hanrei @Wiki H18. 1.17 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第8241号 損害賠償等請求事件



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M&Aにおける売主の表明,保証違反に基づく買主の対する補償責任が認められた事例



件名 損害賠償等請求事件(東京地方裁判所 平成16年(ワ)第8241号 平成18年1月17日判決 一部認容)
            主     文
1 被告らは,原告に対し,連帯して3億0529万3523円及びこれに対する平成16年4月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
    2 原告のその余の請求を棄却する。
    3 訴訟費用は被告らの負担とする。
    4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
            事実及び理由
第1 請求
 被告らは,原告に対し,連帯して3億0529万3523円及びこれに対する平成15年12月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 争いのない事実等(末尾に証拠の摘示のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
 ア 原告は,消費者への貸金業務その他の金融業等を目的とする株式会社である。
 イ 被告陽光株式会社は,観光事業,不動産の売買,賃貸等を目的とする株式会社である。
 ウ 被告栄豊株式会社は,観光事業,ホテル,旅館等を目的とする株式会社である。
 エ 被告Aは,被告陽光株式会社の代表者であり,株式会社アルコ(以下「アルコ」という。)の代表取締役であった者である。
 オ アルコは,金銭の貸付け及びその仲介,消費者への貸金業務等を目的とする株式会社であり,その資本の額は10億円であって,株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律1条の2第1項1号所定の大会社に相当し,同法2条1項により,監査役の監査のほか会計監査人の監査を受けることが義務付けられていた。 
(2) アルコの和解債権処理
アルコ財務部は,平成14年11月7日,第28期(同年4月1日から平成15年3月31日まで)において,営業利益がよくなく,赤字決算となるとの予測を出したことから,アルコ営業本部は,決算対策用として,もともと元本の弁済に充当していた債務者からの和解契約(和解債権)に基づく返済金を利息の弁済に充当することを考案し,アルコ営業本部から同社の全店,全部門に宛てた,平成14年11月25日付け連絡,通知文書(以下「本件通達」という。)により,和解債権の返済金の充当方法について,元本優先から利息優先に切り替えるように指示し,アルコの全店,全部門にこれを実施させたが,同額の元本についての貸倒引当金の計上はしなかった(以下,この処理を「本件和解債権処理」という。)。
 本件和解債権処理は,平成15年3月期のアルコの決算書に注記されなかった。
(3) 原告側のデューディリジェンス(買収監査)等
 ア 原告は,被告らとの間で,原告によるアルコの買収の話を始め,平成15年7月16日付けで,アルコに対し,アルコの全株式を取得するとの意向表明書を提出した(以下,原告によるアルコの全株式の取得を「本件M&A」という。)。これを受けて,アルコは,当時のBを担当者として対応した。原告の担当者は,Cであり,株式会社新生銀行(以下「新生銀行」という。)のコーポレートアドバイザリー部が買収のアドバイザーとなった。
 イ 原告は,同年7月30日から同年9月19日までの間,新日本アーンストアンドヤング株式会社(以下「アーンストアンドヤング」という。)に依頼して,アルコのデューディリジェンス(以下「第1次デューディリジェンス」という。)を行った。第1次デューディリジェンスに際してBらアルコの担当者は,原告に対し,創業以来の顧客の貸付金,元利入金,延滞状況,属性,完済,他社からの借入状況,貸倒償却等の全履歴を磁気データとして記録保存したもので,人的に加工する前の全取引データ(以下「生データ」という。)を交付した。
 ウ 原告は,同月17日から21日までの間,アーンストアンドヤングに依頼して,アルコのデューディリジェンス(以下「第2次デューディリジェンス」という。)を行った。
 エ アルコが作成して原告に交付した貸借対照表上,同年10月31日時点のアルコの資本合計は25億1101万9000円と試算されていた。一方,アルコは,同年12月18日の取締役会決議に基づき,退任する当時のアルコの役員らに対し,合計1億円の役員退職慰労金を支払う予定であった。
(4) 株式譲渡契約の締結
 原告は,被告らとの間で,平成15年12月18日,被告らが保有するアルコの全株式を,下記の約定で原告へ譲渡する旨の合意をした(以下,この合意を「本件株式譲渡契約」といい,下記8条の規定による表明,保証を「本件表明保証」といい,9条1項の規定により負担する責任を「本件表明保証責任」という。)。本件株式譲渡契約書には,別紙として,アルコ財務部作成の平成15年10月31日時点の貸借対照表が添付された。
                記
 1条 株式の譲渡
 1項 被告らは,各々自己の保有するアルコの株式数が次のとおりであることを確認し,自己の保有するアルコの全株式を,平成15年12月18日をもって原告に対して譲渡する。 
 ①被告陽光株式会社    160万株
 ②被告栄豊株式会社     20万株
 ③被告A 20万株
 2項 前項の株式の譲渡価格については,平成15年10月31日時点の貸借対照表に基づくアルコの財務状況により算出された1株当たり1165円(全200万株で23億3千万円)とする。
 8条 表明,保証
 被告らは,原告に対し,次の事項を表明,保証する。
 7項 アルコの財務諸表が完全かつ正確であり,一般に承認された会計原則に従って作成されたこと
