hanrei @Wiki H17. 7. 4 津地方裁判所 平成16年(わ)第460号,第478号,平成17年」(わ)第44号 殺人,覚せい剤取締法違反,証拠隠滅教唆被告



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判示事項の要旨:
以前からもめ事があった被害者が突然素手で殴りかかってきたのに対し,その胸部及び腹部をナイフで多数回突き刺して殺害した被告人に懲役11年が言い渡された事例,弁護人の①被告人には殺意がなかったから傷害致死罪に該当するにすぎない,②正当防衛又は過剰防衛が成立するとの主張がいずれも排斥された事例


主   文
被告人を懲役11年に処する。
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
押収してあるシースナイフ1本(平成17年押第8号の1)を没収する。
理   由
(犯罪事実)
被告人は,
第1 法定の除外事由がないのに,平成16年10月29日ころ,津市a町b番c号所在の市営住宅dアパートe棟f号被告人方において,覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって,覚せい剤を使用し
第2 平成16年10月30日午前1時30分ころ,津市gh番地i方北側路上において,険悪な仲であったV(当時55歳)から突然殴りかかられたことに憤激し,同人に対し,殺意をもって,持っていたシースナイフ(刃体の長さ約9.4センチメートル,平成17年押第8号の1,以下「本件ナイフ」という。)で,同人の左胸部等を多数回突き刺し,あるいは切りつけるなどし,よって,そのころ,同所において,同人を心臓刺創による出血により死亡させて殺害し
第3 平成16年10月30日午前5時ころ,三重県松阪市j町k番地l所在のmホテル駐車場において,A及びBに対し,被告人がVを刺殺した事件に関し,同事件の凶器である本件ナイフを投棄するよう依頼してこれを交付し,上記A及び上記Bに証拠隠滅の決意をさせ,よって,同人らをして,同日午前6時ころ,同市n町地内o川右岸堤防道路において,本件ナイフを上記川に投棄させて,他人の刑事事件に関する証拠を隠滅させ,もって,証拠隠滅を教唆し
たものである。
(弁護人の主張に対する判断)
1 弁護人は,判示第2の所為について,①被告人には殺意がなかったのであるから傷害致死罪に該当するにすぎず,②また,被告人は被害者から棒などで暴行を受けたことから,自己の生命身体を防衛するためにやむを得ず被害者が落とした本件ナイフを拾って,これで同人を刺したのであるから,正当防衛又は過剰防衛が成立すると主張する。これに対して,検察官は,①犯行態様等からすれば被告人に確定的殺意があることは明らかである,②被告人は自己所有の本件ナイフを用い,棒など持っていない素手の被害者に対し,専ら積極的な加害の意図で攻撃したのであって防衛の意思を欠くから,正当防衛も過剰防衛も成立しないと主張する。以下,これらの点について,補足説明ないし判断を示す。
2 殺意の有無について
(1) 被害者の死因,身体の損傷状況
 被害者の死因は,左心房刺切創による失血である。死因となった損傷は,左乳頭右下方約2.5センチメートルから右上に長さ約3.0センチメートル,幅約1.0センチメートルに開き,左第3肋骨肋軟骨付着部右方約2.5センチメートルの第3肋軟骨下縁を左右に約3.5センチメートル切截して左胸腔内に刺入し,左心房を上下に約2.0センチメートル切截刺入した刺切創である。外表からの全創洞の深さは約12.0センチメートルで,その方向は右上後方に向かっており,刃を左下側にして刺入したものと認められる。その他の被害者の身体の損傷は,頸部に切創又は刺切創3か所,胸部に刺切創5か所(うち1か所は深さ約10.0センチメートル),腹部に切創又は刺切創2か所(うち1か所は深さ約5.5センチメートル),左臀部上部に切創1か所,腋窩上方に切創1か所,左腕に穿通刺切創2か所及び刺切創1か所,右鼠径部に刺切創1か所(深さ約4.0センチメートル)が存在する。なお,被害者からはアンフェタミン及びメタンフェタミンが検出された。
(2) 本件ナイフの性状
本件ナイフは,刃体の長さ9.4センチメートル,刃体の幅2.9センチメートル,刃体の厚さ2.7ミリメートルのケース付きシースナイフであり,材質はステンレス鋼で鋼質性のものである。
(3) 本件犯行の態様
後記3(2)オで述べるとおり,被告人は,被害者と対峙し,右手に持った本件ナイフで,被害者の胸部や腹部などを多数回突き刺し,あるいは切りつけるなどし,最後に×の字を書くように本件ナイフを振り下ろし,その結果,被害者に対し上記(1)の各損傷を負わせた。
