H18. 1.26 名古屋地方裁判所 平成17年(行ウ)第35号 損害賠償請求事件

 本件は,一宮市が,調査会社との間で一宮市内で発生した浸水被害の原因調査等を委託する旨の契約を締結し,その委託代金として1260万円を支払ったことについて,同市の住民である原告が,上記契約は地方自治法2条14項,地方財政法4条1項に違反した違法なものであり,同契約に基づく委託代金の支払も違法であるなどと主張して,被告に対し,同契約の締結等をした市長である個人に委託代金相当額の損害賠償を請求するよう求めた住民訴訟であるところ,原因調査等を委託する必要性があり,本件調査報告書についてもずさんなものとは認められないとして,原告の請求が棄却された事例


平成18年1月26日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成17年(行ウ)第35号 損害賠償請求事件

口頭弁論終結の日 平成17年11月16日

          判        決

主        文

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 原告の請求

  被告は,Aに対し,1260万円の金員を請求せよ。

第2 事案の概要

本件は,一宮市が,B株式会社(以下「調査会社」という。)との間で一宮市内で発生した浸水被害の原因調査等を委託する旨の契約を締結し,その委託代金として1260万円を支払ったことについて,同市の住民である原告が,上記契約は地方自治法2条14項,地方財政法(以下「地財法」という。)4条1項に違反した違法なものであり,同契約に基づく委託代金の支払も違法であるなどと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づいて,被告に対し,同契約の締結等をした市長である個人に委託代金相当額の損害賠償を請求するよう求めた住民訴訟である。

 1 前提事実(争いのない事実及び証拠等によって容易に認定できる事実)


(1) 当事者

原告は一宮市の住民である。
被告は一宮市の市長であり,Aはその職にある者である。


(2) 浸水被害の発生

平成16年10月20日から同月21日未明にかけて(以下,同月20日と同月21日については,単に「20日」,「21日」とも表記する。),台風23号(以下「本件台風」という。)が,大阪府泉佐野市付近に再上陸後,近畿・東海・関東甲信地方を横断したが,その際,愛知県一宮市浅井町河田地区所在の桜の里団地において,床上浸水19棟,床下浸水37棟の被害が生じた(以下,桜の里団地周辺を含めた浸水被害を「本件浸水被害」という。甲3,乙4,14の5,15)。

(3) 浸水被害地付近の排水管理状況

一宮市は,愛知県北西部に位置しており,同市の北側を,岐阜県との県境に沿って,木曽川及びその支流である南派川が,東から西へと流れている。桜の里団地は,南派川の南側に広がる同市浅井町河田地区内にあって,そのすぐ北側に南派川の新堤が,南側に旧堤がそれぞれ東西方向に設けられている。そして,桜の里団地の中心部から北西方向約500メートルに位置する南派川の新堤に大野排水樋管樋門(以下「大野ゲート」という。)及び大江排水樋管樋門(以下「大江ゲート」という。)が並んで設置されている(別紙図面参照)。
そのうち,大野ゲートは,新堤,旧堤及び大野排水樋管によって囲まれた地域(大野,河田,黒岩の各地区。以下「本件地域」という。)に降った雨を東西方向に走る大野排水路に集め,これを南北方向に走る大野排水樋管を通じて,木曽川(南派川)に流出(自然流下)するとともに,同川の洪水が大野排水路へ逆流することを防止するためのゲートであり,大江ゲートは,日光川流域の湛水を暗渠形式の大江排水樋管を通じてポンプで木曽川に放流するためのゲートである。これらの開閉は,南方約3.2キロメートルに位置する大江排水機場からの遠隔操作によって行うことができる。(乙4,10及び11の各3)。


(4) 大江ゲート及び大野ゲートの管理態勢

一宮市は,C株式会社(以下「C会社」という。)との間で,大江排水機場の運転管理業務,大江ゲート操作管理業務及び大野ゲート操作管理業務を委託する旨の各契約を締結し,次のとおり,大江排水機場の管理規程及び大野ゲート操作要領を定めている。これによれば,南派川の水位(外水位)が一定の高さまで上昇した場合には,河川水の逆流を防止するために,大江排水機場からの遠隔操作によって,ゲートを閉じることとされている(乙10及び11の各1ないし3,12の1・2)。
ア たん水防除事業大江地区 大江排水機操作管理規程(以下「大江ゲート管理規程」という。乙10の3)の抜粋

第2章 機場等の操作方法等

(洪水時における操作の方法)


第6条 機場遊水池の量水標において測定した水位(以下「内水位」という。)が,TP(注;東京湾平均海面を指し,標高と同様の基準で河川の水位などを表示するものである。)10.90m以上の時を洪水時といい,次の各号の定めるところにより,機場等を操作するものとする。

(1) 内水位が,TP10.90m未満の間においては,1号ゲートは全閉しておくものとする。
(2) 内水位が,TP10.90mに達し,更に上昇のおそれのある場合は,1号ゲートを全開した後排水機を始動するものとする。

(3) 排水機運転中に,ひ管量水標において,測定した南派川の水位(以下「外水位」という。)が,TP15.50m又は木曽川成戸量水標において測定した水位(以下「成戸水位」という。)が,5.80mに達したときは,河川管理者に排水機の運転状況を報告するものとする。

(4) 排水機運転中に,外水位が,TP17.50m又は,成戸水位が,6.60mに達したときは運転を停止し,1号ゲートを全閉するものとする。

(5) 内水位が,TP10.90m未満に低下した場合は,排水機の運転を停止し,1号ゲートを全閉するものとする。

      (以下略)
第4章 雑則
(日報等)
第13条 管理者は,機場等を操作(点検及び整備時を含む)したときは,運転開始及び終了日時,燃料消費量,燃料補給量,機械器具の異常及び修理個所等を記載し,これを保存するものとする。
(以下略)
イ 大野排水樋管操作要領(以下「大野ゲート操作要領」という。乙11の3)の抜粋
2 洪水時に於ける操作の方法