 8項 アルコの平成15年10月31日の財務内容が上記貸借対照表のとおりであり,簿外債務等の存在しないこと
 9項 すべての貸出債権について,
(d) 平成15年10月31日における各貸出債権の融資残高は,その日の貸出債権に関する記録に正確に反映されている。
(f) アルコの帳簿,記録,取引記録又はその他の記録はいずれも,すべての重要な点において完全かつ正確であり,貸出債権の状況を正確に反映している。また,取引記録及びその他の勘定記録に記載されるものを除き,いずれの貸出債権も修正されることはない。
 12項 アルコの役員及び従業員においては,アルコの業務遂行及び資産保有について,法令,行政通達,定款等により必要とされる手続はすべて完了しており,またそれらの重大な違反は何ら存在しないこと
 20項 本契約に至る前提として行われた,原告によるアルコの財務内容,業務内容その他アルコの経営・財務に関する事前監査(会計・法務に関する監査を含むがこれに限られない。)において,通常の株式譲渡契約において信義則上開示されるべき資料及び情報が漏れなく提示,開示されたこと及びそれらの資料及び情報は真実かつ正確なものであること
 9条 担保責任
 1項 被告らは,前条により規定された表明,保証を行った事項に関し,万一違反したこと又は被告らが本契約に定めるその他義務若しくは法令若しくは行政規則に違反したことに起因又は関連して原告が現実に被った損害,損失を補償するものとし,合理的な範囲内の原告の費用(弁護士費用を含む。)を負担する。
 2 本件は,原告が,本件和解債権処理は本件表明保証に違反していると主張して,被告らに対し,本件表明保証責任の履行として合計3億0529万3523円及びこれに対する本件株式譲渡契約締結の日の翌日である平成15年12月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求めたのに対し,被告らが,原告は,本件和解債権処理について悪意であったか,又は重大な過失によってこれを知らずに本件株式譲渡契約を締結したのであるから,被告らは本件表明保証責任を負わないなどと主張してこれを争っている事案である。
 3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件和解債権処理及びこれに関する資料を開示していないことが,本件表明保証に違反しているか否か(争点1)
 (原告の主張)
 本件和解債権処理は,元金の入金があったのに利息の入金を計上する点で,企業会計原則第一の一に違反している。また,本件和解債権処理は,利息が発生せず未収利息も回収しない債権についてされた支払を利息の弁済に充当するものであり,法的に請求できる限度を超えた額を貸借対照表に計上するというものであるから,未収利息を不計上とする債権について入金があった場合に元本の入金として処理すべきことを定めた金融商品会計に関する実務指針(会計制度委員会報告第14号。以下「実務指針」という。)120項に違反し,債権金額から正常な貸倒見積額を控除した金額を貸借対照表価額とすべきことを定めた企業会計原則第三の五Cに違反しているし,仮にこのような処理をするのであれば,和解債権について入金があり利息の弁済に充当
した額は,そのまま回収できないことが明らかな元本額であるから,実務指針123項によれば,少なくとも利息充当額と同額の貸倒引当金を計上する必要があるが,アルコは,これを計上しなかったのであるから,本件和解債権処理は,実務指針123項に違反している。以上によれば,本件和解債権処理は,本件株式譲渡契約8条7項に違反している。
 アルコの平成15年10月31日の実際の財務内容は,本件和解債権処理に基づき利息の弁済に充当されていた入金が元本の弁済に充当されることになるのであり,本件和解債権処理を前提として,貸倒引当金を計上することなく利息収入を計上した平成15年10月31日時点の貸借対照表の記載とは異なるのであるから,本件株式譲渡契約8条8項に違反している。
 アルコの同日における和解債権の残高は,実際よりも高額に記録されていたものであり,本件株式譲渡契約8条9項(d)及び同(f)に違反している。
 本件和解債権処理は,重要な貸借対照表又は損益計算書の作成に関する会計方針の変更に該当する(平成15年法務省令第7号による改正前の商法施行規則23条1項,24条1項本文,商法施行規則44条1項,45条1項本文)ので,同年3月期の貸借対照表又は損益計算書に注記しなければならないにもかかわらず,当時のアルコの取締役らは,これを注記しなかったのであるから,業務遂行について必要な手続をすべて完了していなかったものであり,本件株式譲渡契約8条12項に違反している。
 被告らは,原告に対し,第1次及び第2次デューディリジェンスにおいては,本件和解債権処理に関する資料を開示していないのであるから,本件株式譲渡契約8条20項に違反している。
 (被告らの主張)
 原告の上記主張は争う。
 本件和解債権処理は,監査法人から会計処理として容認されており,会計処理上の合理性,正当性を有している。
(2) 原告が,本件株式譲渡契約を締結した際に本件和解債権処理について悪意であったか否か(争点2)
 (被告らの主張)
 そもそも,被告らは,原告に対し,本件和解債権処理について説明をしており,原告は,本件和解債権処理について知った上で本件株式譲渡契約を締結したものであるから,被告らは,免責される。すなわち,Bは,第2次デューディリジェンス期間中の平成15年11月19日,アーンストアンドヤングの担当者であるDに対し,トーマツの期中監査報告に関する書面等を示しながら本件和解債権処理について説明したし,同年12月17日に開かれたアルコと原告との貸倒引当金の計算方法等に関する会議の席上で,アルコ財務部のEが,本件和解債権処理について明確に説明したし,アルコ債権管理課のFも,上記会議よりも前にアーンストアンドヤングの担当者に本件和解債権処理について説明したし,アルコのGも,第2次デューディリジェンスの
