H17. 4.15 大分地方裁判所 平成14年(わ)59等 殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反

判示事項の要旨:

 1 強盗殺人,同未遂の公訴事実について,被害者らの殺害に関する共謀の成立及び殺意の存在を認めるには合理的な疑いがあ  るとして,強盗致死傷罪が成立するにとどまる旨判断した事例
 2 強盗殺人罪と強盗致死傷罪を犯して,2名を死亡させ,1名に重傷を負わせた被告人に対し,死刑を選択せず,無期懲役に  処した事例



主文
被告人A及び同Bをそれぞれ無期懲役に,同Cを懲役14年に処する。
被告人Cに対し,未決勾留日数中530日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実第1《以下「大阪事件」ともいう。》の犯行に至る経緯等)
1 被告人Aは,1982年(昭和57年)8月,中華人民共和国(以下「中国」という。)福建省において出生した。被告人Aは,平成12年5月,日本国に入国し,大分県別府市内にあるD大学に入学したが,平成13年10月,同大学を退学した。
  Eは,1980年(昭和55年)6月,中国遼寧省において,朝鮮族として出生した。Eは,平成12年10月,日本国に入国し,前記大学に入学したが,平成13年12月,同大学を退学した。被告人Aは,平成12年10月ころ,Eと知り合い,平成13年8月以降,親しく交際していた。
2 被告人Aは,同年10月,同大学を退学後,東京都内の学校に通うため,東京都内の知人方に転居した。被告人Aは,同年11月ころ,母から学費として50万円の送金を受けたが,Eに対して合計12万円を貸し付けたほか,知人への借金返済や遊興費等に使い果たした。被告人Aは,同年12月17日,同居の知人から50万円を借り入れ,専門学校の学費として41万円を支払った。被告人Aは,所持金が少なくなり,在留資格の制限により働くこともできず,他の者から金銭を借り入れることもできなかったので,Eに対し,電話で数回にわたり上記貸付金の返済を求めたところ,Eから何度も「大阪に行って,強盗をしよう。」と誘われた。被告人Aは,金銭が欲しかった上,強盗をして金銭を手に入れれば,Eが借金を返してくれると期待し,同月二十一,二日ころ,Eに対し,電話で「一緒に強盗をします。」と言って,強盗をすることを承諾した。
3 同月24日,被告人Aは東京都内から,Eはナイフ及び棒を準備して大分県内から,それぞれ大阪府内に赴き,同日午後六,七時ころ,合流した。被告人A及びEは,三,四時間にわたり,一人歩きの女性をねらって路上強盗をしようとその機会をうかがったが,実行できず,その日はホテルに泊まった。
  被告人A及びEは,同月25日夕方,前日と同様に一人歩きの女性を探したが,見つからなかった。被告人A及びEは,カラオケ店に入り,同AがEに対して他に強盗の方法がないかと尋ねたところ,Eは,売春婦をホテルの部屋に呼んで金銭及びキャッシュカードを奪おうと言い,同Aは,これを承諾した。被告人A及びEは,同店を出て,再度一人歩きの女性を探したものの,やはり見つからなかった。Eは,売春勧誘のビラを10枚程度入手し,被告人A及びEは,前日と同じホテルに泊まった。
4 Eは,性交目的でホテルの部屋にいわゆるホテトル嬢を呼んだが,若すぎるとして別のホテトル嬢を派遣するように依頼した。Eは,同月26日午前1時ころ,被告人Aに対し,ホテルの部屋に売春婦を呼んで,刃物で脅し,同女の手足を縛った上,金銭及びキャッシュカードを奪い,同カードの暗証番号を聞き出す旨述べ,同Aは,これを承諾した。その後,別のホテトル嬢が来ることはなかったため,Eは,部屋に男性が2人いるのが分かったから売春婦が来ないのだと考え,被告人Aに対し,それぞれが別の部屋で売春婦を呼び,強盗をしようと言い,同Aは,これも承諾した。
5 被告人A及びEは,同日午前10時ころ,ホテルをチェックアウトし,犯行場所として,大阪市内にあるビジネスホテルを利用することに決めた。その後,被告人A及びEは,手足を縛るためのクラフトテープ,顔を見られにくくするための帽子2個,強盗の道具としてのペティナイフ1丁を購入するなどした。
  Eは2人が別々にホテルにチェックインした方がいいと言ったため,被告人Aは,同日午後3時すぎころ,一人で上記ビジネスホテルにチェックインした。その後,同室に来たEは,被告人Aに対し,ペティナイフ,クラフトテープ及び売春勧誘のビラを渡し,前夜に話し合った内容を再確認した上,暗証番号を聞き出した後は,売春婦を殺さないと面倒なことになるから,売春婦を殺して逃げるように指示して,同室を出て行った。
6 被告人Aは,上記ビラに記載されていた電話番号に電話をかけ,ホテトル嬢の派遣を依頼したところ,同日午後4時30分ころ,被害者が同室に来た。被告人Aは,被害者に対し,代金を支払い,同女は,浴室に入ってシャワーを浴び始めた。被告人Aは,右手にペティナイフを背後に隠し持って浴室に入った。
(罪となるべき事実第1)
 被告人Aは,Eと共謀の上,
1 いわゆるホテトル嬢から金銭及びキャッシュカードを強取しようと企て,平成13年12月26日午後4時30分ころ,大阪市北区a町b番c号のビジネスホテル「Fホテル」303号室において,G(当時35歳)に対し,持参したペティナイフ(刃体の長さ約15センチメートル)をその頸部及び胸部に突き付けるなどして脅迫した上,その両手首及び両足首に持参したクラフトテープを巻き付けて縛るなどの暴行を加え,その反抗を抑圧して,同女所有のキャッシュカード2枚を強取し,その際,同女に対し,殺意をもって,上記ペティナイフで,その左側胸部及び頸部等を十数回突き刺すなどし,よって,そのころ,同所において,同女を心・肺刺創により失血死させて殺害した
2 業務その他正当な理由による場合でないのに,前記1記載の日時・場所において,同記載のペティナイフ1丁を携帯した
ものである。
(罪となるべき事実第2《以下「d事件」ともいう。》の犯行に至る経緯等)
1 被告人Bは,1976年(昭和51年)1月,大韓民国(以下「韓国」という。)慶尚南道において出生した。被告人Bは,平成13年3月,日本国に入国し,同年4月,大分県別府市内にあるD大学に入学した。Eは,同月ころ,被告人Bと知り合った。
