H18. 2. 7 青森地方裁判所 平成16年(ワ)第271号 理事の責任追及の訴え事件

森林組合の参事が所得隠しを行っていたため,組合が5400万円余りを追徴課税され同額の損害が生じたことにつき,当時の理事に善管注意義務違反がないとされた事案。


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告C,被告D,被告E及び被告Fは,各自A森林組合に対し,3074万3900円及びこれに対する平成16年11月12日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2 被告G,被告H,被告C,被告E及び被告Fは,各自A森林組合に対し,2330万0100円及びこれに対する平成16年11月12日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 A森林組合に対し,被告Iは,2702万2000円,被告J,被告K及び被告Lは,各自900万7333円及びこれに対する平成16年11月12日からそれぞれ支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,A森林組合の元参事であったB(以下「B元参事」という。)が,その在任中にA森林組合の所得を隠し,2億6281万円余の簿外資産を保有していたため,平成元年度から平成6年度までの6年分につき,5404万4000円の延滞税及び重加算税が追徴課税されたことにつき,A森林組合の組合員である原告が,当該期間にA森林組合の理事であった被告ら(亡M理事についてはその相続人)が,理事としての善管注意義務に違反し,B元参事による過少申告を黙認し又は見過ごしたため,適正な申告をしていれば課税されなかったであろう延滞税及び重加算税合計5404万4000円相当の損害をA森林組合が被った旨主張して,被告らに対し,森林組合法54条の準用する商法267条(株主代表訴訟)の規定により,債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案である。
その中心的争点は,被告ら理事の善管注意義務違反又は忠実義務違反の有無である。
1 前提事実
以下の事実は,括弧内に記載した証拠により認めることができるか,又は当事者間に争いがない。
(1) 当事者等
ア 原告は,昭和32年以降,A森林組合(組合員数約600名[甲126の15頁])の組合員となっている者である(甲2)。
イ 被告C,被告D,被告E,被告F,被告G及び被告Hは,別紙「A森林組合理事名簿」記載の期間,A森林組合の理事に就任していた者であり,被告I,被告J,被告K及び被告Lは,別紙「A森林組合理事名簿」記載の期間中,A森林組合の理事に就任していた亡Mの相続人である。
ウ B元参事は,昭和40年4月1日から平成8年3月末日まで,31年間にわたりA森林組合の参事の地位にあった者である。なお,B元参事は,昭和40年4月1日からは総務係長,昭和44年1月1日からは造林課長,昭和52年4月1日から昭和53年3月末日まで及び昭和58年4月1日から平成8年3月末日までの間は総務課長を兼務していた。
(2) B元参事を主体とする所得隠し
B元参事は,参事在職中にA森林組合の所得を過少に申告して簿外資産を形成していた。
上記事実が発覚した平成8年4月の時点において,B元参事が預金や無記名債権の形で隠し持っていた簿外資産の総額は約2億6281万円であり,その後の調査によれば,A森林組合においては総額1億1880万2507円の使途不明金の発生していることが判明した。
(3) 損害の発生
A森林組合は,上記簿外資産の件に関連して国税当局による税務調査を受け,その結果,平成元年から平成6年までの6年間の所得申告漏れについて,本税のほか付帯税として延滞税及び重加算税の合計5404万4000円を追徴されることとなり,平成8年10月30日までにこれを納付した。
その内訳は別紙「修正申告税額内訳書」記載のとおりである(甲11の1から甲16の10まで)。
(4) 平成16年7月26日,原告は,A森林組合に対し,内容証明郵便で,被告らの理事としての責任を追及する訴えの提起を請求したが(甲17の1から甲18の2まで),A森林組合は60日以内にその訴えを提起しなかった。
2 原告の主張
(1) 理事の善管注意義務違反又は忠実義務違反
ア 被告らは,A森林組合の理事として,参事の業務執行を監視すべき義務を負っており,B元参事の業務執行について不審な点があることを知り又は知り得たような場合は,これを是正する義務があった。