期間中に,アーンストアンドヤングの担当者に,本件和解債権処理の説明をした。また,被告らが第1次デューディリジェンスの際に原告に開示した生データや営業実績推移等の資料を見れば,和解債権の処理に変更があったことは明白であるところ,原告がこれらの資料を見ていないわけがないから,原告は,本件和解債権処理を認識していたはずである。そもそも,本件和解債権処理は,原告がアルコの経営を開始すれば直ちに発見されるようなものであり,被告らがこれを隠匿する実益はない。
 (原告の主張)
 被告らの上記主張は否認し,争う。
 原告は,本件株式譲渡契約締結時において,本件和解債権処理を知らなかった。アルコは,架空の利益を計上して高値で売却するために本件和解債権処理を実行したものであるから,買主である原告にこれを開示するはずがない。また,アルコの株式の価値に直結する本件和解債権処理を知りながら,原告が漫然と放置することはあり得ないが,本件において,和解合意書とシステム上の記録を突き合わせて確認したり,アーンストアンドヤングと原告との間で善後策を検討するといった,本件和解債権処理が原告に開示されたことを裏付けるような事情もない。BがDに対して本件和解債権処理を説明したことはなく,E,F,Gが原告やアーンストアンドヤングの担当者に対して本件和解債権処理について伝えたこともない。本件表明保証から本件和解債
権処理が除外されていないことや,本件株式譲渡契約において売買代金を平成15年10月31日時点の貸借対照表を基準に算出したことも,原告の善意を裏付けるものというべきである。
  原告が本件株式譲渡契約を締結した際に本件和解債権処理を知らなかったことについて重大な過失が存在した場合に,被告らの本件表明保証責任は免責されるか否か,これが肯定された場合,原告に上記重大な過失が認められるか否か(争点3)
 (被告らの主張)
 仮に,原告が本件和解債権処理を知らなかったとしても,知らなかったことについて重大な過失があり,これは信義則上,悪意と同視すべきであるから,被告らは,免責される。すなわち,原告は,被告らから生データや営業実績推移の開示を受けており,和解債権に関する取引の推移を見れば,平成14年11月以降,元本への入金が減少し,利息収入が増加していることを容易に発見できたはずであるし,被告らは,デューディリジェンスの実施に際して,原告の求めに応じ,あらゆる情報を開示したものである。そもそもアルコは消費者金融を営む会社なのであるから,その資産評価をするに当たっては,和解債権がいかなる処理をされているのかというのは重要な関心事であるはずであり,生データの開示を受け,2次にわたってデューディリジェン
スを実施しながら,本件和解債権処理を発見できなかったというのであれば,これは,原告の重大な過失によるものというべきである。
 (原告の主張)
 被告らの上記主張は否認し,争う。
 デューディリジェンスは,買主側の権利として行うものであり,義務ではないから,注意義務違反を観念することはできないので,重大な過失があることは抗弁事由とはなり得ない。
 また,悪意と同視すべき重大な過失という意味においても,原告にはそのような重大な過失があるということはできない。すなわち,そもそも本件和解債権処理は,極めて異常な処理方法であるところ,このような処理方法が採用されていることを原告が予測することは困難であった。そして,原告は,本件通達等の資料の開示を受けていないから,本件和解債権処理を発見することは不可能であったし,第1次デューディリジェンスでは,時価純資産額を算出することを目的として,過去の実績から将来の回収が見込まれるキャッシュフロー(元利合計)を予測し,現在価値に割り戻して評価額を算定する方法であるディスカウント・キャッシュ・フロー法(以下「DCF法」という。)を採用したものであって,生データも,そのために受領し,使用した
。また,データの信頼性や内部管理が適切にされているか否かを検証するために実施したサンプル作業においても,将来金利を回収しないため将来キャッシュフローが確定している和解債権については,利息計算の照合を行わなかった。さらに,第2次デューディリジェンスにおいて,原告が経営報告書等の資料の提出をアルコに要求したのは,第1次デューディリジェンス後の資産,負債の増減等を調査することが目的であったので,入金額が元本及び利息のいずれの弁済に充当されたかを細かく検討することはなかったし,支店の実査においても短時間であることや支店の管理体制等を確認する目的で行ったことに照らせば,本件和解債権処理を発見することは困難であった。このように,アルコが本件和解債権処理を発見する手掛かりとなる資料を隠して
いる以上,極めて異常で想定できない処理である本件和解債権処理の存在を仮定してデューディリジェンスを行うことはできず,膨大な生データや資料をデューディリジェンスの目的を超えて調査することもできない。また,原告が被告らやアルコに資料の提出を強要することもできない。
(4) 本件和解債権処理により原告に損害が発生したか否か及びその額は幾らか(争点4)
 (原告の主張)
 本件株式譲渡契約において,アルコの株式の譲渡価格は,簿価純資産額を下回る額での売却には応じないという被告らの希望や原告の株主への説明,被告らがアルコの財務諸表が正確で会計原則に従って作成されたこと等を表明,保証していたこと等を踏まえ,アルコが作成した平成15年10月31日時点の貸借対照表上の純資産額が25億1101万9000円であることを基準に,期中の減価償却費等及び退任するアルコの役員らの退職慰労金を控除した結果,23億3000万円と決定されたものである。しかし,本件和解債権処理によって,和解債権について入金があれば本来減少すべき元本が利息の弁済に充当されたことで減少せずに残り,不当な利息充当額と同額が貸借対照表上不当に資産計上されていることになるところ,不当な利息充当額
(不当な資産計上額)は2億7538万5023円であったから,2億7538万5023円が原告の損害額である。原告は,本件和解債権処理をあるべき処理に戻すためのシステムの修正を外部の会社に委託し,その費用として168万円を支出した。
