H18. 2.15 甲府地方裁判所 平成17年(ワ)第289号 損害賠償請求

机の上に置いてあった宝石が工事の振動により落下して傷がついたとして,宝石所有者が工事会社に対してした損害賠償請求が,立証がないとして棄却された事例


判   決
主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実および理由
第1 請求
 被告は原告に対し679万0500円とこれに対する平成17年2月2日から支払いずみまで年5%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 1 争いのない事実
 (1) 当事者
 原告は,ダイヤモンド,宝石の輸入,輸出,国内販売等を目的とする有限会社である。被告は,土木および建築の設計,監理,施工請負等を目的とする株式会社である。

 (2) 被告による工事
 被告は,平成17年1月から2月にかけて,原告の事務所のある3階建てビルの近くでマンション新築工事をしていた。

 2 原告の主張(請求原因)
 (1) 宝石落下事故
 原告の事務所と被告の工事現場とは最短3.5mの距離であった。被告は,平成17年1月31日,マンション新築のための基礎工事を実施した際,強度の振動を発生させ,原告代表者(取締役)であるAが事務所(ビルの2階)の机の上に保管していた重量283.03gの宝石(天然グリーンベリル・アクアマリン)を床上に落下させ,この宝石に亀裂を生じさせた。
 Aは,1月28日(金)午後7時頃,この宝石が机の上にあるのを確認して事務所を出たが,1月31日(月)午前9時30分頃事務所に入ったところ,宝石が床上に落下し,亀裂が生じているのを発見した。いままで宝石が机上から落下したことは一度もなく,被告の実施した工事により発生した強度の振動以外に原因は考えられない。

 (2) 被告の責任
 被告は,マンション新築工事をするにあたり,近隣建物,物品等に過度の振動を与えて損傷させないように施工すべき注意義務があるのにこれを怠った過失により宝石落下事故を発生させ,この宝石に亀裂を生じさせた。よって原告に生じた損害を賠償する義務を負う。

 (3) 損害額
 亀裂の生じた宝石は,事故前,55.21gが製品として使用可能であった。事故後はこれが9.94gに減少しており,その差の45.27gが損失である。
 この宝石の製品としての価格は1gあたり15万円であるから,損害額は679万0500円である。
45.27×150,000=6,790,500

 (4) まとめ
 原告は被告に対し不法行為に基づき損害額679万0500円とこれに対する不法行為後である平成17年2月2日から支払いずみまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払いを求める。

 3 被告の主張
 平成17年1月から2月にかけて被告が実施した基礎工事は,山留め工事とよばれるものである。原告が指摘する1月28日夜から31日朝までの期間のうち,被告がこの工事を実施したのは1月29日のみである。
 山留め工事は,まず,パイルドライバーとよばれる車両系建設機械にロックオーガとよばれるスクリュー型の刃先を装着し,これを回転させて掘り進めることにより地面を掘削し,掘削個所にH鋼を挿入してその周囲を再度埋め戻す工法により行われた。H鋼を直接地面に打ち込む工法ではないから,H鋼を挿入する際に振動が生じることはない。生じるとすればパイルドライバーにより地面を掘削するときである。しかし,被告が1月29日に山留め工事を行った地点と原告事務所ビルとはすくなくとも30mは離れており,大きめにみても50デシベル以上の振動が生じていたとは考えられない。55デシベル以下の振動は震度0レベルの振動であり,振動計には記録されるものの人体では感知することができない程度である。とすれば,原告事務所ビル
においては,人体では感知することのできない程度の振動しか生じていなかったのであり,被告の工事によって原告事務所内の机上から宝石が落下する可能性は皆無である。

第3 当裁判所の判断
 1 原告の請求が認められるためには,まず第1に,被告の工事によって発生した振動により原告事務所の机の上に置いてあった宝石が床上に落下したことが証明されなければならない。しかし以下に述べるとおりその証明はない。
 原告代表者(取締役)のAは,金曜日の夜に事務所を出たときには机の上に宝石があったが,月曜日の朝に事務所に入ったときには宝石が床上に落ちていたと供述する。このことからもわかるとおり,Aは,宝石が床上に落下した状況を見ていたわけではない。ほかにこれを見た人もいない。目撃者はいないのである。金曜日の夜から月曜日の朝までには丸2日以上が経過しているのだから,その間,被告の工事以外にも,宝石が落下する原因となりうる多くのことが発生しているはずである。たとえば,A以外の者が事務所に出入りしたかもしれないし,事務所のあるビルの中で大騒ぎをした人がいたかもしれないし,ビル前の道路を大きなトラックが通過したかもしれない。これらのことを考えると,宝石が落下した原因は被告の工事だけしかないと断定
することはとうていできない。
 次に,Aは,当初,宝石の落下を発見したのは平成17年2月2日としていたが(甲1),のちにこれを1月31日と訂正した。ところが,被告の側の記録では2月8日ということになっている(乙12,13)。そして,A自身,1月31日だと思うということしか言えないのであり,原告が申し出た証人であるAの知人のBの証言も同様である。事故の発生した日についてすらこのようにあいまいな供述しかできないAの供述を全面的に信用するのは困難である。
 客観的にみても,被告の実施した工事が近隣に大きな振動を生じさせるようなものであったと認めるだけの証拠はなく,かえってその逆の証拠が被告から提出されている(乙1ないし4,5の1~5,6の1・2,7,9の1~,16)。

 2 上に説明したとおり,被告の工事と宝石落下事故との間に因果関係が存在すると認めることはできないし,そもそも宝石落下事故の発生自体についても疑いなしとはいえないから,そのほかの点について判断するまでもなく原告の請求は理由がない。

   甲府地方裁判所民事部

 裁判官  倉 地 康 弘

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最終更新:2006年03月06日 12:49
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