被告ら理事は,次の(ア)から(ウ)までの事情からすれば,A森林組合の簿外資産の存在を知っていたか,又は容易に知ることができたのであるから,B元参事による過少申告を阻止,是正すべき義務を負っていた。しかし,被告らは,B元参事に業務を任せきりにし,A森林組合の実質的な決算に相当する業務報告書についても,簿外資産が計上されておらずその内容が虚偽であるのに,なんら審議をすることなくこれを承認するなどしており(甲112の1ないし6),理事としての義務に違反してB元参事による所得隠し,過少申告を黙認し又は見過ごした。
(ア) A森林組合の簿外資産は,N会名義の預金口座の現金と,農林中央金庫発行の無記名債権(ワリノー債権。以下,単に「ワリノー債権」という。)として,B元参事が保管していた。
N会名義の預金口座は,昭和40年代前半に,間伐事業等の補助金制度が大きく変更となった際,従来どおりの補助金を得ることを目的として設けられたものである。すなわち,間伐作業に対する補助金は,従前はその林地を所有管理する組合員個人に対して支給されていたが,各組合員がA森林組合に負担金を拠出して同組合が作業員を使った作業分量に応じて,A森林組合を通じて支給される方法に改正された。しかし,この制度が定着せず,各組合員は被告ら理事を含めて負担金を支払わなかったため,A森林組合は,補助金を得るために,組合員から拠出された負担金により作業員を使って間伐作業を行ったという外形を作るための苦肉の策として,N会名義の預金口座に入金されている簿外資産から負担金を拠出していた。
したがって,被告ら理事が間伐作業に当たり組合に負担金を拠出する必要性を認識しながら,負担金を支払っていなかったということは,引当財源である簿外資産の存在を知っていたことが推認される。
(イ) 簿外資産であるN会名義の預金口座及びワリノー債権の存在は,組合長が交代する度に引き継がれていたほか,組合長を通じて理事らにも概略的に伝達されていた。
(ウ) A森林組合では,簿外資産にプールする目的で,毎年3月にB元参事が各課課長をして事業経費を水増しさせ,その架空の経費を計上することによって利潤を圧縮し,水増し分を同組合に滞留し,ワリノー債権を購入するなどして簿外資産を作っていた。そのため,毎年3月に利潤が極端に減少するという不自然な現象が起きていた。
すなわち,各年度の2月末と3月末の勘定科目の収支に着目すれば,林産事業の売上げに対し,経費が数倍ないし数十倍に達している。また,林産事業と造林事業の経費が3月に例外なく大幅に増加しており,年間ベースで比較すると,4月から翌年2月までの11か月間の累計額に対し,3月単月だけで「林産品売上原価」については平均32.7%,「造林費」については平均18.8%も上昇し,事業費用総計も異様な増加の数値を示していた。
造林事業にせよ,林産事業にせよ,1年を通じて間断なく毎月行う作業である上,3月といえば山岳地帯では多量の積雪が残り,3月単月で4月から翌年2月までの11か月間の平均経費分を毎年上回るということは極めて不自然である。まして,被告らはA森林組合の組合員として自らも山主であり,造林,林産に関する知識や経理感覚は十分修得しているはずである。
A森林組合の理事会には,事務局より月ごとの経理書類(残高試算表や損益計算書)が提出され,比較検討されており,そうであれば,被告らは,2月と3月の財務内容を比較した理事会において,林産事業の収支が極めてアンバランスであることや,造林費,林産品売上原価及び事業費用が毎年3月になると極端に増加していることについて意図的な経理操作が行われていることを,十分な経理知識がなくとも,容易に知り得たものである。
イ 仮に,被告らが簿外資産の存在を知り得なかったとしても,B元参事の任命権者である理事会の構成員であった以上は,直接又は理事会を通じてB元参事の業務執行を常に監視し,不当な業務行為を発見し又はこれを未然に防止すべき義務を負っていた。しかし,被告らは上記義務を怠りB元参事にA森林組合の経営全般を任せきりにし,同組合に損害を与えた。
(2) 被告ら各自の負うべき損害額
A森林組合の会計年度は,毎年4月1日から翌年3月31日までであるところ,平成元年度から平成3年度までに発生した損害は3074万3900円であり,その間理事に就任していた被告C,被告D,被告E,被告F及び亡Mがその支払義務を負う。
また,平成4年度から平成6年度までに発生した損害は2330万0100円であり,その間理事に就任していた被告G,被告H,被告C,被告E,被告F及び亡Mがその支払義務を負う。