 また,原告は,本件訴訟を追行するため,アーンストアンドヤングに対して,意見書,陳述書の作成及び証言を依頼せざるを得なかった。アーンストアンドヤングはタイムチャージによって費用を請求しており,平成17年7月31日までの費用として117万円が見積もられている。アーンストアンドヤングに対する費用としては,少なくとも117万円及びこれに対する消費税相当額の合計122万8500円を要することになる。本件における弁護士費用として相当な額は2700万円を下らない。
 (被告らの主張)
 原告の上記主張は争う。本件M&Aにおいては,被告らの認識している25億1101万9000円の簿価純資産額以下では本件株式譲渡契約は成立し得ないのであるから,本件和解債権処理による本件表明保証違反と原告の損害との間に因果関係はない。
第3 当裁判所の判断
 1 前提となる事実
 前記第2の1の事実及び括弧内に摘示する証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件和解債権処理及び監査法人の変更
 アルコ財務部は,平成14年11月7日,第28期(同年4月1日から平成15年3月31日まで)の決算について,期首には税引き前で3億5000万円の利益の計上を予定していたのに,実際には,4億円以上も損失を計上することになるという内容の予測を出した。そこで,アルコ営業本部は,決算対策として,本件和解債権処理を考案した。アルコ財務部は,本件和解債権処理により利息収入として計上する額と同額の貸倒引当金を計上する必要性を指摘し,当時アルコの委任していた監査法人であった監査法人トーマツ(以下「トーマツ」という。)にも相談することとし,決算業務等を担当していたEは,平成14年11月15日ころ,本件和解債権処理によって利息収入として計上した額と同額の元金につき,完済時にも残るので,カット償却
(貸付残高よりも小さい額で和解したときに和解契約に基づく弁済が完了したときに発生する償却)することが確定している債権として,貸倒引当金を計上する必要があるので,結局営業利益の増加はないこと,監査法人にも利益操作と評価される可能性も否定できないことなどを指摘する「A.和解債権契約修正について」と題する書面(甲28)を同部のHに提出した。アルコ営業本部も,会計上の問題点があり,元金のカット償却が増えることを問題点として認識していたが,トーマツの回答を待たずに,同月25日,全部門,全支店に対し,同月27日までに,端末操作をすることでコンピュータシステムにより自動的に処理される和解債権の入金の充当方法の設定を,元本優先から利息優先に切り替え,確認作業を終了させるように指示する本件通達
を送付した。これを受けて,アルコの全支店は,本件和解債権処理を実施し,これに基づいて帳簿類を作成した。
 トーマツは,平成15年1月27日から同月29日までアルコの期中監査を実施した。トーマツによる同月31日付け期中監査報告事項一覧(乙3の2)には,「4.和解債権の入金額の充当順位変更処理について」,「5.第28期決算における各種引当金の計算及び計上額」として「①貸倒引当金」の項目がそれぞれ記載されており,トーマツは,アルコに対し,本件和解債権処理により,従来よりもカット償却が増加することが考えられ,その増加分を加味した貸倒引当金の計上が必要であり,計算式は,トーマツが検討すると指摘した。
 アルコは,同年2月20日,期中であるにもかかわらず,トーマツとの間の委任契約を解消し,同月25日,監査法人をトーマツから監査法人ビーエー東京(以下「ビーエー東京」という。)に変更した。
 ビーエー東京は,同年3月10日から12日までにアルコについて期中監査を実施したが,本件和解債権処理による利息の弁済への充当を前提としない貸倒引当金を計算し,同年5月30日付けで適正意見を表明した。
 同年3月期のアルコの決算書には本件通達による本件和解債権処理が注記されなかった(甲6から甲9まで,甲11,甲12,甲14の1及び2,甲28,甲29,乙3の1及び2,乙12〔一部〕,証人H[一部])。
(2) 本件株式譲渡契約の端緒及び第1次デューディリジェンス
 ア 原告は,資産拡大のための手法として,企業戦略部を中心として,いわゆるM&Aを積極的に活用していく方針を有していたところ,平成15年2月に,30億円程度でのアルコの売却の話が,原告に持ち込まれた。原告は,アルコの株式取得に意欲を示し,平成15年4月24日,アルコとの間で機密保持契約を締結し,アドバイザーである新生銀行を通じてアルコの3期分の決算書や会社概要等の資料を入手するなどした上で,同年7月16日付けで,約25億円から32億円前後でアルコの全株式を取得するとの意向表明書を提出した。本件M&Aの交渉を主として担当していたのは,原告ではCであり,アルコではBであった。その後,原告は,アルコの資産価値をより正確に把握するためのデューディリジェンスを実施することとし,これをア
ーンストアンドヤングに委任した。原告は,同年7月30日,アルコに対し,第1次デューディリジェンス開始に当たっての説明会を開き,その席で,新生銀行は,デューディリジェンスリストを示してデューディリジェンスの基本的方針を説明した。その後,同年9月19日までの間,アーンストアンドヤング主導で第1次デューディリジェンスが実施された(甲18,甲20,甲26,甲35,乙1,乙11,証人C,同D)。
 イ アーンストアンドヤングは,アルコの株式の価値を評価するに当たり,営業貸付金の評価については,修正純資産法を採用し,一般的な手法である一部DCF法及び営業権(のれん)の考え方を採用して,将来金利収入及び将来元本返済の合理的な見積額(将来キャッシュフロー)を算定し,その現在価値を求めることとした。DCF法の適用に当たっては,比率の高い正常債権を中心として,新規獲得件数,貸付額,元利を合計した現金の回収額,貸倒発生の推移,正常債権から和解債権や特管債権への移行の額や率について月次推移を検討したが,和解債権については,回収総額が決まっていることから,入金の元利の区別は評価にとって重要でなく,また,個別性が高いため,和解内容のとおりに返済がなされているか否かの確認も行わなかった。
