H17. 5.30 さいたま地方裁判所 平成15年(ワ)第2861号 損害賠償請求事件

判示事項の要旨:
交通事故で死亡した18歳女性の逸失利益の算定に当たって,男女計の平均年収額ではなく,女子労働者の平均年収額を算定の基礎とした事例


          主         文
    1 被告らは連帯して,原告Aに対し3988万4961円,原告Bに対し3858万4961円及びそれぞれ平成13年3月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
    2 原告らのその余の請求を棄却する。
    3 訴訟費用はこれを5分し,その1を原告らの,その余を被告らの負担とする。
    4 この判決の主文第1項は,仮に執行することができる。
          事 実 及 び 理 由
第1 原告らの請求
   被告らは連帯して,原告Aに対し5365万7441円,原告Bに対し5236万1441円及びそれぞれ平成13年3月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,交通事故によって死亡した被害者の両親である原告らが,加害自動車の運行共用者である被告Cに対しては自動車損害賠償保障法3条に基づき,加害自動車の運転者であった被告Dに対しては民法709条に基づき,当該事故に基づく損害賠償金及びこれに対する事故の日から支払済みまで民事法定利率による遅延損害金の連帯支払を請求する事案である。
 1 当事者間に争いのない事実及び証拠等によって容易に認定することができる事実(証拠等の掲記がない事実は争いがない。)
  (1) 本件事故の発生
    平成13年3月27日午前9時27分頃,埼玉県加須市埼北自動車学校建物玄関に,被告Dが運転する普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)が暴走して突っ込み,折から,同玄関前階段に腰をかけていたEに衝突して,Eに対し,脳挫傷等の傷害を負わせ,同日午前10時50分頃死亡させる交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
  (2) 責任原因
   ア 被告Cは,本件車両の運行共用者であるから,自動車損害賠償保障法3条に基づき,本件事故によるEの身体生命の侵害に伴って生じた損害の賠償責任を負う。
   イ 被告Dは,速度超過,運転操作の過誤等の過失によって,本件事故を引き起こしたものであるから,民法709条に基づき,本件事故によって生じた損害の賠償責任を負う。
  (3) 相続等
    Eは,昭和58年1月28日生であって,死亡当時満18歳の女子であり,その相続人は両親である原告A及び原告Bのみである。
 2 争点
   本件の争点は,E及び原告らに生じた損害の額である。
  (原告らの主張)
  (1) Eに生じた損害
   ア 逸失利益    6396万5633円
     Eの逸失利益は,賃金センサス平成13年第1巻第1表による産業計・企業規模計・学歴計の全年齢労働者平均年収額502万9500円を基礎として算出することが相当であり,生活費控除率を30パーセントとし,ライプニッツ方式により18歳時から67歳時まで49年間の中間利息を控除して(49年間の係数18.1687)算出した額は,6396万5633円となる。
   イ Eの慰謝料  2500万円
   ウ 合計額     8896万5633円
   エ 相続   
     原告らは,各2分の1の相続分に応じ,4448万2816円ずつ相続した。
  (2) 原告Aに生じた損害
   ア 葬儀費用     120万円
   イ 固有の慰謝料   400万円
   ウ 合計       520万円
  (3) 原告Bに生じた損害
    固有の慰謝料    400万円
  (4) 弁護士費用
    原告Aにつき397万4625円,原告Bにつき387万8625円を要する。
  (5) 損害合計額
    原告Aにつき5365万7441円,原告Bにつき5236万1441円となる。
  (被告らの主張)
   原告らの主張のうち,(2)のアの葬儀費用の額は認め,その余は不知。
   逸失利益の計算につき,Eは,死亡当時,高校を卒業し,短大への進学が決まっていたのであるから,賃金センサス平成13年第1巻第1表による産業計・企業規模計・短大卒の全年齢女性労働者の平均年収額379万1600円を基礎とし,生活費控除率を30パーセントとし,ライプニッツ方式により20歳時から67歳時まで(2年後から49年後まで)の中間利息を控除して(49年間の係数18.1687,2年間の係数1.8594)算出すべきであり,その額は4328万6839円となる。
