hanrei @Wiki H17. 9. 8 大阪地方裁判所 平成15年(行ウ)第60号 損害賠償等請求事件



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判示事項の要旨:
市立小中学校の入学式において国歌斉唱時に起立しなかった教職員について調査の実施を指示した教育長の行為が,市に対する不法行為には該当しないとされた事例



主   文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告は,A(大阪府枚方市B町C丁目D番E号)に対し,7万5100円及びこれに対する平成14年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を枚方市に支払うよう請求せよ。
第2 事案の概要
 本件は,枚方市の住民である原告らが,枚方市教育委員会(以下「委員会」という。)教育長(以下「教育長」という。)の職にあったAが枚方市立小中学校長(以下「各校長」という。)に平成14年度入学式において国歌斉唱時に起立しなかった教職員について調査の実施を指示した不法行為により,枚方市が調査事務を担当した教職員の給与相当の損害及び調査に使用した事務用紙等の損害を被ったとして,被告に対し,Aに当該不法行為に基づく損害賠償請求をすることを求める住民訴訟である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠(書証番号は枝番を含む。)により容易に認められる事実)
(1) 原告らは枚方市の住民であり,Aは,平成8年4月から平成16年3月まで教育長であった(証人A)。
(2) 平成10年12月文部省告示の小学校及び中学校学習指導要領(以下「学習指導要領」という。)では,特別活動において,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定されている(乙1,2)。また,平成11年8月13日には,国旗及び国歌に関する法律(以下「国旗国歌法」という。)が施行された。
(3) 委員会は,各校長に対し,卒業式及び入学式において,①教職員が国歌斉唱時に起立し,斉唱すること,②教職員に児童・生徒が起立をすることの意味や斉唱の指導を行うことを明確にすること,③教職員の起立については,起立しない場合,再度起立の指示をすること等7項目の指示(以下「7点指示」という。)をしていた(甲8,10,31)。平成14年度入学式に関し,委員会及びAは,各校長に対し,平成14年3月18日付け通知を発出し,平成14年度入学式の実施及び実施状況について報告を求めるとともに(乙3),同年4月1日の臨時校長会・園長会で,国歌斉唱時に教職員が起立しない場合は再度起立を指示し,起立しない教職員は人数と氏名を把握するように指示した(乙6)。この結果,平成14年度入学式において国歌斉唱時に起立しない教職員の存在が報告されたため,Aは,同月9日,各校長に対し,別紙「平成14年度入学式の国歌斉唱時の起立状況について(通知)」(甲4,5)を発出し,国歌斉唱時に起立しなかった教職員数及び氏名並びに当該教職員からの聴取による起立しなかった理由等の報告を求める内容の調査(以下「本件調査」という。)を実施した。
(4) 枚方市は,本件調査事務に従事した教職員に対し,平成14年4月30日までに給与を支払い,そのうち本件調査事務に従事した部分に相当する額は,合計7万5000円以上である。
(5) 枚方市では,枚方市個人情報保護条例(以下「本件条例」という。)を制定しており,本件条例7条2項は,
「実施機関は,次に掲げる事項に関する個人情報の収集等をしてはならない。ただし,法令又は条例(以下「法令等」という。)の定めに基づくとき,又は実施機関が枚方市情報公開・個人情報保護審議会(以下「審議会」という。)の意見を聴いて必要があると認めたときは,この限りでない。
(1) 思想,信条及び信仰に関する事項」
と規定している。
(6) 原告らは,平成15年3月31日,枚方市監査委員に対し,本件調査が違憲,違法であるとして損害の回復を求める監査請求をしたが(甲1),同監査委員が60日以内に監査を行わなかったため,同年6月25日,地方自治法242条の2第1項4号により本訴を提起し,Aの本件調査実施の指示行為が枚方市に対する不法行為に該当し,被告がAに対する上記不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠ることが違法であるとして,被告に対し,当該怠る事実の相手方であるAに,本件調査に従事した教職員の給与相当額7万5000円と本件調査に使用された事務用品等100円の合計7万5100円及びこれに対する平成14年5月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することを求めている。