(4) 以上の認定事実によると,①被告人は,殺傷能力を有する刃物を使用して,被害者の身体の枢要部である胸部や腹部を多数回突き刺しており,これは,人の生命を奪う危険性の極めて高い行為であること,②その結果,被害者の身体には17個もの創傷があり,そのうち胸部の2個の創傷は,その深さが刃体の長さを上回っており,致命傷は肋軟骨下縁を切截しており,被告人において,相当に強い力で本件ナイフの刃体の根本まで突き刺したと認められること,③被害者の左腕の穿通刺切創は,被害者が被告人の攻撃を防ごうとした際にできたものと考えられることなどからすると,被告人には確定的殺意があったと認められることは明らかである。
3 正当防衛又は過剰防衛の成否について
(1) 客観的状況
ア 本件現場の状況
本件現場は,東西に走る市道p線と南北に走る市道q線の交差点(以下「本件交差点」という。)である。被害者は,本件交差点内の中央よりやや北西側において,頭部を南東側に向けて,うつぶせの状態で倒れていたのを発見された。その際には,本件交差点内の北西側には人血が付着しており,西側路上には被告人所有の黒色野球帽が落ちていた。また,本件交差点内の南側には南向きに普通乗用自動車(ニッサン・マーチ,以下「マーチ」という。)がエンジンをかけ,ライトを付けたままの状態で停止していた。なお,本件当日の平成16年10月30日午前9時ころから午後5時ころまで,本件交差点を中心に証拠品が捜索されたが,何も発見されなかった。
イ 被告人使用車両
平成16年11月3日に差し押さえられた被告人の使用する普通乗用自動車(三菱・ミラージュ,以下「ミラージュ」という。)の状況は次のとおりである。すなわち,運転席ドア外側側面には,車底から40ないし50センチメートルの位置に,長さ3センチメートル,幅5ないし7センチメートルのへこみ傷が3か所存在していた。しかし,窓ガラス枠付近にはへこみ傷の痕跡はなかった。運転席ドア内側下部には長さ56センチメートル,幅4センチメートル,深さ7センチメートルのドアポケットが設置されている。ルミノール化学発光試験によると,運転席側サイドステップ上,運転席座席シート,運転席側シートベルト,ハンドル,運転席ドア内側,助手席座席シート,助手席足下,助手席ドア内側に血液が付着していることが判明した。また,ミラージュから発見された被告人が当時着用していたジャージの右袖部及び右胸部や左大腿部前側,運動靴の左足内側には,いずれも血痕が付着しており,これらは,DNA型検査の結果,被害者の血液と一致していた。
ウ 被告人の平成16年11月1日午後4時30分から午後4時55分当時の身体の状況
被告人の上唇内側の左前部に約1センチメートルの傷跡があったが,その他被告人が殴られたと述べる左右のこめかみ付近や左胸部及び右胸部には外見上特段の異常は見られなかった。
(2) 事実経過
ア 被告人と被害者との従前のもめ事
被告人は,昭和63年10月ころ被害者と知り合った後,平成15年末ころ仕事を通じて親しくなり,被害者の妻であるCとは従来より面識があって被害者宅に遊びに行き,食事や寝泊まりをさせてもらうほど,親しくしていた。被告人は,平成16年3月15日,被害者所有の無車検・無保険の自動車を無免許で運転していて検挙されたが,その際に捜査機関に対し,被害者から車を借りたと,被害者の名前を出した。そのため,被害者は,被告人を非難するようになった。被告人は,同年夏ころ被害者の出入りする家に善意で届けたテレビのアンテナが壊れていたため,テレビが映らず,被害者から「なめとったらあかんぞ。何こら。根性もないくせに。偉そうにすんなよ。」などと怒鳴られた。そこで,被告人は,絶対に許せないという気持ちで,被害者のいる家の前まで行ったが,Dからなだめられて,冷静になり,その場を立ち去った。その後,被告人は,親しくしていたEから,1000万円相当の指輪を被害者に取られたが,返してもらえない旨,また,知人のFからも,被害者にアルミサッシの棒で頭を殴られた旨,それぞれ聞くに及び,被害者への怒りを強めた。被告人は,同年10月中旬ころ,Eと入浴施設に行った際に,偶然出会った被害者から,怒鳴られて拳骨で1発殴られた。そのとき,被告人は,Eと共に待合室で被害者の出てくるのを待ったが,被害者を見付けることができなかった。しかし,被害者は,Eが被告人を逃がしたなどと言いふらした。被告人はこれにも腹を立てた。
イ E及びDが被害者宅を訪ねた際の状況