アーンストアンドヤングは,アルコから生データを受領していたが,その信頼性を確認するため,無作為に270名の債務者を抽出し,債務者ファイルの実在性の確認,債務者ファイルの完成度の確認,主要な電子データの正確性の確認,利息計算の照合,社内規定遵守の確認を行い,さらにそのうち任意に指定した債権について,入会申込書,顧客カード等の書類を提出させたが,和解債権は,債権全体に占める比率が低い上に,個別性が強いため,一般的なフォームを知るために数通の合意書を提出させるにとどめ,サンプリングで抽出された35件全部について照合を行うことはしなかった(甲20,甲35,甲38,証人D)。
 ウ アルコの第28期の監査を実施したビーエー東京は,第1次デューディリジェンス期間中の平成15年8月22日,アルコに対し,第28期の監査の結果,同年3月31日の時点において約3億円の貸倒引当金の設定不足が発生しているので,設定方法を見直す必要があるが,算定額より5000万円多く設定したこと等から,第28期の会計処理を容認すると記載したマネジメント・レターを提出した(甲13)。
 エ 原告の担当者は,アーンストアンドヤングの担当者,新生銀行の担当者とともに,平成15年8月27日,アルコの池袋支店及び沼津支店の,同月28日に横須賀支店及び本社の集中管理センターの実査をそれぞれ行ったが,これは,支店の管理体制や従業員の勤務状況,端末の操作方法等を知ることを主たる目的とし,各場所について1から2時間程度,本件M&Aのこと及び各担当者の身分等を秘匿した状態で,従業員の業務の合間に質問することを内容とするものであった(甲19,甲20,証人I) 
 オ アーンストアンドヤングは,第1次デューディリジェンスの結果,アルコの純資産額がマイナス2億2830万2000円,のれんの価値が14億4200万円から18億7100万円までであると算定し,原告に対し,アルコの評価額を12億1300万円から16億4200万円であると報告した(甲35,証人C)。
 カ 被告ら及びアルコが本件M&Aの計画当初の段階からアルコの簿価純資産額(貸借対照表上の純資産額)を下回る額での株式の売却には応じないという態度を示しており,原告にとっても,アルコの全株式の買収価格を簿価純資産額とした場合には,買収価格の客観性をすることができ,原告の株主らに対しても合理的な説明ができること等から,原告及び被告らは,簿価純資産額を基準として価格を定めることに決めた。アルコの同年3月31日時点での貸借対照表上の純資産額は21億9900万円であり,アルコの半期分の利益予想額1億円5000万円を合計すると,簿価純資産額は約23億5000万円となり,また,アルコから開示された同年9月30日時点での貸借対照表によると,純資産は24億9267万7803円であるが,これに
は減価償却費が控除されていないことから,アルコの簿価純資産額が24億円程度と見込まれた。そこで,原告は,被告らに対し,同年10月27日,アルコの全株式の譲渡価格として23億5000万円を提示した。これに対し,アルコは,同月29日,原告に対し,退任する役員らに対して退職金1億円を支払うことを前提として,上記譲渡価格を23億3000万円とすることを提示した。原告は,上記アルコからの提示を受け入れ,同年11月4日,担当者間での合意事項確認書を締結し,同月14日,被告ら及びアルコとの間で,本件M&Aに関するそれまでのすべての合意に代わるものとして,以下の内容の基本覚書を取り交わすとともに,本件M&Aを対外的に発表した(甲16,甲17[乙2],甲18,証人C,弁論の全趣旨)。
(ア) 被告らは,それぞれが保有するアルコの株式合計200万株を,平成15年12月15日を目処として原告に対して譲渡する(2条1項)。
(イ)(ア)の譲渡価格は,平成15年7月31日時点の貸借対照表及び同年9月30日時点の貸借対照表に基づくアルコの財務状況により算出された1株当たり1165円(合計23億3000万円)を基準とする(2条2項)。
(ウ)(イ)の譲渡価格は,以後に原告が実施するアルコの経営状況,財務状況の精査の結果を受け,減額修正すべき合理的理由がある場合には,原告及び被告らとの間の協議により合理的な調整を行う(2条3項)。
(エ)被告ら及びアルコは,アルコの平成15年9月30日時点の財務内容が,同日時点の貸借対照表のとおりであり,簿外債務等の存在しないことを原告に対して保証する(8条)。
(オ) 被告ら及びアルコは,(エ)で保証した事項に関し,万一相違した事実が判明し,原告に損害を与えた場合は,その損害を賠償し,又は被告らは株式譲渡価格の変更に応ずるものとする(10条)。
(カ)被告ら及びアルコは,原告に対し,最終契約において,少なくとも通常の株式譲渡契約において行うべき一般的な表明,保証を行うものとする(11条)。
(キ)アルコの役員及び監査役は,本件株式譲渡契約締結後初めて開催される株主総会の日において全員が辞任することとする(12条)。
(ク)アルコは,(ク)によって退任する役員及び監査役に対し,合計1億円を上限として役員退職慰労金を支払うこととする(13条1項)。
(ケ)最終契約締結時までに,アルコの財務状況に重大な影響を与える事実が判明した場合には,原告,被告ら及びアルコは誠意を持って協議の上,株式譲渡価格の修正その他の解決に当たるものとする(16条)。
(3)第2次デューディリジェンス及び本件株式譲渡契約の締結
 ア 原告は,平成15年11月17日から同月21日まで,アーンストアンドヤングによる第2次デューディリジェンスを実施した。第2次デューディリジェンスは,第1次デューディリジェンスの基準日である同年7月31日以降,第2次デューディリジェンスの基準日とした同年10月31日までの簿価資産・負債の異動の有無及び額を評価することを目的とし,定款,社内規定,取締役会議事録,株主総会議事録,稟議書等,月次決算資料,借入金契約書,同年8月から10月までの月次経営報告書等,平成16年3月期分の中間納税資料,平成15年10月までの総勘定元帳等を基本資料としてアルコの本社で査閲したり,大きな変動が見られたものについては担当者にインタビューすることにより行われた。アーンストアンドヤングは,アルコから
提供された同月30日時点での試算表を総勘定元帳と照合し,差異のないことを確認した(甲10,甲20,甲27の1及び2,甲36,甲38,証人C,同D)。
