hanrei @Wiki H18. 1.27 高松高等裁判所 平成17年(ネ)第185号 損害賠償請求控訴事件



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認可外保育施設である小鳩幼児園において,同園園長の虐待により長男が死亡したことから,同園園長の別件の傷害事件について,香川県が,適切な対応をなしていれば,上記死亡結果が回避できたのにこれを懈怠したとして,香川県に対し,国家賠償法に基づく請求,及び,司法解剖に際し,長男の死体検案書に「乳幼児急死症候群」の疑いなどと安易な記載をしたことによって捜査を遅滞させるなどしたため,死体検案書を作成した司法解剖医に対し債務不履行等に基づく請求の,損害賠償請求控訴審判決(1審は,香川県に対する請求を一部認容し,司法解剖医に対する請求を棄却したことから,香川県が敗訴部分につき,長男の両親が司法解剖医に対する請求につき,それぞれ控訴した。)


平成18年1月27日判決言渡
平成17年(ネ)第185号 損害賠償請求控訴事件(原審・高松地方裁判所平成14年(ワ)第364号)
口頭弁論終結日 平成17年11月29日
                        判         決
    高松市a町b c番地d
        控訴人兼被控訴人(1審原告)   A
                                       (以下「1審原告A」という。)
    高松市a町b c番地d
        控訴人兼被控訴人(1審原告)         B
                                        (以下「1審原告B」という。)
        上記両名訴訟代理人弁護士     高 見 澤   昭   治
   高松市番町e丁目f番g号 
        控訴人(1審被告)        香川県
                                        (以下「1審被告県」という。)
        同代表者知事          D1
        上記訴訟代理人弁護士       田   代       健
     上記指定代理人                D2
        同                                     D3
        同                      D4
        同                      D5
   高松市h町i番地j
        被控訴人(1審被告)             F
                                       (以下「1審被告F」という。)
        上記訴訟代理人弁護士       川崎達夫 
                        主         文
    1 1審被告県の控訴を棄却する。
      2 1審原告らの控訴(当審における新請求を含む。)を棄却する。
    3 控訴費用は,1審原告らと1審被告県との間においては,1審被告県の負担とし,1審原告らと1審被告Fとの間においては,1審原告らの負担とする。
                        事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 1審原告ら
  (1) 原判決中,1審被告F関係部分を取り消す。
  (2) 1審被告Fは,1審原告らに対し,それぞれ金120万円及びこれに対する平成14年2月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 1審被告県
  (1) 原判決中,1審被告県の敗訴部分を取り消す。
  (2) 上記部分に係る1審原告らの請求を棄却する。
第2 事案の概要等
 1 原判決の補正と引用
   次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中,「第2 事案の概要等」記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,1審被告G(以下「G」という。)に関する部分を除く。)。
  (1) 原判決3頁15行目末尾の次に,改行の上,次のとおり加える。
  「 原判決は,1審原告らの1審被告県に対する請求を,1審原告らそれぞれに対し,3184万9394円及びこれに対する平成14年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容し,1審被告Fに対する請求を棄却した。
    1審被告県は同被告の敗訴部分,1審原告らは1審被告F関係部分を不服として控訴した。
    1審原告らは,当審において,1審被告Fに対し,主位的に,債務不履行に基づく請求を新請求として追加し,不法行為に基づく請求を予備的請求とした。」
  (2) 原判決6頁10行目「子育て支援課の」の次に,「主査である」を加える。
  (3) 原判決10頁3行目「職員」の次に,「(副主幹)」を加える。
  (4) 原判決10頁6行目,10行目,11行目,15行目,16行目,19行目に「H1」とあるのを,それぞれ「J」と改める。
  (5) 原判決11頁末行目「強く指導し,」の次に,「文書で改善指導し,報告を求める旨指示した。Gは,「今後はこういうことのないよう気を付けます。」と約束した。Jらは,」を加える。
  (6) 原判決13頁11行目「午後1時30分ころ」の次に,「から同2時ころにかけて」を加える。
  (7) 原判決14頁4行目「3日間である」の次に,「(乙ロ28)」を加える。
  (8) 原判決14頁9行目末尾の次に,改行の上,次のとおり加える。
 「 カ Kの退園後,Gの加害行為がC以外の園児に向けられたことを認めるに足りる証拠はない。」
  (9) 原判決16頁17行目「同日」とあるのを,「同月18日」と改める。
  (10) 原判決16頁24行目「乙ロ25」の次に,「ないし27」を加える。
  (11) 原判決18頁9行目「負わせたものである」の次に,「(Gによる上記加害行為を「本件加害行為」という。)」を加える。
  (12) 原判決25頁11行目「児童の福祉のため」から同頁13行目「することができる」までを,「児童福祉審議会の意見を聴き,事業停止又は施設閉鎖を命じることができる」と,同頁13行目「同法」とあるのを,「平成13年法律第135号による改正(平成14年10月1日施行)前の同法」と,それぞれ改める。