Eは,Dをベンツ製自動車(以下「ベンツ」という。)に乗せて運転中,Dから頼まれて,被害者宅に向かい,同月30日午前1時ころ,被害者宅に着くと,Dから,Cを呼んでくるように頼まれ,被害者宅のインターホンを押した。すると,被害者は,「こら,I(被告人)逃がしやがって。」などと言って怒鳴りながら玄関ドアを開け,Eの背中や肩を,長さ1メートル以上のアルミサッシの棒や全長76センチメートルの片刃のこぎりで殴りつけた。さらに,被害者は,Eに対し,「こら,殺したろか。Iを呼んでこい。」などと怒鳴りつけた。そのとき,C及びDが被害者の暴行を制止した。Eは,ようやく被害者から逃れ,ベンツを走らせながら被告人の携帯電話に電話をかけた。
ウ 被告人が本件交差点に行くまでの状況
被告人は,コンビニエンスストアに行くために,G及びHを同乗させミラージュを運転していたとき,Eから前記電話を受け,「そこにおってください。」と言われたので,待っていたところ,到着したEから,付いてきてほしいと言われたので,同人運転のベンツに追従し,本件交差点の西側まで行き,西向きにベンツの後にミラージュを停車させた。
エ 被害者が本件交差点に来るまでの状況
Dは,Eが被害者宅の東側で待っているだろうと考え,被害者宅を離れ,本件交差点に向かって歩いた。被害者は,Dが被害者宅を離れた後,公衆電話から電話をかけるため,Cから,50円硬貨2枚と10円硬貨1枚を受け取り,マーチを運転して家を出た。その際,被害者は,Cに対し,「また,Eたちが来て,もめるといかんで,玄関の鍵をかけとけよ。」と言った。被害者は,前記の片刃のこぎりやアルミサッシの棒はそのまま自宅に残していった。被害者は,市道p線道路を東進して本件交差点に差しかかった。
オ 本件犯行状況
被告人は,本件交差点に歩いてきたDから,開いていた運転席ドアの窓越しに,「Eがあんたのせいで被害者に殴られた。被害者と話をしろ。」などと言われ,ベンツから下車してきたEからも同様のことを言われた。そうこうしているうちに,被害者運転のマーチが本件交差点に差しかかり,被害者は,同車を停めて下車し,Dを押しのけ,被告人に対し,「こらー,Iー。殺したる。」などと言いながら,運転席ドアの窓越しに,被告人の顔面や右肩付近を素手で数発殴りつけた。被告人は,運転席ドアの窓を閉めたり,ミラージュを発進させて逃げたりすることをせず,身体を助手席側に反らしてこれから逃れるとともに,反撃するために運転席ドアを足で勢いよく蹴って開けた。このとき,被害者はそのドアに当たって後ろに退いた。その際に,運転席ドアのドアポケットに入っていた被告人所有の本件ナイフがすぐそばの路上に落ちたところ,被告人はこれを直ちに拾った。被害者は,被告人が本件ナイフを持っているのを見ても逃げようとせず,被告人への暴行を続けようとした。これに対し,被告人は,被害者の胸部や腹部を狙って多数回突き刺し,あるいは切りつけるなどし,最後に,「いいかげんにやめんかい。なめんなよ。」と言って,×の字を書くように本件ナイフを振り下ろした。その結果,被害者は,両膝を折るようにして地面につき,うつぶせに倒れ込み,死亡した。
(3) 上記(2)の事実認定に対して,被告人は,①本件ナイフは被害者が左手に持ってきて,落としたものである,②被害者は三,四十センチメートルくらいの棒も右手に持っていた旨供述している。しかし,以下の理由により被告人のこれらの供述は信用することができない。
ア ①について
(ア) まず,本件ナイフの所有者は誰かについて検討する。Cは,平成16年夏ころ,自分の車に被告人がねずみ色のプラスチック製カバーの付いた全長25センチメートル位の刃物を置き忘れていったことがある,その後,被告人にそれを返したが,その際に,被告人は,「体が小さいので護身用に持っている。」などと言っていた,被害者宅においても,被告人は本件ナイフに似たナイフを持っていて梨の皮をむいたところを見たことがあったなどと供述している。被告人も捜査段階において,Cの目の前で本件ナイフを用いて果物の皮をむいたことがあった旨供述していることに照らすと,Cの上記供述は信用性が高いといえる。また,Eも,平成16年10月ころ,被告人から爪切り代わりに本件ナイフに似たナイフを貸してもらったことがあった,被告人は「車の修理でも使うけど,護身用でも持っとるときがあるんや。今は,外人がようけおって物騒やろ。あいつら何持っとるか分からんし。」などと言っていた旨供述している。Eのこの供述は,同人が被告人にとってあえて不利な供述をしなければならない事情は見受けられないことなどに照らすと,その信用性を肯認することができる。しかも,Cは,被害者宅には包丁が2本あったが,いずれも被害者宅からなくなっていなかった旨供述している。このような事情に徴すると,被告人が本件ナイフを所有していたものと認めるのが相当である。