この排水樋管は常時量水標に於いて測定した南派川の外水位TP13.00m未満に於いては大野排水路の排水をするためゲートを解放しておき極力自然排水をする。
南派川の量水標水位がTP13.00m以上の時を洪水時といい,その後も増水する恐れがある時は,樋門操作に必要な機械器具等の点検および整備を行い南派川から樋管へ逆流が始まった時(計画洪水敷高TP13.87m)は,全閉する。

ゲートを全閉している場合に於いて排水路の水位が外水位より高くなった時は,これを速やかに全開し,排除する。

(中略)
4 操作に関する記録

ゲートを操作した時は,その都度次に掲げる事項を記録しておくものとする。
(1) 操作の開始および終了の年月日ならびに時刻

(2) 気象および水象の状況

(3) 操作したゲートの名称

(4) 操作の際に行った通知および警告の状況

      (以下略)

(5) 本件浸水被害の調査等委託契約締結

一宮市の助役Dは,平成16年11月2日,一宮市が調査会社に対して,1260万円で,浅井町大野地内外浸水原因調査等業務を委託することについて決裁した(予算の編成及び執行に関する規則28条,同規則別表第1。乙33の1)。その上で,被告は,同月4日,調査会社との間で,同社に本件浸水被害の原因調査等の業務を委託する旨の契約を,履行期間平成16年11月5日から平成17年3月18日(後に,履行期間は平成16年11月5日から平成17年3月30日に変更されている。),業務委託代金1260万円の約定で締結した(以下「本件契約」という。乙24,25の1・2,27の2,33の1)。
  (6) 委託料の支出
調査会社は,平成17年3月,本件契約に基づいて実施した調査の結果を「浅井町大野地内外 浸水原因調査等業務委託報告書」と題する報告書(以下「本件報告書」という。乙4)に取りまとめ,一宮市に提出した。
一宮市の検査員は,同月31日,報告書等の成果品の完成検査を行った結果,設計書及び仕様書のとおりに施行されたことを確認した。これを受けて,建設部長は,同年4月7日,上記委託代金の支出命令を発出し(一宮市専決規程10条,同規程別表第3。乙33の3。以下「本件支出命令」という。),同月15日,一宮市収入役Eにより,同代金が調査会社に支払われた(以下「本件支出」という。乙33の2・3)。


(7) 監査請求とその結果

原告は,平成17年5月30日,一宮市監査委員に対して,本件契約は不要なものであり,本件支出も違法であるなどと主張して,委託代金相当額を一宮市に弁済するよう求める住民監査請求を行ったが,同委員は,同年7月22日付けで,同請求を棄却し,そのころ原告に通知した(甲1,2)。
原告は,同月25日,上記監査結果が不服であるとして,当裁判所に対し,本訴を提起した。

2 本件の争点

本件契約の締結及びこれを決定した行為並びに本件支出命令及び本件支出は,地方自治法2条14項,地財法4条1項に反するか。具体的には,
(1) 本件浸水被害は大野ゲートの誤操作による南派川からの逆流に起因することが明らかであり,そもそも原因調査等を委託する必要性がなかったか。

(2) 本件報告書は,調査内容がずさんで役に立たないものであり,委託代金を支払う必要のないものであるか。


3 当事者の主張の要旨

(1) 争点(1)(原因調査等を委託する必要性の有無)について
(原告)


地方自治法2条14項は,「地方公共団体は,その事務を処理するに当たっては,住民の福祉の増進に努めるとともに,最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と定め,地財法4条1項は,「地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて,これを支出してはならない。」と規定している。
しかるに,本件浸水被害の発生が,大野ゲートの操作の誤りによって河川水の逆流が生じたことに起因するものであることは,以下の事実に照らして明らかであるにもかかわらず,一宮市助役は本件浸水被害の原因調査を調査会社に委託することを決定し,被告は本件契約を締結しているが,これらは,いずれも必要性が認められず,地方自治法2条14項,地財法4条1項に反している。

ア グレーチング(穴の開いた溝蓋)からの噴出

本件浸水被害の原因については,その直後から,浸水被害発生時に排水路のグレーチングから水が噴出していたという複数住民の目撃証言があり,南派川からの河川水の逆流が原因ではないかという見方があった。

その目撃証言によれば,「桜の里団地南東のグレーチング(TP15.14メートル)から50センチメートルくらい噴き上げていた」というのであるから,目測による誤差を最大限考慮して噴き上げた高さを30センチメートルとすると,噴水の高さは少なくともTP15.4メートルとなる。

南派川の水位は,浸水発生時である21日0時30分には,少なくともTP15.61メートルであり,その後TP16.58メートルまで達しているから,水の噴出が南派川の逆流によって生じたと考えるのは理に適っている。

これに対して,TP14.88メートルである桜の園付近で浸出した水が,TP15.4メートルに達する水の噴出の原因となることは物理的にあり得ない。実際,20日24時時点の降雨流出水(2万5000立方メートル)から,光明寺方向への流出水量3700立方メートル及び排水管容量6300立方メートルを控除した1万5000立方メートルがAグランド,Bグランド及び桜の園に均等に滞留すると,水位はTP15.02メートルとなり,この時点で桜の里団地の一部に2センチメートル以下の浸水があったと考えられるところ,床上浸水の報告があった21日2時30分までの間に,Aグランド,桜の園,桜の里団地は一衣帯水の状態となり,同じ速さで水位が上昇したと考えられるから,地下から湧出した水が桜の里団地のグレーチングから噴出したことはあり得ない。

イ 大野ゲートが閉門されていなかったこと

(ア) 20日及び21日付け各大野排水樋管樋門点検作業日報(以下「本件各日報」という。)がねつ造であること


本件各日報によれば,20日12時30分にゲートを閉め,21日2時30分に再びゲートを閉めたことになっているが,閉めたゲートを再び閉めることはできないから,その間に大野ゲートを開けたはずである。そうすると,本件各日報は,ねつ造されたものであると考えられる(なお,2回目のゲートを閉めた記載が誤りである可能性もあるが,脱落はあり得ても,事実にないことを誤って記載することは普通ではあり得ない。)。
この点について,被告は,本件各日報には大野ゲートと大江ゲートの両方のゲート操作を記載する慣例になっていた旨主張するが,①両方のゲート操作を混同して記入すれば,当該欄の様式では両者を区別できないこと,②大野ゲートの点検作業日報のほかに大江排水機場点検作業日報があるはずだから,大江ゲートの操作を本件各日報に記載する必要がないこと,③大江ゲートはポンプ始動時に開放し,停止時に閉門されることになっていたから,本件各日報に大江ゲートの開閉状況を記載する必要がないこと,④平成16年4月1日から同年10月19日までの大野排水樋管樋門点検作業日報のうち当該欄に何らかの記載のあった4日分についてもゲート操作の記事は皆無であること,以上からすれば,被告主張の慣例は存在せず,本件各日報は,本件浸水被害後にねつ造されたものである。


