H18. 2.21 大阪地方裁判所 平成16年(行ウ)第132号,第134号 葬祭料支給申請却下処分取下請求事件

 在外被爆者の遺族が,葬祭料の支給申請を却下されたことなどにより精神的苦痛を被ったとして,国及び大阪府に対し国家賠償請求をしたが,原告らの主張する利益が侵害されたとはいえないとして請求を棄却した事例




           主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
被告らは連帯して,原告ら各自に対し,10万円を支払え。
第2 事案の概要
1 原告Aは,亡A’の妻であり,原告Bは亡B’の子であるが,大韓民国(以下「韓国」という。)に居住していた亡A’及び亡B’が死亡したため,原告らが,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「法」という。)32条に基づき,大阪府知事(以下「府知事」という。)に対し,葬祭料の支給申請をしたところ,府知事は,亡A’及び亡B’が死亡の際に大阪府に居住又は現在していなかったことを理由に各申請をそれぞれ却下した(以下「本件各処分」という。)。本件は,原告らが,本件各処分が違法であり,精神的苦痛を被ったとして,被告らに対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づく損害賠償を求めている事案である。
2 法の規定
(1) 被爆者等
法は,被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するために制定された(法前文)。被爆者とは,原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者及び当時その者の胎児であった者等であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(法1条)。
被爆者健康手帳は,交付を受けようとする者の居住地(居住地を有しないときは,その現在地。以下,単に「居住地」という。)の都道府県知事(広島市及び長崎市については市長。以下では,単に「都道府県知事」という。)が,交付を受けようとする者の申請に基づいて審査し,当該申請者が法1条各号のいずれかに該当すると認めるときに交付する(法2条1項,2項,49条)。
(2) 葬祭料の支給
    都道府県知事は,被爆者が死亡したときは,葬祭を行う者に対し,政令で定めるところにより,葬祭料を支給する。ただし,その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかである場合は,この限りでない(法32条)。
    葬祭料は,被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事が支給するものとし,その額は18万9000円とする(平成16年4月1日政令第151号附則2項による同改正前の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「施行令」という。)19条)。
    葬祭料の支給を受けようとする者は,葬祭料支給申請書に,死亡診断書又は死体検案書を添えて,これを被爆者の死亡の際における居住地の都道府県知事に提出しなければならない(原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)71条)。
3 争いのない事実及び証拠(書証番号は枝番を含む。)により容易に認められる事実
(1) 本件各処分に至る経緯
ア 原告Aに対する処分
(ア) 亡A’,原子爆弾が投下された当時,広島市に在った母の胎児であった者であり,府知事より被爆者健康手帳の交付を受けていた者であるが(甲3),平成16年2月6日,韓国の慶尚南道金海市において死亡した(甲1,2)。なお,亡A’が,最後に日本国内に有した現在地は,大阪府である。
(イ) 原告Aは,平成16年2月8日,亡A’の葬祭を行い(甲4),同年6月23日,府知事に対し,葬祭料の支給申請をした(甲5)。
(ウ) 府知事は,同年7月30日,死亡した被爆者の死亡の際における居住地が大阪府でないことを理由に,同申請を却下した(甲6)。
イ 原告Bに対する処分
(ア) 亡B’は,原子爆弾が投下された当時の広島市に在った者であり,府知事より被爆者健康手帳の交付を受けていた者であるが(甲10),平成16年2月25日,韓国の慶尚南道陜川郡において死亡した(甲7,8,9)。なお,亡B’が,最後に日本国内に有した現在地は大阪府である。