(3) 亡Mの死亡と相続
亡Mは,平成14年8月23日に死亡し(甲5の2),相続人である被告I(妻),被告J(長女),被告K(長男)及び被告L(二男)は,亡Mの損害賠償債務を法定相続分(被告Iにつき2分の1,被告J,被告K及び被告Lにつき各6分の1)に従って相続した。
(4) よって,原告は,森林組合法54条,商法267条により,債務不履行損害賠償請求権に基づき,次の各被告に対し,A森林組合に対して次の各金員を支払うことを求める。
ア 被告C,被告D,被告E及び被告Fに対しては,各自3074万3900円及びこれに対する平成16年11月12日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金
イ 被告G,被告H,被告C,被告E及び被告Fに対しては,各自2330万0100円及びこれに対する平成16年11月12日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金
ウ 被告Iに対しては,2702万2000円,被告J,被告K及び被告Lに対しては各自900万7333円及びこれに対する平成16年11月12日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金
3 被告らの主張
(1) 本案前の主張
森林組合の理事に対する代表訴訟の制度は,森林組合法及び森林組合合併助成法の一部を改正する法律(平成9年法律第30号)により認められた制度であり,同法が施行された平成9年4月1日から発効した制度である。
したがって,森林組合の理事に対する代表訴訟による責任追及は,平成9年4月1日以降の森林組合の理事の責任に限られるから,本件のようにそもそも代表訴訟制度の存在しなかった平成元年度から平成6年度の時代における理事の責任を追及する請求をすることはできない。
よって,原告の訴えは却下されるべきである。
(2) 被告らに善管注意義務又は忠実義務のないこと
ア 森林組合における善管注意義務の程度
株式会社の取締役と異なり,森林組合の理事は正組合員であることを原則としており,組合員資格と離れて学識経験に富み,経営能力に優れた者を広く登用することができるというシステムにはなっていない。A森林組合においても,理事はすべて組合員から選ばれており,員外理事は1人もいなかった。
理事の善管注意義務の判断は,各人の主観的能力が基準となるのではなく,客観的に期待される程度が基準となるものではあるが,受任者の職業,その属する社会的・経済的地位,知識等において一般的に要求される注意義務であるから,森林所有者である組合員から選任される理事等の役員については,森林組合の自主性に鑑みその経営能力を高めるべく研さんが期待されてはいるものの,法的に高度なものまでは要求することができない。
他方で,森林組合の職員は組合員資格のあることが要求されておらず,幅広く他から人材を採用することが予定されているところ,職員であるB元参事の経理,法律知識及び幅広い経営感覚は地方では抜きん出ており,被告ら理事の経理等に関する知識を遙かに凌駕していた。B元参事は初代及び2代目兼4代目組合長の絶大な信頼を受けて日常の業務及び会計経理の一切を事実上取り仕切ってきたものであり,A森林組合では,理事といえどもB元参事の業務全般に異議を出すことができない雰囲気があった。まして,常勤の理事が誰1人としていないA森林組合においては,他の職員はB元参事の指示に逆らうことはできなかったし,簿外資産に関する箝口令は絶対に守られ,理事らに対しても打ち明けられることがなかった。
したがって,B元参事の職務遂行の過程において明らかな不正行為を疑わせるような特段の事情がない限り,被告ら理事がB元参事に対して,不適切な経理上の処理の疑いを持ち,質疑をして検査や不正の是正を実現することは極めて困難であったのであり,それらは,森林組合の理事に要求される上記善管注意義務の程度を越えるものである。
イ 間伐作業の負担金に関する主張に対する反論
組合員は,B元参事が補助金を取り込んで,上手に間伐作業を実施してくれたものと考えており,特に被害を受けていなかったことから,格別間伐作業の負担金がなくなったことへの疑問を抱くこともなかった。当時の状況に照らせば,間伐作業の負担金の支出がなくなったからといって簿外資産の存在を知り得たということはできない。
ウ 簿外資産の存在が引き継がれていたとの主張に対する反論
A森林組合の簿外資産であるN会名義の預金口座及びワリノー債権の存在が組合長交代の度に組合長に引き継がれていたということはない。
