hanrei @Wiki H18. 3. 3 甲府地方裁判所 平成16年(ワ)第250号,第253号 建物収去土地明渡請求,所有権移転登記手続請求



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取得時効の成立による土地の取得が認められた事例


判   決
主   文
1 被告は原告に対し別紙物件目録3記載の土地を明け渡せ。
2 原告のそのほかの請求を棄却する。
3 原告は被告に対し別紙物件目録1記載の土地について昭和34年10月31日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
4 訴訟費用は甲・乙両事件を通じ全部原告の負担とする。
事実および理由
第1 請求
 1 甲事件
 ア 被告は原告に対し別紙物件目録4記載の建物を収去して同目録1記載の土地を明け渡せ。
 イ 被告は原告に対し平成16年4月29日から上記アの明渡しずみまで1か月3000円の割合による金員を支払え。
 ウ 主文第1項と同じ。

 2 乙事件
 主文第3項と同じ。

第2 事案の概要
 1 争いのない事実
 (1) 原告はX宗X寺派の大本山であり,昭和27年12月8日に設立登記がされた宗教法人である。

 (2) 別紙物件目録1記載の土地は登記簿上原告の所有であり,同目録2記載の土地は登記簿上被告の所有である。

※ 以下,別紙物件目録記載の土地は目録の番号にしたがい「本件土地1」などといい,同目録4記載の建物は「本件建物」という。

 本件土地1と本件土地2は隣接しており,その所有関係に争いはないが,各土地の位置・範囲には争いがあり,したがってその境界にも争いがある。すなわち,原告は,別紙図面1のYF47,YF48,A.1,A.6,YF49,YF52,YF51,YF50,YF47の各点を順に結んだ直線で囲まれた部分が本件土地1であると主張し,本件土地1と本件土地2の境界は同図面のYF49,YF52の2点を結んだ直線であると主張するのに対し,被告は,本件土地1と本件土地2の境界はもっと北方(同図面でいえば右方)にあると主張している(詳細は後記争点(1)の被告主張欄を参照)。

※ 別紙図面1と別紙図面3の各地点の対応関係は次のとおりであり,別紙図面3に表示された座標により特定される。
【別紙図面1】 【別紙図面3】
  YF47    =   A3
  YF48    =   A4
  YF49    =   A28
  YF52    =   A31
  YF51    =   A30
  YF50    =   A29

※ 以下,原告の主張する本件土地1の範囲(別紙図面1のYF47,YF48,A.1,A.6,YF49,YF52,YF51,YF50,YF47の各点を順に結んだ直線で囲まれた部分)を「本件土地1〈X〉」という。なお,被告は,後述するとおり,本件土地1と本件土地2の境界は明確に主張するものの,被告の立場によれば本件土地1あるいは本件土地2の範囲が図面上どのように表示されるのかを明確に主張していない。

 被告は,平成16年4月29日の時点において,本件土地1〈X〉の上に本件建物を所有してこれを占有している。

 (3) 本件土地3は原告の所有であり,その位置関係にも争いがない。被告は本件土地3を庭として占有している。

 (4) 原告は,平成16年4月27日付けの内容証明郵便で,被告に対し,本件建物を収去して本件土地1を明け渡すことを請求し,この書面は翌28日に被告に到達した。被告は,同年5月25日付けの内容証明郵便で,原告に対し,本件土地1につき取得時効を援用するとの意思表示をし,この書面はその頃原告に到達した。

 2 各当事者の請求内容
 (1) 原告(甲事件)
 ア 原告は,被告が本件土地1(=本件土地1〈X〉)上に権原なく本件建物を所有していると主張して,被告に対し,所有権に基づき建物収去土地明渡しを請求するとともに,所有権侵害の不法行為に基づき平成16年4月29日以降明渡しずみまで賃料相当損害金として月額3000円を請求する。
 イ 原告は,被告が本件土地3を権原なく占有していると主張して,所有権に基づき土地明渡しを請求する。

 (2) 被告(乙事件)
 被告は,昭和34年10月31日から20年の経過により本件土地1(の全部または一部)の取得時効が成立すると主張して,原告に対し,所有権に基づき同日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をすることを請求する。