  (13) 原判決29頁23行目「司法解剖」を「死体検案」と改める。
  (14) 原判決30頁3行目「外因死」とあるのを,「不詳検索中」と改め,同頁5行目「「11 その他及び不詳の外因死」又は少なくとも」とあるのを削除する。
 2 当事者の当審における主張
  (1) 1審原告らの主張
   ア 1審被告県関係
    (ア) 保育施設における虐待の防止について
        児童福祉法2条の趣旨は,国及び地方公共団体の責任について規定したものであり,児童の保護者の責任を定めたものではない。「児童の保護者とともに」との言葉があることをとらえて,行政の責任を保護者に転嫁することはできない。
      本件では,Cに異常が生じ,それがGの虐待によるものと1審原告らが認識する以前に,児童が虐待で殺されてしまったものであり,行政への通報や保育施設への委託停止を,1審原告らに求めるのは現実的でない。
     (イ) 事業の停止又は施設の閉鎖について
      1審被告県は,小鳩幼児園の事業の継続やそこでの雇用の確保といったことを配慮することが大切と考えて,規制権限の行使をためらった結果,死亡事件を発生させたというのが実態である。
      人の生命・身体の安全こそが最優先に考えるべき法益であり,とりわけ本件のような乳幼児への虐待といった重大な法益侵害の危険性が存在するときには,行政には,何よりもこれを優先して確保する法的責任がある。
    (ウ) 本件指針等について
          平成13年3月29日付けで,厚生労働省雇用均等・児童家庭局長から,「認可外保育施設指導監督指針」及び「指導監督基準」(本件指針等)が各都道府県知事ら宛てに通知され,そこには,本件立入調査前である平成13年4月1日から施行することが明記されている。
      そして,「問題を有すると認められる場合の指導」として,改善勧告や「事業停止又は施設閉鎖命令」について細かく規定し,「緊急時の手続の特例」として,「事業停止又は施設閉鎖命令の対象となることが明らかであって,児童の福祉を確保すべき緊急の必要性があるときは,改善指導,改善勧告,弁明の機会の付与,児童福祉審議会からの意見聴取の手続を経ることなく,事業停止又は施設閉鎖を命じることができる。」とされている。
      認可外保育施設については,昭和56年に児童福祉法が改正され,行政庁が必要な報告を求めたり,立入調査できる旨が規定されたが,その後も無認可保育施設での問題が度々発生し,特に平成12年6月には,大和市の無認可保育施設「スマイルマム大和ルーム」での園長による「せっかん死」事件が社会問題化したことから,緊急に各都道府県知事ら宛てに局長通知という方法がとられたのである。
      保育行政に携わる職員であるならば,そうした事件に関心を持ち,厚生労働省からの通知について,その内容及び緊急性・必要性を熟知していたことは当然である。
      1審被告県は,本件指針等を単なる望ましい姿というような捉え方で,真摯に受け止めなかったことを自白したに等しい。
     (エ) 虐待の危険が切迫していることの認識について
      加害者の心身の状況や周辺の事情も問題ではあるが,本件で最も重要なのは,加害者であるGの性癖,特に虐待の常習性,加害行為(虐待)の手段・方法及び虐待の対象が誰に向けられていたかである。
          Gが小鳩幼児園で行っていたことは,感情のおもむくままに,小さな乳幼児の身体に対し,太鼓のバチやパイプ椅子などの用具を用いて,手加減を加えることなく,すさまじい暴行を加えるというものであり,Gは,そうして連続的常習的虐待を行うという性癖を持っていたのである。
          そうしたGの性癖やそれまでのやり方からすれば,Kが退園した後,同児の代わりに預けられていた他の乳幼児に対して,それまでと同じような常軌を逸した虐待が,いつ,どの児に加えられても決しておかしくない状況にあったというのが実態であった。
          元園児や保護者らの各供述調書を検討すれば,明確な時期はともかく,それぞれがかなり長期にわたるGの園児らに対する度重なる虐待の事実を克明に語っており,しかもそれがほぼ間断なく行われていることが分かる。
      Gの園児に対する虐待の事実は,G本人の供述調書でもリアルに述べられている。そこには,「幼児の数が急激に減り,最近では,4~5名の園児しかおらず,経営難にも陥り心身ともに疲れ切っていたのです。」ということを認め,「こうした中で次第に私の体罰がエスカレートしていき,今回のKちゃんの事件になったのです。」ということを自白している。
      本件事件は,たまたま死の結果をもたらしたという以外は,それまでGが園児らに加えた暴行の内容や程度とほとんど同じである。
     (オ) GによるK以外の園児に対する虐待の認識義務について
          1審被告県(子育て支援課)が,本件立入調査前にGの加害行為について得ていた情報がKに関するものだけであったとしても,長期にわたる太鼓のバチなどを使うなどの常軌を逸した虐待の手口やそれによって被った傷害の程度からすれば,子育て支援課のJらは,Gがまさに傷害罪に該当する行為を繰り返していたことが認識できたのであるから,残された他の園児への危険を予見でき,又は少なくとも予見可能性は十分にあった。
  しかも,Jらが得たGの園児らに対する虐待の情報は,KとNに関するものだけではなかった。Jらは,平成13年11月6日の電話での会話において情報を得ており,しかも同月14日には,P宅において,Nにも出会い,同人から,具体的に同人に対するGの虐待の内容と他の園児への虐待について詳しく聞いて危険が切迫していることを認識していた。
      (カ) 本件立入調査におけるGの言動について
          本件立入調査は,1審被告県(子育て支援課)が,長年にわたって虐待を受け,太鼓のバチで殴打されて傷害を負わされて退園したばかりのKからの申告を受け,診断書も提出させて行ったものである。それにもかかわらず,園児らに対する危険の切迫性よりも,長年保育等に携わってきた実績を持つ保育士という点を慮ってその弁解を鵜呑みにして,事業の停止又は施設の閉鎖を命じなかったことは,国民の期待に反し,著しく合理性を欠く。
      Pらの情報に加え,1審被告県は,立入調査によって,60人の定員の園でありながら,わずかに3~4人の園児しか存在しないとの事実を目の当たりにしているのであるから,保護者らが小鳩幼児園に児童を入れない原因として,虐待が繰り返されている可能性が高いと容易に認識できたはずである。
