H17. 8.18 仙台地方裁判所 平成17年(わ)第173号 殺人被告事件

判示事項の要旨:
実父を殺害した被告人に対し懲役9年の刑が宣告された事案


主       文
被告人を懲役9年に処する。
未決勾留日数中280日をその刑に算入する。
理       由
(犯行に至る経緯)
 被告人は,昭和47年に,宮城県気仙沼市内で,板金工の父A(以下「被害者」という。)と母Bの次男として出生し,同市内の小,中学校を経て高等学校に進学したものの,2年生の時に中退し,その後,転々とアルバイト先を変えて働くなどしていたが,平成3年の18歳のころに陸上自衛隊に入隊した。
 ところが,被告人は,同年11月ころ,岩手県内の駐屯地に勤務していた際,宿舎でテレビを見ている最中に妄想に襲われ,パニックに陥って宿舎の2階から飛び降りて負傷し,入院してその治療を受けた後,入院先の医師に勧められて精神科のある病院で診察を受けたところ,統合失調症と診断されたが,入院しないで実家から通院することとし,そのころ,陸上自衛隊を退職した。
 被告人は,病院に通院しながら投薬された薬を服用し,実家で療養しているうちに,運転免許を取得し,友人と遊び,日常生活には支障がないようになったが,平成14年10月ころ,被害者の顔面を殴打し,連れられて行った先の病院でも暴れたため,約3か月間医療保護入院することとなり,また,平成15年11月にも,母を殴り,眠れないなどと訴えたため,約1か月半任意入院したことがあったものの,その後は,2週間に1回通院して,病状は落ち着いた。そこで,被告人は,仕事をしようとして職業安定所に通って勤め先を探したが,なかなか見つからず,平成16年6月ころから,被害者が仕事に出かけようとすると,どこに行くのかなどと尋ねて手伝う素振りを見せたものの,以前,仕事を手伝ってもやめてしまい,定職に就かない被告人を快く思わず,被告人に余り関わりたくないと思っていた様子の被害者に素っ気なくあしらわれていた。そして,その間,被告人は,遊興費等のために,いわゆるサラ金などから借金を重ね,被害者らにその返済の援助を受けたが,結局,支払うことができず,平成14年ころ破産宣告を受けるに至り,その後は,被害者から月に1万円位小遣いをもらうようになっていた。
 ところで,被告人は,平成16年7月ころから,障害者年金を申請し,受給できるのかどうか気にかける一方,同年9月初旬ころから,自分にどのような仕事ができるのか分からず,もう30歳を過ぎているのに何もしていない自分に焦りや不安を覚え,苛立つようになった。そして,同年9月9日ころ,独り暮らしができるように頑張りたいという気持ちもあって,被害者に対し,買い物をするために仙台に行きたいなどと述べて金員を求めたが,被害者に地元で買えば良い旨言われて断られ,仙台市内に行く許しを得ることができなかったため,被害者に腹を立て,被害者がいなければ自分のやりたいことを自由にできるなどと考えるようになった。
 被告人は,同月13日も朝から苛立ちを覚え,気分転換のために,午後4時ころから自分の部屋で酒を飲み始め,夕食後も飲んでいたところ,かえって苛立ちを募らせ,少年時から抱いていた被害者に対する嫌な気持ちを大きくさせたが,酒がなくなったことから,これを買いに外出した。
 被告人は,酒を買って自宅に戻ってきたが,小学五,六年生のころから感じていた,「勉強,勉強」と厳しく言うわりには,普段口数が少なく,話しかけてくれることもない,近付きがたい存在だ,何か言っても,「これじゃ駄目だ。」などと言って真剣に相談にのってくれなかったなどとこれまで抱いた不満などを次々に思い浮かべ,被害者に対する苛立ちをますます募らせ,被害者がいない方がいいなどという思いを強めていった。
 しかし,被告人は,午後9時ころ,入浴して眠ろうとしたが,寝付けないであれこれ考え,これまでも自分がやりたいことを被害者がいることでできなかったりしたことを思い出し,これから先も,被害者がいると,やりたいこともできないし,自分の行動が自由にならないなどと思い,そう思うと,自分にとって被害者は邪魔だという思いが強まり,自分がやりたいことを自由にやりたい,絶対に被害者を殺したいと考えるようになり,その日は友人が遊びに来なかったので,被害者を殺害するならば今日しかないと考え,被害者を殺害することを決意した。
 そこで,被告人は,1階台所に赴き,流しの下から包丁を取り出し,被害者が寝ていた1階奥座敷へ入った。
(罪となるべき事実)
 被告人は,実父A(当時64歳)を殺害しようと決意し,平成16年9月13日午後11時ころ,宮城県気仙沼市a町所在の同人方1階奥座敷において,就寝中の同人に対し,殺意をもって,その左胸部,左肩部及び左頸部等を包丁(刃体の長さ約17.5センチメートル,平成17年押第25号の1ないし3はいずれもその破片)で数回突き刺し,よって,そのころ,同所において,同人を左鎖骨下動脈損傷等に基づく失血により死亡させて殺害したものである。