(イ) 原告Bは,平成16年2月27日,亡B’の葬祭を行い(甲11),同年6月23日,府知事に対して,葬祭料の支給申請をした(甲12)。府知事は,同年7月30日,原告Aと同じ理由で同申請を却下した(甲13)。
(2) 本件各処分が取り消された経緯
原告らは,平成16年9月21日,本件各処分の取消し及び国家賠償を求めて本訴を提起した。本件と同様,葬祭料の支給申請をしたが,被爆者の死亡の際の居住地が日本国内にないことを理由に同申請を却下された者が,原告として,その却下処分の取消しを求めた事件(長崎地方裁判所平成16年(行ウ)第9号事件)において,長崎地方裁判所は,法32条の「都道府県知事」を被爆者死亡の際における居住地の都道府県知事であると限定解釈することはできないとし,施行令19条及び施行規則71条の定めはその限度で無効であるとして,上記却下処分を取り消した(甲19)。控訴審の福岡高等裁判所も同判断を維持する旨の判決をし(甲24),控訴人である長崎市長は上告しなかったため,同判決は確定した。
府知事は,平成17年10月20日,本件各処分を職権で取り消し(甲25,26),原告らは本件各処分の取消しを求める訴えを取り下げた。
4 争点及び当事者の主張
(1) 被告国に対する請求について
ア 国賠法上の違法について
(原告らの主張)
(ア) 厚生労働大臣が,施行令及び施行規則の改正(平成15年政令第14号,厚生労働省令第16号)に際し,葬祭料の支給につき,「被爆者」が日本国に居住又は現在しなかった場合の定めを設けるべきであったにもかかわらず,そのような定めを規定しなかったこと,厚生労働省の担当職員が,府知事に対し原告らによる葬祭料の支給申請を却下するよう指導したことは,国賠法上違法である。
法が国家補償的・人道的目的を有すること,法が健康管理及び各種手当の実施主体を都道府県知事と規定しているのは,所定の援護と援護の実施主体とを連結するための管轄を定めたにすぎないことからすれば,日本に居住又は現在していない者について,法の適用を排除することはできない。
また,被告らは,葬祭料の支給の適正を確保するためにも,法32条の「都道府県知事」を死亡の際における居住地の都道府県知事であると解すると主張するが,日本国内の死亡診断書と原告らの死亡診断書の記載内容はほぼ同じであること,日本国内に居住していれば国外で死亡しても葬祭料が支給されることからすれば,妥当でない。
(イ) 被告らは,被告らの上記行為により,法律上保護された利益の侵害はないと主張する。
  確かに,違法な行政処分には,その是正のために,行政不服申立てや取消訴訟が予定されているが,仮に,後で是正されたとしても,違法な行政処分が,「社会通念上甘受すべきものというべき一定の限度」を超える場合には,法的に保護すべき人格的な利益に対する侵害として不法行為が成立する余地がある。そして,被告らは,日本国内に居住・現在していない被爆者に対し,長年にわたり,根拠にならない理由を挙げ連ね,差別的な取扱いを続けてきた。原告らは,大阪高等裁判所平成14年12月5日判決(以下「平成14年判決」という。)の確定によって,在外被爆者も日本国内に居住する被爆者と同等に扱われると信じていたにもかかわらず,本件各処分を受け,誤った本件各処分により内心の静穏な感情を害されない利益を侵害されたものである。実際,原告Bは,死に際しても不当な差別を受けたことに,「日本政府から敵対視された」という感情まで抱いている。
  なお,原告Bが,日本政府がかつて40億円を拠出した在韓被爆者基金から葬祭についての支給を受けていたとしても,上記40億円はすでに使い果たされており,同基金は,韓国政府によって運営されているから,これにより原告らの上記感情は緩むものではない。
(被告国の主張)
(ア) 国賠法1条1項の違法は,公権力の行使に当たる公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該行為を行うことをいう。法令の解釈についても,仮に当該解釈が誤っていたとしても,このことをもって直ちに国賠法上の違法が肯定されるわけではなく,公務員が当該解釈を採用するに当たって相当の根拠がある場合には違法とはいえない。
被告らは,法32条の葬祭料の支給を行う「都道府県知事」を被爆者死亡の際における居住地の都道府県知事であると解し,その旨定めた施行令19条及び施行規則71条に従って事務処理を行ってきた。施行令19条及び施行規則71条が,法32条に反しているとしても,その法解釈は国会の審議の経過を踏まえた立法者意思や立法経過(原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下「原爆医療法」という。)及び原子爆弾被爆者に対する特別措置法(以下「被爆者特措法」という。)において,被爆者健康手帳や各手当について,国外からの申請を一切認めていなかったこと)からすると相当の根拠があり,これに従った被告らの行為は国賠法上違法とはいえない。
