H18. 1.30 京都地方裁判所 平成17年(ワ)第784号 不当利得返還請求事件

 いわゆる語学教室の継続的役務提供契約における中途解約時の提供済み役務の精算方法に関する規定が,特定商取引に関する法律49条7項により無効であるとされた事例


主文
1 被告は,原告に対し,17万6672円及びこれに対する平成16年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
 主文同旨
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は,被告との間で語学の教授に関する特定継続的役務提供契約を締結した原告が,この契約を中途解約したとして,不当利得返還請求権に基づき,既払いの受講料の返還を求める事案である。
2 前提になる事実(証拠の引用のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 被告は,外国語教室の経営等を目的とする株式会社であり,特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)41条1項,同2項,特定商取引法施行令12条別表第5所定の特定継続的役務を提供する役務提供事業者である。
(弁論の全趣旨)
(2) 原告は,平成13年10月25日,被告との間で,下記の約定で特定継続的役務提供契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
ア 登録コース   レギュラーコース
イ 登録種別    スタンダード
ウ 契約ポイント  150ポイント
エ 有効期限    3年間
オ ポイント単価  2050円
カ レッスン料総額 29万0580円
(キャンペーン期間中につき,10パーセント割引適用後の金額)
(上記イ及びエにつき乙1)
(3) 被告は,(2)の際,原告に対し,被告の契約料金体系等について記載されている「Course Guide」と題する書面(乙3)を交付した。また,原告は,(2)の際,被告に対し,3枚複写方式になっている「APPLICATION FORM」と題する書面に必要事項を記載し,そのうち「APPLICATION FORM(弊社控)」と題する書面を被告に提出し,被告から,「APPLICATION FORM(生徒登録申込書・生徒控)」と題する書面の交付を受けた。
(乙1,乙2(枝番を含む),乙3)
(4)ア 被告の各コースは,有効期限内に使用可能なポイント数をまとめてパッケージ化したものである。原告が契約したレギュラーコースの場合,受講者は1回のレッスン当たり1ポイント(ただし,レッスンの態様によっては2ポイント以上を必要とする。)を使用して受講できるシステムになっている(乙3)。
イ ポイントの料金については,下記のとおり,購入したポイント数が多くなるに従い,1ポイント当たりの単価(税抜き)が低額になる制度となっていた(下記金額は,原告が登録したレギュラーコースのスタンダード登録の場合)(乙3)。
(ア) 契約ポイント数600ポイントの場合  1200円
(イ) 契約ポイント数500ポイントの場合  1350円
(ウ) 契約ポイント数400ポイントの場合  1550円
(エ) 契約ポイント数300ポイントの場合  1750円
(オ) 契約ポイント数250ポイントの場合  1850円
(カ) 契約ポイント数200ポイントの場合  1950円
(キ) 契約ポイント数150ポイントの場合  2050円
(ク) 契約ポイント数110ポイントの場合  2100円
(ケ) 契約ポイント数 80ポイントの場合  2300円
ウ 本件契約には,本件契約を中途解約した際の精算方法として,受領済み総額から下記の(ア)ないし(オ)の税込金額((エ)は非課税)を差し引いた残金を受講者に返還する旨の規定が設けられていた(乙3)。
(ア) 消化済み受講料
 消化済み受講料を算定する際に用いるべきポイント単価は,役務提供済みポイント数以下で最も近いコースの契約時のポイント単価とし,デイタイム登録,スタンダード登録,24時間登録の登録種別に該当する単価とする。ただし,消化済み受講料は役務提供済みポイント数以上の最も近いコースのポイント総額を上限とする(以下「本件規定」という。)。
(イ) 消化済みVOICE利用料
(ウ) マルチメディア施設利用料
(エ) 中途登録解除手数料
(受講料・VOICE利用料・マルチメディア施設利用料(通信料含)の契約総額-(ア)-(イ)-(ウ))×20パーセントとする。ただし,5万円を上限とする。
(オ) 教材費
(5) 原告は,平成13年10月25日,被告に対し,(2)記載のレッスン料総額29万0580円を支払った。