(イ) 大野ゲート操作時点での原記録がないこと

本件各日報は,事後に作成されているところ,その記載等の正確性を検証するためには,操作時点における原記録を確認する必要がある。そこで,原告は,一宮市に対し,本件各日報の元となる操作時点での原記録の開示を求めたが,一宮市は,そのような記録はないと回答している。そうすると,ゲート操作に誤りがなかったとの被告の主張は,これを最終的に証明すべきゲート操作の原記録が存在しないことから,信用すべき根拠を欠くというべきである。

(ウ) 被告提出の陳述書を根拠にできないこと

複数の陳述者が一団となって陳述するというようなことは,法も想定していない常識外のことであって,被告提出の陳述書は証拠価値を欠いている。

ウ 地下水湧出説には合理的な根拠がないこと
(ア) 被告は,浸水した水は河川水とは異なり比較的きれいであったと主張するが,大野ゲートが開放されて逆流が生ずるまでに排水樋管や排水函渠内等には降雨流出水が滞留していたのであるから,比較的きれいであったと感じたとしても,逆流を否定する根拠とはならないし,濁った水でも,水面が静止している以上,空は映るから,空が映った写真があったとしても水が澄んでいたとは限らない。

(イ) 被告が湧出跡とするものは,樹木周辺に集中していて,グランドにはないから,モグラの穴にすぎない。

(ウ) 逆流して浸水した河川水は,河川敷の雑木林やグレーチングのスリットで浮遊物をこし取られたもので,排水後に残留物がなかったとしても,地下水湧出説の根拠とならない。

(エ) 本件報告書において,最も低地にある一箇所だけを水噴出グレーチングとしたのは,ねつ造であり,これに基づく地下水湧出説は,虚構である。

エ 一宮市建設部長の発言

一宮市議会において,建設部長は,「一応,操作要領におきましては,ゲートの閉じるタイミングといいますか,そういう水位が決まっておりまして,南派川の外水位が13.87メートルというのが要領で定まっています。今回は,堤内地側の大江排水機場の水位を見ながら操作いたしましたものですから,そういう点で齟齬があったということでございます。」と答えており,ゲート操作時において南派川の水位を確認しなかったことを認めている。

(被告)
原告の主張は争う。
ア 本件浸水被害の原因調査の必要性
本件台風に備えて,一宮市は,消防本部内に災害対策本部を設置し,一宮市各部の職員を配置していたところ,本件台風による降雨は20日20時過ぎにおおむね終息したが,21日0時30分,桜の里団地の住民から床下浸水の通報が入り,同日2時30分,床上浸水の通報が入った。当時,南派川の水位は上昇していたことから,一宮市は,本件浸水被害の要因が南派川の水位上昇による可能性が高いと判断した。

そこで,同年10月22日,①C会社の操作従業員3名から,ゲートの操作について事情聴取したところ,20日12時30分から21日16時までは,大野ゲートを全閉していたとの供述が得られたこと,②大野ゲートが確実に閉門するか否かの動作確認を行ったところ,正常であったこと,③当時現場で排水作業等に当たっていた関係者から,浸水時の水は河川水とは違って比較的きれいだったという報告を受けたこと,これらから,南派川の河川水の逆流の可能性は低くなったと判断した。

しかしながら,逆流の可能性が皆無になったわけでもなく,本件浸水被害の原因がいかなる要因によるものか不明であった。そのため,一宮市は,本件浸水被害の原因を究明し,今後の域内の浸水被害の再発を防止するために,浸水の要因として考えられる各種の要因の検討を行うべく,地質調査,自然災害のリスクの調査,解析,診断などを専門とし,経験豊富な専門業者に調査を委託する必要があり,また,浸水原因の調査は早急にしないと,現場の浸水跡が消滅する可能性があるので,専門業者に早急に調査を委託する必要があると判断したのであり,本件契約締結の必要性があることは明らかである。

イ 原告の主張に対する反論

この点について原告は,(ア)グレーチングからの噴出の原因が河川水の逆流であること,(イ)大野ゲートの誤操作が明らかであり,閉門されていなかったこと,(ウ)地下水湧出説には合理的な根拠がないこと,(エ)市議会における建設部長の発言などから,大野ゲートの誤操作が本件浸水被害の原因であることが明らかである旨主張する。しかしながら,以下のとおり,いずれも誤っている。

(ア) グレーチングからの噴出


グレーチングからの噴出によって,本件浸水被害の原因が河川水の逆流であると決めつけることはできない。すなわち,原告の主張する数値は,単に平均地盤での比較にすぎない。
実際には,本件報告書のとおり,Aグランド及び桜の園の地下から浸水した地下水は,公園内の側溝,集水桝から南の排水路に流れ込むが,その先の大野ゲートが閉門して行き場を失った水により水路内の水位は上昇し,TP14.71メートル以上の高さになるとグレーチングからあふれ出すことになる。本件浸水被害においては,桜の園及び排水路のマンホール部分などの浸水跡から確認した浸水位がTP15.47メートルであったことから,浸水時にTP14.71メートルのグレーチングから水があふれたのは,地下水の浸出水が原因である。


