H17. 3.24 名古屋地方裁判所 平成16年(わ)第2314号,同第2476号 殺人,死体遺棄,有印私文書偽造,同行使,詐欺被告事件

判示事項の要旨:
 本件は,被告人Aが,実母を殺害した殺人,その後,被告人Bと共謀の上,その遺体をアパートの床下に埋めて遺棄した死体遺棄及び被害者が生きているように装うなどの目的で,被害者の預金通帳等を使用して現金を引き出した有印私文書偽造・同行使,詐欺の事案である。
 被告人Aは,幼いころから被害者から虐待を受けていた経緯には同情の余地があるが,それから10年以上が経過した後に,被害者の言動に嫌悪感を募らせ,虐待されていた当時のことを思い出すなどして犯行に及んだ短絡的な動機に酌量の余地は乏しいなどとして懲役12年を言い渡した。
 一方,被告人Bについては,被告人Aに依頼されて犯行に関与したもので,従属的立場にあったとして,懲役2年6月,執行猶予4年を言い渡した。


平成17年3月24日宣告
平成16年(わ)第2314号,同第2476号
殺人,死体遺棄,有印私文書偽造,同行使,詐欺被告事件
判決
主文
被告人Aを懲役12年に,被告人Bを懲役2年6箇月に各処する。
被告人両名に対して,いずれも未決勾留日数中140日を上記の各刑
に算入する。
被告人Bについて,この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
第1 被告人Aは,平成16年3月29日午前7時ころ,名古屋市a区b町c丁目d番地所在のコーポCe号室の実母D(当時46歳)方1階和室において,殺意をもって,所携のアースコード(直径約2.5ミリメートル)で就寝中の同女の頸部を絞め付け,よって,そのころ,同所において,同女を頸部圧迫による窒息により死亡させて,殺害した。
第2 被告人両名は,共謀の上,同年4月8日午後8時ころ,上記場所において,上記Dの死体を同室床下の土中に埋め,もって死体を遺棄した。
第3 被告人両名は,共謀の上,不正に入手した上記Dを預金者とする総合口座通帳等を使用して,預金払戻し名下に金員を詐取しようと企て,平成16年4月26日午後1時45分ころ,名古屋市f区gc丁目h番h号所在のE信用金庫F支店において,被告人Bが上記Dになりすまし,行使の目的をもって,ほしいままに,黒色ボールペンを用いて,同支店備付けの預金払戻請求書用紙の金額欄に「¥255000」と記載し,おなまえ欄に「D」と冒書した上,お届印欄に「G」と刻した印鑑を冒捺し,もってD作成名義の預金払戻請求書1通(名古屋地方検察庁平成16年領第2630号符号1)を偽造した上,同支店窓口係員Hに対し,上記偽造に係る預金払戻請求書をあたかも真正に成立したもののように装って,上記預金通帳とともに提出行使して,現金25万5000円の払戻しを請求し,同女をして,正当な権利者による預金払戻し請求である旨誤信させ,よって,そのころ,同所において,同女から預金払戻し名下に現金25万5000円の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた。
(法令の適用)
1 罰条
判示第1について     被告人Aにつき,平成16年法律第156号による改正前の刑法(以下「改正前刑法」という。)199条(裁判時においては上記改正後の刑法199条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
判示第2について     被告人両名につき,いずれも刑法60条,190条
判示第3について     被告人両名につき,いずれも刑法60条に加え
有印私文書偽造の点   刑法159条1項
偽造有印私文書行使の点 刑法161条1項,159条1項
詐欺の点        刑法246条1項
2 科刑上一罪の処理
判示第3について     被告人両名につき,刑法54条1項後段,10条〔有印私文書の偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので,結局以上を一罪として最も重い詐欺罪の刑(ただし,短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断〕
3 刑種の選択
判示第1の罪について   被告人Aにつき,所定刑中有期懲役刑を選択
4 併合罪の処理