3代目の組合長であった被告Cは,簿外資産の引継ぎのなかったことを別件事件において証言しているし(甲68),亡O組合長も同様である(甲95の1の2)。
エ 2月と3月の収支バランスの変化の主張に対する反論
(ア) 被告らが2月と3月の収支バランスの極端な変化を一応認識していたとしても,B元参事には会計知識があり,税理士と連携して会計処理をしていることからすれば,被告らが会計上違法な処理がされているのではないかと理事会等で質疑する余地は実際上はなかった。
原告の指摘が正しいのであれば,歴代の監事らがB元参事に経理上の不正の有無を問い質すことができたはずである。青森県農林部農政課による常例検査や青森県森林組合連合会が実施した検査においても,裏金の存在については何ら指摘がされていなかったのである。
(イ) A森林組合においては,通常,毎年3月の理事会に前年4月から同年2月までの残高試算表が提出され,その後,3月末日までの残高試算表を含む業務報告資料が通常5月に開催される総会直前の理事会に提出されており,2月末と3月末の1か月の差に着目した経理書類は理事会に対して提出されていなかった。しかも,理事会における討議の前提として2月末の残高試算表について監事が2月末現在の業務の監査について適正と認められる監査結果を表明しているほか(甲117の1から甲122の3まで),A森林組合はほぼ2か月ごとに業務全般の監事監査を受け,毎年度末には年度末棚卸監査を受けており,すべて適正と認められる旨の報告を受けていた。
また,最終残高試算表作成までには,年度末という特徴から各課から漏れていた精算書や未収金等の書類も通常月よりまとまって提出される傾向があり,どうしても数字が膨らみがちになる。
(ウ) さらに,原告は,過少申告された平成元年から平成6年までの各年度の2月末と3月末の林産事業,造林事業の勘定科目の変化を指摘しているが,昭和58年度から昭和63年度までと比較して,平成元年度から平成6年度のそれが格別に質的な違いがあるとは断言できない。
(エ) また,A森林組合の職員は,B元参事から架空経費の計上の指示を受けていたことから,それによる裏金作りの事実を知っていたが,B元参事の同組合における絶大な権力を恐れ,その真実を理事に対して伝えることができなかったものであるから,被告らがその事実を知ることは困難であった。
(オ) 以上からすれば,仮に毎年2月と3月とでその収支バランスに極端な変化が存在したとしても,意図的な経理操作が行われていたことを被告ら理事が容易に知り得たということはできない。
オ 理事会の構成員であった以上監視義務を負うとの主張に対する反論
原告は,被告らが簿外資産の存在を知り得なかったとしても,理事会の構成員であった以上,監視義務違反の責任を負うと主張するが,抽象的な指摘にとどまり,具体的に被告らの善管注意義務違反は認められない。ましてや,本件の過少申告による損害との間の因果関係が認められないことも明らかである。
4 原告の再主張(本案前の主張に対して)
理事としての責任がいったん発生した以上,その責任を免れないのであるから,たとえ損害発生当時に代表訴訟の制度が存在しなかったとしても,その後においても損害賠償債務が存在している以上,代表訴訟による追求は可能であると解するのが相当である。
第3 当裁判所の判断
1 本案前の主張について
(1) 被告らは,森林組合の理事に対する代表訴訟による責任追及は,森林組合法及び森林組合合併助成法の一部を改正する法律(平成9年法律第30号)により認められた制度であるから,代表訴訟によっては同法が施行された平成9年4月1日以前の理事の責任を追及することはできない旨主張する。
(2) しかしながら,同法による改正後の森林組合法の規定は,原則として同法施行前に生じた事項にも適用されることとされているから(同法附則2条1項本文),被告らの上記主張を採用することできない。
なお,仮に改正後の代表訴訟の規定による理事に対する責任追及が,同法附則2条2項の「理事」に関する事項に含まれるとしても,同法施行後最初の通常総会は既に終了していると認められるから(弁論の全趣旨),被告らの上記主張を採用することはできない。
2 被告らの責任について
(1) 裁判所の認定した事実
前提事実,証拠(甲93の1の1から甲96の2,甲126,甲147,甲149,甲150,乙7)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 本件当時のA森林組合の組織等
