hanrei @Wiki H18. 2. 1 富山地方裁判所高岡支部 平成17年(わ)第161号,第167号 公務執行妨害,殺人未遂,現住建造物等放火被告事件



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平成17年(わ)第161号 公務執行妨害,殺人未遂被告事件
平成17年(わ)第167号 殺人未遂,現住建造物等放火被告事件
主 文
被告人を懲役10年に処する。
          理 由
(罪となるべき事実)
第1 被告人は,Aと同棲関係にあったところ,共通の知人である女性(ホステス)と交際しようとしたことから,Aから同女との関係を厳しく責め立てるような態度をとられて,立腹するとともに,Aとの関係をもはや修復することができないと将来を悲観したあまり,Aが経営する飲食店内でAを殺害した上で,同店の建物に放火して焼き払って自殺しようと決意し,平成17年8月9日午後3時15分ころ,富山県内の飲食店内において,殺意をもって,所携の洋包丁(刃体の長さ約21.4センチメートル)で,Aの右腹部を1回突き刺し,さらに,同日午後3時25分ころ,Aが現に住居として使用する同飲食店の店舗兼居宅(木造瓦葺2階建,床面積合計約66平方メ-トル)1階居間において,置かれていた紙製手提げ袋にマッチで点火して火を放ち,その火を衣装ケースに吊されていた衣類を介して,同建物の壁及び柱等に燃え移らせ,同建物を全焼させて焼損し,これを経て,同建物の北側に隣接し,Bほか1名が現に住居として使用する木造瓦葺2階建建物に燃え移らせるとともに,同飲食店の建物の南側に隣接し,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない建物で,Cほか1名が所有する木造瓦葺2階建の倉庫兼車庫,同建物の南側に隣接し,Dほか1名が現に住居として使用する木造瓦葺2階建建物,同建物の南側に隣接し,Eが現に住居として使用する木造瓦葺2階建建物に順次燃え移らせ,これら建物の各一部を焼失させて焼損したが(焼損面積合計約122平方メートル),Aが警察官によって救出されたため,Aに全治約2か月間を要する肝刺創の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
第2 被告人は,同日午後3時28分ころ,前記飲食店内において,同店従業員から前記第1の事件に関する通報を受けて現場に臨場した富山県警察官Fが,被告人を検挙し,Aを救出するために,同店南側便所の腰高窓から店内に突入したことから,逮捕を免れるとともにAの救出を妨げようと企て,そのころ,Fに対し,殺意をもって,所携の前記洋包丁で,Fの腹部を突き,あるいは切りかかるなどして,もってFの職務の遂行を妨害するとともに,Fに約2週間の安静加療を要する右小指皮膚剥脱創,右前腕切創等の傷害を負わせたが,他の警察官に制圧されたため,殺害の目的を遂げなかった。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,同棲相手であったAに対し,殺意をもって,Aの腹部を包丁で刺して,全治約2か月間を要する肝刺創の傷害を負わせ,もって殺人未遂を犯すとともに,Aが現住する店舗兼居宅用建物に放火し,同建物を全焼させて焼損し,これを経て,隣接する4軒の建物をそれぞれ一部焼損し,もって現住建造物等放火を犯し,その後間もなく,事件通報を受けて犯行現場に駆けつけ,被告人を検挙し,Aを救出しようとした警察官Fに対し,殺意をもってFの腹部を包丁で刺すなどして,約2週間の安静加療を要する右小指皮膚剥脱創,右前腕切創等の傷害を負わせ,もって公務執行妨害及び殺人未遂を犯したという事案である。
2 本件のAに対する殺人未遂及び現住建造物等放火は,被告人が,他の女性(ホステス)との関係について,Aから厳しく責め立てるような態度をとられて,立腹するとともに,Aとの関係を修復できないと将来を悲観したことから,Aが経営する飲食店内でAを殺害した上で,同店の建物に放火して焼き払って自殺しようとしたものである。これら犯行の動機は,極めて短絡的かつ身勝手なものである上,放火によって,Aだけでなく,近隣住民の生命,身体又は財産に被害が及ぶおそれがあることを省みないものであり,酌量の余地はない。
  被告人は,長年にわたりAと同棲して,Aのために家事や前記飲食店の手伝いなどをしてきたところ,Aは,被告人と前記女性との関係を知った後,自宅から被告人の荷物を撤去するとともに,被告人に知らせずに自宅の鍵を交換しようとしたり,あるいは,被告人に貸していた自動車や携帯電話を利用できない状態にしたり,さらに,被告人の面前でその行動を激しく非難するなどして,被告人を厳しく責め立てるような態度をとったことが認められる。しかし,Aがこのような態度をとったのは,被告人が前記女性がホステスとして勤めているクラブを利用して高額な料金を掛け払いにしたり,同女を自宅に連れ込み,あるいは,同女と自動車内で一夜をともにし,その際に同女に性的関係を迫ったりしたことに加え,被告人が,定期的な就労により十分な収入を得ることをせずに,Aの収入に頼り,Aからもらった金員を自分の飲酒や遊興等に費やしていたことなど,被告人の生活態度や行動に対する不平不満によるものと認められる。これに対し,被告人は,このようなAの心情をあまり察することなく,Aとの関係を修復する手立てをそれほど講じないまま,Aに対する怒りを一方的に募らせた上,同人と心中しようと勝手に思い詰めた末,Aに対する殺人未遂及び本件の現住建造物等放火の各犯行に及んでいる。したがって,Aが被告人に対して厳しく責め立てるような態度をとったことをもって,被告人にことさら有利に斟酌すべきものとはいえない。