  被告人Cは,1978年(昭和53年)4月,中国吉林省において,朝鮮族として出生した。被告人Cは,平成12年4月,日本国に入国し,前記大学に入学した。被告人Bは,平成13年9月ころ,同Cと知り合い,それ以降,親しく交際していた。被告人Aは,平成12年5月ないし6月ころ,Eは,同年9月ないし10月ころ,それぞれ被告人Cと知り合った。
  Hは,1978年(昭和53年)11月,中国吉林省において出生した。Hは,平成11年9月,日本国に入国し,I(以下「被害者」ともいい,同人の妻と特に区別する必要がある場合には「男性被害者」ともいう。)を身元保証人として前記大学に入学したが,平成13年10月,同大学を退学した。被告人Aは,平成12年9月ころ,Hと知り合い,平成13年8月ころから同年10月ころまで同居していた。被告人Cは,平成12年5月ころ,Hと知り合った。
2 Hは,平成13年12月26日,被告人Cの部屋において,同Cが自動車を持っていると誤解し,同Cに対し,家に押し入って家人を脅し,キャッシュカードを奪って金銭を引き出す旨の計画を話し,その計画のために自動車を運転するだけで3万円を支払うと言い,その後,二,三日,同Cの部屋に泊まり,何度も同Cを計画に誘ったが,同Cは,これに応じなかった。
  Hは,平成14年1月五,六日ころ,被告人Cの部屋を訪れ,その後,度々同Cの部屋に泊まるようになり,Eも,同じころ,同Cの部屋に遊びに来るようになった。H及びEは,被告人Cに対し,「別府の金持ちの家を襲って,家の人をビニールテープなどで縛って拉致して,キャッシュカードを奪う。キャッシュカードの暗証番号をしゃべらせて,仲間が銀行で預金を引き下ろす。もうけたお金は山分けにする。あなたは,車を運転するだけでいい。おれたちは,同じようなことを何回もしているが,1回で200から300万円になる。」と言って,再び同Cを計画に誘った。
  被告人Cは,同月10日ころ,同Bに対し,Hらの話を伝え,同Cの部屋において,同BをH及びEに紹介し,H及びEに対し,同Bが自動車を持っていることを話した。また,被告人Cは,Hに対し,大分県別府市内の金持ちの家として,以前のアルバイト先を教え,H及びEは,その場所を下見するなどした。
3 被告人Aは,同月8日ないし10日ころ,Eから大分県内で強盗をすることに誘われ,Hも計画に参加すると聞いた。被告人Aは,平成13年10月,H及び同Cらとともに偽装結婚の計画を実行するために中国に帰国した際,Hともめたことがあり,同人を信用していなかったので,強盗の計画への参加をためらった。しかし,被告人Aは,大阪事件の際に金銭を奪い取ったと話していたEを信頼しており,Eの計画どおりに進めれば金銭を奪い取れるだろうし,目的が同じである以上,Hとも衝突しないだろうと考え,強盗の計画に参加することに決め,その日のうちにEに電話をかけて,その旨を伝えた。
4 被告人Cは,同月14日,Hから,「Iさんの家を見に行くつもりだが,道をよく覚えていない。一緒に行こう。」と言われた。被告人Cは,平成12年七,八月ころ及び平成13年6月ころ,Hの紹介で,被害者方において草刈りのアルバイトをしたことがあり,その際に男性被害者らに最寄りの駅まで送り迎えをしてもらったことがあったので,同人方への道を知っていた。被告人Cは,Hが,その身元保証人である金持ちの男性被害者をねらって強盗を実行するつもりであると分かったが,当時,同C自身,金銭に困っていて,強盗に興味があったので,Hらについていくことにした。
  被告人B運転の自動車にH,E及び同Cが同乗して,同Cの道案内で被害者方に向かう際,同Cは,Eから,同Bも計画に参加するから参加するように言われて,これを承諾した。また,被告人Cは,Hから,同Bが自動車を運転し,ほかの3人が家の中で仕事をすると言われて,これも承諾した。
  被告人Bは,Hの指示で被害者方付近の空き地に自動車を止め,H及びEは,被害者方の下見をしに行った。被告人Bは,強盗が成功すれば,学費のためにアルバイトをする必要がなくなるなどと考えて計画に参加することにしたのであるが,自動車内において,同Cに対し,「大丈夫かな。」と言ったところ,同Cは,同Bが計画への参加を心配していると感じ,同Bに対し,同Bは運転だけでいいなどと言った。被告人Bは,同Cに対し,運転だけでは簡単すぎるし,分け前が少なくなると言った。
  その後,H及びEが戻ってきて,被害者方の周囲に人家が少ないことなどを報告し,同人方で強盗を実行することに決まった。
5 平成14年1月15日,被告人B運転の自動車にH,E及び同Cが同乗して,大分県別府市内及び大分市内の店を回り,H及びEは,店内において,強盗に使う道具として,少なくとも包丁2本,長い木製棒,靴2足,ビニールテープ等を万引きした。その際,被告人Cは,ビニールテープの包みを素手で触ったところ,H又はEから,「指紋が残るから触るな。後でふいておくから。」と言われ,あわててビニールテープから手を離した。また,被告人Cは,包丁2本を同Bに渡し,同Bは,これを車外から見えない場所に隠した。被告人Cは,包丁を見て,被害者らが危害を加えられるのではないかなどと考えて,強盗の計画に参加することが怖くなり,Hに対し,計画から外れたい旨述べたところ,Hは,これを承諾した。
6 被告人Aは,同日,Eから電話で翌日に大分県別府市内まで来るように言われ,同月16日,東京都内から大分県別府市内に赴き,同日午後七,八時ころ,H,E,同C及び同Bと合流した。被告人ら,H及びEは,強盗の計画について話し合うため,以前Eが同居していたJの部屋に行った。被告人Cは,計画から外れていたが,同Bが中国語を理解できないので,韓国語の通訳のために一緒に行った。Hが中心となって計画について話し合った結果,被告人Bが自動車を運転し,H,E及び同Aが被害者方に侵入し,被害者らを包丁で脅して手足を縛り,現金及びキャッシュカードを奪って暗証番号を聞き出し,2人が被害者らを被害者方に監禁して見張り,2人が金融機関で現金を引き出し,もし暗証番号が違っていれば,再度被害者らを脅すこと,同Cは計画に参加しないが,金銭を奪ったら,各自が同Cに対して5万円ずつ支払うことが決まった。
  被告人Aは,被害者方の下見を提案し,翌日,同人方の下見をすることになった。
7 同月17日午前6時ころ,被告人B運転の自動車にH,E及び同Aが同乗して被害者方に向かい,同人方を確認してから同人方付近の空き地に到着した。H及びEは,同日午前7時30分ころ,被害者方にかぎがかかっているか,新聞を取り込んでいるかを確認しに行った。H及びEは,10ないし15分後に戻ってきて,被害者方の玄関にかぎがかかっていないことや,まだ新聞が取り込まれていないことを報告し,被害者らはまだ寝ている様子であったので,30分後にもう一度来ることになった。
