hanrei @Wiki H17. 7.22 千葉地方裁判所 平成11年(ワ)第2860号 損害賠償請求事件



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判示事項の要旨:
 車両導流帯(ゼブラゾーン)に立っていた歩行者が,車に跳ね飛ばされ,車道上に転倒した(第1事故)ところ,さらに別の車に轢かれ(第2事故),死亡した事案につき,第2事故発生当時,被害者が既に死亡していたとまでは認められず,第2事故により致命傷が生じた可能性も否定できないなどとして,第1事故及び第2事故のいずれの加害車両の運転者及び所有者についても,被害者の遺族らに対する損害賠償責任を認めた事例


平成17年6月23日判決言渡
平成11年(ワ)第2860号 損害賠償請求事件

判決
主文
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して,3582万8267円及びこれに対する平成11年3月29日から支払済みまで年5分 の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して,3582万8267円及びこれに対する平成11年3月29日から支払済みまで年5分 の割合による金員を支払え。
3 原告A及び原告Bのその余の請求並びに原告Cの請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告らの,その余を原告らの負担とする。
5 この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して,1億7191万2860円及びこれに対する平成11年3月29日から支払済みまで年 5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して,1億7191万2860円及びこれに対する平成11年3月29日から支払済みまで年 5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは,原告Cに対して,連帯して,550万円及びこれに対する平成9年3月8日から支払済みまで年5分の割合による 金員を支払え。
第2 事案の概要
  本件は,連続して発生した後記二重の交通事故(以下「本件交通事故」という。)により死亡した亡Dの父母及び妹が,加害 車両の運転者ないし所有者に対し,Dの死亡によって被った損害について,共同不法行為に基づく損害賠償を請求した事案であ る。
1 前提事実
(1) 当事者等
  ア D(昭和43年12月23日生まれ)は,本件交通事故当時28歳で,平成8年4月1日から本件交通事故の日である平   成9年3月8日まで,E病院に研修医として勤務していた者である。
  イ 原告Aは,Dの父親,原告Bは,Dの母親であり,原告Cは,Dの妹である。
(2) 本件交通事故の発生
  ア 日時
   平成9年3月8日午後11時30分ころ
  イ 場所(以下「本件現場」という。)
   千葉市a区b町c番地先路上(南北に延びる市道〔d町線。以下「本線」という。〕と東西に延びる立体交差道路から流入   する下り勾配の道路〔以下「流入路」という。〕とが合流する地点付近。)。
   本線及び流入路の位置関係等本件現場付近の状況は,別紙図面1及び2のとおりである。本線は,中央分離帯で区分されて   いる片側2車線の道路であり,歩車道の区別があるが,立体交差道路と立体交差する部分及びその前後では,歩道が設置さ   れていない。流入路の左端には,歩道が設置されている。本線と流入路の合流部分には,長さ33.7メートルの車両導流   帯(以下「ゼブラゾーン」という。)が設置され,その手前の流入路の右端には,ガードレールが設置されている。
   ゼブラゾーンは,車両の走行を誘導する必要がある場所に設置される車両の安全かつ円滑な走行を誘導するために設けられ   た場所であることを表示する指示標示である(昭和35年総理府,建設省令第3号道路標識,区画線及び道路標示に関する   命令)。
  ウ 加害車両
  (ア) 自家用普通乗用自動車
    運転者兼所有者 被告F(以下「F車」という。)
  (イ) 自家用普通乗用自動車運転者 被告G, 所有者 被告H(以下「G車」という。)
  エ 事故の概要
  (ア) Dは,本件交通事故当時,本線を千葉市a区e町方面から千葉県市原市f方面に向かってジョギング中,ゼブラゾー    ンに入った。
  (イ) 被告Fは,平成9年3月8日午後9時頃から午後11時15分ころまでの間,自らが経営する古書店内において,3    50ミリリットル入りの缶ビール1本,500ミリリットル入りの缶酎ハイ1本,200ミリリットル入りの日本酒2本    を飲酒した後,F車を運転して帰宅中,同日午後11時30分ころ,本件現場に差し掛かり,流入路を千葉市a区g町方    面からf方面に向かって進行するに当たり,前方左右への注視を怠ったまま高速度で走行したため,ゼブラゾーン上に佇    立していたDに気づかないまま同車両の右前部をDに衝突させ,本線上に跳ね飛ばしたが,Dを救護するなどの必要な措    置を取らず,本件現場から走り去った(以下,この事故を「第1事故」という。)。
  (ウ) Iは,Jほか2名を同乗させた車両を運転し,本線上をe町方面からf方面に走行中,F車に跳ねられて本線上に転    倒しているDを発見し,午後11時35分ころ,119番通報した。
  (エ) 被告Gは,平成9年3月8日午後6時30分ころから午後11時25分ころまでの間,居酒屋等において,生ビール    中ジョッキ3杯,洋酒のカクテル2杯を飲酒した後,G車を運転して帰宅中,同日午後11時35分ころ,本件現場に差    し掛かり,本線をe町方面からf方面に向かって進行するに当たり,前方注視を怠ったまま漫然と高速度で走行したた     め,本線上に転倒していたDをG車で轢過したが,Dを救護するなどの措置を取らず,本件現場から走り去った(以下,    この事故を「第2事故」という。)。
  オ 結果