(6) 原告は,平成16年10月6日,被告に対し,特定商取引法49条1項に基づき,本件契約を解除するとの意思表示をした。この際,原告は36ポイントを消費していた。
3 原告の主張
(1) 本件契約は,特定商取引法上の特定継続的役務提供契約であり,その役務提供開始後の解除であるから,被告は,損害賠償額の予定又は違約金につき,特定商取引法49条2項1号に規定する限度で取得できるのみであり,その余は原告に返還しなければならない。本件では,単価2050円のレッスンを36ポイント分受講しているため,本件契約の解除により被告が原告に請求できる損害賠償額の上限は,下記のとおり11万3908円であり,その余の17万6672円は原告に返還しなければならない。
ア 特定商取引法49条2項1号イに規定する金額(提供された特定継続的役務の対価に相当する額)
2050円×36ポイント×0.9×1.05=6万9741円
イ 特定商取引法49条2項1号ロに規定する金額(契約の解除によって通常生ずる損害の額として特定商取引法41条2項所定の政令で定める役務ごとに政令で定める額:特定商取引法施行令15条別表第5により「5万円又は契約残額の100分の20に相当する額のいずれか低い額」)
契約残額
   29万0580円-6万9741円=22万0839円
残額の20パーセント
   22万0839円×20パーセント=4万4167円
よって,上記金額は4万4167円である。
ウ ア及びイの合計額 11万3908円
(2) 本件規定の有効性について
 下記の点を総合すれば,本件規定は,特定商取引法49条7項により無効である。
ア 特定商取引法49条2項1号イに規定する「提供された特定継続的役務の対価に相当する額」を算定するに当たっては,契約時の単価を用いることが要求されており,契約時より高額の単価を用いて上記対価に相当する額を算定することは,特定商取引法49条2項が定める違約金の上限規制を潜脱するものであり,許されない。
イ また,被告の料金設定は,少ないポイント数でのポイント単価を異常に高く設定し,これを提示することによって,消費者が当初予定していた金額,期間を超える大量の購入を誘因する意図に基づくものである。そして,解約精算時のポイント単価を消化済みのポイント以下のポイント単価を適用して精算するという内容の規定は,実質的に見れば,高額な違約金条項として機能し,消費者の中途解約権を制約するものであるから,特定商取引法上の中途解約制度の脱法行為である。
ウ さらに,被告主張の中途解約時の精算方法は非常に分かりづらいものであるし,被告は,本件契約時に,原告を含めた受講者に対し,上記中途解約時の精算方法について明確に説明していないことからすれば,原告を含めた受講者は,中途解約時に契約時と同じ単価で計算されることを期待するのが当然であり,社会通念上も,「提供された特定継続的役務の対価に相当する額」を契約時の単価により計算することが相当である。
4 被告の主張
(1) 本件規定に従った原告の返還金額は下記のとおり13万0580円である。ただし,本件においては,消化済み受講料算定の基礎となる消化済みポイント数は,現に原告が使用した36ポイントとする。
ア 受領済み総額    29万0580円
VOICE利用料,教材費及びその他の費用は発生していない。
イ 精算金       16万円
(ア) 消化済み受講料
 3800円×36ポイント×1.05×0.9=12万9276円
(イ) 中途登録解除手数料              3万0724円
ウ 返還金額(ア-イ) 13万0580円          
(2) 本件規定の有効性について
 下記の点に照らせば,本件規定は,民法90条ないし消費者契約法10条,あるいは,特定商取引法49条7項により無効とされるものではなく,有効である。
ア 特定商取引法49条2項1号イは,提供済みの特定継続的役務について,役務提供事業者がその対価を収受できることを確認的に規定したものにすぎず,対価の額,計算方法については当事者間の合意に委ねている。そして,本件規定は,被告が特定継続的役務の対価について数量割引制度を採用していることを前提に,中途解約を停止条件として支払われるべき提供済み役務の対価の計算方法に関して受講者と合意したものであり,特定商取引法49条2項1号イは,このような合意をすることや,具体的な合意内容について何ら制約を課しておらず,そのような合意に従って精算が行われた場合は,特定商取引法49条2項1号イ,同法49条7項違反の問題は生じないと解するべきである。
 また,特定商取引法に関する行政庁の省令,通達や運用,特定商取引法49条2項1号イの立法経緯や立法趣旨等に照らしても,同規定が,本件規定のような合意を制限するものとは解されない。