  被告人Aらは,同日午前8時前ころ,同B運転の自動車で空き地を出発し,約10分後,銀行を見つけ,強盗の際にその銀行で現金を引き出すことになった。その後,被告人Aらは,約10分間,時間をつぶし,再び被害者方に向かう途中,男性被害者運転の自動車とすれ違い,同人方に行って自動車がないことを確認し,この時刻には同人が起きていることが分かった。また,Hは,被害者方倉庫の前に中年の男性がいるのを見て,被害者らを監禁する場所を変更する必要がある旨述べた。このときの一連の話は,ある程度韓国語を話せるEが被告人Bに通訳していた。
  その後,被告人B,同A,H及びEは,大分県別府市内の店を回り,H及びEは,店内において,強盗に使う道具として,懐中電灯3本,電池1パックを万引きした。また,その付近には郵便局も銀行もあったことから,その付近で現金を引き出すことに変えた。さらに,被告人Aらは,大分市内の店を回り,H及びEは,店内において,帽子等を万引きした。
8 その後,被告人Bらは,大分県別府市内に戻り,同Cも自動車に同乗して,同市内の公園の駐車場に行った。Hは,自動車内において,同日夜にH,E及び被告人Aが被害者方に侵入し,被害者らを包丁で脅して縛り,被害者らを同B運転の自動車に乗せて同市内の人目につかない場所に連れていき,E及び同Bが銀行に行って現金を引き出す旨述べた。被告人Bは,同Bと被害者の自動車2台を利用することを提案した。Hは,これに難色を示し,被告人Cは,同Bに対し,同B以外に自動車を運転できる者がいないと言ったところ,同Bは,同Cが同Bの自動車を運転するように言った。これに対し,被告人Cが自分は計画に参加しないと言ったはずだと言ったところ,同Bは,同Cが計画に参加しないなら,自分も参加しないと言い出した。そこで,Hらは,被告人Cに対し,計画に参加するように説得し,Hは,同Cに対し,H,E及び同Aが被害者方に侵入し,被害者らを包丁で脅して縛る,同Cは同Bの自動車を運転してHらが乗る被害者の自動車の後をついてくればいい,被害者の自動車は同Bが運転する,被害者らを別府市内まで連れてきたら自宅に帰っていい,金が取れれば山分けにするなどと述べた。被告人Cは,一人だけ反対するわけにはいかないなどと考え,計画への参加を承諾した。また,被告人Bは,Hらが奪った金銭をごまかすのではないかと心配していたので,現金を引き出した後に取引明細書を同Bに見せることになった。
  結局,H,E,被告人A,同B及び同Cの間で,強盗の具体的な方法として次のように話がまとまった。すなわち,平成14年1月18日の午前二,三時ころにH,E及び被告人Aが被害者方に侵入し,被害者らを包丁で脅して縛り,現金及びキャッシュカードを奪って暗証番号を聞き出すこと,被害者らを被害者の自動車に乗せて同Bがこれを運転し,携帯電話で連絡を受けた同Cが同Bの自動車を運転して後をついていき,山中で被害者の自動車を捨て,被害者らを同Bの自動車に乗せ替えて同Bの運転で同市内に戻ること,同Cが自宅に帰った後,人目につかない小屋に被害者らを監禁して,H及び同Aが被害者らを見張り,Eが同B運転の自動車で金融機関に行って現金を引き出すこと,もし暗証番号が違っていれば,再度被害者らを包丁で脅して暗証番号を聞き出すことなどが決まった。
  その後,Eがいったん自宅に帰り,被告人ら及びHは,被害者らを監禁する場所を探しに行き,小屋を見つけて,その場所に被害者らを監禁することにした。
9 被告人ら,H及びEは,同日夕方以降,被告人Cの部屋等で休むなどしていた。被告人B,同A,H及びEは,同月18日午前零時ころ,Jの部屋に行き,Eは,包丁3本を取り出して,E,同A及び同Bがこれらを持ち,Hが木の棒を持って,それぞれ被害者方に入ると説明した。また,被告人A,同B,H及びEは,服を着替えたり,手袋,靴及びロープ五,六本等を準備した。
10 被告人A,同B,H及びEは,Jの部屋を出発し,同日午前1時前ころ,同Cと合流して被害者方に向かい,その途中で,包丁の入っていた紙箱等の不要のものを投棄するなどした。Hは,被害者方に向かう車内において,被告人Cに対し,「おれたち3人が家の中に入るだけじゃ人数が足りない。4人入って,一人に二人ずつかかった方が安全だ。Bにも家の中に入るように言ってくれ。」と言ったので,同Cがこれを同Bに通訳したところ,同Bは,被害者方に入ることを承諾した。また,Hは,「Bは,おれたち3人の仕事を手伝う。Iの車のかぎが見つかれば,先に家を出て待っておいてもらう。」と言ったので,被告人Cがこれを同Bに通訳したところ,同Bは,これも承諾した。
11 被告人ら,H及びEは,同日午前2時ころ,被害者方付近の空き地に到着した。被告人B,同A,H及びEは,自動車を降りて,それぞれ目出し帽をかぶり,手袋を手にはめた。Eは,包丁を被告人B及び同Aに,懐中電灯を同B,同A及びHに,それぞれ渡した。Hは,被告人Aらに対し,懐中電灯の光が周りに広がらないように先の部分を持つことや,中国語を話したり,Hの名前を呼んだりしないことを指示した。また,自動車内にいた被告人Cは,同B及びEとの間で,携帯電話が通じるかを確認した。
12 被告人Cは,自動車内で待機し,同B,同A,H及びEは,歩いて被害者方に向かった。その途中で,Hは,被告人A及びHが男性被害者を,同B及びEが男性被害者の妻であるKを,それぞれ縛るように指示した。
(罪となるべき事実第2)
 被告人3名は,H及びEと共謀の上,
1 I(当時73歳)及び同人の妻K(当時71歳)から金銭及びキャッシュカード等を強取しようと企て,平成14年1月18日午前2時10分ころ,大分県速見郡d町大字ef番地にあるI方に,施錠されていない脇玄関から侵入し,2階寝室において,寝ていたKに対し,「金出せ。」と言いながら,その顔面等を木製棒(全長約45.5センチメートル)及び手拳で多数回殴打するなどの暴行を加えたが,同女が悲鳴を上げるなどしたため,金品強取の目的を遂げず,その際,同女に対し,持参した包丁(刃体の長さ約21.2センチメートル)で,その左側頭部を切り付け,胸部及び腹部を突き刺して,同女に全治まで34日間を要する頭部裂傷及び切傷,顔面打撲,血胸・横隔膜損傷を伴う胸部刺傷,胃損傷を伴う腹部刺傷を負わせ,引き続き,同所において,Iに対し,その左腰部を上記包丁で突き刺して,同人を左腰部貫通刺創に基づく腹大動脈,上腸間膜動脈及び腹腔動脈損傷により失血死させた