      乳幼児の安全を確保することが最重要な任務である子育て支援課の職員としては,Gを長年保育等に携わってきた実績を持つ保育士としてではなく,むしろ長年にわたる虐待を繰り返してきた,まさに「虐待行為者」ではないかという疑念を持ち,Gに対してそのことを厳しく問い質し,同人が2度と虐待行為を行えないよう,行政として与えられた権限を適切に行使すべきであった。
      Gが体罰とかしつけの一環だとして,その一部を認め,「今後こういうことのないよう気をつける」といったからといって,それを反省ととらえ,他の児童に虐待を絶対しないという改善を期待することは,乳幼児の安全を確保することが最重要の責務である子育て支援課の職員としては,あまりにも楽観的すぎる。
      ましてや,Gは,立入調査をした1審被告県(子育て支援課)の職員に対し,K以外の園児に対しては虐待を加えた事実はないと否認し,職員に対して不満を漏らしたというのである。そうであれば,PやNから聞いた事実との違いから,Gが真摯に反省しているどころか,他の園児に虐待を繰り返す危険性を予見して,さらに厳しく問い質すか,直ちに業務停止命令又は施設閉鎖命令を発すべきであった。
      (キ) Gによる園児への処遇の実態を把握すべき義務について
      1審被告県は,小鳩幼児園に在園し又は以前に在園していた園児の保護者らからの具体的事情聴取について,なんら実施しておらず,検討すらしたこともないのに,現実の行政組織の実態に照らして実施可能か否か,実施したとして,どこまで真実に沿う事実を把握できるのか,保育施設の側の正当な利益を損なうおそれはないのかなどと述べ,自らの無為無策を正当化しようとしている。1審被告県には,人の生命・健康の安全を護ることが最優先であるという行政に課せられた基本的姿勢が欠けている。
      (ク) Gによる虐待の予見可能性等について
      Kに対する虐待は,まさに死亡の結果をもたらし得るような苛烈な虐待というべきものであり,1審被告県がGのKに対する加害行為程度の加害行為を予見できれば,その結果,死亡することもあり得ることを予見し得た。
      被侵害利益が生命・身体・健康のように重大なものについて,行政の不作為が問われた場合には,その安全性が脅かされることについて予見可能性があれば,規制権限を行使すべきである。
    (ケ) 過失相殺について
          1審被告県は,原審では,過失相殺は主張しないと言明しておきながら,当審において新たに過失相殺の主張をした。これは禁反言の原則に反するものである。
      子供を保育園に通園させる親としては,最愛の子供を全面的に委ねるのであるから,保育士やそのスタッフを信頼し,子供が愛情をもって保育されると心から信じられる場合にはじめて子供を預けるのであって,いじめや虐待などを加えられることについて少しでも不信感や疑念をもったら,決してそこに預けることはない。
      1審原告Bは,Cを小鳩幼児園に預けるようになった後,Cのけがに気付いたが,そのような場合でも,信頼しているGの虐待を疑うまでに至らず,平成14年2月18日夜にはじめてGによる虐待の可能性について疑念をもったが,Gのような保育を専門にしている年配の女性が,まさか1歳2か月の幼児に対して虐待など加えるはずはないと最後まで信頼していたのが実態であった。
      何も知らされていない1審原告らに,GのCに対する加害行為に気付き,行政(警察を含む。)に対する通報をしたり,通園を止めたりすることを期待することはできない。 
   イ 1審被告F関係
    (ア) 債務不履行責任(主位的請求,当審における新請求)
     ①  死体を検案した医師は,遺族らに対して,死体検案書を作成し,交付する義務がある(医師法19条2項,20条)。
  医師は,医療を受ける者に対し,良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない(医療法1条の4)とされており,死体を検案した医師は,客観的な事実に基づいて良質かつ適切な死体検案書を作成するよう努めなければならず,検案に基づいて客観的(余計な配慮を加えない)かつ真実(虚偽でない)死体検案書を作成する義務がある。
       死体検案は,変死体を扱った警察や病院からの情報で行われることもあるが,多くは自宅で突然に亡くなった者の遺族からの依頼でなされる。本件のように死体検案の対象である遺体について遺族がはっきりしている場合は,死体検案書の作成についてはもとより,死体検案も法的には遺族からの依頼で行われると解すべきである。
  そして,医師が,虚偽の死体検案書を作成した場合はもとより,非科学的かつ不適切な死体検案書を作成して交付した場合には,給付された目的物に瑕疵があることになり,当該医師の責めに帰すべき事由に基づき,違法である以上,不完全履行として遺族に生じさせた損害を賠償する義務がある。
  ② 1審被告Fは,本件死体検案書の「死亡の原因」欄に直接死因として,「不詳検索中」,「死因の種類」欄に「12 不詳の死」と記載すべきであった。
       ところが,1審被告Fは,「死亡の原因」欄に直接死因として,「乳幼児急死症候群の疑い」,「死因の種類」欄に「1 病死及び自然死の疑い」と記載し,これを1審原告らに交付した。
  ③ 生後1年2か月の幼児に存在する損傷を見れば,何らかの外力が加えられた可能性が高いと考えるのが相当であり,「病死及び自然死」は,絶対に選択すべきではなかった。上記記載は,外因死の可能性を排除するものであり,客観的事実に反し,非科学的かつ不適切なものである。
     ④ 本件死体検案書により,1審原告らは,以下のとおり,耐え難い精神的・肉体的苦痛を被った。
  (ⅰ)遺族は,死亡した者の死因原因や死亡時間について,死亡診断書や死体検案書によって,客観的で正確な情報が与えられる権利利益を有する。
        1審原告らは,1審被告Fが本件死体検案書に非科学的かつ不適切な記載をすることによって,外因死の可能性はないというあまりにも実態と合わない情報を与えられ,これが平成14年6月6日に訂正されるまで107日間,絶望的ともいえる精神的苦痛を被った。
  (ⅱ)犯罪被害者は,司法手続きによって犯罪者を適正に処罰することを求めることが制度的に保障されており,そのために警察が適正かつ迅速に捜査を遂げ,犯人をできるだけ早く逮捕することを要求する権利を有する。
