H17.11.18 名古屋地方裁判所 平成15年(ワ)第1154号,同第2099号 業務妨害行為禁止等請求事件

 運送業者及びその代表者の近隣住民に対する営業妨害行為等の禁止及び損害賠償請求(本訴)を棄却し,近隣住民の運送業者に対する騒音差止及び損害賠償請求(反訴)の一部を認容した事例


平成15年(ワ)第1154号業務妨害行為禁止等請求事件
平成15年(ワ)第2099号営業禁止等反訴請求事件
主文
1 反訴被告(原告A株式会社)は,反訴原告(被告)に対し,別紙物件目録記載の土地に所在する配送センター及び冷凍基地施設の操業によって,午後10時から翌朝午前6時までの間,反訴原告(被告)肩書住所地所在の反訴原告(被告)の居宅の敷地内に,50デシベルを超える音量の騒音を流入させてはならない。
2 反訴被告(原告A株式会社)は,反訴原告(被告)に対し,10万円を支払え。
3 反訴原告(被告)の反訴被告(原告A株式会社)に対する損害賠償請求につき,平成17年9月10日以降に関する部分を却下する。
4 原告らの請求及び反訴原告(被告)のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,本訴・反訴を通じてこれを9分し,その1を被告(反訴原告)の負担とし,その余を原告らの負担とする。
6 この判決は主文2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴
(1) 被告(反訴原告)は,原告A株式会社(反訴被告)の操業に関して,事実を歪曲した若しくは誇張した掲示を行ったり,同様に事実を歪曲した若しくは誇張した内容を記載した手紙を第三者に送付したり,その他の方法によって,原告A株式会社(反訴被告)の営業の妨害をしてはならない。
(2) 被告(反訴原告)は,原告A株式会社(反訴被告)の操業に関して,事実を歪曲した若しくは誇張した掲示を行い,かかる原告A株式会社(反訴被告)の責任者が原告Bであるとの掲示を行って,原告Bの人格権を害してはならない。
(3) 被告(反訴原告)は,自宅に設置した別紙電光掲示目録記載の掲示がされている電光掲示板を撤去せよ。
(4) 被告(反訴原告)は,原告A株式会社(反訴被告)に対して,2900万円及びこれに対する平成15年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 被告(反訴原告)は,原告Bに対して,200万円及びこれに対する平成15年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴
(1) 反訴被告(原告A株式会社)は,反訴原告(被告)に対し,別紙物件目録記載の土地に所在する配送センター及び冷凍基地施設の操業によって,午後10時から翌朝午前6時までの間,反訴原告(被告)肩書住所地所在の反訴原告(被告)の居宅の敷地内に,40デシベルを超える音量の騒音を流入させてはならない。
(2) 反訴被告(原告A株式会社)は,反訴原告(被告)に対し,平成14年11月1日から(1)項記載の騒音の差止めに至るまでの間,1か月当たり30万円の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1(1) 本訴は,
ア 原告A株式会社(反訴被告。以下「原告A」という。)が,被告(反訴原告。以下「被告」という。)が原告Aの操業に関する事実を歪曲・誇張した掲示を行った上,同内容の手紙を原告Aの取引先に送ったりするなどしたと主張して,被告に対し,①営業権及び名誉権に基づく侵害排除請求権として,営業妨害行為の禁止及び電光掲示板の撤去並びに②不法行為に基づく損害賠償請求権として,2900万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成15年4月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,
イ 原告Bが,被告が原告Aの操業に関する事実を歪曲・誇張した掲示に,責任者として原告Bの名前を掲示したと主張して,被告に対し,①名誉権に基づく妨害排除請求権として,人格権侵害行為の禁止及び電光掲示板の撤去並びに②不法行為に基づく損害賠償請求権として,200万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成15年4月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,
それぞれ求める事案である。
(2) 反訴は,被告が,原告Aが夜間(午後10時から翌朝午前6時までのことをいう。以下同じ。)に発する騒音は,条例等の規制基準に違反し,被告の平穏に生活する権利(人格権)を侵害するものであると主張して,①人格権に基づく差止請求権として,午後10時から翌朝午前6時まで被告宅に40デシベルを超える騒音を流入させることの禁止及び②不法行為に基づく損害賠償請求権として,平成14年11月1日から前記騒音の流入が禁止されるまで1か月当たり30万円の支払を求める事案である。
2 争いのない事実
(1) 当事者
原告Aは,貨物自動車運送業及び倉庫業等を目的とする株式会社であり,平成9年から別紙物件目録記載の土地に設置した配送センター(以下「H共配センター」という。)において操業を始めた。その後,原告Aは,平成15年5月24日から,H共配センターに増設した冷凍基地施設(以下「冷凍基地」という。H共配センターと併せて「原告施設」ということもある。)において操業を開始した。
原告Bは原告Aの代表取締役である。
被告は,原告施設の近隣の肩書住所地に居住する者である。
(2) H共配センターの設置
被告と原告Aは,H共配センターの設置に際し,騒音の問題を中心に,主に書面を交わす方法によって協議を重ね,平成9年4月9日,確認書と題する書面(以下単に「確認書」という。乙3)を交わした。
(3) 冷凍基地の設置
被告と原告Aは,冷凍基地の設置に際しても,同様に協議を重ねたが,合意に達することはなかった。
(4) 被告による電光掲示及び手紙の送付
被告は,平成14年12月末頃,自宅に電光掲示板を設置し,平成15年1月6日頃から,原告Aが条例に違反して夜間操業をしていること及び事業所の責任者の氏名の電光掲示を行った。これに対し,原告Aは,平成15年1月8日,被告に対し,内容証明郵便をもって,前記電光掲示の中止を申し入れたが,被告は受取りを拒絶し,前記電光掲示を中止しなかった。さらに,被告は,同月30日頃から,別紙電光掲示目録記載の内容の電光掲示を行った。