   Dは,本件交通事故により,頭蓋骨骨折,脳挫傷,左第2ないし第6肋骨骨折,右第1肋骨骨折,左右両肺挫滅,左上腕骨   骨折,左大腿骨骨折,左顔面挫裂創等の傷害を負い,千葉市h区i所在のK医療センターに搬送されたが,平成9年3月9   日午前0時32分ころ,死亡が確認された。
(3) 本件交通事故後の状況
  ア 被告Fは,本件交通事故によってF車の右ドアミラーが脱落したため,帰宅後,代わりのミラーを取り付けるなどの罪証   隠滅工作を行ったが,平成9年3月9日午後11時ころ,自首した。被告Fは,本件交通事故につき,業務上過失致死罪及   び道路交通法違反で懲役1年6月に処せられた。
  イ 被告Gは,いったん帰宅したが,平成9年3月9日午前2時33分ころ,自首した。被告Gは,本件交通事故につき,道   路交通法違反で罰金15万円に処せられた。
(4) 原告A及び原告Bの相続
   原告A及び原告Bは,Dの本件交通事故に基づく損害賠償請求権について,各2分の1ずつ相続した。
(5) 原告A及び原告Bの保険金の受領
   原告A及び原告Bは,平成9年3月31日,F車の加入する自動車保険会社から各100万円の,同年7月16日,F車の   加入する自動車損害賠償責任保険から各1500万1525円の,平成11年3月29日,G車の加入する自動車損害賠償   責任保険から各1500万円の各保険金の支払を受けた。
2 争点
(1) 本件交通事故の具体的な態様
(2) 第2事故とDの死亡との間の因果関係の有無
(3) 過失相殺
(4) D及び原告らの損害の有無及び額
(5) 損害の填補
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件交通事故の具体的な態様)について
  ア 原告らの主張
  (ア) 第1事故
   被告Fは,飲酒酩酊状態で,前方注視を怠ったまま時速50キロメートルを超える速度でF車を運転し,急ハンドルでゼブ   ラゾーン部分から本線に流入したため,F車をやり過ごすためゼブラゾーンの開始地点付近に立って退避していたDにF車   右前部分を衝突させ,同人を本線右側車線上に跳ね飛ばした。
  (イ) 第2事故
   被告Gは,飲酒酩酊状態で,本線右側車線を走行し,Dを発見したJがDの転倒地点の手前に発煙筒をおいて後続車に注意   喚起したにもかかわらず,前方不注視により,発煙筒に気付かず,Dにも至近距離に達するまで気付かなかったため,一切   の回避行動をとることなく,高速のまま車両前部をDに衝突させ,同人を車両底部に巻き込んで引きずり,その全身を圧轢   して肺挫滅などの致命傷を負わせて死亡させた。
  イ 被告Fの主張
   原告らの主張は,否認ないし争う。第1事故は,Dが,ゼブラゾーンの開始地点から22.2メートル進行方向に進んだ地   点に佇立していたため,F車と衝突して発生したものである。
  ウ 被告G及び被告H(以下,両名を「被告Gら」という。)の主張
   原告らの主張は,否認ないし争う。Dの傷害のうち,後頭部の頭蓋骨骨折,左鎖骨骨折,左第2,6肋骨骨折,右第1肋骨   骨折等は生活反応のある(受傷部位に出血を伴う)外傷であり,左上腕骨骨折及び挫裂創,左大腿骨骨折及び挫裂創,左顔   面挫裂創は生活反応のない(受傷部位に出血を伴わない)外傷であって,前者の各傷害は第1事故によるものであって,後   者の各傷害は第2事故によるものである。Dは,第1事故で,F車のドアミラーに胸部が衝突した際,鎖骨骨折及び肋骨骨   折を伴う衝撃で両肺挫滅を生じ,直ちに呼吸困難に陥り,数分後には心臓が停止した状態になったものであり,第2事故の   時点ではすでに死亡していた。Dは,第2事故では,胸部・頭部は轢過されていない。
(2) 争点(2)(第2事故とDの死亡との間の因果関係の有無)について
  ア 原告らの主張
   Dは,被告GがDを轢過した時点で生存しており,G車の車底部に巻き込まれて高度の頭蓋内損傷と両肺挫滅の傷害を負    い,心肺停止に至ったのであるから,第2事故とDの死亡との間に因果関係がある。
  イ 被告Gらの主張
  (ア) Dは,前記(1)ウのとおり,F車に轢過されたことによって即死状態にあり,第2事故とDの死亡との間に因果関   係はない。
  (イ) 仮に,Dが第2事故の時点において死亡していたと断定できないとしても,Dの死因と考え得る両肺挫滅及び頭部外   傷は,第1事故のみによって生じ,第2事故による外傷は,左上腕骨骨折及び挫裂創,左大腿骨骨折及び挫裂創,左顔面挫   裂創などにすぎず,これらの外傷によりDの死が早められた可能性はないから,第2事故とDの死亡との間に因果関係はな   い。
  (ウ) さらに,第2事故とDの死亡との間の因果関係が完全には否定できないとしても,第2事故とそれに先行する第1事   故によりDが被った損害との間には因果関係はなく,第2事故はその後にDに生じた損害との間についてのみ因果関係を認   めることができるにとどまる。Dは,第1事故によって瀕死の状態となり,労働能力を完全に喪失するとともに,死亡に至   った場合に匹敵する慰謝料を取得したから,被告Gらは,Dの損害のうち逸失利益及び死亡慰謝料については賠償責任を負   わない。
(3) 争点(3)(過失相殺)について
  ア 被告Fの主張
   ゼブラゾーンは,車道上にあって,そもそも歩行者が入ることは予定されていないし,ゼブラゾーンは車が合流するため,  特に先端部分は危険な場所である。Dは,ゼブラゾーンの開始地点で歩道に渡ることが可能であり,それが最も安全な通行方  法であったにもかかわらず,同地点で歩道に渡らず,ゼブラゾーンの先端部分まで進んだものであるから,Dにもこのような  危険な状態に身を置いた過失があり,その過失割合は20パーセントを下回らない。
  イ 被告Gらの主張
  被告Gは,深夜に,F車に衝突されて本線上に転倒していたDを轢過したものであるから,かかる事故態様を考慮した上で過  失相殺がなされるべきである。
  ウ 原告らの主張