(イ) 大野ゲートの誤操作はなく,閉門されていたこと

C会社は,大野ゲートを,20日12時30分に全閉し,21日16時に50センチメートル開けるまでは,ゲートを閉じたままであった。このことは,本件各日報,確認書(乙21の1),本件報告書からも明らかである。
すなわち,本件各日報の表題は大野ゲートの点検作業日報ではあるが,大江ゲートと大野ゲートが並んで設けられているため,両者のゲートの開閉が記載されているところ,これによると,大野ゲートは,20日12時30分に閉められた後(自然流下ゲート閉),21日16時に開門される(自然流下ゲート50センチメートル開)まで連続して閉門されている。

この点について,原告は,ゲート操作時点における原記録がないことを理由に,本件各日報の記載の正確性を検証できない旨主張するが,C会社は,本件各日報及び確認書を作成すると,実際の現場において作業時に記載したメモを廃棄しており,現在は存在していない。したがって,一宮市がこれを受け取ったこともない。


(ウ) 地下水湧出説について

上記のとおり,C会社の従業員からの聴き取り,大野ゲートの開閉状況の確認,排水作業等に当たっていた関係者からの浸水時の水が比較的きれいであったとの情報等から,本件浸水被害の原因が南派川からの逆流である可能性は低くなった。
実際にも,桜の園周辺の浸水状況を撮影した当時の写真によれば,明らかに澄んだきれいな水が滞留しているところ,この滞留水に占める降雨流出水の割合は,当該地域の地質が非常に透水性の高い層から成っていることを考慮すると,10パーセント程度であって,濁流水を薄めるには足りないから,上記浸水が南派川からの逆流水によるものとは考え難く,したがって,上昇してきた地下水の噴出が原因である可能性を否定することはできない。


(エ) 建設部長の発言について

原告は,市議会において建設部長が,大江排水機場の水位を見ながら操作した点で大野ゲート操作要領との間でそごがあった旨発言したことを根拠に,ゲート操作において南派川の水位を確認しなかったと非難している。
しかしながら,上記操作要領では,南派川の水位がTP13.87メートルで全閉することになっているが,実際は大江排水機場非常運転マニュアルに従って操作していたものであり,これによると,大江排水樋門を開けて排水をすると大野排水路へ逆流する可能性があるため,大野のゲートは全閉にすることになっており,これによって大野のゲートを全閉にしたのであって,上記非難は当たらない。

(2) 争点(2)(本件報告書のずさん性)について

   (原告)
本件報告書の内容は,以下のとおり,ずさんであって本件浸水被害の原因解明に役立たないものであるから,調査会社に委託代金を支払うことは,地方自治法2条14項,地財法4条1項に反し,違法である。
ア 調査すべきことを調査していない。

(ア) ゲート操作の事実を調査会社自身で調査,検証していない。

(イ) 住民等の目撃情報を調査,検証していない。

イ 基本的な情報を正確に示していない。

(ア) 光明寺方向への排水樋管の存在を無視している。


すなわち,本件報告書は,大野ゲートが閉じていたことを前提にして,降雨流出量と排水管路容量等の関係を詳細に計算し,地下水湧出説を立証しようとしている。しかし,仮に,大野ゲートが閉じていたとしても,大野排水路は,光明寺排水樋管とつながっており,光明寺排水樋管樋門が21日1時30分まで開いていたことから,20日の当該地域の降雨流出水の相当量が光明寺排水樋管樋門に流れていたはずであり,被告の上記計算は無意味なものといわざるを得ない。
この点について,被告は,光明寺排水桶管による流量は少なく,解析に影響を与えないから除外した旨主張する。しかしながら,20日12時30分(ポンプ始動でゲートが閉門された時刻)から21日1時30分(光明寺樋管ゲートが閉じられた時刻)までの13時間に光明寺排水樋管方向に流出した水量は,管径0.6メートル,水路長1500メートル,水位差1メートル(浸水最高水位の水路中心からの相対値2.53メートル等から設定)等によって7400立方メートルと算出したが,この数値は排水樋管容量6300立方メートルを超える量であり,流量が少ないとはいえない。

したがって,光明寺排水樋管による少なからざる流量の存在を認識していなかったのであれば過失があり,認識しながら除外したというのであれば手抜きであり,いずれにしても,本件報告書はずさんである。


(イ) 迂回排水管の接続位置を正確に表示していない。

迂回排水管は,逆流防止装置の東,つまり上流で大野排水路から分岐しているにもかかわらず,本件報告書は,逆流防止装置の付近というあいまいな記述をして,事実を歪めた上,残留物などについての極めて薄弱な根拠をもって,迂回排水管を通じて泥水が逆流した形跡は確認されていないと結論し,河川水の逆流がなかったことを強弁している。

(ウ) ゲート,グレーチング等の重要なTP値を示していない。
ウ 推論が論理的でない。

(ア) 大野ゲートの開閉状況について


本件報告書は,大野ゲートが本件浸水被害当時閉じていたと結論づけており,その根拠として,①行動記録によると20日12時30分に閉門していること,②本件浸水被害後,施設のモニターは,門扉が閉じていたことを表示していたこと,③門扉頂上には,周辺の洪水を被った場所と同様に泥が溜まっていたこと,④浸水地に泥のほかに漂流物がないことを挙げているが,以下のとおり,いずれも根拠に成り得ず,そのように結論づけることはできない。

a ①について
行動記録は,調査会社が作成しており,その記載内容の根拠が明らかでなく,信用できない上に,20日12時30分以後にゲートが開けられることもあり得たのであるから,これを根拠とすべきではない。

b ②について

本件浸水被害後のモニターの状況を根拠とするなどは論外であり,実際に,建設部長は,市議会において,災害発生前後4回の時点(20日16時,同21時,21日3時,同5時)におけるモニター確認の事実を明確に述べているが,モニターを確認したとする記録は存在せず,信用できない。仮に,モニターの確認が事実であるとしても,それは,本件浸水被害時におけるゲートの状態を直ちに証明するものではない。

c ③について

本件報告書の推論は,ゲートが開いている状態では,門扉の頂上が河川に没する可能性がないことを前提とするが,そのようなことは明らかではない。したがって,門扉頂上の泥は,必ずしもゲートが閉じていたことを証明するものとはいえない。このような推論をするのであれば,開閉時における門扉上端のTP値を明確にすべきである。
実際,原告の推定では,50センチメートル開のときの門扉の頂上の高さは,TP約14.5メートルであり,浸水被害発生時の水位はTP16メートルを超えているから,門扉が50センチメートル開いていたとしても,門扉上端は約4時間河水中にあったことになる。