(証拠の標目) 省略
(法令の適用) 省略
(量刑の理由)
 本件は,被告人が実父である被害者を包丁で刺殺したという殺人の事案である。
 犯行の動機を見ると,判示のとおり,統合失調症で通院し,投薬された薬を服用していた被告人が,30歳を過ぎても何もしていない自分に焦りや不安を覚え,独り暮らしができるようにがんばりたいという気持ちもあって,仙台市内に買い物に行きたいなどと言って金員を求めたところ,被害者に断られたことから腹を立て,少年時から抱いていた被害者に対する嫌な気持を強め,被害者が生きている限り自分がやりたいことを自由にできないなどと考えるうちに,被害者は邪魔だ,殺害しようと決意し,本件犯行に及んだものである。
 上記のとおり,被告人は独り暮らしができるようにがんばりたいという気持ちを明確に被害者に告げていないのであるから,被害者としては,仙台に買い物に行きたいと言われても,被告人の気持ちなどは分からず,これに応じなかったとしても責められるいわれはないのに,被告人は,被害者に腹を立て,被害者を嫌だという気持ちを強め,ついには被害者を邪魔だと考えて殺害を決意したのである。その動機は,短絡的で,身勝手かつ自己中心的で,理不尽なものであり,上記のとおり,被告人が統合失調症に罹患していたことを考慮しても,責任能力が備わっていたことが証拠上認められることに照らせば,酌むべき事情に乏しいといわざるを得ない。 この点に関し,弁護人は,被告人の本件当時の精神状態は,統合失調症のため,心神耗弱に近いところまで行動制御能力が減退していたと主張し,確かに,上記被告人の犯行動機は,実父である被害者を殺害するものとしては,いささか唐突の感がないわけではない。しかし,判示のとおり,被告人が当時飲酒していたことや,関係証拠から認められる被告人が自分本位で,気に入らないことがあると直ぐに腹を立てるという性格などをも考慮すれば,判示のような動機は十分に了解可能である。加えて,関係証拠によれば,被告人は,定期的に通院し,服薬を続け,直近の主治医の診察時にも,意思疎通性が認められ,礼節も保たれていたこと,犯行後,直ちに自分で110番して自首したこと,若干の混乱はあるものの,犯行に至る経緯や犯行状況についての記憶は良く保持していることが認められる。これらを総合すれば,犯行時,被告人が統合失調症に罹患していても,その病気が,被告人の責任能力に著しい影響を与えたとは認められず,責任能力を備えていたことは上記のとおりであるが,関係証拠によれば,その病気により,責任能力に影響しないまでも,一定程度においては,是非善悪を判断し,これに従って行動する能力が減退していたことがうかがわれ,この点は,後記のとおり斟酌すべき事情であると考える。
 次に,犯行の態様を見ると,被告人は,就寝中の被害者の喉元をめがけて,鋭利な包丁で,その刃が柄から離れるほどに力任せに刺突を繰り返し,被害者の顔面や左胸部等に深い傷を与えて失血により死亡させて殺害したというものであり,極めて執ようかつ残忍なものである。
 被害者は,長年板金工として仕事に励み,被告人を含め4人の子を育て上げ,妻と共に充実した人生を送っていたのに,自宅で就寝中に我が子の手にかかり,まだ64歳で突然その生命を絶たれたものであり,その悔しさ,無念さは察するに余りある。
 被告人の母は,息子に夫を殺されて,精神的衝撃を受け,1人で眠ることができず,娘らが交代で実家に泊まるなどしているのであり,家族が受けた衝撃や悲しみは深く,本件の結果は重大である。
 以上によれば,被告人の刑事責任は重大である。
 他方,上記のとおり,被告人は統合失調症に罹患し,その病気により,本件犯行当時,是非善悪を弁別し,これに従って行動を制御することができる能力が一定程度減退していたこと,被告人が軽度の精神発達遅滞の状態にあること,犯行後自首していること,母が被告人の厳罰を望んでいないこと,姉が情状証人として出廷し,社会復帰後に被告人の療養に協力し,被告人を見守って行くと述べていること,被告人は家族に申し訳ないことをしたなどと述べて本件を反省していること,前科を有していないことなど被告人に対し有利に斟酌すべき事情も認められる。
 そこで,以上の事情を総合考慮し,被告人に対し主文掲記の刑を量定するのが相当であると判断した。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑―懲役12年)
平成17年8月18日
仙台地方裁判所第2刑事部
裁判長裁判官    本 間 榮 一
裁判官 齊 藤 啓 昭
裁判官 岸 田   航

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最終更新:2005年09月13日 15:47
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