 ただし,仮に,提供済み役務の対価の収受を装って,実質的には違約金を収受する脱法的な規定が設けられているなど特段の事情がある場合に限り,民法90条又は消費者契約法10条の適用があると解される。そして,上記特段の事情の存在は原告において主張,立証すべきであるが,原告からこのような主張,立証はない。
イ(ア) 仮に,特定商取引法49条2項,同49条7項が,中途解約の際の提供済み役務の対価の計算方法に関する合意について一定の制約を課すものであるとしても,上記条項に基づいて当該合意が無効とされるのは,当該合意が提供済み役務の対価名目で多額の違約金や未履行の役務提供部分の対価を支払わせるような内容であり,それにより,不当に中途解約権を制約するものである場合に限られる。そして,本件規定がこのような場合に該当するため無効になることを基礎付ける事実を原告において主張,立証をする必要があるが,原告はこのような主張,立証をしていない。かえって,本件規定は,実質的にも提供済み役務の対価の計算方法であり,多額の違約金や未履行の役務提供部分の対価を支払わせることにより,受講者の中途解約権を不当に制約するものではないから,その内容自体からして,上記のような場合に該当せず,特定商取引法49条7項により無効になるとはいえない。
(イ) 仮に,本件規定について特定商取引法49条2項,同49条7項違反の問題が生じるとしても,本件規定が同法49条7項所定の「不利なもの」に該当するか否かを判断するに当たっては,本件規定の規定内容のみから個別的に判断することは適切でなく,被告と受講者間の契約において数量割引制度が採用されていることその他契約全体の諸条件から総合的に判断する必要がある。そして,下記の事情を総合すれば,本件規定は,受講生の中途解約権の行使を制限する内容のものではなく,特定商取引法49条7項所定の,受講者に「不利なもの」とは解されない。
 また,仮に,特定商取引法49条2項が,提供済み役務の単価を算定する際に,合理的な理由なく契約締結時に適用された単価と異なる単価を用いることを禁止しているとしても,下記の事情を総合すれば,本件規定を用いることには高度の合理性がある。
 したがって,いずれにしても,本件規定が,特定商取引法49条7項により無効になることはない。
a  継続的役務提供契約において,1回の購入量が多いほど割引率が大きくなるという数量割引制度は,JRの定期券やNHKテレビ受信料やその他企業,消費者間の取引において一般的に見られる取引慣行である。そして上記数量割引制度は,役務の提供者にとっては,中長期的な役務受領者を獲得し,仕入れのコストを削減するとともに,役務受領者にとっても,安価な役務提供を受けることができるという,双方に有利な点がある制度であるから,合理的な根拠がある制度である。
 特に,被告においては,①受講者の利便性の観点からポイント制を採用する場合に,ポイント制による外国語会話教室事業を適正に維持するためには,統計的に中長期的な経営予測をする必要があること,②受講者に対し,負担可能な対価で,かつ自由な時間に学習できるコースを提供するという外国語会話教室の社会的意義を果たす必要があること,③質の高い外国人講師を確保するために欠かせない制度であること等の観点から,数量割引制度を導入する必要がある一方で,受講者も,数量割引制度により,被告から多様なポイント数や価格帯を提供され,あるいは,他の外国語会話教室と比較しても質の高い講義を廉価で提供されるという利益を得ている。
b  数量割引制度が採用された継続的役務提供契約が中途解約された場合に,提供済み役務の対価を算定する単価として,数量割引適用後の単価(契約時に適用された単価)ではなく数量割引適用前の単価を用いることは,経済原則に合致しており,当事者の合理的意思解釈として妥当なものである。また,数量割引適用前の単価を用いて精算することは,最大数量で契約をしておいて中途解約をするといった消費者の行動を防止し,あるいは,役務受領者間の公平を確保する必要があるなどの観点からすれば,数量割引制度を維持するために必要な制度であり,本件規定に限らず,広く一般に行われている制度であるから,合理性がある。
 他方,上記のような精算方法を否定することは,数量割引制度自体を否定するものであり,事業者たる被告の経済活動への不当な干渉であるのみならず,被告としては,受講者が支払うべき受講料を引き上げるなどの措置を講じざるを得ないから,結局は,受講者に不利益を与えることになる。
c  本件規定は,契約時に用いられた料金体系に従い,中途解約時までに現実に用いたポイント数に適用される単価を使用して精算を行うものであり,中途解約した受講者にとっては,実際の消化数量に応じた割引率による利益はなお享受でき,かつ,既に被告から客観的な価値の役務を受領しているのであるから,本件規定にペナルティー的要素はなく,受講者の中途解約権の行使を不当に制約するものではない。