 イ アーンストアンドヤングは,期中における監査法人の交代を異例なこととして重要視し,第1次デューディリジェンス,第2次デューディリジェンスを通じてその理由の調査を行った。アーンストアンドヤングの担当者は,Bに対し,上記理由について繰り返し質問をしたが,ABSに要した初期費用の償却方法に関する意見の相違によるものであると説明するのみであり,Dは,平成15年11月20日,ビーエー東京のO公認会計士と面談し,上記理由について質問したが,同公認会計士も,Bと同様の回答をしたにすぎなかった。
 Dらアーンストヤングの担当者は,第1次デューディリジェンス及び第2次デューディリジェンスにおいて,Bに対し,会計方針の変更がないことを繰り返し確認したが,Bは,少なくとも数年間はないと回答した。
 アーンストアンドヤングは,アルコが監査法人による監査を受けていることから,アルコの作成した財務諸表等は会計原則に従って処理がされていることを前提としてデューディリジェンスを行ったため,アルコの提示した資料等の正確性,網羅性については確認しなかった。アルコ側から,各種の社内通達等がつづられたファイルが幾つか開示されたが,通し番号でつづられているものは見受けられず,本件通達等本件和解債権処理について記載した書面は開示されなかった。アーンストヤング作成の第1次デューディリジェンスの報告書(甲35)及び第2次デューディリジェンスの報告書(甲36)にも,本件和解債権処理についての記載はない(甲10,甲20,甲35,甲36,甲38,証人B[相反する部分を除く。],同D,弁論の全趣旨)。
 ウ その後アルコの平成15年10月31日時点の貸借対照表が開示され,それによると簿価純資産額が25億1101万9000円であり,同年9月30日時点での簿価純資産額を維持していたことから,同年12月18日,原告と被告らは,アルコの全株式の譲渡価格23億3000万円を維持したまま,本件株式譲渡契約を締結した。本件株式譲渡契約においては,同年10月31日時点の貸借対照表に基づくアルコの財務状況により算出された1株当たり1165円とすることが明記されている(甲18,証人C)。
 以上の事実を前提に,順次各争点について判断する。
 2 争点1について
(1)企業会計原則第一の一は,企業会計は,企業の財政状態及び経営成績に関して,真実な報告を提供するものでなければならないと定めているところ,本件和解債権処理は,元金の入金があったのに利息の入金として計上する点でこの規定に違反している。実務指針120項は,金融商品会計において,和解債権等の未収利息を不計上とする債権について入金があった場合,契約に基づく利息の支払が明確であるもの以外の部分は元本の入金として処理することを,また,企業会計原則第三の五Cは,債権の貸借対照表価額は,債権金額から正常な貸倒見積額を控除した金額とすることを,それぞれ定めているところ,本件和解債権処理は,利息が発生しないし未収利息も回収しない債権について利息を計上し,法的に請求できる限度を超えた額を貸借対照
表に計上するというものであるから,これらの規定に違反している。
 また,実務指針123項は,債権の回収可能性がほとんどないと判断された場合には,貸倒損失額を債権から直接減額して,当該貸倒損失額と当該債権に係る前期貸倒引当金残高のいずれか少ない金額まで貸倒引当金を取り崩し,当期貸倒損失額と相殺しなくてはならないと定めているから,本件和解債権処理によって利息の弁済に充当した入金額は,本来元本の弁済に充当すべきところをこれをしなかったためにそのまま回収できないことが明らかな元本額となるのであるから,少なくとも利息充当額と同額の貸倒引当金を計上する必要があるが,アルコは,これを計上しなかったのであるから,実務指針123項にも違反している。なお,アルコの第28期の決算に関するビーエー東京のマネジメント・レターによる貸倒引当金の設定によっては,平成1
5年3月31日までに和解契約に基づく弁済が完了した和解債権についてしか貸倒引当金が計上されていないので,本件和解債権処理によって必要な貸倒引当金が計上されていないことが明らかである。したがって,本件和解債権処理を前提として作成されたアルコの財務諸表は,一般に承認された会計原則に違反しているものというべきであり,本件株式譲渡契約8条7項に違反している。
 アルコの同年10月31日の実際の財務内容は,本件和解債権処理に基づき利息の弁済に充当されていた入金が元本の弁済に充当されることになるのであり,本件和解債権処理を前提として貸倒引当金を計上することなく利息収入を計上した前記同日時点の貸借対照表の記載とは異なるのであるから,本件株式譲渡契約8条8項に違反している。
 アルコの同日における和解債権の残高は,実際よりも高額に記録されていたものであり,本件株式譲渡契約8条9項(d)及び同(f)に違反している。
(2)平成15年法務省令第7号による改正前の商法施行規則23条1項,商法施行規則44条1項は,貸借対照表及び損益計算書への記載は,会社の財産及び損益の状態を正確に判断することができるよう明瞭にしなければならないと定め,平成15年法務省令第7号による改正前の商法施行規則24条1項本文,商法施行規則45条1項本文は,資産の評価の方法,固定資産の減価償却の方法,重要な引当金の計上の方法その他の重要な貸借対照表又は損益計算書の作成に関する会計方針は注記しなければならないと定めている。本件和解債権処理は,会社の財産及び損益の状態を正確に判断するのに必要な事項であり,貸借対照表及び損益計算書の作成に関する重要な会計方針であるから,アルコの取締役らは,平成15年3月期の決算書上において,本
件和解債権処理を注記して開示すべきであったというべきである。しかし,アルコの取締役らは,これを注記しなかったのであるから,業務遂行について必要な手続をすべて完了していなかったものというべきであり,本件株式譲渡契約8条12項に違反している。
 したがって,被告らは,以上の点で本件表明保証した事項に違反しているというべきである。
 なお,本件株式譲渡契約8条20項違反の有無については,後記3で検討する。
