hanrei @Wiki H17.12.21 名古屋地方裁判所 平成17年(行ウ)第48号 診療報酬請求事件



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 医師である原告が,社会保険診療報酬支払基金法に基づき設立された法人である被告に対し,自己が開設する病院の診療報酬の支払を求めたところ,被告が債権者不確知を理由に弁済供託したため,原告が,当該供託は民法494条後段の要件を満たしていない無効なものであると主張して診療報酬の支払を求めた実質的当事者訴訟であるが,診療報酬の代理受領権者である原告の兄弟と原告との間に代理受領権限の有無について紛争が生じている本件においては,本件供託は民法494条後段の要件を満たす有効なものであるとして,原告の請求が棄却された事案


平成17年12月21日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成17年(行ウ)第48号 診療報酬請求事件
口頭弁論終結日 平成17年11月16日
判決
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の請求
  被告は,原告に対し,2280万6795円及びこれに対する平成17年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,医師である原告が,社会保険診療報酬支払基金法(昭和23年法律第129号)に基づいて設立された法人である被告に対し,自己が開設する病院の平成17年4月1日から同月30日までの診療報酬の支払を求めたところ,被告が,債権者不確知を理由に弁済供託したと主張して争っている事案である(なお,当裁判所は,本件訴訟を実質的当事者訴訟と考えるが,仮に上記診療報酬請求権が私法上のものであって,本件訴訟が民事訴訟であるとしても,以下のとおり,結論は全く異なることがない。)。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,愛知県豊橋市a町b番地に所在する精神科,神経科を診療科名とするA病院を開設した医師である(甲2)。
イ 被告は,社会保険診療報酬支払基金法に基づいて設立された法人であり,保険者から健康保険法等の規定に基づいてなす療養の給付及びこれに相当する給付の費用の委託を受けて,療養の給付及びこれに相当する給付に係る医療を担当する者(診療担当者)に対して適正な報酬金額を支払うことなどの業務を行うことを目的としている。
(2) 被告による診療報酬の支払
被告は,平成元年3月24日,原告から,兄弟であるBに被告からの「診療(調剤)報酬の受領に関すること」を委任すること(以下「本件委任」という。),「本委任を解除する場合には双方連署のうえ届出のない限りその効力のないことを誓約」することを内容とする委任状を受理し,それ以降,原告に支払うべき診療報酬をB名義の預金口座に振り込んで支払っていた(甲6)。
(3) 原告とBとの紛争
原告は,本件委任に関し,Bとの間で紛争を生じたことから,平成16年5月17日,豊橋簡易裁判所に対し,本件委任の解除を求める調停を申し立てたが,不調に終わったため,同年10月20日,名古屋地方裁判所豊橋支部に対し,Bを被告として,本件委任が解除されていることの確認を求める訴えを提起した(同支部平成16年(ワ)第301号)。
これに対し,Bは,A病院は原告とBとが持分各2分の1を有する民法上の組合によって運営されており,上記診療報酬の受領も組合の業務執行として行われてきたものであるから,組合の解散前に本件委任を解除することは許されない旨主張し,抗争するに至った(乙2の2)。
(4) 原告からの委任契約解除届提出と診療報酬の支払
原告(代理人弁護士)は,平成17年2月10日到達の内容証明郵便をもって,Bに対し,本件委任を解除するとの意思表示をした上,同年3月9日,被告に対し,上記内容証明郵便の写しを添付した委任解除届(ただし,受任者欄にはBの氏名の表記はあるものの押印されていない。)を提出した(甲7の1・2,14)。
そこで,被告は,同年4月21日及び同年5月20日,同年2月分及び3月分の診療報酬(2009万0178円,2393万8563円)を原告名義の銀行口座に振り込んで支払った(甲8の1・2,9,10の1・2,11,12)。
(5) Bからの通知と被告による診療報酬の弁済供託
これに対し,B(代理人弁護士)は,平成17年5月24日到達の内容証明郵便をもって,被告に対し,A病院は実質的に原告とBとの組合契約による組合事業として運営されていること,したがって,組合契約が終了して清算が結了するまでは,原告が一方的に本件委任を解除することは許されないことなどを通知した(乙2の1)。
他方,原告は,同年6月7日,名古屋地方裁判所豊橋支部に対し,上記訴えの取下書を提出したが,Bは,同月9日付けで,同支部に対して,取下げについての不同意書を提出した。
被告は,検討の結果,原告とBとの間で診療報酬の受領権限に関して争いがあると判断し,同月21日,名古屋法務局豊橋支局に対し,支払うべき同年4月分の診療報酬(2280万6795円)を弁済供託した(同支局平成17年度金第137号。以下「本件供託」という。乙3)。
なお,Bは,上記訴えの訴状,答弁書,取下書,不同意書の写しを添付した同年6月27日到達の内容証明郵便をもって,被告に対し,従来どおり,診療報酬をB名義の預金口座に振り込んで支払うよう求める旨通知した(乙2の2)。
