原告Aに対して診療録に記載の上,エンシュア・リキッドを処方しているところ,(a)上記のとおり,エンシュア・リキッドの投与については,成人の標準量は,1日1500ないし2250mL(1500ないし2250kcal)とされており,平成11年12月に改訂されたエンシュア・リキッドの使用書(甲B5号証)によると,エンシュア・リキッドのみで1日2000kcalを摂取した場合,当時の厚生省公衆衛生審議会の日本人の栄養所要量を満たすものとされていたことが認められることに照らすと,原告Aが摂取を続けた1日にエンシュア缶3缶というのは,750kcalにすぎず,ダイエットを目的にしたとしても,非常に少量の摂取カロリーであったと解されること,(b)D医師は,原告Aから体重が,平成11年12月14日に71㎏,平成12年1月14日に63㎏,同年2月9日に60.2㎏,同年3月23日に54㎏であることを聞いてカルテ(乙A1号証)に記載しており,同人が外見的にもやせてきていることを認識していた(乙A14号証)ことによると,D医師としては,原告Aから,エンシュア缶ダイエットの実施に無理がないかどうかを聞き出し,同人に対して適切なアドバイスをすべきであったものと解する余地がないとはいえない。

しかし,前記認定のとおり,D医師が原告Aに対してエンシュア缶を無償で提供したのは,同人のダイエットを応援するためのものにすぎず,被告又はD医師と原告Aとの間に契約関係等が成立したものと解することはできないことに加え,次に検討する諸事情を総合して考えると,原告Aがエンシュア缶ダイエットを実施したことにつき,D医師が法的責任を負うべき注意義務違反行為をしたものと解することはできない。

(1)前記前提となる事実のとおり,摂食障害は,ダイエットを契機として発症することが多く,ダイエットを開始した者のうち,身体的,心理的素因を持つ者に発症するものとされている。ところで,甲B1ないし4号証及び弁論の全趣旨によると,摂食障害を起こした者の人格障害及び人格傾向等に関する研究は進展しているものの,その原因については必ずしも解明されていると解することはできず,ダイエットを実施している者のうちの特定の者に何らかの障害が生じるかどうかを予測することは必ずしも容易ではないものと認められる。

そうすると,被告又はD医師が,原告Aのエンシュア缶ダイエットの実施についてモニター契約等に基づく債務を負っているものでないことによると,原告Aが上記のような摂食障害を発症する可能性を有する身体的,心理的素因を持つ者であるかどうかについて検討すべき義務を負うものでないと解するのが相当である。

(2)原告Aは,上記のとおり,准看護師として被告病院に勤務していたものであることによると,一定の医学知識を有していることに加え,エンシュア缶ダイエットの実施中に体調の変化等があった場合には,自らD医師又は他の被告病院の医師に対してアドバイスを求めることができたものと解される。ところが,本件各証拠によっても,被告病院の医師に対してエンシュア缶ダイエットに関してアドバイスを求めたことは全くうかがわれない。

(3)原告Aは,上記のとおり,エンシュア缶ダイエットを実施していた間,熱発を理由にD医師らの診察を受けている。

しかし,原告Aは,平成11年を見ても,被告病院において,1月5日から11月29日までの間に,29回にわたり,D医師及びK医師らの診察を受けたり,薬の処方を受けており,5月7日,6月30日及び7月23日等には頭痛を訴えていたことが認められる(乙A2号証)。こうした事実によると,原告Aは,頭痛や熱発を訴えて被告病院の医師の診察を受けて薬の処方を受けることが少なくなかったのであり,エンシュア缶ダイエットを実施している間に頭痛や熱発を訴えることがあっても,D医師らがダイエットの実施との関連で原告Aの体調に異常が生じた可能性を検討すべきであったということは困難である。

また,上記のとおり,エンシュア缶ダイエットを実施している間に,生化学検査等が実施されているが,栄養状態等に異常は認められていない(乙A14号証及びD医師の供述)。

(4)エンシュア缶ダイエットを実施していた平成11年12月から平成12年3月までの期間中における原告Aの勤務状況をみると,原告Aは,ほぼこの間の療養型病棟における勤務区分表(甲A7号証)の勤務区分どおり,平成11年12月は,出勤21日,夜勤5日,平成12年1月は,出勤20日,夜勤5日,同年2月は,出勤20日,夜勤5日,同年3月は,出勤23日,夜勤6日と勤務している(甲A8号証)。また,平成11年11月の出勤状況を見ると,出勤20日,夜勤5日であった(甲A8号証)ことによると,上記の期間中,原告Aは,他の期間と同様の勤務を続けていたことが認められる。そして,この間,原告Aの勤務状況に問題のあったことや,原告Aから勤務区分等について何らかの申入れがあったことをうかがわせる証拠は存しない。そうすると,上記期間中,原告Aには勤務に影響を与えるような体調の不調はなかったものと解されるし,D医師及び他の被告病院の医師らが,原告Aの体調の悪化に注意を払う機会はなかったものというべきである。

4以上のとおりであり,その余の点について判断するまでもなく,原告らの被告に対する本件請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,65条を適用して主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第4部

裁判長裁判官佐久間邦夫

裁判官倉澤守春

裁判官横山真通

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最終更新:2006年02月15日 17:09
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