(ア) 組合及び組合員の地位等
A森林組合は,組合員が協同してその経済的社会的地位の向上並びに森林の保続培養及び森林生産力の増進を図ることを目的としており(定款[甲4]1条),組合員のためにする森林の経営に関する指導等の事業を行う森林組合法上の組合である(定款2条)。
A森林組合の正組合員となることができる者は,10アール以上の森林の所有者であることが原則とされており(定款7条),毎事業年度の5月又は6月に1回,組合員による通常総会が開催される(定款42条1項)。
(イ) 役員に関する規定等
組合の役員には,理事9人,監事3人が置かれており(定款31条1項),理事は,組合長1人と副組合長1人を互選するものとされている(定款33条本文)。
役員は,A森林組合の地区の選挙区ごとに選挙されるが(定款31条2項),正組合員でない者は,役員選挙で自ら役員の候補者となることができない(A森林組合役員選挙規程[甲4の20頁以下]4条1項)。
理事は,法令,法令に基づいてする行政庁の処分,定款,規約,信託規程,林地処分事業実施規程及び共同施業規程並びに総会の決議を遵守し,組合のため忠実にその職務を遂行しなければならず,理事がその任務を怠ったときは,その理事は,組合に対し連帯して損害賠償の責めを負う(平成9年法律第30号による改正前の森林組合法[以下「旧森林組合法」という。]46条1,2項,定款37条1,2項)。
(ウ) 理事会
組合の事業の運営につき,事業を運営するための具体的方針の決定に関する事項等一定の事項については,理事会が決する(定款35条1項)。
理事会は,組合長が招集し(定款35条2項),少なくとも年4回以上開催する(規約[甲66]11条1項)。
(エ) 参事
参事は,組合と雇用契約を締結している職員である(就業規則[甲64]2条)が,組合の業務について代理権を有している(旧森林組合法59条3項,商法38条1項)。
参事は,業務運営上必要な事項について,組合長に提案し,業務を統括することによって,組合長を補佐するとともに,課長を指揮監督し各課の活動を調整することを基本的任務としており(職制規程[甲65]12条),A森林組合では,組合長の下に参事が置かれ,参事の下に各課が置かれるという機構が採用されていた(職制規程4条)。
参事は,理事会の決定により組合の名において行う権限を有する一切の業務を,誠実に善良なる管理者の注意をもって行わなければならない(定款40条2項)。
イ B元参事による業務執行
(ア) B元参事は,昭和40年4月1日からA森林組合の参事となり,平成8年3月31日まで,組合の業務執行に当たっていたが,その間の昭和52年4月1日から昭和53年3月31日までの間及び昭和58年4月1日から平成8年3月までの間は総務課長を兼務しており,A森林組合の財務面においても常勤の責任者として勤務していた。
(イ) B元参事の参事在任期間中,別紙「財務内容の推移表」(甲31の別紙)の「純資産」欄記載のとおり,昭和59年度末には約1億3690万円であったA森林組合の純資産を(甲98,129),平成7年度末には約3億0030万円まで増加させた(甲103)ほか,別紙「財務内容の推移表」の「事業総収益」欄記載のとおり,事業総収益も増加させるなど,業績及び財務内容を充実させており,B元参事の手腕は周囲から高く評価されるようになっていた(弁論の全趣旨)。
(ウ) しかしながら,別紙「財務内容の推移表」の「出資配当金」欄記載のとおり,この間,組合員に対する配当金額はほとんど増加しておらず,他方で,B元参事は自分を含む組合職員の給与を毎年増加させていた(甲113の1から6まで)。
すなわち,簿外資産の存在が発覚した平成7年度において,職員の賞与が年間12か月分と設定され,B元参事に対する年間支給予定額は総額1949万2000円にもなっていた(甲70の2)。また,造林課長の年収は約1200万円,林産課長の年収は約1000万円であり,その他の課員10人もすべて年収約500万円から約900万円であった(甲70の2)。なお,上記の高水準の賞与の支給について,B元参事は業務報告書上は実際の支給総額より低く(平成6年度においては実際の支給総額の半額程度)報告しており,その差額分については造林費勘定等他の勘定科目から支出していた(甲109)。
ウ B元参事を主体とした簿外資産の形成
(ア) 昭和40年代前半,造林補助金制度が改定され,杉のハダニ防除事業については,組合を通じて組合員個人に補助金が支給されていたものが,個人ではなく組合員による団体(以下「協業体」という。)で事業を行ったものでなければ補助をしないという内容に変更された。