  被告らの主張は争う。ゼブラゾーンは車両が走行してはならない部分であり,Dは,被告F車をやり過ごそうとしてゼブラゾ  ーンの開始地点付近に退避していたところを激突されたのであるから,Dに落ち度はない。また,本件交通事故は,被告Fと  被告Gの共同不法行為であるから,Dが本線上に転倒していたことについては,共同不法行為者相互の間で責任割合で調整す  べき問題であって,原告らとの関係で過失相殺の対象とすべきではない。
(4) 争点(4)(D及び原告らの損害の有無及び額)について
  ア 原告らの主張
  (ア) Dの損害
    a 逸失利益  1億9984万4968円
   Dは,本件交通事故当時,E病院の医師であったので,平成11年賃金センサス第3集第4表医師男子,企業規模計,全年   齢平均の年収額1328万9800円を基礎収入とするのが相当である。また,Dは,遠くない将来結婚したに違いないか   ら,生活費控除率は,30パーセントが妥当である。よって,Dの逸失利益は,上記基礎収入から,生活費を控除し,本件   交通事故当時(満28歳)から就労終期(満78歳)までの50年間に対応するライプニッツ係数21.4821(なお,   控除率は,近年の金利水準などにかんがみれば,年利4パーセントが相当である。)を乗じた額である1億9984万49   68円である。
    式 1328万9800円×(1-0.3)×21.4821=1億9984万4968円(円未満切捨て。)
    b 慰謝料  1億円
     Dは,能力,人格ともに優れた人物で,洋々たる未来を有していたのに,被告らの重大かつ一方的な過失により発生し    た本件交通事故によりその生命を奪われたものであり,Dの受けた恐怖,苦痛及び無念の思いは計り知れないから,Dに    対する慰謝料は1億円が相当である。
    c 治療費  22万2280円
    d 弁護士費用  3000万円
  (イ) 原告A及び原告Bの固有の損害
    a 慰謝料  各1000万円
     原告A及び原告Bが最愛の息子であるDを突然失った失意と悲しみは大きく,仕事や日常生活にも支障が出るなど被害     は甚大である。本件交通事故後の被告らの原告らに対する不誠実極まりない対応も併せ考慮すると,原告A及び原告B     固有の慰謝料としては一人当たり1000万円が相当である。
    b Dの搬送料,霊安室使用料及び処置料  各12万5145円
    c 葬儀費用,法事費用等(以下「葬儀費用等」という。)
     各791万1673円
    (a) 葬儀費用      807万6552円
    (b) 四十九日法要費用   64万9896円
    (c) 追悼文集制作費用  211万1710円
    (d) 一周忌法要費用   108万4558円
    (e) 墓地・墓石費用   390万0630円
    (f) 合計       1582万3346円
    d 文書料など  各10万2209円
    e 弁護士費用  各180万円
  (ウ) 原告C固有の損害
    a 慰謝料  500万円
     原告Cは,Dの唯一の妹であり,Dの死によって多大な精神的苦痛を被ったのであるから,固有の慰謝料請求権者であ     るというべきである。本件交通事故後の被告らの原告らに対する不誠実極まりない対応も併せ考慮すると,原告C固有    の慰謝料としては500万円が相当である。
    b 弁護士費用  50万円 
  イ 被告Fの主張
  (ア) Dの逸失利益について
    争う。基礎収入は,事故前年の現実収入に基づき計算し,就労可能年数は67歳までとすべきである。また,生活費控除    率は,独身男性であるから50パーセント,中間利息控除は年利5パーセントとすべきである。
  (イ) 原告A及び原告Bの葬儀費用等について争う。葬儀費用等は,120万円が相当である。
  (ウ) 原告Cの損害について争う。原告Cは,固有の慰謝料請求権者ではないし,両親と別個に慰謝料相当の損害を認める    べき合理的理由もない。
  (エ) その余の損害の主張は,不知ないし争う。
  ウ 被告Gらの主張
   原告主張の損害については,いずれも不知ないし争う。Dの逸失利益については,上記イ(ア)と同様。
(5) 争点(5)(損害の填補)について
  ア 原告らの主張
   原告A及び原告Bが受領した各保険金は,まず,本件交通事故発生日から同各保険金受領日までの年5パーセントの割合に   よる遅延損害金に充当され,その残額が原告らの不法行為に基づく損害賠償請求権の元本に充当され,損害の填補となる。
  イ 被告Fの主張争う。上記保険金は,その全額が原告らの不法行為に基づく損害賠償請求権の元本に充当され,損害の填補   となる。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件交通事故の具体的な態様)について
(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
  ア 本件現場は,照明灯が設置されているため夜間でも明るく,本線は平坦な直線道路であり,流入路もほぼ直線の緩やかな  下り勾配の道路であり,いずれの道路も前方には視界を妨げる障害物がないため,本線では少なくとも37メートル手前か   ら,流入路では少なくとも40メートル手前から,それぞれ視認可能であり,見通しのよい道路であった。
  イ 被告Fは,本件現場を通勤経路として頻繁に通行しており,流入路から本線に流入した後,本件現場の先で右折するため  に早く右側車線に入る必要があったことから,ゼブラゾーンを横切って本線に流入し,また,道路の高低差やガードレール等  のため流入路からは本線を走行してくる車両の有無が見えにくかったことから,本線に流入しながら右後方に顔を向けて車両  の有無を確認して通行していた。被告Fは,本件交通事故当日,前記のとおり飲酒した上,時速約50キロメートルの速度で  流入路をF車を運転して走行し,F車の前後を走行する車両がいなかったことから流入路の終わる手前付近で進行方向から目  を離し,右後方に顔を向けて本線を走ってくる車両の有無を確認しながら,ゼブラゾーン部分を横切って本線に流入しようと  したところ,突然,バシッという大きな音がしたため,正面を見ると,フロントガラスの右端部分が細かくひび割れ,右側を  見るとドアミラーが脱落してなくなっていた。被告Fは,直感的に人を跳ねてけがを負わせたと思ったが,気が動転するとと  もに,飲酒運転が発覚するのをおそれ,Dを救助することなく本件現場から逃走した。