2 争点
 本件の争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおりである。
(1) 本件訴えが適法なものかどうか(本案前の争点)。
(原告ら)
 Aが本件調査の実施を指示したことは不法行為であり,これにより枚方市は少なくとも7万5100円の損害を被った。被告は違法に上記損害賠償請求権の行使を怠っており,原告らは,被告に対し,怠る事実の相手方であるAに対して上記損害賠償の請求をすることを求める。
(被告)
 原告らは,本件訴えにおいて財務会計行為に当たらない本件調査の違法を主張しているにすぎず,本件訴えは地方自治法242条の2第1項4号の要件を欠くもので不適法である。
(2) Aによる本件調査実施の指示行為が枚方市に対する不法行為に該当するかどうか(本案の争点)。
(原告ら)
ア 本件調査は,後述のとおり,Aが恣意的かつ違法に権限を行使したものであり,違法な本件調査実施の指示により,本件調査に従事した教職員は,本件調査に従事した時間,本来すべき職務に従事しなかった。枚方市は,本件調査に従事した教職員の給与を本来減額して支給すべきであり,少なくとも7万5000円の給与相当額の損害を負っている。また,本件調査のため少なくとも100円相当の事務用品等が使用され,枚方市は同額の損害を負っている。枚方市は,Aに対し,合計7万5100円の不法行為に基づく損害賠償請求権を有している。
イ 本件調査は,次のとおり違憲,違法なものである。
(ア) 「君が代」に関する内面における精神活動は,思想・良心の自由にかかわる問題であり,「君が代」を起立斉唱し,あるいはしない行為は,個人の思想(信条)・良心の内容を直截に体現する一体不可分の告白・表現行為そのものとなり得る。したがって,本件調査は,起立斉唱を強制している点,起立しない思想・良心内容を持つ教員の氏名を調査した点,起立しなかった教員から直接起立しなかった理由として当該教員の思想・信条内容を調査した点で思想・良心の自由を侵害し,憲法19条に違反し,国際人権規約(B規約)18条に違反するものである。
(イ) 本件調査における調査事項は,思想,信条及び信仰に関する事項に該当し,本件調査は,憲法13条で保障されたプライバシー権を侵害するものであり,プライバシー権を具体的に保障する本件条例7条2項に違反する。地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)23条1項5号は包括的な管理執行権限を定めたものであり,同法43条1項は一般的な服務監督権限を規定したものであって,本件条例7条2項ただし書の法令等の定めに該当しない。
(ウ) 国旗国歌法には君が代斉唱を強制する規定はない。
  学校教育法の委任によって文部科学大臣が教科に関し定めるのは,指導・助言としての基準である。その基準は,「教科に関する事項」であり,「特別活動」は,「教育課程」のうち,道徳,総合的な学習と同様教科の中に含まれていない。学習指導要領は大綱的基準として是認できるものにすぎない。特定の意味を持つ日の丸・君が代というシンボルを使って,個人の信条形成に働きかける試みは許されるものではない。学習指導要領の国旗国歌項目は,国家の信条的中立性を逸脱し違憲,無効である。
  7点指示や本件調査は,専門家である教員が独立した判断と責任で行う教育の本質と,そのような教員の援助をすべき教育行政の本旨からすれば,委員会の権限を逸脱した具体的な教育内容への一方的かつ不当な介入・支配であり,教育基本法10条1項にいう不当な支配に当たり,違法である。
  したがって,7点指示及びこれに基づく本件調査は違法である。
(被告)
ア 原告らは,Aの枚方市に対する不法行為の内容について明らかにしていない。仮に本件調査が違憲,違法であったとしても,委員会の業務を遂行するために実施されたものであり,職員の職務遂行の対価である給与や調査のための物品等の使用が枚方市の損害となるものではない。上記憲法等違反の主張は,枚方市に損害賠償請求権を発生させる不法行為としての違法行為に該当するものではない。原告らの主張は,主張自体失当である。
イ 本件調査は,次のとおり,適正に実施されたものである。
(ア) 地教行法23条5号では,学校の組織編制,教育課程,学習指導,生徒指導及び職業指導に関する事務を管理し,執行する権限(以下「教育課程等事務管理執行権限」という。)を委員会の権限として定めている。入学式の具体的運営方法等は,各校長が定める権限を有しているところ(学校教育法28条3項,40条),学校教育法施行規則25条及び54条の2に基づき作成され法規としての性質を有する学習指導要領において,特別活動として位置付けられている入学式は,教育課程に含まれるものであるから(学校教育法施行規則24条1項,53条1項),委員会には教育課程等事務管理執行権限に基づいて入学式を学習指導要領に則って適正に実施させる責務がある。儀式あるいは儀式的行事に参加した者が,国歌斉唱時に起立することは通例の行動であり,殊に,入学式は教育課程の一環として実施される特別活動であるから,教職員がこれを行うのは当然のことであり,かつ,学習指導要領に則ったものである。そこで委員会は,各校長に対し,国歌斉唱時に教職員が起立し,斉唱することを指示していた。