また,国外からの葬祭料支給申請を認めると,① 国外の医師・医療機関が作成した死亡診断書等は類型的に国内のそれと同様の信用性が担保されているとはいえず,② 少数言語で記載された診断書が提出されても,都道府県知事において適切に翻訳し,その内容を審査することは困難であり,③ 都道府県知事が,国外の医療機関に対し,照会等を行うことは極めて困難であって,葬祭料の支給の適正を確保できない。
(イ) また,法律上保護された利益の侵害がなければ,国賠法上違法があるとはいえない。原告らは,葬祭料の支給申請を違法に却下されたことにより内心の静穏な感情を害されたと主張するが,内心の静穏な感情が法的保護の対象となるのは,特別の病像を持つ水俣病認定申請のような特別の場合に限定されるべきであり,本件葬祭料の申請については,一般の行政認定申請の場合と比較して独特で深刻なものということはできないから,上記静穏な感情は,法的保護の対象とはならないというべきである。したがって,原告らについて法律上保護された利益の侵害はなく,国賠法上の違法はない。
イ 故意又は過失の有無
(原告らの主張)
前記平成14年判決が確定し,日本国外に居住地を移した被爆者に法の適用がないという昭和49年7月22日衛発第402号各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通達(以下「402号通達」という。)が廃止された以降は,ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められるという状況はなくなった。
よって,被爆者が死亡の際に,日本国に居住又は現在しなかった場合の葬祭料の申請に関する定めを設けず,原告らの葬祭料支給申請を却下するよう指導したことについて違法性を認識すべきであり,かつ,容易に認識し得るにもかかわらず,これを認識しなかった厚生労働大臣又は厚生労働省の担当職員には,故意又は過失がある。
(被告国の主張)
ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれにも相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは,後にその執行が違法と評価されたからといって,直ちに上記公務員に過失があったものとすることは相当ではない(最高裁判所昭和46年6月24日第一小法廷判決・民集25巻4号574頁,最高裁判所平成16年1月15日第一小法廷判決・民集58巻1号156頁参照)。
本件の場合,法32条の「都道府県知事」は,実務上,死亡の際の居住地の都道府県知事と解されており,本件各処分時にはこのような解釈を否定する確定した裁判例もなく,法の構造や立法経緯等にかんがみれば,その解釈に相当の根拠が認められるから,このような解釈に従って,施行令19条及び施行規則71条を改正しなかったことについて,厚生労働大臣に何ら故意又は過失はなく,また,被告大阪府の職員からの照会に対する厚生労働省の担当職員の回答についても,何ら故意又は過失はない。
(2) 被告大阪府に対する請求
ア 国賠法上の違法について
(原告らの主張)
府知事は,被爆者が死亡の際に日本国内に居住現在しないことを理由に葬祭料の支給申請を却下することにつき相当の根拠がないにもかかわらず,同申請を却下したことについて,職務上の注意義務違反がある。
(被告大阪府の主張)    
行政機関は,法令に従った執行をすべき義務があるところ,法32条の「都道府県知事」を居住地の都道府県知事と解することに相当の根拠が認められるから,原告らの申請を却下したことについて,府知事に何らの職務上の法的義務の違背はない。
また,同条に基づく都道府県知事による葬祭料支給事務は,第1号法定受託事務であり,全国統一的な処理が必要とされるところ,府知事は,事前に厚生労働省の担当職員に対して照会し,その回答を踏まえて,本件各処分を行った。よって,府知事は,本件各処分に当たり,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたということはできず,府知事の本件各処分に国賠法上の違法は認められない。
イ 故意又は過失の有無
(原告らの主張)