(イ) このように,本件ナイフが被告人の所有物であると認定することができることに加えて,そもそも,被害者が本件交差点に差しかかったのは,公衆電話から電話をかけようとしていたときであり,同所にEや被告人がいることは知らなかったのであるから,被告人が凶器を持って出向く必要は全くなかったこと,被告人は,捜査段階において,運転席ドアを勢いよく蹴って開けた際,ドアポケットに入っていた本件ナイフが路上に落ちたので,これを拾った旨供述しており,Dも,被告人が何かを拾うのを見た旨,被告人の同供述に沿う供述をしていること,本件ナイフの収納状況によっては運転席ドアを蹴って開けると,本件ナイフがドアポケットから落下することが実験によって証明されていることなどの事情に徴すると,本件ナイフは,被告人がミラージュの運転席ドアのドアポケットに入れていた被告人の所有物であり,被害者が所持してきたものではないと認めることができる。
(ウ) これに対し,本件ナイフに関する事柄について,被告人は,第3回公判までは,本件ナイフが自分の物であると供述していたのに,第4回公判に至って,本件ナイフが自分の物ではなく,被害者が左手に持ってきたものであり,自分がドアを開けた際に被害者が落としたので,自分がこれを拾って,凶器として使用した旨供述を改め,それ以前に本件ナイフが自分の物であると供述していた理由は,Cが犯罪被害者等給付金を受け取るのに有利となるものと考えて,同女の供述に合わせた方が自分の申し訳ないという気持ちを示すことができると思い,自分が同女と異なる供述をすると,同女が証人尋問において追及されることになりかねないとも考えた趣旨の説明をし,前記のように供述を改めた理由は,第3回公判において検察官から本件ナイフの所有関係について細かく尋ねられ,殺意を認める供述調書を作成されたことに辛抱できなくなったからである旨弁解している。
しかしながら,そもそも被告人の前記弁解には,後述のとおり不合理な変遷がある上,被告人は,第1回公判前にGにあてた手紙の中で本件ナイフが被害者の物であると主張して裁判を受けると記載していたことに照らすと,被告人の第4回公判以降の弁解は到底信用することができない。
(エ) また,Dは,被害者が左手に何か持っていたようだったが,何であったかは覚えていない旨,また,Eも,被害者が片手にキラッと光る何かを持っているように見えた,刃物ではないかと思ったが,刃物であると断定できるわけではない,自分はこれにひるんでベンツの運転席に乗り込んだ旨それぞれ供述しており,両名ともに被告人の上記①に沿う供述をしている。
しかしながら,Dは,後述のとおり,右手に持っていたとする金属棒について不合理な供述をしている上,公判においても,被害者のEに対する暴行と勘違いした,はっきり見たわけではないなどと,あいまいな供述をしていること,このほか,Dは,上記供述をする前に勾留中の被告人と接見して被告人の弁解内容を聞く機会があったことなども併せてみると,Dの捜査段階の上記供述は俄に信用することができない。また,Eにおいても,当初は被害者が片手に刃物,もう一方の手に棒様のものを持っていたと供述していたのに,その後,上記のとおりの供述内容に変遷させていること,捜査官の問いに対し,「長い棒だったか覚えていません。」などと,あいまいな供述をしていることなどに照らすと,Eの被告人の弁解に沿う供述も信用することができない。
(オ) そうすると,本件ナイフは被告人の所有物で,被告人が運転席のドアポケットに入れて所持していたものと認めることができ,被害者が左手に持ってきて,落としたものであるとの被告人の供述は採用することができない。
イ 上記②について
(ア) 被害者が三,四十センチメートルくらいの棒も右手に持っていたか否かの点についてみるに,被告人と共にミラージュに乗っていたG及びHは,被害者が素手で殴りかかってきた旨供述している。同人らは被告人が被害者から暴行を受けた場面を間近で目撃している上,被告人に殊更不利益な供述をする理由もないことに照らすと,同人らの上記供述は信用することができる。
(イ) これに対し,被告人は,被害者が右手に30センチメートルくらいの棒を持ち,被告人に対し手拳で殴りかかってきた旨供述しており,また,Dも,被害者が右手に長さ120センチメートルくらいの金属製の棒を持ち,これで被告人に殴りかかった旨供述している。
しかしながら,E,D,G,H及び被告人は,いずれも,誰かが棒を持ち去った場面を見ていない旨供述しているのに,本件交差点付近一帯からそのような棒は発見されなかったこと,被害者が棒を握っていたとすれば,棒が運転席ドアの窓枠に当たって被告人に暴行を加えることは困難であるところ,ミラージュの運転席側ドア窓ガラス枠には損傷が見当たらないこと,棒自体で被告人を攻撃したと供述しているのはDのみである上,D自身も公判においてはよく覚えていない旨あいまいな供述をしていること,また,被告人も,当初棒の長さを五,六十センチメートルくらいと供述していたのに,その後30センチメートルくらいと供述を不自然に変遷させていることなどに照らすと,この点に関するD及び被告人の供述は信用することができない。