また,被告は,平成15年2月頃,原告Aの取引先7社に対して,原告Aの夜間操業に関し,手紙を送付した。
(5) 騒音
夜間に原告施設から放出される騒音(以下「本件騒音」という。)は,原告施設内を走行するトラックの移動音を含めると,60ないし70デシベルに達することがある。
3 争点
(1) 本件騒音が受忍限度を超えているか。
(2) 被告による電光掲示及び手紙の送付が不法行為といえるか。
4 争点に対する当事者の主張
  (1) 争点(1)(本件騒音が受忍限度を超えているか)について
(被告の主張)
ア 地域性
被告の居住する地域は市街化調整区域ではあるものの,実態としては住居地域である。また,被告が原告Aと取り交わした確認書においても,被告の居住する地域が実態として住居地域であることが確認されている。
住居地域における県民の生活環境の保全等に関する条例(平成15年3月25日条例第7号。愛知県公害防止条例〔昭和46年愛知県条例第32号〕を全部改正したもの。以下「愛知県条例」という。)における規制基準は,夜間においては40デシベルまでである。
イ 愛知県条例との関係
原告Aは,原告施設内を走行するトラックから生じる騒音は愛知県条例の規制の対象とはならないと主張するが,原告施設内をトラックが走行することは,貨物の搬入に不可避的に伴う作業であるから,愛知県条例施行規則58条12号の「貨物の搬入又は搬出の作業」に該当し,規制の対象となる。
ウ 本件騒音について
原告Aは,遅くとも平成14年10月頃から,H共配センターの夜間操業を開始し,その操業によって50デシベル以上の騒音を発生させた。さらに,原告Aは,H共配センターの西側に冷凍基地を設置し,平成15年5月24日から24時間操業を開始し,その操業によって夜間60ないし70デシベルの騒音を発生させている。
原告Aは,I線の自動車騒音の影響を指摘する。しかしながら,測定対象の音源以外に他の音源がある場合,測定音源のみの騒音測定値と他の音源のみの騒音測定値との差が10デシベル未満の場合には,他の音源が測定音源の測定結果に影響を与えるが,その差が10デシベルを超える場合には,他の音源による影響は無視することができる。被告宅は,I線に直接面しておらず,その間には住宅も存在することから,被告宅からはI線の自動車騒音はほとんど気にならない程度である。本件騒音は,70デシベル前後と測定されているのであるから,南大通線の自動車騒音が測定結果に影響を与えていることはあり得ない。
エ 防音対策
原告Aは,防音対策を施したと主張するが,本件騒音は前記のとおりであり,仮に原告Aが防音対策を施していたとしても,何ら効果が現れていないことは明らかである。
オ 以上によれば,本件騒音は受忍限度を超えるものである。
カ 被告及びその家族は,本件騒音によって,平穏な生活を営む権利を害され,毎夜十分な睡眠がとれず,肉体的にも精神的にも著しい苦痛を被っている。この苦痛による損害は月額30万円を下らない。
(原告Aの主張)
ア 地域性
原告施設は,準工業地域内にあり,愛知県条例によれば,夜間の規制基準は50デシベルまでである。
また,被告宅前路上においては,夜間においてもオートバイ及び乗用車等の走行による一定程度の騒音が認められる地域である。
イ 愛知県条例との関係
愛知県条例が規制の対象としているのは,原告施設内における貨物の搬入又は搬出のための作業であって,原告施設内を走行するトラックから生じる騒音は規制の対象とはならない。原告Aは,本来公道を走行することが可能であるところを,近隣住民に対する配慮から,あえて原告施設内にトラックを走行させている。公道を走行するトラックから生じる騒音が愛知県条例の規制の対象とはならないのであるから,公道を走行することができるトラックをあえて原告施設内を走行させたがために愛知県条例の規制対象となると解釈するのは相当ではない。
現に,原告AはH市から前記のような説明を受けているし,愛知県条例に違反しているとの指摘を受けたこともない。
ウ 本件騒音について
(ア) 測定方法
被告宅前路上においては,I線の自動車騒音の影響があることから(甲6),測定結果を採用するに当たってはこのことが考慮されるべきである。
また,本件騒音が受忍限度を超えるか否かを判断する場合,騒音測定の基準となる場所は,被告が生活の本拠としている場所を基準とすべきである。本件で問題となっているのは,夜間における騒音であることから,屋内における騒音が測定されるべきである。そして,屋内では屋外に比べ,およそ10ないし15デシベル程度騒音が低下するものと推測される。
(イ) 騒音の程度
前記のとおり,原告施設内を走行するトラックによって生じる騒音は愛知県条例の規制の対象とはならないことから,これを除外すると,本件騒音は,屋外で50デシベル程度であるから,屋内を基準とすれば40デシベル程度に低下すると推測される。
また,仮に,原告施設内を走行するトラックによって生じる騒音を考慮するとしても,室内を基準とすれば受忍限度を超えるものではない。
エ 防音対策
原告Aは,被告を含めた近隣住民に対する防音対策として以下の措置を講じた。
(ア) H共配センターの増設に際し,増設建物を公道から10メートル下
げて建設した。
(イ) 原告施設の被告宅側の壁に沿って楠木を13本植樹した。
(ウ) 交通整理のため,原告施設内に一時停止線を設け,入口に24時間体制の守衛を配置した。
(エ) 夜間に,被告宅に面した塀の内側に防音壁代わりのトラックを駐車さ
せている。
オ その他
原告Aは,原告Aの費用負担において,被告宅の窓を防音サッシに変更する工事を計画しているが,被告が原告Aによる再三の交渉の申入れを一切拒否していることから,前記工事計画を具体的に提案するには至っていない。
また,被告以外の近隣住民から原告Aに対し,騒音に対する苦情はない。
カ 以上によれば,本件騒音は受忍限度を超えるものではない。
キ 被告が主張する損害は否認ないし争う。
(2) 争点(2)(被告による電光掲示及び手紙の送付が不法行為といえるか)について
(原告らの主張)
ア 被告による不法行為
(ア) 被告は,平成14年12月末頃,被告宅に電光掲示板を設置し,平成