また,「周辺の洪水を被った場所と同様に泥が溜まっていた」のであれば,現在においてもその痕跡があるはずであるが,そのような痕跡は見当たらず,その前提自体が極めて疑わしい。


d ④について

本件報告書は,大野ゲートからの逆流がなかったことの根拠として,浸水地において泥のほかに漂流物が堆積していないことを挙げているところ,大野ゲートの上流およそ100メートルから500メートルにかけて河川敷に雑木林があり,その上流側には,漂流物などが堆積しているが,雑木林から下流には,そのような堆積物がほとんどない。このことは,大野ゲートに至るまでに,河川水の浮遊物が雑木林によってすき取られたことの表れであると考えられ,しかも,降雨によって薄められているから,泥や漂流物等の堆積物の有無をもって単純に判断することはできない。
(イ) 地下水湧出説について

本件報告書の地下水湧出説は,争点(1)についての原告の主張ア,ウのとおり,合理的ではなく,虚構である。

(ウ) 逆流防止装置について

本件報告書は,逆流防止装置は,逆流によって完全に閉じる構造を有しながら,本件浸水被害時に閉じた形跡がなかったことから,扉を動かすような大きな流れは生じていなかったと推論しているが,閉じた形跡がなかったことについての根拠が示されていない。そうすると,調査の時点で,門扉が土砂によって動かない状態にあったことを理由としていると解さざるを得ないが,このことは,堆積土を排土しない程度の逆流があったことは必ずしも否定できないことを意味する。つまり,本件報告書は,逆流防止装置を経由しない迂回排水管の存在にも触れず,逆流があっても,逆流防止装置によって浸水が防止されるがごとく印象付けようとしたものといえる。

エ 根拠の不確かな応急対策提言は,役に立たないばかりか有害である。
(ア) 真の原因を棚上げし,ゲート管理等の必要な改善を妨げる。

(イ) 無用あるいは不適切な対策事業に一宮市の予算を浪費させる。


本件報告書は,大野排水樋管に災害用ポンプを設置することを提案しているが,集中的降雨時の流出水量を根拠に設計すれば十分であるのに,ゲートの誤操作によって発生した浸水量を根拠にポンプを設置すれば,処理必要水量が過大となって一宮市の予算の乱費につながるおそれがある。
また,本件報告書は,逆流防止装置の改良等が必要である旨提言しているが,これは,逆流防止装置に問題があったこと,迂回排水管を通じて河川水の逆流があったことを前提にしたものであるはずで,本件報告書の当該施設に関する調査結果と矛盾している。

さらに,本件報告書は,桜の里団地への流入防止のための遮水壁の設置を提案しているが,報告書自体が浸水原因を特定できていないのであるから,確かな理由のない思いつきにすぎない。

 (被告)
    原告の主張はすべて争う。

ア 本件報告書の概要
本件報告書は,本文65頁に各種資料を添付したものであり,その内容は,1業務概要,2業務内容,3浸水当時の状況,4当該地(本件地域)の特徴,5調査結果,6考察ならびに検討から成る詳細なものであり,想定される浸水の要因のうち河川水の逆流については,痕跡が確認されないことと,大野ゲートが閉門されていたことから否定されるとした上,本件浸水被害をもたらした要因として,地下水位(伏流水)の挙動が大きく関与しているが,これ以外に,①事前の降雨の影響により,地盤が飽和状態に近く地下水が河川水位や降雨の影響を敏感に受けやすい状態にあったこと,②例年の月間降水量に相当する豪雨が短期間に集中したこと,③降雨と共に域内にあふれ出した流出水が地盤に浸透し,地下水位の上昇を助長したこと,④河川水位が地盤高よりも上昇したことが複合的に影響していると結論づけているものであって,原告の主張するようなずさんなものではない。

イ 原告の主張に対する反論

(ア) 調査状況について


原告は,本件報告書は目撃情報を調査,検証していない旨主張するが,上記のとおり,本件報告書は,グレーチングから水があふれた原因は,行き場を失った地下水が噴出したことにあると認定している。

(イ) 基本的情報の表示について

原告は,本件報告書が論じた地下水湧出説の計算過程について,大野排水路が光明寺排水樋管につながっていることの認識を欠く無意味なものと主張する。
しかし,もともと大野排水樋管の周辺には,水道水の伏流水を汲む大野水源があり,雑排水で汚したくないため,大野排水路と光明寺排水路をφ(径)600のサイフォンで接続し,黒岩,河田地区の住宅地からの日常の雑排水を光明寺排水路に流しているにすぎない。そして,サイフォンの標高はTP10.3メートル程度であり,大野排水路底のTP12.88メートルと比較すると2.5メートル低いところ,この2.5メートルの高低差の部分には排水が常に溜まっており,泥などの堆積物が溜まりやすい構造となっている。そのため,この日常の雑排水の流量はわずかなもので,無視しても解析に影響しない。

(ウ) 大野ゲートの開閉状況について

原告は,①行動記録の根拠が明らかでないこと,②モニターの記録は,建設部長の回答と比較して,信用できないこと,③門扉頂上に泥が溜まっていたことにより,門扉は河川水中にあったとする本件報告書の推論は成り立たないこと,④泥や漂流物の堆積の有無で判断できないことなどを主張する。
しかし,①については,行動記録は,市の建設部の時系列行動メモ及び消防本部の被害及び活動状況等に基づくものであり,根拠を有する。また,②については,モニター記録は,平成16年12月6日付けのC会社からの確認書(乙21の1)に基づくものである。さらに,③については,そのとおりであるが,④については,ごみなどは,雑木林ですき取られることはあっても,泥はすき取られることはなく,実際に,ゲート及びスラブの上面に泥が残存しており,それらが,乾燥してバリバリの状態になっているところから,数時間河川水の中にあったことが明らかである。