(ウ) 以上に加えて,被害者が本件交差点に差しかかった状況からは,前記のとおり,被害者は,凶器となるものを持っていく必要がなく,前記のアルミサッシの棒は被害者宅に残されていたことをも併せ考えると,被害者が棒を持たずに素手で被告人に殴りかかった事実を優に認定することができる。
(4) 以上の認定事実の下で正当防衛又は過剰防衛の成否について検討する。
ア まず,急迫不正の侵害についてみるに,被害者は,ミラージュの運転席に座っていた被告人に対し,いきなり「こらー,Iー。殺したる。」などと言いながら,運転席ドアの窓越しに,被告人の顔面や右肩付近目がけて素手で殴りかかっていること,被害者は,それ以前に被害者宅でEに対しアルミサッシの棒や片刃のこぎりで執拗に暴行を加えており,かなり粗暴な精神状態にあったと認められること,被害者は,被告人が車外に降りて本件ナイフを手にした後も,一切逃げる様子を見せなかったことなどの事情からすると,被害者は,被告人が降車した後も,なお被告人に対する暴行を継続していたものと考えるのが自然であり,被告人の身体に対する急迫不正の侵害があったと認めることができる。
イ しかしながら,①被告人が被害者の素手での暴行により受けた傷は上唇内側の1か所にすぎず,その暴行の程度は,被告人の本件ナイフを用いた殺人行為と質的に相違しているといわざるを得ないこと,被告人は,短時間に本件ナイフで被害者の枢要部に多数回突き刺し,あるいは切りつけており,相当に強固な殺意に基づく行為と評価することができることに徴すると,自己の身体を防衛するための行為としては著しく相当性を欠いていること,②被告人と被害者の間には従前からもめ事があり,本件の約1週間前にも入浴施設で被告人が被害者から殴られるという事件があって,本件犯行の直前には友人のEが被害者から暴行を受けたことを聞いていることなどに徴すると,被告人は被害者に対する相当強い憎悪の念があったと認められることなどを総合考慮すると,被告人においては,被害者が殴りかかってきたことを契機として,被害者に対する積極的な加害の意思を持って,本件ナイフを使用して殺害行為に及んだものと認めるのが相当であり,したがって,被告人の本件行為は防衛の意思を欠くものと認められる。
4 結論
以上の次第であるから,被告人の所為は,殺人罪の構成要件に該当し,防衛の意思を欠くから正当防衛も過剰防衛も成立しないことは明らかであって,弁護人の主張は採用することができない。
(累犯前科)
1 被告人は,(1)平成9年6月10日津地方裁判所において覚せい剤取締法違反,大麻取締法違反の罪により懲役3年6月に処せられ,平成12年10月10日その刑の執行を受け終わり,(2)その後犯した覚せい剤取締法違反の罪により同年12月22日同裁判所において懲役3年に処せられ,平成15年12月11日その刑の執行を受け終わった。
2 上記事実は,前科調書及び上記該当する各判決書謄本によって認めることができる。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は,覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条に,判示第2の所為は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法199条に,裁判時においてはその改正後の刑法199条によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとし(有期懲役刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。),判示第3の所為は,刑法61条1項,104条に,それぞれ該当するところ,各所定刑中判示第2の罪については有期懲役刑を,判示第3の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,判示第1ないし第3の各罪は,前記(累犯前科)1(1),(2)の各前科との関係で3犯であるから,いずれも刑法59条,56条1項,57条により,なおそのうち判示第2の罪は平成16年法律第156号による改正前の刑法14条(その長期は行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法14条に,裁判時においてはその改正後の刑法14条2項に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)の制