15年1月6日頃から,原告Aが愛知県公害防止条例に違反した夜間操業をしていること及び事業所責任者の氏名を電光掲示するようになった。原告Aは被告に対し,同月8日,内容証明郵便をもって前記電光掲示の中止を申し入れたが,被告は前記内容証明郵便の受取を拒否し,前記電光掲示の中止もしなかった。
被告は,同月30日頃からは,別紙電光掲示目録記載のように,原告Aが愛知県公害防止条例に違反した夜間操業していること及びH共配センターの最高責任者として原告Bの氏名を電光掲示するようになった。
さらに被告は,同年2月,原告Aの重要な取引先7社に対して,原告Aが愛知県公害防止条例に違反する違法操業を行っているとして,原告Aとの取引をやめるように要望する旨の手紙を送付した。
(イ) 前記のとおり,原告Aが愛知県条例に違反する夜間操業を行っていたとの事実はないのであるから,被告が電光掲示板を用いて原告Aが違法な夜間操業を行っていること及びその責任者として原告Bの氏名を電光掲示する行為並びに原告Aの取引先に前記手紙を送付することは,原告Aの名誉及び信用を毀損し,業務を妨害する不法行為であるとともに,原告Bの名誉を毀損し,人格権を侵害する不法行為でもある。
イ 原告Aの損害
(ア) Cに関する損害(2400万円)
被告による前記手紙の送付により,原告Aは取引先の一つであるC株式会社(以下「C」という。)から取引を打ち切られてしまった。
原告Aは,Cとの取引で,月額200万円の利益を得ていた。
被告による前記手紙の送付がなければ,Cとの取引は今後1年間は継続していたはずである。
よって,原告Aは,被告の不法行為によって少なくとも2400万円(計算式:200万円×12か月=2400万円)の損害を被ったというべきである。
(イ) その他の損害(500万円)
原告Aは,被告による前記電光掲示及び前記手紙の送付という誹謗中傷行為に対処するため,担当者が取引先に赴いて事情説明を行うことが必要となり,本来の業務以外に120万円の支出を余儀なくされた。また,原告Aに対する信用の失墜及びそれに伴う今後の商談における損害等回復し難い損害は380万円(計算式:50万円×7社〔被告が手紙を送付した取引先7社〕+その他30万円)である。
ウ 原告Bの損害
原告Bは,被告による前記電光掲示によって名誉及び人格を侵害されたのであるから,これによる損害は200万円を下らない。
(被告の主張)
ア 被告による不法行為について
(ア) 被告が原告A主張の電光掲示を行ったことは認める。なお,現在は電光掲示を中止している。また,被告が原告Aの取引先に手紙を送付したことは認めるが,その内容は否認する。
(イ) 原告Aの夜間操業は,前述したとおり,愛知県条例に違反するものである。被告は,原告Aが違法な騒音を発生させているにもかかわらず,誠意をもって対応しないことに失望し,その取引先に窮状を訴えたにすぎないのである。
よって,被告の行為は不法行為にあたらない。
イ 原告Aの損害について
(ア) Cに関する損害
Cとの取引停止は知らない。
仮に,Cとの取引が打ち切られたとしても,その理由が被告による手紙の送付であるとの点は否認する。
原告AのCとの取引による利益については知らない。
損害額については争う。
(イ) その他の損害
事情説明に関する費用は知らない。
損害額については争う。
ウ 原告Bの損害
否認ないし争う。
第3 争点に対する判断
1 争いのない事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) 原告施設の設置及び原告Aと被告との交渉の経緯
ア H共配センターの設置について(乙2,3,9ないし14,70,77,被告)
(ア) 原告Aは,平成8年初め頃,D株式会社(以下「D」という。)の敷地内にH共配センターを設置することを計画した。
(イ) 同年5月3日,H共配センターの設計・施工を担当するE株式会社の担当者が被告宅を訪れ,H共配センターの設置計画の概要を説明した。これに対し,被告は,H共配センターの出入口が被告宅に面していることから,騒音及び振動等の問題が発生すると考え,同月8日,Dを訪れ,前記問題を指摘した。
以後,原告A,被告及びDは,主として書面を交わす方法により,協議を続けた。その過程において,被告は,原告A及びDに対し,①H共配センターの出入口を変更すること,②操業時間を午前8時から午後8時までにすること,③操業に先立って騒音・振動の調査をすること等を求めた。原告A及びDは,これを受けて,H共配センターの出入口を東側へ移動することとし,併せて,被告に対し,①操業時間は概ね午前8時から午後8時までであること(但し,繁忙時及び緊急時等やむを得ない場合は除く。),②道路上の騒音については被告において受忍されたい旨の通知をした。
原告A,被告及びDは,平成9年4月9日,これまでの協議の経過を踏まえて,確認書(乙3)を交わし,以下の事項を相互に確認した。
① 被告が居住する地域は,実態として住居地域であり,H共配センターの操業に当たっては,被告への影響が最小限となるように留意すること
② 原告A及びDは,道路上の交通振動につき,市への対応を含め,適切な対応をすること
③ 原告A及びDは,緑化を図り,交通事故防止及び夜間照明による影響の軽減につき,最大限の努力をすること
④ その他被告が迷惑に感じた事項については,被告は原告A及びDに対し,その内容を申し入れ,原告A及びDは,誠意をもって改善に努めること
(ウ) 前記確認書が交わされて以降,平成14年7月まで,H共配センターの操業について,原告A・被告間において紛争は生じなかった。
イ 冷凍基地の設置について(甲1,2,12,19,乙4,5,15ないし24,70,77,証人F,被告)
(ア) 平成14年7月,原告Aは,H共配センターの隣接地を賃借して冷凍基地を設置することを計画した。
(イ) 原告Aは,同月24日,被告を含む近隣住民を訪問して,冷凍基地設置の時期及び内容等について案内を行ったところ,近隣住民のうち被告以外の7名から,同月29日付けで要望書が提出された。
原告Aは,同年8月27日,H市土木課から原告施設南側道路の一部補修及び出入口の統制について指導を受け,同月29日,G川側道の拡幅工事をした上で,トラックを同側道からH共配センターの出入口(原告施設の南東に位置する。)へ走行させることとした。