被告人Aにつき      刑法45条前段,47条本文,10条〔最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重(その上限は,行為時においては改正前刑法14条の制限によることとなり,裁判時においてはその制限がないこととなるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)
被告人Bにつき      刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第3の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)
5 未決勾留日数の算入    被告人両名につき,刑法21条
6 執行猶予         被告人Bにつき,刑法25条1項
7 訴訟費用         被告人Aにつき,刑事訴訟法181条1項ただし書(負担させない。)
 なお,関係証拠によれば,被告人Bは,解離性同一性障害に罹患しており,判示第2及び第3の各犯行時には,「B」とは別人格の「H」であったことが窺われるが,いずれの人格においても是非善悪の弁別能力及び行動制御能力があることは疑いがないこと,各犯行は解離性同一性障害が原因となって引き起こされたものではないこと等の事情からすれば,被告人Bは,Hによる本件各犯行について刑事責任を負うと解するのが相当である。
(量刑の理由)
1 被告人Aが殺人の犯行に至った経緯
  被告人Aは,被害者D(以下「被害者」という。)の長女として出生したが,保育園のころから,自分が女性として扱われることへの違和感を覚えるようになり,そのことが原因で,しばしば保育園や小学校へ行くことを拒否した。被害者は,登園登校を拒否する被告人Aに対して,蹴るなどの暴力を振るうようになり,被告人Aが小学5年生のころまで激しい暴力が繰り返された。被告人Aの体が大きくなり,被害者に抵抗できるようになってからは,暴行を受けることはなくなったものの,被告人Aは,自分の体が女性らしくなっていくことに対する不安や悩みを抱えたまま生活していた。
  被告人Aは,平成10年1月ころ被告人Bと知り合い,平成11年2月ころから同棲するようになったが,やがて被告人Bの男性関係を疑ってたびたび暴力を振るうようになり,平成16年2月には被告人Bの首を絞め,その顔面を殴って入れ歯を折ってしまうほどの暴行を加えたことがあった。被告人Aは,自分では被告人Bに対する暴力を止めることができなかったため,被告人Bと離れて暮らそうと考えて被害者に相談したところ,被害者方である判示のコーポCe号室の2階に住むことを勧められた。被告人Aは,子どものころコーポCで虐待を受けたことや被害者に対する嫌悪感から,被害者との同居をためらったが,被害者は横浜在住の交際中の男性の側に住むつもりであると言っていたことから,しばらくすれば被害者がコーポCを出て行くと考えて,コーポCで生活することを決意した。他方,被告人Bも,被告人Aと離れて暮らすことを拒み,結局,コーポCのi号室で暮らすことになった。
  コーポCで暮らし始めた被告人Aは,子どものころに被害者から暴力を振るわれていたことやその際の恐怖感等を思い出すことがあった上,同年3月中旬ころには,被害者から,横浜に行くことを延期すると聞かされたことから,転居を中止したいと考えたが,既に被告人BがコーポCへの転居の準備を進めていたため,中止したいと言い出すことができなかった。また,幼いころ,被害者が,被告人Aに暴力を振るった機会などに,同被告人を妊娠したために,後で離婚しなければならないような男と結婚することになった,被告人Aを生まなければよかったなどと言って,被告人を責めていたにもかかわらず,交際相手が避妊しようとしないこと等をうれしそうに話すのを聞いて,被害者に対して怒りや嫌悪感を感じていた。さらに,本件犯行前日,体調を崩していた被告人Aが外出していた被害者に食べ物を買ってきてくれるよう頼んだところ,同人が同被告人のためには頼んだ物以外には買ってこず,被害者自身では別の食べ物を買ってきて食べているのを見かけて,被害者は自分のことを心配していないと受け止め,嫌悪感を強めていた。