府知事は,被爆者が死亡の際に日本国内に居住又は現在しないことを理由に葬祭料の支給申請を却下することはできないことを認識すべきであり,かつ,容易に認識し得るにもかかわらず,これを認識しなかった府知事には,故意又は過失がある。
(被告大阪府の主張)
法32条に定める「都道府県知事」は,実務上「死亡の際の居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事」と解されており,このような解釈を否定する確定した裁判例もないこと,法の構造や立法経緯等にかんがみれば,その解釈に相当の根拠が認められる。したがって,府知事がこのような解釈に立脚して本件各処分を行ったことについて,国賠法上の故意又は過失は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 国賠法上の違法の有無について
(1) 国賠法上の違法の判断基準
国賠法1条1項は,公権力の行使に当たる公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定したものである。
行政処分が違法であったとしても,直ちに国賠法上違法の評価を受けるものではなく,公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認め得る事情がある場合に限り,同項の違法の評価を受けるものと解される。そして,この判断においては,行政処分の要件充足性の有無とともに,被侵害利益の有無・性質,侵害行為の態様及びその原因等の諸般の事情を考慮すべきであるが,本件各処分の要件充足性が認められる場合や原告らが主張する被侵害利益への侵害が認められない場合には,同項の違法を認める余地がないので,まず,これらの点を検討する。
(2) 本件各処分の要件充足性(法32条の「都道府県知事」の解釈)
ア 府知事は,法32条の「都道府県知事」を被爆者の死亡した際の居住地の都道府県知事と解し,本件各処分をした。
  そして,法が,葬祭料のほか,健康管理その他の各種手当の実施主体を都道府県知事と規定していること(法第3章第2節,同第4節,同第5節),法の立法審議がされた平成6年12月6日の国会参議院厚生委員会において,政府委員が,法の適用は原爆二法と同様に日本国内に居住する者を対象とするという立場であると答弁していること(乙2),法が後記のとおり,非拠出制の社会保障法としての側面を有すること,国外の医師が作成した死亡診断書等については,その記載内容や信用性の審査が困難な場合も予想されることなど,被告らの主張に沿う事情もある。
イ しかし,① 本件各処分時においては,日本国外に居住地を移した被爆者の取扱いに関する402号通達が見直され(施行令及び施行規則の改正(平成15年政令第14号,平成15年厚生労働省令第16号)),日本において手当の支給認定を受けた手当受給権者が出国した場合及び日本において手当の支給申請をした者が出国した後に手当の支給認定を受けた場合であっても,その者に対し手当を支給するという取扱いがされていたこと,② 法は,非拠出制の社会保障法としての性格を持つとともに,国家補償的配慮を根底にして,被爆者の特異かつ深刻な健康被害等に着目し,国籍も資力も問わずこれを広く援護し,救済しようとするものと解されること(法前文,原爆医療法に関する最高裁判所昭和53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁参照),③ 法32条の趣旨は,日頃から死に対する特別な不安感を抱く被爆者への国家的な関心の表明として,被爆者が死亡した場合に,その葬祭を行う者に対し葬祭料を支給することにより,被爆者の精神的不安をやわらげることにあること(乙1),④ 葬祭料の支給要件は,申請者が葬祭を行う者であることと被爆者が死亡したことであり,その死亡が原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかである場合に限って,その支給を認めないというものである(法32条)から,要件の判断のためには死亡診断書等の書類審査や医療機関への照会等で足りることが多く,被爆者健康手帳の交付申請などの場合とは異なり,被爆者が死亡の際に国内に居住又は現在したことが必ずしも必要でないこと,⑤ 国外の医師・医療機関が作成した死亡診断書等は必ずしも国内のそれと同様の信用性が担保されているとはいえず,少数言語で記載された診断書が提出された場合,都道府県知事において適切に翻訳し,その内容を審査することが困難な場合もあり得るが,これらについては個別事案ごとの対応が可能であり,法32条の被爆者から在外被爆者を一律に除外する十分な理由とはいえないことなどに照らせば,法32条の「都道府県知事」を被爆者の死亡した際の居住地の都道府県知事と限定して解釈することは相当でなく,このような限定解釈に基づく本件各処分は処分要件を満たさないというべきである。