そして,原告Aは,同月31日,前記近隣住民7名の代表者2名にその旨を述べ,同年9月4日,前記近隣住民7名から冷凍基地設置についての了解を得た。
(ウ) 被告は,当初,冷凍基地の出入口がH共配センターの出入口よりも西側にあるDの正門であることが予定されていたことから,自己に対する影響が小さく,もし,自己に不利益が及ぶ事態となれば,原告A及びDから申入れがあるものと考え,しばらく推移を見守ることとした。ところが,冷凍基地の出入口が,Dの正門からH共配センターの出入口へと変更されたため,被告は,トラックが被告宅前を走行することを懸念した。
そこで,被告は,同月8日,原告Aに対し,冷凍基地増設計画の概要,近隣住民との交渉の経緯及び確認書に対する認識について,質問書を送付した。
以後,被告と原告Aは,書面を交わす方法により,協議を続けた(面談による協議は,被告がこれを拒否していた。)。その過程において,原告Aは,被告に対し,被告宅前をトラックが走行することのないルートを提示したが,被告は,そのためには基幹道路の拡張や橋の架替え等が必要であると指摘した。これに対して,原告Aは,民間企業としては不可能である等の回答をした。
(エ) 原告Aに対しては,同月9日付けで稲沢市から施設増設の事業計画承認書が交付され,同年11月6日付けで愛知県から施設増設に関する建築確認がされた。
原告Aは,冷凍基地を建設し,平成15年5月24日からその操業を開始した。
(2) 被告による電光掲示等
ア 電光掲示
第2の2の(4)のとおり。
イ 手紙の送付
被告は,平成15年2月頃,原告Aの取引先7社に対して,原告Aの夜間操業に関し,手紙を送付した。
前記手紙の内容は,後記のとおりである(甲9,10)。

「 私は,A㈱H共配センターの真向いに長年住んでいる者であります。Aは,H市a町のD㈱の工場遊休地(寄宿舎跡地)に平成9年4月に物流基地を設置し,操業を開始しました。
Aは,操業開始から昨年の9月まではその操業時間はほぼ朝8時~夜8時に限られておりました。ところが,昨年の10月頃から夜間操業を開始しました。
Aに対しては,夜間操業の開始後,これをやめるよう申し入れるとともにこの種の物流基地は,県公害防止条例49条及びこれを受けての施行規則29条12の「貨物の搬入又は搬出」(別紙資料①の騒音規制)に該当するので,昨年末にH市に騒音測定を要請しました。その結果,Aの夜間操業は規制値を上回っていることが判明しました。また,この市の騒音測定に先立って市・(県)の立入り調査・指導も行われています。
それにも拘らず,Aは夜間操業を続けています。このことについての市としてのAへの行政行為は今後の問題でありますが,Aの夜間操業に伴い,騒音・振動などの影響を直接受けている住民としてAの操業状況を私どもなりに監視しています。
前述のAへの夜間操業をやめるようにとのやりとりの中で,Aは荷主側の都合でこのようになったのだとの趣旨を言い,その責任を荷主に転嫁しています。
私はあくまでこのことはH共配センターを運営しているAの責任において対処すべきことであって,荷主のせいにし,地域住民の迷惑も省みずしかも平然と法規違反をすることは許されることではないと考えております。従って,このような状況をご賢察いただき,その使用をさし控えていただきたくお願いするものであります。端的に言えば,Aの違反操業に加担しないでいただきたいのです(荷主についての情報はAの発信資料からです。)。
本件については,環境法規に基づいた今後の市の行政対応を見守るとともにこれを受けてのAの対応如何によっては法的対抗手段に訴えることも辞さない構えで取り組んでいるものであることを申し添えておきます。
なお,H共配センターの立地場所の問題点は別紙のとおりであると考えています。
以上」
(前記文中の別紙資料等は省略する。)
(3) 原告Aに生じた損害等(甲22,証人F)
原告Aは,被告が前記手紙を送付した前記7社に対し,平成15年2月から3月にかけて,事実関係及び被告との交渉経緯等について説明を行った。
原告Aは,平成15年3月,前記7社の1つであるCから取引を打ち切られた。
(4) 愛知県条例(規制基準)
ア 規制の目的
愛知県条例1条は,「この条例は,愛知県環境基本条例(平成7年愛知県条例第1号)第2条に定める基本理念にのっとり,公害の防止,事業活動及び日常生活に伴う環境への負荷の低減その他生活環境の保全に関する県,事業者及び県民の責務を明らかにするとともに,公害を防止するために必要な規制をし,並びに事業活動及び日常生活に伴う環境への負荷の低減を図るための措置に関する事項を定めること等により,県民の健康を保護し,県民の生活環境を保全することを目的とする。」と定めている。
イ 規制の対象
愛知県条例6条1項は,「規制基準は,(中略)騒音発生施設(工場等に設置される施設のうち,著しい騒音を発生する施設で規則で定めるものをいう。以下同じ。)又は振動発生施設(工場等に設置される施設のうち,著しい振動を発生する施設で規則で定めるものをいう。以下同じ。)を設置する工場等において発生する騒音又は振動について,規則で定める。」とし,愛知県条例施行規則7条及び別表4は,前記「著しい騒音を発生する施設で規則で定めるもの」として「冷凍機(原動機の定格出力が3.75キロワット以上のものに限る。)」を掲げている。
ウ 規制基準
愛知県条例6条2項3号は,騒音及び振動の規制基準について,「騒音発生施設又は振動発生施設を設置する工場等において発生する騒音又は振動の当該工場等の敷地の境界線における大きさについて,昼間,夜間その他の時間の区分及び区域の区分ごとに定める許容限度」とし,前記許容限度につき,愛知県条例施行規則別表第7は,「準工業地域」及び「その他の地域」の夜間における騒音の規制基準を50デシベルまでとしている。
エ 騒音の測定方法
同別表第7備考は,騒音の測定方法について,「計量法第71条の条件に合格した騒音計を用いて行うものとする」こと及び「騒音計の指示値が周期的又は間欠的に変動し,その指示値の最大値がおおむね一定の場合は,その変動ごとの指示値の最大値の平均値」を計測することを定めている。
オ 違反の効果
知事は,前記規制基準に適合しない場合,騒音発生施設にかかる計画変更勧告・改善勧告をすることができ(愛知県条例11条,22条1項),これに違反した場合は改善命令をすることができる(愛知県条例22条2項)。さらに,前記改善命令に違反した場合には1年以下の懲役刑又は30万円以下の罰金刑に処せられる(愛知県条例109条1号)。