2 業務その他正当な理由による場合でないのに,前記1記載の日時・場所において,包丁3本(いずれも刃体の長さ約21.2センチメートル)を携帯した
ものである。
(事実認定の補足説明)
第1 本件の争点及び証拠構造
 1 争点
被告人らは,公判廷において,いずれもd事件について,被害者らを包丁で刺しておらず,殺意はなかった旨供述している。また,被告人Cは,d事件の犯行当日は包丁を見ていないし,包丁を強盗に使うとは思わなかった旨供述している。
そして,これを受けて,被告人B及び同Aの弁護人らは,いずれも,d事件について,被害者らの殺害に関する共謀は成立していないし,各被告人に殺意はなかったから,強盗殺人及び同未遂ではなく,強盗致死傷の限度で責任を負うにとどまる旨主張する。また,被告人Cの弁護人は,被害者ら殺害の共謀及び殺意はないとの上記主張に加えて,同Cに被害者らの死傷の結果についての過失はないためその責任を負わず,共同正犯ともいえないから強盗の幇助犯の限度で責任を負うにとどまり,さらに,包丁の携帯に関する共謀も成立していないから,その点は無罪である旨主張する。
そうすると,d事件に関する争点は,まず被告人ら全員に関しては,①被害者らの殺害に関する共謀の成否及び殺意の有無であり,加えて被告人Cに関し,②強盗の共同正犯の成否,③被告人Cは被害者らの死傷の結果について責任を負うか否か,④包丁の携帯に関する共謀の成否及び故意の有無である。
 2 証拠構造
争点①については,被告人3名が被害者らを包丁で刺した旨の供述はないものの,被害者らの殺害に関する共謀の成立及び殺意の存在については,これに沿う証拠として被告人らの捜査段階の供述があり,これを否定する証拠として被告人らの公判供述があるが,これらは被告人らの主観面に関わる問題であるから,第一次的にはd事件の計画内容や犯行に至る経緯,犯行状況などの間接事実によってこれらを推認できるか否かをまず検討すべきである。
争点②の強盗の共同正犯の成否については,被告人Cが本件に果たした役割等について,間接事実を総合評価して判断すべきである。
争点④の包丁の携帯に関する共謀の成立及び故意の存在については,これを証明する直接証拠として被告人Cの捜査段階の自白があり,これに沿う証拠として,同A及び同Bの供述がある。他方,上記共謀の成立及び故意の存在を否定する証拠として,被告人Cの公判供述がある。そこで,これらの供述証拠の信用性をそれぞれ検討しなければならない。
そして,被告人らは,d事件の事実経過について食い違う供述をしているので,これらの争点について判断する前提として,それぞれの供述の信用性を踏まえてd事件の事実経過を確定する必要がある。
なお,争点③については,主として法解釈の問題であることから,他の争点検討の際に確認した事実関係を踏まえて,これを判断する。
第2 証拠によって認められる事実
 1 d事件の犯行に至る経緯等は,前記のとおりであり,その要旨は次のとおりである。
(1) H及びEは,平成13年12月26日以降,被告人Cに対し,大分県別府市内の金持ちの家に押し入り,キャッシュカードを奪って金銭を引き出す旨の計画を説明して何度も誘った。
被告人Cは,当初はその誘いに応じなかったが,平成14年1月10日ころ,同Bに対し,Hらの話を伝え,同BをH及びEに紹介し,H及びEに対し,同Bが自動車を持っていることを話した。また,被告人Cは,Hに対し,同市内の金持ちの家として,以前のアルバイト先を教えた。
(2) 被告人Aは,同月8日ないし10日ころ,Eから強盗に誘われ,これを承諾した。
(3) 被告人Cは,同月14日,Hから,被害者方への道案内を頼まれ,同B運転の自動車にH,E及び同Cが同乗して被害者方に向かう際,Eから,同Bも計画に参加するから参加するように言われて,これを承諾した。
H及びEは,被害者方の下見をしに行き,同人方の周囲に人家が少ないなどとして,同人方で強盗を実行することに決まった。
(4) 同月15日,被告人B運転の自動車にH,E及び同Cが同乗して,大分県別府市内及び大分市内の店を回り,H及びEは,店内において,強盗に使う道具として,少なくとも包丁2本,長い木製棒,靴2足,ビニールテープ等を万引きした。被告人Cは,包丁を見て,被害者らが危害を加えられるのではないかなどと考えて,強盗の計画に参加することが怖くなり,Hに対し,計画から外れたい旨述べたところ,Hは,これを承諾した。
(5) 被告人Aは,同月16日,東京都内から大分県別府市内に赴き,H,E,同B及び同Cと合流した。以前Eが同居していたJの部屋において,Hが中心となって計画について話し合った結果,被告人Bが自動車を運転し,H,E及び同Aが被害者方に侵入し,被害者らを包丁で脅して手足を縛り,現金及びキャッシュカードを奪って暗証番号を聞き出し,2人が被害者らを被害者方に監禁して見張り,2人が金融機関で現金を引き出し,もし暗証番号が違っていれば,再度被害者らを脅すこと,同Cは計画に参加しないが,金銭を奪ったら,各自が同Cに対して5万円ずつ支払うことが決まった。
(6) 同月17日午前6時ころ,被告人B運転の自動車にH,E及び同Aが同乗して被害者方に向かい,同人方を確認してから同人方付近の空き地に到着した。H及びEは,同日午前7時30分ころ,被害者方に行って,同人方の玄関にかぎがかかっていないことや,まだ新聞が取り込まれていないことを確認し,被害者らはまだ寝ている様子であったので,30分後にもう一度来ることになった。
被告人Aらは,同日午前8時前ころ,同B運転の自動車で空き地を出発し,約10分後,銀行を見つけ,強盗の際にその銀行で現金を引き出すことになった。その後,被告人Aらは,約10分間,時間をつぶし,再び被害者方に向かう途中,男性被害者運転の自動車とすれ違い,同人方に行って自動車がないことを確認し,この時刻には同人が起きていることが分かった。また,Hは,被害者方倉庫の前に中年の男性がいるのを見て,被害者らを監禁する場所を変更する必要がある旨述べた。
その後,被告人B,同A,H及びEは,大分県別府市内及び大分市内の店を回り,H及びEは,店内において,強盗に使う道具として,懐中電灯や帽子等を万引きした。また,現金を引き出す金融機関を大分県別府市内の店付近に変更することが決まった。