 3 争点2について
(1)被告らは,Bが第2次デューディリジェンス期間中である平成15年11月19日,Dに対し,トーマツの期中監査報告に関する書面等を示しながら,本件和解債権処理について説明をした,Eが同年12月17日のアルコと原告との貸倒引当金の計算方法に関する会議の席上,本件和解債権処理について説明した,Fも上記会議より前に,アーンストアンドヤングの担当者に本件和解債権処理を説明した,Gが第2次デューディリジェンスの期間中,アーンストアンドヤングの担当者に対し,本件和解債権処理を説明したと主張し,これに沿う証拠として,B及びHの各陳述書(乙11,乙12)及びその各証言がある。
 しかしながら,上記各証拠は,いずれも客観的な裏付けを欠いており,これに相反する他の証拠(甲18,甲20,甲29,甲38,証人C,同D)及び以下の点に照らして採用することができない。
 アルコ財務部及び営業本部は,本件和解債権処理の会計上の問題点を明確に認識しながら,当時委任していた監査法人であるトーマツの指示を無視したことは前記認定のとおりであり,証拠(甲10,甲13,甲14の1及び2,甲29)によれば,期中にトーマツから変更した監査法人であるビーエー東京に対しても,本件和解債権処理について説明しなかったことが認められる。ビーエー東京に対して,本件和解債権処理について説明したとのHの陳述書(乙12)及び証言,Bの証言は,前記のとおり,本件和解債権処理が企業会計原則に著しく違反しており,監査法人が本件和解債権処理の説明を受けながら,適正意見を出したり,第28期の会計処理を容認するとの意見を出すとは考えられないので,採用することができない。アルコのこれら一連
の対応は,本件和解債権処理による決算対策の効果を維持しようとしたからにほかならないが,これは,本件M&Aにおいては,アルコの株式の買収価格を決定するにつきアルコの簿価純資産額を基準としたことから,上記買収価格を水増しする効果をもたらすものである。被告らが原告に対して本件和解債権処理を告げた場合には,原告は,上記基本覚書等に基づき,アルコの株式の買収価格につき,本件和解債権処理による水増し分の減額を求めることが当然であると考えられ,また,被告らも,本件和解債権処理を本件表明保証から除外するように求めることが当然であると考えられるが,原告及び被告ら共に,そのような行動に出ていない。これは,被告らが原告に対し,本件和解債権処理の事実を秘匿したことを裏付けるものというべきである。
 また,被告らは,第1次デューディリジェンスにおいて,原告に対して交付した生データ及び営業実績推移等の資料を見ていないわけがないから,本件和解債権処理を認識していたはずであると主張し,Bの陳述書(乙11)及び証言にこれに沿う部分があるが,前記1で認定していたとおり,アーンストアンドヤングは,営業貸付金の評価については,修正純資産法を採用し,一般的な手法である一部DCF法及び営業権(のれん)の考え方を採用して,将来金利収入及び将来元本返済の合理的な見積額(将来キャッシュフロー)を算定し,その現在価値を求めることとしており,和解債権については,和解内容のとおりに返済がなされているか否かの確認も行わず,上記生データについても,和解債権については,一般的なフォームを知るために数通の合
意書を提出させるにとどめ,サンプリングで抽出された35件全部について照合を行うことはしなかったのであり,その報告書においても,本件和解債権処理についての記載がないことに照らして,被告らの上記主張に沿う部分は採用することができない。
 かえって,証拠(甲12,甲15,甲18,甲19,証人C,同I)によれば,本件株式譲渡契約締結後,原告の営業企画部長であったIが原告の子会社となったアルコの代表取締役に就任したこと,Iは,平成15年12月19日にアルコに初めて出社してから,JとGから説明を受けるなどして業務ルールの理解と業績の把握に努めたこと,Iは,かねてから消費者金融業者の行う訪問回収(顧客宅を訪問して債権回収を行うこと)につき費用と効果の面から疑問を抱いていたところ,アルコにおいて行われていた訪問回収の件数が予想よりも多かったため,その効果を知るために,50~60名分の顧客台帳の入金履歴を検討したところ,和解債権についてそれまで元本の弁済に充当されていたものが突然利息の弁済への充当に変更されているものを発
見し,Gに質問したこと,Gは,Iに対し,本件和解債権処理について説明をし,営業利益アップ策(甲7),本件通達等を見せたこと,Iは,平成15年度の和解債権の利息計上額を確認したところ,2億円以上もの入金があることを知ったため,Kに連絡して,翌営業日である同月29日からの入金については元本の弁済に充当するように決めたこと,その後,Iは,原告代表者,原告のL,原告のMに,本件和解債権処理により当期だけで約2億円が利息に入金されていることを知らせる電子メール(甲15)を送信し,Gらに指示して,和解残高と帳簿とを照らし合わせることにより過去に本件和解債権処理によって利息の弁済に充当された入金額を調査したこと,Iは,平成16年1月9日,原告の会議に出席し,本件和解債権処理による2億数千万
円の架空の利益計上の事実について報告したこと,アルコ営業企画部システム課のNが同月29日基幹データベースにより調査した結果,本件和解債権処理による不正な利益計上額は2億7538万5023円であることが判明したことの各事実が認められ,これによれば,原告は,平成15年12月19日にIが本件和解債権処理を発見するまで,本件和解債権処理を知らなかったというべきである。
(2)以上によれば,被告らは,原告に対し,本件株式譲渡契約締結前に,本件和解債権処理を開示していないのであるから,本件株式譲渡契約8条20項に違反しているというべきであり(なお,上記生データ等の交付をもって本件和解債権処理を開示したということはできないことは上記の説示に照らして明らかというべきである。),原告が,本件株式譲渡契約締結時において,本件表明保証を行った事項に関して違反があることについて悪意であったということはできない。 
 4 争点3について