(5) 本件騒音について
ア 地域性
(ア) 原告施設
原告施設は,Dの工場敷地内にあり,準工業地域と指定されているが,原告施設が設置される以前は,前記工場敷地内には従業員寄宿舎が存在するだけであった。
(イ) 被告宅
被告宅は市街化調整区域にあるものの,被告宅付近は,実態としては住居地域である。
なお,被告宅付近においては,夜間においても,普通乗用自動車等の通行が一定程度あり,被告宅前の路上を通過する普通乗用自動車等が発する騒音は,瞬間的に70デシベル程度となることがある(乙50,84の1ないし3)。
イ 原告施設に入出庫するトラックの台数(乙6,25の1・2,26の1・2,32,33,36ないし40,44ないし46,48ないし56,58ないし62,63の1ないし3,64ないし83,85,86,被告)
(ア) 冷凍基地稼働前
平成14年11月から平成15年4月までは,夜間に原告施設を出入りするトラックの台数は,1日当たり20台程度であった。
(イ) 冷凍基地稼働後
夜間に原告施設を出入りするトラックの台数は,冷凍基地稼働後である平成15年6月以降,1日当たり100台を超えるようになった。また,同年11月以降は,1日当たり200台を超えることがしばしばあり,同年12月から現在に至るまで,1日当たり300台を超えることもある。
ウ 騒音測定(甲6,乙7,27,34,47,62,63の3,84の1ないし4,証人F,被告)
(ア) 平成14年12月18日及び同月20日のH市の調査(乙7)
被告宅前路上において,原告施設から放出される荷役の作業音を測定したところ,50デシベル(同月18日午後10時30分),51デシベル(同日午後11時08分),46デシベル(同月20日午前5時10分)であった。なお,H市作成の騒音調査結果表(乙7)には,I線の自動車騒音の影響があることが指摘されている。
また,被告宅前路上において,原告施設から放出される原告施設内を走行するトラックの移動音を測定したところ,51デシベル(同日午前5時19分)であった。
(イ) 平成15年1月20日のH市の調査(甲6)
被告宅前路上において,原告施設から放出される荷役の作業音を測定したところ,45デシベル(測定時間は午後10時8分から)であった。
なお,H市作成の騒音調査結果表(甲6)には,①I線の自動車騒音の影響があること,②荷役の作業は,西側の一番北側一箇所のみであること,③各搬出口に車を停車させ防音壁の役目をさせていたことが記載されている。
(ウ) 被告本人による調査(乙27,34,47,62,63の3,被告)
被告宅敷地と公道との境界において,本件騒音(原告施設内を走行するトラックの移動音も含む)を測定したところ,以下のとおり測定された(なお,①被告は,所定の検査に合格した測定器を用い,愛知県条例及び愛知県条例施行規則に定められた測定方法を遵守して測定したと認められること〔乙43,被告〕,②測定対象の音源の以外に他の音源がある場合,測定音源のみの騒音測定値と他の音源のみの騒音測定値との差が10デシベル未満の場合には,他の音源が測定音源の測定結果に影響を与えるが,その差が10デシベルを超える場合には,他の音源による影響は無視することができること〔乙42〕からすると,I線等からの騒音の影響は考え難く,被告による測定結果は信用することができる。)。
① 平成15年7月3日午前5時    71.2デシベル
② 同月5日午前1時         75.3デシベル
③ 同月10日午前4時        65.3デシベル
④ 同月31日午後10時5分     73.6デシベル
⑤ 同年12月5日午後10時から翌日午前6時
59.8~74.9デシベル
⑥ 平成16年4月21日午後10時から翌日午前6時
62.0~69.5デシベル
⑦ 同年10月1日午前4時から午前5時
65.9~71.5デシベル
⑧ 同年10月7日午前3時から午前5時
59.9~67.0デシベル
(エ) 平成17年6月21日のH市の調査(乙84の1ないし4)
被告宅前路上において,本件騒音(原告施設内を走行するトラックの移動音も含む。)を測定したところ,同日午前3時30分から午前5時までのピーク値の平均値は70.9デシベルであった。
なお,トラックの移動音,エンジン音等のトラックに関連する以外の作業音は,瞬間的に50デシベルを超えることもあったが,概ね40ないし50デシベルであった。
(オ) 原告Aは,冷凍基地が稼働した平成15年5月24日以降,本件騒音を測定していない(証人F)。
エ 防音措置等(甲22,証人F)
原告Aは,被告を含めた近隣住民に対する防音対策として,以下の措置を施した。
(ア) H共配センターの増設に際し,増設建物を公道から10メートル下
げて建設した。
(イ) 原告施設の被告宅側の壁に沿って楠木を13本植樹した。
(ウ) 交通整理のため,原告施設内に一時停止線を設け,入口に24時間体制の守衛を配置した。
(エ) 夜間に,被告宅に面した塀の内側に防音壁代わりのトラックを駐車さ
せている。
2 争点(1)(本件騒音が受忍限度を超えているか)について
(1) 受忍限度を超えているか否か
ア 一般に,工場等の操業に伴う騒音が,第三者に対する関係において,違法な権利侵害ないし利益侵害になるかどうかは,侵害行為の態様,侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,当該工場等の所在地の地域環境,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の諸般の事情を総合的に考察して,被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものかどうかによって決するのが相当である。
イ これを本件について検討する。
(ア) 侵害行為の態様及び侵害の程度について
a 測定結果について
(a) 前記認定事実によれば,原告Aは,冷凍基地の操業を開始した平成17年5月24日から現在に至るまで,夜間約60ないし70デシベルの騒音を放出し続けていることが認められる。