(7) その後,被告人B運転の自動車に同Cも同乗して,大分県別府市内の公園の駐車場に行った。Hが強盗の計画について話したところ,被告人Bは,同Bと被害者の自動車2台を利用することを提案し,同Cが同Bの自動車を運転するように言った。被告人Cが自分は計画に参加しないと言ったはずだと言ったところ,同Bは,同Cが計画に参加しないなら,自分も参加しないと言い出した。そこで,Hらは,被告人Cに対し,計画に参加するように説得し,Hは,同Cに対し,同Cは同Bの自動車を運転してHらが乗る被害者の自動車の後をついてくればいい,被害者らを同市内まで連れてきたら自宅に帰っていい,金が取れれば山分けにするなどと述べた。被告人Cは,一人だけ反対するわけにはいかないなどと考え,計画への参加を承諾した。
結局,平成14年1月18日午前二,三時ころにH,E及び被告人Aが被害者方に侵入し,被害者らを包丁で脅して縛り,現金及びキャッシュカードを奪って暗証番号を聞き出すこと,被害者らを被害者の自動車に乗せて同Bがこれを運転し,携帯電話で連絡を受けた同Cが同Bの自動車を運転して後をついていき,山中で被害者の自動車を捨て,被害者らを同Bの自動車に乗せ替えて同Bの運転で同市内に戻ること,同Cが自宅に帰った後,人目につかない小屋に被害者らを監禁して,H及び同Aが被害者らを見張り,Eが同B運転の自動車で金融機関に行って現金を引き出すこと,もし暗証番号が違っていれば,再度被害者らを包丁で脅して暗証番号を聞き出すことなどが決まった。
その後,被告人ら及びHは,被害者らを監禁する小屋を見つけた。
(8) 被告人B,同A,H及びEは,同月18日午前零時ころ,Jの部屋に行き,Eは,包丁3本を取り出して,E,同A及び同Bがこれらを持ち,Hが木製棒を持って,それぞれ被害者方に入ると説明した。また,被告人B,同A,H及びEは,服を着替えたり,手袋,靴及びロープ五,六本等を準備した。
(9) 被告人ら,H及びEは,同日午前1時前ころ,被害者方に向かって出発した。Hは,自動車内において,被告人Bに対し,同Cを介して,同Bも家の中に入って他の3人の仕事を手伝い,被害者の自動車のかぎが見つかれば,先に家を出て待っておくように言い,同Bは,これを承諾した。
(10)被告人ら,H及びEは,同日午前2時ころ,被害者方付近の空き地に到着した。Eは,包丁を被告人B及び同Aに,懐中電灯を同B,同A及びHに,それぞれ渡した。また,自動車内にいた被告人Cは,同B及びEとの間で,携帯電話が通じるかを確認した。
(11)被告人Cは,自動車内で待機し,同B,同A,H及びEは,歩いて被害者方に向かった。その途中で,Hは,被告人A及びHが男性被害者を,同B及びEが男性被害者の妻であるKを,それぞれ縛るように指示した。
2 d事件の犯行状況
(1) 被告人B,同A,H及びEは,同日午前2時10分ころ,被害者方に,施錠されていない脇玄関から侵入し,2階寝室に向かった。Hが寝室に入り,E及び被告人Bも続いて寝室に入ろうとしたところ,ベッド上に寝ていた女性被害者は,Hらに気づいて悲鳴を上げた。そのため,被告人Aも含めた全員が同女に駆け寄り,Hは,同女の頭部を木製棒で何度も殴打し,Eは,同女に対し,包丁を示して「金出せ。」と言い,同B及び同Aは,同女の足を押さえつけた。
(2) そのとき,1階から男性被害者の大きな声が聞こえてきたので,Eが寝室から逃げ出し,被告人Aも,他の2人に対して中国語で逃げろと叫びながら,寝室から逃げ出した。その際,Hは,同女の頭部を木製棒で殴打し続けていた。
Eは,階段を駆け下りて,脇玄関に向かって走っていった。被告人Aも,階段を駆け下り,いすを持ち上げようとしていた男性被害者の横をすり抜けて,脇玄関から外に出た。
(3) しかし,他の2人が外に出てこなかったので,被告人Aは,犯行の発覚を免れるため,他の2人を呼びに行こうと考え,Eにその旨を告げた上,被害者方に戻った。すると,階段付近において,Hが男性被害者と向き合い,いすを互いにつかんで押し合っていた。被告人Aは,Hに対し,中国語で逃げろと大声で言い,外に出たところ,Hも,外に走って出てきた。
(4) ところが,被告人Bが外に出てこなかったので,同Aは,H及びEに対し,もう一人を呼び出さないといけないと言ったところ,Hは,被害者方に入っていった。被告人Aは,Eがその場に立ったままであったことから,中国語が通じない同Bではないかと思い,Eに対し,日本語で自動車を運転するように言ったところ,Eは,道路の方向に走っていった。被告人Aは,それを確認してから,被害者方に入った。
(5) 被告人Bは,女性被害者の顔面等を手拳で何度も殴打した。また,女性被害者は,被告人Bの指にかみつくなどして抵抗した。
(6) 被告人B,H及びEのうち寝室にいただれかが,女性被害者に対し,包丁で,その左側頭部を切り付け,胸部及び腹部を突き刺して,同女に全治まで34日間を要する頭部裂傷及び切傷,顔面打撲,血胸・横隔膜損傷を伴う胸部刺傷,胃損傷を伴う腹部刺傷を負わせた。そして,被告人B,H及びEのうちだれかが,引き続き,同所において,男性被害者に対し,その左腰部を包丁で突き刺して,同人を左腰部貫通刺創に基づく腹大動脈,上腸間膜動脈及び腹腔動脈損傷により失血死させた。
被告人Aは,被害者方に入って2階に上がったとき,男性被害者の「わー」という叫び声を聞き,寝室において,同人がベッド上に倒れるのを見た。
第3 被告人らの供述の信用性
前記認定事実に沿う主要な証拠として,被告人Aの捜査・公判での供述及び同Cの捜査段階の供述がある。他方,これに反する証拠として,被告人Cの公判供述及び同Bの供述がある。そこで,それぞれの信用性について検討する。
 1 被告人Aの捜査・公判での供述の信用性
被告人Aの捜査段階の供述は,極めて具体的かつ詳細で,一貫している上,同Aらが寝室に入るまでの行動,女性被害者が暴行を加えられるのを目撃した状況,いったん逃走しようとしたものの,仲間が外に出てこないため,二度にわたり被害者方に戻って仲間に逃げるように促し,その際,男性被害者が叫び声を上げて倒れるのを目撃した状況などの点は,自ら体験した者でなければ語ることができないような内容であり,迫真性に富んでいる。
他方,被告人Aは,記憶があいまいな部分はその旨述べているし,最初に被害者方から逃げ出したEが中国語に反応しなかったことから,同Bではないかと思ったが,その後やはりEであると分かった旨述べるなど,当時の記憶に忠実に供述していることが認められる。被告人Aは,公判廷においても,記憶が薄れている部分はあるものの,被害者らの殺害を考えたことがあるか否かの点を除けば,おおむね捜査段階と一貫する供述をしている。