(3) 被侵害利益の侵害の有無
ア 被告らの行為について,国賠法1条の違法性があるというためには,本件各処分により,原告らの法律上保護された利益が侵害されたことが必要である。
そして,本件各処分のように,金銭の給付を求める申請が誤った法解釈に基づいて却下された場合,申請者は,不快な感情を抱くのが通常であるが,この不快な感情は,金銭ないし金銭債権という財産権の侵害に伴うものであるから,その後,同処分が職権により取り消され,申請が認められるに至った場合には,原則として,財産権の回復とともに上記精神的な苦痛も回復されたとみるべきである。
イ 原告らは,本件各処分により,「誤った処分により内心の静穏な感情を害されない利益」を侵害されたと主張する。
  確かに,人は,社会の中で内心の静穏を維持しながら生活できるという人格権を有している。しかし,社会生活の中で,各人の価値観や考え方の相違などから,精神的な摩擦や葛藤が生じることは避けられないものであり,このような葛藤が生じた場合,直ちに内心の静穏が害されたとして,これを損害賠償の対象とすることは相当でない。社会生活の中で,他者から内心の静穏を害されることがあっても,一定限度では甘受すべきものであり,内心の感情の動揺が極めて大きく,社会通念上その限度を超える精神的苦痛を被ったと認められる場合に限り,人格的利益として法的に保護されるものと解すべきである。  
原告らは,本件各処分による精神的苦痛が上記社会通念上甘受すべき限度を超える理由として,在外被爆者が長年にわたり差別的な扱いを受けてきたこと,平成14年判決で在外被爆者も同等に扱われると信じていたのに,本件各処分によりその信頼が裏切られたこと,これらにより,原告Bは「日本政府に敵対視された」という感情まで抱いていることを主張する。 このうち,被告らが,長年にわたり,在外被爆者に対しては被爆者特措法は適用されないとする解釈を示した402号通達に準拠して法を運用してきたこと,原告らが,同通達の見直しにより,在外被爆者が死亡した場合にも葬祭料は支給されるという期待を持ったことは認められる(原告B本人(8頁),弁論の全趣旨)が,被告らが差別的な意図を持って法を運用してきたと認めるに足りる証拠はない。そして,葬祭料が,被爆者が特別な不安感を抱いていることに対する国家的関心の表明として,死亡被爆者の葬祭を行う者(遺族に限らない。)に対し支給されるものであり(乙6),その給付額は18万9000円であること,本件各処分の理由は,法32条の「都道府県知事」を被爆者死亡の際の居住地の都道府県知事と解した法解釈に基づくものであり,亡A’,亡B’及び原告らに固有の事情に基づくものでもなく,その法解釈にも一応の根拠があったこと(前記(2)ア参照)なども併せて考えれば,本件各処分が原告らの上記期待を裏切るものであったとしても,その精神的な苦痛は,本件各処分が職権で取り消され,原告らに対し葬祭料が支給されれば回復されるものであり,原告らの内心の静穏が,社会通念上甘受すべき限度を超える程度にまで侵害されたと認めることはできない。
なお,原告Bは,本件各処分が取り消されても,日本政府から敵対視までされた悔しさは和らがないという意見を述べる(甲30の2)が,上記程度まで内心の静穏が害されたか否かは,社会通念を基準に,客観的に判断されるべきであるから,原告Bがこのような感情を抱いているとしても,上記判断を左右しない。
(4) 結論
このように,原告らが主張する被侵害利益に対する侵害の事実が認められない以上,その余の点を判断するまでもなく,府知事が本件各処分をしたことに国賠法上の違法があるとはいえず,厚生労働省の担当職員が,被爆者が日本国内に居住又は現在しなかった場合の定めを規定せず,府知事に対し原告らの葬祭料支給申請を却下するよう指導したことについても,同様の理由で国賠法上の違法があるとはいえない。
2 以上のとおり,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第7民事部

   裁判長裁判官   廣 谷 章 雄


      裁判官   山 田  明


      裁判官   芥 川 朋 子

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最終更新:2006年03月06日 12:46
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