ところで,愛知県条例が定める規制基準は,原告施設及び被告宅が存する地域においては,夜間50デシベルまでである。もとより,前記規制基準を上回る騒音であるからといって,直ちに受忍限度を超える侵害であると断定することは相当ではない。しかしながら,前記規制基準は,その目的を「県民の健康を保護し,県民の生活環境を保全すること」とし,違反した場合の効果として,改善勧告・改善命令のみならず刑罰まで定めていることからして,侵害の程度を評価する上で重要な指針になるというべきである。そうすると,前記規制基準を10ないし20デシベルを超える本件騒音は,重大なものと評価することができる。
(b) この点に関し,原告Aは,被告宅内における騒音が問題とされるべきであり,被告宅内ではおよそ10ないし15デシベル程度騒音が低下するのであるから,受忍限度を超える騒音ではないと主張する。しかしながら,前記規制基準は,騒音の測定を屋外ですることを予定しているのであるから(愛知県条例6条2項3号),一般的な住宅の防音性能を前提に定められているものといえる。そうすると,現実の居住場所が,高層マンションの上層階であったり,測定場所から大きく離れている等,一般的な住宅よりも騒音が相当程度軽減されることが窺われる特別の事情のある場合は格別,そのような事情が窺われない本件においては,原告Aの前記主張を採用することはできない。
b 本件騒音の性質
(a) 前記認定事実によれば,約60ないし70デシベルもの騒音の発
生源は,原告施設内を走行するトラックの移動音及びエンジン音等のトラックに関連するものであり,それ以外の作業音は,瞬間的に50デシベルを超えることもあるが,概ね40ないし50デシベルであることが認められる。そうすると,約60ないし70デシベルもの重大な騒音は,常時発生しているものではなく,原告施設を出入りするトラックの台数に応じて,断続的に発生しているものであることが指摘できる。
ところで,前記認定事実によれば,夜間に原告施設を出入りするトラックの台数は,冷凍基地稼働前(平成15年5月23日まで)は1日当たり20台程度であったのに対し,冷凍基地稼働後(同月24日から現在に至るまで)は1日当たり100台を超えていることが認められるのであるから,冷凍基地の稼働前後で,約60ないし70デシベルもの重大な騒音が発生する周期(冷凍基地稼働後は20ないし30分に1回程度であり,冷凍基地稼働後は少なくとも5分に1回程度である。)が大きく異なる。
(b) なお,原告Aは,この点に関し,原告施設内を走行するトラックの移動音は,愛知県条例の規制の対象とはならないと主張する。なるほど,愛知県条例が規制の対象としているのは,原告施設内における貨物の搬入又は搬出のための作業ではあるが,原告の業種からすると,原告施設内をトラックが走行することは貨物の搬入又は搬出にとって必要不可欠な作業であるというべきであるから,原告施設内を走行するトラックの騒音のみ,本件侵害の態様及びその程度を判断するに当たり,別異に取り扱うべきものとはいえない。
(イ) 被侵害利益
本件の被侵害利益は,夜間における平穏な生活であると考えられる。夜間に静謐な環境で心身を休めることができなくなった場合,単に不快感を感じるというにとどまらず,身体及び精神に重大な影響を及ぼす危険性が高いことは経験則上明らかであるから,本件被侵害利益は重要な利益であるというべきである。
(ウ) 地域環境
原告施設は準工業地域,被告宅は市街化調整地域にあり,愛知県条例が定める規制基準においては,それぞれ「準工業地域」,「その他の地域」として夜間50デシベルまでとされている。もっとも,原告施設が設置される以前は,被告宅及びその周辺は,住居地域としての実態を備えていた。
なお,被告宅付近においては,夜間においても,普通乗用自動車等の通行が一定程度あり,被告宅前の路上を通過する普通乗用自動車等が発する騒音は,瞬間的に70デシベル程度となることもある。
(エ) 侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況
前記認定事実によれば,本件騒音は,平日,休日を問わず,現在に至るまで連日発生していること及び原告施設を出入りするトラックは,反訴が提起されて以降も,徐々に増え続けていることを指摘することができ,本件騒音は,今後も継続することが認められる。
なお,原告AがH市から規制基準に違反している旨の指摘を受けたことを認めるに足りる証拠はない。
(オ) 騒音防止措置
前記認定事実によれば,原告Aは,いくつかの騒音防止措置を施したことが認められる。しかしながら,原告Aは,冷凍基地稼働後,本件騒音を測定していないのであるから,自らその効果を検証しているものとは到底認め難い上,騒音測定の結果からして,十分な効果が認められないことは明らかである。
(カ) まとめ
以上を総合すると,本件騒音のうち,原告施設内を走行するトラックの移動音及びエンジン音等のトラックに関連するものは,60ないし70デシベルと測定されている以上,その数値からすると,重大な騒音というべきであるところ,前記60ないし70デシベルの騒音は,冷凍基地が稼働した平成15年5月24日以降はかなりの頻度で発生しているのであるから,同日以降は,原告Aによる重大な侵害行為があるというべきである。これに加えて,被侵害利益の重要性,被告宅付近が実態として住居地域にあること,本件騒音は今後も継続することが予測されること,本件騒音は,前同日以降軽減することはなく,これに対する有効な防止措置も施されていないこと等を併せ考えると,被告宅付近で普通乗用自動車等による騒音が一定程度認められることを考慮しても,同日以降の本件騒音は受忍限度を超えるものというべきである。
もっとも,冷凍基地稼働前については,夜間に原告施設を出入りするトラックの台数が1日当たり20台程度にすぎず,60ないし70デシベルの騒音は,20ないし30分に1回程度発生するにすぎなかったのであるから,重大な侵害行為であったとまではいえず,他の事情を考慮しても,これを受忍限度を超える騒音であるということはできない。
(2) 本件騒音の差止めについて
前記のように,本件騒音は受忍限度を超えるものであり,今後もその継続が予測される以上,その差止めを命ずる必要がある。もっとも,愛知県条例所定の規制基準が夜間50デシベルまでと定めていることに鑑みると,反訴における差止請求は,被告宅敷地内に50デシベルを超える音量の騒音を流入させてはならないとする限度で認めるのが相当であり,その余の部分は理由がないというべきである。
(3) 損害賠償請求(過去分)