 本件において,原告が,本件株式譲渡契約締結時において,わずかの注意を払いさえすれば,本件和解債権処理を発見し,被告らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることを知り得たにもかかわらず,漫然これに気付かないままに本件株式譲渡契約を締結した場合,すなわち,原告が被告らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告の重大な過失に基づくと認められる場合には,公平の見地に照らし,悪意の場合と同視し,被告らは本件表明保証責任を免れると解する余地があるというべきである。
 しかし,企業買収におけるデューディリジェンスは,買主の権利であって義務ではなく,主としてその買収交渉における価格決定のために,限られた期間で売主の提供する資料に基づき,資産の実在性とその評価,負債の網羅性(簿外負債の発見)という限られた範囲で行われるものである。前記のとおり,アーンストアンドヤングは,本件のデューディリジェンスにおける営業貸付金の評価については,修正純資産法を採用し,一般的な手法である一部DCF法及び営業権(のれん)の考え方を採用して,将来金利収入及び将来元本返済の合理的な見積額(将来キャッシュフロー)を算定し,その現在価値を求めることとしており,和解債権については,和解内容のとおりに返済がなされているか否かの確認も行わず,上記生データについても,和解債権に
ついては,一般的なフォームを知るために数通の合意書を提出させるにとどめ,サンプリングで抽出された35件全部について照合を行うことはしなかったのであるが,このことについては特段の問題はない。また,アルコが監査法人による監査を受けていたことからすると,アーンストアンドヤングがアルコの作成した財務諸表等が会計原則に従って処理がされていることを前提としてデューディリジェンスを行ったことは通常の処理であって,このこと自体は特段非難されるべきでない。アーンストアンドヤングは,アルコの監査法人の変更の理由についても,ビーエー東京及びBに対して確認しており,トーマツに確認しなくてもそれが重大な落ち度であるということはできない。本件においては,取り分け,前記のとおり,アルコ及び被告らが原告に対
して本件和解債権処理を故意に秘匿したことが重視されなければならない。以上の点に照らすと,原告が,わずかの注意を払いさえすれば,本件和解債権処理を発見し,被告らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることを知り得たということはできないことは明らかであり,原告が被告らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告の重大な過失に基づくと認めることはできない。
 なお,被告らは,通常企業の買収のためのデューディリジェンスにおいては買主の選択する会計処理及び評価の方法により財務諸表を作成するとか,和解債権の会計処理について元本及び利息のいずれの弁済に充当されているかは重要であるので十分に調査するなどと記載された公認会計士の意見書(乙14)や和解債権の取扱いについて生データ等をチェックするのが通常であり,それをすれば和解債権処理の実態については分かるはずであると記載された弁護士の意見書(乙15)を提出するが,いずれも一般論を述べるにすぎず,本件M&Aにおけるデューディリジェンスの手法,実態と必ずしも整合しない上,被告ら及びアルコにおいて本件和解債権処理を秘匿していた事実を考慮していないものであるから,これらの意見書は上記結論を左右しない。
 5 争点4について
 前記のとおり,本件株式譲渡契約において,アルコの株式の譲渡価格は,平成15年10月31日時点の貸借対照表に基づくアルコの財務状況により算出された1株当たり1165円とすることが明記されており,アルコの簿価純資産額を基準としたものであるところ,同日時点における簿価純資産額は,本件和解債権処理によって,本来減少すべき元本が貸借対照表上不当に資産計上されており,上記3で認定したとおり,その額は2億7538万5023円であるから,株式の譲渡価格は,2億7538万5023円だけ不正に水増しされたものというべきである。したがって,被告らは,本件表明保証責任に基づき,原告に対し同額を補償する義務を負う。この点についての被告らの主張は採用することができない。証拠(甲39,証人I)によれば,
原告が本件和解債権処理に気付いた後,これをあるべき処理に戻すためのシステムの修正を外部会社に委託し,その費用として168万円を支出したことが認められる。
 また,原告は,本件訴訟を追行するために,Dやアーンストアンドヤングの担当者に意見書や陳述書の作成及び証言を依頼し,平成17年7月31日までの費用として122万8500円(消費税相当額込み)を請求されていることが認められ,これは,本件表明保証した事項に違反したことに関連して発生した合理的な範囲内の費用ということができるから,本件表明保証責任に基づき,被告らが負担すべきものというべきである。同様に,原告が被告らの本件表明保証責任を追及するための合理的な範囲内の弁護士費用も被告らが負担すべきものというべきであるが,本件訴訟を追行するために合理的な弁護士費用は,2700万円と認めるのが相当である。
 よって,被告らは,原告に対し,本件表明保証責任に基づき,連帯して,これらの合計である3億0529万3523円及びこれに対する請求の日であることが明らかな本件訴状送達の日の翌日である平成16年4月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負う(原告は,本件株式譲渡契約締結の日の翌日を遅延損害金の起算点として主張しているが,上記主張は理由がないというべきである。)。
6 結論
 以上の次第で,原告の請求は,被告らに対し,連帯して3億0529万3523円及びこれに対する平成16年4月22日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第37部


裁判長裁判官 中 村 也寸志


裁判官 北 澤 純 一


裁判官   久 次 良奈子