(エ) 地下水湧出説について

地下水が本件浸水被害に大きく関わりを有する原因となっていることについては,争点(1)についての被告の主張イのとおりである。
なお,原告は,21日0時における,Aグランド,Bグランド及び桜の園に滞留した水位をTP15.02メートルであると主張するが,桜の里団地の南西部の住宅の地盤面は,団地の中で特に低く(TP14.7メートルから14.8メートル),滞留水位TP15.02メートルでは降雨流出水によって20日20時ころ床下浸水が発生することになり,矛盾している。


(オ) 逆流防止装置について

原告は,浸水時に排水函渠に扉を動かすような逆流は生じていないとの本件報告書の判断を堆積土を除去した上でのものであると非難するが,調査の際,除去したことはない。
したがって,大野ゲートが全閉していたと判断した本件報告書がずさんであるとはいえない。


(カ) 応急対策提言について

原告は,本件報告書が応急対策として逆流防止装置の改良などを提言していることに対し,河川の逆流があったことを前提としており,その推論と矛盾する旨主張するが,提言に係る逆流防止装置は,Aグランド,Bグランド及び桜の園に水を一時的に溜めるための装置であって,大野ゲートのそれではないから,誤解に基づくものである。
第3 当裁判所の判断
1 住民訴訟の対象となる行為について


地方自治法242条の2に定める住民訴訟は,公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める民衆訴訟の一種であって,法律の定める場合において,法律に定める者に限り,提起することができる(行政事件訴訟法42条)ところ,住民監査請求について定める地方自治法242条1項は,住民は,「違法若しくは不当な公金の支出,財産の取得,管理若しくは処分,契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(略)と認めるとき,又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(略)があると認めるときは,……監査委員に対し,監査を求め……ることができる。」と定め,さらに,住民訴訟について定める同法242条の2第1項が,住民は,同法242条1項の規定による請求をした場合において,監査委員の監査の結果等に不服があるときは,「裁判所に対し,同条1項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき,訴えをもって次に掲げる請求をすることができる。」と定めていることから,住民訴訟は,同法242条1項に定める違法な公金の支出,財産の取得・管理・処分,契約の締結・履行,債務その他の義務の負担,公金の賦課・徴収を怠る事実,財産の管理を怠る事実を対象としていることが明らかである。
そして,住民訴訟制度は,地方公共団体の執行機関又は職員による地方自治法242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから,これを防止するため,地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものであることに照らせば,住民訴訟の対象は,上記のような財務会計上の行為又は事実の性質を有するものに限られ,そのような性質を有しないものは,住民訴訟の対象になり得ない(昭和53年3月30日最高裁第一小法廷判決・民集32巻2号485頁,平成2年4月12日最高裁第一小法廷判決・民集44巻3号431頁参照)。

ところで,原告は,本件契約の締結を決定する行為も違法な財務会計行為として本訴の対象とする旨主張するが,同決定行為は,一宮市の代表者としてその事務を統轄する被告から内部的な委任を受けた同市助役が,本件浸水被害の原因調査及び対策のための調査委託を行うとの支出負担行為を決議したものである(乙32,33の1)から,財務会計上の行為である契約に関連し,その準備としてなされたものではあるものの,契約締結の前段階における内部的な意思決定にすぎないから,それ自体は一宮市の財務状況に何らの影響を与えるものではなく,したがって,上記決定行為は財務会計上の行為には当たらないと解するほかない(住民訴訟の趣旨・目的に照らせば,契約の締結自体をその対象とすれば足りる。)。


2 争点(1)(原因調査の必要性)について

(1) 市町村は,基礎的な地方公共団体として,当該市町村の地域並びに当該市町村の住民の生命,身体及び財産を災害から保護するため,関係機関及び他の地方公共団体の協力を得て,当該市町村の地域に係る防災に関する計画を作成し,及び法令に基づきこれを実施する責務を有する(災害対策基本法5条1項)。そして,市町村が効果的で合理的な防災計画を作成し,それを実施するためには,災害の原因を調査し,具体的にどのような施策を実施するのが適切であるかについて検討を尽くす必要があることはいうまでもない。そのため,市町村自らが災害原因等について調査・検討することができることは当然であるが,事柄の性質によっては,専門的知見を有する外部の団体等に調査・検討を委託することができるし,あるいは,かかる方法がむしろ適切と考えられる場合もあり得る。その場合,市町村は,しかるべき団体等に調査・検討業務を委託する旨の契約を締結することになる。

ところで,地方自治法138条の2は,「普通地方公共団体の執行機関は,当該普通地方公共団体の条例,予算その他の議会の議決に基づく事務及び法令,規則その他の規程に基づく当該普通地方公共団体の事務を,自らの判断と責任において,誠実に管理し及び執行する義務を負う。」と定めているところ,同法2条14項は,「地方公共団体は,その事務を処理するに当つては,住民の福祉の増進に努めるとともに,最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と,地財法4条1項は,「地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて,これを支出してはならない。」とそれぞれ規定している。これらは,いずれも地方公共団体の財政の健全化を確保する趣旨によるものと考えられるところ,地方自治法2条16項,17項の法意に照らすと,単に会計事務担当職員に対して訓示的に事務の在り方を示すにとどまるものではなく,地方公共団体にとって不必要あるいは過大な経費負担をもたらす契約が締結された場合には,当該契約締結行為が違法と評価されることがあり得るというべきである。
もっとも,いかなる契約が不必要であるのか,あるいは過大な経費負担をもたらすかは,第一次的には,当該地方公共団体が,意図した行政目的実現の見地から,当該契約の目的,性質,給付内容,締結に至った経緯等を総合的に考慮して判断すべきものであるから,違法であると評価するためには,その裁量権の範囲を逸脱し,あるいはこれを濫用したと認められる場合に限られるというべきである。


(2) かかる見地から,本件契約締結の違法性の有無について検討するに,前記前提事実に証拠(甲2,3,12,乙4,12の1・2,14の5・15,16,17の1ないし3,18,19,20の1ないし3,23の1ないし3,24,31,35)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