被告は,冷凍基地が稼働した平成15年5月24日から当審口頭弁論終結時である平成17年9月9日までの間,受忍限度を超える本件騒音による被害を受け続けていたことに加え,その立証のため,自ら原告施設を出入りするトラックの台数の調査及び騒音測定を続けることを余儀なくされた。他方で,原告Aは,平成15年5月24日以降,本件騒音の測定すらしておらず,十分な防音措置も施していない。
もっとも,現時点においては,本件騒音によって,被告及びその家族の健康状態に重大な影響が及んでいるとまでは認め難いから,このことを考慮すると,被告が前記期間において受けた被害を慰謝するには10万円が相当である。
(4) 損害賠償請求(将来分)
被告は,反訴請求において,当審口頭弁論終結後である平成17年9月10日以降の損害賠償を求めているが,これはいわゆる将来給付の訴えである。
ところで,本件のように継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については,同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であっても,それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲いかん等が流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど,損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,具体的に請求権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができるとともに,その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく,事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるような場合においては,将来給付の訴えにおける請求権としての適格を有するものとすることはできないと解するのが相当である(最高裁昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁)。
これを本件についてみるに,原告Aによる本件騒音は将来も継続されることが予測されるところではあるが,それが受忍限度を超えるものであるか否か,受忍限度を超えるものであるとしても被告が被る被害はどの程度のものであるか等を判断するに当たっては,今後の原告Aの防音措置の内容及び効果,原告施設を出入りするトラックの台数等の多様な要因について検討せざるを得ないのであるから,将来発生する損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することはできないというほかない。また,前記のような損害賠償請求権を理由付ける多様な要因は,本来被告がその立証責任を負うべきものであって,原告Aに今後の事情の変動の立証責任を課すのは不当というべきである。
そうすると,被告が求める当審口頭弁論終結後である平成17年9月10日以降の損害賠償請求は,不適法であって,却下を免れない。
3 争点(2)(被告による電光掲示及び手紙の送付が不法行為といえるか)について
(1) 被告による前記電光掲示及び手紙の送付は,原告Aの冷凍基地増設を契機に,原告Aの夜間操業に対する抗議活動の一環として行われたものというべきである。
(2) ところで,企業が,その事業展開によって地域住民の生活環境を悪化させることとなる場合,その程度が地域住民の受忍限度を超えるものであるか否かにかかわらず,一定の不利益を地域住民に強いることとなるのであるから,企業はその生活環境の保全に努める道義的責務があるというべきである。他方で,地域住民は,一般的にみて,人的物的両側面において,事業展開する企業に劣り,自己の生活環境を保全する手段に乏しく,当該企業と対等な立場で交渉することが困難なことも少なくない。
そうすると,地域住民が行った抗議的活動は,地域住民が受けるおそれのある不利益の程度,当該企業との交渉の経緯並びに抗議的活動の内容及び方法等の諸般の事情を総合して社会的に相当な範囲を逸脱したいえる場合に限り,これを違法と評価すべきである。
(3) これを本件について検討する。
ア 不利益の程度
すでに検討したとおり,被告は,平成15年5月24日から受忍限度を超える被害を受けることとなったのであるから,電光掲示を始めた平成14年12月当時において,原告Aの夜間操業によって重大な不利益を被るおそれがあったというべきである。
イ 交渉の経緯
原告Aは,平成14年7月24日,被告に対して,冷凍基地の設置時期及び内容について案内し,同年9月8日付けの被告からの質問書を受領して以降,書面を交わす方法により,被告と協議を続けており,その対応自体に不誠実な点は見受けられない。また,被告からの要望であった基幹道路の拡張や橋の架替え等についても,民間企業である原告Aにおいて実現することは不可能に近いのであるから,これを行わなかったことについても不誠実であると評価することはできない。
ところで,平成9年4月9日に原告Aと被告との間で交わされた確認書及びそれ以前の交渉の経緯からして,原告Aは,被告に対して,操業時間を概ね午前8時から午後8時までとすること及び被告宅が住居地域にあることに配慮することを約していたというべきである。しかしながら,原告Aは,本件騒音を低減する実効的な措置を施すことなく,冷凍基地の建設を進め,平成15年5月24日には冷凍基地の稼働を始め,以後,受忍限度を超える騒音を発生させているのである。
そうすると,原告Aの交渉態度それ自体に不誠実な点は認め難いものの,被告にとっては,原告Aとの交渉により自己が被る不利益を回避することは極めて困難であったということができる。
ウ 抗議的活動の内容及び方法
(ア) 電光掲示
a 被告の行った電光掲示は,自己が被るおそれのある不利益を回避する目的で行われたものというべきであり,しかも,その方法は,被告宅敷地内に電光掲示板を設置するものであるから,特段不相当な方法であるとはいい難い。
b 次に,電光掲示の内容について検討する。