  ウ 歩行者が車両前面に衝突し,車両が衝突時に急ブレーキをかけた場合,歩行者が,衝突されてから,空中に放出されて路  面に着地し,路面を滑走して停止するまでに移動した距離(転倒距離)は,以下の各式で計算できる。車両の衝突速度(V)  と歩行者の放出速度(v)は同一ではなく,減速率は70ないし87パーセントである。これらによれば,時速50キロメー  トル(秒速13.9メートル)の車両が歩行者に衝突した場合の歩行者の転倒距離は,約9.5ないし16.2メートルであ  る。もっとも,転倒距離は歩行者と衝突車両の衝突態様等により変化し,理論的には,衝突車両が急ブレーキをかけない場合  には長くなり,歩行者が衝突車両の正面ではなく,ななめに衝突した場合には短くなり,歩行者がボンネット上に跳ね上げら  れる場合には長くなる。
  式 転倒距離=0.1v2(v:歩行者の放出速度)転倒距離=0.0636V2+0.285V
(V:車両の衝突速度)
  エ Iは,本線左側車線を車両で走行中,交差道路を越えた地点で,ゼブラゾーンの終了地点から約8メートル進行方向に進  んだ別紙図面2のjの地点に人のようなものが倒れているのを発見したため,左側の車線に車線変更し,Dが頭を中央分離   帯の方向に向けてくの字になって倒れているのを確認した。Iは,車を流入路の左端に停車して直ちに119番通報し,J   は,車両に積載していた発煙筒を持ち出してこれをDの転倒地点の5ないし10メートル手前に置いた。数台の車両はDを避  けて通行したが,G車はスピードを出したまま直進してきた。
  オ 被告Gは,前記のとおり飲酒した上,本線左側車線を時速約60キロメートルで走行していたところ,Dの転倒地点の約  35メートル手前の地点で,前方の本線左側路肩にテールランプが付いた車両が停車しているのを発見し,しばらくその車に  目を奪われながら走行していたが,再び前方に目を戻したところ,進路前方約22メートルに大きな黒っぽいゴミ袋のような  細長い物体が真横に横たわっているのを発見した。被告Gは,驚いて大声を出したが,飲酒の影響で反応が鈍っていたことも  あり,そのまま直進し,その直後に,横たわっているものが人であることが分かったが,避けることができず,Dの身体に車  両前部を衝突させ,車体を乗り上げ,別紙図面2のkの地点までDの身体を引きずった。被告Gは,Dにけがを負わせたこと  は分かったが,気が動転し,飲酒運転が発覚するのをおそれ,Dを救助することなく本件現場から逃走した。
  カ 第1事故後,Dの転倒地点周辺に血は流出していなかったが,第2事故後,Dの転倒地点周辺に大量の血が流出した。
  キ Dは,平成9年3月9日午前0時21分,K医療センターに搬送されたが,既に心肺停止状態にあり,心肺蘇生術が試み  られたが奏功せず,同日午前0時32分ころ,死亡が確認された。
  ク 本件現場のDの左右の靴,F車の右ドアミラーの落下位置は,別紙図面2のとおりであった。
  ケ F車には,車両右前部のバンパーからスカート部にかけて,幅22センチメートル,長さ11センチメートルの払拭痕   が,ボンネット部及びフェンダー部の右先端から後方にかけて,幅17センチメートル,長さ33センチメートルの払拭痕が  残り,右タイヤハウス内では泥よけを固定していたネジが1本脱落し,右前フロントガラスピラーは中央部で凹損し,その周  辺のフロントガラスが蜘蛛の巣状に破損し,右ドアミラーはそれ自体破損しなかったが,本件現場において支持部から脱落   し,右前ドアにドアミラーが脱落した際付けられた二条の擦過痕が残ったが,右ドアミラー支持部周辺にはDの身体が接触し  た形跡はなかった。車両のドアミラーには,ドアミラー前方から車体と平行方向に25キログラム以上の力が加わると変位・  脱落し,歩行者に対する衝撃が緩和される衝撃緩和機構がある。
  コ G車は,前部ナンバープレート下部が内側に曲がり,前部バンパーグリルのエアー取入口に取り付けられた羽根が割れ,  車底部及びフロントエプロン下部には,幅80センチメートルの払拭痕があり,セルモーター付近,左前輪取付け部分及び泥  よけ内部並びに中央フロントフロアーパン付近にそれぞれ血痕が付着し,車両中心部から車両後方にかけて後方に向かう幅約  60センチメートルの払拭痕が認められた。
  G車のバンパー下部から地面までの高さは20センチメートルであるが,G車の車底部には多数の部品が取り付けられている  ため,最低地上高は,エンジン下のセンターメンバーから地上までの高さ15センチメートルである。これに対し,Dの胸板  の厚さは,22センチメートルであり,Dの上半身がG車の下部に入り込めば,Dの上半身が車両底部によって,押し潰され  る状況にあった。
  サ Dが,本件交通事故当時着ていた長袖ジャンパーには,右わき部分に1.5ないし4センチメートルの破れ,縦11セン  チメートル横15センチメートルの擦過跡が,半ズボンには,左後ろの裾部分に長さ7センチメートルの破れが,片方の靴下  には長さ13センチメートルの破れがあり,靴は,ひも通し具が破損するなどしていた。
  シ Dの負傷状況は,以下のとおりである。
  (ア) 頭部
    a 後頭部には,表皮剥脱等の外傷,頭皮内部の広範な血腫状の出血があるほか,左側頭骨で左外耳孔から後頭骨中央部    に至る頭蓋骨骨折及び右側頭骨で右外耳孔から後方に向かい人字縫合に達する頭蓋骨骨折があり,後頭部の骨折部分から    多量の出血があった。これらの損傷は,Dの後頭部に激しい打撲が加えられたことにより生じたものと考えられる。
    b また,左右側頭部には表皮剥脱及び皮下出血の外傷,頭皮内面には右頭頂部の出血があったほか,頭蓋底では,左右    の側頭骨からトルコ鞍部を通って頭蓋底を横断する骨折及びトルコ鞍部の左前頭蓋窩を横断する骨折があり,周辺の軟部    組織は挫滅状となっていた。このような頭蓋底を横断する骨折(横骨折)は,頭部が左右方向から強く圧迫された時に見    られる特徴的な骨折であることから,これらの損傷は,Dの頭部が左右方向に強く圧迫されたことにより生じたと考えら    れる。