        1審原告らは,いったんは殺人罪で立件した高松南署の担当者から,1審被告Fによって本件死体検案書が作成された以降は,「病気では事件にできない」,「運命だと思ってあきらめろ」と冷たくあしらわれ,やむなく弁護士に依頼し,平成13年3月29日,Gを殺人罪で告訴するまで38日間,絶望の余り自殺を考える程の精神的苦痛を味わった。
     (ⅲ)告訴を受けて捜査が再開されたものの,その間に証拠物がGによって隠蔽されたため,高松南署の担当者から,捜査が困難になり手間取っていると聞かされ,やきもきさせられるなどの精神的苦痛を被った。
     (ⅳ)1審原告らは,本件死体検案書を使ってCについて死亡届を行い,それに基づいて戸籍が作成された。
        ところが,本件死体検案書が虚偽であったことから,1審被告Fは,3か月半も過ぎてから,新たな死体検案書を作成し,そのために1審原告らは,家庭裁判所に戸籍訂正の許可申請を申立て,役場に戸籍事項変更の申立てを行うことを余儀なくされ,腹立たしい思いをしながら,不慣れなことをしたことによる精神的苦痛を被った。
     ⑤ 本件死体検案書の客観的真実に反した,あるいは悪質かつ不適切な記載によって,1審原告らは,上記の損害を被った。
  本件死体検案書は,1審被告Fによって作成された後,高松南署の本件事件担当者に渡され,その後に1審原告らに交付されたが,その過程で,高松南署の担当者が本件死体検案書の内容を見て,Cの死亡の原因として「乳幼児急死症候群の疑い」と記載され,死亡の種類として,外因死でなく,「病死及び自然死」が選択されていたから,事件ではないと判断し,捜査を打ち切った。
       死体検案書は,専門の医師による判断であって,交付の対象は遺族であっても,異常死体を前にした警察官としては,事件として捜査すべきかどうか強い関心を持って見るのは当然であり,1審被告Fは,そのことを当然に予期して,本件死体検案書を渡したものである。
       高松南署の担当者が,本件死体検案書の所定欄に,たとえ「疑い」と記載されていようと,「外因死」の可能性を排除した内容である以上,事件性がないと判断するのは当然である。なお,1審被告Fが立会捜査官に捜査を続けるようなことをいったとは考えられない。
  1審被告Fの上記行為によって,高松南署が捜査を中止し,その結果,1審原告らが損害を被った以上,その損害と1審被告Fの行為との間には,相当因果関係がある。
     (イ) 不法行為責任(予備的請求)
        ①  医師として死体検案書を作成する者は,専門的知見を十分用いて検案し,死体検案書には,客観的事実に基づいて,その時点での医師としての判断をできるだけ正確に記載する注意義務があり,医学的な判断以外の主観的な配慮や,客観的な事実から推認される死亡原因についての可能性を排除する記載をしてはならない。
     ② 1審被告Fの作成した本件死体検案書がいかに客観的な事実に反し,悪質かつ不適切で,著しく不合理であるかは,上記(ア)のとおりである。
     ③ 1審被告Fは,本件死体検案書に「乳幼児急死症候群の疑い」と記載した第1の理由として,「外因死であるというような死因を書くと,Cの周囲にいた人,例えばCの家族や保育士等による虐待や同じ園にいる園児との喧嘩などが十分な証拠もなく疑われる結果となり,えん罪をつくるおそれさえあった」ことを挙げる。客観的な事実に基づいて科学的な判断を記載すべき死体検案書の作成にあたって,このような捜査機関を牽制するような余計な配慮をすることは許されない。
       1審被告Fは,第2の理由として,「遺族に納得させるため」ということを挙げるが,死体検案書には客観的・科学的所見を記載しなければならず,遺族感情を配慮するようなことはしてはならない。
    ④ 1審被告Fは,本件死体検案書を一定の意図・目的の下に,客観的事実と専門家の科学的な所見をまげて作成したものであるが,仮にこれが故意でないとしても,過失責任を免れない。
     ⑤ 1審原告らは,1審被告Fの上記行為により,(ⅰ)客観的かつ真実に即した死体検案書の作成・交付によって親族の死についての正しい情報を与えられる権利利益,(ⅱ)虚偽ないし非科学的かつ不適切な死体検案書によって,わが子の殺害事件についての捜査を不当に妨害されない権利,(ⅲ)客観的かつ真実に即した死体検案書の作成・交付によって,死亡届や戸籍の記載が適切になされ,訂正手続等余計なことをしなくて済む権利利益を侵害された。
  (2) 1審被告県の主張
    ア 保育施設における虐待の防止
     1審被告県が,「児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」(児童福祉法2条)ことは間違いないが,それは「児童の保護者とともに」(同条)であることを忘れてはならない。
     保育施設においては,保護者が児童の味方として,日々児童の様子・状態を観察しており,児童に何らかの異常が生じれば,まず保護者がこれを発見し,行政(警察を含む。)に対する通報,保育施設への委託停止等必要な対応をすると期待できる。
     保育施設における虐待の防止は,行政と保護者とがともに協力して対応するのが本来の姿であり,保護者を差し置いて行政(都道府県知事)が虐待者を征伐するという発想は現実的でない。
    イ 事業の停止又は施設の閉鎖
     認可外保育施設は,平成13年度に都道府県が把握しているもので,施設数6111,保育児童数約16万9000人であり,施設数及び保育児童数ともに増加傾向にある。
     認可外保育施設は,市場において自然発生的に提供されるようになった私的サービス業である。しかも認可保育所では,カバーしきれない機能(乳児保育,夜間保育等)を果たしてきたものであって,保育に欠ける乳児又は幼児の福祉に多大な貢献をしてきた。認可外であるからといって,不法ないし違法な存在と誤解してはならない。
        また,認可外保育施設は,市場における私的サービス業ではあるが,業務の困難性や利益性の低さなどから,必ずしも十分な供給を期待できる状況にない。
     さらに,認可外保育施設は,多数の保育従事者の生計を支えているのであって,これら保育従事者の存在も忘れてはならない。
     認可外保育施設における児童の死亡者数は,事件・事故を問わず,毎年ほぼ10人未満であり,死亡率(対10万人当たり0.7~6.7)は,著しく低い。
        以上のように,認可外保育施設は,適法かつ有用な存在であり,その長所を生かしながら育成していくべきものであって,性急に事業の停止又は施設の閉鎖を進めてしまうと,17~18万人にも及ぶ乳幼児とその保護者や多数の保育従事者の利益を損ない,社会の要請に反する。