第3 当裁判所の判断
 1 争点について
  (1) Eに生じた損害
   ア 逸失利益
    (ア) 上記第2の1の事実に,甲第2号証,原告A本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると,①Eは,平成13年3月,埼玉県久喜市所在の県立高校を卒業して,同年4月から東京都所在の文化女子大学短期大学造形学科に進学することが決定しており,その間の休暇中に自動車運転免許を取得すべく埼北自動車学校に通っていて本件事故に遭遇したこと,②Eは,文化女子大学短期大学のほか,同大学の4年制大学の入学試験も受験して合格しており,将来,インテリアデザイン関係の仕事に進むことを志望して造形学科への進学を決めたものの,将来の希望職種の変更を考慮し,改めて他の学科を選択する余地も残した上で,4年制大学に編入することを考慮に入れ,短期大学に入学することにしたこと,③Eの父である原告Aは,建築会社
を経営しており,Eを4年制大学に編入させるに当たって経済的に特段の問題はないこと,以上の事実を認めることができる。
    (イ) ところで,原告らは,Eの逸失利益を算出するに当たり,賃金センサス平成13年第1巻第1表による産業計・企業規模計・学歴計の全年齢労働者平均年収額,すなわち,男女計全労働者の平均年収額を基礎とすべき旨主張する。
      確かに,雇用機会均等法等の法的・制度的整備により,男女間の収入格差は減少する方向にあり,また,女性が従来よりも多様な就労可能性を有するに至っていることからしても,男女間の収入格差は解消される方向にあることを考慮すれば,未就労の女子年少者の逸失利益の算定において,男女計全労働者の平均年収額を基礎収入とすべきであるとの見解は,傾聴に値するものである。
      しかしながら,逸失利益の算定において,その性質上,仮定的要素を多分に含まざるを得ない将来の収入につき,合理的かつ公平な認定をするためには,将来あり得る多様な可能性の中から,現時点において最も高い蓋然性を有する要素を選択するほかはないところ,現在,なお男女の平均収入に格差が存在し,これが近い将来において解消されるとの蓋然性は認められず,また,女性の就労可能性の多様化についても,現実に男女間の平均収入の格差の解消に直接的に結びついているとも即断し得ないところである。
      そうすると,現時点において,Eの逸失利益を算出するに当たっては,なお,賃金センサスの女性労働者の平均年収額を基礎とした上,男女格差については,生活費控除割合を単身者であっても30%とすることにより修正するのが相当であると解する。
    (ウ) しかして,上記(ア)の認定事実によれば,Eは,短期大学卒業後,4年制大学に編入する意欲を有し,また,能力的,経済的条件も備わっていたと推認されるから,本件事故がなければ,Eが4年制大学を卒業して就職したであろうとの蓋然性が認められる。
      そうすると,Eの逸失利益は,賃金センサス平成13年第1巻第1表による産業計・企業規模計・大学卒の全年齢女性労働者の平均年収額453万0100円を基礎とし,生活費控除率を30パーセントとし,ライプニッツ方式により22歳時から67歳時まで(4年後から49年後まで)の中間利息を控除して(49年間の係数18.1687,4年間の係数3.5459)算出すべきであり,その額は4636万9922円となる。
     (算式)4,530,100×(1-0.3)×(18.1687-3.5459)=46,369,922
   イ 慰謝料
    (ア) 上記第2の1の事実に,甲第2,第3号証,乙第1号証,原告A本人尋問の結果,被告D本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
     a 被告Dは,本件事故当日,本件車両を運転して,東武伊勢崎線の東側にあって,これと並行して南北方向に通ずる道路(歩車道の区別あり,片側一車線,以下「本通り」という。)に,東武伊勢崎線の西側から踏切を渡って入り,直ちに右折して,本通りを約25メートル南下した後,東西方向に通ずる埼北自動車学校前の道路(歩車道の区別,中央線なし,幅員約6m,以下「自動車学校前道路」という。)が東側から本通りに突き当たる丁字路を左折しようとして,速度超過のため廻り切れず,タイヤがスピンし,自車前部右側を同丁字路南東角に設置されていた道路標識に衝突させた後,アクセルペダルをブレーキペダルと踏み誤り,自動車学校前道路を約10メートル斜めに逸走した上,左側(北側)に路外逸脱して埼北自動車学校玄関