さらに,被告人Aの供述は,本件現場及びその付近から包丁3本や手提げバッグに入ったロープ等が発見された状況等の客観的事実と符合する上,被害者方の下見の際に同人方付近で同Aらを目撃した者や,同Cの部屋で同Aらと会った者ら等の第三者の供述と合致する。そして,被告人Aの供述は,後記のとおり信用することができる同Cの捜査段階の供述ともおおむね合致している。
   したがって,被告人Aの供述のうち,被害者らの殺害を考えたことがあるか否かの点を留保しても,前記認定事実に沿う部分は,十分に信用することができる。
なお,被告人Aは,第27回公判及び第28回公判において,供述を拒み,あるいは黙秘したが,これは,自己の刑罰として死刑がふさわしく,これ以上自己に有利な弁解をしたくないという理由から主として情状事実に関して供述拒否ないし黙秘をしたものであり,それ以前にしたd事件の事実関係に関する同Aの供述の信用性に疑問を生じさせるものではない。
 2 被告人Cの捜査段階の供述の信用性
(1) 被告人Cの捜査段階の供述は,極めて具体的かつ詳細で,一貫している上,同Cが刺身包丁を見て,被害者らが危害を加えられるのではないかと怖くなり,いったんは強盗の計画から外れたものの,同Bが,同Cが計画に参加しなければ自分も参加しないと言い出したことから,他の共犯者らから参加を説得され,一人だけ反対するわけにはいかないなどと考えて,計画に参加することにしたというように,その当時の心情を交えて計画への参加に至った経緯を述べるなど,迫真性に富んでいる。
他方,被告人Cは,記憶があいまいな部分はその旨述べており,供述態度にも真摯なものがあるといえる。
また,被告人Cの捜査段階の供述は,携帯電話の発着信状況等の客観的事実と符合する上,同Cの部屋で同Aらと会った者らや,被害者方への出発直前に同Cと話をした同Cの交際相手等の第三者の供述と合致する。そして,被告人Cの捜査段階の供述は,前記のとおり信用することができる同Aの供述とも,同Aが同Cに計画への参加を説得したか否かなどの点を除き,おおむね合致している。
    したがって,被告人Cの捜査段階の供述のうち,前記認定事実に沿う部分は,十分に信用することができる。
  (2) これに対し,被告人Cは,公判廷において,H及びEが刺身包丁を盗んできたときにこれを見たが,強盗と結びつけて考えたことはないなどと捜査段階の供述を変遷させているところ,捜査段階の供述が事実に反するとする理由について,次のとおり述べている。
    すなわち,①被告人Cは,警察官や検察官に対し,包丁を強盗と結びつけて考えたことはないなどと述べたが,幾ら説明しても信用してくれず,供述調書にサインしないと,検察官は,数分間から10分間くらい,何も言わずにそのままずっと同Cがサインするのを待ち,また,「ふざけるな,おまえ。Iさんが死んだぞ。Iさんの前でそういうことを言えるか。包丁をもう1回見せようか。」と怒った様子で大きな声で言ったので,同Cは,言い張っても無理であり,供述調書の内容に関係なく,供述調書に署名指印するしかないと思った(第12回公判331項,第15回公判37,38,42ないし45,47,101ないし106項,第16回公判120ないし122項等)。②被告人Cは,男性被害者が亡くなり,女性被害者もけがをしたし,警察官から,「あなたは何もやらなくても,仲間がそういうことをやったから,あなたも同じ罪になる。」と言われ,強盗殺人罪と決められた感じもしたので,供述調書の内容がどうでもいいし,自分の罪がどうなってもいいと思い,事実と異なる警察官調書や検察官調書を作成した(第13回公判203,204項,第15回公判92,95ないし97,100,119ないし122項等)。③被告人Cは,検察官による取調べの際,包丁を何丁持っていくかについては家の中に入る他の仲間の判断に任せていたと言ったことはないが,そのように供述調書に記載されていて(乙40),「任せる」という言葉の意味がはっきりと分からなかったので,通訳人に聞いたところ,通訳人は,自分は何も知らない,他の仲間が勝手にしたことと中国語で通訳してくれたため,同Cは,「任せる」という言葉を包丁のことを知らないという意味に理解し,その旨の供述調書を作成した(第12回公判309項,第14回公判280ないし282項,第15回公判84ないし86項)。
    しかしながら,被告人Cは,他方において,検察官調書を作成する前に接見した弁護人から,記憶どおりに正直に話しなさい,違うことは違うと言いなさい,供述調書の記載が違うなら,署名指印はしなくていいし,訂正してもらいなさいと言われたとも供述しており(第13回公判170,205ないし208項,第15回公判98項),実際に訂正の申立てにより訂正された検察官調書もある(乙39)。また,被告人Cの検察官調書には,同Cは被害者らが殺傷されることは絶対にあってほしくないと望んでいたという同Cにとって有利な記載もみられる(乙38)。これらの点に照らすと,取調官が強引に供述を押し付けたとか,被告人Cが投げやりな気持ちで供述調書に署名指印したとは考え難い。また,被告人Cが言うように,検察官が上記のような発言をしたとすれば,同Cにとって強く印象に残るはずであるが,同Cは,公判廷において,取調べの際に包丁が強盗に使われるものだとは思わなかったと述べたときに警察官や検察官から何と言われたかをはっきりと覚えていないとも供述していること(第15回公判82項)からすると,検察官が上記のような発言をしたかは疑わしい。
    さらに,通訳人が「任せる」という日常会話でも用いられる言葉の意味を知らなかったとか,誤解していたとは考え難い。被告人Cの検察官調書には,通訳人の話す北京語はよく分かる旨が繰り返し記載されている上,同Cは,検察官調書の訂正の申立てをしていることからも,その内容を理解していたと考えられる。これらの点に照らすと,通訳人の通訳能力に問題はなかったと認められる。また,被告人Cは,公判廷において,検察官とはほとんど日本語でやり取りをし,通訳人に中国語で通訳してもらったのは1時間に1ないし3回くらいであったと述べていること(第12回公判321,322項,第15回公判113,114項,第16回公判182,183項)からすると,取調時にも十分に日本語を理解する能力を有していたと認められる。そうすると,被告人Cが「任せる」という言葉の意味を正しく理解しないまま供述調書に署名指印したとは考え難い。