    c 上記bの頭蓋底骨折は,頭蓋底及び左前頭蓋窩を二分するほど高度の骨折であったため,脳脊髄液がほとんど外部に    流出し,頭蓋内に空気が流入する気脳症ないし気頭症となり,致命傷となるものであった。
    d 頭蓋内損傷としては,くも膜下出血,小豆大,大豆大等の脳挫傷があったが,死に至るまでの高度の損傷ではなかっ    た。
  (イ) 胸腹部
    a 胸郭前面では,左側に,第3肋間に相当する左鎖骨内端より下方約11センチメートルの部における胸骨骨折,鎖骨    骨折,肩鎖関節脱臼,第2,5,6肋骨骨折があり,これらの損傷の周辺に軽度の出血を伴い,右側では,第1肋骨骨折    があり,周辺に出血を伴った。上記左右胸郭前面の肋骨骨折に相当して胸筋内に出血があった。胸郭後面では,左側に第    3,4肋骨骨折があり,周辺に出血を伴った。左胸腔内には約250ミリリットルの,右胸腔内には約70ミリリットル    の血液が貯留していた。
    b 胸椎・腰椎には,骨折はなかった。
    c 骨盤骨の恥骨結合は完全に離開し,周辺の軟部組織は軽度の挫滅状を呈して軽度の出血を伴った。この創傷は,骨盤    部に前後方向から激しく圧迫されたことにより生じたと考えられる。
  (ウ) 胸腹腔内臓器等
    a 左肺臓は,上葉に,長さ約12センチメートル,深さ約6センチメートルにわたる内部実質の挫滅があり,下葉後面    に,長さ約5.5センチメートルの外膜の断裂を伴う上下径約10センチメートル,深さ約8センチメートルにわたる挫    滅があった。右肺臓は,下葉後面の外膜が上下径約15センチメートル,左右径約5センチメートルにわたり気腫状に腫    脹し,深さ約2.5センチメートルにわたる内部実質の挫滅があった。このような高度の両肺挫滅のため,Dは,早急に    呼吸不全に陥る状態であった。
    b 左横隔膜は,破裂していた。
    c 上記a及びbの左肺臓を中心とする内臓の損傷及び上記(イ)の胸部創傷は,胸郭のかなり広い範囲で,特に左胸郭    に前後方向から激しい圧力が加えられたことにより生じたと考えられる。
  (エ) その他の部位
    ほぼ1直線で結ぶことができる左上腕骨骨折及び挫裂創,左大腿骨骨折及び挫裂創,左顔面挫裂創があった。
  (オ) 死体の生活反応
    a 死体に認められる損傷に,その損傷が生前に生起されたものであると判断しうる所見がある場合,これを損傷の生活    反応といい,凝血を伴う出血があることや創口が開くことは生活反応の例である。
    b もっとも,筋肉への血流は豊富である一方,骨近傍の骨膜における血流は少ないから,骨折部の位置に皮下出血や筋    肉内出血があるのに,骨折部近傍には出血が見られないか極めて軽度の出血だけが見られることはめずらしくなく,ま     た,高度の創傷のため,受傷時に生存していても受傷直後に死亡した場合は,創傷部位に出血があってもごく少ないか出    血がほとんど見られないなど創傷に生活反応がほとんど見られないことがある。
(2)ア Dが,第1事故直前にゼブラゾーン上に佇立していたことは当事者間に争いがないが,その具体的な地点について,原    告らは,ゼブラゾーンの開始地点付近である旨主張し,被告Fは,ゼブラゾーンの開始地点から22.2メートル進んだ    地点である旨主張するので,以下検討する。
 イ 
  (ア) 原告らは,Dが,第1事故後,jの位置より手前の右側車線に転倒していたこと,転倒距離は少なくとも19メート    ルであるとして,佇立していた地点はゼブラゾーンの開始地点であった旨主張し,Jの回答書,写真撮影報告書,鑑定書    には,これに沿う記述がある。
  (イ) しかし,上記回答書及び報告書は,本件交通事故後4年経過した時点で作成されたものであり,正確な位置関係につ    いてJの記憶が曖昧になっていることは否めず,本件交通事故当時本件現場を車両で走行していた当事者であるI及び被    告Gが,本件交通事故直後に,本線の左側車線を走行中,前方にDを発見したと供述していることに反すること,上記認    定の事実によれば,DはF車のドアミラーに衝突しながら路面に落下したということができ,Dの身体は,ドアミラーと    一体となって落下するはずであるところ,落下地点がドアミラーと離れているのは不合理であることにかんがみれば,上    記陳述書及び報告書はにわかに信用しがたい。仮に,第1事故後,Dが原告主張の位置に転倒していたとしても,上記鑑    定書の計算は,自動車の衝突速度と歩行者の放出速度を混同して計算した誤りがあるから,これを根拠とする上記原告ら    の主張は採用できない。
 ウ
  (ア) 他方,被告Fは,Dは,ゼブラゾーンの開始地点から22.2メートル進んだ地点に立っていた旨主張し,被告F立    会いの実況見分調書,被告Fの供述調書には,これに沿う記述が存在する。
  (イ) しかし,被告Fは,Dに衝突した時点で,本線の後方を確認していて,前方を全く見ておらず,その認識を欠いてい    たものであるから,被告Fの指示した地点が衝突地点であるとは認め難い。
 エ 前記(1)認定のとおり,Dが第1事故直後に転倒していた位置はjの地点であること,時速50キロメートルで走行する  車両が歩行者と衝突し,急ブレーキをかけた場合の歩行者の転倒距離は約9.5ないし16.2メートルであること,本件で  は,F車が急ブレーキをかけていないこと,DがF車の右前部に衝突したこと,Dがボンネットに跳ね上げられたことなど   転倒距離に変動を来す要素があること,jの地点からゼブラゾーンの終了地点までの距離が約8メートルであり,ゼブラゾー  ンの長さが33.7メートルであることにかんがみれば,DがF車との衝突によりゼブラゾーンの開始地点付近からjまで約  25メートル余り飛ばされたということは考え難いから,Dが佇立していた地点は,具体的に特定することはできないとして  も,少なくともゼブラゾーンの開始地点付近ではなかったというべきである。