 また,本件規定に従って中途解約時の精算を行ったとしても,被告と他社の料金水準を比較すれば,受講者にとって,受講した役務の客観的価値を上回る対価の支払になるとはいえず,かえって,他社に比較して未だ割安であるとすらいえる。したがって,この意味でも,本件規定が受講者の中途解約権を不当に制約するものとはいえない。
第3 争点に対する判断
1 本件の争点は,本件規定の有効性であるが,被告の主張を踏まえ,まず,特定商取引法における特定継続的役務提供契約に関する規制の趣旨等について検討した上で,①本件規定が特定商取引法49条2項,同法49条7項の規制を受けるか否か,②(①が否定された場合)本件規定が,民法90条あるいは消費者契約法10条に照らして有効といえるか否か,③(①が肯定された場合)本件規定が,特定商取引法49条2項,同法49条7項に照らして有効といえるか否か,との順に検討を加える。
2 特定商取引法における特定継続的役務提供契約に関する規制の趣旨等について
(1) 特定継続的役務提供契約に関する規制は,平成11年改正の訪問販売等に関する法律17条の2以下(平成11年10月22日施行)において制定されたものである。すなわち,当時,エステティックサロンや外国語会話教室等の継続的役務提供取引において,これらの取引が継続的に役務提供を受けることにより一定の効果が生じることをもって誘引され,長期間の役務提供とこれに見合う対価の支払を予め約定するという特徴を有しており,高額かつ長期間の継続的な契約が取り結ばれることが多いなどの事情から,契約締結時や中途解約時に,役務提供事業者,消費者間の紛争が急増していたこと等を背景に,特定継続的役務提供契約の契約締結及び契約解除の適正化を目的として上記規制が設けられたものである。その後,訪問販売等に関する法律は,平成12年法律第120号による改正によって,現在の特定商取引法に題名が改められたが,その基本的な内容は,現在の特定商取引法41条以下の規制と概ね同旨である。
 そして,特定商取引法が同法49条において,中途解約制度を設けるとともに,中途解約に伴い役務提供事業者が請求し得る金額の上限を規定した趣旨は,特定継続的役務提供取引においては,契約期間が一定程度長期にわたるため,役務受領者の側に事情変更が生じ,引き続き役務の提供を受けることが困難となる状況が発生した場合,取引の対象である役務提供の内容を客観的に確定することが難しいことや提供される役務の効果や目的の実現が不確実であること等から,役務受領者が期待した役務の提供又は効果等が得られず,以後の役務提供を望まない場合等において,役務受領者が契約解除を希望しても,役務提供事業者がこれに応じないなどの紛争が多発していたことを受け,中途解約の要件や中途解約に伴い役務提供事業者が請求し得る金額の上限を明確化したことにあると解される。
(2) ところで,特定商取引法49条2項1号イは,特定継続的役務提供契約が中途解除された際に,役務提供事業者が当該役務受領者に対して請求できる金額として,「提供された特定継続的役務の対価に相当する額」を定めているところ,同規定は,中途解約の効果が非遡及であることから,中途解約の時点で提供済みの役務の対価相当額について役務提供事業者が正当に請求可能であることを確認的に定めたものと解される。
 また,同法49条2項1号ロは,特定継続的役務提供契約が中途解除された際に,役務提供事業者に,政令(特定商取引法施行令15条別表5)で定める額を上限とした「特定継続的役務提供契約の解除によって通常生ずる損害」の請求を認めているところ,同規定は,同法49条に規定する中途解約が理由の如何を問わず認められることとの均衡上,役務提供事業者に,一定額を上限とした損害額の請求を認めたものであると解される。
 さらに,同法49条7項は,「前各項(同法49条1項ないし6項)の規定に反する特約で特定継続的役務提供受領者等に不利なものは,無効とする。」と規定するところ,同規定は,同法49条各号が,役務提供事業者等に対する片面的強行規定であることを明らかにしたものであると解される。
3 本件規定が特定商取引法49条2項,同法49条7項の規制を受けるか否かについて
 被告は,本件規定が,中途解約の際の提供済み役務の対価の計算方法に関する受講者との間の合意であるとの主張を前提に,特定商取引法49条2項1号イは,このような合意をすることや,具体的な合意内容について何ら制約を課していないから,本件規定が,同法49条2項1号イ,同法49条7項の規制を受けることはなく,これらの規定に違反するかは問題にならない旨主張する。