まず,「Aの夜間操業は地域住民の迷惑となっています。Aは,住居地域の生活環境を破壊しています。」との表現は,住民としての被害感情を述べているものとして不相当な内容ではないし,「H市内にあるA以外の物流基地は,幹線道路に面し,住居地域にありません。」及び「H共配センターの最高責任者は,B氏です。」との部分も,客観的事実(前者につき乙28)を述べるものであり,不相当なものではない。
もっとも,「愛知県公害防止条例により,この地域での夜間操業は,できません。この条例に違反すると公表,罰せられます。Aは県条例に違反して夜間操業をしています。」の表現については,愛知県条例(当時の「愛知県公害防止条例」においても同じ。)によっても,夜間操業のすべてが禁止されるものではないし,この時点において,原告AがH市から条例違反を指摘されたとの事実も認められないのであるから,その意味で適切さを欠いた表現であることは否めない。しかしながら,被告は,電光掲示に先立って,H市に騒音調査を依頼し,その結果,原告施設内を走行するトラックの移動音が50デシベルを僅かに超えるとされたのであるから,一個人である被告として,原告Aの行為が愛知県条例に違反すると考えることには相当な理由があるというべきである。
(イ) 手紙の送付
a 被告の行った手紙の送付は,自己が被るおそれのある不利益を回避する目的で行われたものというべきであり,しかも,原告Aの取引先を荷主とするトラックが原告施設を出入りし,本件騒音の原因となっていることからすると,被告が原告Aの取引先に,自己の窮状を訴えるために手紙を送付することは,それ自体不相当な方法であるとはいえない。
b 次に,送付された手紙の内容について検討する。
まず,「Aの夜間操業は規制値を上回っている」,「市・(県)の立入り調査・指導も行われています。」,「平然と法規違反をする」及び「Aの違反操業」との表現は,原告Aが行政からの改善勧告・改善命令等を受けているにもかかわらず,これを無視して違法な操業を続けているかのような誤解を与えかねないものであるが,「市としてのAへの行政行為は今後の問題であります」及び「環境法規に基づいた今後の市の行政対応を見守る」との表現並びに前記手紙を受け取った者の理解能力を考えると,前記手紙を受け取った者において,原告Aが行政からの改善勧告・改善命令等を無視して違法な操業を続けているものと誤解するとは考え難いところである。また,原告Aは,平成14年8月27日にH市土木課から出入口に関する指導を受けている(甲19)上,被告が依頼したH市による騒音調査も行われているのであるから,被告において行政による「立入り調査・指導」が行われたと考えることにも相当な理由があるし,さらに,被告において原告Aの操業が愛知県条例に違反していると考えることに相当な理由があることは前示のとおりである。
続いて,「Aは荷主側の都合でこのようになったのだとの趣旨を言い,その責任を荷主に転嫁しています。」及び「荷主のせいにし」との部分について検討する。なるほど,前記表現は,原告Aと手紙の送付先である取引先の信頼関係に影響するものではある。しかしながら,原告Aは,被告の「夜9時から翌朝6時までの間に流通基地へのトラックの搬出入台数(およそで可)を教えて下さい。」との問い(乙24)に対して,「ご質問につきましては,6月より発生した(荷主様の出荷時間の変更等による)夜間の搬出入台数は,(中略)計6台ほどが月曜日から金曜日において発生いたしております。」と回答している(乙5)ところ,回答者の真意はともかく,回答を受けた被告が,原告Aが荷主側に責任を転嫁しているとの印象を受けるのも相当な理由があるというべきである。
エ まとめ
以上を総合すると,被告は,原告Aの冷凍基地の設置及びそれに伴う夜間操業によって重大な不利益を被るおそれがあり,原告Aとの交渉によってこれを防止することは困難な立場にあったところ,前記のような電光掲示及び手紙の送付は,内容において不適切な表現がないではないが,そのような表現をするにつき相当な理由があると認められる上,その手段及び方法が不相当であるとまではいえない。
そうすると,被告による電光掲示及び手紙の送付は,社会的相当性を逸脱したものとまではいい難く,違法性はないというべきである。
(4) 以上検討したとおり,被告による電光掲示及び手紙の送付は違法性がないのであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告らの本訴請求は理由がない。
4 結論
以上の次第で,
(1) 原告らの本訴請求は,理由がないからこれを棄却することとし,
(2) 被告の反訴請求のうち,
ア 差止請求については,原告Aが原告施設の操業によって,午後10時から翌朝午前6時までの間,被告宅の敷地内に50デシベルを超える音量の騒音を流入させることを禁ずる限度でこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,
イ 損害賠償請求については,
(ア) 当審口頭弁論終結日である平成17年9月9日までの損害については
10万円の限度でこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,
(イ) 当審口頭弁論終結後である平成17年9月10日からの損害賠償請求については、不適法であるからこれを却下することとし,
主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第8部


裁判長裁判官   黒   岩   巳   敏



裁判官   河   本   寿   一



裁判官   渡   辺       諭

(別紙)
物 件 目 録
所  在  H市a町b丁目
地  番  c番d
地  目  宅地
地  積  28789.57平方メートル

(別紙)
電 光 掲 示 目 録
「愛知県公害防止条例により,この地域での夜間操業は,できません。この条例に違反すると公表,罰せられます。Aは県条例に違反して夜間操業をしています。Aの夜間操業は地域住民の迷惑となっています。Aは,住居地域の生活環境を破壊しています。H市内にあるA以外の物流基地は,幹線道路に面し,住居地域にありません。H共配センターの最高責任者は,B氏です。」との内容の電光掲示。

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最終更新:2006年02月15日 17:07
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