     実際にも,認可外保育施設に対して,事業の停止又は施設の閉鎖命令が出たのは,平成12年12月26日のスマイルマム大和ルームに対する施設の閉鎖命令が1件あるのみである。
  ウ 本件指針等
     本件指針等は,平成13年4月1日から施行されており,それ以前の指導基準は,基本的に10人以上を入所させる無認可保育施設を対象としていた。いわば,平成13年度は,認可外保育施設の実態を把握し,適正な指導監督を行う方向に向けて動き出した時期であった。したがって,本件指針等は,認可外保育施設について,当時の行政の実情を明文化したというより,むしろ行政のあり方(望ましい姿)を提示したといっていいものであった。
  エ 虐待の危険が切迫していることの認識
     一般に,特定の人が,他人に対して加害行為(虐待)に及ぶのは,加害者の心身の状況,被害者の対応,周辺の事情等,様々な要因によって生じるのであり,計画的犯行でもない限り,一定の条件が整うに従って加害行為(虐待)の危険が高まっていき,ついには爆発するというものではない。したがって,第三者が加害行為(虐待)の危険の切迫を認識するのは,通常不可能である。
     Gの園児に対する虐待行為の実態は,必ずしも明らかでないが,捜査の結果得られた各供述調書によれば,相当厳しい状況であったことが窺われる。
     しかしながら,上記各供述調書の暴行の時期や頻度は明らかではなく,暴行の頻度が徐々に増える傾向にあったとの根拠は見出し難い。また,暴行の態様も,危険度が高くなったというよりも,Gの状況,被害者の対応,周辺の事情等により異なっていたといえる。さらに,Gが経営難に直面したからといって,虐待行為の危険が急迫したというのは余りにも短絡的である。
     Gの加害行為について,平成13年11月5日のPからの通報に至るまで,行政(警察を含む。)に対する申告や被害の訴えがあった形跡はない。
        本件事件前の虐待(加害行為)と,本件加害行為とは,その苛烈性・危険性において,隔絶の差がある。同質の暴行が続いて本件加害行為に至ったというより,Gが本件事件当日,急激に逆上して死亡原因となった暴行を加えたというべきである。本件加害行為は,突発的な激情型の暴行であり,それより前の暴行とは質的に異なる。
     本件事件に至るまでのGの一連の暴行は,基本的に捜査の結果,明るみに出たものであり,1審被告県(子育て支援課)においては,知ることのできなかった情報である。
     そして,平成13年11月ころから平成14年2月にかけての時期に,Gの在園児に対する加害行為(虐待)は,K及びCに対するもの以外には,全く行われた形跡がない。
   オ GによるK以外の園児に対する虐待の認識義務
     1審被告県(子育て支援課)が,本件立入調査前にGの加害行為について得ていた情報は,Kに関するものだけであった。
        Gによる長年にわたる多数の園児に対する虐待が存在していたとしても,1審被告県(子育て支援課)においては,Kに関する情報を除いては全く知らなかった。
     また,Q及びKに対するGの暴力の事実を聴取した平成13年11月14日においては,Kは既に小鳩幼児園を退園していた。
     さらに,同月20日,Q側からは,小鳩幼児園の立入調査に当たって名前は出さないで欲しい,警察への被害届も出さない,という極めて消極的な対応が示されていた。
     GのNに対する加害行為については,同人は,平成13年当時既に中学生であり,小鳩幼児園に通園していた時代からは相当年数が経過しており,Gの加害行為も,「ごはんを食べるのが遅かったらたたいたり,トイレに閉じ込めた。また,走っていてこけたら,怒ったりした。」という内容であった。
     Pの情報についても,Kに関するもの以外は,漠然とした噂程度のものである。  
     本件事件が発生した後に考えれば,更なる調査が望ましかったのかも知れないが,本件事件の発生など思い及ばない時点で,K以外の園児への虐待の認識義務を課するのは,難きを強いるものである。
   カ 本件立入調査におけるGの言動
    本件立入調査当時,1審被告県(子育て支援課)の職員にとって,Gは,長年保育等に携わってきた実績を持つ保育士であり,また,GについてPらの情報以外には虐待情報はなかった。したがって,この段階で,1審被告県(子育て支援課)の職員が,Gを虐待行為者と決めつけて,Gに対し,虐待行為の事実につき自白を求めるような態度をとるべきであったとはいえない。
     1審被告県(子育て支援課)の職員には,犯罪捜査における捜査権限と同様な権限は認められていないのであるから(児童福祉法59条2項),Gの虐待行為の否認を覆すことを1審被告県(子育て支援課)に求めることは無理である。
     Gは,本件立入調査において,1審被告県(子育て支援課)の職員に対し,Kに対して体罰を行ったことは認めていた。具体的かつ詳細な内容についての供述は得られなかったが,これは,「通常の指導監督」(本件指針の第二)としての第1回目の立入調査でもあり,1審被告県(子育て支援課)の職員の供述を求める権限の限界を考えれば,やむを得なかった。
     そうすると,GがKに対する体罰を認めた上で,今後はこういうことのないよう気をつける旨の約束をした以上,1審被告県(子育て支援課)が,Gについて反省・改善の余地を期待するのは当然のことである。
   キ Gによる園児への処遇の実態を把握すべき義務
     Gの園児に対する加害行為につき,1審被告県が得ていた情報は,本件立入調査の前後を通じ,Kに関するもの以外は,P及びNに関するものだけであった。P及びNに関する情報は,必ずしも現実性・具体性を備えていたわけではなく,Kに関する情報は,Kが既に小鳩幼児園を退園している以上,将来のおそれはなかった。
     上記状況を考えると,Kに対する虐待の通報がなされた当時,小鳩幼児園は現実に保育施設として相当期間存続しており,一定の保育需要に応じていたのであるから,行政に対する苦情,通報のない中で,1審被告県(子育て支援課)において,小鳩幼児園に在園し又は以前に在園していた園児の保護者,小鳩幼児園の元職員,香川町立保育所等他の保育施設の関係者,近隣住民等,小鳩幼児園についての情報を得られる可能性のある者からの事情を広く聴取義務が生じるとは考えられない。これを実施するとすれば,現実の行政組織の実態に照らして実施可能か否か,実施したとして,どこまで真実に沿う事実を把握できるのか,保育施設の側の正当な利益を損なうおそれはないのか,といった問題を無視できない。