前の2段ほどの階段に乗り上げ,折から同階段上に腰をかけていたEに衝突した。Eは,脳挫傷のほか,ほぼ全身に挫傷・骨折を負い,事故の約1時間後に死亡した。
     b 被告Dは,本件事故後,Eの救護及び警察官への事故報告をせずに現場から逃走したが,30分余り後に逮捕された。
     c 被告Dは,本件事故の4日前に運転免許を取得したものであった。
     d Eは,原告らの長女であって弟妹各1名がおり,原告らをよく助け,その期待を一身に受けていた。
    (イ) 上記(ア)の認定事実及び上記アの(ア)の認定事実によれば,以下のようにいうことができる。
      Eは,本件事故につき何らの落ち度もなく,将来の志望に沿って選択した大学進学を目前にして唐突にその命を奪われたものであり,本人及び原告らその家族の無念さ,悲しみ,憤りは察するに余りある。
      他方,被告Dは,本件車両を運転し,本通りに入ってから約25メートル進行する間に,自動車学校前道路との丁字路で廻り切れない程の速度に加速した挙げ句,左折しようとして自車をスピンさせ,標識に衝突させて,逸走,路外逸脱させて本件事故を起こしたものであり,このような事故態様に照らして,本件事故は,被告Dの無謀運転というほかない重大な過失によって引き起こされたものである。本件事故当時,被告Dが,免許取得後数日しかたっておらず,運転技量が未熟であって,アクセルペダルをブレーキペダルと踏み誤って本件車両を逸走させたという事情があるとしても,そのような時期に上記のような無謀運転を敢行し,その結果として標識に衝突して,これに慌てて操作を誤ったものと推認されるから,上記事情が被告Dの
責任を軽減するものということはできない。
      あまつさえ,被告Dは,本件事故後,いわゆる轢き逃げ行為に出ているものであり,これによって,現実にEに対する救護活動が遅れたか否かはともかく,強く非難されるべき事情であるといわざるを得ない。
    (ウ) 以上の事情を総合すれば,本件事故により死亡したことに対するEの慰謝料額は,2200万円とすることが相当である。
   ウ 上記ア及びイのEの損害額の合計は,6836万9922円であり,原告らは,各2分の1の相続分に従い,3418万4961円ずつ相続したものと認められる。
  (2) 原告らに生じた損害
   ア 葬儀費用
     Eの死亡に伴い,原告Aが120万円の葬儀費用に係る損害を受けたことは,当事者間に争いがない。
   イ 原告ら固有の慰謝料
     上記(1)のイの事実関係によれば,Eの両親である原告らの,Eの死亡に伴う慰謝料額は,各150万円とすることが相当である。
  (3) 弁護士費用
   ア 原告Aの弁護士費用に係る損害額は,上記(1),(2)の損害額(相続承継分を含む。)の合計が3688万4961円であること等を考慮すれば,300万円とすることが相当であり,これを加えた原告Aの損害額合計は,3988万4961円となる。
   イ 原告Bの弁護士費用に係る損害額は,上記(1),(2)の損害額(相続承継分を含む。)の合計が3568万4961円であること等を考慮すれば,290万円とすることが相当であり,これを加えた原告Aの損害額合計は,3858万4961円となる。
 2 以上によれば,原告Aの請求は,被告らに対し,3988万4961円及びこれに対する本件事故の日である平成13年3月27日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,原告Bの請求は,被告らに対し,3858万4961円及びこれに対する上記平成13年3月27日から支払済みまで上記年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。
   よって,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
  さいたま地方裁判所第1民事部
         裁 判 官    石  原  直  樹

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2005年08月18日 11:20
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。