限内で,それぞれ累犯の加重をし,以上は,刑法45条前段の併合罪であるから刑法47条本文,10条により最も重い判示第2の罪の刑に平成16年法律第156号による改正前の刑法14条(その長期は行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法14条に,裁判時においてはその改正後の刑法14条2項に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)の制限内で法定の加重をした処断刑期の範囲内で被告人を懲役11年に処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入することとし,押収してある本件ナイフ1本(平成17年押第8号の1)は判示殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,刑法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用については刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,(1)覚せい剤を自己の身体に注射して使用し,(2)被害者を本件ナイフで刺殺し,(3)知人に対し,(2)の犯行で使用した本件ナイフを投棄するよう依頼して交付し,実際に投棄させて証拠隠滅を教唆したという覚せい剤取締法違反,殺人及び証拠隠滅教唆の事案である。
2 (1)の犯行は,過去に7度も覚せい剤取締法違反の罪により服役したにもかかわらず,出所からわずか1年足らずで,体が軽くなる,楽になるような感覚を味わうために同犯行を敢行したというものであって,その動機に酌むべき事情はなく,常習性は顕著であって犯情は悪い。
(2)の犯行は,被告人が被害者から殴りかかられたことを契機に,それまで被害者から受けていた暴行や暴言に対する怒りが爆発し,憤激の余り,同犯行に及んだというものであって,その動機は従前の経緯があったにせよ短絡的と評価せざるを得ない。被告人は自己所有の本件ナイフを使用して素手の被害者に対し,身体の枢要部である胸部や腹部等を相当強い力で多数回突き刺し,あるいは切りつけるなどしており,その犯行態様は極めて凶暴かつ危険なものであって,悪質である。その結果,被害者の生命を奪ったのであって,従前被害者に粗暴な言動があったにせよ,殺害されなければならない理由があるとはいえないのであって,妻を残して生命を絶たれた被害者の無念さは察するに余りある。遺族である妻は被害者を失って一人身となって寂しい思いをしており,金銭的にも厳しい生活を余儀なくされ,近隣住民からも冷たい目でみられて精神的に辛い日々を送っているというのであって,その悲嘆は大きい。しかるに,被告人は十分な被害弁償の措置を講じておらず,被害者遺族が被告人に対して強い処罰感情を有しており,被告人から送られてきた手紙を破り捨て,被告人から提供された現金2万円を返還したのも無理もないことである。
(3)の犯行は,被告人が,(2)の犯行後,B運転の自動車から降りる際,同人及びAに対し,「これ放っといてくれ。」と言って本件ナイフを同車内に置いていったというもので,第三者を犯罪に巻き込んで証拠隠滅を図っている点で,その犯情は悪い。
3 本件各犯行内容に加えて,被告人は,前記累犯前科も含め多数の前科を有しており,平成15年12月に前刑の執行を受け終わって1年と経たないうちに,反省が足らず,またしても本件各犯行を敢行していることなどに照らすと,被告人の法規範意識の鈍麻は甚だしい。
4 以上の事情にかんがみると,被告人の刑事責任は相当に重大である。そうすると,被害者は従前被告人に対して粗暴な言動に出ており,(2)の犯行時も先に暴行を加えるという落ち度があったこと,(2)の犯行は被害者が偶々本件交差点を通りかかったことから発生した偶発的なものであること,被告人は当初から本件ナイフを使用する意思があったわけではなく,車外に出た際に偶然に本件ナイフが落ちたのを見て,これを使用する意思が生じたものであること,被告人は,謝罪文及び線香代として現金2万円を被害者の妻に送付していること,被告人は公判において反省の言葉を述べ,更生を誓っていること,被告人の指導監督を約束している者がいることなど被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても,主文の量刑はやむを得ないと判断する。(求刑・懲役13年,本件ナイフ1本の没収)
よって,主文のとおり判決する。
平成17年7月4日
津地方裁判所刑事部
裁判長裁判官   山  本  哲  一
裁判官   大  村  陽  一
裁判官   後  藤      誠