     本件二度目の立入調査に至るまで,Gの園児に対する具体的な加害行為の情報は,Kに関するものに限られており,Kは,本件立入調査前に退園していた。
     そのような状態の中で,1審被告県(子育て支援課)の職員に園児の衣服を一部でも脱がせるなどして確認することや,午睡中の園児についてその園児に触れること,外見から一瞥できる身体部分のみならず,衣類で覆われている身体部分についても,ある程度の確認を行うこととかをすべき義務が生じるとは考えられない。少なくとも,在園児について,保護者又はそれに準ずる立場の人からの訴えがあるなど特段の事情のない限り,児童とはいえ,衣服を脱がせたり,触ったりすることが公務員に許されるはずはない。 
    ク Gによる虐待の予見可能性
     本件事件において,1審被告県の予見可能性を判断するには,少なくとも,死亡の結果をもたらし得るような苛烈な虐待を対象とすべきであり,Gの園児に対する苛烈な虐待を予見することは何人にもできなかった。
     仮に,1審被告県(子育て支援課)の行政権限の行使に関し,何らかの過失があるとしても,本件事件に至るまで,1審被告県(子育て支援課)に予見可能であったのは,GのKに対する加害行為を限度とする程度の加害行為にとどまる。したがって,上記過失とCの死亡との間に,相当因果関係があるということはできない。
    ケ 過失相殺(当審における新主張)
     1審原告らは,Cの保護者として,Gの虐待に気付くことが可能であり,そうすれば,行政(警察を含む。)に対して通報することも,小鳩幼児園の通園を見合わすことも,十分可能であった。したがって,1審原告らにおいて本件事件を自力で回避できたはずである。
     仮に,1審被告県(子育て支援課)に何らかの損害賠償責任があるとしても,1審原告らにおいても,GのCに対する加害行為に気付いており,又は少なくとも気付くことが可能であったのに,行政(警察を含む。)に対する通報もせず,小鳩幼児園にCを通園させるのを止めようとしなかった。これは,被害者側の過失として斟酌されるべきである。
  (3) 1審被告Fの主張
    ア 債務不履行責任について
      本件死体検案は,1審被告Fが,1審原告らの依頼を受けて行ったものではなく,高松南署から司法解剖を委嘱され,その一環として行ったものである。したがって,本件死体検案について,1審原告らと1審被告Fは契約関係にはなく,債務不履行責任は生じない。
        死体検案をした医師の死体検案書作成・交付義務(医師法19条2項)は,医師法上の義務であり,1審原告らからの求めにより,1審被告Fが本件死体検案書を交付していたとしても,医師法上の義務を履行したにすぎず,債務不履行責任が生ずる余地はない。
    イ 不法行為責任について
     (ア) 解剖をしない死体検案だけで「SIDSの疑い」,「病死の疑い」と記載した場合には,ほぼ死因を特定したことになるが,解剖をした場合には,解剖に際し,血液を含めた組織や脳等を採取保存しており,以後の検査が可能である。したがって,解剖直後に作成した死体検案書の上記記載は,あくまで疑いであり,他の死因も考慮していることを含んでいる。そして,本件においては,1審被告Fは,死体検案書の「その他特に付言すべきことがら」の項に,「剖検結果により死因を明確に特定できず,各種検査により決定予定」と記載し,その後の検査により外因死等を含めて死因が変更される可能性を明らかにしているのであるから,誤りはない。
    (イ) 司法解剖では,死因の特定が重要であり,事件性の有無の判断が求められている。容易にその判断ができる場合がほとんどであるが,本件のような死因の特定が困難な場合には,警察の捜査結果を参考として,死因を特定する必要もあり,捜査能力の差異により,早急に解決されることもあるが,長期に及ぶことも少なくない。司法解剖では,最後の結論は鑑定書であり,そこで事件死を病死と判断した場合には鑑定人として責任を問われるのは当然であるが,死体検案書は,解剖直後に作成される書類であり,不適切な記載も生じ得るが,本件において,1審被告Fは,病死と断定した記載をしている訳ではなく,過失責任はない。
   (ウ) 平成17年4月18日に厚生労働省研究班は,「SIDSに関するガイドライン」(乙ハ4。以下「本件ガイドライン」という。)を公表したが,その前文では,「これまで,我が国では本疾患に対する認識が浅く,解剖率が必ずしも高くないことから,厚生省研究班(現厚生労働省研究班)は,昭和57年に「広義と狭義の定義」を作成して疾患の認識の普及に努めた。平成8年の報告では,解剖されなかった例には,「SIDSの疑い」という定義を用いてきた。しかし,平成7年からICD-10(国際死因分類の第10回改訂版)の採用により,SIDSが独立して統計処理されるようになって,人工動態統計の0歳の死因順位では3位に掲載されるようになり,疾患の重要性が認識されるようになった。この間,我が国では,SIDS,窒息,虐待の診断を巡る混乱が生じ,社会的混乱を招くところとなり,平成14年来の研究班では,国際的に討議されつつある定義も参照して,我が国におけるSIDSに関するガイドラインを作成することになった。」と述べられている。そして,診断に際しての留意事項において,「SIDSの診断は剖検に基づいて行い,解剖がなされない場合及び死亡状況の調査が実施
されない場合は,死因の分類が不可能であり,したがって,死亡診断書(死体検案書)の分類上は,「12 不詳」とする。」とされた。
      要するに,SIDSを巡っては,近年学会等で論争が続いているが,死因について解剖されなかった例において,平成8年ころには「SIDSの疑い」という分類も用いられていたが,平成17年4月18日の本件ガイドラインにおいて,かかる場合は,「不詳」に分類すべきとされたのである。
      本件は司法解剖であり,1審被告Fが作成した本件死体検案書は,死因について最終判断をしたものではなく,中間報告として仮説的判断をしたものであり,本件ガイドラインを直ちに当てはめることはできない。仮に当てはまるとしても,本件は,平成14年2月の出来事であり,その当時は,かかる場合の死因の記載方法に定説はなく,「SIDSの疑い」も用いられていたのであり,1審被告Fが法的責任を問われる余地はない。
    (エ) 本件ガイドラインでは,「SIDSは除外診断ではなく,一つの疾患単位である」と記載され,疾患名であれば,「SIDSの疑い」との記載も十分あり得る。