    以上によれば,被告人Cの捜査段階の供述が事実に反するとする理由に関する同Cの上記公判供述は,信用性に乏しいといわざるを得ず,前記の被告人Cの捜査段階の供述に関する信用性には影響を与えない。
 3 被告人Cの公判供述の信用性
(1) 被告人Cの公判供述の要旨
ア Hは,平成13年12月26日,被告人Cに対し,金持ちの家を襲って,キャッシュカードを奪って,銀行で金を下ろす,車を運転するだけで3万円をやると言った(第10回公判93,101項)。被告人Cは,これを聞いて,Hの計画していることが強盗に当たるとは思わなかったが,悪いことであることだけは分かり,そんな悪いことはできないと思ったので,Hに対し,計画に参加しないと答えた(第10回公判111,114,118,120,121項,第13回公判13,80,82項,第14回公判84,85,88,89項,第15回公判4項)。
   イ 被告人Cは,平成14年1月14日午後,Hから,被害者方を1回見たいが,道がはっきり分からないので,教えてほしいと言われたとき,これが強盗の下見であるとは意識しなかった(第14回公判145,148項)。
     被害者方に悪いことをしに行くと決まったのは,被告人Cらが被害者方を見に行って帰る自動車の中であるが,詳しい話はなく,同Cは,悪いこととはキャッシュカードを取って,銀行で現金を下ろすことくらいと思い,被害者方で何をするかは考えていなかった(第14回公判152ないし158項)。また,被告人Cは,このとき,被害者方で悪いことをすると決まったわけではなく,H及びEが本当に強盗をするとも思わなかった(第14回公判161,162,177項)。
ウ 被告人Cらは,同月15日,同Bが自動車を運転して大分県別府市内と大分市内の店を回り,H及びEがいろいろと品物を盗んできたが,道具を用意したとははっきり言えない(第10回公判396ないし404,411項)。被告人Cは,大分市内の店の駐車場に停めた自動車の中で,刺身包丁2本,ビニールテープ1個等を見たが,これらを何に使うかは考えていなかった(第10回公判423ないし428,432,435項,第13回公判89,92項,第16回公判100,101項)。被告人Cは,同日夕方,大分から帰ってくるとき,ビニールテープの袋を触ったところ,Hから,指紋が残るから触るなと怒られて,これが事件のときに使うものであると分かったが,刺身包丁については,事件のときに使うものと考えたことはないし,これを用意する理由を考えたこともない(第10回公判438ないし440,443,449,451,452,463項,第12回公判336項,第13回公判112,117項,第16回公判107,108項)。
     被告人Cは,強盗の内容について考えたことはないが,刺身包丁とは関係ないものの,強盗が恐ろしくなって,同日,大分市内から大分県別府市内に戻る自動車の中で,H及びEに対し,計画から外れたいと言ったところ,Hは,同Cが被害者らからいっぱい世話になったからやめてもいいと言った(第11回公判33ないし39項,第13回公判137,138項,第14回公判212,223項)。
   エ Hは,同月16日夜,Jの部屋において,強盗の計画について,被害者方に強盗に入ると決まった,被告人Cは参加しない,同Bが自動車を運転し,同A,H及びEが家の中に入り,被害者らを縛ってキャッシュカードを奪って暗証番号を聞き出し,銀行で現金を引き出すという話をした(第11回公判106,107項)。このとき,刺身包丁を持って被害者方に入るという話は出ていない(第11回公判120項,第13回公判38,41項)。
   オ 同月17日,公園の駐車場に停めた自動車の中で強盗の計画を話したとき,被告人Cが計画に参加することになった変更の前後を通じて,強盗の際に包丁を使うという話はなかった(第11回公判212,250項,第14回公判257項,第15回公判76項)。被告人Cは,被害者らが抵抗するとは思わなかったし,計画の中で刺身包丁を使うという話は出ていなかったので,刺身包丁を強盗の計画に使うとは思わなかった(第11回公判275,276,283,285,290,311項,第12回公判306項,第14回公判259項)。
  カ 被告人Bは,同月18日,被害者方付近の空き地に自動車を停めたとき,ハイネックセーターの右腕のそでの中に,長さ約10センチメートル,幅二,三センチメートルの棒状で,肌の色よりやや黒いものを入れようとしていた(第12回公判52,61ないし63,66ないし68項。第14回公判269,271項)。被告人Bが服のそでの中に入れようとしていたものは,今思えば包丁ではないかと思うが(第12回公判89項),記憶ではどう見ても木の棒に見える(第16回公判29項)。
(2) 検討
ア このように,被告人Cは,公判廷においては,捜査段階と異なり,刺身包丁を持って被害者方に入るという話は出ておらず,これを強盗に使うとは思っていなかったし,同人方付近の空き地において同Bが持っていたのは木製棒である旨供述している。
   イ しかしながら,被告人Cの公判供述には,前後矛盾し,自己に有利な方向で変遷している部分が多数みられる。すなわち,被告人Cは,公判廷において,例えば,
     前記(1)アに関しては,当初は,Hがキャッシュカードを奪うなどと言っていた旨供述していたが,その後,Hはキャッシュカードを奪うと言ったのではなく,持つと言った旨供述して(第14回公判94,95,103項等),本件の計画内容について,より犯罪性の低い表現に変更させている。
     次に,同イに関しては,被告人Cは,当初,Hから被害者方への道順を教えるように頼まれた際,強盗のために行くのではないかと思った旨供述し(第10回公判258ないし260,269項),また,被害者方下見の際における計画の把握状況等については,被害者方に向かう自動車内で計画への参加を了承し,同人方に入って何をするかについても理解していた旨供述しており(第10回公判305ないし308,311ないし315,318項),公判供述の中で,被告人Cの計画への関与開始時期が遅くなる方向で変わっている。