 この点,確かに,2(2)に判示したとおり,同法49条2項1号イは,中途解約の時点で提供済みの役務の対価相当額について役務提供事業者が正当に請求可能であることを確認したにすぎないことからすれば,同規定が,役務提供事業者と役務受領者との間で,中途解約時の精算方法の一内容として,提供済み役務の対価の額や計算方法に関する合意をすること自体を制限するものとは解されない。しかし,同法49条2項1号イは,同号ロと相まって,特定継続的役務提供契約が中途解約された場合に役務提供事業者が請求し得る額の上限を定めたものであるから,上記の合意内容が,単に提供済み役務の対価の額や計算方法を定めることを超えて,実質的に,役務提供事業者に特定商取引法49条2項1号が許容する金額以上の請求を認める内容である場合は,このような合意をすることは,特定商取引法が許容しない違約金ないしこれに類する金員の請求を合意するものであり,同法49条2項1号,同49条7項に抵触するものといわなければならない。したがって,特定継続的役務提供契約の中途解約時の提供済み役務の対価の計算方法に関する合意について,同法49条7項の適用が問題にならないとする被告の主張は採用できず,本件規定が,同法49条2項1号,同法49条7項に照らし有効であるか否かを検討する必要がある。
4 本件規定が,特定商取引法49条2項,同法49条7項に照らして有効といえるか否かについて
(1) 2(2)に判示したとおり,特定商取引法49条2項1号イは,中途解約の時点で既に提供済みの役務の対価相当額について役務提供事業者が正当に請求可能であることを確認的に記載したものであるところ,提供済み役務の対価の精算という行為の性質に照らせば,役務提供事業者が,役務受領者から受領した前払金につき,提供済み役務の対価に相当する部分を控除して当該役務受領者に返還する場合において,契約締結時ないし前払金の受領時に役務の対価に関する単価が定められており,この単価に基づいて前払金の金額が決定されていた場合には,原則として,この契約締結時ないし前払金の受領時に適用された単価に従って上記提供済み役務の対価を算定するべきである。そして,合理的な理由なく契約締結時ないし前払金の受領時に適用された単価と異なる単価を用いることは,これにより,役務受領者に対し,契約締結時ないし前払金の受領時に適用された単価を用いて精算を行う場合に比較して高額の金銭的負担を与える場合には,実質的に,役務提供事業者に同法49条2項1号が許容する金額以上の請求を認めるものであり,特定商取引法が許容しない違約金ないしこれに類する金員を請求するものであるから,同法49条2項1号の趣旨に反するものであり,同法49条7項により無効であるといわなければならない。
 また,2(2)に判示したとおり,同法49条2項1号ロが,役務提供事業者に一定額を上限にした損害額の請求を認めていることからすれば,特定商取引法は,中途解約によって役務提供事業者に生じ得る損害や営業上の不利益は,同法49条2項1号ロに基づく請求により填補されることを予定しているというべきであるから,役務提供事業者に生じる損害や営業上の不利益を軽減ないし回避する必要があるといった点は,契約締結時ないし前払金の受領時に適用された単価と異なる単価を用いる合理的理由とはいえないと解される。
(2) 以上を前提に判断するに,本件規定は,中途解約時に,契約時に適用された単価より高額な単価を用いて提供済み役務の対価を算定するものであり,本件原告に関しても,被告の主張によれば,契約時には1ポイント当たり2050円(ただし,10パーセントの割引がされている。)の単価を用いて受講料を算定しているのに対し,中途解約時には1ポイント当たり3800円の単価を用いて提供済み役務の対価を算定している。そして,本件全証拠によっても,かかる算定方法を採用するに足りる合理的理由があるとは認められないから,本件規定は,特定商取引法49条2項1号の趣旨に反するものであり,特定商取引法49条7項により無効であるといわなければならない。
(3) 他方,被告は,大量購入に伴う数量割引制度の合理性や,数量割引制度が採用された役務提供契約の中途解約時に数量割引適用前の単価を用いて精算することの合理性について,公共交通機関の料金やNHKテレビ受信料等を例示するなどして主張し,これを本件規定の有効性の根拠とする。しかし,本件では,特定商取引法上の規制が存在する類型の継続的役務提供契約につき,その中途解約時における提供済み役務の精算方法に関する合意が特定商取引法上有効といえるか否かが問題とされている。したがって,大量購入に伴う数量割引制度の一般的な合理性や,中途解約時に数量割引適用前の単価を用いて精算を行うことの一般的な適否が直ちに本件の結論を左右するものではないし,上記公共交通機関の料金やNHKテレビ受信料等被告が例示する役務提供契約と本件契約とは,提供される役務の内容,役務提供事業者に支払われる対価の額や役務の提供期間等の点で性質が全く異なるものであるから,これらの契約の中途解約時に被告主張のような精算方法がされているからといって,本件規定の有効性が基礎付けられるものでもない。したがって,被告の上記主張は採用の限りではない。