ア 浸水地付近の位置関係
本件地域は,北を南派川,南を旧堤,西を大野排水樋管及び大江排水樋管に囲まれた区域であり,その東部には住宅地(浅井町黒岩地区及び浅井町河田地区。約31.5ヘクタール)が,その西部には,公園(桜の園,Aグランド及びBグランド等。約9.4ヘクタール),駐車場(約0.6ヘクタール)及び競技場(約2.0ヘクタール)がそれぞれある。

本件地域は,全体的に西側が低く,また,浅井町河田地区(住宅地の西側)内にある桜の里団地においては,南側が低くなっている。

イ 本件各ゲートの運用状況

(ア) 大野ゲートは,通常は,木曽川新堤と旧堤及び大野排水樋管に囲まれた地域(河田,黒岩,大野の一部地区)に降った雨を大野排水路に集め,これを大野排水樋管を通じて,木曽川(南派川)に流出する(自然流下)ためのゲートである。


大野ゲート操作要領によれば,南派川の水位(外水位)がTP13.00メートル以上に達し,その後も増水するおそれがある場合には,ゲート操作に必要な機械器具等の点検を行い,南派川の逆流が始まった時(TP13.87メートル)は,大江排水機場からの遠隔操作によって,大野ゲートを閉じることとされている。

(イ) 大江ゲートは,大江排水機場から洪水流出量の一部を暗渠形式で木曽川(南派川)に圧送して木曽川に放流するためのゲートである。

そして,大江ゲート管理規程によれば,内水位(機場遊水池)がTP10.90メートルに達し,さらに上昇するおそれがある場合は,1号ゲートを全開して排水機を始動し,排水機運転中に外水位(ひ管量水標において測定した南派川の水位)がTP17.50メートル又は成戸水位が6.60メートルに達したときは,運転を中止して1号ゲートを全閉し,木曽川(南派川)の洪水が大江排水樋管から逆流するのを防止することとされている。

(ウ) もっとも,大江排水機場においては,上記の定め以外に,非常運転マニュアル(以下「本件マニュアル」という。)が定められており,内水位10.80メートルで,大野ゲートを全閉し,大江ゲートを全開して,1号ないし3号のいずれかの排水ポンプを運転することとされていた。
ウ 本件浸水被害の発生

平成16年10月20日から同月21日未明にかけて,近畿東海地方を横断した台風23号による降雨は,20日20時過ぎにはおおむね終息したが,桜の里団地においては,21日0時30分,床下浸水が発生し,同日2時30分には床上浸水の被害が生じた。

エ 一宮市における予報,警報等の状況(時系列)

(ア) 10月20日 7時52分 暴風警報発令

                   消防本部内に災害対策本部設置
            11時45分 大雨・洪水警報発令

            23時55分 大雨・暴風警報解除

(イ) 10月21日 4時15分 洪水警報解除
6時20分 災害対策本部解散
オ 目撃情報等
(ア) 平成17年8月7日の浸水原因調査等に関する地元説明会に出席した住民に対するアンケート調査によれば,「水はどこから流れてきたか。」との問いに対して,「団地南のグレーチング。一番南東で50㎝くらい吹き上げていた。」,「南側排水路」,「排水路のグレーチングから吹き上げていた。」などと回答するものがあった。

(イ) 21日の排水作業等に当たっていた一宮市消防本部消防署職員及び同市建設部維持課職員の中には,浸水時における水は,河川水とは違って比較的きれいであったと述べた者がいた。

カ C会社に対する聴き取り調査等

一宮市は,10月22日に,聴き取り調査等を行ったところ,C会社の担当者は,20日12時30分から21日16時まで,大野ゲートを全閉していた旨供述し,本件各日報を一宮市に提出した。また,C会社は,一宮市に対し,同月27日,20日付け大江排水機場点検日報(1)及び(2)を提出した。

提出された本件各日報及び大江排水機場点検日報の内容は,次のとおりである。

(ア) 本件各日報の内容


a 10月20日付け日報には,次の記載がある。
       通常時欄 開度計50(cm)
  緊急対処欄

        日時 12時30分

         操作 閉

         水位 外水位12(m)

         状況 放流ゲート開。自然流下ゲート閉

b 10月21日付け日報には,次の記載がある。
       通常時欄 開度計50(cm) 
  緊急対処欄

        日時 2時30分 

         操作 閉

         水位 外水位16.3(m)

         状況 放流ゲート閉。自然流下ゲート閉 自動

  日時 16時

         操作 開

         水位 外水位13.8(m)

         状況 放流ゲート閉。自然流下ゲート50cm開 自動

(イ) 大江排水機場点検日報(記事欄)の内容
      12:00 大江台風接近大雨警報の為,緊急出動
      12:30 自然流下ゲート全閉,放流ゲート全開,管理ゲート閉

      13:00 外水位12.18m,内水位10.73m,3号ポンプ            運転開始

      15:30 外水位12.64m,内水位10.65m,1号ポンプ            運転開始

      16:00 3号ポンプ停止

      18:00 3号ポンプ運転開始

      21:00 3号ポンプ運転停止

22:30 3号運転,1号停止
 0:00 1号運転,3号停止

       0:30 1号停止,3号運転
       2:00 2号運転

       2:30 2号停止,3号運転停止

キ モニター表示の確認
一宮市の建設部職員は,10月22日,遠隔操作で大野ゲートが閉門するかを確認したところ,正常に作動し,大江排水機場の監視盤,大野ゲートの開度計,モニター表示が正常であることを確認した。

ク 浸水地の実地調査

10月24日に当時の建設部維持課長及び建設部公園緑地課長らが,Aグランド,Bグランド及び桜の園を調査したところ,Aグランド及びBグランドの新堤法尻周辺並びに桜の園の緑地帯付近に湧水跡のような穴が約70箇所存在しているのを確認した。

ケ 調査会社の業務,実績

調査会社は,昭和32年設立の株式会社であって,地質調査及び環境調査,自然災害に係るリスクの調査,解析,予測,診断等を業務として行っており,平成13年の東海水害,平成10年の茨城県那珂川の水害等の河川災害の調査を担当している。