(3)
 ア 被告Gらは,第2事故では,Dの頭部・胸部が轢過されていない旨主張する。
 イ しかし,Dは,G車と垂直方向に転倒した状態で,G車の下に入り込んだこと,G車の車底部に広範囲に血痕や払拭痕があ  ること,Dの頭蓋骨及び骨盤骨には左右から圧力がかかって生じた創傷があることから,第2事故において頭部から腰部にか  けて轢過されたということができ,その際,Dは腹部も当然に押し潰されたということができる。
 ウ よって,上記被告Gらの主張は採用できない。
(4) 上記(1)ないし(3)で認定した被告F及び被告Gの運転状況,目撃者の目撃内容,本件現場の遺留品の状況,加害車  両の損傷状況,Dの受傷内容・部位等の各事実によれば,本件交通事故の事故態様とDの受傷に至る経緯は,以下のとおりで  あったということができる。
 ア 第1事故
  被告Fは,顔を右後方に向けたまま,ゼブラゾーンを横切って本線に流入したため,F車がゼブラゾーン内に立っていたDに  背後から衝突し,Dの左大腿部後面から左臀部にかけた部分をバンパーで直撃し,その衝撃でDをボンネット上に跳ね上げ,  左腰部を右フェンダー端に接触させ,右フロントピラー中央部分をDの後頭部に激突させ,その際,後頭部骨折の傷害を負わ  せ,その反動でF車の前方ななめ上向きに跳ね上げ,最初の衝突地点の右前方の路面に転倒させ,さらに,DがF車の右側面  から路面に落下する際,F車の右ドアミラーをDの左胸部に衝突させた。
 イ 第2事故
  Dが,第1事故によって路面に投げ出され,本線左側車線に頭を中央分離帯の方向に向けて横臥していたところ,IらがDを  発見し,Jが発煙筒を置き,数台の後続車はDを避けて通過したが,被告Gはこれに気付かず,G車前部ナンバープレート付  近をDに衝突させ,そのままG車をDの身体に乗り上げ,Dの身体を車両底部と道路に挟んだ状態で引きずり,その際,Dの  頭部から腰部にかけて押し潰し,頭部横骨折,骨盤骨の恥骨結合離開等の傷害を負わせた。
 ウ Dの死因
  Dは,本件交通事故により,上記各創傷のほか,左胸部を中心とする肋骨骨折,両肺挫滅,左顔面挫創,左肩挫創,左大腿部  骨折等の傷害を負い,両肺の損傷が高度であったため,すぐに呼吸不全に陥り,これが直接の死因となって死亡した。
2 争点(2)(第2事故とDの死亡との間の相当因果関係の有無)について
(1) 上記1認定の事故態様に照らせば,Dは,本件交通事故の際,①第1事故において,F車のドアミラーに左胸部を衝突さ  せ,②F車に跳ね飛ばされて路面に転落し,③第2事故において,G車底部により全身を押し潰された過程で,胸部に強度の  衝撃を受けたということができるものの,致命傷となった左胸部を中心とする肺挫滅が,上記①ないし③のいずれによって生  じたのかということは,本件全証拠によっても明らかではない。よって,本件交通事故は,加害者が不明であるというべきで  ある。
  もっとも,本件交通事故は,事実上ほとんど同一の場所において,F車とG車が5分という接着した短時間内にDに次々と被  害を及ぼし,その結果としてDに死という一個不可分の損害を与えたものであるから,社会的に見て同一の機会に生じたと認  められる場合であり,被告Fと被告Gの加害行為には,客観的な関連共同性があり,民法719条1項後段にいう共同不法行  為が成立する。
(2)
  ア 被告Gらは,①Dは,第2事故の時点で既に死亡していた,②そうでなくても,Dは,第2事故では致命傷を負ったも    のではなく,死が早まったものでもなく,第2事故とDの死亡との間に相当因果関係がないから,責任を負わない旨主張    し,司法解剖医であるL医師の検察官に対する供述調書には,これに沿う供述が存在する。
  イ しかし,上記①については,本件事件の関係証拠を検討した複数の医師が,第2事故発生時でDの心臓が停止していたか   どうかを判断することはできない旨の意見を述べていること,L医師自身,解剖結果立会報告書や検察官に対する供述調書   において供述した「死亡状態」とは,循環,呼吸,中枢神経機能などがすでに停止した状態のみならず,これらが極めて微   弱な状態も含むとし,第2事故発生時点で,心臓がわずかながらも拍動していたか,心筋が完全に停止した状態であったか   判断を下すことはできない旨供述していること,生死判断の根拠となるDの創傷部位の出血の有無及び生活反応の有無につ   いては,医師らの間で認定が分かれており,また,骨近傍を負傷した場合や受傷直後に死亡した場合,受傷時に生存してい   ても,創傷部位に出血がほとんどなく,生活反応がほとんど見られないことがあることにかんがみれば,Dに死亡後に受傷   したと認められる創傷があるとは断定できない。そうすると,Dが第2事故の時点で既に死亡していたとまでは認めること   はできない。
  ウ また,②については,上記イのとおり,Dの生活反応の有無による負傷時期の区別は困難であること,Dは,胸郭の前    後,かつ,鎖骨から肋骨の高さまでの広範囲にわたる骨折,肺の深部にわたる挫滅,横隔膜破裂があり,Dには左肺を中心   として胸部の広範囲にわたって胸郭の前後から圧力がかかったと考えられるところ,Dの上記受傷態様は,ドアミラーに胸   部を強打したという第1事故の事故態様よりも,むしろ,G車の車底部で前後から胸部が押し潰されたという第2事故の事   故態様と整合性があること,Dが胸部に負傷していない部位があることやDの着衣の損傷が少ないことは,G車の車底部    は,部品の取付け状況により地上高に差があり,車底部とDの身体,着衣が接触しない部分があり得るから,Dの胸部に負   傷していない部位があったり,着衣の損傷が少ないとしても,第2事故で負傷しなかったことにはならないことなどの事情   にかんがみれば,Dが,第2事故により,左胸部の致命傷を負った可能性も十分にあり得るというべきである。
(3) 以上によれば,第2事故のときにDが既に死亡していたということは本件全証拠によっても明らかでないし,第2事故に  より致命傷が生じた可能性も否定できないことから,被告Gらの前記主張は採用できない。したがって,被告GらがDの死亡  という結果に対する賠償義務を負うことを否定することはできない。