    (オ) 1審原告らの主張するように,死亡の原因を「不詳」ないし「不詳検索中」,死因の種類を「不詳の死」と記載したとしても,解剖時に死因が特定できていないことに変わりはない。捜査機関の捜査は任意で行われるであろうから,事件の真相の解明には相当の日数を要したと思われ,場合によっては,1審被告Fにおいて死因を特定した時点で,強制捜査が着手された可能性も高い。
      1審被告Fは,解剖直後に捜査機関に外因死の可能性もあることを説明しているし,また,捜査方針については,捜査機関が独自に判断するものであるから,1審被告Fの行為と,捜査の進展状況に関する1審原告らの不満との間に相当因果関係はない。
第3 当裁判所の判断
 1 1審被告県の責任1-高松南署の警察権限の不行使の違法について
  (1)ア 警察は,国の一般統治権に基づき,公共の安全,危険の防止と秩序の維持などを直接の目的として,国民に命令してその自由を拘束し,必要ある場合,実力をもってこれを強制する権力作用であると解される。
     また,警察法2条1項は,「警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもってその責務とする。」と定め,警察官が具体的に任務を遂行するために採るべき警察手段の一般的根拠を規定している。
   イ そして,警察権限は,公共の安全,危険の防止と秩序の維持などを目的としており,その行使にあたっては,現実の社会に生起する多種多様な危険・障害に対して迅速かつ適正にされなければならず,その権限の発動要件を網羅的に規定することは,ことの性質上,不可能であって,警察行政機関にある程度包括的な裁量を与えるもやむを得ないところであると解される。
     他方,警察権限は,国民の自由を著しく制約する場面を予定するものであるから,一面においては,その行使には格別に慎重な配慮を必要とするものであり,そのため,当該権限行使は,一般に,その事前又は事後において,厳格な司法機関によるチェックが予定されているものと解される。
   ウ 以上の点を踏まえ,警察権限の不行使が違法となるか否かについては,犯罪等の加害行為の危険の切迫性,警察官においてその危険が切迫していることを知り又は知り得たかどうか,警察権限を行使することによって加害行為発生を回避し得たかどうか等の観点から,警察権限の不行使が著しく不合理と考えられる場合には,その不作為は違法と評価するのが相当である。
  (2) 具体的に認められる事実
    前提事実,証拠(証人R,証人P,該当箇所に掲記した証拠)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
   ア Gの園児への虐待の実態(甲61ないし甲64,甲86,甲87)
    (ア) Gは,昭和41年ころに勤務していた大阪府高槻市にある虚弱児施設において,おねしょのひどい子に対しその子の尻を叩くなどの体罰を加えるようになり,同施設の先輩にあたる職員の中にも同様の指導を行っていた者がいたなどのことから,指導の方法として,平手や拳で子どもの尻や背中,頭,顔を叩く,ものさしで頭を叩く,ろうそくのろうを尻にたらす,ほうきで尻を叩く等の暴行を加えるようになった。
    (イ) Gは,昭和52年4月1日から,高松市内にあるS保育園に主任保母として勤務するようになったが,昭和57,8年ころ,同園の4,5歳児らで構成されるピアニカ鼓隊(マーチングバンド)の発表会に向けた練習の指導において,他の保母が園児を叩いて指導し演奏を上達させるのを見るなどして,厳しく指導するあまり,園児らに対し手を出すようになった。
      その後,Gは,運動会の練習などの際にも,同様に体罰をもって指導をするようになり,暴力への抵抗感を持たなくなり,むしろ逆に体罰によって厳しくしつけを行うことがその子のためであるという考えがGにおける教育方針として定着していった。
    (ウ) Gは,昭和64年1月,小鳩幼児園を開園してからは,多いときには約70名もの園児を抱えるなど,順調に園を経営していたこともあったが,何かにつけて園児に対し暴行を行うため,保護者とのトラブルも増え,徐々に園児が減っていった。また,Gは,被雇用者である保母に対しても,感情を露わにして,怒鳴ったり,嫌がらせをしたため,保母も,被告Gの行為に耐えられず辞めていった。
      ちなみに,小鳩幼児園の卒園者数,雇用労務者数は次のとおりである。a 卒園者(甲68)
       平成2年度(平成3年3月)7名,平成3年度(平成4年3月)11名,平成4年度(平成5年3月)13名,平成5年度(平成6年3月)7名,平成6年度(平成7年3月)7名,平成7年度(平成8年3月)3名,平成8年度(平成9年3月)1名,平成9年度(平成10年3月)0名,平成10年度(平成11年3月)0名,平成11年度(平成12年3月)1名
     b 月毎の労務者数(甲69)
       平成2年度(平成3年3月まで)常用労務者4人ないし6人,臨時労務者0人,平成3年度(平成4年3月まで)常用労務者1人ないし2人,臨時労務者3人,平成4年度(平成5年3月まで)常用労務者1名,臨時労務者2人ないし3人,平成5年度(平成6年3月まで)常用労務者0人ないし1人,臨時労務者2人ないし4人,平成6年度(平成7年3月まで)常用労務者0人,臨時労務者1人ないし2人,平成7年度(平成8年3月まで)常用労務者1人,臨時労務者0人ないし2人,平成8年度(平成9年3月まで)常用労務者0人ないし1人,臨時労務者0人,平成9年度(平成10年3月まで)常用労務者0人,臨時労務者0人,平成10年度(平成11年3月まで)常用労務者0人,臨時労務者0人,平成11年度(平成12年3月まで)常用労務者0人,臨時労務者0人,平成12年度(平成13年3月まで)常用労務者0人,臨時労務者0人
    (エ) Gは,小鳩幼児園の園児に対し,原判決別紙3記載のとおり,園児の頭部を太鼓のバチや自分が履いていたスリッパ,スプーン,フォーク,プラスチック製の小さいコップ,絵本,縄跳びの縄などで叩いたり,通園をぐずる園児に対し,平手で頭や背中を叩いたり,押し入れに閉じ込めたり,園児の手足を持って振り回し,放り投げて床に叩きつけたり,園児の使っていたはさみを取り上げて園児に向かって投げつけたり,トイレの中で立たせたり,トイレの便器に頭を近づけさせてトイレの水を流したり,パイプ椅子を振り上げて園児の頭部を殴打し,頭頂辺りから血が床にしたたるほど出血をさせたり,園児の両足を両手でつかみ,逆さ吊りのような状態でトイレの中に放り投げ,男子用の便器の下辺りに後頭部を打ちつけさせたり,我が強くキーキーした声で泣く園児の頬をつねったり,昼寝をしない園児の尻を叩いたり,歩き方がトロトロしていて言葉がはっきりしない子に対し,言葉の指導の際に頬をつねったり,泣いてうるさい園児を押し入れに閉じ込めるなどといった暴行を行っている(甲50ないし甲64。ただし,この中には,後記(オ),(カ),(ク)のKやNに対する暴行も含まれている。)。