(3) 上記認定事実を基に,本件浸水被害が大野ゲートの誤操作に起因することが明らかであって,原因調査の必要性がなかったかについて判断する。

ア 本件地域の降雨を集水する大野排水路は,大野排水樋管及び大野ゲートを通じて南派川に接続されているところ,本件台風による影響で,南派川の外水位が上昇していたから,本件浸水被害の原因を推測するに当たり,南派川からの逆流による可能性を考慮すべきことは当然というべきである。もっとも,本件浸水被害直後に行われたC会社の担当者に対する聴き取り調査からは,大野ゲートが全閉されていた旨の申述が得られていたこと,本件各日報に記載された大野ゲート(自然流下ゲート)の開閉状況も,10月20日12時30分に閉門され,21日16時に開門(50センチメートル)されるまで,一貫して閉じられていた(20日12時30分の操作欄の「閉」は大野ゲートの操作を示し,21日2時30分の操作欄の「閉」は大江ゲート(放流ゲート)のそれを示している。)とされており,上記申述と符合していたこと,排水作業等に従事していた者から,浸水した水は,濁流である河川水とは異なって比較的きれいであったとの申述を得ていたこと,10月22日に大江排水機場における遠隔操作で本件各ゲートが開閉するかを確認したところ,正常に作動したこと,Aグランド及びBグランドにおける新堤法尻周辺,桜の園緑地帯付近に地下からの湧水跡のような穴が約70箇所存在していたこと,一宮市が桜の里団地の南に設置されたグレーチングから水が噴出していたとの住民からの目撃情報を入手したのは,平成17年8月7日の地元説明会におけるアンケート調査からであること,これらを総合すれば,一宮市が,本件契約締結当時において,南派川からの逆流の可能性が全くないとはいえないものの,それ以外の原因によって本件浸水被害が発生した可能性が高いと判断したことは,合理的であったというべきである。
そうすると,本件浸水被害が南派川からの逆流によることが明らかであったとはいえないから,一宮市において,本件浸水被害の原因を正確に把握し,その防止のために必要で有効な対策を検討すべく,浸水被害の原因調査を専門に扱う調査会社にその原因等の調査を依頼する必要性があったと判断することができる。

イ この点について,原告は,①桜の里団地南東のグレーチングからの噴出の原因は,河川水の逆流しか考えられないこと,②大野ゲートが全閉されていたと判断する根拠がないこと,③地下水湧出説には合理的根拠がないこと,④建設部長が水位を確認せずにゲートの操作をしたことを認めていることなどを理由に,本件契約締結の必要性はなかった旨主張する。

しかしながら,原告がその主張の根拠として挙げる点は,そのほとんどが本件契約締結以後(しかも本件報告書の提出後)に収集した資料に基づくものであって,上記判断を覆すものとはいえない上に,以下のとおり,個別的にも,本件契約締結の必要性の欠如を基礎づけるものとはいい難い。

(ア) グレーチングからの噴出について


原告は,桜の園やグランドの方が低地であるから,そこであふれ出た水がより高地にある桜の里団地のグレーチングで噴出するはずがない旨主張するところ,確かに,桜の里団地と桜の園等の間に指摘の高低差が存在することを所与の条件として静的に考察すれば,低地で浸出した水が高地で噴出することは考えにくいといわねばならない。
しかしながら,一般に,排水管の流出容量を超える水が排水管に流入した場合には,行き場を失った水がグレーチングから噴出する事態が考えられるところ,前記認定のとおり,本件地域は,東から西に流れる木曽川及び南派川の左岸にあって,全体的に東側から西側にかけて低くなっているから,本件地域に降った雨水は,地表面のものも地中に浸透したものも,さらには上流からの伏流水も,東側から西側に向かって移動していくと推測できる。そのため,木曽川下流方向への流出容量を超える流入が生じた場合(上記のとおり,大野ゲートが閉門された状態では,流出容量はわずかなものになると予想される。)には,地表付近が比較的軟弱な桜の園等において地下水が湧出することがあり得るほか,さらに流入量が増加して湧出量を上回る事態となった場合には,桜の園等の地下に滞留した水が桜の里団地方向に拡大し,これに木曽川上流方向から流入してきた地下水及び地表を流れる雨水が合流すれば,桜の園の地盤面より高地に位置するとしても,桜の里団地にあるグレーチングから水の噴出現象が生ずる可能性を否定することはできない。

さらに,原告は,降雨流出水(2万5000立方メートル)から,光明寺方向への流出水量及び排水管容量を控除して,20日24時の時点での当該地域の水位を推測した上,Aグランド,桜の園,桜の里団地は一衣帯水の状態にあって,同じ速さで水位が上昇したと考えられるから,地下から湧出した水が桜の里団地のグレーチングから噴出することはあり得ない旨主張するところ,このような推論の正当性を認めるに足りる証拠は存在しない。

したがって,原告の主張するように,河川水の逆流以外の要因によって桜の里団地にあるグレーチングからの噴出が生じ得ないと断定することはできないから,本件浸水被害の原因が大野ゲートの誤操作であることが明らかであるとはいえない。


(イ) 大野ゲートの開閉状況について

原告は,この点について,①本件各日報はねつ造である,②大野ゲート操作時点の原記録がない,③被告提出の陳述書(乙22)が連名で作成されており,信用性等がないなどと主張する。
なるほど,本件各日報は「大野排水樋管樋門点検作業日報」と題する書面であるにもかかわらず,大野ゲートの状況だけでなく大江ゲート(放流ゲート)の状況についても記載していると解することは,やや不自然な印象を与えることは否定できないが,両ゲートは並んで設置されており,いずれも大江排水機場から遠隔操作することができるところ,これらの管理業務はすべてC会社に委託されていることに照らせば,両ゲートの状況を一括して記載する事務処理方法も不合理なものといえず,原告の主張するように,上記の記載がねつ造されたものと判断することは相当でない。

かえって,大野ゲート操作要領,大江ゲート管理規程及び本件マニュアルによれば,通常,大江ゲートは全閉されているのに対し,大野ゲートは開門された状態にあるが,外水位が13.87メートル(大野ゲート操作要領)ないしは内水位が10.80メートル(本件マニュアル)に達したときに大野ゲートは全閉される

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最終更新:2006年03月13日 13:22
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