3 争点(3)(過失相殺)について
(1) 被告らは,Dが深夜にゼブラゾーン内に立っていたこと,第2事故前に本線上に転倒していたことなどを過失相殺事由と  して斟酌する必要がある旨主張する。
(2)
  ア Dが,ゼブラゾーン内に立ち入り,前記認定のとおり,ゼブラゾーンの開始地点から進行方向に少し進んだ地点に佇立し   ていたことについては,ゼブラゾーンが車道上にある車両の安全かつ円滑な走行を誘導するために設けられた場所であり,   本来歩行者が立ち入ることを予定していないこと,本件道路は歩車道の区別があり,歩道を通行することが可能であり,少   なくともゼブラゾーンの開始地点で歩道に渡ることが可能であったことにかんがみれば,Dにも危険な場所に立っていた過   失があったというべきであり,これが本件交通事故の発端となっている以上,被告Fとの関係のみならず,被告Gらとの関   係でも,Dがゼブラゾーン内に立っていたことはD及び原告らの損害の算定に当たって過失相殺の対象とすべきである。
  イ しかし,Dが本線上に転倒していたことについては,Dの意思に基づくものではなく,第1事故によって本線上に跳ね飛   ばされ,後頭部や胸部を負傷し,自力で移動して第2事故を回避できない状態だったものであるから,これをさらにDの過   失と捉えることはできない。よって,かかる事情は,過失相殺事由として斟酌すべきではない。
(3) すすんで,Dの過失割合について検討すると,ゼブラゾーン内にいたDの過失割合が低いということはできないとして    も,被告Fは,深夜でも明るく,見通しのよい道路を走行していたにもかかわらず,飲酒運転及び前方不注視という著しい   交通違反を犯し,被告Gも,見通しのよい直線道路を走行し,さらに,Jが本件現場手前に発煙筒を置いて後続車に注意喚   起していたにもかかわらず,飲酒運転及び前方不注視という著しい交通違反を犯し,いずれもDの存在に気付かないまま,   運転車両をDに衝突させたものであることにかんがみれば,被告F及び被告Gの過失はDの過失にくらべて極めて重大とい   わざるを得ない。Dの過失割合は2割とするのが相当である。
4 争点(4)(D及び原告らの損害)について
(1) Dの損害
  ア 治療費  22万2280円
   証拠及び弁論の全趣旨によれば,Dは,治療費として,22万2280円を支出したことが認められる。
  イ 逸失利益  1億1307万6263円
 (ア) 証拠(甲2,21)によれば,Dは,平成7年3月M大学医学部を卒業し,同年4月に医師国家免許を取得するととも   に,同大学医学部第1外科に入局,同年5月からは同大学附属病院に,平成8年4月からはE病院に勤務し,研修医として   稼働していたことが認められ,職業が医師であることからすると,Dは,平成11年賃金センサス第3集第4表職種別・産   業計・企業規模計,医師男子の全年齢平均給与額年1328万9800円の収入が得られた蓋然性が認められるというべき   であるから,これを基礎収入とするのが相当である。Dは,本件交通事故当時28歳の独身であったので,Dの逸失利益    は,上記基礎収入から,生活費としてその50パーセントを控除し,本件交通事故当時(満28歳)から就労可能年数(満   67歳)までの39年間に対応するライプニッツ係数17.0170を乗じた額である1億1307万6263円と認めら   れる。
   式 1328万9800円×(1-0.5)×17.0170=1億1307万6263円(円未満切捨て。以下,同      様。)
 (イ)a 原告らは,①Dが卓越した能力と優れた人格を備えていたことから遠くない将来婚姻したに違いないとして,生活費   控除率は30パーセントが相当である,②Dの就労可能年数は,満78歳までの50年間として計算すべきであると主張す   る。
    しかし,交通事故による損害賠償請求訴訟における損害額の算定は,迅速公平な判断を担保するため,不確定要素につい   ては捨象して,定型的,類型的にみて,発生する蓋然性の高い損害を計上すべきである。本件では,Dに交際する女性や婚   約者がいて近い将来に婚姻が予定されていたような事情は認められない。また,証拠によっても,原告ら主張の高齢まで稼   働している医師がいることは認められるが,医師の多くが上記高齢まで同様に稼働しているとまでは認めるに足りない。そ   うすると,本件において,Dが原告ら主張の能力と人格を備えていることから婚姻し,また,満78歳まで就労する可能性   があるということができるとしても,その蓋然性が高いとまでは認められないから,上記①及び②はいずれも不確定要素と   なりDの損害の算定に当たって,考慮するのは相当ではないというべきである。
    b また,原告らは,近年の金利水準などにかんがみれば,中間利息の控除率は年4パーセントが相当である旨主張す    る。しかし,将来の金利水準を的確に予測することは困難である上,将来の請求権の現価評価に関し現行法(破産法,会社   更生法等)が法的安定及び各事案の統一的処理の観点から,一律に法定利率により中間利息を控除すると定めていること,   不法行為時から民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金が発生することとの均衡,交通事故における損害額算定   の客観性,公平性等の見地からは,将来の請求権である逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合    は,民事法定利率年5パーセントの割合によるのが相当である(最高裁判所第三小法廷判決・平成17年6月14日参     照)。
   c よって,原告らの上記各主張は,採用できない。
  ウ 慰謝料 2200万円
   Dは,医師としての仕事を始めたばかりであり,洋々たる未来を有していたにもかかわらず,若くして生命を奪われたもの   であり,Dが飲酒運転の車両に衝突ないし轢過される二重事故にあった恐怖,苦痛及び無念の思いは計り知れないから,D   に対する慰謝料は2200万円が相当である。