そこで,A森林組合では,A町内を一本化した協業体であるP会(後にN会と名称が変更された。)を組織し,各組合員のハダニ防除については,協業体を通じた事業形態に転換し,同時に資金管理のために預金口座を開設した。
ところが,A森林組合では,補助金の対象となる作業員を雇ってする作業以外に,補助金の対象とならない組合職員が行った作業分についても,N会に対する補助の対象となるものとして受給の手続を行っていたため,N会名義の預金口座にその分の金銭が貯まるようになっていた(甲96の2の6頁以下,甲43,弁論の全趣旨)。
(イ) 同様に,昭和56年ころ,間伐事業についての補助金制度も改定され,組合員個人に対して補助金が支給されていたものが,組合員が自己負担金を拠出して組合の作業員を使った作業分量に応じ,組合を通じて支給することに変更された。
しかし,組合員は自己負担金を支払ってまでこの作業を利用しようとしなかったため,A森林組合では,上記のN会名義の預金口座に滞留させていた資金を利用して組合員が負担金を拠出して作業員を使って間伐作業を実施した外形をつくることにより,本来であれば受給することができないはずの補助金を不正に取得し,その一部をN会名義の預金口座に滞留させていた(甲96の2の6頁以下,甲43,弁論の全趣旨)。
上記の事象を組合員の側から見れば,本来拠出すべき負担金を拠出することがないまま,組合により間伐作業が行われていたことになる。
(ウ) また,A森林組合では,昭和48年ころから,事業費を水増しする方法により所得を過少に申告しており,租税の納付を免れて蓄えた資金によりワリノー債権を購入していた(甲96の2の34頁以下)。
B元参事は,毎年3月の林産事業(山主から立木を購入して販売する事業[甲73の2の12頁])及び造林事業(山に植えた苗木を育てるための保育事業[同11頁])に係る経費について,特に多額の架空経費を計上するという手法により,事業費を水増しして利潤を圧縮していた。所得申告漏れの指摘を受けた平成元年度から平成6年度までの2月末と3月末の勘定科目の各収支に着目すると,別紙「平成元年度から平成6年度までの各年度2月末と3月末の林産事業,造林事業の勘定科目の変化」(甲36の別紙)記載のとおりであり,林産事業費(「林産品売上原価」)及び造林事業費(「造林費」)ともに,3月単月の事業費が,当該年度の4月から翌年2月まで11か月分の平均経費を大きく上回っていた(甲117の1から122の3まで)。
(エ) B元参事は,簿外資産の管理一部や架空経費の計上等の作業を,部下であるA森林組合の職員に行わせており(甲73の2の7頁,14頁,18頁,甲93の1の2の13頁,26頁),簿外資産の存在については,A森林組合の内務職員は何らかの形で認識していた(甲73の2の55頁,弁論の全趣旨)。
しかし,B元参事は,A森林組合の職員に対し,簿外資産の存在については誰にも言わないようにと指示していたため(甲73の2の23頁,甲74の2の2の16頁,甲93の1の2の45頁),所得申告漏れの指摘を受けた平成元年から平成6年当時,被告ら理事に対してその存在が知らされることはなかった(甲68[甲143],甲95の1の2の6頁以下,乙7,弁論の全趣旨)。
なお,原告は,簿外資産であるN会名義の預金口座及びワリノー債権の存在は,組合長が交代する度に引き継がれていたほか,組合長を通じて理事らにも概略的に伝達されていた旨主張し,前件訴訟において,B元参事もこれに沿う供述をしているが(甲96の2),後記のとおり,簿外資産の存在が発覚した当初,B元参事は理事に対してその存在を否定していたことなどからすれば,上記B供述をたやすく信用することはできず,他に上記原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
エ 簿外資産の発覚とその後の対応
(ア) 上記の預金及びワリノー債権は,A森林組合の簿外資産としてB元参事により管理されていたが,平成8年3月5日,亡Mの自宅に「A森林組合に隠し金がある。」旨の匿名の投書が送付されたことをきっかけにその存在が明らかになった(争いがない)。
B元参事は理事に対して当初簿外資産の存在を否定していたが,平成8年3月31日付けでA森林組合を退職した後,後任のQ参事に対して,N会名義の預金4783万3581円及びワリノー債権22枚(額面総額2億1498万円相当)の簿外資産を保管していることを明らかにした(争いがない)。