  被告人Aは,本件犯行当日の深夜,トイレに起きた際に,被害者から暴力を振るわれたことを思い出し,その後,2階にある自室に戻る途中,被害者が寝ている部屋の前を通ったとき,部屋の中の母親の気配を感じると,突然被害者の殺害を思いついた。自分の考えに驚いた被告人Aは,一旦自室に戻り,なぜそのように考えたのか自問自答を繰り返した後,もう一度自分の気持ちを確認するため被害者の寝室の前に行ってみたところ,やはり被害者を殺害しようという考えが浮かんだことから,被害者の殺害を決意した。そして,被告人Aは,自室からアースコードを持ち出し,コードを固定するために両手にそれぞれ3周ほど巻き付けた上,被害者の寝室に向かった。
2 量刑上特に考慮した事情
 (1) 本件は,被告人Aが母親の首を絞めて殺害したという殺人の事案(第1)及び被告人両名が,被害者の遺体を被害者方の床下に埋めた死体遺棄(第2)と被害者の口座から現金を引き出した有印私文書偽造・同行使,詐欺(第3)の各事案である。
 (2) 殺人の犯行に至る経緯は上記のとおりであるが,被告人Aは,就寝中の被害者の頸部にアースコードを巻き付け,被害者が目を覚ますや,コードを強く引いて被害者の首を絞め,抵抗する被害者の首に,更にコードをもう1周巻き付けた上で,被害者の死亡を確信するまで,相当長時間にわたって,その首を絞め続けており,確定的殺意に基づく犯行態様で悪質である。
   被告人Aに被害者から虐待されていた当時の記憶がよみがえることがあったとしても,虐待を受けていたのは10年以上前のことである上,被告人Aは自らの判断で被害者との同居を決意したのであるから,犯行時において,被害者に殺害されるまでの落ち度があったとは認められず,被害者に対する嫌悪感等を募らせ,一時の感情に任せて殺害行為に及んだ,その短絡的な犯行動機は酌量の余地に乏しい。結果の重大さはいうまでもなく,娘の手にかかり,46歳という年齢で,その生命を奪われることになった被害者の驚がくや無念さは察するに余りある。加えて,母親を姉に殺害された被害者の二女ら近親者が受けた精神的苦痛も大きい。
   また,被告人Aは,殺人の犯行の発覚を防ぐため,被告人Bに協力を求めて,被害者の遺体を殺害現場の床下に掘った穴の中に埋め,さらに,被害者の借金の返済等が滞ると,すぐに殺人の犯行が発覚してしまうと考えたことから,借金の返済等に充てるとともに,自らの生活費も得る目的で,被告人Bに指示して,被害者の口座から現金を引き出すという,第3の犯行をも主導的に敢行しているのであって,これらの犯情も悪質である。
   以上によれば,被告人Aの刑事責任は非常に重いといわざるを得ない。
 (3) そして,被告人Bについても,被告人Aの依頼によるとはいえ,遺体を埋めるために必要な道具を買いに行くなどしただけでなく,実際に遺体を穴に埋める行為にも協力している上,第3の犯行においては実行行為を分担するなど,各犯行に果たした役割は大きく,その刑事責任も決して軽くない。
 (4) 他方で,殺人の犯行に計画性は認められないこと,被告人Aが被害者から虐待を受けていたことが犯行の遠因となったことは否定し難いところ,このような被告人Aの生育歴には同情の余地があること,被告人Bは,第2及び第3のいずれの犯行においても従属的立場にあったこと,被告人両名は,事実を率直に認めて反省する態度を示していること,いずれも前科がないこと,被告人Aについては妹が,被告人Bについては母親がそれぞれの更生に助力する旨述べていること,被告人Bには扶養すべき家族があること等の酌むべき事情も認められ,さらに,被告人Bについては,その不遇な生育歴に起因する解離性同一性障害に罹患していること等の事情も認められる。
 (5) そこで,以上の諸事情を総合考慮し,主文の懲役刑を定めた上で,被告人Bについては,今回に限り,特にその懲役刑の執行を猶予し,社会内での更生の機会を与えることが相当であると判断した。
(求刑 被告人Aにつき懲役15年,被告人Bにつき懲役2年6月)
  平成17年3月24日
名古屋地方裁判所刑事第5部
裁判長裁判官   伊藤新一郎
裁判官   後藤眞知子
裁判官   鈴木清志

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最終更新:2005年09月20日 13:55
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