(2) 原告A及び原告Bの固有の損害
  ア 慰謝料  各500万円
   原告A及び原告Bは,最愛の息子であるDを突然失い,失意と悲しみで仕事や日常生活に支障が出たこと,本件交通事故    後,被告らから原告らに対して謝罪がないなどの不誠実な対応がみられることなどの事情にかんがみれば,原告A及び原告   B固有の慰謝料としては一人当たり500万円が相当である。
  イ Dの搬送料,霊安室使用料及び処置料  各12万5145円
   証拠及び弁論の全趣旨によれば,Dの搬送料,霊安室使用料及び処置料等の合計額は25万0290円であり,原告A及び   原告Bはこれらを相続分に応じて負担したものと認める。
  ウ 葬儀費用等  各80万円
   証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告A及び原告Bは,Dの葬儀を営み,葬儀費用及び法事費用として少なくとも930万   円,墓地・墓石費用として390万0630円の出費を余儀なくされたことが認められるが,そのうち,本件交通事故と相   当因果関係のある損害は,160万円と認めるのが相当であり,原告A及び原告Bはこれらを相続分に応じて負担したもの   と認める。なお,追悼文集制作費用は,本件交通事故と相当因果関係を有する損害とはいえないから,認められない。
  エ 文書料など
   原告A及び原告Bが文書料を支出したことについて証拠がないから,文書料は認められない。
(3) 原告C固有の損害
  ア 不法行為による生命侵害があった場合,民法711条が定める被害者の父母,配偶者及び子以外の者であっても,被害者   との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係があり,被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は,同条   の類推適用により,加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求しうるものと解するのが相当である。
  イ 原告Cにとって,Dが面倒見の良い掛替えのない兄であり,原告CがDの死亡により相当程度の精神的苦痛を被ったこと   は推認しうるものの,原告Cは,原告A及び原告Bと生活をともにし,Dとは事故1年前から別々の生活をしているなどD   から親代わりに庇護されていたような事情にはないから,原告CとDとの間に親子と実質的に同視しうべき身分関係があっ   たということはできない。
  ウ よって,原告Cの固有の慰謝料請求は理由がない。
(4) 合計
  原告A及び原告Bは,Dの本件交通事故に基づく損害賠償請求権を2分の1ずつ相続したから,同原告らの損害額は,それぞ  れ,固有の損害額各592万5145円に相続分各6764万9271円を加えた7357万4416円である。
(5) 過失相殺後の損害額
  前記3のとおり,D及び原告らの損害につき2割を過失相殺するのが相当であるから,過失相殺後の損害額は,各5885万  9532円である。
5 争点(5)(損害の填補)について
(1) 被害者等が交通事故後に損害の填補として加害者の加入する保険から保険金の支払を受けた場合も,受領した保険金相当  額の損害金に対する交通事故発生日から上記保険金の支払日まで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金が発生す  るから,この支払を求める原告A及び原告Bの各請求を理由がないとすることはできない。
(2)
  ア 原告A及び原告Bは,平成9年3月31日,F車の加入する自動車保険会社から各100万円を受領し,これを原告A   及び原告Bの損害賠償請求権各5885万9532円に対する本件交通事故発生日から支払日までの23日間の遅延損害金1  8万5447円に充当すると,損害の填補として損害賠償請求権の元本から控除すべき金額は,各81万4553円である。  よって,同時点の損害賠償請求権の元本残額は,5804万4979円となる。
  式 100万円-5885万9532円×0.05×23/365=100万円-18万5447円=81万4553円
   5885万9532円-81万4553円=5804万4979円
  イ 原告A及び原告Bが,平成9年7月16日に受領した各1500万1525円及び平成11年3月29日に受領した各1  500万円の各保険金についても,上記同様に充当すると,以下のとおりであり,保険金の最終受領日である平成11年3月  29日時点の損害賠償請求権の元本残額は,3262万8267円となる。
  式(ア) 1500万1525円-5804万4979円×0.05×107/365=1500万1525円-85万07     96円=1415万0729円
     5804万4979円-1415万0729円=4389万4250円
   (イ) 1500万円-4389万4250円×0.05×621/365=1500万円-373万4017円=112     6万5983円
     4389万4250円-1126万5983円=3262万8267円
6 弁護士費用
  本件事案の内容,上記損害額その他一切の事情を考慮すると,本件交通事故と相当因果関係のある原告A及び原告Bの弁護士 費用はそれぞれ320万円が相当である。上記4(3)のとおり,原告Cの慰謝料請求は認められないから,これに伴う同原告 の弁護士費用相当額の損害賠償請求も理由がない。
7 結論
  以上によれば,原告A及び原告Bの各請求は,被告らに対し,それぞれ,3582万8267円及びこれに対する保険金の最 終受領日である平成11年3月29日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度 で理由があり,その余は理由がなく,原告Cの請求は,すべて理由がない。
 よって,主文のとおり判決する。


千葉地方裁判所民事第5部


       裁判長裁判官  安藤裕子




         裁判官  小濱浩庸




           裁判官  鎌形史子