 3 争点
 (1) 本件土地1の範囲
【原告の主張】
 本件土地1の範囲は,登記所に備え付けられた地図(不動産登記法14条1項の地図。以下「14条1項地図」という)に表示されたとおりであり,本件土地1〈X〉がこれである。
【被告の主張】
 本件土地1の範囲は14条1項地図の表示とは一致しない。本件土地1と本件土地2の境界は14条1項地図の表示よりも北側にある。すなわち被告はこの境界について次のように主張する。
 第1次的には,別紙図面2,3のA,Dの2点を結んだ直線が境界であると主張する。
 第2次的には,別紙図面2,3のB,Eの2点を結んだ直線が境界であると主張する。
 第3次的には,別紙図面2,3のC,Fの2点を結んだ直線が境界であると主張する。
 いずれの場合も,この境界よりも南側は本件土地2であり,本件土地1ではない。

 (2) 被告の占有開始時期
【被告の主張】
 被告の義父Mは,昭和34年6月4日,本件土地1〈X〉の所有者と称するNから本件土地1〈X〉を代金5000円で買い,同年10月,この上に本件建物を建築した。おそくとも同年10月31日以降Mは本件土地1〈X〉を占有している。
 Mは,同年12月頃,本件土地1〈X〉と本件建物を被告に贈与した。被告はそのとき以来ここを自宅としている。
 なお,被告は,Mにも被告にも,占有開始にあたり,占有土地(=本件土地1〈X〉)の全部または一部が原告所有であることを知らなかったことにつき過失があったことは争わない。被告は本件土地1〈X〉を本件土地2と考えて占有していたのである。
【原告の主張】
 Mが買ったのは本件土地2であり,本件土地1ではない。
 本件建物をMが建てたことも認められない。本件建物は,登記簿上は昭和58年11月10日増築となっているが,実際にはこのとき被告が新築したのである。その際,被告は,従前の建物の位置とは異なる位置にこれを建て,本件土地1〈X〉が原告の所有であることを知りながら,あるいは過失によりこれを知らないで,本件土地1〈X〉の占有を開始した。

 (3) 承認あるいは時効援用権の喪失
【原告の主張】
 被告は,平成9年5月頃,原告の代表役員に対し,本件土地1〈X〉が原告の所有でありこれを被告が占有していることを認め,その占有を中止することを確約するとともに,本件土地1の購入を申し出た。
 被告の占有開始時期が昭和58年11月10日であるとすると,被告は時効期間(20年)経過前に本件土地1〈X〉が原告所有であることを承認しており,時効は中断している。
 被告の占有開始時期が被告主張のとおり昭和34年10月31日であるとしても,被告は,時効期間(20年)経過後,本件土地1〈X〉が原告の所有であることを認めたのであり,これは時効の利益の放棄または時効援用権の喪失にあたる。
【被告の主張】
 被告が平成9年5月頃原告の代表役員と面談したのは事実であるが,それ以外の原告主張事実は否認する。被告は,すでにMが本件土地1〈X〉の代金を支払っているとの認識があったものの,登記簿の所有名義が被告に移っていないことから,この不都合を解消するための解決金の金額を提示したにすぎない。

 (4) 本件土地1の相当賃料額
【原告の主張】
 平成16年4月29日以降の本件土地1の相当賃料額は月額3000円を下らない。

第3 当裁判所の判断
 1 本件土地3の明渡請求について
 本件土地3を原告が所有し被告が占有していることは当事者間に争いがない。被告は占有権原を主張しない。原告の被告に対する本件土地3の明渡請求には理由がある。