これに対し,原告は,同年7月21日,名古屋地方裁判所豊橋支部に対し,本件供託は無効であること,A病院の経営に必要不可欠な経費の支払が困難となっていることなどを理由に,被告を相手方として,同年4月分の診療報酬の仮払を求める仮処分を申し立てたが(同支部平成17年(ヨ)第23号),同年8月31日,取り下げている(乙4の1・2)。
2 本件の争点
本件供託の有効性(本件が民法494条後段にいう債権者不確知の場合に当たるか否か。)
3 争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
被告は,診療報酬を保険医療機関に対して支払うことを業務内容とする法人であるところ,健康保険法によれば,保険医療機関の指定を受けるのは病院若しくは診療所である(同法63条3項1号)。しかるところ,本件においては,原告が保険医療機関の指定を受けているのであるから,診療報酬請求権を有しているのは原告だけである。
他方,被告とBとの間には,診療報酬につき何ら法律関係はなく,Bは,原告が診療報酬の受領を委任したにすぎない者であって,診療報酬請求権を有する者ではない。
また,Bは,原告の委任によって診療報酬の受領権限を有していた者であるところ,原告は,本件委任を解除している。委任契約は,委任者が自由に解除することができるから,上記解除は有効である。
したがって,本件における診療報酬請求権の債権者は原告であることが明らかであるから,本件供託は,民法494条後段の要件を満たしていない無効なものである。
(被告の主張)
被告は,Bの代理人弁護士からの通知等により,原告とBとの間で,診療報酬の受領権限の帰属を巡って争いがあることを知り,診療報酬の真の債権者又は受領権者が原告であるかBであるかが確定できない事態となった。そこで,診療報酬の審査,支払につき,公的な使命を有している被告としては,診療報酬の二重払を回避するため,やむなく本件供託をしたものである。
以上のとおり,本件供託は,①債務の目的物が供託可能であり,②債務が現存し確定しており,③民法494条後段の債権者不確知という供託原因が存するという弁済供託の要件をすべて満たした適法有効なものであり,これにより上記診療報酬債権は消滅したから,原告の本訴請求は理由がない。
第3 当裁判所の判断
1 前記前提事実によれば,原告は,Bに対し,診療報酬の受領を委任し,その旨被告に届け出たため,被告においても,A病院に係る診療報酬の受領権限はBに帰属するものと認め,平成元年3月以降の診療報酬をBに支払うことを承認し,以後,これをBに支払っていたところ,平成17年3月9日,原告から,委任契約の解除により,Bの上記受領権限が消滅したとの通知を受けたため,同年2月分及び3月分の診療報酬を原告に支払ったものの,その後,Bの代理人弁護士から,上記委任契約の解除は無効である(したがって,従来どおりの方法で診療報酬を支払うべきである)との通知を受けたことから,民法494条後段の債権者不確知を理由として,本件供託をしたこと,以上のように要約することができる。
2 そこで,本件供託の有効性について判断する。
(1) 原告は,まず診療報酬の支払を受け得るのは,保険医療機関の指定を受けている原告に限られる旨主張するところ,社会保険診療報酬支払基金法及び健康保険法上,診療報酬の「債権者」が原告であることは否定できない。
しかしながら,一般に,代理受領の受任者が代理受領するについて独自の利益を有する場合,これを承認した債務者は,みだりに上記利益を害することがないようにすべき義務を負うから,かかる義務に違背して,故意過失に基づき,委任者である債権者に弁済し,当該債権を消滅させたときは,代理受領の受任者に対する不法行為責任を免れないと解される(最高裁判所昭和44年3月4日第三小法廷判決・民集23巻3号561頁)ところ,本件においては,Bは,原告との間で持分を各2分の1とする民法上の組合契約を締結しており,A病院の経営及びBによる診療報酬の代理受領は同組合の業務執行として行われてきたと主張しているから,これが事実であるならば,代理受領した診療報酬を自己の利益分配請求権に充てるなど,代理受領について独自の利益を有すると認めることは十分に可能というべきである。
そうすると,被告としては,本件委任が有効である限り,原告へ診療報酬を支払うことはできないといわざるを得ない。
(2) この点について,原告は,本件委任は解除されている旨主張するところ,原告がBに対する委任解除の意思表示をしたことは前記のとおりである。
しかしながら,Bは,本件委任は通常の委任契約に基づくものではなく,民法上の組合契約に基づく業務執行としてなされたものであるから,その解除は許されない旨主張しているところ,これが事実であるならば,委任の解除に関する民法651条は671条によって準用されておらず,組合の業務執行の方法は組合契約ないし670条によって定まることになるから,委任者による一方的な解除は認められないと解する余地が十分にあるといわざるを得ない。
(3) そうすると,被告としては,弁護士を代理人として通知を受けたBの上記主張が正当か否かについて確定しない限り,委任者である原告に支払うべきか,それとも代理受領権者であるBに支払うべきかを確知し得ない状況に置かれているというべきところ,このように,代理受領権限の有無について争いが生じている場合は,民法494条後段にいう過失なく債権者を確知することができないときに該当すると解すべきであるから,被告による本件供託は有効であると認めるのが相当である。
3 以上の次第で,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

    名古屋地方裁判所民事第9部

          裁判長裁判官   加藤幸雄


             裁判官   舟橋恭子


             裁判官   片山博仁