 次に,被告は,数量割引制度が採用された継続的役務提供契約の中途解約時に数量割引適用前の単価を用いて提供済み役務の対価を算定することは,最大数量で契約をしておいて中途解約をするといった消費者の行動を防止し,あるいは,役務受領者間の公平を確保するなどの見地から,数量割引制度を維持するために必要な制度である旨主張し,これを本件規定が有効である根拠とする。しかし,被告の上記主張は,結局のところ,中途解約時に契約時ないし前払金の受領時に適用された単価を用いて精算すると,被告の営業活動において不利益な結果が生ずるため,これを回避する目的でこれと異なる単価を適用する必要があるという趣旨をいうものにすぎず,このような不利益については,(1)に判示したとおり,特定商取引法49条2項1号ロによって認められている「通常生ずる損害の額」の請求によって対処すべきものである。したがって,被告の上記主張は,同法49条2項1号イ所定の「提供された特定継続的役務の対価に相当する額」の算定に当たって,契約締結時ないし前払金の受領時に適用された単価と異なる単価を適用する合理的理由になるとはいい難い。したがって,被告の上記主張は採用できない。
 また,被告は,本件規定にはペナルティー的要素はなく,受講者の中途解約権の行使を不当に制約するものではないと主張する。しかし,2(2)に判示したとおり,特定商取引法は,役務受領者に理由の如何を問わず中途解約を認めていることとの均衡上,役務提供事業者に対し,一定の上限を定めて通常生ずる損害を請求することを許しているのであるから,役務提供事業者に特定商取引法が許容する金額以上の請求をすることを認める合意をすること自体が役務受領者に対するペナルティー的要素を帯び,役務受領者の中途解約権の行使を不当に制約するものといわなければならない。
 なお,被告は,本件規定が存在することで数量割引制度が維持され,これにより,受講者に多様なポイント数や価格帯を提供でき,あるいは,他の外国語会話教室と比較しても質の高い講義を廉価で提供できるから,受講者に利益がある旨の主張をする。しかし,仮に,特定継続的役務提供契約中のある合意が特定商取引法49条7項所定の「不利なもの」に該当するか否かを検討するに当たり,当該合意の成立過程等の事情をも斟酌して総合的に判断することが否定されないとしても,被告が主張するような,本件規定が策定されるに至った一般的な背景事情を斟酌すべきものとは解されない。
5 以上を前提に,特定商取引法49条2項1号イに従って提供済み役務の対価相当額を算定すると,本件契約締結当時の単価である1ポイント当たり2050円に,原告が消化した36ポイントを乗じ,さらに10パーセントの割引を適用して,これに消費税相当額を加えた6万9741円であり,これが被告が取得できる提供済み役務の対価相当額である。
 また,被告が原告に請求する中途登録解除手数料についても,その前提となる提供済み役務の算定方法に関する規定が無効であることから,その限度で無効であるといわなければならない。したがって,上記で算定した提供済み役務の対価相当額を前提に,第2の2(4)ウ(エ)に摘示した,被告の中途登録解除手数料の算定方法(この算定方法自体は,特定商取引法49条2項1号ロ,特定商取引法施行令15条別表第5と同一であるから,これらの規定に違反するものではないと解される。)に沿って算定すると,被告が原告から受領した29万0580円から上記6万9741円を控除した22万0839円の2割に相当する金額は4万4167円であり,これが5万円を超えないため,4万4167円が被告が原告に請求できる中途登録解除手数料となる。
 よって,被告が原告に返還すべき金額は,前記29万0580円から,上記6万9741円及び4万4167円を差し引いた17万6672円となる。
6 結語
 以上の次第で,原告の本訴請求は理由があるから認容し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。


京都地方裁判所第2民事部



裁判官  衣 斐  瑞 穂

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最終更新:2006年03月06日 17:43
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