 2 争点(1)(本件土地1の範囲)について
 (1) 認定事実
 証拠(【】内に掲げるもの)により以下の事実を認める。
 ア △△市は,昭和62年,本件土地1~3とその周辺の土地について,国土調査法に基づく地籍調査を実施した。原告も被告も,この地籍調査に協力し,立会いをしており,その成果に対しても異議を申し出ていない。【甲15,16の1~6,調査嘱託の結果】
 イ 地籍調査の成果物である地籍図は,平成元年,14条1項地図(当時の不動産登記法でいうと17条地図)として登記所に備え付けられた【甲1,2,7,乙1,5,9の1・2】。この地図を現況に重ねあわせて作成されたのが別紙図面1である【甲6,13】。すなわち,地籍調査の結果によれば,本件土地1の範囲は本件土地1〈X〉と一致する。
 ウ 地籍調査の結果に基づき,平成元年3月,本件土地1と本件土地2の登記簿上の表示には次のような変更が加えられた。
 (ア) 本件土地1【甲1,2,16の2・3,乙1】
 本件土地1は,それまでは広大な地番2247番1の土地の一部であったが,ここから分筆されて1筆の土地となった。その登記簿上の地積は235.64㎡とされた。
 (イ) 本件土地2【甲7,16の4,乙5】
 本件土地2の登記簿上の地積は,それまでは62.00㎡であったが,116.58㎡へと増加した。
 エ 本件土地1~3周辺の旧公図【乙7】と地籍図(=14条1項地図=別紙図面1)【甲6,乙9の2】を比較してみると,次のことがいえる。まず,本件土地1は,旧公図上に記載がなく,その形状も旧公図からはわからない(地籍調査ののちに本件土地1が分筆されたのだから当然のことである)。本件土地2とその南側に連なる2筆の土地(地番2247番230,2247番32)は,旧公図上も3筆隣接して記載されている。その形状を見ると,地番2247番230,2247番32の各土地は,旧公図上の形状と地籍図上の形状が似かよっている。本件土地2は,旧公図上では比較的正方形に近いのに,地籍図上では長方形に近くなっているという違いがみられる。

 (2) 判断
 原告の主張する本件土地1の範囲(=本件土地〈X〉)は地籍調査の結果と一致する。地籍調査とは,毎筆の土地について,その所有者,地番および地目の調査ならびに境界および地積に関する測量を行い,その結果を地図および簿冊に作成することをいう。その結果作成された地籍図の境界がつねに正しい境界であるということはできないが,その調査は関係者の立会いを求めて行われるものであり,地籍図の境界に一定の信用性は認められる。ましてや,本件では,地籍調査の結果に対して原告も被告も異議を述べていないのだから,地籍図の境界が正しいとする原告の主張をいちがいに否定することはできない。また,旧公図と地籍図を比較すると,地番2247番230,2247番32の各土地の形状が似かよっているという特徴があるから,地籍
図は旧公図の境界を反映しているといえる。本件土地2の形状が,旧公図では比較的正方形に近いのに,地籍図では長方形に近いことは,被告にとって有利な事情にこそなれ,不利な事情にはならないと考える。これらの点も原告の主張を補強する。
 一方,被告は,旧公図が現地復元性のある(すなわち縮尺が正確な)図面であることを前提として,本件土地1と本件土地2の境界について3種類の境界(第1次的には,別紙図面2,3のA,Dの2点を結んだ直線,第2次的には,同図面のB,Eの2点を結んだ直線,第3次的には,同図面のC,Fの2点を結んだ直線)を主張する。しかし,旧公図が,土地の配列や境界の形状などの定性的な面では比較的信用できるものの,距離,面積などの定量的な面では信用性が低い(精度が低い)ことは公知の事実であり,本件土地1が旧公図に記載されていないことをも考えあわせれば,旧公図が現地復元性のある図面であることを前提とする被告の主張には無理があるといわざるをえない。被告自身,このように3種類もの境界を主張せざるをえないこと,
本件土地1ないし本件土地2の範囲を明確に図面上に表示した主張をすることができないことは,これを如実にものがたっている。
 以上の検討に基づき,当裁判所は原告の主張を採用する。したがって,本件土地1の範囲は原告の主張するとおり本件土地1〈X〉と一致すると判断する。以下においては,これを前提として,すなわち本件土地1=本件土地1〈X〉であるものとして論を進める。