 そして,委員会は,入学式が学習指導要領に則って適正に実施されているかを調査するため,教育課程等事務管理執行権限に基づき,各校長宛に入学式の実施状況の報告を求めたところ,入学式が適正に実施されていない状況のあることが明らかとなり,校長の指示に従わず国歌斉唱時に起立しない教職員の存在が報告された。
 委員会としては,教育課程が適正に執行されているか否かを把握し,その是正を図るのは当然の責務であるところ,入学式の国歌斉唱時に起立しなかった教職員がいる報告を受けただけではその実態を把握することができず,是正を図ることが困難である。そこで委員会は,その是正を図るため実態を調査することとし,教育課程等事務管理執行権限に基づき本件調査を実施した。
 このように本件調査は,委員会の有する教育課程等事務管理執行権限に基づいて適正に実施されたものである。
(イ) また,地教行法43条1項は,「市町村委員会は,県費負担教職員の服務を監督する」と規定し,同法38条1項は,「都道府県委員会は,市町村委員会の内申をまって,県費負担教職員の任免その他の進退を行うものとする」と規定しており,委員会は,教職員の服務を監督する権限を有している。
 各校長は,学校教育法28条3項,40条により,入学式の適正な運営のため,教職員に対し,指示・命令を行うことができる。各校長は,入学式における運営方法等を決定する権限を有することから,入学式において国歌斉唱時に起立することを求める校長の教職員に対する指示は,この規定に基づいてされた指示・命令と位置付けられる。校長のこの指示・命令に従わなかった教職員が存在したのであれば,委員会がその服務監督権限を行使するか否か,当該教職員に対する事後の指導や任命権者である大阪府教育委員会に対して懲戒処分等の内申を行うか否かを判断するため,その実態を調査することは服務監督権限から必要であり,必要な調査が委員会の有する服務監督権限に包含されていることは当然である。
ウ 原告らの本件調査が違憲,違法であるとの主張は,次のとおり理由がない。
(ア) 本件調査は,教育課程等事務管理執行権限及び教職員に対する服務監督権限の行使として適法に行われたものであり,憲法上の思想・良心の自由,プライバシー権を侵害するものではない。
 仮に,本件調査により被調査者の思想・良心の自由,プライバシー権が制約されることがあったとしても,公務員は,その職務の公共性に由来する内在的制約を受けるのであり,本件調査は憲法13条,19条に違反するものではない。
(イ) 本件調査は,地教行法23条5号,43条1項に定められた教育課程等事務管理執行権限及び教職員に対する服務監督権限の行使として行われたものであり,教職員の思想・信条・信仰を調査したものではない。仮に収集された情報に本件条例7条2項1号の個人情報が含まれたとしても,同項ただし書の法令等の定めに基づくときに該当し,本件条例に違反しない。
第3 当裁判所の判断
1 本件訴えが適法なものかどうか(本案前の争点)について
 住民訴訟制度は,地方公共団体の財務についての違法を是正する目的で特に法律によって創設された制度であり,それ以上に,一般的に地方公共団体のあらゆる違法不当な行為の是正を目的とするものではない。住民訴訟の対象は,地方自治法242条1項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実であり,上記以外のものを対象とする訴えは,住民訴訟の定型に該当しない不適法な訴えとなる。
 この住民訴訟制度の趣旨に照らせば,地方公共団体の住民が,本来住民訴訟の対象とならない地方公共団体の職員の非財務会計行為の適法性を争うため,ことさら当該行為を地方公共団体に対する不法行為に該当するとし,その行為やそれに基づく事務にかかった人件費や事務用品等の経費を損害として,その損害賠償請求権の行使を違法に怠っていると主張して住民訴訟を提起することは,上記地方公共団体の財務について創設された住民訴訟制度の目的,趣旨に反する面がある。
 しかし,地方公共団体の職員の非財務会計行為であっても,公務とは名ばかりで個人的な利益を図るためにされた行為など,当該行為が地方公共団体に対する不法行為に該当し,そのために支出された経費が損害といえる場合もあり得る。そうであれば,地方公共団体の職員の非財務会計行為を不法行為に該当するとし,当該行為のため地方公共団体が負担した経費の損害賠償請求権の行使を怠る事実を財務会計行為として住民訴訟が提起された場合,これを直ちに住民訴訟制度の目的,趣旨に反するものとして不適法ということはできず,その主張する権利侵害の内容や損害額等,その請求内容に照らして住民訴訟制度の濫用と認められるものを除き,本案,すなわち,当該行為が地方公共団体に対する不法行為に該当するかどうか,を判断するのが相当である。