(イ) 以上の事実の発覚を受けて,A森林組合ではB元参事に対する法的対応を協議した結果,平成8年8月9日,B元参事の退職を取り消した上,懲戒解雇処分とし,同月10日,その旨をB元参事に対して通知した(甲88の1,2)。
さらに,A森林組合は,平成9年2月14日,B元参事を背任罪で刑事告訴し(甲6),警察による捜査が行われたが,嫌疑不十分として立件が見送られた(争いがない)。
他方,A森林組合は,前提事実のとおり国税当局による税務調査を受け,合計5404万4000円の追徴課税を受けた。
(ウ) 平成9年3月10日,A森林組合は,B元参事に対し,使途不明金の額である1億8000万円余り並びに上記延滞税及び重加算税合計5404万4000円の支払を求める損害賠償請求訴訟を提起した(甲7,8)。
これに対して,B元参事は,使途不明金はすべてA森林組合のために支出されたものである旨主張するとともに,懲戒解雇処分は無効であると主張して,支給されていない退職金6000万円余りの支払を求める反訴を提起した(甲9)。
上記両事件については,裁判所において審理が行われた結果,平成12年12月25日,A森林組合がB元参事に対する請求を放棄するとともに,退職金として3000万円を支払うことによる和解が成立した(甲10)。
オ 被告ら理事の執務状況等
(ア) 被告ら理事の勤務状況
A森林組合の理事は,組合長も含め全員が非常勤であり,概ね1か月半に1回の割合で開催される理事会での審議を通じて職務を行っていた。ただし,組合長である理事は,理事会での審議以外にもA森林組合に出勤しており,平成元年7月から平成4年7月まで組合長を務めていた被告Cは,平均すると月に7日程度出勤していた(甲67)。
なお,被告らが理事として受けた報酬は別紙「A森林組合役員報酬支払一覧」(甲148)のとおり組合長において年額約230万円,理事において年額約50万円であった。また,約1か月半に1回程度の理事会開催後は,A森林組合が費用を負担して出席者の懇親会が開かれるのが慣例となっており,平成元年から平成7年までの間に関しては,飲食代金として年間約120万円が支出されていた(甲69の1から3まで)。
(イ) 理事会による決算承認
A森林組合では,毎年度末である3月の理事会に,当該年度の4月から2月までの11か月分の残高試算表が提出され,これが理事会において承認されると,事務局が当該年度の決算処理を行い,監事の決算監査を受けていた。
その後,例年6月に開催されていた総会の前に開催される理事会に対して業務報告書等の総会資料一式が提出され,監事の監査報告を受けた後,理事がこれらについて審議を行っていた(甲115,弁論の全趣旨)。
なお,2月末と3月末の1か月の差に着目した経理関係書類(たとえば別紙「昭和58年度から昭和63年度までの各年度2月末と3月末の林産業,造林事業の勘定科目の変化」のような資料)は理事会等に対して提出されてはいなかった。O組合長は,毎年度2月に提出される収支と比較して,3月の精算時の収支の預り金額(利潤)が低下していることに気付いたことがあったが,B元参事から,3月期には支払額が多いからであるという説明を受けて,これに納得していた(甲95の2の32頁以下)。
(ウ) 本件における理事会の決算承認
所得の申告漏れの指摘を受けた平成元年度から平成6年度までも上記の審議過程は同様であり,被告ら理事は理事会においてA森林組合の決算及び業務報告書を承認していた(甲112の1から6まで)。
もっとも,毎年度末の3月に行われた理事会の際には,監事により2月末現在の業務が適正であるとの報告がされていたほか(甲117の1から甲122の3まで),その後総会前に開催された理事会においても,当該年度の業務全般について監査を行った監事から,適正であると認めるとの監査報告がされていた(甲112の1から6まで。なお甲72の1から6まで)。
また,この間,A森林組合は,平成5年2月に,定期的に実施されていた森林組合法111条4項で定められている行政庁(青森県農林部林政課)による常例検査を受けたが,簿外資産の存在を指摘されることがなく(甲75の1),平成6年3月には,その上部団体である青森県森林組合連合会による検査を受けたが,同様に簿外資産の存在を指摘されることがなかった(甲76,90)。
(2) 被告らの善管注意義務違反の有無について
ア 被告らは,森林組合の理事として職務を行うについて組合に対して善管注意義務又は忠実義務を負っており,その一環として,参事の職務執行を監督すべき義務をも負っていたものと解される。