 3 争点(2)(占有開始時期)について
 (1) 認定事実
 証拠(【】内に掲げるものと乙16,証人O,被告)により以下の事実を認める。
 ア 被告の妻の父であるMは,昭和34年6月4日,本件土地1の北側部分をNから代金5000円で買った。その正確な範囲は不明だが,売買の当事者間では面積20坪とされている。また,土地の表示は地番2247番34とされており,Mはこれを本件土地2の一部と認識して買ったのであった。Mは,同年10月までにこの土地の上に建物を建築し,12月頃被告に贈与した。被告はそれ以来ここを自宅としている。【甲3,11,14,乙2,3,10,12ないし14,15の1・2,17,18】
 イ 被告の妻のおじであるLは,昭和42年5月20日,本件土地1の南側部分をKから代金3万円で買った。その正確な範囲は不明だが,売買の当事者間では面積9歩(=坪)とされている。また,土地の表示はここでも地番2247番34とされており,Lはこれを本件土地2の一部と認識して買ったのであった。Lはこれをその頃被告に贈与した。【乙4,5】
 ウ 被告はこのようにして本件土地1全体を自宅とし,ただしこれを本件土地2と考えてここに住んでいたのであるが,のちになって本件土地2の登記簿上の所有名義が被告に移転していないことに気づき,所有権移転登記手続を司法書士に依頼した。司法書士は,本件土地2につき,昭和34年8月10日時効取得を原因とする被告への所有権移転登記を申請し,昭和55年2月18日付けでその登記がされた。【乙5】
 エ 被告は,昭和58年,自宅の大規模な増築を計画し,建築確認を経たうえ,同年11月に工事を完了した。そして,それまで未登記であった自宅建物(=本件建物)につき,表示登記を申請し,同年12月6日付けで被告名義の所有権保存登記も了した。なお,これらの手続の過程において,本件建物は本件土地2の上にあるものとして処理されている。【甲3,乙3,10,12ないし14,15の1・2】

 (2) 判断
 上記の事実によれば,被告は,昭和34年12月頃以降,本件土地1を本件土地2と認識して,ここを自宅として住み続けているということができる。Mが昭和34年6月に北側部分を取得し,Lが昭和42年5月に南側部分を取得したという経緯からすると,南側部分の占有を開始したのは昭和42年5月以降であると考えられなくもない。被告の供述からも,すくなくとも昭和58年の大増築以前は,自宅建物が建っていたのは北側部分だけであったと認められる。しかし,昭和58年当時の写真から読みとれる本件土地1全体の使用状況や,本件土地2の被告への所有権移転登記の原因が昭和34年8月10日とされていることを考えあわせると,南側部分についても,Mが昭和34年10月時点で占有を始め,これを被告が承継したと認めても不都合
はないと考えることができるので,結局本件土地1全体について占有開始時期はおそくとも昭和34年10月31日であると判断する。

 4 争点(3)(承認等)について
 被告は,占有開始にあたり過失があったことを自認しているので,取得時効期間は20年である。したがって昭和54年10月31日の経過により取得時効が完成している。それまでの間に時効中断事由は存在しない。ただし,原告は,時効完成後の平成9年5月頃に被告が原告の権利を認めたとしているので,これが時効利益の放棄あるいは信義則上被告の時効援用権を喪失させる事情となるかどうかが問題となる。

 (1) 認定事実
 証拠(【】内に掲げるものと乙16,証人O,被告)により以下の事実を認める。
 ア 原告の代表役員(管長)であるPは,昭和62年の地籍調査のあとにその地位についた。P管長は,平成7年頃以降,被告が本件土地1の上に自宅を建てているのではないかと疑うようになり,平成9年になって,その調査をO司法書士(当時は市議会議員でもあった)ほかに依頼した。【甲8ないし10,16の1~3】
 イ 同年5月頃,この問題をめぐって関係者が協議することとなり,△△市役所に,P管長,被告,O司法書士等が集まった。協議ののちには,全員で現場を確認することとし,被告の自宅へ赴いた。O司法書士はしばらくのちにもう一度△△市役所で被告と会って話をしたが,協議は物別れに終わり,以後平成16年まで原告と被告の間で交渉はもたれなかった。【甲8ないし10】
 ウ この協議の際に,本件土地1が原告の所有であることを被告が自認して署名あるいは押印した文書が作成されることはなかった。その後もそのような趣旨の文書は作成されていない。

 (2) 判断
 O司法書士は,陳述書のなかで,平成9年5月頃にもたれた協議についておおむね次のように述べている(甲9)。

被告に対し,本件土地1が本件土地2の面積の2倍もあることを指摘し,(本件土地1が)原告の所有する土地であることを認識してその土地上に本件建物を建築したのか,と尋ねた。すると被告は,隣人のQが本件土地2を占有しているために,本件土地1が原告の所有する土地であることを認識しながら本件建物を建築したことを認めて謝罪するとともに,本件土地1を買い取りたいと申し出た。