  Aに対する殺人未遂は,刃体の長さが約21.4センチメートルであり,鋭利で殺傷能力の高い包丁を用いて,逃れようとするAを追いかけた上,人体の枢要部であるAの腹部を1回突き刺したというものである。また,本件の現住建造物等放火は,木造家屋等が密集する住宅地域にあり,古い木造家屋数軒が長屋のように隣接している建物内において,包丁で腹部を刺されて倒れていたAを救助しようとせずに,Aの衣服等の可燃物が多く存する場所で紙袋に着火して放火したものであり,A及び近隣住民に対して,建物,家財道具等の焼損等によって,著しい財産的損害を与え,その生命又は身体に危害を及ぼしかねないものである。これら犯行の態様は,著しく危険かつ残虐なものであり,極めて悪質である。
  Aは,被告人によって腹部を包丁で刺され,傷口が肝臓内に及ぶ重傷を負い,本件現住建造物等放火によって店舗及び居宅として長年使用してきた建物や多くの家財道具を焼失し,多大な財産的損害を被った上,警察官に救出されなければ,放火された建物内において生命を奪われかねない危険にさらされており,著しい精神的苦痛を被っている。Aは,これらの犯行によって長年にわたり生活をともにしてきた被告人との信頼関係を完全に失い,被告人に対して,複雑ではあるが,厳しい被害感情を訴えている。
  本件の現住建造物等放火によって,近隣建物4軒が一部焼損し,その焼損面積は合計約122平方メートルにも及んでいる。これら建物はいずれも焼損等によって事実上使用できない状態になり,中には生活の本拠を失った者もいる。これら被害住民はいずれも被告人に対する被害感情を強く訴えており,また,放火後の消火活動等により損害を受けた近隣住民も被告人に対する怒りを訴えている。
3 本件の公務執行妨害及び警察官Fに対する殺人未遂は,被告人を検挙するとともに,Aを救出しようとした警察官Fに対し,殺意をもって,前記包丁で警察官Fの腹部を突き,その身体に切りかかるなどし,よって公務の執行を妨害するとともに,約2週間の安静加療を要する右小指皮膚剥脱創,右前腕切創等の傷害を負わせたというものである。
  これら犯行の動機は,被告人を検挙し,放火された建物内に倒れていたAを救出するために,公務を執行していた警察官に対し,包丁を用いて暴行を加え,逮捕を免れるとともに,Aとの無理心中を妨げられないようにするというものであって,極めて自己中心的であり,酌量の余地はない。犯行の態様も,警察官Fに対し,殺意をもって,前記のとおり殺傷能力の高い包丁で,人体の枢要部である腹部を包丁の刃先が折れるほどの力で突くなどして,繰り返し警察官Fの身体に危害を加えようとするものであって,極めて執拗かつ危険であり,悪質である。
  これら犯行によって,警察官Fは,耐刃防護衣を着用していたため腹部の重傷は免れたものの,右腕及び右指に加療約2週間を要する傷害を負い,生命まで奪われかねない危険にさらされており,被告人に対する厳重な処罰を求めている。
4 以上のとおり,被告人は,本件各犯行によって,多数の者に対して著しい被害を与えているが,各被害者に対し,被害弁償を含め,慰謝の措置をとっていない。
  さらに,本件各犯行は,その態様に照らし,地域社会に対して相当な不安を与えたものと認められ,その社会的な影響も考慮すると,被告人に対する刑罰によって,同種事犯の予防及び治安の維持を図る必要があると認められる。
  そして,被告人は,平成3年4月1日,けんかの際に所携の刀剣(刃渡り相当部分の長さ約44.1センチメートル)を取り出したことから,同年10月2日,銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により罰金8万円の略式命令を受けた前科も有している。
  以上によれば,被告人の刑事責任は誠に重大である。
5 他方において,Aは,警察官に救出されて治療を受けたため,幸いにも死亡するには至らず,また,被告人が他の警察官に制圧されたため,警察官Fも前記の傷害を負うにとどまったこと,被告人は,本件各犯行によって身柄を相当期間拘束されて,反省の機会を与えられ,公判廷においても,犯行を悔いて反省の情を示していること,被告人には近所に住んでいた兄がいること,被告人には前記の罰金刑を除いて前科前歴がないことなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
  そこで,これら被告人のために有利,不利な一切の事情を考慮して,被告人に対し,主文の刑を科すのが相当と判断した。
(求刑 懲役12年)
  平成18年2月1日
      富山地方裁判所高岡支部
           裁判長裁判官   藤  田     敏
               裁判官 源     孝  治
裁判官   細  川  二  朗