もっとも,上記監督義務は無制限なものではなく,本件においては,A森林組合の理事が組合長も含めてすべて組合員から選ばれる非常勤の役員であり,組合の業務について代理権を有している参事の高額な報酬額はもちろんのこと,他の常勤職員の報酬額に比べても僅かな報酬しか受領していなかったこと,A森林組合は定期的に法律上要求されている行政庁(青森県農林部林政課)及び青森県森林組合連合会による検査を受けていたことなどに照らせば,理事は,参事の不正行為を知り又は容易に知り得べき事情があったような場合に,理事会の招集権限や参事の解任権を用いて,不正行為を阻止するために必要な具体的措置を取るべき義務があったものと解するのが相当である。
イ そうすると,前記認定事実によれば,確かに被告らは過少申告の行われた平成元年度から平成6年度までのA森林組合の決算を承認してはいるけれども,被告ら理事がB元参事による過少申告又は簿外資産の形成の事実を知っていたものであると認めることはできず,また,上記事実を容易に知り得べき事情にあったとも認めることができないから,被告らの職務執行について善管注意義務違反又は忠実義務違反があったということはできない。
ウ これに対して,原告は,「被告ら理事はA森林組合の組合員でもあり,本件当時,間伐作業が組合員による負担金を拠出することなく行われていたことを知っていたのであるから,簿外資産の存在も知り得たはずである。」旨主張する。
しかしながら,従前は組合員個人が実施した間伐作業に関して組合経由で組合員個人に対して補助金が支給されていたものが,組合員個人が協業体(団体)へ負担金を支出し,その協業体(団体)が作業員を雇って間伐作業をした場合に限り組合を通じてその協業体(団体)に補助金が支給されるという仕組みへ補助金制度が変更されたところ,B元参事は,その制度変更の際,本来は組合員が支出しなければならないはずの負担金を組合の裏金の中から支出し,かつ,作業員を雇用せずに勤務時間中のA森林組合職員に間伐作業をさせたためにその作業代金を支払わなくて済み,浮いた補助金のみを組合内に蓄積させていたものであるから(甲96の2の7頁以下),組合員個人の立場からすると従前自分達がしていた間伐作業を単にA森林組合職員がしてくれるようになったにすぎないと考えていたという被告ら主張もあながち不合理であるとはいえない。したがって,組合員が負担金を支出していないことをもって被告らが簿外資産の存在を容易に知り得たということはできない。
エ また,原告は,「A森林組合において例年3月に林産事業と造林事業の経費が大幅に増加するという不自然な現象があり,理事らは,このことから簿外資産の存在を知り得た。」旨主張する。
しかしながら,理事会には,毎年2月末と3月末の1か月の収支の差に着目した経理関係書類(たとえば別紙「昭和58年度から昭和63年度までの各年度2月末と3月末の林産業,造林事業の勘定科目の変化」のような資料)が提出されていなかった。そして,被告ら理事は山林所有者である組合員の中から選挙によって互選され,会計に関する専門的な知識や経験を有するわけではなかったから,異なる時期に提出される経理関係書類を分析して2月末と3月末の収支の有意な差に着目することは必ずしも容易なことではなかった。その差異に気付いて尋ねたことのあるO組合長もB元参事から,3月の精算時期には支払が多くなるからである旨の説明を受けて納得していた。さらに,理事会において組合の決算に関する審議は,決算を適正と認める旨の監事の意見が述べられた上で行われていたのであり,また,定期的に行われていた青森県農林部林政課及び青森県森林組合連合会による検査によっても簿外資産の存在が指摘されていなかったことその他前記認定の諸事情からすれば,客観的には毎年度2月末と3月末の収支に有意な差があったことをもって被告らが簿外資産の存在を容易に知り得たということはできない。
オ 以上からすれば,被告らの理事としての職務執行について善管注意義務違反又は忠実義務違反があったものと認めることはできない。
第4 結 論
よって,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
青森地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官  齊 木 教 朗
裁判官  伊 澤 文 子
裁判官  石 井 芳 明

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最終更新:2006年03月06日 13:32
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