 そして,証人尋問においても,主尋問に対しては同様の証言をした。
 ところが,反対尋問に対するOの証言は次のとおりであった。
「まず,Yさん(注・被告)が,今住んでいる建物が自分の土地の上にないというふうに認めたんですか。
2247番238に建っているということを認めたということです。
 そういうことは認めたということであると,確認しますと,自分の建物は自分の土地ではないところに建っている,ということは認めましたか。そういうことは言ってましたか。
はい。
 自分の土地でないところに建てた,と言っていましたか。
いや,建てたとは,そこまでは。
 自分の土地でないところに建たっているとも言ってませんね。
建たっているとは認めました。公図があるんだから。
 地籍調査の結果の17条地図の図面上は,Yさんの建物が2247-238に建っているということを認めたんじゃないですか。
そうです。
 図面上はそうだということは認めましたね。
ええ。
 ここが他人の土地だというとは認めましたか。
他人の土地ですもの。
 2247-238というのは,公簿上,他人の土地になっているということは認めたんじゃないですか。
そうです。
 だから,人の土地だと思っていて,そこに家を建てたと言ってましたか。
      • そのへん,ちょっと記憶が・・・。
 確かに,2247-238という土地上にYさんの建物が建っているということは,図面上そうなっているということは認めたことはいいですね。
(うなずく)
 でも,他人の土地ということが分かっていて,そこに家を建てて,そこに住んでいたということは認めましたか。
そのへん,記憶は定かでありません。
 もう一点,こういうことは言ってましたか。隣のQさんが2247-34を使っちゃっているから,2247-238のほうを使っているんだ,ということを言ってましたか。
それは聞いた覚えはありません。
(甲9を示しながら)『すると,Y氏は,隣人であるQ氏が2247番34を占有しているために,2247番238がX寺の所有する土地であることを認識しながら本件建物を建築したことを認めて謝罪するとともに』というふうに言っているんですが,これは違いますね。
はい」
 さらに,これに引き続く再主尋問に対しても次のように証言している。
「もう一度確認なんですけれど,平成9年5月の協議のやり取りをお尋ねします。この席で,管長さんが,Yさんに対して,X寺の土地と承知して建物を建てたか,と尋ねたことは記憶にないですか。
      • ちょと記憶があいまいです。承知して,というところが。
 平成9年5月の協議の際に,YさんがX寺の土地上に建物を建てたことは認めていたんですか。
はい,それは認めました。
 この協議のとき,もしくは協議のあとでもいいんですけれど,なぜ,X寺の土地に建物を建てたか,ということを尋ねたことはありませんか。
私がですか。
 O先生,もしくは管長が。
なぜ建てたか・・・,そういうあれはちょっと記憶がないです。なぜ建てたかという質問は。
 そういう記憶はないですか。
ちょっと記憶がないです」
 裁判官の補充尋問に対しては次のとおり証言した。
「現地を確認したところ,17条地図でいうと,この問題の土地の上にYさんの家がありますよ,という話をしたわけですか。
はい。
 そのときのYさんの対応なんですけれど,今となっては,詳しいことはあまり覚えてないですか。
そうですね。
 先ほど,主尋問でおっしゃられたようなやり取りはあった。
はい。
 だけれども,具体的にはっきり,どういう形で答えたかは,あまり覚えてないですか。
そうですね。238に建物が建っているということは認めたけれど,悪意で,承知して建った,と言ったかどうか,そのへんはちょっと確かでございません」
 Oは司法書士であり,一般の人よりも法律問題にくわしい人物であるから,被告が原告の所有権を認めたかどうかといった問題に関するOの証言には重みがあるというべきである。しかし,上記のように,Oは,主尋問においては原告の主張にそった証言をしたけれども,反対尋問においては,その証言がたしかな記憶に基づくものではないことを告白し,みずから作成した陳述書の内容が誤りであるとまで述べたのである。Oの証言全体を検討すると,平成9年5月頃の協議の際,図面上本件土地1とされるところに本件建物が建っていることを被告が認めたとの事実はこの証言により認定することができるが,それを超えて,本件建物の敷地が原告の所有であることを被告が認めたとの事実までは認定できないというほかない。被告が時効の利益を放棄し
たとの事実はもちろん認定できない。
 一方,被告は,本人尋問において,平成9年5月頃の協議の際,原告に対して一定の金額を支払って和解をしたいという申し入れをしたのは事実であると述べたものの,本件建物の敷地が原告の所有であることを認めたか,という趣旨の質問に対しては,否定的な供述あるいはおぼえていないという供述に終始した。記憶がないことを強調する被告の態度はやや不審であるといえなくもない。しかし,被告が現在78歳と高齢であること,訴訟にまでなっていることを考えると,被告がかたくなな態度をとること自体はおかしなことではない。すでに認定したとおり,被告は,本件土地1を本件土地2と認識してずっとここに住んできたのであり,この経緯からしても,平成9年になって原告から権利主張があったからといってこれを被告が素直に受け入れた
とは考えがたいから,被告の供述を不自然ということはできない。
 以上の検討によると,平成9年5月頃の原告と被告との協議において,本件訴訟と同様の主張を原告がしたこと,それを受けて被告との間でやりとりが行われ,被告が金銭支払いによる解決を申し出たことはたしかに認められる。しかし,訴訟の場においてもみられることだが,取得時効が成立すると考えられるような事例でも,時効を主張する者がもとの所有者に対して解決金を支払って和解をすることはよくあることであり,金銭の支払いを申し出たことのみをもって被告が原告の権利を承認したということはできない。被告が原告の権利を無条件に承認する発言をしたとの事実も,時効の利益を放棄したとの事実も,Oの証言によっては認定できないことはすでに説明したとおりである。したがって,平成9年5月頃の協議の際,被告が時効の利益を放
棄したとはいえないし,取得時効を援用することが被告の原告に対する信義に反するような事情も存在しないということになる。争点(3)に関する原告の主張には理由がないから,被告は時効の援用により本件土地1の所有権を取得したということができる。   