     そして,同ウに関しては,当初は,被告人Cは刺身包丁が事件のときに使われるのではないかと心配した旨供述していたが(第11回公判17,18,20項),その後,刺身包丁を見たときには,これを事件のときに使うと考えたことはあったかもしれないが,その後は全然考えていないと供述を変え(第13回公判86,87項),その直後に,前記のとおり,刺身包丁を見たときに,強盗に使うことは考えていなかったと述べた上で(第13回89,92項),当初の供述については,そのように述べた記憶がないと弁解して(第13回公判119,120,122項),同Cが計画を十分に認識していなかったかのように供述を変遷させている。また,被告人Cは,一度計画から外れた理由について,特にきっかけはなかった(第11回公判40,43ないし46項),刺身包丁を見て怖くなり,強盗の恐ろしさが分かったため(第13回公判142項),ビニールテープを触ってHから怒られて本当に悪いことをすると意識したため(第14回公判211項),HやEが下見や万引きをするのを見て,悪いことをする現実味を帯び,一緒にいることも怖くなったため(第16回公判145ないし155項)などと供述し,供述が一貫しない上に刺身包丁の認識についての供述を殊更に避けている。
   ウ また,被告人Cの最終的な公判供述の内容自体にも不自然な点がある。
     まず,被告人Cは,計画の内容について話合いがあったこと自体は認めているところ,その過程で包丁に関する話が全くなかったというのは,前記のとおり信用することができる同Aの供述に反する上,実際に包丁が準備されて被害者方に持ち込まれたことにそぐわず,不自然である。
     そして,被告人Cは,計画から外れようと思ったきっかけに関して,特にないが,強盗の恐ろしさが分かったというものについては不自然である上,強盗のいかなる点が恐ろしいかについてはあいまいな供述に終始し,また,Hらが万引きをする際に一緒にいるだけで怖かったというものについては,唐突で不合理さを免れない。
     その上,被告人Cは,ビニールテープを触って指紋が残るからと怒られたときにHらが本当に悪いことをするのだと意識し,自分はできないと思った旨述べながら,ビニールテープと同じ機会に入手された包丁を犯行に使うとは思わなかったというのも不自然である。
   エ 加えて,被告人Cは,公判廷において,取調べの際に懐中電灯,長い木製棒及び包丁を見せられて,同Bが右腕のそでに入れようとしていたものは包丁ではないかと答えたが,供述調書ができ上がった後,短めの棒を見せられ,自分が見たものはこれにも似ていると思った旨供述する(第14回公判274ないし276項)。しかし,これは,被告人Cが平成14年2月25日に警察官から懐中電灯や包丁のほか,木製棒を2本とも示された上,同月26日に同Bがセーターの右腕のそでの中に押し込んでいたものは証拠品として見せてもらった刺身包丁であると思う旨の供述調書を作成したこと(乙32,34)と整合しない。
   オ 以上によれば,被告人Cは,公判廷において,包丁の携帯を認識していなかったとの主張を貫こうとして,場当たり的な供述をしているといわざるを得ず,その公判供述の信用性は乏しいというべきである。
 4 被告人Bの捜査段階の供述の信用性
(1) 被告人Bの捜査段階の供述の要旨
ア 被告人Bは,平成14年1月14日午後3時ころ,Eから電話で,自動車で行きたいところがあるので,同Cの部屋に来るように言われ,自分の自動車を運転して同Cの部屋に行った。
被告人Bは,同Cから,被害者方に泥棒の調査をしに行きたいと聞いて,それが悪いことだと分かり,自動車を運転することもしたくなかったが,同Cから,H及びEが家の中に入るが,同Bは運転だけでよく,成功したら金を山分けにすると聞き,金が欲しいという気持ちから,運転手役を引き受けることに決め,同Cに対し,「分かった。」と答えた。
被告人Bは,被害者方付近の空き地に自動車を止め,H及びEが被害者方の下見をしに行っている間,同Cから強盗の計画内容を聞いて,これに加わることが怖くなり,同Cに対し,「そんな怖いことできない。」などと言ったが,同Cは,同Bは運転だけでよく,金を山分けにするし,同Cらが責任を持つなどと言って説得し,同Bは,金が欲しかったので,強盗の計画に加わることを決心し,同Cに対し,「分かった。」と言った。
イ 被告人Bは,同日夜,再び強盗に参加することをためらい,同Cの部屋において,同Cに対し,強盗をやめるように言ったが,同Cは,同Bは運転だけでいいなどと言って,同Bが強盗に参加することを誘ってきた。被告人Bは,余りにも熱心に同Cが同Bを誘ってくるので,同Cに対し,強盗の計画から抜けないことを再び伝えた。
ウ 被告人Bらは,同月16日,Eの部屋において,強盗の計画について話し合ったが,その際,同Cが強盗の計画から外れるという話を聞いたことはない。
エ その後,被告人Bらは,同Cの部屋に移動した。被告人Bは,Hから,箱に入った包丁を手渡され,Hに対し,本当にこれを使うのかと尋ねたところ,Hは,黙ってうなずいた。
オ 被告人Bらは,同月17日,Eを含めた5人全員で,被害者らを監禁する小屋を探しに行き,その小屋付近で強盗の計画について話し合った。被告人Bは,同Cから,Hらが被害者方に入り,刺身包丁で被害者らを脅すなどしてキャッシュカード等を奪い取ることや,被害者らから聞き出した暗証番号が違っていれば,被害者らを刺身包丁で脅して暗証番号を聞き出すことなどを聞いた。被告人Bは,刺身包丁を持って家の中に入ると,被害者らに危害が加えられるのではないかという不安な気持ちをぬぐいきれず,同Cに対し,刺身包丁を使わないように説得したが,同Cは,同Bに対し,心配しないように言った。被告人Bは,被害者らに危害を加えたくなかったが,それにもかかわらず,強盗に加わることにしたのは,金銭が必要であったし,この計画には同Bの自動車が必要だと説得されたからである。
また,被告人Bは,Hに対し,被害者らを小屋に放置したら,飢え死にしてしまうと言ったが,Hから,同Cを通じて,縄をほどいてやると,警察に通報されて捕まると言われ,捕まるわけにはいかないので,Hの指示に従うことにした。
その後,被害者らを被害者の自動車と被告人Bの自動車に詰め込むという話が出たが,これは,被告人Cが提案したと思う。
カ 被告人Bらは,同月18日午前零時ころ,Eの部屋に行き,Hが何かを点検したりしていたが,だれが何を持つかを決めたこと

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最終更新:2005年09月13日 15:43
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