    (オ) Nも,小鳩幼児園に在園した時期,Gから,日常的に平手や太鼓のバチで殴られたり,一日中トイレに立たされ飲食を許されなかったり,便器に顔を突っ込まれ水を流されたり,プールに突き落とされたり,運動場を10周も走らされるなどの虐待を受けていた(甲41)。
    (カ) Gは,平成10年の終わりか平成11年の初めころ,Qに送られて小鳩幼児園に入るのをいやがるKに対し,「この子はこういうふうにせなあかんのや。」などと言って,Kの両腕をつかんで床に投げつけたり,頬を平手で叩いたり,つねったり,Kの足を踏んだり蹴ったりする暴行を繰り返した(甲55,甲65)。
    (キ) Gは,同じころから,Qに対しても,Kに対するしつけの仕方が悪いことなどを理由に,小鳩幼児園の遊戯室などにおいて,顔面を手で殴ったり,腕を後ろにねじ上げたり,太鼓のバチで頭を思い切り殴ったりするようになった。Gの暴行により,Qがかけていた眼鏡が床に跳んだことや,太鼓のバチで殴られ,頭から出血したこともあった(甲54,甲55,甲65)。
    (ク) また,Gは,Kに対し,トイレの中で子ども用のパイプ椅子を振り上げて頭をめがけて2,3度振り下ろすという暴行を加えたこともあった(原判決別紙3の番号10と同じ。乙ロ26)。
    (ケ) 平成13年10月29日ころ,Gは,Kの頭や背中を太鼓のバチで殴打し,怪我を負わせた。また,翌30日,Gは,Kの顔面を両手のひらや拳で殴打し,怪我を負わせた。
    イ 高松南署による対応とQらの反応(甲38,甲70ないし甲72,乙イ1ないし乙イ3,証人R,証人P)
    (ア) 高松南署は,平成13年11月8日のT議員からの通報を端緒として,GによるKに対する虐待行為に関し,K,Q,U,Pらから,その被害状況についての申告を受け,これを事件として立件するべく取り扱うこととし,Qに対し,Kの受傷状況を証拠化するために,診断書を取って提出するよう助言をするなどした。
    (イ) 同月14日午後4時ころ,P,U及びKは,Kの受傷状況に関するZ病院の診断書(乙イ3)を持参して高松南署を訪れ,Gによる傷害事件について,状況を説明した上で被害届を出したい旨を告げた。その際,Pらは,対応した警察安全相談係主任のV(以下「V」という。)から,被害届を提出するのであれば,Kの小鳩幼児園入園時に遡って逐一事情を詳細に思い出して聴取しなければならない旨を告げられたため,そのことをQに伝えた上で被害届を提出するかどうかを決めることとし,その日は,前記診断書の写しを提出し,Kの受傷状況について写真撮影を受けるにとどまった。
    (ウ) 同月27日,Rは,Q及びKの立件に関する意向を確認するために,U方に電話で連絡をしたところ,QからRに電話があり,検討した上で翌日,Uから連絡するとの回答であった。
    (エ) 同月28日,Uは,Rに電話をかけ,Qらの意向として,Gによる虐待の件については,事件として被害申告することは控えることとし,Gを呼び出して注意することについても希望しない旨を伝えた。
      高松南署は,これを受け,一旦は,Gに対する捜査を見合わせることとした。
   ウ 本件事件後の高松南署の対応
     高松南署は,本件事件によりCが死亡するに至った後である平成14年3月ころ以降,再び捜査を行い,KやQから再度事情を聴取するなどした後,平成14年4月13日,GをKに対する傷害事件で高松地方検察庁に送致した(甲38,甲70ないし甲72,乙イ1)。
   エ 小鳩幼児園の経営状況等
    (ア) 小鳩幼児園の平成13年11月ころから14年2月ころにかけての時期における在園児の数は,2名ないしせいぜい5名程度にとどまっていたものであり,Gは,在園児数の減少に伴う収入減による経営難にも直面し,平成11年の冬場の3か月間は牛乳配達にも従事するほどであり,事業者としても厳しい状況に置かれていた(甲86)。
    (イ) そして,保育施設においては,児童をその保護者から預かり,保護者に代わって保育を行うものであるから,特に乳幼児の場合には,絶えずその様子に配慮しなければならない状況にあるため,保育従事者にとっても相当のストレスを生じる場所であることは想像に難くないところ,保育施設において保育従事者による児童への虐待が少なからず見られることは,社会的事実として認識されていた(甲22,甲30,甲31)。
  (3) 検討
   ア(ア) 前記(2)アにおいて認定した事実によれば,Gの園児らに対する虐待行為は,平成13年11月の時点で,約20年もの長きにわたり,いわばGが行う保育の常套手段として行われていたものであること,その間,暴行の頻度が徐々に増える傾向にあったこと,Gによる暴行は,平手や拳で殴ったり足で蹴るなどにとどまらず,太鼓のバチや子ども用のパイプ椅子などの用具まで持ち出してなされ,また,Kに対しては,両腕をつかんで床に投げつけるといった極めて危険な態様による場合もあったもので,Gの暴行の態様は,園児の生命又は身体に対し重大な危害を加えるおそれがあったと認められる。
      そして,平成13年11月ころから平成14年2月ころにかけての時期において,Gは,園児に対し,体罰をもって厳しくしつけることが子供のためであると正当化し,これが教育方針として定着しており,小鳩幼児園に通園する園児らに対し,Gによって虐待行為がなされる具体的な危険は急迫していたと推認することができる。
    (イ) しかしながら,Qらは,平成13年11月28日,最終的に,Rに対し,Kに対する傷害事件について被害届を提出することをせず,またGを呼び出して注意することをも求めない旨を連絡していたもので,Qらにおいては,Gの犯罪についての被害申告を行ったことをGには知らせたくない旨の意向を表明していたともいえる態度を示しており,高松南署は,その連絡を受けて,被告Gに対する捜査を,一時保留することとしたものである。
      そして,高松南署が,このように,Gに対する捜査を一時保留とした時点では,被害者であるK及びその親族らからの供述を得,Kの受傷についての診断書及び受傷部位