 (3) 原告の口頭弁論再開の申立てについて
 原告は,平成18年2月28日,本件訴訟の口頭弁論再開の申立てをした。その理由は,Oのほかに平成9年5月頃の面談に立ち会っていたR(当時市議会議員であったという人物)の証人尋問をして,被告が原告の権利を認めたとの事実を証明したいということである。
 手続的な面からいうと,原告は従来人証としてOのみを申し出ていた。原告はOの証言が最良の証拠であるとしていたのであり,これを前提として人証調べが行われ,口頭弁論終結となったのである。いまになってOの証言を補強するためにRの証言が必要であるとしてその尋問を求めるのは,著しく時機に遅れた証拠の申出といわざるをえないし,被告に対する訴訟上の信義にも反する。
 次に,原告はRの陳述書もすでに証拠として提出しているが(甲10),その内容をみるとOの陳述書(甲9)と判で押したように同じである。このことと,Oの証言内容を考えあわせると,いずれの陳述書も同一人物の作文であることが強く疑われ,その信用性にはおおいに疑問があるといわざるをえない。しかも,すでに述べたとおり,司法書士であるOの証言には重みがあると考えるべきであり,そのOがあいまいな証言しかできないのに,Rがこれを超えて原告に有利な証言をすることができるとは考えられない。したがってRの証人尋問をする必要性も低い。
 以上の検討の結果,当裁判所は,口頭弁論を再開せずに予定どおり判決を言い渡すこととした。

 5 結論
 (1) 甲事件
 本件土地1は被告が時効取得しているから,所有権に基づく建物収去明渡しと所有権侵害の不法行為に基づく賃料相当損害金の支払いを求める原告の請求はいずれも理由がない。
 本件土地3の明渡しを求める原告の請求は正当である。原告は仮執行宣言を申し立てているが,本件は,本来,本件土地1と本件土地3の問題をあわせて話しあいによって解決するのが妥当な事案であることを考慮し,仮執行宣言はしない。

 (2) 乙事件
 被告は昭和34年10月31日以降20年間の占有により本件土地1を時効取得した。よって被告の原告に対する同日時効取得を原因とする所有権移転登記手続請求は正当である。

   甲府地方裁判所民事部

 裁判官  倉 地 康 弘

(別紙)物件目録(省略)