 そして,本件訴訟は,その請求内容に照らして,住民訴訟制度を濫用したものとまではいえず,これを不適法な訴えということはできない。
2 Aによる本件調査実施の指示行為が枚方市に対する不法行為に該当するかどうか(本案の争点)について
 Aによる本件調査実施の指示行為が枚方市に対する不法行為に該当するというためには,当該行為が枚方市の権利を侵害する違法なものであることを要する。本件において,原告らは,枚方市が本件調査に従事した教職員の給与相当額及び本件調査に使用した事務用品等の金額を損害として主張しているが,上記Aの行為を枚方市に対する不法行為というためには,本件調査が枚方市の事務とはいえず,本件調査に要した経費は枚方市が負担すべきでないにもかかわらず,これを枚方市に負担させたことを要する。
 ここで,前提事実,証拠(証人A)及び弁論の全趣旨によれば,委員会には教育課程等事務管理執行権限及び県費負担教職員の服務を監督する権限があること(地教行法23条5号,43条1項,38条1項),教育長は委員会の権限に属するすべての事務をつかさどること(地教行法17条1項),小中学校の校長には所属職員を監督する職務があること(学校教育法40条,28条3項),学習指導要領には,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と記載されていること,Aは,委員会には小中学校の入学式を学習指導要領に則って適正に実施させる責務があり,儀式あるいは儀式的行事に参加した者が,国歌斉唱時に起立することは通例の行動であるから,入学式において教職員がこれを行うのは当然のことであり,かつ,学習指導要領に則ったものであると考え,各校長に対し,国歌斉唱時に教職員は起立し,起立しない場合には,再度起立の指示をすることなどを内容とする7点指示を行ったこと,ところが,その後各校長の指示に対して従わない教職員がいたことが判明したため,その是正を図るため,教育課程等事務管理執行権限に基づき本件調査の実施を指示したこと,また,校長の指示に従わない教職員に対しては,委員会がその服務監督権限を行使するか否か,当該教職員に対する事後の指導や任命権者である大阪府教育委員会に対して懲戒処分等の内申を行うか否かを判断するため,その実態を調査することが必要であると考え,本件調査の実施を指示したこと,そして,この指示に基づいて本件調査が実施されたことが認められる。
 以上の事実によれば,本件調査は,枚方市の事務としてされたものであり,その経費は,枚方市が負担すべきものであるから,その経費をもって枚方市の損害と認めることはできない。したがって,Aによる本件調査実施の指示が,枚方市に対する不法行為になるとはいえない。
 原告らは,学習指導要領の国歌国旗項目は違憲であり,7点指示や本件調査は,教育基本法10条1項にいう不当な支配に該当し,Aの本件調査の指示は,委員会の教育課程等事務管理執行権限及び服務監督権限を逸脱又は濫用したものであると主張するが,失当である。なぜなら,上記認定事実の下では,上記国旗国歌項目の法的効力やAにおいて上記権限の逸脱濫用があったか否かを問わず,本件調査が枚方市の事務であり,その経費を枚方市が負担すべきことに変わりはないからである(Aにおいて,上記権限の濫用があったか否かは,それによって権利侵害を受けた教職員がいる場合に,その教職員から枚方市に対する国家賠償請求訴訟等の中で判断されるべき問題である。)。
 また,原告らは,本件調査が,憲法19条,13条,国際人権規約(B規約)18条,本件条例7条2項に違反する違法行為であると主張するが,これも失当である。なぜなら,これは,本件調査が,枚方市ではなく,調査を受けた教職員等の第三者の権利を侵害する違憲,違法行為であることを主張するものにすぎないからである。仮に本件調査及びAの指示行為が教職員等の権利を侵害する違法行為であるとしても,これによって枚方市が教職員等に対して負担する国家賠償法上の責任について,Aが同市から求償権の行使を受け得ることは別として,これが,本件調査費用について,Aが枚方市に対して不法行為責任を負うことを基礎付けることにはならないというべきである。
 そして,本件において,他に,Aの本件調査実施の指示行為が枚方市に対する不法行為になることを認めるに足りる証拠はない。
3 結論
 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部

   裁判長裁判官     廣   谷   章   雄

          裁判官     山   田       明

裁判官     芥   川   朋   子